どうか私を食べないで

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作者:きとら
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読了時間目安:23分
 こんにちは!
 私はクチート。とってもチャーミングなポケモンの女の子よ。
 今、海に面した砂浜にいるの。もしも辺りが晴れ渡っていたら、太陽を浴びて美しく煌めく水面が広がっていたことでしょう。こんな濃霧に包まれていなければね。
 何で私がこんなところに座り込んで、霧で何も見えない海を眺めてるのか、疑問だよね。私も分かんなーい。うふふふふふふ。
 ……信じられなーい。

 これはきっと夢なのよ。そうに違いないわ。
 何が起こったのかを思い出せば、きっとこれが夢だって分かる筈。だってこんなのありえないもの。うん。

 時は、3時間……4時間、いやそれ以上?
 とにかく結構さかのぼる。
 私は……私たちは、カイナシティとキナギタウンを往復するフェリー船に乗っていた。船の名前は、何だったか。今となってはどうでも良いけど。

@———————————————————@

「船長、失礼します」

 激しい雨に叩き付けられて、雨合羽の船乗りが船橋に入ってくる。ガチャンと音を立てて戸を閉めると、舵を握っていた老船長は、白い帽子をかぶり直し、舵から離れて沸き立つコーヒーポッドのもとへ向かった。

「酷い雨だ。出航の時は、晴れてたのにな」

 しゃがれた声でぽつりと呟いて、彼はお気に入りのカップにコーヒーを注いだ。香ばしい、そしてどこか苦々しい豆の薫りが船橋に充満する。鼻腔の奥を刺激して、古い記憶を呼び起こす。
 私はこの薫りが嫌いになった。

「船員達の間じゃ、カイオーガを怒らせたんじゃないかって噂が飛び交ってますよ。はっ。きっとナオトのせいだ、あいつは信心深いから」

「カイオーガは居るぞ。この海に。だが、この航路近辺には来ない筈だ……おっととと」

 大波を越える度に船は傾き、ゆっくりと、しかし大きく揺れた。さっきからずっとこの調子なおかげで、私は今にも吐きそうだった。
 私は海も嫌いになった。

「伝説にしろ偶然にしろ、波はどんどん強くなってます。荒れ方が尋常じゃない。最悪、転覆の恐れも……」

「分かっている」

 船長は苦い顔をしてブラックコーヒーを啜った。

「念のため、乗組員の数名に避難準備をさせておこう。それから……うおおっ!」

 荒れた海が、本格的に牙を剥いた。まるで荒くれギャロップのように暴れ回る海に、船は振り回され、人もポケモンも等しく床に転んだ。
 立ち上がることすらままならない揺れが続く。上に下に、傾いては戻りを繰り返す。もう我慢できない。吐いてしまおう。

「船がもたない、避難だ!」

 機材にしがみついている船長の一声と同時に、振り子のように揺れる船が上下往復をやめて、天井と床がゆっくりと逆転し始めた。外は暴風雨と叩き付ける波の音とともに、人々やポケモン達の断末魔にも似た悲鳴が混じって聞こえてくる。パニック状態だ。
 船は垂直を越えて傾いていく。船長は戸に飛びついてドアを開けたが、船橋の隅に転がり落ちた私を見つけると、足場を探して辺りを見回した。

「先に行ってください、私が!」

 舵にしがみついていた船乗りが叫んだ。一瞬ためらいを見せた船長も、すぐに最優先事項である乗客の避難に意識を切り替えて、頷いた。

「救難信号を発信してくれ、舵の傍だ。クチートを頼むぞ」

 その言葉を最後に船長が無事に船橋を脱出したと見るや、船乗りは舵の傍にあるカバーに覆われた赤いボタンに手を伸ばし、しっかりと押した。それから手を離して床を滑り落ち、私の頭の大顎を「ぎゅむっ」と踏みつけた。痛かった。

