寿茶屋の一時

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※以前の喫茶店企画に投稿した絵のストーリーです。
 ふわぁ〜寝みぃ……。
 おい、寝るなら適当な枝に移るでござるよ。
 そしたら置いて行かれるだろうが……このまま運んでくれよ村雨どのぉ〜……。
 こらテツ。……やれやれ困ったな。

 お、あれは?


  ·寿茶屋の一時·


「おや、いらっしゃい。こんなとこまでよく来たね」
 木々と湿った土しかない、道外れの山の中。
 無造作に立てられた真紅の和傘の下で、これまた深緑の笠を被ったジュナイパー。そしてそのまた隣には《寿》と綴られた緑の旗が揺れている。
「『ことぶき』……お前の名か?」
「まさか。おれは《スサ》、そっちは店の名前だよ。で、休んでくかい?」
 深緑のジュナイパー、スサは赤布の腰掛けに降り掛かった落ち葉を手早く払い落として「ほらどうぞ」と手招きしてくる。
 正直こんな鬱蒼とした山奥に茶店ちゃみせを構えているポケモンなど信用できなかったのだが、いい加減歩き続けて疲れも溜まっていた頃であったし、何より背中の止まり木背負子に止まったまま寝てしまったテツが重くて堪らなかったので、拙者は和傘と腰掛けしかない殺風景なこの茶店で一息つくことにした。

「あんたらは旅のものかい?」
「見ての通りでござるよ。お前もか」
「まあね」
「儲かるのか」
「知れたことを。でも客には困らないから、そういう意味では繁盛しているかな。現にそうだろ?」
「こんな道外れを通るような輩がそう多いとは思えんが……」
「はは!違いない。なら、あんたらはなんでまたこんな所を?」
「さてな。身に染み付いた癖なのかもしれん」
「まるで忍びのようなことを言う」
「いかにも、でござるな」
「……お前、名前は?」
「村雨、でござる」
「そうか……お前があの《千人斬りの村雨》か……」

「ほい、どうぞ」
 隣で饅頭みたいに潰れているテツに半分だけ布切れを被せて、拙者はスサの持つ漆のお盆から湯呑を取った。湯呑の中は何の変哲もない温かいお茶で、若草色の縁から真っ白な湯気を立てている。
「……お茶でござるな」
「そりゃあ茶店だからな。大丈夫、忍びだからって毒なんざ入れやしないよ」
「……」
 これが数年前なら冗談では済まさなかったが。
「……いただくでござるよ」
 とりあえず、拙者はふぅと一息湯気を払って、本当に万が一毒だった場合のことを密かに考えつつ湯呑に一口つけてみる。
「……むっ……」
 だがそんな警戒など虚しく、これは正しくお茶であった。だがそれ以上に、拙者はこのお茶の味をそれまでのどの味にも例えることができなかったことに思わず言葉が漏れてしまっていた。
 上手いのだが味が濃ゆく、何処か力強い野性味を感じる。
「名付けて《コトブキ茶》だ」
「……安直でござるな」
「なんでも捻ればいいってもんじゃない」
 スサはお盆を引っ込めて、緑の笠を被り直す。
「おれの故郷。ここよりずっと北の国では、それはポケモンたちの心を繋ぎ止める温もりだったのさ」
「北の国……だがその国は、争いが絶えない修羅の大地と」
「確かにな。だが、それはそちらも同じことだ。この世に争いのない場所などありはしない。あるのはせいぜい、程度の差がどれくれいであるか位だろう」
「……」
「だが……それも永遠という訳ではない。だからお前も、村雨の名前を名乗ったのだろう?」
「……そうだな」
 拙者は湯呑をグイッと飲み干して、笠の網目の隙間から鋭く除くスサを真っ直ぐに見つめ返す。
「……おれたちのヒスイは、ある時全てのポケモンの心に《哀しみ》が宿り、血で血を洗う事を避けるようになった。村雨。あんたの国の戦いは、どうやって終わったんだ」
「……さて、どうだったであろうな」
 拙者の戦い。
 戦乱の世を流れ、その身に立ちはだかる者を水刀で切り捨てて来た。そこに主義も無ければ主張もない。ただ水のように流れるまま、駆け抜けた果てに切り捨てた千人目の最後の屍を見届けた時、世はすでに移ろいでいた。
 戦いのときは終わった。と……。
「……その答えがわからないのが、拙者の。千人斬りの罪なんでござろうな。全く情けない……」
「お前ほどの者が……随分と謙虚なんだな」
「結局の所、一人の力などたかが知れているでござるよ。拙者が何をせずとも、戦乱の終わりはいずれ訪れていたであろうよ」
「だが、一人の心が全てを変えることもある。そういう歴史もあるということを、あんたには知っていてもらいたいな……」
「……覚えておくでござるよ」

            ☓

 寿茶屋での一時は、今でも時々思い返すことがある。
 あれはまだキュウコンから時の天文台を預かる前。
 戦乱の終わりの明け。最後の決闘で黒いゲッコウガから血濡れのさすらいの布と笠を引き取り、各地を放浪し続けていた拙者の前に現れた、スサと名乗るヒスイジュナイパー。
 彼とは、あれから一度も出会っていない。
 だが不思議とそのことに悲しみを覚えないのは、拙者が既に答えを得たからなのであろうか。それとも、またいつか会えるという、根拠のない信頼があってのことなのだろうか。
 きっと今は《会うべき時》ではないのだろう。故にその時まで、拙者は寿茶屋の一時を、そっと胸の内にしまい込むのだ。
「……ふぅ……」

 今日も、お茶がうまい。
ご高覧いただきありがとうございます。
書きたいときに書く、の勢いで若干四時間で制作いたしました短編でございます。
時系列としては全短編《時の村雨》よりも前ということで、ゲッコウガの村雨の過去について断片的に語っていくお話となりました。また、ヒスイ周りの設定も今後連載していく《シャドウ·サイド》に繋がっていく部分でもありますので、ただの付属ストーリーのはずがかなり重要な内容になってしまいました。

村雨君がメインのお話は今後も短編で綴っていくことになると思いますので、何卒よろしくお願い致します。

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