マインドショック!〜エイプリルフール・ショック!?〜

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作者:花鳥風月
読了時間目安:26分

「マドカー、ライムー」

 春休み。
 それは学生にとって、非常に貴重なひとときのひとつ。なんてったって、寝坊しても怒られないし、多めに見てもらえるのだ。
 だから、ポケモン演劇部の活動も何もない日に、ましてやママではなく兄のコウジが起こしてくるなんて、よっぽどのことがあるに違いない。
 でも、今はお布団と愛し合ってる方が優先なんだ。マドカもそのパートナーのエモンガ・ライムも、布団から出ようとはしなかった。

「いつまで寝てるんだよ。すっげービッグアイドルが来てるぞ!」
《ホウエンのナンバーワンアイドル・ルチア様が、3番公園にお見えですわよ〜!》

 ルチア。コウジのパートナーのピカチュウ・スダチが口にしたその固有名詞を聞くまでは。
 ぴくっ、と耳を動かしたマドカとライムは、ふたりしてがばっと起き上がる。

「えっ!?」
《マジかよ!?》
「早く行こ、ライム! あたしルチアさんのサイン欲しい!」
《オレも! チルルさんと話せるチャンスかもしれねぇ!》

 ドタンバタンとはしゃぎながら、マドカとライムは身支度を整え始める。マドカに至っては、下ろしたてのワンピースなんか引っ張り出していた。もちろん、用意された朝ごはんを食べるのも忘れずに。
 忙しなく動く凸凹コンビを、お兄ちゃんお姉ちゃんコンビのふたりは家から出る素振りもなく、落ち着いた様子で見守っていた。

「あれ? お兄ちゃん行かないの?」
「俺は他にやることがあるからいいかな。お前らだけで行ってこいよ」
《その代わり、お土産話をたっぷり聞かせてくださいまし!》

 普通、トップアイドルが地元に来るならもっと大騒ぎしてもいいハズだ。コウジもサブカルチャーを嗜む身だし、スダチはポケモンパフォーマーのキラキラしたステージをテレビで見ては目を輝かせている。それくらいに、煌びやかなアイドルポケモンには興味があるものだと思っていたが。

(なんでコウジもスダチも、あんなに落ち着いてられるんだ……?)
「よーし! 3番公園に、レッツゴー!」

 違和感を覚えるライムをよそに、マドカは玄関の扉を開けると勢いよく外へ飛び出していった。



★ ★ ★



 タチワキシティはイッシュの中でもそこそこに大きな街ということから、いくつもの通りや番地がある。3番公園は、マドカ達が住む家から歩いて10分ぐらいの距離にある場所。運動神経に長けているマドカとライムがマジダッシュすれば、たった5分で到着できるのだ。
 そんなわけで、息を切らして公園にやってきたマドカとライムだが、そこはもぬけのカラと化していた。

「って……なんで誰もいないのー!?」
《もしかして、もういなくなっちまったとか?》
「えーっ!?」

 がっくりと肩を落とすマドカに、1人の少女が声をかける。
 黒髪ボブのこの少女はアキヨ。パートナーの色違いマリル・オウリンを連れている彼女は、マドカの幼馴染にして大親友である。

「あれぇ、マドカちゃん、ライムちゃん。こんなところで何してるのぉ?」
「アキヨちゃん!」
《リン! この辺でチルルさん見なかったか?》
《チルルさん……? あぁ、ホウエンのアイドルポケモンのことだよね。見てないけど、どうして?》
《実はチルルさんが、ルチアさんと一緒にこの辺に来てるって、コウジとスダチに言われて来たんだよ》
「でも、誰もいないんだよね……。もう帰っちゃったのかな」

 ややテンションの下がっているマドカに、アキヨはおずおずと尋ねる。

「マドカちゃん、ライムちゃん。それ、たぶんコウジ先輩のウソじゃないかなぁ?」
「ウソ!? でもなんでそう思うの?」
「だってルチアさん、今日はカントーのバラエティ番組に生放送で出てるもの。私の家、ジャパニーズチャンネルも契約してるから番組表出てくるんだぁ。ほら」
「ほ、ほんとだ……」

 マドカ達がアキヨに見せられたのは、番組表のアプリを表示したスマートフォンの画面だった。
 ここでライムは、番組表の指している日付を目にして思わず声を上げる。
 これで繋がった。コウジとスダチが、なんであんなに落ち着いていたのか、その理由も。

