雨のち晴れのち……

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作者:木種
読了時間目安:25分
※こちらはポケモン不思議のダンジョン赤青、DXのクリア後要素を一つまみ程度含んでいます。
 それでも良い方は、ポケモンの せかいへ ! レッツゴー !








「ねぇ<リフ>起きて! 旗! 旗だよ! あの救助隊の強さの秘訣は絶対そう!! 私たちに無い物だもの、何かのお宝とかだよきっと」

 家の中に響き渡る声。 窓際の藁布団の特等席でのんびりしていた私の所へ、外出から戻ってきて、駆け寄ってきたかと思えばこの第一声。

 絶対にそれは違う、と、私は思った。 断言できる。 ただの旗にそんな特殊な効果があるなんて話題だったら全ての救助隊で掲げているでしょうに。 『あの救助隊』と言ったのが、星の衝突を阻止したウルトラ・ハイパー・ルカリオ級に有名な救助隊だろうことも、旗なんて掲げてる救助隊基地をあそこぐらいしか見たことがないから予想はつく。


「なぁに、<グリン>? つまるところ、今日は旗でも作ろうって事?」
「そういうこと! さすがリーダー!」
「なるほど~……ふわぁ~……」

 むにゃっと欠伸をしながら、私はエネコやチョロネコのように一度伸びをして立ち上がる。

 朝の日課の日光浴。 相棒の茶色い毛むくじゃらの大声で台無しになったから、それに関してはなかなかに不機嫌だ。 まぁ、だいぶのんびりさせてもらったしいいか。
 元気なのが取り柄でいつも笑顔をくれる良い子。 優しい<イーブイ>の女の子ではあるのだが。 今はそのハツラツさがモーニングルーチンをちょっぴり邪魔してきた。 この大罪は1日根に持つかもよ。 くさタイプだけに。
 この子と救助隊を結成して1ヶ月程度、だろうか、こういう頓珍漢なところも大好きで、同い年なのもあって、私から救助隊に誘ったわけなんだけども。 今日は格別にぶっ飛んでる気もする。 結成して毎日休みなく依頼をこなしすぎてネジがさらに外れたのだろうか。 たまには休みも必要だろう。


「まぁ、どうせ依頼は来てないから、たまには救助隊休んでそういうのでもいいけど。 どうやって作るとか当てはあるの?」

 彼女の横を通ってキッチンに向かい、朝のお紅茶でも~♪、と歩きながら質問する。 甘めのモモンティーにでもしようかと蔓でお気に入りの黄色いカップとティーバッグを取り出す。 あついいわでお湯を沸かして~。

「うーん……ない!」
「あはは、だよねぇ~」

 そんな事だろうと予想はしていた。 行き当たりばったりで思いついたらすぐ行動する子なんだから、まったく。 もっぱらバトルの作戦立て、お金の管理などなど、頭を使うのは私のほうの仕事だからいいんだけども、やっぱり今日はお散歩がてら外で変な木の実でも食べたのではなかろうかってぐらい元気。 ゲンキ、バクハツだ。
 お湯を注ぎながらこの後のことを考える。 モモンティーのあま~い香りを愉しみながら心を落ち着けて、椅子に乗り、もう1杯注いだそれを反対側に置いて。

 <チコリータ>とイーブイのチームなのだからテーブルを低くすれば楽ではあるのだが。 例えば、せっかく依頼に来た二足歩行のポケモンを地べたにご案内するのも気が引けてテーブルと椅子はこれで行こうと2匹で決めた。 この基地の場所なんかも依頼を受ける本部まで遠くなく、でも海が見たい!なんていう相棒のわがままで少し手間取ったけれども2匹で決めた場所だ。 くさタイプの私への配慮に、潮風が届かないように、けれども海はそこまで遠くない周りに家もない静かな立地。 そういえば、将来はシャワーズにでもなる気なのだろうか。 それはそれで心強い。
 思考がそれこそ海に流されかけていた。 さて、それならば、今回も2匹でどうするか決めるわけだけども。

「旗かぁ、となると……旗のための布に、立てるための長い棒、デザインとかそれこそ布にどうやって描くかとかもあると思うよ」
「ほぁ~、いろいろ大変そうだね。 あっ、いただきまー……あつっ!」
「勝手に生えてくるわけじゃないからね。 ごめん冷ましてなかったね」