「おっと、ごめんよ」

「チー!」

「わめき散らすなよ……あー、暴れるな、汚いのが散るだろ! ったく、これだからポケモンは……」

 船乗りは私を嫌々抱き上げ、ほとんど床になった天井を慎重に、しかし急いで出入り口へと向かう。
 船橋のドアをよじ上った途端、自分の体がよく分からなくなった。水の中なのか、外なのか、どっちが上でどっちが下か、暖かいのか寒いのか。稲光のように視界と意識が真っ白になって、私の意識は海の底へ堕ちていった。

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で、気がつけばこんな無人島の浜辺に流れ着いていた、というワケ。嵐の気配もなく、近場の海は穏やかに見える。でも霧の奥には、時折渦潮が見え隠れする。きっと霧に覆われた先に、もっとたくさんの渦がこの島を取り囲んでいるに違いない。
 脱出不可能。でも私には関係ない。だってもとから泳げないもん。

 それに、私は1匹じゃない。この島に流れ着いたのが、もう1人。

「くそっ! ダメだ……信号が届かない」

 近くの岩場に座り込んで、私を抱えた船乗りが、小道具をポチポチいじって悪戦苦闘していた。さっきからずっとあの調子だ。ピッと軽快な電子音を立てては、ビーッという耳障りな電子音を繰り返す。ポケットに常時携帯しているポケナビが入ってると気付いたとき、彼はまるで子供のようにはしゃいでいたのに、この焦りようったら。見てて笑える。
 また暫くして、ようやく男も諦めたようだ。岩場の下から見上げる私の視線に気がつくと、ため息で返してきた。

「噂には聞いていた。魔の海域にあるという、マボロシ島……この島特有の特殊な鉱石が磁場を狂わし、コンパスは使えない。ポケナビも……はっ、GPSも、遭難信号も発信できない。たぶんこの霧のせいだ……まるで異世界に迷い込んだようだな!」

 投げやり気味に、船乗りは笑って大手を広げた。その笑い声も乾いて、段々トーンが落ちていく。
 彼は、疲れきっていた。

「南国とはいえ、冬の海に放り出されて、生きていたことを喜ぶべきかな……」

「クチー……」

 私たちは、くっつきはしないまでも、岩場に並んで座り、同じようにため息をついた。
 少し、肌寒い。思わず肩が震えた。それが寒さのせいか、それともヤドンのような足取りで迫る死への恐怖か、それは分からない。しかし、はっきりしていることもある。そんな目先の問題より、もっと遥かにまずい問題があるということが。

「腹、減ったな」

 さっき少しだけ近くの森の中をうろついて探したのに、食料となる木の実は無かった。冬だから当たり前なんだけど。

「マボロシ島にはな、ソーナノの群れが住んでるらしい。探せば奴らの住処が見つかるかもな、ついでに冬に備えてたっぷり溜め込んであるチイラの実も……この、割と広い島を、当て所も手がかりもなく彷徨うことになるが、運が良ければ……」

「チ!」

 いやいや、そんなのいやいや!
 私は疲れたの。広大な島を歩くなんて、や。拒否の意を表すと、彼は何度目かのため息をついた。

「なら、生き延びる方法はひとつしかない」

 船乗りは、背後にそびえ立つ山へと振り返り、その頂を見上げた。

 え。
 どこ見てるの。
 何でそんなところを見上げてるの。

「霧の影響を受けないところまで、ポケナビを持っていくしかないな」

 うそ、やだ。
 あれ、山なの?
 先っちょが真っ白よ。
 とても寒そうよ。

 ……いやー!!

@———————————————————@

 遭難2日目。
 昨日は陽が沈むと同時に、私たちは眠りについた。身体もそうだけど、なにより精神的にくたくただったから、ひとまず英気を養うために休むことにした。
 ……そんなに養われた気はしないけれど。

 太陽がまだ地平線に接している頃、途中の川で1日ぶりの水を飲み、喉を潤すと、私たちは山へ向かって歩き出した。
 信じられない、最低よ。足は痛むし、疲れるし、なによりこの船乗りったら、足早に歩くもんだから追いつくのだって一苦労。可愛く鳴いても振り返りもしないし。
 今までずっと人だろうがポケモンだろうが、ただ鳴くだけで私にメロメロになったのに。進んで食べ物をくれて、頭を撫でて、移動はボールで運んでくれた。なのに1日、たった1日でこの有様。
 私が意地でもゆっくり歩くから、船乗りもようやく私にペースを合わせるようになった。不満そうに。

