第107話 わたしの知るわたしが消えた日

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

(一通り試験勉強も終わったし、平均点は取れるようになった。あと、わたしに残っている試験勉強はこれだけ……)

 ワカバタウン、外れ洞窟。マイのカイリュー、元々はミニリュウを捕獲した思い出深い場所。
 この場にはゴールドは勿論のことシルバー、クリスタル、コウ、アヤノ、そしてソラもいない。

(最後の試験勉強、ううん試練って言うのかな。この恐怖に勝たない限りわたしは前に進めない気がする)

 握り閉めているのは傷だらけのモンスターボール。洞窟の中は薄暗くて湿っていて、背中にかいた汗が洋服とくっついて気持ちが悪い。そう、『あの時』とは湿度と温度もまるで違い、緊張感は更に倍増。

「出て来て、ルギア!」

 ウツギ博士に預けてあったルギアをついに手に取って、この外れの洞窟にやって来たのだった。今までは襲ってきたという認識のルギアを避けるようにしていたが弱かった自分との決別のため決心の思いでモンスターボールを投げた。

「…………ってオイコラ」

 思わずゴールドの口調が移っている。モンスターボールを決死の思いで投げたのに当の本人が出てこない。そんなことあっていいのか。
 先に進みたいのに進めない、まるで夢の中で走っているようなじれったい時間の中でマイの腹はグツグツと煮込む鍋みたいにむしゃくしゃとしていた。

「分かったよ! 無理矢理でも出したらァ!」

 以前、ポケモンマスターを目指す十歳の男の子がライバルである男の子とモンスターボールを半分にして分け合ったドラマを見ていたのだが、マイもそれが出来るのではないかと挑戦してみた。
 モンスターボールの特徴的な赤色と白色部分の境い目に指の爪を当てがて、爪先の色が変わるくらいの力を込めてみるがまるで歯が立たない。職人技恐るべし。

「今時のポケモンはバトルをしたくなかったら出てこなくてもいいシステムなわけ!?」

 そんな訳ないだろ、ゴールドがいたらそうツッコミを入れられていた。しかし彼がいない今は、悲しく虚しく響き渡るマイだけの甲高い声。洞窟の奥からこだまする自分のボケにひたすらプライドが折れる。

「ルギアちゃーん! 出ておいでよォー!」

 もう本当に無理矢理こじ開けても出ないなら開閉スイッチ壊して一生モンスターボールの中で暮らさせてやろうか、なんて恐ろしいことまで考えてたら呆れた顔のルギアが出て来た。

「うわぁ!? びっくししたぁ……。出てくるならそう言ってよ!」

 出て来た勢いの反動でマイが尻餅をついた。起き上がって尻についた土埃を叩きながら伝説のポケモンに文句を言う。

「さぁルギア! ゴールドをあんな目に合わせたんだからそれなりのことをしてもらうからね!」

 洞窟の中で狭そうに身体を折り曲げる姿は、とてもじゃないが初めて出会った、あの時のルギアとは思えない。
 嘲るような光をまとった挑発的なその目だけが、マイを襲うチャンスを伺っている、そんな気がした。

「って言ってもなあ。うーん、どうしよ。ポケモンリーグにはルギアは出さない約束だし。えーと、そうだなぁ」

 しばらく目を閉じて唸り、頭を右に左に動かして考えていると、頭上に電気が付いていない電球マークが浮かび、ピコンっと音を立てて光った。

「そだ! ゴールドが帰って来たらジョウト地方一周の空を飛ぶ旅行に決定!」
『…………』
「なぁにその目は。その前に、ルギアにはわたしの為に協力してほしいことがあるの!」

 くだらなさマックスの提案にルギアは頭を項垂れる。それでもやっぱり、その下げた頭からマイの明るさを跳ね返すような白い目でマイを見つめていた。

「わたしのリューくんのバトル相手になって」
『――!』
「へえ、バトルはやる気あるんだ! 出ておいで、リューくん!」

 バトルと聞いて眼光が開き、目を興奮で血走るルギア。狭い洞窟で目一杯翼を広げて羽ばたかせると周りの岩がゴロゴロと音を立てて落ち、こちらに転がってきた。
 カイリューがマイを救い上げるように抱きかかえると洞窟の外へ飛び立ち、それを合図に洞窟内の壁が氷細工だったかのように簡単に崩れ落ちる。逃がさないと言わんばかりにルギアも猛スピードで空を飛んで追いかけて来た。

「リューくんの究極技。流星群、この技を完璧にしないとポケモンリーグで優勝できない気がする!」
「バウ!? バウッ!」
「早速攻撃を仕掛けて来るとはね! リューくん、りゅうせいぐっ……ッ!」

 右手のブレスレットを一度見て確認しながら呟き終わるとカイリューが必死に呼びかけて来た。もうルギアは攻撃体勢に入っていたのだ。
 技の名前を言い終わる前に右手腕に鋭い痛みが雷のように手首から肩まで這い上がってくる。期待と恐怖と好奇心が混ざった興奮に身を任せて。

「……クソッ! まだまだァ!」
『それでこそ認めたトレーナー。命を賭けて、かかって来い!』
「声が聞こえる……へへっこんな痛みに負けてらんないね。よーし! 流星群ー!!」

 痺れる右腕を左手で庇うように抑え込むと、ルギアが意地悪そうに歯を見せて笑う。ついにルギアの声が聞こえるようにまでなったマイは仕返しと言わんばかりに目を細め、鼻で笑った。
 カイリューに抱きかかえられていたマイは背中に乗り移ると、ルギアに負けないように叫ぶ。
 今まで感じた事のない痛みに身体中が襲われるが、それ以上に空の変化に気がついた。

「こ、これって!」

 空は藍色に染まり、薄暗い雲と雲の隙間から星のような物が零れ落ちる何かがマイからは見えた。しかも、ただの雲ではない。これは雷雲か。
 雷の代わりに熱くて重い塊になった星がルギアに向かって降り注ぐ。避けれる量ではない星たちが身体を直撃する事でルギアの体力は削られる。

「やったー! 流星群成功だー!」
「バウー!」
「あっルギア! ありがとう! もう戻っていいよ! ポケモンセンターに連れてくね!」

 今まで何度か試してみたが痛みに耐える事が出来ずに諦めていた技。ルギアの挑発に乗った結果上手い事いった。
 流星群の技を食らって瀕死に近いフリをしたルギアをモンスターボールに戻してワカバタウンのポケモンセンターに急降下。
 途中、ブレスレットの塗装が完全に剥がれ落ちていることに気づいたが思っていたよりマイの顔は明るかった。

(ブレスレットの色、ホントに変わっちゃったな。けど、なんだか嬉しいや!)

 地上に降り立つとカイリューの姿にギョッとするワカバタウンの住人。そんなのに目もくれずマイはポケモンセンターへ走りこんだ。

(わたし変われたんだ! あの頃の弱かったわたしと変われた! そんな気がする!)

ポケモンセンターの受付から見ることの出来る空はどこまでと青く澄み渡っていた――

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