 向かいの席にのぼり、薄紅色のモモンティーを口につけて、ニャース舌が熱さに驚いていた。 旗のことに脳の容量を取られて、彼女の分を水で薄めるのを忘れていた。


「そしたら、広場で、使えそうな材料が無いかカクレオンのお店に行って、プクリンにも聞きましょ。 できれば旗のあるあの救助隊さんにどうやったかも聞ければいいんだけど、この時間にはいないと思うから参考程度に見に行くぐらいかしらね」
「さっすがー! あ、旗のデザインは考えてあるからまっかせて!」
「もしかしてそっちがメイン?」
「ぎくっ」
「ほほぉ、つまりそのデザインの何かを目立たせたくて、いい方法でもないかお散歩してたら旗が目に止まって急いで帰ってきたと」
「ぎくぎくぎくっ」

 ふむ、わかりやすいほどに図星なようだ。 まぁ、こういう嘘がつけないような性格が彼女の良い一面なのだけど。
 強さの秘訣とか言ってたのは口実で、デザインか。 そこに何があるのやら。

「リフ~、また変なこと巻き込もうとかしてるから、怒ってな~い……?」

 表情がコロコロと、それこそイーブイの進化先のように変化が多彩だ。 こちらの顔を伺うしょんぼり顔に、思わずぷっと息を漏らす。

「なんで怒るのよ、楽しそうだったしその船乗るよ?」

 言ってから我ながらちょっと面白い例えだなと思う。 船だって帆を張るじゃないか。 あれはどこか旗に似ている。 目立たせる意味合いもあるのだろうか。

「ほんと!? あ、デザインは、サプライズね! 出来てからのお楽しみにだからね!」
「はいはい、ほんとチョーシ良いんだから。 言っちゃったら、サプライズでもないと思うけど」

 彼女のこうしたい!は、半ば強行だ。 どんなのが出来上がるのかは出来てからのサプライズにしたいのだろう、そんな硬い意志を感じる。 頭の中のデザインを掲げるというゴールに辿る道がなかっただけで、道を作ってあげればあとは進んでくれよう。
 量が減って冷たくなりつつあるカップの中身を、飲み干して私は椅子を降りる。

「ほら、そうと決まれば行きましょ! ぐずぐずしてるとアオガラスが泣いちゃうわよー!」
「待って~、あっつくて飲めないよ、これ……」

 まだ残ったカップのそれに口をつけたと思えば、下をベッと出してグリンが言った。 ほんとに世話の焼けるイーブイだ。 水を足してあげよう。 もう少し、出発は遅れそうだった。











 さて、数時間後だった、白旗が上がっていたのは。 物理的にではない、特殊って意味でもなく、比喩表現として。 旗が飾られているあの救助基地前に来たが、やはり家主のポケモンは不在だった。
 ここへ訪れる前にカクレオン商店に、プクリンのよくわかんないとこに、ガルーラおばさんの倉庫、ゴクリンに……と旗の材料を探し終えていた。 終いにはまったく関係のない救助隊や広場の常連さんにまで茶色の毛玉が飛んでいきそうになるからさすがに止めた。

 プクリンのお店がよく分からないのはそのポケ柄もある。 が、渡してくれたこの細長い棒も何故確保していたか出所一切不明だからだ。 縦に立てれば伝説のポケモン級(見たことないけど)の長さはありそうな長い棒。 それをひとまずは私が蔓で引き摺りつつもここまで運んでいた。 重くはないけど、広場で他のポケモンにぶつけそうになりながら。
 手に入れたのはこれと、スカーフ等に役立つからとカクレオンが売り物にしていた白い生地の布だ。 これぐらいほしい!と、なかなかの大きさを買っていたけれど、この子の辞書に『計画性』なんて言葉はないだろう。 あぁ、これを掲げれば物理的にも白旗か。 ひとまず布は私のポーチの中だ。
 では、何が足りないか、答えは描くための『塗料』やそれを塗る道具だ。 歩きながら思いついたのは、木の実を潰す方法だったが、

「赤! 青! それに黄色、緑、紫、橙色かな」

 などと毛だらけからの注文が多いから今の真っ白状態だ。 オレン、モモン、クラボ、ヒメリ、ラム。 売っていたきのみでも全く足りなそうだ。 混ぜると何の色かとかまでは私としても知識にない。


「減らせないの? その使いたい色」
「絶対その色は必要だから! あと水色もあるといいかなぁ、茶色も欲しいかも。 」
 
 この世のあらゆる色を塗りたくる混沌を、この布という世界に振り撒こうとでもいうのだろうか。 それこそ、どっかの大陸にいると聞いた<あくのだいまおう>のようだ。 いやあれは……たしか……。
 そんな混沌とした思考の中だった。 途方に暮れてなびく旗を見ていると、横から声がしてそちらに目をやる。

