第7話:今のはいたかった……いたかったぞーっ!

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『ワタシ……泳いでいる!』

 ツーちゃんは今、普段とは逆のポジショニング……つまりアオを頭の上に立たせて海原を疾走している。
 だが、あらかじめ断言しておく。
 ツーちゃんはヒジュツ『ミズバシリ』を習得していない。
 ともかくとして、アオが移動するツーちゃんのうえに直立して慣性の法則を無視した佇まいをしていること自体が異常であり、この世における危険因子と言ってしまえるくらいに不気味であった。
 そもそも、何がどうなってツーちゃんが海面を疾走しているのかと言えば、グレン島が島国のようにカントー地方に配置されているということが起点となる。

「やっと……やっと見つけたわよ!」
「あっ、カスだ」
「カスミよ!」
「あ、そっか。カスだミよ!」
「ミよ、は誤字じゃないわよ! 私はカスミ! もう忘れたの?」

 グレン島から次のジムに向かわなければならないアオは、グレン島から陸繋ぎで次のジムに行けるものだと勝手に頭の中で仮定してしまっていて、取り敢えず先に進もうという判断により、頭にツーちゃんを乗せたまま、グレン島の外周をグルグルとループしているのだった。そこでわざわざハナダシティからグレン島までやってきたジムリーダーのカスミと再会したわけで。

「で、カス……ミ。アタシ達、次のジムに行きたいんだけど、教えてくれる?」
「えっ、そこは『何しに来たの?』とか『久しぶりだね!』とかじゃないの? 何をあなたは平然とした顔でありのままに自分の用件だけを告げることができるの?」
『何しに来たの?』
「あなたにそれは求めてないわよ!」

 ツーちゃんとアオの怒涛のマイペース攻撃に狼狽しながらも、カスミは自分がここまでわざわざ訪れた理由を、憎悪と怨恨の入り混じった瞳を向けて告げる。

「復讐……そう、復讐。ヴェンデッタ!」
「便出た?」
『アナタノアナカラブリブリボン』

「ち、が、う、わ、よっ!」

 カスミは寧ろ呆れたような表情になってから、一つ深呼吸を置いて、次は荒ぶるでもなく静かに告げた。

「リベンジよ! ポケモンバトルで勝てないなら、私の独壇場、泳ぎで勝負よ!」
「よよぎ?」
「泳ぎ!」

 カスミはモンスターボールを取り出すと、波打ち際に一匹のポケモンを繰り出した。
 みずタイプとこおりタイプの複合タイプであるジュゴンだ。

「カンナさんに憧れて育てたこのジュゴン。この子と泳げば馬鹿力シリコンガリのアンタのポケモンだって打ち破れる」
『誰が馬鹿力シリコンガリであるか。このワタシを愚弄するか』

 そういうわけで、アオとカスミが急遽水泳で対決をする流れが出来てしまった。
 されど、おてんば人魚と呼ばれているカスミ。水泳においてのスポーツマンシップは決して崩すことはない。

「まあ? 流石にシリコンガリにカエル泳ぎされても張り合いがないからね。特別に対等な条件下にしてあげる」
「泳ぐのはカスミじゃないでしょ」
「ここはポケットモンスターの世界よ! ポケットモンスターの世界へようこそ!」

 そんなわけで、カスミはアオではなく、根本的な怒りの矛先、力の権化であるツーちゃんの方に、水を泳ぐ為の術……ヒジュツ『ミズバシリ』を伝授した。
 はずなのだが。

『なるほどな……サイコパワー的なアレで浮力をつけて、水面に足のひらを大きくつけて、水面に対しての抵抗を生み出しつつ、次の一歩を踏み込む。……こうすれば水面を走れる』
「どうすればその発想になるの!?」

 ツーちゃんが指を折りながら水面を走る為の要点を確認している最中、アオは踏ん反り返って鼻息を噴き出し、腕を組んで自信満々にカスミを見据えた。

「にゅふふ……カスミ。その勝負乗ったよ! 何処まで泳げば良いのかね?」
「ふ……くふっ……やってやるわよ……プライドが懸かってるもの。そうね……あの先、グレン島の東にあるふたごじままででどうかしら」
「それでオーケーかしら」
「口調を真似るな」
「御意」
「全体的にうざったいわね、アンタ!」

 それで、時は現在に戻る。
 ツーちゃんは何処かの国の爬虫類の如く、高速で足踏みをして水面から激しい音を立てながら海面を駆けていた。
 水上レースにおける情景描写や心情描写を連ねるほど無駄なことはないはずなので、ゴールとなるふたごじままでのいきさつは割愛するが、結果として……当然ながらツーちゃんが一分間ほど余裕を持たせる形で勝利した。
 一分後、ジュゴンに乗ったカスミが苦い顔をしながらふたごじまに降り立つ。

「お、泳ぎでも負けるですって……」
「カスミ泳いでないじゃん」
「う、うるさいわね!」

 カスミは勝負を持ちかけたことを今になって後悔し、悔しさを紛らわす為にギュッと目を瞑る。

「で、カスミ。次のジムは何処? もしかして、ふたごじま?」
「……え、ええ! そうよ! ふたごじまの最奥部に、ジムリーダーがいるわ!」
「ホント!?」

 嘘吐きカスミ。恨みを晴らす為に姑息な手段に打って出た。
 リーグ本部にこのことが知れれば、憧れの四天王、カンナあたりにも適当に残念な視線を向けられることだろう。

「じゃ、じゃあ……私は帰るわ。急に勝負持ちかけて悪かったわね」
「にゅん! ばいばーい!」
『さらば、敗北者』
「最後のは余計よー」

 アオがカスミから聞いた情報によれば、ふたごじまの最奥部にジムリーダーがいるとのこと。しかしこれはれっきとしたフェイクである。ダウトもダウトのダウトフェスティバルだ。
 しかしながら、ふたごじまの最奥部にはジムリーダーにも匹敵するレベルの何かがいることを、アオとツーちゃんはまだ知らない。


