1-6 救助隊員の決断

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 得体のしれない何かに大怪我を負わされたハイドさんを保護し、彼を村の仮設診療所に搬送する。
 そこで医者でアブリボンのリリーさんに、彼の怪我を診てもらう。
 だけどその結果は、僕達が思った以上に悪いもので、二つに一つの選択をしなければならなくなってしまう…。
 片方の尻尾を失った彼が出した結論は…
 [Side Ratwel]




 「…それなら」
 凄く酷い事になってるけど…。リリーさんに診てもらったけど、その結果は最悪なものだった。ハイドさんにとっては人生を左右する事だけど、ゆっくり考えているとその選択さえ出来なくなってしまう。だけどその選択肢は、自分の救助隊としての人生と負傷した右腕を諦めるか、命そのものを諦めるか…。こんな重い事を天秤にかけないといけないけど、すぐにでも決めないと右腕の壊死が進んで取り返しがつかなくなってしまう。もし僕がハイドさんならすぐに決められないと思うけど、彼は意を決したように、声は小さいけど口を開く。
 「この右腕を、斬り落としてください…」
 「…分かったわ」
 「ハイドさん…」
 その彼は一言ずつ、絞り出すように言の葉を紡ぐ。目を硬く閉じて歯を食いしばり、やむを得ない、そういう感じで…。どっちの答えを出してもこうなったと思うけど、重々しい空気がのしかかって、僕は重大な決断をした彼に何も言ってあげる事が出来なかった。
 「…んじゃないと、殺されたゲールに合わせる顔が無い…。救助隊としては終わりだけど、ゲールの分まで生きないと…」
 「そう、よね…。職も失う事になるけど…、それで良いのね? 」
 「右腕を捨てるだけで良いなら…。…命には、変えられないですから…」
 「そこまで言うなら…。…承ったわ。…誰か、縛られの種、持ってるかしら? 」
 「はっ、はい…。一応一個、持ってますけど…」
 ダンジョンで使わなかったから、あるといえばあるけど…。暗い表情のハイドさんは、まるで自分に言い聞かせるように呟く。相変わらず患部の右腕は力なく垂れ下がってるけど、それでもどこか、重く見えたような気がする。彼の中では決心したんだと思うけど、リリーさんは医者の立場として、念には念を入れてハイドさんにその意志を確かめる。それでも揺るがなかったから、彼女は今度こそ、彼の返事に頷いていた。
 それからリリーさんは、急に僕達にも話しかけてくる。災害で物資が不足してるから仕方ないけど、施術に必要らしいそれを持っているか、僕達にも訊ねてくる。一つしか僕は持ってないけど、今日は使わなかったものだから、少し驚きながらもこう答える。こくりと頷いてから、僕はその種、麻痺作用のある縛られの種をバッグから取り出した。



――――


 [Side Ratwel]



