Revenger ―Season1.5―

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作者:きとら
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読了時間目安:21分
 暗い雲に覆われた海の上を、3匹のポケモンは懸命に飛び続けた。
 青い竜のポケモン――ラティオスは後ろを振り返り、その恐怖の追っ手に女々しい悲鳴をあげる。

「旦那ぁ、すぐ後ろまで来てる!」
「黙って飛べ!」

 先頭を物凄いスピードで飛行する白い人型ポケモンが、それを嗜めた。名を、ミュウツー。彼は黒い布製の装束に身を隠しながら、焦りと不安の表情をフードの中から覗かせる。
 巨躯なる追っ手が、その重さにも関わらず、こちらが最高速度で飛行しても確実に近付いている。振り返らずともその正確な距離は超能力による探知で分かっていた。彼等にとっての問題は、それがどうしようも無い事だ。
 果たしてどう逃げようか、はたまた振り返って応戦するか、ミュウツーは思考を巡らせる。考えれば考えるほど、いくらシミュレートしても勝ち目の無い戦いである事が分かってくる。
 ――逃げ切れない上に、勝てない。
 途端にどっと冷や汗が流れ、装束の内を湿らせた。

「ティニ!」

 唐突に、ミュウツーの肩に乗る妖精のようなポケモン――ビクティニが鳴いた。喝を入れるようにミュウツーの頭を軽く小突く。同時に、ミュウツーは暖かい力が自分の中に流れ込んでくるのを感じた。
 それは気のせいなどではない。それがビクティニの持つ力、“勝利の星”なのだ。
 ミュウツーはフッと笑った。ビクティニにまつわる伝説によれば、それを所有する者はあらゆる戦いに勝利すると言う。ならばこの勝負も、例外ではないだろう。

 その甘い考えは、一瞬の内に消え去った。

「速度を上げろ!」

 ミュウツーが叫んだ。もうじき音速すら超えてしまおうかというスピードの中で、普通ならば互いの声すら聞き取り難い。不幸にもテレパシーの下手なミュウツーは、発声によって伝えるしかなかった。
 辛うじてその声はラティオスの耳に届いた。もはや限界速度に達しながら、それでも滝のように流れる汗を拭い、ミュウツーに速度を合わせて隣りに並ぶ。

「あたしゃ、もう、無理でさぁ!」

 情けない声と息切れが混じる。この追いかけっこは既に半刻も経過しているのだ、無理もない。ミュウツー自身、ビクティニが力を供給してくれなければここまで飛び続けられなかっただろう。それを思うと、自力でここまでついてきたラティオスには尊敬の念を抱く。
 しかしそうも言っていられない状況になっていた。

「周りを見ろ、奴の技が来る……“ダークストーム”だ!」

 うつむき気味に飛んでいたラティオスは、顔を上げて目を見開いた。声も出ない。四方八方を見回し、その現状を理解した。
 黒く巨大な竜巻が、無数に発生している。空にも黒い稲光が迸り、天候は更に悪化していく。今もまた、正面の海から渦が天に伸びて、新たな竜巻が生まれた。
 正面から凄まじい逆風が吹きつけ、ラティオスは思わずバランスを崩した。幸いにも自身に“サイコキネシス”をかけて、姿勢を保つ。しかしミュウツーもラティオスも、目の前に現れた竜巻に、速度を落とさざるを得なくなった。

「追いつかれる!」
「鬼ごっこもここまでだな」

 ミュウツーは完全に失速し、遥か背後に見える黒い巨竜へと振り返った。次いでラティオスもそれに倣う。

「奴の頭を吹き飛ばす、援護しろ」 

 両手それぞれに黒いエネルギーを集めながら、ミュウツーはぼそりと言った。ビクティニも、ラティオスも、彼の強さと冷酷さは知っていた。おそらくそれは無理ではないだろう、彼ならば勝てるかもしれない。そうでなければ、ここで一貫の終わりになってしまう。
 ラティオスもガタガタ震えながら「どんと来いだ」と、身を低く構えた。