◆◆◆


「さむいいいいい……」
『毛糸さえ用意してくれればマフラーとかミトンとか作るが』
「もお、毛糸なんてないでしょ。にゅー、マントヒラヒラが無ければゲームオーバーだったよー」
『人生はゲームではない。そこにゲームオーバーがないから』
「早くジムリーダーのところまで行くよ!」

 ふたごじま。
 グレン島の近くにある割には、壁一面から冷気が出るほどの低音空間であり、足場は完全に氷で覆われている。
 外と繋がる出入り口が二つある、二つの球体が合体したような形状をしているのがこの島の特徴であると言えよう。
 だが、アオはツーちゃんを乗せた、少し足りない頭で疑念を張り巡らせながら歩いていた。
 こんな極寒の地とでも呼ぶべき土地に、ポケモンジムなんて存在するのか。仮にこの島全体がポケモンジムだとしたら、明らかに異質ではないか。
 そして、アオは最奥部に差しかかろうとしたところで、ようやく理解する。

「カスミ、もしかしてアタシ達に嘘ついてる!?」
『えっ、そうなん?』
「だって、こんなさむーい所にジムリーダーが待ち構えてるわけないじゃん!」
『それもそうだ……完全に盲点であった』

 この二人組を、世間はいずれ馬鹿と呼ぶことになるのだろうか。
 そして、そんな二人を嘲笑うかのように、唐突に強い冷風が二人の肌を切り裂くように吹き付けた。

「ギャーオ!」
「……ポッポ? にしてはスカイブルゥ……」
『アオ、退がれ。コイツ……多分強いぞ』

 ツーちゃんはアオの頭から飛び降り、目の前に現れたソレと対峙する。
 ふたごじまに眠る伝説のポケモン。れいとうポケモンのフリーザーそのものである。

「ギャーオ!」

 フリーザーは翼を大きく羽ばたかせると、強い風が吹き付けて、ツーちゃんの前身を遮っていく。待機中の水分が風を起こすことによって微細な氷の粒になり、さらに視界を悪くする。
 アオは、そんな風に翻弄されるツーちゃんを、後ろから見つめることしかできない。指示を出せば良いのに体が冷えて顎がカタカタ震えているのだ。

「つつつつつつつつツちゃちゃちゃ」
『まかせておけ。……っ!』

 ツーちゃんがアオの方を見遣った、その一瞬だった。フリーザーが的確にその隙を突いて、氷点下であることは確実なブレスを勢いよく吹き出した。

「ぎゃおおおおおおおおぁっ!」
『……ぐぐぐっ!』

 ツーちゃんの体の所々に裂傷が出来る。
 これは、『こおりのいぶき』と呼ばれるワザだ。的確な蝕み方で、確実に相手の急所を捉えるという特異的なワザ。
 流石にこの一撃でノックダウンするツーちゃんではなかったが、ツーちゃんの中ではその一撃がスイッチとなった。

『今のは……いたかったぞ……』

 ハナダジム、ニビジム、グレンジム、これまで三回の戦線を崩壊させてきたツーちゃん。
 だが、今この時を持って、生まれて初めて『傷をつけられた』。

『今のは……いたかった……いたかったぞーっ!』

 ツーちゃんは激昂したように歪んだ顔つきになって、地面を勢いよく蹴ると、素早くフリーザーとの距離を詰めて、顔面を鷲掴みにして、ドス黒いエネルギー塊をその手から噴き出しながら、フリーザーを壁に叩きつけた。
 ゼロ距離、そして脳髄に直接衝撃の行き届くレベルのシャドーボールだ。

「ギューッ……」

 フリーザーの叩きつけられた壁にはクレーターのような大きなヒビ割れが出来ていた。ツーちゃんはフリーザーの顔面から手を離すと、フリーザーはグッタリと地面に崩れ落ちた。

『ワタシの戦闘力は五十三万だ』

 そして、ツーちゃんは独り言の後に、アオの方を振り返り、先ほどまでとは違い、穏やかな表情になり、『ここにはジムリーダーはいないな』と再確認した。

「ツーちゃん、じゃあ、帰ろっか」
『何処に』
「次の街だよ。まだ走れるよね、海の上」
『……仕方ないな。当てもなく、走るか』

 アオとツーちゃんは項垂れているフリーザーに構うことなく、ズンズンと快活に歩きながらふたごじまの入り口を目指し始める。もう既に、この気温に適応しているアオはやはり常人ではない。
 ただ、一つだけ問題が残っているとすれば、フリーザーについてだ。
 フリーザーは確かに、『こおりのいぶき』によってツーちゃんにダメージを与えた。
 だが、フリーザーにとって『こおりのいぶき』というワザは、通常の成長では本来覚えるはずのないワザなのだ。
 何者かが外部から干渉したとしか思えない。
 まあ、それを知ったところで、アオには関係のない話だが。
 さて、次のジムは何処だろう。

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