「ここに何か用か? たぶんあいつらは出掛けてるが……依頼か?」

 白い艶やかなよく整った毛の、イケメンな<アブソル>さんがいるではないか。

「わぁ! ここの救助隊の方ですよね!? 聞きたいことがあって来たんです!」

 ぴょんぴょんとバネブーのように跳ねて、もしゃもしゃっ毛が近づく。 あぁもう、ほら、イケメン様が1歩引いた。

「な、なんだ? 答えられることなら聞くが……」
「ごめんなさい、この子妙にはしゃいじゃってて」

 寄っていき、初対面の方への無礼を謝ると、私を見てふふっ口角を上げる。 あら、笑い方もなんてお上品。

「あいつらみたいなコンビだな。 いや、気にしないでくれ、慣れてる」
「それならいいんですけど……」

 果たして、どんな性格なのだろうか、この世界を救った方々は……。 私が見たペリッパーの新聞には救助隊名ぐらいしか書いてなかったから本ポケ様の姿も、知るポケモンぞ知るようなものだ。
 それで?と、質問を促してくれて、跳ねなくなったバネブーもどきが答える。

「あの旗についてです! あれを参考に作ってみたくなってて、どうやってあの柄を描いたのかなぁって。 もしペンキとか筆とか作った時の物余ってたら譲ってほしいんです!」
「あぁ、それで、か……」

 納得するように私の引き摺る棒に目線をやる。 こんな物を持っていたんだからそれこそ何事かと思っただろう。

「道具は分からないが、あの旗のデザインなら時々、<ドーブル>が手直ししてる。 たしか、<あおぞらそうげん>にいるはずだ。 そいつに聞きに行ったら何かわかると思――」
「あおぞらそうげんの、ドーブルですね! ありがとうございま~す!」
「――う、って早いな……。」

 あの子は【こうそくいどう】でも覚えたんだったか? 聞き終える前にアブソルの横を通ってさっさと向かっていく。 アブソル様に、すいませんありがとうございますと一礼して、あれを追いかける。 あぁ、気を付けて。と見送りもクールな微笑だった。 後を追う、棒が少し重い。






 緑の草が綺麗な道を、茶色の塊とともにてかてかと走っていく。 見晴らしはとっても良くて、けれどもあおぞらそうげんまではまだありそうだった
 ここまであの子の気持ちを昂ぶらせる理由が、まだ、私には分からなかった。 何か焦っているようにも感じるぐらいに本当に、今日の彼女が掲げる物は何なのだろう。 ただの旗、されど旗なのか。
 旗にそこまで意味があるとは思えない。 ただの家の装飾。 あの救助隊の真似をしたいだけ。 最悪は、あの子の考えた『私の考えたさいこうのデザイン』を自己顕示欲で掲げておきたいだけとかだろうか。
 一瞬よぎる若干の黒い感情に、いやいやいやと首を振る。 この子と続けてていいのかな、なんて不安になるなんて……。 ずきりと心が痛む。 最低だ、親友を、手放そうとなんてなんでした? 朝のあれのせいか。 ほんとに根に持ってしまっていたか。 心の片隅でどこか怒っていたのだろうか。 本心じゃない、一時の感情だ。

「リフ、大丈夫? 荷物持ってくれてるのに、ごめん……」

 まるっとした瞳が目の前で悲しげな表情を浮かべていた。 思考が現実に引き戻される。 いつの間にか走りくたびれて止まって、どんな顔で突っ立てたんだろう。 心配して戻ってきてくれたグリンに精一杯笑顔を返す。

「大丈夫。 ちょっと疲れただけ」
「うーん……」

 グリンの納得できてない顔。 それぐらいいつもと様子の違う私を、彼女は感じ取ってしまったのだろう。 これではいけない、お互いもやもやして溝を作りたくもない。

「あぁ……その、こんなこと言うのもあれだけど。 別に、怒ってるとか嫌いとか、旗作るのがめんどくさくなったとかでもなくて、グリンが親友だから隠すつもりもないのよ!」
「あ、ちょっといつものリフだ。 ふふっ、どしたの急に」
「いや、旗に意味があるのかななんて思ったら、なんか急にブルーになっちゃったの。 もちろん楽しい、旗作ろうなんて誘ってくれて嬉しいんだよ。 真剣に考えて、たぶん走り回って疲れてるだけ。 ほんとに」
「それなら、いいんだけど……」