「――――!」

 巨竜の嘶く声が轟く。まだ遠いが、思わず背筋が凍る。それは遺伝子に刻まれた本能から来るものだった。
 天が竜に呼応するように、激しい稲光を伴った。それが3匹の見た最後の光となる。
 辺りが闇に沈んだ。突然ザアザアと激しい雨が降り注ぎ始めたのだ。ただの雨ではない、ひどく淀んだ黒い雨。3匹は同時にその異常に気がついた。

「いた、いたたたた!」

 身を捩じらせるラティオスを余所に、ミュウツーは一見平静を装っていた。

「ティニ……?」

 ――だいじょうぶ?
 ビクティニは彼の焦りに気付いていた。

「思ったより拙いな……この雨、“ダークウェザー”だ。奴の技データには無かったから油断した、俺の探知能力が狂わされた」

 意味するところは、ビクティニも、ラティオスすらもすぐに察しがついた。
 一寸先も黒く塗り潰すような大雨と、取り囲むような竜巻。もはや逃げ場は無く、敵がどこから襲ってくるかも分からない。チェスで言うところの、チェック・メイトだ。

「あぁ、生き別れの妹よ、兄ちゃんは先に天国で待ってるよぉぉ!」
「情けない台詞を吐くな。お前に背を預ける、奴が襲ってきたら――」

 敵も狡猾で、賢かった。
 ミュウツーが言い終える前に、その大きな口をいっぱいに開けて、3匹を丸呑みにしようと襲ってきた。
 真っ先に気がついたのはビクティニだった。闇の中に光る濁った赤い眼が見えるや否や、真正面に“火炎弾”を放つ。ビクティニと同じ大きさはあろう火球は、見事寸前に迫っていた巨竜に直撃し、爆発した。

「うわあぁぁー!」

 ラティオスの叫び声が、すぐに雨音と雷鳴に消えた。火炎弾の爆発の衝撃で3匹も吹き飛ばされ、互いを見失ってしまった。
 すぐに姿勢を取り戻したのはミュウツーだった。肩のビクティニも居ないと知ると、その眼がギラリと光る。理性の飛んだ、獣の眼が。
 とはいえ、すぐさま闇雲に飛び回った訳ではない。ただ静かに、雨に打たれながら佇み、その時を待つ。雨音と雷鳴に混じる羽音、嘶き、そして――。

「見つけたぞ」

 研ぎ澄まされた第六感は、確実に巨竜を捉えた。ミュウツーの右半身が黒い霧に覆われ、揺らぎながら、黒い竜を形作る。
 技の名を、“サイコブレイク”。己の念波を実体化させて攻撃する技が、ミュウツーの半身を覆う竜を創ったのだ。
 ミュウツーは竜の口を敵に向け、チャンスを待った。落ち着いて、息を殺し、敵を確実に仕留められるその時を。そうだ、もっと近付け、襲いかかって来い。羽音が最も近付いた瞬間に、ミュウツーは技の引き金を引いた。

「堕ちろ!」

 刹那、彼を覆う雨はその衝撃で消し飛んだ。竜の口から一直線に放たれた赤黒い光線は、周囲の雨を吹き飛ばしながら、その敵へと向かった。
 あわや、直撃!
 光線は衝突し、大爆発を引き起こした。それこそ先の火炎弾とは比べ物にならないほどの膨大なエネルギーが弾け飛ぶ。一瞬だが、雨が晴れたおかげでビクティニとラティオスの正確な位置が分かった。……巨竜さえも。

「なに!?」

 爆発が晴れて、再び雨に覆われる寸前、ミュウツーは確かに見た。黒く巨大で滑らかな身体に、黒い雨で濡れ滴る竜の姿。その赤い眼に映る自分の姿も。
 ダークルギアは、まだ生きている。それも、無傷の状態で。