 「…ラツェルさん、ベリーさん、ソーフさん、もう入っていいわ」
 「…うん。…それで、どうですか? 」
 「手術は無事、成功したわ」
 「そっか、なら、良かったでしゅ」
 成功したなら、良かった、のかな? あれから三時間ぐらい経った、のかな? その間ずっと施術室の外で待っていた僕達は、その中から聞こえてきた彼女の声に、一斉に立ち上がる。日が暮れているからソーフは元の姿に戻ってるけど、その声で心なしか、不安とか心配とか…、いろんなものが少し和らいだような気がする。引き戸を開けてその部屋に入ろうとすると、開けたすぐの場所でリリーさんが羽ばたき、ホッとした様子でこう教えてくれた。
 「ハイド君の意識もしっかりしてるから、すぐにでも話せると思うわ」
 「そうなんだ…。うん、それなら一安心だよ」
 そこまで知ってる訳じゃないけど、僕達が救助したんだから、最後まで見届けないとね。ずっと不安そうな顔をしていたベリーも、この一言でようやく肩の荷が下りたんだと思う。強張っていた表情が若干緩んで、無駄に入っていた力もスーッと抜けていくのが目で見るだけで分かった。
 「うん。…ハイドさん、入りますよ」
 「はい」
 「傷の方は…、大丈夫ですか? 」
 「まだ痺れて感覚が無いですけど、リリーさんのお蔭で何ともないです」
 大丈夫って言ってるけど、まだ麻酔の効果が残ってるのかな…? リリーさんが入っていいって言ってくれたから、ひとまず僕達はその施術室に立ち入る。仮設だから十分な設備は無いらしいけど、それでも素人の僕が見ると何でも治療できそうな感じだった。所属していたギルドの個室ぐらいの小さな部屋だけど、棚とかに整理して置かれているから、思ったよりは圧迫感は無いと思う。腕を切断するっていう大手術の直後だけど、血痕とか斬り落とした腕とかも見えない場所に片付けてあるらしい。独特な匂いとかも殆ど気にならないから、消臭とか消毒とかも全部終わっているんだと思う。その真ん中の施術台で横になっているハイドさんに話しかけると、体を起こして答えてくれた。
 まだ痺れて感覚が無いらしいけど、ハイドさんは弱々しいけど表情を緩める。部屋の入り口からだと尻尾の方は見えないけど、力なく垂れ下がっていた彼の右腕は、ちょうど肘があった場所から少し肩側から先が無くなっていて、その切断面に真新しい包帯が巻かれている。止血もされているみたいだから、その部分は真っ赤に染まってはいなかった。
 「だけど右腕が無くなっちゃったから…」
 「利き腕だったけど、慣れれば何とかなりますよ。二の腕はまだ残ってますから」
 「…なのでしゅかね? …だったら、リハビリ…? をしないといけないんでしゅよね」 「そうなりますね」
 不便になるけど、命には代えられないのかな…? ベリーの気持ちも分かるけど、ハイドさんは気にしてない、とでも言いたそうに言い放つ。ハハハッ…、て笑いを浮かべているけど、彼の右腕のことを考えると、凄く無理しているように見えてしまう。ソーフはそんな彼を気遣ってなのか、ハイドさんに合わせて緩い表情で話しかけているけど、目だけは心配とか色んな感情で満たされて笑えていない。
 「…んですけど、この腕じゃあもう救助隊としては無理そう…」
 「ええっと、ハイドさん、ずっと考えてたんだけど…」
 「ベリー? 考えてたって…」
 何を考えてたんだろう? 気丈に振る舞ってるけど、ハイドさん自身も、どこか心残りがあるような、物憂げな色がちらほらと見え隠れしているような気がする。その証拠に、彼は半分の長さになった右腕を上げ、ぼんやりとそこを見つめながらこう呟く。救助隊としてはもう無理そうですね、そう言おうとしていたと思うけど、その途中で暗い表情のベリーに遮られてしまう。急だったから、僕は思わず彼女の方をハッと見てしまった。
 「もしハイドさんがその気があるなら…、探検隊のギルドだけど、バトルの講師に、なってみない? 」
 「バトルの講師に、ですか? んでもこの腕じゃあ…」
 「アクトアタウンのギルドなんだけど、どうかな? 講師なら右腕を使わなくても口頭でも教えれるし、泳ぎのリハビリもしやすいはずだよ」
 「そうでしゅね! アクトアタウンなら町中に水路が通ってますし、ハクしゃん達なら…」
 「はっ、ハクって…、まっ、まさか、エアリシア出身のハクリューじゃないですよね? 」
 「ええっ? そっ、そうだけど、もしかしてハイドさん、ハク達の事、知ってるの? 」
 うっ、嘘でしょ? 拠点の大陸も職業も違うのに? ベリーの提案は、案外ハイドさんの為になるのかもしれない、僕は率直にそう感じる。バトルの講師なら、ダンジョンで危険に晒される事も少ないし、間接的にだけど人助けに関わる事になる。それにアクトアタウンなら、ダンジョンに行かなくても泳ぐ事が出来るし、水中での模擬戦闘場だってある。潜入しなくてもバトルが出来るから、運動不足解消にも良いかもしれない。