《あーっ!》
「な、何? ライム。急に大声出して」
《マドカ! 今日の日付見てみろよ!》
「今日? えーっと、4月1日だから……あー!」

 凸凹コンビのハモった声が、公園の敷地内に響き渡った。

「「エイプリルフール!」」



 当然、マドカはコウジにこの件を問い詰めた。一度家に帰ったりもせず、その場で電話するといったところが、いかにマドカが感情のままに動いているかを示している。ライムは電話越しでやいのやいの言っているマドカを見ながら、そんなことを考えていた。

『わりぃわりぃ。だってそうでもしなきゃ、お前ら全然起きてこないと思ったからさ』
「でも、騙すなんてひどいよ! あたしもライムも、マジになって公園まで来てるんだから!」
《落ち着けって、マドカ。よく考えたら、ジャパニーズのアイドルがイッシュに来るんだったら、もっと大騒ぎになってるハズだぜ》
《さすがはライム様! 賢いですわ!》
『今日はウソついても怒られない日なんだ。マドカもそうカッカするなよな。じゃ』

 その言葉を最後に、コウジとの電話は切られた。
 通話が終わったスマートフォンの画面は、確かに今日の日付を「April 1st」と示している。

「たしかに、エイプリルフールはウソついても怒られないけど、このまま騙されっぱなしなのもなんかもやる〜!」
「どうするの? マドカちゃん」
「もちろん! お兄ちゃんをアッと驚かせるウソを考える! やられたらやり返すって言うでしょ?」

 マドカはそう言うが、コウジもスダチも賢い。それでいて、マドカはウソつくのそんなに上手いワケじゃない。そう上手くいくだろうか。そもそも、やられたらやり返すって小学生じゃあるまいし……。
 乗り気ではないライムをよそに、マドカはやる気満々だ。

「さぁ、行くよライム!」
《えー、オレもやるのかよ。めんどくせぇ》
「あとで期間限定のさくらカップケーキ、買ってあげるから!」
《いやそういうことじゃなくて……》
「ま、待ってよマドカちゃぁん」
《マドっち〜! ライムっち〜! 待って〜!》



★ ★ ★



 作戦会議場をハンバーガーショップに構え、マドカはワイングラスを持つような手つきでシェイクのカップを取る。
 至ってマドカは真剣なのだが、場所が場所だけにいささかシュールだ。

「お兄ちゃんがアイドルを使ったウソをつくなら、あたし達もお兄ちゃんの気を引くウソをつかなきゃ」
「でも、コウジ先輩の気を引くものってなんだろう?」
《やっぱりマンガとかアニメとかゲームとか、そういう系じゃないかな。その中でも、特にコウジっちが好きな作品とかある?》
「どうだったかなぁ。お兄ちゃん守備範囲広いから、何が一番好きなのかよくわかんないんだよね……」

 さりげにアキヨとリンまでガチになってるし。1匹冷めた目で見ているライムは、少しアウェイ感のようなものを感じていた。もっとも、仕返しに心を燃やすほどの熱意は全くないのだが。
 早くおわんねぇかな。ライムがそう思っていると、見知った顔がこちらに駆け寄ってきた。ポケモン演劇部部長のイブキと、そのパートナーのエルフーン・ギンである。大きな買い物袋をふたつ抱えていることから、併設されてるスーパーに買い物に来たのだろう。

「あっれー? マドカ達じゃん」
「イブキ先輩! こんなところで何してるんですか?」
「何って、お買い物だよ。今日はお母さんが夜遅いから、自分でご飯作るんだ」

 えっへん、とイブキは胸を張る。

《ライム達は、こんなところで何してるんだべか?》
《実は……》
「そう! イブキ先輩も聞いてくださいよ!」

 マドカとライムは、それぞれイブキとギンにことの経緯を話した。

「なっはっは! そりゃコウジくんも意地悪だなぁ。でも、コウジくんを騙すのって、結構難易度高くない?」
「それでもあたし、お兄ちゃんに騙されっぱなしなのがなんかもやるんです!」
「マドカも子どもだなぁ……。あっ! そういえば」
「どうかしましたか?」
「あたし、前にコウジくんから一番思い入れのあるアニメの話、聞いたことあるよ」