「“ダークブラスト”を撃ったのか……俺の“サイコブレイク”を、退けただと?」

 思わず呆然として、隙が生じた。あるいはそれがダークルギアの狙いだったのか。ともかく隙だらけの自分に気がついたミュウツーは、咄嗟に身を翻すも、雨の中から襲いくる闇の光線が直撃した。範囲が広すぎたのだ。
 文字通り身を引き裂かれるような苦痛に叫び声をあげる。幸いにもそれは雨や雷鳴にかき消され、誰の耳にも届かなかったことだろう。このような情けない声を、誰にも聞かれたくないものだ。天と地も分からなくなった曖昧な意識の中で、彼はそう思った。
 しかしそうは落ち着いていられない。きっとこのまま海に落ちれば、二度と空気は吸えなくなるだろう。何より海の神相手に、海の中で戦うことほど絶望的なことはない。体勢を、立て直さなくては……。薄れゆく天を、焦点の定まらない目で見つめながら、ミュウツーは海へと堕ちていった。

 不意に重力がずしりと身体にのしかかってきた。今まで感じていた無重力感から解放され、一気に目が覚める。
 誰かが俺の手を掴んだ。ミュウツーは足元を見下ろし、すぐ下に広がる荒れた海に思わず息を呑んだ。そして顔をあげる。
 ラティオスだ。

「旦那ぁ、しっかりしてくださいよねぇ!」

 ただでさえ長く続いた全速力の追いかけっこの後で、更にこのダークオーラをまとった雨に打たれ、体力も限界に来ているだろう。しかしラティオスは懸命に両手でミュウツーの手を掴んでいる。ひどく苦しそうな息切れが、ここまで聞こえてきた。
 ミュウツーに見られていると気付くと、ラティオスは無理やりにも「にぃっ」と笑みを浮かべていた。こんなの余裕ッスよ。そんな風に見せても、それが作り笑いなのは明らかだった。

「……旦那、そろそろ自力で飛んでくれませんかね?」
「そうしたいんだがな。さっき受けた“ダークブラスト”の影響か知らんが、うまく超能力をコントロールできん。俺の場合は他のエスパーポケモンと違って、微妙な身体バランスの上に成り立っているからな。探知能力の妨害もそうだが、ダークオーラには俺の超能力を掻き乱す作用があるらしい」

 ラティオスは糸目で「えーっと」と吃った。

「つまり?」
「俺は体重125キロのお荷物になった」

 その微妙な空気を吹き飛ばすように、2匹の傍を“ダークブラスト”の光線が掠めた。
 こうなってはもうパニックを起こすしかなかった。ラティオスは叫びながらでたらめに逃げ回り、光線の軌道を察しては、すんでのところで回避し、この悪夢の領域を脱するべく竜巻の方角へと一直線に向かった。それがいかに絶望的か、ミュウツーはよくよく分かっていた。

「よせ、今のお前ではあの“ダークストーム”は突破できん!」
「ぎゃあぁぁー死ぬぅー!!」

 聞く耳持たずとはこの事。
 直に止めたいところ、超能力も使えない。引っ張ってもらえるだけ恩の字だが、無理心中じみた真似だけはごめんだ。
 だが、手がない訳ではない。たったひとつ、この状況を逆転できる手がある。しかしその為には屈辱的な行動に打って出なければならない。3匹がバラバラになった瞬間から、その手だけは使うまいと考えていた。
 それがなにより恥ずかしかったからだ。

 ミュウツーは肺いっぱいに息を吸い込んで、叫んだ。

「ビクティニー!!」

 きっと、あの雨が晴れた一瞬、すぐにもビクティニのもとへ向かっていればこんな事にはならなかったに違いない。1匹で勝手に呆然とせず、ビクティニの力が必要だと素直になっていれば、こんな事は避けられた筈だ。
 まさか自分の位置を知らせる為に、みっともなく相方の名を叫ぶ事になろうとは。だがそれが、今うてる最善手なのだ。
 陰鬱とした気分の中、ミュウツーは肩に何かがしがみ付いたことに気がついた。

