第6話 「爆裂のクゥ」 (2)

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2012.03.02.投稿


◆6


「それじゃあ、はじめようか」

 ウミベジム。二週間前と同様に奥の試合場に通されたツバキは、バトルスペースをはさんでホクトと対峙していた。

「ルールは前と同じ、使用ポケモン二対二の勝負。先に二体とも戦闘不能になった方の負けだ。準備はいいかな」
「はい、ばっちりです!」

 ツバキが、元気よく答える。ツバキの傍らに立つシロとクゥも、気合十分という様子で声を上げた。
 今回は、もう戦うメンバーも順番も決めてある。前回と同じ、シロとクゥのリターンマッチ。出番のないクロはやはりユウトの頭上でだらりとしているが、今回ばかりは眠ってはおらず、その瞳はシロたちの方をみつめている。
 いつもならそのクロのさらに頭上にとまっているネネは、今はユウトの腕の中。見知らぬ人間やポケモンが多くいる場所に来て、緊張しているらしい。エスパーのポケモン、ネイティであるネネは、この試合場にあふれる独特の空気や緊張感をも、敏感に感じ取っているのかもしれない。

「それではこれより、ジムリーダー・ホクトと、チャレンジャー・ツバキによる、バッジをかけたジム戦を始めます。両者、一番手のポケモンを前へ」

 審判である道着を着た男が、高らかに言う。
 ツバキとシロが、目を合わせる。

「おねがい、シロ」

 シロは「きゅん!」と返事をし、バトルスペースへ向け、歩き出す。振り向いたクゥと、目が合う。

『……』
『……』

 シロとクゥは少しの間みつめ合い、そして、シロは左前脚を、クゥは左手を、こつんと互いにぶつけ合う。
『いってこい』
 クゥが、そう言っているような気がした。

 そんなツバキたちの姿を、ホクトは目を細めながら見ていた。
 二週間前とは、見違えるように変わったたくさんのこと。
 二週間前と変わらない、たったひとつのもの。
 それらを確かにツバキたちの中に感じて、ホクトは一度、目を閉じる。そしてその目を、カッと見開く。

「行け、アサナン!」

 ホクトがバトルスペースへモンスターボールをなげ、中から先ほどもホクトといっしょにいたアサナン、ヨーガが姿を現す。
 シロもバトルスペースの中へと進み、アサナンと対峙する。
 シロは争いごとは好まない。戦うのだって、本当は怖い。けれど今の気分は悪くなかった。
 ユウトやクロ、ネネが見ている。クゥが自分を信じて、先鋒を任せてくれている。ツバキが、背中を守ってくれる。みんなが、心に力をくれる。
 だから、怖くない。

「試合、開始ッ!」

 審判の声が、響く。

「シロ、行こう! “でんこうせっか”!」

 ツバキの声で、シロは走り出す。ただ走るのではない。足の踏み出し方。加速のつけ方。ゴクトージムで、ツバキとともにしっかりと教わってきた。以前より鋭さを増したシロの“でんこうせっか”が、アサナンに迫る。しかし。

「アサナン、受け止めろ!」

 さっとアサナンが右腕を上げ、その片腕でシロの体当たりを受け止める。いや、片腕だけで止めたのではない。確かに直接攻撃を受けたのは右腕だが、そこから全身を使って衝撃を受け流している。アサナンにほとんどダメージはない。そして。

「“はっけい”!」

 とんっ。
 アサナンの左手が、隙のできたシロの腹部にあてられる。それだけの動きの、ハズだった。

「ッ!」

 どんっ、と全身を衝撃が突き抜け、シロは声も出せずに吹き飛ばされる。地面を転がるが、衝撃で体がしびれているのか、痛みがよくわからない。

「シロっ!」

 ツバキの声が聞こえる。しかし、体にうまく力が入らない。それでも何とか立ち上がって、相手の方を見る。

「今度はこちらからいくよ」

 ホクトがそう言って、アサナンがこっちに向かって間合いを詰めてくる。その左拳が、迫る。シロは防御のため、体を固くして身構える。しかし。

「“フェイント”」

 その左拳がシロにあたることはなく、一瞬遅れて、思いもよらなかったところから攻撃が来る。低い姿勢からシロの顎を狙った、右の平手打ち。その衝撃は顎から脳までを突き抜け、シロの思考を奪う。まともに立っていられずふらつく体に、さらなる追撃が来る。

「“はっけい”!」

 再び、当てられただけの左掌から、全身を揺さぶるような衝撃。シロは再び吹き飛ばされ、地面を転がる。
 あまりに洗練された、「武術」の動き。野生味を感じないその無駄のない動きは、本当にポケモンと戦っているのかわからなくなるような、気味の悪さを与えてくる。

「シロっ! だいじょうぶ!?」

 ツバキの声で、シロはどうにか意識を保つ。しかし、立ち上がろうと足に力を入れようとしても、思うように体が動いてくれない。
 エーフィであるシロのしなやかな体は本来、格闘の攻撃に対しては耐性を持っている。しかし同時に、その頑丈とはいえない華奢な体は、物理的なダメージに対して打たれ強くはできていない。今はどうにか意識を保てていても、次の一撃にはおそらく耐えられない。