 腑に落ちない様子だが、飲み込んだようだ。 「じゃあさ、さっきの布貸して!」と、有無を言わさず私のポーチから、折りたたまれたそれを取り出す。

「その棒は持って帰れそう?」
「えっ? う、うん? ん?」

 こっからの距離なら家まで遠くない。 質問の意図が掴めずなんともいえない返答をする。

「よし、先帰ってリフは休んでて! わたしが、ぱぱっとドーブルに会って、ちゃちゃっと完成させてきちゃうから!」
「あ、ちょっと、グリン!?」
「ゆっくりでしててね~」

 私の静止も虚しく彼女は走り去っていく。 決めたら行動がとことん早い。 そこが私にはない彼女の良い所。 呆れて笑いが出るぐらいにまっすぐにやるって決めたら突っ走っていく。
 大きく深呼吸して誰もいなくなった前を見る。 家で待っててみよう、彼女の掲げる旗を、この先を。









 (救助隊ってこんなことも出来ちゃうんだ!)

 あの時読んだペリッパーの運んだ号外の新聞を広げる。 先に帰宅して棒はとりあえず外に置いておき、さてどうするかと蔓で取った。
 これを最初に読んだ時の感情を思い出していた。 とある救助隊が世界を救ったという大ニュース。 これが'きっかけ'で救助隊を目指し始めた。
 親には猛反対された。 危険な所へ行かせられないだの、救助隊でなくてもいいんじゃないかだの、結局は【はかいこうせん】で星の衝突を防いだ天空に住む伝説のポケモンがすごいだの……。 何もわかってない、あの救助隊さんのがんばりを……。 そんな親が嫌になって家を飛び出していた。
 



――「ねぇねぇ、そこのチコリータさ~ん、ポケモン広場ってどっちか知らな~い?」

 家を飛び出したはいいがどうしようと、川の水色を眺めていた。 そんな物思いにふけっていた時に話しかけてきたのが彼女、グリンだった。
 グリンが地図は持っていたので、方角を教えれば、「えっ逆方向!? こっから来たんだけどなぁ……」なんて方向音痴ぶりが分かって、不安だしせっかくなのでと一緒に向かったのが彼女との始まり。

 
 そこまで距離はなかったから、広場へは1時間ほどで着いた。 名前は? 夢は? じゃあバトルは強いの? 一緒だね! なんて、ぐいぐい質問してきては、自分のことも教えてくれる彼女との会話であっという間だった。 家出をしたのも忘れさせてくれるぐらいに。
 道中、話を聞けば彼女も救助隊を目指していた。 隊に入って、まずは鍛えて、その後世界中を旅していろんな景色を見てみたいなんて夢があった。 救助の合間に景色も見れる、一石二ポッポなんてよく分からないことも言っていた。
 救助隊という単語で親を思い出させられた。 グリンは一瞬、そんな私の顔を見て、はてなを浮かべ深くは聞かずに話を繋いでくれた。 その優しさがその時はとても居心地がよかった。
 こういう優しい明るい子が救助隊をして、立派になってくんだろうな。 なんて、ちょっと寂しくも思って目的の場所で別れようとして、でも救助隊本部に向かうあの子が羨ましいしで引き留めていた。

「ねぇ、グリンちゃん! 私も……ううん、私と救助隊組んでみない?」

 家を飛び出してここまで来てしまったから、半分やけになってはいたのかもしれない。 親なんて知るもんかと。 帰りたくもなかった。
 本部へと向かっていた彼女の足が止まって、振り向いた。 その顔が驚きと喜びが混ざった表情になって飛びついてきた。
 両脚を握られて、ってかイーブイって後ろ脚でバランス取れたの?

「ほんと!? リフちゃんほんとに言ってる!? 救助隊の夢があるって話してたし、でもなんかさっきそのこと話してて怖い顔もしたから嫌だったかなって思ってね! 話しやすかったし、見ず知らずのわたしなんかに道教えてくれるし、それにそれに……」


 私と掴んだその前脚をぶんぶん振りながら、尻尾もぐわんぐわんと喜びに溢れさせながら、次から次に言葉を出していく。


「広場に知り合いなんていないから、正直どうしようかって思ってたの! ねぇ、わたしと友達になってください……、ううん、なって!……いや、友達になれ!!」
「凄い元気だね……。『なれ!』はちょっと言い方どうかとも思うけど。 私からもお願いしたいぐらいだから、むしろ私でよければって感じだし、よろしくお願いします、グリン…ちゃん」
「うわぁ、やったぁ! グリンでいいよ! わたしもリフって呼んでもいいかな! ねぇねぇ、じゃあさチーム名はどうする? わたしとっておきのがあるんだけど!」