「ティニ!」

 ――お待たせ!
 満面のでれでれした笑顔がそこにあった。憎らしい、そして己が情けない。
 しかし何よりも、誰よりも、心強かった。

「さて、反撃開始だ」

 自然と笑みが零れ、ミュウツーはビクティニと共に勝利を確信した。
 それまでウィルスのように超能力を犯していたダークオーラを、ビクティニの“勝利の星”の力で供給された膨大なエネルギーによって強化された超能力で吹き飛ばす。途端に源泉の蓋が取れたように、力が溢れてくるのを感じた。
 まずはラティオスから。すっかり我を失い突っ走っていたラティオスを、無理やり“サイコキネシス”で動きを止め、逆にラティオスを引きずる形で、迫り来るダークルギアと対峙する。

 この一撃が勝負だ――ミュウツーはひとつの技に全神経を集中させ、有り余る力を更に振り絞る。自身の身体から滲み出る黒い霧は、ダークルギアと同等の大きさまで膨れ上がり、先ほどと同じ竜の形に変化した。
 お互い真紅の眼を向け合い、唸り、己を誇示して威嚇する。やがて2匹の巨竜はお互いに昂ぶりを見せ、最後にひと鳴きすると、口内にそれぞれ膨大なエネルギーを集約し始めた。

 色の無い世界が広がり、真っ黒な“ダークブラスト”と真っ白な“サイコブレイク”が正面から激突した。周囲に広がる衝撃も凄まじく、海はその真下を中心に大きく凹み、竜巻すらも消し飛んだ。
 拮抗する両者の力。それゆえに、ミュウツーの心に不安が顔を覗かせる。俺の超能力はダークオーラとひどく相性が悪い。一撃粉砕ならまだしも、エネルギーの接触が長く続けば、果たしてダークオーラに侵食されずに済むのだろうか。
 不幸にも、ミュウツーの予感は的中した。

「まずい、侵食されている……」

 冷や汗が頬を伝う。ラティオスに到っては騒ぎっぱなしだ。

「やばいぃぃこれ死ぬ、絶対やばい! 旦那ぁー!」
「情報屋、ビクティニ、ここから逃げ――」

 覚悟を決めたミュウツーの言葉を遮り、色の無い世界に赤い光線が終止符を打った。恐ろしく暗く、分厚い雲をつき抜け、光線というよりもむしろ電撃に近いそれは、ダークルギアの胸部を焼いた。思わぬ不意打ちに怯んだダークルギアに、障害の消えた“サイコブレイク”の光線が襲い掛かる。良い一撃が入った筈だ。
 まるで青天の霹靂。ダークルギアへの反撃に成功した喜びよりも、その攻撃の主に呆気に取られた。ゴウンゴウンとエンジンの重低音を響かせながら、それは雲を割ってゆっくりと降りてくる。空いた雲の隙間から眩しい日差しが差し込んで、その舞い降りる巨体を露にした。

 R.S.Revenger

 黒い機体に刻まれたその文字が太陽に照らされ、鈍く輝く。ミュウツーとビクティニはそれを知っていた。
 2年前、ロケット団と一時だけ同盟を組んだ時に共闘した空中戦艦、リベンジャー。銃身が円盤状に丸みを帯びたような拳銃の形と、鉄塔のような長い4本の翼、そしてなにより円盤部分の真下にギラリと覗くトゲトゲしい鉄の巨大な檻。間違いない、あのときの艦だ。2匹は確信したと同時に、驚いた。

 ガシャン。何かが外れる音がした。
 見れば、鉄の檻のロックが外れ、赤い電気を帯びて宙に浮いている。檻に付いた先端の棘から、先ほどの一撃からようやく立ち直ったダークルギアに何本もの電流が伸びて、その身体を包んでいく。
 こうなってはダークルギアは身動きが取れない。赤い電気に覆われて、更にその電流がパカッと開いた鉄の檻へ引きずり込んだ。檻の中は見る者の目も覆うような苦痛に満ちていた。おぞましくもあるが、ミュウツーは同時に、流石は人間の造った兵器だとも感心していた。ポケモンを痺れさせ、捕獲する流れに無駄は無い。