「つ、強い……!」

 わかっていたことのはずだ。しかしそれでもツバキは、目の前に突き付けられる本物の「実力」に脅威を抱かずにいられない。
 はじめ、以前ボロ負けしたあのキノガッサが出てくると思って身構えていたツバキは、予想に反してアサナンが出てきたとき、わずかな安堵を感じていた。街で話をしていた時、あのアサナンはホクトの足の運動を支える役目をしていると聞いていたからだ。そのアサナン自身がここまで強いとは、正直、思っていなかった。

「甘く見られては困るな」

 そんなツバキの考えを見透かしているかのように、ホクトは言う。

「人間であるおれの動きを、義足を操って再現できるということは。それだけ人間の動きに関して、こいつは深く理解しているということだ。だからこいつは、人間の扱う『武術』の動きをより正確に身につけることができる。そこにポケモンとして持っている力も加わるんだ。より人間に近い体の構造を持つ格闘ポケモンがエスパーの力も併せ持っているというのは、とても大きなアドバンテージだな」

 強い。
 曖昧にわかっていたその力のイメージに、明確な輪郭が付けられていく。これが格闘ポケモン。これが、ジムリーダーのバトル。
 それでも。

「いいガッツだ」

 ホクトが不敵な表情で、嬉しそうに言う。
 シロが、立った。

 正直、怖かった。
 体はまだあちこちしびれているし、頭もはっきり回らない。体中痛いはずなのに、その痛みもなんだかぼやけたように、よくわからなくなっている。

 戦いなんて、好きじゃない。
 痛いのも、怖いのも。

 本当はただ、ツバキやユウトやクロと、いっしょにいられればそれでよかった。
 旅に出る前の、木の実を採りに出かけて野生のポケモンと戦うことはあっても、基本的には穏やかな生活。たまにクロとケンカして取っ組み合うことはあっても、普段は誰とも争わなくていい暮らし。シロは、それが好きだった。

 それでも。
 こうして旅に出て、クゥと出会った。
 こんなにも全力で、こんなにもまっすぐに、立ちはだかる敵に立ち向かっていくポケモンがいるんだと知った。
 全力を振り絞って戦う姿を、シロは正直にかっこいいと思った。全力を振り絞っても勝てない相手がいることを、悔しいと思った。

 戦う術は、学んできた。
 戦う仲間は、ここにいる。

 あんなふうに、自分もかっこよくなれるかな。みんなで勝ちをつかむことができたら、きっと嬉しいんだろうな。
 今のシロには、それだけで十分だった。

「きゅんっ!」

 シロは、立ち上がる。
 まだだ。まだ、負けてない。ツバキは、まだあきらめてない。クゥなら、こんなところであきらめたりしない。
 わたしだって、がんばれる!
 シロは、戦うべき相手をまっすぐに見る。

「シロっ……!」

 ツバキは、ボロボロになって、それでも立ち上がるシロの後姿を、見る。
 シロは、おとなしい性格だ。戦うのなんて、本当は好きじゃない。それは、ずっと一緒に過ごしてきたツバキには、よくわかっていた。
 それでも、こうして立ち上がってくれる。こうして、一緒に戦おうとしてくれている。
 まっすぐに受け止める。このシロの想いを。
 ツバキは、戦うべき相手をまっすぐに見る。

「行こう、シロ」

 その視線が、アサナンと、ホクトと、ぶつかる。

「あたしたちは、負けない!! シロ、“でんこうせっか”!!」

 シロは走り出す。足は動く。体は動く。ハートはまだまだ燃えている。
 足の運び。加速。ツバキの心を、意図を受け取りながら、シロは相手に向かって駆ける。

「いいね、最高だ。全力で来い! アサナン、受け止めろ!」

 アサナンが、右手で防御の構えをとる。左手は、“はっけい”での返しを狙っている。このまま突っ込めば、同じことの繰り返し。しかし、そうならないことを、シロはよくわかっている。だから、信じてまっすぐ突っ込む。あと一歩でアサナンに届くという、その時。

「今だ、シロっ!」

 シロは、飛び込もうとする前足を踏ん張って、急ブレーキをかける。受け止めるつもりで身構えていたアサナンが、びくっと一瞬怯む。シロは、すべての勢いは殺さない。その勢いを利用して、体をひねる。しっぽが、銀色に輝く。

「いっけえっ! “アイアンテール”ッ!!」

 鉄のように硬化し、銀色の輝きを放つしっぽ。それを、ひねった体の勢いごと、アサナンに向けて叩きつける! 回転して真横から襲ってくる攻撃に、アサナンはとっさに対応しきれない。防御が間に合わず、わき腹に鋼鉄の硬度を持つしっぽが直撃する。しかしその衝撃で吹き飛ばされそうになるその瞬間、アサナンは左手でシロの背に触れる。反撃のため、「気」を集めていた左手を。

 どッ!!