「ポケモンのくせに、足腰が弱いなぁ」

「クチッ」

 私はそっぽを向いてやった。皮肉なんて、聞かないし、効かないわ。
 舌打ちのようなものをしながら、鬱蒼と茂る木々の合間を縫って、草木を折り、道なき道に道をつくって船乗りは進んでいく。歩きながら、船乗りは気を紛らわせるためか、私に話しかけ続けた。あーあ、面倒くさいったらないわ。

「……お前、うちの船に密航してたんだって?」

「ク、クチ……」

「その様子じゃ、船長の言ってたことは本当らしいな。トレーナーに置いてかれたか? ははは」

 ……。

「ま、無理もないな。こんな生意気で甘ったれなポケモンだ、俺だったら捨てるね」

「チー!」

「チーチーうるせえな、おや……泣くか? 泣くのか? へへへ、弱虫」

 悪態をついて、船乗りはにやにや笑っていた。
 噛み砕いてやりたい。その頭に私が大顎で噛み付けば、まるでマカロンのようにサクッと齧り取ってやるのに。
 でも私は、我慢した。偉いでしょ。だってこの人間がいなければ、ポケナビって機械を操作して助けを呼ぶなんてことできないもんね。だから私は、黙って船乗りの後をついていった。

 なんて、負け犬のような事するワケないじゃない!

「クーチー!!」

 思いっきり泣き叫んでやった。立ち止まって、地面にへたり込み、これ以上ないくらいに泣き叫んでやった。
 軽い気持ちでからかったんでしょうけど、さあ、ほら、こんなに大泣きしてるわよ。罪悪感に苛まれなさい。そして私に謝って、心の底から謝って、お詫びに私を担いで楽をさせなさい!

 振り返った船乗りの目は、立ち止まった割に、予定外なことに冷めていた。

「はあー……面倒な奴だ。置いてくぞ?」

「チーィー! ック、チー!」

 私は泣きじゃくりながら首を横に振った。
 静寂の森に、私の泣き声が響き渡る。それを聞く者は船乗りだけ。全て船乗りに向けられたもの。あんたが泣かせたんだから、ちゃーんと責任を取るのよ!

 やがて、とうとう折れた船乗りが私を持ち上げ、背に負った。

「……クチ?」

 まだ小さな肩の震えが止まらない。暖かくて大きな背中に触れて、少しは落ち着いた。
 船乗りは「よっこらせ」と私を抱え直すと、再び山へ歩き出した。

「まったく、手のかかる非常食だな……!」

 ……今なんて?

「なんだ、その顔……へへへへ、引きつってるぞ」

 肩越しにまた、いやらしい笑みが零れて見えた。

「俺の空腹が限界になったら、お前を喰って、生き延びるのさ。こうして担がせるのも良いけどな、体力を使えば使うほどに俺の腹もどんどん減っていって……」

「ク、クチー! クチー!!」

 なんて奴!
 ポケモンを食べるなんて、しかもこの口ぶり、ただの冗談じゃない!

 そう。嘘か真かに関わらず、私は自分の足で歩かざるを得なかったの……。
 でもね、別に私はそれでも構わないんだから。ただし食べられるのはあんたの方。私を歩かせれば歩かせるほど、私だってお腹が減っていくのを忘れないでね?

@———————————————————@

































 遭難4日目。

 もうダメ。絶対に助からない。誰も助けにきてくれない。
 私はこんな何もない島で死ぬの。誰にも愛されることなく、誰にも心配されることなく、私は1匹で朽ち果てて……。

「グヂ、グ、グヂ……」

 夜。
 露になっている山の岩肌の上に草を敷いて、私たちは離れて眠っている。いや、眠っているのはあの人間だけ。
 気付けば、私は泣いていた。

 一昨日に泣き真似とはいえ大泣きしてから、私はずっと泣きじゃくっていた気がする。いいえ、もっと前から。マボロシ島に流れ着く前、船の中で、船長さんに大きな手で頭を撫でられ、慰めてもらっていたときも。いいえ、更にもっと前から……。