『こちら、ロケット団の戦艦リベンジャーの艦長、エドウィンだ。ダークルギアの反応を確認して救援に来た』

 拡声器を通じて、かつて聞いたことのある男の声が、晴れゆく空に響いた。

『懐かしいな、ミュウツー。ビクティニ。再会を祝して、君達を艦に招待したい』

 呼ばれた当の2匹は顔を合わせ、笑顔で頷くビクティニに、ミュウツーは首を横に振った。
 えー、どうして行かないの?
 そんな事を訴えかけてくる視線を無視して、ミュウツーはラティオスに訊ねた。

「疲れているだろう、引っ張ってやろうか?」
「……まさかアレやるんスか?」

 渋るラティオスに構わず、ミュウツーはラティオスの手を乱暴に引っ張り、身体の向きをリベンジャーから少し逸らした。
 ビクティニの考える通りだ。確かにあのロケット団どもは、もはやミュウツーという種に捕獲や襲撃という形で関わる事を諦めている。だからと言って人間は信用できない――という理由で避けるのではない。
 むしろロケット団や国が抱える軍隊、ポケモンGメンなど、それらの組織には好感を持っている。人間は矛盾を抱えているが、嫌いにはなれない。なにせ人間は俺の父であり、母なのだ。

 ――見捨てず育ててくれた恩義もある……。

 ミュウツーはフッと笑みを浮かべると、遠くを見据えて集中した。
 だからこそ、人間を少し驚かせたくなったのだ。久方ぶりに会った親に、成長した自分を見せ付けるように。

 身体が光に包まれ、その姿が変化していく。リベンジャーのブリッジから、ガラスのスクリーンを通じてその光景を見ていた人間達は思わず口をぽかんと開けた。
 それがこの地方では滅多にお目にかかれない『メガシンカ』であること以上に、2年前まで死にぞこないだったポケモンがとてつもない力を発揮しようとしている事に驚いた。まさか、この艦に襲いかかる気では――。

 そんな恐れもお構いなしに、ミュウツーを包む光は更に輝きを増し、周囲の空間すら歪める念波が広がり始めた。
 ――見ていろ人間ども。俺の進化を!
 己で考え、到達した飛行速度。それは一瞬の出来事だった。
 メガシンカによって強化された超能力で空間に歪みが溜まり、更に歪ませ、一気に戻す。まるで押さえつけたバネから手を離した瞬間のように、ミュウツーは神速に達してリベンジャーの真横を霞め、どこまでも広がる青い空の彼方へ、一筋の淡い閃光を残して消えていった。




 堂々と自分本来の力を見せ付ける事ができて、ミュウツーは――表には出さないものの――その日ずっと上機嫌だった。
 ここはイッシュ地方、サザナミタウンにある別荘のひとつ。広々とした空間に、リゾート気分を演出する丸みや透明性を強調する家具が並ぶ家。裏世界において遺伝子研究の第一人者でもあるモチヅキ博士の別荘でもある。
 まだ太陽がサンサンと照りつける中、ミュウツーはフードを深くかぶって街の人前を歩いて通り過ぎ、その別荘へと入った。一見不振人物ではあるが、まさか自分の正体を晒す訳にもいかない。扉を閉じるや否や、鬱陶しいフードを剥いだ。ラティオスとビクティニも、己の持つステルス能力を解いて姿を現した。