 二匹が、同時に吹き飛ばされた。試合場の、右と左に。反対の方向へ飛んだ二匹は、地面を転がる。そして片方は膝をつきながらも立ち上がり、もう片方は――

「……エーフィ、戦闘不能!」
「シロっ!」

 審判の判定が下り、ツバキはシロに駆け寄る。地面を転がり砂埃で汚れたシロの体を、ツバキはそっと抱き上げる。目立った外傷はなかったが、ぐったりしたまま、シロは気を失っている。

「シロ、シロ! だいじょうぶ、しっかりして!」
「きゅ、きゅう……」

 シロが、か細いうめき声を上げる。とりあえずは、気を失っているだけらしい。

「ゆっくり休ませてやるといい」

 ホクトがそう言って、近づいてきた。

「“はっけい”は、外から打撃を与えるのではなく、相手の『内側』へ衝撃を伝える技だ。外傷はなくても、見た目以上に体力を消耗している。すぐに目を覚ますとは思うけど、しばらくはおとなしくさせておいた方がいいだろうな」
「は、はい……!」

 ツバキはシロを抱いて立ち上がると、ユウトの方へ歩いてきた。

「ユウト、また、シロをお願い」
「ああ……。ネネ、ちょっとごめんな」

 ネネはぱたぱたとユウトの腕から離れ、肩にとまる。ユウトは空いた腕でシロを受けとると、呼吸が楽になる姿勢にして抱いた。
 バトルスペースに戻るツバキの後姿を見ながら、ユウトの近くで見ていたジムの訓練生たちが、小さな声で言葉を交わすのが聞こえる。

「まあ、とりあえずはこないだと同じ展開か」
「うん、でもさ、最後のちょっと、すごくなかった?」
「ああ、ホクトさんのヨーガ相手に渡り合うなんて。あいつらホントに、この前のド素人かよ」

 ツバキたちのバトルが以前と違うことは、ずっと近くにいたユウトが一番わかっているつもりだ。しかし、ツバキたちを見る周りの目もまた、以前とは違う。その事実をユウトは、はっきりと感じ取る。

「アサナン、退け」

 トレーナースポットに戻ったホクトがそう言って、アサナンはダメージを負った体を少し引きずるようにしながら、ホクトのもとへと戻る。
 ホクトは、驚いていた。ツバキは、シロは、以前とは比べ物にならないほどに成長している。それは、以前がほとんどゼロに近い状態だったからこその成長だともいえるが、それでもツバキたちはたった今、ホクトの予想をも上回る動きをし、攻撃を当ててきた。
 その最後の動きは、同じだった。ほんの少し前に、一度見せただけの。アサナンの“フェイント”の動きをみて、真似て、瞬時に応用してきたのだ。

 成長している。
 バトルをしている、今、この瞬間にも。ツバキたちは少しずつ、強くなっている。

「いいバトルだ。見違えたよ」

 ホクトは静かに、しかし心底嬉しそうに言う。そして、車椅子に取り付けられたモンスターボールを手に取り、開く。光をまとって現れたのは、あのキノガッサ。

「……!」

 ツバキとクゥが、同時に息をのむ。ついに出てきた。二週間前。ほとんど何もできないままに敗れ、煮え湯を飲んだ相手。必ず強くなり、再戦を果たすと誓った、あのポケモン。

「さあ、来い。こいつを倒すために、力をつけて来たんだろう?」

 ホクトが試すように言う。いや、事実、試されているのだ。ジム戦とは、ジムリーダーが挑戦者と闘い、そのジムの名を背負うバッジを手にするだけの実力があるかを試すもの。ポケモンリーグが認め、その名を冠する大会の出場者として名を連ねるにふさわしいかどうかを、試している場だ。
 しかし、それだけではない。
 ホクトはみている。二週間前、何も知らないままに自分に挑み、何もできずに敗れたツバキたちが。その想いを胸に一体何をして、どんな力をつけて来たのかを。ホクトは、みているのだ。

「みせてやろう、クゥ」

 ツバキは言う。もう、以前とは違う。心がバラバラのままに戦い、ちぐはぐなままに敗れた以前とは、違う。心は、ともにある。想いは、重なっている。

「クゥが、あたしが、あたしたちが、どれくらい強くなったかを」

 ホクトは強い。キノンは強い。ツバキよりも、クゥよりも、ずっとずっと長く努力していて、ずっとずっと強いのだろう。だけど。そんなことは関係ない。
 時間で言えば、まだごく短い間でしかないかもしれない。量で言えば、まだ全然足りないのかもしれない。
 それでも。
 出会って、共に歩き始めて、すれ違って、ぶつかりあって、そして今がある。短くても、足りなくても。積み重ねてきたものがある。
 それが、与えてくれる力を。

「行こう、クゥ。あたしたちの『今』を、みせてやろう!」

 クゥが、両手の拳を突き合わせる。ごん! という固い金属の音が、高らかに響く。
『当然だ』
 それが、クゥの返事だった。



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