 だけどそんな名案は、ハイドさんの驚きの一声でどこかに吹き飛んでしまう。ソーフが何気なく言った親友の名前に、信じられないっていう感じで声を荒らげる。僕自身もまさか知ってるなんて夢にも思ってなかったから、思わず変な声を出してしまう。ついさっきまでは思い空気だったけど、この瞬間支配する雰囲気が変貌を遂げてしまっていた。
 「知ってるも何も、…っ! 俺の地元でハク様を知らない人はいないですよ! 」
 「えっ、さっ、“様”でしゅか? 」
 「そうです! 俺にとってハク様は学校の先輩ですけど、エアリシアで“リナリテア家”を知らない人は…」
 「りっ、“リナリテア家”? ハクが? 」
 なっ、何? そんなに凄い事なの? ハクと知りあいかもしれないハイドさんは、驚きのあまり盛大にとびあがってしまう。そのせいで切断された右腕をぶつけてしまっていたけど、まだ麻酔が抜けきってないのか、あまり痛がってはいなさそう…。だけどその彼が口走った一言に、今度は僕達の方が驚かされてしまう。ただでさえ知っていたことにビックリしたぐらいなのに、ハイドさんはハクの事を“様”付けしていた。ブラ…、イーブイになる前の記憶が無い僕には何が何だかさっぱり分からないけど、この感じだとベリーだけは、そのリナ…、何とかっていう名前? を知っているらしい。僕と初めて会った時ぐらいの凄い表情で、取り乱してしまっていた。
 「べっ、ベリー? 何なの、その…」
 「そっか、ラテは知らないんだよね? この時代の学校で習う事なんだけど、千年ぐらい前の風の大陸で、繁栄していた国の貴族の名前なんだよ! それに六百年になると、エアリシアの統治を任されるようになったんだって。…確か今でも、“リナリテア家”が代々市長を務めてるんじゃないかな? 」
 「その通りよ。エアリシアだけじゃなくて、パラムタウンとニアレビレッジでも有名な話よ? 」
 きっ、貴族? 僕は元々五千百年代の出身みたいだから仕方ないけど、ベリーが教えてくれたことを知らなかった。ソーフも首を傾げていたから知らないんだとは思うけど、リリーさんは良く知っているらしい。
 …そういえば今思ったけど、シリウスとフロリアさんの過去は聴いた事があるけど、ハクのは一度も聴いた事が無かった気がする。訊くタイミングを逃した、っていうのもあるけど、ハクの個人情報の事で知っていると言えば、出身地と年齢、探検隊になってからの経歴ぐらい…。
 「そっ、そうなんですか? 」
 「はい、そうです。ハク様…、“ハク=リナリテア”は“リナリテア家”の長女で、十年前に家出しなければ家督を継ぐはずだった方ですよ」
 「かっ、家督? 家督って…、もし探検隊になってなかったら、エアリシアの市長になってたって事ですよね? 」
 「そっ、そうなりましゅよね? 」
 「うっ、うん! ギルドの親方だから分からなくもな…」
 「親方ですか? 何年も音信不通だったはずなのに、まさかギルドの親方に…」
 「そう、親方…、そうだよ! すっかり忘れてたけど、ハイドさん、ハクが親方をしてるギルドで、講師、やってみない? 」
 「あぁはい、ハク様の事なら…、俺は尻尾も右腕も失ったけど、お願いします」
 まっ、まさかハクが、そんな家柄の生まれだったなんて…。僕は知らなかった親友の経歴に、唖然としてしまう。探検隊としても実力は上だけど、まさかそんな過去があるなんて思いもしなかった。これを知ったからといってどう…、っていう話じゃないけど、僕の中ではキャラ崩壊が起きてしまったかもしれない。結局ハイドさんはベリーの誘いに乗ってたけど、僕はあまりの衝撃の大きさに、何も反応する事が出来なくなってしまっていた。



――――


 [Side Unknown]


 「・・・様、いよいよですね」
 「ああ」
 「…無礼者が…、妾わらわにこれ程の事をしようとは…、一体何を考えておるのじゃ…」
 「無礼? 無礼なのはどっちだ? そんなちっこい身なりで、このお方に盾突こうとは、極刑に値する! 伝説の種族、・・・ッグとはいえ…」
 「…気にするな。たかがチビの虚言。コイツの“チカラ”を利用し、この世界を去る俺達には関係のない話だ」
 「はっ…」
 「…さぁ、お喋りはここまでとしようか」
 「妾の話が済んでおらんじゃろう! 汝…」
 「黙れぃ! これいじょ…」
 「構わん、…やれ」
 「…御意」
 「待て! まだ話…っああァァァァッ…! 」



  つづく……

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