 瞬時にマドカは、席から立ち上がる。あまりにも勢いがあったのか、流石にイブキもその瞬間は少し目を見開いた。

「ほんとですか!? それってどんな作品です?」
「『魔法ナースナナ』だよ。うちらもちょうど直撃世代じゃない?」
「ふわぁ〜、懐かしいですねぇ! 私も白衣のなりきりセット持ってましたぁ!」
《よくアキヨちんにナナごっこやろって言われてたなぁ。ぼくも懐かしいよ》
「……そういえば、あたしが変身した時の衣装って、ナナの衣装にちょっと似てるかも……」

 実はマドカとライムには、不思議な力がある。『マインドショック』と呼ばれるその力は、人やポケモンの心に直接干渉することができるのだ。その力を使うためには、いわゆる魔法少女や戦隊モノのように変身しなければいけない。その変身した際のマドカの衣装が、魔法ナースナナの主人公・ナナの衣装に少し似ていることに、マドカは気づいたのだ。

「どうかした?」
「あ、ううん! なんでもないです! ありがとうございます、イブキ先輩」
「役に立てそうならよかったよ。でも、いくらエイプリルフールとはいえ、イタズラもほどほどにね」

 ひらりと手を振り、イブキとギンはその場を立ち去った。マドカ達も先輩の帰りを、手を振り返して見送る。

「そういえば、ナナって私達が小学校の3年生ぐらいで終わっちゃったよねぇ」
《同じぐらいに他のアニメもいろいろやってたよな。『甘味伝説ウェディングプリン』とか、『ジュエルキャプターすずらん』とかさ》
《ライムっち、よくスラスラ名前が出てくるね……》
《うっ……まぁ、マドカやスダチに付き合ってよく見てたからな》

 親友のオウリンに目を点にされ、ライムは少し恥ずかしそうだ。

「そういえば、ウェディングプリンもすずらんもアニメのリメイクやったりコラボグッズ出たりしてるけど、ナナはそういうのずっとやってないよね」
「じゃあ、ナナに何か新展開があったら、コウジ先輩も食いつくかも?」
《じゃあ、コウジっちへのウソは、それで決まりだね!》

 懐かしのアニメの話で忘れかけてた。そうだ、この集団はコウジへの復讐劇作戦会議のメンバーだった。
 ことが大きくなる前に、止めさせた方がいい。やったって誰も得しないだろうに。ライムは今がチャンスだと口を挟む。

《なぁ、ちょっといいか?》
「どうしたの、ライム?」
《コウジもスダチも、変なところで勘がいいだろ? 口先だけのウソじゃ、たぶん騙すの難しいんじゃねーか? アニメだったら映像とか、キービジュアル的なやつとか。コウジのことだから、ネットでエゴサでもすると思うぜ?》
「た、確かにそうかも……」

 アキヨが納得した。よし。アキヨは良心の塊みたいなヤツだ。ここで流れを変えることができる!

「できるかも」

 しかし、その流れはマドカがすぐに断ち切ってしまった。

「絵描いたり動画作ったり、音楽作れる人達が、すぐ近くにいるじゃん!」

 やばい。完全に火をつけたかも。ライムは自分の発言をおおいに後悔し、頭を抱えた。
 ていうか、なんで学校の勉強は苦手なくせに、こういう悪知恵は働くんだよ……。



 まずマドカ達が訪れたのは、タチワキコンビナートの近くにあるひとつの倉庫だった。
 ポケモン演劇部の美術担当・ブルーノが普段からこの倉庫をアトリエ代わりにしている。こうした倉庫を活用する文化は、イッシュ本土のシッポウシティが発祥だと言われており、ブルーノはそれに感銘を受けているようだ。いわば、中学生クオリティの秘密基地だ。

「え? 絵を描いて欲しい?」
「こんな感じの絵なんだけど……どうかな?」
「なるほどな。30分ぐらいかかるけど、いいか?」
「大丈夫!」
「よしきた! ちゃちゃっと描くからちょっと待ってな」

 マドカの依頼を受けたブルーノは作業を一度中断させ、別の画材を用意し始めた。
 楽しそうなその姿を、ライムはブルーノのパートナーのイエッサン・ソルダムと一緒に眺めていた。

《エイプリルフールのウソにしては、ずいぶん大掛かりなのね》
《オレもそう思うぜ……》



 次にマドカ達が訪れたのは、20番道路に佇む大きなお屋敷だった。
 このお屋敷はポケモン演劇部の後輩・サヤカと音響担当・ユタカのきょうだいの家である。有名な音楽一家なだけあり、マドカの家の何倍も大きい。

