いつの間に眠っていたらしい。ベッドの横で目を覚ました。
静かで、穏やかで、優しい朝日が、ちらちらとシーツの上で踊っている。結愛はしばらくぼうっとしていた。長い夢でも見ていたかのようなふわふわとした心地がした。
目をこすろうとして手を動かすと、手元に置かれていたものが、ぽこぽこと床に転がり落ちた。
結愛のみどぼんぐり。
それと、こんがりと焼かれたオボンのみだった。
部屋を出ると、恵太が台所に立っていた。既に一仕事終えてきたような格好をしている。シャワーを浴びておいで、晩飯も食わなかったから腹も減ったろ、と彼が何事もなかったように笑うので、ピカはどこに行ったのかと尋ねてみた。
「もう仕事に行っちゃったよ。今日は休んどけって止めたんだけどな」
昨晩の被害がどの程度なのか、気になるのだろうと恵太は言った。本当に良く出来た相棒だよ、と、困ったようにはにかんでいた。
バスの時間ぎりぎりまで農場を手伝っていたけれど、結局チャッピーには会えなかった。
農場を出ていく軽トラには、芳香剤の匂いに交じって、ハンカチにくるまれた焼きオボンの甘くて濃密な匂いが、ポシェットの中からたちこめている。リアウインドウの向こうに広がるオボン畑を、結愛は首を伸ばして見ていた。山道はくねくねと折れ曲がり、すぐに見えなくなってしまった。道と森。荷台の上に、二本の耳は揺れていない。けれど、まだ何かに惹かれているような、遠い雷鳴が聞こえてくるような気がして、結愛はずっと後ろを振り返り続けていた。
農場を出たからなのか、結愛がそうしているからなのか、それとも、とびきりの話の種になる彼の黄色いパートナーが、今この場にいないからだろうか。恵太は行きの折に戻ってしまったかのように、うんと口数が少なくなった。けれど緊張しているというよりは、何かを考えているような。
しばらく山を下ったとき、エンジン音に負けるほど自信のなさそうな声で、恵太が問うてきた。
「……楽しかった?」
結愛は振り向いた。車を走らせながら、ちらりと横目に窺う恵太の顔を見た。
その顔に、笑顔を作って、見せてあげた。
「楽しかったよ」
ほっとしたように、恵太が苦笑する。その顔を見て結愛もほっとする。
彼の前で、かわいいピカチュウのふりをし続けるチャッピーの気持ちが、ほんの少しだけ理解できた。
倒木が横たわっていた場所を過ぎる。流星のような木漏れ日の中を、軽トラは快調に走り続ける。バス間に合うよなあとやや不安げに呟いた恵太に、結愛は意を決して聞いてみた。
「けいちゃんは、ピカとずっと一緒にいるよね?」
へ、と素っ頓狂な声。
どういうこと、と笑いながら返してくる。けどその先にある答えを、恵太はあまり考えなかった。片手でハンドルを回しながら、間髪入れず、
「ピカも、そう思ってくれてるといいな」
胸に沁み入るような声で、そう呟いた。
「……うん」
頷き、行く先へ顔を上げる。それ以上、言葉なんて見つからない。
ポシェットの中のみどぼんぐりと、オボンと、あのポストカードを。祈るような思いで、そうっと手のひらに包み込む。
山のふもとに、バス停のある町が見えはじめた。
徐々に道が広くなり、視界が開けていく。夏の終わりを感じさせない厳しい日差しが降り注いで、結愛は思わず目を細めた。
エンジン音をうならせて、軽トラは一段とスピードを速める。