 そこまで考えてあったのか、私なんてまだまだ救助隊への憧れが弱かったのだろうかと思い知らされた。

「いいよ、グリンの好きな名前にしよ、私はそこまで考えてなかったから、変なチーム名じゃなければ賛成する」
「やった! 候補がね9個ぐらいあって!」
「多いね……」
「1番良いと思うのが――」






――「ねぇリフ―、出来たよー起きない―?」

 ふと、目が覚めると、先ほど見ていたのと同じ茶色いもじゃもじゃ。
 さっきのは夢。 横にはあの時の新聞が置いてある。 だんだんと思い返すうちに、読みながら眠ってしまっていたようだ。
 入り混じる記憶になんだっけと思い出す。

「むにゃ……そっか、旗、出来たの?」
「うん! 結構時間かかっちゃったけど、一生懸命描いたんだよ! ドーブルの筆を借りて、アドバイスももらって!」

 よく見ればその身体の毛は少々カラフルな、進化系も思わせる色まで付けた(いやちょっとわざと付けた部分もないか?)カラフルに色を放つ。
 
「棒も、旗も、通りすがりのリザードンさんに立ててもらったから外に出来てるよ! 見ない!? 見るよね?」

 このあたりでのリザードンってまさか……いや、いいポケモンさんが通りがかったものだ。 とっても優しいポケモンなんだろう、きっと。
 急かすグリンに引っ張られて、外へと出る。 外はすっかり橙色の夕焼け。 それは海も真っ赤に染めていた。

「ほら、こっちこっち!」

 家の真横、あちらの救助隊さんにもあったような位置に、しっかりとそれは地面から伸びていた。 ゆっくりと顔を上げてメインの旗のデザインが目に入り、ふと先ほどの夢の、最後のほうの言葉を思い出した。




――「1番良いと思うのが、『レインボー』でね! 虹って意味なんだよ! 綺麗な虹の景色、わたし大好きなんだ!」


 そう、虹。 赤、橙、黄、緑、青、紫。 水色の空に架かるような綺麗なアーチ状のデザイン。 彼女と一緒に決めた救助隊のチーム名のそれが描かれた旗だった。
 大きすぎる旗な気もするが、有り余るキャンバスいっぱいにこれでもかと描かれた虹に、私は言葉を失っていた。

――「へぇ、グリン綺麗なの思いつくね。 いいと思う。 あ、どっかの大陸だと『希望の虹』がポケモン達の心を希望に変えるとか言われてるし」
――「なにそれ! 見てみたい! リフって物知りだね! あ、後付けだけど、心に雨降ったポケモン達の心に虹を架けるみたいな救助隊って意味もあってね……これはわたしの尊敬するポケモンさんが考えてくれたんだけどね。 あとイーブイの進化がいろんなポケモンだからカラフルだなとか思ってたけど、この理由だと、わたしだけだしって思ったから、それは隠してるの!」
――「めちゃくちゃ口滑ってるけどね……」

 そんな話をしたっけ。 ふふっ、と思い出し笑いが込み上げる。

「どうお? これで、少しは目立つかな? 話題の救助隊になれるかな?」
「凄く良い。 綺麗な旗だね。 でも、目立つって、話題……あっ」

 ふと、数日前にぼやいた何でもない愚痴を、そう本当に何でもなかったつもりの愚痴を1つ思い出す。

『うーん、ポストにも依頼なんにも来ないし、なんか一気に有名にでもなれないかなぁ、なれっこないかぁそんな簡単に~』

 依頼を取りに本部掲示板へ向かう毎日。 ポストに直で私達に来てくれる依頼もなく、訪ねてくるポケモンもいないから出た言葉だった。
 ちょっとした軽い呟きだった。

「もしかして、あれ気にしてたの?」
「あれがどれか分かんないけど、いろいろそう! 依頼に直接来てくれたほうがやりがいもあるし、依頼が増えたらお礼のポケを貯めて旅行も夢じゃない。 それに話題になれば有名な救助隊さんとも交流できるチャンスも増えて、情報も交換できたりするってリフそんなことも言ってたでしょ。 だから、ここ何日か考えてたんだよね。 救助隊として目立てる方法」
「いろんなこと全部覚えてるのか……。 凄いなぁやっぱグリンは」
「ん? そんなことないって。 リフが言ってなかったら、わたしの頭じゃ考えらんないことばっかだよ~。 とにかく依頼こなすぞ~って感じだから」