「この絵を繋げて動画にしたい、か」
「はいはーい! 動画編集はサヤカがやりまーすっ!」
「ありがとう、サヤカちゃん!」
「そしたら、俺が没にした曲を使おう。そうすれば、エイプリルフールのフィーネには間に合う」

 一同が楽しそうに作業に取り掛かる中、ライムはまたもサヤカとユタカのパートナーポケモンと一緒にその光景を眺めていた。
 サヤカのパートナーはププリンのセネカ、ユタカのパートナーはモノズのテマリである。

《マドカおねえちゃんたち、張り切ってるのだ》
《あれだけのクオリティのものを見せられたら、ウチだったら騙されちゃう》
《オレもそう思うぜ……》

 こうしてライムが止める間もなく、着々とエイプリルフール計画は進んでしまった。



★ ★ ★



「でーきたっ!」
「すごいねぇ。本当にナナが令和に戻ってきた感じがするよぉ」
「早速これを、お兄ちゃんに送って……っと」

 ポケモン演劇部員達と協力して作ったのは、一本の動画だった。ブルーノがイラストを手がけ、それにユタカが作曲した曲を合わせ、サヤカが動画にして編集したものだ。
 少しロードに時間はかかったものの、コウジからの既読はすぐに付いた。

《あっ、返信きた!》
《レスポンスはええなあいつ》

 凸凹コンビと親友コンビがコウジとのトーク画面に注目する。

【え】
【なにこれ】
【どこで見つけたの?】
「超食いついてるよぉ!」
「とりあえず適当に言ってごまかしてみるね」
【ネット漁ってたら拾ってきたの】
【もしかしたらリークかもしれないから気をつけてね】
【わかった、拡散はしない。しばらく様子見てみる】
【いやぁそれにしても、ナナが続編やると思わなかった。ありがとう、マドカ】

 想像以上にコウジの反応が良すぎたのか、マドカもさすがに引いている。
 というよりも、本気で信じきっている兄に対して、良心が痛んでいる。こんなに喜んでいるのに、実際はウソなのだから。

「お兄ちゃん、すごい信じきってるよ……」
「心の揺らぎが見えるね、マドカ氏」

 そんなマドカの心を読むように、にゅっと姿を現したのはポケモン演劇部の3年生・ハクロとそのパートナーのエーフィ・カガミだ。部の副部長を務めており、霊感が強いという個性がモリモリしているコンビである。

「う、うわぁあああああああ! ハクロ先輩!」
《いきなり出てくんなよ、ビビるだろうが!》
「マドカ氏。みんな。コウジ氏を騙すことに成功したんだね」
「なんで分かるんですか……」
「カガミの予知夢が、ボクにもシンクロしたんだよ」

 ハクロとカガミを語る上で欠かせないのが、予知夢とシンクロだ。お互いに見た予知夢を共有することができるとのことだ。
 ここまで来ると霊感っていうより超能力なのではと、マドカとライムはいつも思っている。

「でも、マドカ氏も分かってるよね。コウジ氏を騙せたけど、その反応を見て良心が痛んでるのが」

 図星を突いてくるハクロの言葉に、マドカは言葉を呑む。
 カガミがハクロの言葉を補足するが、マドカにとっては追い討ちでしかなかった。

《ハクロは意地悪で言ってるんじゃないんだ。お前達のことが心配なんだよ。これが原因で、傷つく人が出てくるかもしれないのが》
「困らせるつもりはなかったんだけど、ごめんよ。じゃあね」

 ハクロは少し申し訳なさそうな眼差しを向けて、そのまま去っていった。マドカはというと、まるで怒られた子どものようにしょんぼりと項垂れている。

「マドカちゃん、どうするの……?」
「とりあえず、家に帰ってみるよ。それでお兄ちゃんに、あたしから白状する」
《オレも行くよ。止めもしないでついてきたんだから、オレも共犯だ》
「だったら、私も……」
「アキヨちゃんは大丈夫。巻き込んじゃっただけだから。あたし達でなんとかするよ」
「マドカちゃん……」



