第1話 “新たなるフロンティア”(4)

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読了時間目安:17分


「先ほどカンタイシティの空間研究所から緊急通信が入った。非常事態だ」

 ホログラムのデータが浮かぶ円卓を取り囲み、初老の男は淡々と続ける。その胸に輝くポケモンGメンの赤いバッジ、そして黒い中折れ帽子が、彼をプロメテウス長官ことケインズであると知らしめる。
 ミオを始めとして、レノードやユキメノコ、ソルトを含め、大勢のGメン職員達が深刻な顔つきで円卓に向かい、任務の説明に耳を傾けた。

「場所はカロス地方から東に大きく外れた自然保護領域の最奥地、セレビィの生息が確認されている大樹海だ」

 ホログラムの地形が浮かび上がる。
 編みかけの大樹海のマップ。中央にそびえ立つは、樹海を見守る世界樹。
 ケインズは続けた。

「30分ほど前、空間研究所の観測で、人工的に開かれたウルトラホールが確認されていた。だが、今ではそこに『空間断裂現象』が起きている。理由は不明だがセレビィが激しく乱れた時間エネルギーを広く放射したせいで、ウルトラホールが裂けて異空間がこちらの世界に流れ込んでしまった。現在、この異空間に何千、何万ものポケモンが囚われている。我々の任務は、そのポケモン達を救助することだ」

 真っ先にユキメノコが手を挙げた。

「空間断裂現象は1世紀ほど前、デセルシティでフーパが暴走し、世界中から伝説のポケモンを召喚して大暴れしやがった時に初めて観測された現象だぜ。竜巻のような境界が、外と内を完全に遮断しちまうんだ。しかも厄介なことに、この境界は通過するもの全てを『圧壊』する」
「あっかい?」

 ミオが訊ねる。

「もの凄い力が外側から加わって壊されちまうのさ。そうだな、車をぺしゃんこにプレスするようなもんだ」
「時間がない、要点を言ってくれ」ケインズは眉をひそめて言った。
「おおっと、悪い悪い。空間断裂のメカニズムは単純だぜ。フーパのときは、ディアルガやパルキアといった強大なポケモン達を一同にお取り寄せ(・・・・・)したせいで時空が歪み、世界が破れて穴が空いちまった。だが心配は要らねえ、境界竜巻は発生時以上に規模を拡大することはない。ゼロ・ポイントに向かって収束し、最後には綺麗さっぱり消えちまうからな」
「内部の全てを圧壊して、でしょう?」レノードは怪訝そうに言った。「それでは意味がない、中にいるポケモンたちは全滅だ。そうなる前に、その竜巻を無力化する方法はあるんですか?」

 ユキメノコはあっさりと首を横に振った。

「自然消滅を待つしかねーな。創造神アルセウスでさえ、一時的に収束を止めることしかできなかった。あれは世界の物理法則が生み出した結果だ、私たちにどうこうできる代物じゃないぜ」

 ユキメノコがあっけらかんと言ってのけると、ケインズは目元を抑えて疲れた様子で尋ねた。

「残された時間は?」
「現象の規模と現在の収縮速度から計算すると、1時間弱だな。あくまでフーパの時と今回のケースとで規模を単純に比較して算出しただけだが、まー信頼はできるだろ。分かったところで、どうしようもないがな」

 1時間でできることは、そう多くない。
 辺りがざわめき始め、あちこちで相談が始まった。

「きっとポケモン達を助ける方法があるはずだよ!」ミオが威勢よくしゃしゃり出た。「あたしのワイルドジャンパーの《フレアドライブ》なら、竜巻を突破して中に入れるかも!」
「おいおい、何聞いてたんだよ」ユキメノコは冷たく言い放った。「触れたら死ぬっつっただろーが。攻撃技もしかり、《亜空切断》や《時の咆哮》でさえ通用しない、この竜巻に対しては一切の干渉ができねーんだ。ただひとつだけ、フーパの空間移動能力だけが竜巻の中と外を繋ぐことができるんだが……それにはまず、フーパを探さねーとな」

 むむむ。ミオは難しい顔をして口をつぐんだ。
 負けじと周りでも議論が巻き起こる。テレポート。すり抜け。シャドーダイブ。数々の提案が出てくるも、ユキメノコに論破されていく。

