肆拾 汚染の影響

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 “月の次元”を後にした僕達は、“陽月の回廊”を通って元の世界への帰路に就く。
 だけどその途中、何者かの奇襲をうけ、キノトが“時空の壁”の方へと弾き飛ばされてしまう。
 多分間一髪のところで受け止める事ができたけど、気付くとそこは初めて見る生物で埋め尽くされてしまっていた。
 浮遊する半透明の生き物の間を掻い潜っていたけど、僕は“太陽の次元”への出口目前で攻撃を食らい、気を失ってしまった。
 [Side Wolta]




 「――タ殿、ウォルタ殿! 」
 「…っぅぅっ…」
 「…! ウォルタ氏、何があった? 」
 …っく…! …ここは…、“陽界の神殿”…? それにこの声は…、ソレイルさんと…、コークさん…? “陽月の回廊”で急に襲われた僕は、多分攻撃に耐えられず気を失ったらしい。…でも急にぶり返してきた? 痛みで、沈んでいた意識が覚醒する。意識が戻ったばかりで頭がボーっとするけど、ぼんやりと聞こえる感じでは、多分誰か二人が気絶してる僕達に必死で呼びかけてくれていると思う。すぐにそれがソルガレオのソレイルさんとカプ・コケコのコークさんって分かったから、僕は何とか、うっすらと目を開けた。
 「ウォルタ殿、無事か? 」
 「…ぅん、僕は多分…、大丈夫…、です…。…ですけど…、ここは…」
 「“陽界の神殿”だ。…だがウォルタ氏、ミズゴロウになっているが、まさか…」
 「…ミズゴロウ…、なら、問題無いです…。この姿が本当の…、僕ですから…」
 そっか…、気絶してたから、姿が元に戻ったんだね。ぼやける視界で何とか見渡してみると、そこには予想通りの二人…。突入する前よりも凄く大きい気がするけど、完全に取り乱しているコークさんと、静かに僕達の身を心配してくれているソレイルさん…。“太陽の統治者”の彼が問いかけてきたような気がしたから、僕は寝そべったまま視線を上げ、何とか声を絞り出す。そのままコークさんに訊ねてみたけど、この感じだととりあえず僕達は元の世界に帰ってこれたらしい。突入する前とは姿が違うから、コークさんを凄く不安にさせてしまったけど…。
 「そうか…。…だがウォルタ殿、“陽月の回廊”で何か起きたようだが…」
 「…はい…。…それが…、色んなことが…、起きすぎて…、何から話せばいいか…、分からない…、ですけど…」
 聴きたい事と話したい事が沢山あるけど、その前にまず…。
 「…キノトは…、キノトは…、無事…、ですか…? 」
 キノトがどうなったのか…、知りたい…。ボロボロの僕達を見て何かを察したのか、ソレイルさんは冷静に訊ねてくる。どこか申し訳なさそうな表情をしてる気がするけど、僕はそれを気にする間もなく考えに押しつぶされそうになってしまう。元の世界に戻ってこれたから感情が戻ってるので、僕はボーっとしながらも何とか、事の優先順位を見極める。その過程で僕は、“陽月の回廊”で先に気を失った愛弟子の事を訪ねてみる事にした。
 「キノト氏は…、まだ目を覚ましていませんね」
 「そう…、ですか…。帰ってくる時に…、見た事ない生物に…、襲われたんですけど…、キノトが攻撃で飛ばされて…。…ギリギリ間に合ったとは…、思うんですけど…」
 凄く際どかったから、間に合ったか分からないけど…。
 「間に合った…? と言う事はまさか、キノト氏が“時空の壁”に…」
 「そうと決まった…、訳じゃないですけど、多分僕とキノトも…、“陽月の回廊”の空気を…、直に吸ってると…、思います…」
 「…ウォルタ殿、まさか“真実の加護”を発動し忘れた、と言う事は…」
 「それはないです。…“月の次元”を出る時に…、発動させたんですけど…。“陽月の回廊”で攻撃を食らったら…、“加護”が破られて…」
 僕も何でかは分からないけど、あの感じは…、間違いないよ…。さっきよりは意識がハッキリしてきたけど、まだまだ体中…、特に攻撃を食らった左腰の辺りはまだ痛む。…だけど意識がある分キノトよりはマシだから、襲撃された時のことを二人に話してみる。空気を吸った、って言ったらソレイルさんは眉間にしわを寄せていたけど、ちゃんと対処はしたからすぐに弁解する。…だけど“回廊”で起きた現象の訳が全然分からないか…。
 「かっ、加護が破られた? まっ、まさか侵入者に待ち伏せされていて…。それとも当事者…」
 「いや、当事者の襲撃はあり得ん。確かに伝説の種族であれば加護は破る事が可能だが、本日はウォルタ殿とキノト殿に二名以外、“回廊”に立ち入っていない」
 「でしたら他に何が…」
 「分からないですけど…、見た事ない種族…、種族って言えるのかも分からない…、ですけど…。…化け物…、って言えそうな生物…、それも大群に襲わ…」
 「…ぃ痛っ…。…あれ…? ここは…」
 「きっ…、キノト…! 」