★ ★ ★



「ただいま……」
「おっ、おかえり! マドカ、ライム! いやぁ待ってたぜ。誇り高き俺の妹とそのパートナーよ」

 マドカとライムが帰ってくるないや、コウジは手を取ってはぱぁっと笑顔を見せる。

《コウジ様ったら、ナナの続編やるって決まってからずっとこの調子ですの》

 もう引き返せないところまで来たかもしれない。マドカはコウジと目を合わせるのも辛く感じていた。

《なぁ、スダチ。ちょっといいか?》
《なんですの?》
《マドカも一緒に来いよ。聞いといた方がいいと思う》
「え? わ、わかった」

 ライムに促され、マドカはスダチと共に居間を出て行く。
 玄関先まで移動したマドカと2匹は、声を潜めて本題に入った。

《コウジって、なんであんなにナナ好きなんだ? 他にもいろいろ好きなアニメはあるだろうけど、あそこまで喜ぶのって何か理由があるんじゃねーか?》

 マドカ様もライム様も知らないんでしたわ。
 スダチは少し言葉を選ぶ時間を設けると、答え方に整理がついたのか、ようやく口を開く。

《……昔、聞いたことがありますわ。コウジ様にとって、ナナは特別なんですの》
《特別?》
《大きくなってくにつれて、周りの子達がアニメやマンガを卒業していく。でも家に帰れば、マドカ様もライム様も、キラキラ輝く正義の味方に夢中になっていた。そんなお二人のお姿を見て、コウジ様は「自分もナナを好きでいていいんだ」って思えたんですの。特にナナは、4年くらい続いてましたものね》
「お兄ちゃん、そんなふうに思ってたんだ……」
《……オレ達が、コウジにとってのナナを特別にしてたってことか》
《さっき、マドカ様がコウジ様にお送りした動画。あれ、エイプリルフールなのでしょ?》
《え゛ぇっ!?》
「なんでわかったの!?」
《マドカ様のお考えになることは、すぐ分かりますわよ。わたくし、一家のお姉ちゃんなんですもの!》
《スダチって実はエスパータイプなんじゃねーの?》

 ガチャン。
 居間と玄関先をつなぐドアの先には、コウジが立ち尽くしていた。
 聞かれた。マドカも、ライムも、スダチも、言葉を失い身を強張らせる。

「ウソ、なのか……?」
「お兄ちゃん……!」
「そう、だよな。最終回迎えてから、ずっと音沙汰ないからな。続編なんて、あり得ないよな……」
「お兄ちゃん、あの……」

 コウジはへへっ、と乾いた笑いをこぼすと、階段を登っていった。部屋に戻っていったのだろう。

「あたし、かなりひどいことしてたんだな……。お兄ちゃんにとって、ナナは特別だったのに」
《あの調子になったコウジ様は、直接お話をするのが難しいかもしれませんわね》
《どうすればいいんだ?》
《お任せくださいまし。わたくしに、いい考えがありましてよ!》



★ ★ ★



 ミルタンク三つ時。
 マドカ、ライム、スダチはマドカの部屋に集まっている。隣の部屋にいるコウジが既に眠っているのも確認済みだ。
 用意されているのは、マドカとライムが変身するときに使うハートロックとハートキー。そして、ずいぶん使い古された魔法のステッキのようなおもちゃだ。
 よく見ると、注射器のように目盛が描かれており、ハートの装飾が所々に施されている。

「準備できたよ。ライム、スダチちゃん」
《待ちくたびれたぜ》
《それでは、いきますわよ!》

 スダチの合図と共に、マドカとライムは鍵を構えた。

「「マインドショック!」」
「クランクイン!」《レディーアクション!》

 弾ける光を纏い、マドカとライムは手を繋ぎながらくるくると回り、装いをマインドショック時のそれにしていく。

「「繋がる愛と勇気!」」
「ハンプティ・マドカ!」《ダンプティ・ライム!》

 改めて自身のコスチュームを確かめると、たしかにナースキャップのような形の帽子や白衣が、かつて自分が憧れたナナにそっくりだ。深層心理みたいなものが現れたのだろうか。そのことに気づいたマドカは少しだけ、嬉しくなった。

《言われる通りに変身したけど、どうすりゃいいんだ?》
《マドカ様にナナのラブリーシュリッジを持ってもらいながら、このセリフを読んでいただくんですの!》

 スダチがマドカに差し出したのは、これもまたコウジとの思い出になっている懐かしアイテムだった。
 アニメの絵柄を使った絵本であり、ナナの決めゼリフが書かれている。

「これ、ナナが最終回で言ってたセリフ! 上手く言えるかな……」
《大丈夫だろ。お前、ナナごっこでセリフ完コピしてたじゃねーか。今思い出してもそっくりだったぜ》
「って言っても何年も前のセリフだよ?」
《当たって砕けろですわ、マドカ様! ナナの姿そっくりの今のマドカ様なら、きっと成し遂げられるハズですわ!》