 僅かしかない時間が刻々と過ぎていく。
 考える余裕があれば素晴らしい解決策が浮かんだかもしれないが、タイムリミットは55分。準備の時間も含めると、もはや一刻の猶予も許されない。
 そんな時だ、ミオの頭にピッピカチュウ。最高のアイディアが浮かんできた。

「ウルトラホールだ!」

 全員の視線が一斉に集う。
 ミオは胸を張って雄弁に語り始めた。

「竜巻が世界を別けたのなら、ウルトラホールを通って助けに行けばいいんだよ! ウルトラホールは世界と世界を繋ぐ無限のネットワーク、きっと竜巻の内側にも繋がっているはず!」
「ふーん……お前にしちゃあ、まあまあ良いアイディアだぜ」頬を掻きながら、ユキメノコも続く。「そこへ行く方法がまず問題だが、何より厄介なのは帰り道だな。何千何万という非文明的ポケモンを移動させるほどの時間はないし、放射線に溢れるウルトラホールを安全に通過する方法も考えなきゃダメだ。やっぱ諦めるしかないのかなー」
「しかし、本当はそう思っていないんでしょう?」

 レノードは意味ありげに言った。
 彼は知っていた。ユキメノコはしばしば情報を出し惜しみして、あとから答えを提示することで、自分の有能さをアピールする節がある。そのとき決まってする癖があった。頬を掻くことだ。
 やれやれ、面白くない。ユキメノコは不満げだが、続きを語り始めた。

「私が考案したウルトラホール転送理論が使えるぜ。ホールを通って竜巻の内側に行き、転送信号増幅機を設置できれば、ウルトラホールを介して転送センサーが向こう側に届く。そうすれば、非文明的ポケモンどもをロックオンして転送回収できるぜ」
「場所はどうします?」レノードが尋ねた。「Gメンの転送装置だけでは、一度に転送できる数にも限界があります。もちろん、収容できる数にも」
「全国のポケモンセンターがある」ケインズが重い腰を上げて乗ってきた。「転送装置があって、かつ収容スペースも多い。必要なら迅速に治療もできる。Gメンを介してセンサーのデータをポケモンセンターに共有すれば、どの場所からでも転送できるはずだ。そうだろ?」
「さすがだな、ジジイ。その通りだぜ」

 これが、大人。
 意見を出し合って終わりではない、考えを膨らませて答えを探し出す。
 ミオは羨望の眼差しを皆に向けていた。自分だけでは絶対に出せなかった答えが、はっきりと見えてきた。

「みんなを救える?」ミオは尋ねた。
「そういうこった」ユキメノコが自信ありげに答えた。

 ミオとユキメノコがハイタッチを交わすところを、レノードは腕を組みながら微笑ましげに眺めていた。
 そして、隣りのケインズにぼそりと囁いた。

「言ったでしょう? 彼女なら問題ない」
「そうだな。しっかり自分の意見を持っている、彼女は立派なエージェントだ」

 ケインズはしかと頷き、口角を上げた。

「よーしみんな、時間がないぞ、迅速に行動してくれ! レックスとフューリは現地警察やポケモンレンジャーと連携し、現場近辺の安全を確保しろ。レノードは万一に備えて、ウルトラホールを航行中の『UISオデッセイ』に応援を要請、彼らを現場までナビゲートしてくれ。ユキメノコはウルトラホールの正確なルート座標を計算、それから転送作業の指揮を執れ。ミオとソルトは飛行準備だ、転送信号増幅機を持ってウルトラホールを渡り、竜巻の中へ向かえ」

 ミオは思わずピシッと姿勢を正して「了解!」と答えた。ソルトもまた負けじと同様に。
 ふと、ユキメノコは尋ねた。

「待てよ、肝心のウルトラホール発生装置はどうする? 『ワールド・ターミナル』のウルトラホールはこの世界と『メガロポリス』と繋ぐだけ、自由に行き先を決める設計じゃないぜ」
「まだ未稼働で処女航海にも出ていないが、ちょうど新品で最新鋭のウルトラホール推進システムを備えた船が一隻、宇宙ステーションのドックに停泊中じゃないか」
「おいおい、それって……」