 キノト…! 良かった…、とりあえず、目は覚ましたみたいだね。僕が“陽月の回廊”で起きた現象の事を話したら、コークさん、ソレイルさんも、声を荒らげて取り乱してしまう。そのまま口論みたいになってるけど、僕も正直言って、襲撃してきた生物が何者か全く分かってない。分かってる事と言えば、往路では身を潜めていた事と、伝説の種族…、それか僕以上の実力がある、っていう事。だけど最後の一つは、たぶん違うと思う。キノトをで掴んで飛んでる時、あの生き物はゴッドバード一発だけで倒すことが出来た。それにあの生き物が伝説の種族って事も、数えきれないぐらいいた時点でまずあり得ない。…これぐらいしか思い浮かばないから、ますますあの生き物の正体が分からなくなってしまう。だけど状況を話している間に近くで呻き声が聞こえたから、僕はそれどころではなくなってしまった。
 「…ししょー…? 」
 「よかった…! キノト、無事だったん…」
 「ししょー…、一人で草の大陸に…、行ったんじゃなかったんですか…? 」
 「えっ…。キノト、何を言って…」
 「それにししょー…、ここはどこなんですか…? ラムルタウンのはずですけど…、何で遺跡に…」
 「キノト、何を可笑しなこと…、言ってるの…? “月の次元”に行ってて…、何とか“陽界の神殿”に…」
 「それにししょー…? さっきから言ってるキノトって…、誰なんですか…? 」
 …えっ? キノト、今、何て言った?
 「誰って…、キノト…、下手な冗だ…」
 「本当に誰なんですか…? それに体も…、凄く痛いですし…」
 誰って…。…まっ、まさか、キノト…。僕に気付いてくれたキノトは、ぼんやりとしながらも何とか応えてくれる。…だけどキノトは、僕の問いかけに的が外れた答えを返してくる。それは何か…、“陽界の神殿”を初めて見た…、じゃなくて、キノトだけ何日かズレているような…そんな感じ。キノトの言う通り、僕は一人で草の大陸に行ってたけど、それは何日も前の事…。キノトが一人でラムルタウン…、実家に帰っていたのも、同じぐらい前の事…。おまけにキノトは、しきりに呼びかける僕に対して、とんでもないことを訊き返してくる…。最初は冗談かと思ったけど、モヤモヤした感じで首を傾げてるところを見ると、冗談じゃない、そう思えてきてしまう。…こうなると僕は、キノトがある状態になってしまっている、信じたくはないけどそう思わずにはいられなくなってしまった。
 「もしかしてキノト! 自分の名…」
 「キノト氏、キノト氏はキノト氏で変わりないです! …まさかキノト氏、自分の名前を忘れた、なんて事は…」
 「ええっ? なななっ、何であのコークさんがいるの? 」
 「…まさかキノト、名前だけじゃなくて最近の事まで忘れて…」
 「そのようだな」
 まさかとは思ったけど、この様子だと…。
 「記憶を…、無くしてる? 」
 キノトなら忘れるはずないのに、忘れてるって事は、そうなるよね…。切羽詰まったコークさんがキノトに問いただしても、状況は全く変わらない。…それどころか、僕にキノトが記憶喪失だと確定づけられる事となってしまった。
 「…かもしれないです。…って事は、もしかして…」
 「…我が輩も同意だ。…恐らくキノト殿は、じ…」
 「“時空の壁”に触れた…、そういう事ですよね…? 」
 「それもだが…、キノト殿は“陽月に染ま”った可能性が高い」
 「…ソレイル氏、私も同じ事を思いました。…と言う事はソレイル氏、キノト氏も“陽月の被染者”となったのでは…」
 「その可能性が高いな。我が輩が視る限りでは、キノト殿は薄…」
 「…ええっとソレイルさん、何なんですか? その…“陽月の”…何とかっていうのは…」
 「…すまない、ウォルタ殿存じてなかったな」
 「私達“観測者”とソレイル氏が、便宜上呼んでいるものです」
 「便宜的に、ですか? 」
 「そうだ。ウォルタ殿が“空現の穴”に突入する前、我が輩が“陽月の回廊”について話した事は存じているな? 」
 「はい。“陽月の回廊”の空気は、体に悪いって…」
 「そうです。“時空の壁”に触った方も、合わせてそう呼んでいます」
 「直近十年で二人救い出したが、その両人共に“陽月”の空気に侵されていたな。キノト殿は両人程染まってはいないが、片人はキノト殿同様直近の記憶を失い、片人は記憶のみならず姿まで変わっていた」
 「その方は確か…、イーブイの少年でしたね」
 「そうだな。その者は我が輩の記憶が正しければ…、この軸上に無い世界の人間だったか。…話が逸れてしまいすまないが、“陽月の被染者”は度合いにより三段階に分けられる。我が輩も全て把握していないが、キノト殿は程度の低いものと考えられる」
 「侵された時間的にも…、そうなりますね。おそらくキノトさんは、軽い記憶障害が出ただけでなく、体質が少し変わった可能性が高いです」
 「体質が…? 」
 「はい。キノト氏の経過を見ない限りは分かりませんが、侵された程度に寄らず、どの方もダンジョンで野生を多く引き寄せたり、適正年齢前に進化した方がいるそうです」
 「その通りだ。…しかし汚染の度合いが最大となれば、自我、記憶を全て失い、ダンジョンの者に成り果てる…」
 姿が…、変わる? それに人間から、って…。…もしかして、ラテ君とシオンさん…、これに当てはまるんじゃあ…。




  続く

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