 ライムとスダチの励ましを胸に、マドカはコウジの枕元に立つ。
 普段から部活でエチュードや小さな公演をやってきたが、その時とは違う緊張感がマドカを締め付ける。

「……ん……」

 まずい。お兄ちゃんが目を覚ましちゃう。意識がうっすらあるこの瞬間が勝負だ。マドカのスイッチが、役者モードに切り替わった。

『さぁ、目覚めなさい。偉大なる生命よ』
「え……」
『この先絶望しても、決して死んではいけないわ。だって、生きることを諦めない限り、きっとあなたの望みは叶うのだから』

 こうしてセリフを語っていると、コウジとの思い出が色々と頭をよぎる。
 ライムやスダチを交えて、一緒にごっこ遊びをしたこと。ショッピングモールまでショーを見に行ったこと。毎週テレビの前でみんなで夢中になって、ナナを応援したこと。
 こんな大事な思い出を、エイプリルフールのネタにしちゃうなんて。あたし、なんてバカなことしてたんだろう。

「お前……マドカ……? それとも……」

 コウジが目を覚ました時には、もうマドカの姿はなかった。目の前には何も残っていなくとも、枕元に響いたそのセリフは、コウジの中に残ったのは間違いない。



 同じ頃、自分の部屋に戻ったマドカはぐったりとしていた。ハードなアクションとはまた違った、全神経を使った芝居に、身体よりも心の方が保つのに苦労した。

《グッジョブ、マドカ!》
「ひゃぁ〜、緊張したよう〜!」
《素晴らしいお芝居でしたわ!》
「これでお兄ちゃん、元気になるといいんだけど……」



★ ★ ★



 翌朝。
 コウジは何食わぬ顔で、ソファに座りスマートフォンを触っている。マドカは少し離れた食卓に座っているのだが、この妙な距離感が歯痒い。

「お兄ちゃん!」
「ん?」

 でもこれは、マドカが始めた騒動だ。自分から切り出すのがケジメというものだ。
 心の準備を済ませたマドカは、コウジに頭を下げる。

「昨日はごめんなさい! お兄ちゃんがナナ大好きだって分かってて、あんなウソついて……」
《オレもごめん。コウジが傷つくの分かってて、マドカを止めなかった》

 ライムも一緒になって謝った。
 ふたりそろって朝イチで頭を下げてくるものだから、コウジは拍子抜けする。事情を知っているスダチは、見守るように微笑んでいた。

「気にしてないよ。もう何年も前から音沙汰ない作品だし」
「お兄ちゃん……」
「それに、俺が諦めない限り、きっとナナも続編が作られるハズだ。ナナなら、そう言ってくれる気がする」
《それかコウジ様が、続編を作られてみてはいかがでしょう!》

 ピロリン。
 マドカのスマートフォンが通知を告げる。何事だろうと画面に指を這わせると、ネットニュースへと画面が切り替わった。

「あーっ!?」
《どうしたんだ? マドカ》
「見て見て!」

 ライムが画面に書かれている記事を読み上げてみる。

《なになに? ネットニュースの記事か。『魔法ナースナナ、今年の冬に続編の新作アニメ決定』!?》
「ほんとか!?」
《わたくしも見たいですわ!》
「えっと……これ! 作者さんからのコメント!」

 子ども達は身を乗り出して、続くコメントを目で追いかける。



『ナナは作者の私にとって特別な作品で、ファンの皆様にとっても特別なものだと思っています。だからこそ、この作品を好き勝手にするのはちょっと違うと思っていましたが、皆様のもう一度ナナを見たいという思いに触れ、今年ようやく決心がつきました。新しいナナの世界を、どうぞお楽しみにしていて下さい』



「よっしゃぁ! 長年待った甲斐があったぜ!」
「やったね、お兄ちゃん!」
「あ、でも待てよ。公式続編が出るということは、これまで俺があっため続けてきたナナの妄想が全て解釈違いになる可能性が微粒子レベルで存在している? そうなると、俺の妄想ライフとは一体なんだったんだ? でもあの妄想達を亡き者にするのは非常に惜しい! うがががががが!」

 サブカルチャーにのめり込み、且つ創作活動をしている者特有の葛藤に苛まれるコウジ。
 さすがにこれは自分たちの責任にはならないよな。お手上げ状態になる、マドカとライムだった。

「結局お兄ちゃん悩んじゃった」
《これはオレ達のせいじゃねーよな?》
《え、ええ……》

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