 依頼をこなして地道にという、その積み重ねと経験も大事だ。 と私は思う。 真っすぐ実直に。
 この虹の旗で、救助隊名を覚えてもらえて、依頼が増える。 そんな単純だけど効果は確かにありそうな作戦が今回の彼女の掲げた物だったわけだ。
 思い返せば、今日の行動の中にこの柄にしようとするフラグは立って、時折見えていたのかもしれない。

「あ、あとね、虹だけじゃなくてその下もこだわったんだよ」
「え? あ……」

 描かれているのは虹と空だけではなかった。 それ程に、大きな虹に目を奪われていたから。
 アーチ状の虹に挟まれた真ん中の空間、デザインの地面に当たる下のほうの部分に、黄緑の葉っぱのような形と茶色いよく見る尻尾の形。 2匹を抽象的に描いたようなマークを見つける。


「わたしたちは2匹で救助隊レインボーだからね。 これも含めてどうかな、ってリフ? えっ! うわっ!?」

 
 なんだか嬉しくって、それでいて目頭が熱くなってきて、そんな顔を見られるのは恥ずかしくってついつい親友の首元のふわふわへと顔を飛び込ませていた。
 まだこの子と出会って1ヶ月程度。 さっき走り疲れて考えた不穏な感情を悔いる。 たぶんモヤモヤは朝のもあったが、私がこの子と一緒の救助隊でいいのかななんていう不安もあった。 グリンの夢の邪魔を私がしていないかと。
 この子の夢は最終的に世界を旅するようなお話だ。 対して、私は憧れの救助隊に会ってみたいとか、有名になりたいとか。 比べるようなことではないだろうけど、小さくないかななんて。 心のどこかで生まれた物があった。
 それが、この旗に私とグリン2匹のシンボルを描いての虹。 一緒でいいんだよなんていうのを、この旗で肯定してくれた気がして。
 溢れてくる水滴で毛がしぼんでいくが構わない、今はただこの顔は隠したいし、大好きなもふもふはいつも以上に堪能したかった。


「あ、えと、リフ? インク、まだ乾いてないから汚れちゃう気が……」

 いいの、という意思で首をそのまま横に振る。

「ほら、わたし、これ、毛もぐちゃぐちゃになっちゃうよ……?」

 それも今はどうでもいいから首を振る。

「あの~、あと、なんかいつもなら平気なのに、ぶっちゃけ恥ずかしいんだけど今…」

 私が顔見られるほうが恥ずかしい、嫌だ。
 そんなこんなで諦めたのか、うーんと唸って、まぁいっかと納得していた。 私の葉をそっと撫でて香りを愉しんでいるようだった。
 
 少し経ってこのもふもふ天国も、息苦しくなって地獄になりかける。 ぷはっと顔を上げれば、グリンに頭突きをしてしまいお互いに痛さに悶える始末。

「っつ~……急に顔上げないでよ~……」
「ごめん迂闊だった……でも、ありがとグリン」
「どういたしまして? ん? 旗作ったこと? それとも、もふもふに顔うずめたこと?」

 
 なんの感謝か分かっていない様子。 「さぁね」と笑顔で惚けると、怪訝な顔で返された。
 ううん、どっちも合ってるけど、でもどっちも違う。 むしろ、あなたは分かんなくてもいいと思う。 一緒にいてくれて、ね。

「さって、そろそろ夕飯はどうする~? グリンの好きな物、作るよ?」
「え、ほんと!? じゃあね、モモンいっぱいのカレーがいい! 具が大きいやつ! リフの作るカレー好きなの!」
「モモンいっぱいかぁ……まぁ、たまにはいいか」
「やったぁー! あ、クラボはやめてね?」
「はいはい」

 ただでさえ甘めのモモンを、いっぱい入れたいらしい。 カレーは中辛がいいけど。 まぁ、今日はそんな甘さも、私からグリンへの小さなご褒美として甘く見よう。
 紫色に染まる空を見て、家へと入っていく。 先に身体を綺麗にしなきゃな、なんて思う。



 
 ――数日後に、ドーブルから凄い金額のお手伝い代の請求が来て、とんでもないサプライズを受けるのは……まぁまた別のお話だ……。

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