プロローグ

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:7分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 20xx年のとある世界。この世界にはポケットモンスター、縮めて「ポケモン」と呼ばれる仮想生物が存在している。半世紀年前、あるグループが開発した人工知能「アルセウス」が不思議な仮想生物、ポケモンを仮想世界……つまり電子の世界に生み出した。
 ポケモンはその見た目などから始めは怖がられたりしたが、実体化して仕事の手伝いをしたり画面の中で苦楽を共にしたりなど、次第に人々の生活に欠かせない「パートナー」となった。
 しかし十数年前のある日、突然謎のバグでポケモンが暴走・狂暴化する事件が発生するようになる。そのせいで電子機器や物が壊れたり、機械を乗っ取られて周りに迷惑をかけたりするようになった。
 それを危険視した政府が、ポケモンに対するセキュリティソフトの開発を命令。瞬く間に人々とポケモンは隔離された。ポケモンは漫画や小説、ゲームの中だけの存在となり、人々は物足りなさを覚えながらも次第にその生活に慣れていった。



「ふあ~あ」
 とある休日の午後十一時。自宅の寝室でポケモンの本を見ながら、一人の青年が大きな欠伸をした。彼の名前は葉山伊月。ごく普通の学生だ。
 伊月は欠伸のせいで出た涙を袖で拭きながら、本のページをめくった。本にはポケモンの名前や姿、説明などが細かく載っている。パッと見はゲームの図鑑のようだが、「このポケモンを実体化させる際は~に注意」や「このポケモンは時々画面からいなくなるが~をすれば大抵戻ってくる」などの注意書きがページごとにあることから、「ゲーム」ではなく「仮想世界」のポケモンの詳細が書かれた本のようだ。
 そちらの世界のポケモンと人間が隔離されてから、その手の本は売られなくなったのになぜその本を持っており、しかも欠伸をしながらもきちんと読んでいるのか。それは、伊月が漫画やゲームのポケモンではなく、本来のポケモンと会ってみたいからだった。周りは皆今のポケモンに満足しているが、伊月はそれで満足することができない。
 なぜと聞かれたら、父から祖父の話を聞いたことで本来のポケモンに興味と憧れを抱いたから、としか言えない。祖父はある仕事をしながら、三匹のポケモンと共に過ごしていたらしい。その奇想天外な日々を聞けば聞くほど、伊月はゲームではないポケモンに強く惹かれていった。
 本人から聞ければもっとよかっただろうが、その祖父はポケモンが狂暴化するようになった年にポケモンを残して行方を眩ませてしまった。そのポケモンがどうなったのかは父も知らないらしい。父は、きっと狂暴化して消されたのだろうと言っていた。
 祖父のポケモンは、あるポケモンの進化形だったらしい。何の進化形かまではわからなかったので調べようがないが、三匹ともとてもかわいらしい見た目だったそうだ。
 ……父は狂暴化したと言うが、もし狂暴化していなかったら、会えるのなら、会ってみたい。いや、絶対に会いたい。
「ふぅ……」
 一つ息を吐くと、伊月は本を横に置いて起き上がり、ベッドの近くにあるパソコンの電源を入れた。少しの間の後、青い画面が伊月の目に映る。慣れた仕草でポケモンを呼び出す画面を開くが、そこには当然何もない。伊月は再び溜め息を吐くと、インストールしたソフトの一覧を開いた。
 その中のポケモンが入って来られないようになるセキュリティソフトを、伊月は「アンインストール」し始めた。

「これで、ポケモンに会える……」

 希望と絶望のうち希望のみを受け入れ、笑みを浮かべながらパソコンからそのソフトが完全に消去されるのを待っていた、その時。

「!?」

 画面に謎の文字列が現れ、その文字列を見た途端、伊月の意識は闇へと落ちていった。


 意識を失った伊月が椅子にもたれかかった直後、文字列に埋め尽くされていた画面が消え、代わりにある三匹のポケモンの姿を映し出した。
『やっとこっちに来ることができたわね~。……はぁ、疲れちゃった』
 薄紫色の猫のような見た目をしたポケモンが、ヤレヤレといった感じで溜め息を吐く。
『あの壁は高すぎたからな。彼が壁を取り除いてくれなかったら、私達は来ることができなかった。彼の勇気ある行動に感謝しなくてはな』
 橙色のポケモンが画面の向こうの伊月を見ながら言う。
『二匹とも、疲れるなり感謝するなり好きにしていいけど、早くしないと「虫喰い」や他のポケモンが来ちゃうかもよ?』
 水色のポケモンが、頭から延びるリボンを揺らしながら二匹に向かって言う。このポケモンの言う通り、早くしないと『虫喰い』と呼ばれるもの、そして他のポケモンがこのパソコンに来てしまうことは、火を見るよりも明らかだった。
『……そうだったな』
 橙色のポケモンは伊月の顔をじっと見ながら、独り言のようにこう呟いた。

『これは、君が解決しなくてはいけない。……君が原因なのだから』

 その呟きは伊月には届かなかったが、薄紫色のポケモンと水色のポケモンには届いていたらしく、二匹は微妙な顔をしていた。橙色のポケモンは二匹の顔を見て苦笑いをする。
『すまない、悪気があって言ったわけじゃないんだ。……エリス、イリア。始めよう』
『そうね、アスタ。さっさと始めてしまいましょう』
『サクッとやっちゃおう! この世界やご主人様のためにもね!』
 エリスと呼ばれた薄紫色のポケモン、イリアと呼ばれた水色のポケモン、アスタと呼ばれた橙色のポケモンはある形に並ぶと、その体を光らせ始めた。三匹の体が光り始めたと同時に、伊月の体も光り始める。三匹の光が紫・ピンク・赤だったのに対し、伊月の光は黄緑色だった。
 三匹の体の光が最大になった時、伊月の体がブロックのように崩れ、画面の中に吸い込まれていく。その量が多くなるにつれ、三匹の光は段々と小さくなっていった。
 伊月の体の最後のブロックが吸い込まれたと同時に三匹の光は消え、その体は小さな欠片となりながら電子の海の中に溶けていった。三匹の欠片の一部が黄緑色の塊となっている伊月の中に入っていったのは、偶然かそれとも必然か。 
 それは誰も知らない。しかし、あの世界の者からすれば必然だったのだろう。


 しばらくした後、塊ではなくなった伊月の姿が画面に映る。その姿は、あの三匹とどことなく似ていた。しかし、画面がその姿を映していたのは、ほんの数十秒だけだった。彼の姿は、ゆっくりと暗い画面の奥に消えていく。
 その姿が完全に消えると、パソコンにはさきほどと同じ、何もない呼び出し画面が映し出された。数分間はそのままだったが、やがてパソコンは音もなくその電源を落とした。
 伊月という住民がいなくなった部屋には、ベッドの傍に置いてある時計の針が動く音だけが響いていた。

 続く

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想