 息を呑むユキメノコに、ケインズは含んだ笑みを浮かべて返した。

「U.I.S.PROMETHEUS(プロメテウス)を使おう」






竜巻の消滅までのタイムリミット 00:28:21

 山脈をも呑み込むほどの巨大竜巻が樹海を蝕んでいく。
 徐々に狭まっていく竜巻に大地の表面を抉られて、跡には不毛な岩盤がむき出しになっている。

 更地になった竜巻の通過跡に、続々と人間が降り立った。
 ポケモンの瞬間移動技《テレポート》を応用した技術、『転送』だ。人間、ポケモン、そして多くの機材が、遥か彼方の地方から技術の助けを借りて現れた。
 転送されてきた人々もポケモンも、まず巨大な黒い竜巻に圧倒されて、それから表情を引き締める。吹き荒れる風を物ともせず、熱の入った言葉が飛び交う。

「ポケモンGメン本部、空間研究所、ならびに各ポケモンセンターとの通信リンクを接続!」
「一帯の安全を確保! 周辺の野生ポケモンを退避させろ!」
「センサーアレイの設置に取りかかれ! 時間がないぞ、モタモタするな!」

 その中にはユキメノコの姿もあった。抱えたパッドに鬼気迫る勢いで数式を打ち込んでいく。
 レノードは通話を終えて通信端末をポケットにしまうと、ちょうど目にとまったユキメノコにひらりと手を振った。

「UISオデッセイと連絡が取れましたよ、30分でこちらに到着するそうです」
「おいおい、それじゃギリギリ間に合わねーだろ!」
「すべてはあなたがウルトラホールの正確な座標を算出できるかどうかにかかっています」
「余計なプレッシャーをどうも、こっちは多元宇宙理論の分厚い壁を突破するのに精一杯だってのによ!」

 視線も意識も逸らさずに、言葉だけで噛みついてくる。
 そんな彼女の熱心な様を眺めて、レノードは大げさに微笑んだ。

「おやおや、貴方はこういう逆境がお好きなんだと思っていました」
「私は科学者だ、危険大好き冒険家じゃねえ!」

 パッドを睨むユキメノコの視線がさらに鋭く尖る。
 そうしているうちに、大型のアレイ装置を設置していたポケモンGメンの報告が聞こえてきた。

「センサーアレイ、オンライン! ウルトラホールをスキャン中!」
「了解した!」ユキメノコも声を張り上げて遠くに返す。「空間断層のデータを受信、位相変動周波数は1.82マイクロセカンド! 境界を越えた先の座標は……」

 パッドの中に突貫工事で組み上げた数式が、入力された変数に基づいて膨大な処理を進めていく。
 時間にしてわずか3秒。その瞬間、ユキメノコは歓喜のあまり飛び上がった。

「ワープホール、座標129-9104! ひゃっほう、見たかよ今の! ポケモンの私が量子物理学の壁を3分でぶっ壊してやったぜ!」
「ちゃんと見ていましたよ、お見事でした」

 祝辞はほどほどに、レノードは早速各所に連絡を送るべく、端末を握った。


 *


 座標の報せは空高く、星々の世界へ。
 地球の周回軌道上、宇宙空間で静かに佇む、巨大で優雅な金属の構築物に届いた。

 第1宇宙ステーション。
 分厚い円盤状の主構造から横軸がいくつも伸びて、航宙艦の停泊するドックに繋がっている。この巨大な宇宙都市は、地球と宇宙、反転世界、そしてウルトラホールの彼方をも繋ぐ、世界交易の要であった。
 ここには未完成の船も停泊している。ドライドックに繋がる船は、未だ細部が滑らかな外壁をまとっていない。内部の無骨な骨組みがむき出して、真空に晒されていた。
 報せを受け取ったのは、まだ生まれている最中の船だった。

「ウォーレン大佐、地上からワープホール座標を受信しました」

 機材の揃っていない簡素なブリッジで、ウォーレンと呼ばれた男は、目尻のシワを深めた。
 やるなぁ。ウォーレンは見たことのない通信相手に感心していた。あれだけの短時間で、このプロメテウスのような専用機材にも乏しいなか、自力で正確な座標を算出したのか、と。