 私はずっと1匹だった。私の卵は住処から盗まれて、ポケモンハンターの檻の中が最初の景色。何も知らない私は、それが世界の全てだと思って、私に値段を付けたポケモンハンターに人懐っこくじゃれついた。
 世界が広がったのは、買われた先から脱走したときのことだった。初めて見る、雲ひとつない青き大空。深緑に覆われた広大な森。そこに暮らすポケモン達のおりなす、自然。街には人間とポケモンが共存し、互いに支え合って生きている文化があった。どれも当たり前のように存在し、誰もがその中で生きていた。

 私は、その中に居場所はなかった。
 誰に頼ればいいか分からない。誰に助けを求めればいいかも分からない。孤独は私の心を殺し、肉体すらも殺そうとしていた。私はなす術もなく彷徨い、日に日に衰弱していった。

 初めて温もりに触れたのは、偶然にも森の中で倒れていた私を、ある女の子トレーナーが拾ってくれた時のことだった。ポケモンセンターに運んでくれて、手当が終わったらお手製の温かいカボチャスープを飲ませてくれた。なによりも、その笑顔が私の心に新たな命を吹き込んでくれた。
 私は、幸せだった。

 幾年か経って、女の子は強くなるにつれ、少し変わっていった。それは人として当たり前の変化でもある。トレーナーとして腕を上げ、強くなるにつれ、ポケモン達にもそれを求めるようになった。他のポケモン達も、同じことを望んでいるようだった。
 私は急に居心地が悪くなり、息苦しさを感じるようになった。女の子が私を捨てる決意を固めるまで、そう時間はかからなかった。

 そして私が船に乗る前の日、トレーナーだった彼女は私を置いて船に乗った。遠くなる船を見つめて、私は泣かなかった。
 良かった、これであの息苦しいチームから解放された。そう、私は自由を愛してるの! あんな凝り固まった連中、こっちから見限ってやるんだから。

 そう、心に言い聞かせていた筈なのに、気付いたら私は次の日、船に乗り込んで、船酔いに苦しみながら涙を流し、船長さんに慰められていた。

『トレーナーに置いてかれたか? ははは』

 嫌な言葉が頭を過った。本当に、嫌な言葉。
 私は決してこんな奴の言葉なんかに心折られた訳じゃない。こっちから状況を操るために、わざと泣き真似をしてやったんだから。
 決して、心が傷つき涙を流した訳じゃないんだから……。

 ……許せない。

 非常食ですって?

 結構。

 こっちから食べてやるわ……絶対に。

 夜は、静かに更けていく。

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 5日目。
 私たちは限界だった。喉はカラカラ、この山には木々はなく岩肌ばかりで、川も無い。山頂はだいぶ近付いているように見えるが、それだけ。到着できる気配も無い。簡単な話よ。私たちの体力が減っていくに連れて、山道が険しくなっているだけ。気圧も下がって、呼吸もしにくい。おまけに寒くてたまらない。ペースが下がって当たり前。
 船乗りは時々立ち止まっては、ポケナビを起動し、信号が送れるかどうかを確かめていた。その頻度は上がってきている。彼も体力の限界を感じているらしい。

 もう私たちの間に会話は無かった。
 会話は無いけど、船乗りからの一方的な言葉無げはあった。ただ、私はもう疲れ過ぎて応えるだけの余裕がなかった。

「ハァ、ハァ……まったく、な、難儀な話だよな。お前が鳥ポケモンだったら、良かったのに……まだ役に立ったってもんだよな」

 こんな調子で続けるのだから、まともに相手をする気さえ失せていく。こんな奴に負けるもんか。さっさと限界に達して倒れてしまえば良いのに。私は情けなく助けてくれと命乞いをして泣きじゃくる船乗りの様子を思い描いて、自らを奮い立てた。
 私たちはきっとここで死ぬ。だけど先には死んでやらない。絶対に。その決意だけが、もう動かない筈の手足を動かしていた。