「おぉ、お帰り」

 白いソファでくつろぎながら、モチヅキ博士はシワだらけの笑みで迎え入れた。
 ミュウツーにとって博士は大事な人らしい――とはいえ、ビクティニは当初この人間には懐疑的だった。ミュウツーを生み出した人間の1人、ともすれば、同時にミュウツーを見捨てた人間でもある。2年前に治療を始めてから暫くの間は、どうせ途中でやめて逃げるに違いない、ボクが見張らないと。そんな義務感があった。しかし今や、博士の方に真っ先に飛んで頬を摺り寄せる始末である。

「ティーニー♪」
「ビクティニや、よく頑張ってくれたねぇ」

 まるでお爺ちゃんとそのペットだ。1年以上眠っていた間とはいえ、こうも仲良くなるものなのか――ミュウツーはやれやれと肩をすくめ、懐のUSBをガラスのテーブルに置いた。

「ダークポケモン化のプロセスに重要なソフトらしい」

 それを聞いて、それまで笑顔だった博士の顔が僅かに曇った。
 表情の変化に気付かぬミュウツーではなかったが、言葉を続ける。

「俺をもっと強くしてください」

 博士は口ごもり、ビクティニをそっと抱えて傍に下ろす。太陽の光を反射して輝いているUSBを拾い上げ、それを険しい目つきで眺めると、ため息混じりに口を開いた。

「やはり、諦めていなかったか」
「俺は――」

 条件反射的に、ミュウツーは思わず口が出た。
 ここで博士に反論して欲しくない。反論の余地は、たとえ博士でも与えられない。俺のことは、俺が決める。

「倒さなければならない奴がいるんです」

 おぞましいほど生易しい表現に、ビクティニは一瞬だが恐怖した。
 絶対違う。倒すどころじゃない、きっと彼はまだ憎んでいるんだ。それが誰か知らないけれど、彼は必ず地獄の果てまで追い詰め、――殺す気だ。

 それから暫くの間、博士は閉口したっきり口を開かなかった。ミュウツーを止めようとするが故なのか、それとも協力に迷いを感じているのか。いずれにせよ、博士は行動に移れなかった。

「ねえ旦那方、ここ良い家ッスねえ」

 気まずい沈黙の空気を救ったのは、ラティオスだった。ふらふらとあちこち飛んでは「おー」と声をあげ、まるで幼く無邪気な子供のようだ。
 しかもまだ続くものだから、ひとまず博士とミュウツーはこの話を後に置いておく事にした。ミュウツー自身も内心ホッとしたようで、ビクティニはやっぱりいつものミュウツーだと確信し、その肩に飛び乗った。


「傷が治るまで泊めてもらいますからねぇ、なんてったって旦那の無茶に付き合ってシャドーに乗り込んだんですから」


「勝手にしろ」
新たな仲間、ラティオスこと情報屋。
実は本編Revengerで一度だけ登場していた奴です。
シーズン2への繋ぎですが、割と重要な位置づけのお話です。

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感想

お名前:影丸さん
感想が遅くなってしまいましたが、作品拝読しました!
シーズン2を心待ちにする中なんとこのようなお楽しみまで用意していただけるとは! うきうきしながら読ませていただきました。
まずはミュウツー、無事に治ってよかった。快復おめでとう! ビクティニではないですが僕も読者として博士には少し懐疑的だったので、ひと安心ですごめんなさい博士!
シャドーということでルシウスさんの次はカーティスかと少し期待しましたが、彼のか活躍はObsidianでのお楽しみ、ですね。メガシンカに加えてダークポケモンの力まで……復讐者であるところのミュウツーがそうまでして倒したい相手というのが何者なのか、その影がちらつき初めて今後がますますワクワクです。
あの情報屋がラティオスだったとは。賑やかな仲間が加わって雰囲気も明るくなりましたね。生き別れなんてことも言っていましたが、彼が仲間になった経緯や今後の活躍も楽しみなところです。
ミュウツーの心の動きやビクティニとの関係もますます可愛らしくなり、このコンビがどうなっていくのかも楽しみ。シーズン2への期待がどんどん高まってきます。
今後のご活躍も、楽しみにしています!
書いた日:2013年12月19日