「機関室、こちらはブリッジだ」ウォーレンは船長席の肘掛けに設置したディスプレイに触れて、船内通信を始めた。「ワープライド・ドライブを起動しろ。ウルトラホールの発生座標、103-2739から129-9104。チェックしろ」
『こちら機関室、座標入力完了しました。全システムは通常のパラメータ内で安定。スタンバイ!』

 男の声が了承の返事をした。
 これは試験飛行の延長だ、実際に船が飛ぶ訳じゃない。だが船のエンジンを使って、若く勇敢なトレーナーたちが未知の領域に飛び立とうとしている。
 船長の私よりも一足先にウルトラホールに行けるなんて、羨ましい。
 ウォーレンは興奮を抑えながら、指示を下した。

「ウルトラホールを開け!」


 *


 船は青い惑星に向けて信号を送った。
 飛ばした先は、カントー地方とジョウト地方の間。高くそびえるシロガネ山のふもと。流れる小川を辿り、やがて大きな崖に着く。
 そこはいかなる地図にも記されていない極秘の施設。太陽の光を浴びてキラリと輝く銀色のステーション。
 ポケモンGメン、現象調査局。

「U.I.S.プロメテウスより座標データを受信。ウルトラホール生成完了、スタンバイ」

 ステーションの転送室。
 コンソールの前で、青い作業着姿の短髪の男が報告する。
 彼はエンジニアの長という立場にちなんで、皆に『チーフ』と呼ばれて親しまれている。
 ミオはそんなチーフを見るや否や、にこやかに小さく手を振った。すかさず彼も同じように返してくれた。

 光る円の模様が並ぶ転送台の上に立ち、宇宙服のような装備に身を包んだミオとソルトは、共に並んでポケモンを繰り出した。それぞれリザードンとボーマンダ。ポケモン達もまた、装置の鎧を身にまとっていた。

「少々重いが我慢してくれ」台の前で腕を組みながら、ケインズは言った。「ウルトラホールは『タキオン放射線』で溢れている。生身で飛び込めば、たった数分でも脳に大きな損傷を受けてしまう」
「代表的な症状は、認知機能の低下や記憶喪失ですね」

 ソルトは自信たっぷりに答えた。

「そうだ」ケインズは頷いて続けた。「この『ライドスーツ』がタキオンから身を守る。メガロポリス製に比べるとまだまだ不恰好だがな。それから、ウルトラホールの中では必ずヘルメットのディスプレイに従って飛行しろ」
「ウルトラホールはナビゲートなしで航行してはならない」今度はミオが胸を張って続けた。「航行規則、第3条第2項。ウルトラホールに北極星のような目印がないから、一度迷うともう元の世界には帰れなくなります」
「ウルトラビーストは例外だろ?」ソルトが嫌味ったらしく口を挟んだ。「彼らは帰巣本能が強く、世界を超えても帰り道には迷わない」

 ミオとソルトの鋭い視線がぶつかり、ふたりの間でバチバチと火花が散っている。互いに「こいつにだけは負けたくない!」と意識しているのが丸分かりだ。
 ケインズは「あ、あぁ」と気の抜けた声で返した。
 なるほど、ライバルか。思わず口角を上げて、振り返る。そろそろチーフの座標入力も終わった頃だろう。

「転送シーケンス開始。U.I.S.プロメテウスが生成したウルトラホールへ、10秒後に転送します」
「いいか」チーフの報告を受けて、ケインズは子供たちに念を押す。「到着したら、まず先に信号強化ビーコンを起動しろ。あとはこっちで転送する。くれぐれも無茶をするなよ」
「了解!」

 ミオとソルトの元気のいい返事、そしてリザードンとボーマンダの短い鳴き声が重なった。
 そして。

「転送開始!」

 チーフの掛け声とともに、光の粒子に包まれて、子供たちの姿が消えていく。
 転送される感覚は、風がふわりと体を撫でるようなものに近い。ちょうど《テレキネシス》で足元が少し浮いた感じだ。
 だが今回はそんな生易しいものでなく、まるで力任せに投げ飛ばされるようだった。
 世界の境界線を超えた瞬間、ミオたちはウルトラホールを流れる重力の奔流に呑み込まれた。

竜巻の消滅までのタイムリミット 00:22:47

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