 ところが、そうもいかないらしい。その時は予想よりも遥かに目前に迫っていた。

「甘ったれ、弱くて、おまけに泣き虫。本当に泣き虫だったんだから驚いたよ……可哀想な奴だ、まったく」















 何かが切れた音がした。

 本当にそんな音がしたのか定かでないが、とにかく切れたと分かった。たぶん、意識かもしれない。そこから先の記憶が曖昧だったから。
 でも、とても心地良いことをしているのは確かだった。今までくすぶってた気持ちが一気に解放されていく。まるで淀んだ空気の籠った古い家の窓をいっぱいに開けて、新鮮な空気がなだれ込んでくるような、そんな気持ち。久々に私は満たされた。

 満たされて、満たされて。

 気がついたら、私は立ち止まっていた。立ち止まって、両手は真っ赤に染まっていた。頭の大顎の中では味もする。鉄の味……いや、血の味だ。
 大顎の先に、足を噛まれて絶叫する男の姿が見えた。何気なしにゆっくりと大顎を開くと、船乗りは岩肌の上をのたうち回り、まだかろうじてくっついている足を大事そうに押さえて、唸り声をあげた。

 まだ、意識がはっきりしない。

「あァァぁあああッ……かぁ、ぐぅッ……どうだ、ま、満足したか!」

 船乗りは枯れた喉から言葉を捻り出すと、私に顔を向けた。

「……クチ?」

「あぁァ、そうだお前だよ、これで俺は歩けなくなった、ここで死ぬしかなくなった。お前もな……ここじゃまだポケナビは通信できない。どうだ、共に死ねて満足したかと聞いてるんだ!」

「クチー……クチ」

 知ってる。だから私はやったの。
 どうせ死ぬなら、我慢せずに死にたいもの。誰だって、死を覚悟したら後はどうにでもなっても構わないじゃない。だって死ぬんだから。

 だから、このまま食べてやる……。

「ハァッ、馬鹿なくそったれポケモンめ! 勝手に諦めて勝手に死んでろ、俺の足を引っ張るな! 失礼、間違えた、人の足を喰うな! そりゃあお前みたいなネクラで泣き虫で、自分からじゃ何もできず、してもらうのをただ待ってるだけの甘ったれポケモンは諦めるのが楽で良いがな! 俺は、まだまだ生きたいのさ。生きて金を稼いで、権力を握るんだ……船乗りで終わってたまるか! それも、こんな、誰の目にもつかないような場所で……1人寂しく、死ぬ気なんてないね! そうとも、老衰で天寿全うした後、俺の葬儀は、総理大臣並みに豪華なものにしてもらうのさ……」

 そう言いながら、船乗りは全身擦り傷まみれになりながら、這うようにして再び山頂を目指し始めた。
 馬鹿な人間。どう考えたって、その傷で山頂まで辿り着く筈ないのに。ペースだって、1歩分を進むのに1分はかかってる。無理だよ。




 でも、そっか……私がこいつを食べたら、私の最期を見る人は誰もいないんだ。こいつには私がいるけど、私には……。

 それにしても、おかしな話。金と権力のために生きる? いかにも人間って感じ。欲深くて、汚くて、すぐに人を裏切る。誰かを傷つけて、踏みつけて、それでもお構いなしの無神経。図々しい生き物。
 でも、こいつは、私が今まで見てきた誰よりも活き活きしてて、馬鹿だけど野望を持ってる。成長したいって向上心がある。たぶん、こいつは、成長しても何も変わらず欲深なままなんだろうな。

 ……私は?

 きっと、あの女の子はもっと強くなって、有名になって、チャンピオンになるかもしれない。私のことなんか気にも留めずに、笑顔で「ポケモン達の力があってこそ、勝てたんです」と言うに決まってる。人々の脚光を浴びて、家族や仲間に愛されて、きっと毎日を笑顔で過ごすに違いない。
 それに比べて私は、こんな誰も知らないような場所で死んじゃうのか……誰にも、見送られることもなく。1匹で。




 ……なんか、やだな。



















「お、おい! 何しやがる! 馬鹿野郎、そいつを返せ!!」

 私は、船乗りのポケナビをひったくると、一心不乱に山頂目掛けて駆け出した。
 後ろで何かがやがや言ってるけど聞こえない。でも、最後に呟くように言った一言だけは、もうだいぶ離れているのにしっかりと聞こえた。

「……頼んだぞ」

 面と向かって言いたくないから、心の中だけで思うね。

 ごめん。本当にごめんね。
 そして……


 任せろ!!






@———————————————————@

 私は、実はラッキーよりも更に上、ハピナスなんじゃないかと思う。
 救助ヘリの中で聞いた話だと、捜索隊はだいぶ近くの海域を探していたらしい。だから私が山頂でポケナビを動かしたら、すぐに救助ヘリが飛んで来て、船乗りが失血死する前に私たちは助かった。
 でも、私がポケナビを操作できたのはラッキーでもハピナスでもない。単に、私が賢かっただけなんだから。

 すぐに放り込まれた病院のベッドの上で、私たちは並んで横たわっていた。

「……助かっちゃったなぁ」

「クチー」

 殺し合いをした割には、実感の湧かないやり取りだった。
 少しだけ笑い合ってから、船乗りは顔を私に向け、視線を合わせる。

「なあ、クチート……道中、俺はお前に色々悪口を言ったけど……」

「クチ?」

「あれは全部、本心だからな」

「クチ」

「……本当だぞ? お前のことなんか大っ嫌いだ、弱虫で、泣き虫で、甘ったれで」

「クチ」

「おまけに心に闇なんか抱えて、面倒くさい奴」

「クーチ」

「あとそれから……」

「クチ?」

「二度とその面を見せるな」

「……クチ!」

 そこで一旦、私たちのやり取りは幕を下ろす。病室にやってきた船長、ならびにその乗組員達が揃って狭い病室にやってきたのだから、仕方が無い。
 賑やかでやかましくて、むさ苦しくて、粗暴で。

 私は人間達が、ますます大嫌いになった。







@———————————————————@

 遭難前夜。
 港のコンクリートの突堤で1匹、涙に暮れる私の隣りに、船長さんが腰を下ろした。

「捨てポケモンか……可哀想にな。身勝手な奴もいたもんだ。
だけども、いいじゃないか、そんな奴に心まで付き従うことはないよ。

私の友達もな、ポケモントレーナーだったんだが、ポケモンに捨てられた。そいつが10歳の頃の話だ。
酷い話だろ、未来のポケモンマスターを夢見て旅立ったのに、ポケモンに拒絶されて逃げられたんだ。優しくて良い子だったのに、ポケモンからしたら弱く見えたんだろうな……。

以来、そいつは荒れたよ。ポケモンと見ると憎くて憎くて、悪態を突きまくるんだ。まるで悪口の辞書が頭の中にあるんじゃないかってぐらい、ぽんぽん出てくる。面白いぞ? ふふふ。

ごほん……まあ、その、なんだ、つまりな、私が言いたいのは……」

 そこから先は、聞き逃して覚えてなかった。

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感想

お名前:影丸さん
覆面企画お疲れさまでした! 改めて作品拝読しました。
今改めて読みながら、もうドキドキと高鳴って。すごく好きな物語です。クチートかわいい! 船乗りさんとのやり取りも読む程にかわいい!
推理は直観とフィーリングでした。悩みましたが、直感を信じることにしてからは不思議と自信がありました。船上での描写、船長さんや船乗りのキャラクター、クチートの鳴き声や心情の表現、台詞や会話の雰囲気。改めて考えると、そういったところが根拠になったでしょうか。通しての軽快な語りと台詞や心情描写が大半というところが悩まされた要因だったように思います。
物語としてはもう、クチートのかわいさと徐々に追い詰められていくサバイバルを感じながら読み、「なんか、やだな。」からのシーンで一気に胸が熱くなってつい涙腺が。ほうっと一息ついてまた微笑ましい気持ちになると、最後のワンシーンがまた感情を揺さぶる。とても楽しく読ませていただきました!
書いた日:2014年07月06日