God Save the Hearts

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《2月上旬 ガラル地方 ルミナスメイズの森》

──しかしまぁ、チョコレートの宣伝が目に付きましたね。

 街での用事を済ませ、森を歩くこの少年は、ガラルのフェアリージムリーダー・ビート。若い身ながら、先代ジムリーダーのポプラにその実力を見出された実力者だ。

「ハァ毎日ピンク、ピンク、ピンク。僕がまさか、こんな生活を送ることになるとは……」

 柄にも無く独り言を呟きながら、ビートはアラベスクタウンの帰路に着く。師であるポプラに、買出しの品物を届けようとするが……。

「婆さん、どこです?」

 ポプラの私室に入るビート。しかしどこかへふらりと出かけたのか、部屋に彼女の姿は見当たらなかった。

──出かけている? なら、待ちますか……。

 椅子に腰掛け、ポプラの帰りを待つビート。だが彼女は帰って来ず、いつしかビートは、ウトウトと眠りに落ち……。

 ◇  ◇  ◇

「……はっ!」

──寝てしまっていた、か。

「……?」

 ビート、室内の様子が少々異なっていることに気づく。

──こんなに、どぎつい紫だったか?

 その時、こちらに向かってくる足音が扉の外から聞こえてくる。どうやら、誰かが来たようだ。

「婆さんですか? 今開けますよ……」

 しかし外に居たのは、ポプラではなかった。

「ん? 君は……?」
「えっ……」

立っていたのは、身なりの良いとある年配の男。ビートは、彼の事を知らない。

「……ポプラなら今ジムを空けています。用事なら、代わりにジムリーダーの僕が受けたまりますが……」
「ん? 君がジムリーダー? 私はポケモンリーグの委員長だが、君の姿は初めて見る……」
「い、委員長!?」

 現在リーグ委員長の地位に居るのは、この男ではない事は確かだ。それにこの男は、僕の事を知らないという。どういうことだ?

「……オォ、分った! 君はポプラさんの弟子で、不在中のポプラさんの代理を務めているという訳か!」

 そんなビートの心情はお構いなしに、彼は勝手に納得し、声をかける。

「ハ、ハァ……」

 事情を呑み込めていないのはビートも同じ。こう、茶を濁すしかなかった。

「この街に用事で立ち寄ったから、ジムリーダーのポプラさんと話でもしようと思ったが──」
「……ジムリーダー……の?」

──チャララ♪

「おや、すまない。私のだ……」

 着信音が鳴る。ビートに断り、自称委員長のその男は、通信端末を懐から取り出す。

──ん? この人の端末は随分と旧式の物ですが、今どきのスマホロトムを使えない人なのか……?

 ビートがそう邪推している中、委員長は通話相手に親しげに言葉を紡ぐ。

「あぁ君か。うんうん大丈夫だよ、君は腐っても前チャンピオン。その肩書だけで、いくらでも価値はあるのさ……。『マスタード』君──」
ビート「!?」

 ◇  ◇  ◇

 その後その男は、『いずれまた本人に会いに来るよ』と言い残し、ジムを後にした。
 不審な点は多々ある。マスタードとは、現在ヨロイ島という孤島に住む元チャンピオンだ。チャンピオンの地位に就いていたのは何十年前の話。が、今の男の口調では、ついこの間までチャンピオンだったかの様なニュアンスだった。

──このジム……そしてアラベスクの町並み。まさか。

 飾られているカレンダーの年月や、彼のスマホロトムに現在電波が届いていない事などから、ビートは一つの結論に到達する。

──ここは、過去の世界だ!

「ここにはボクのジムが確かにある。が、それは……“未来”での事。今は過去。なら今のジムリーダーは……。ま、まさか……」

ビートが狼狽しているや、否や。

「誰だい、アタシの神聖なパープルを……汚すような不届き者は!!」
「ば……婆さん!」

──あぁ、やっぱりか……。

「フン、何が婆さんだい! 私はまだ、女の花盛りの40代だってのに……」

 居た。まだ現役の頃の若かりしポプラが、鬼神の如き剣幕で、ビートの前に居た。

 ◇  ◇  ◇

「……ジムチャレンジの時期ではありませんが、腕試しにと、貴女に挑戦しに来たのです」

『事情を説明しても分かってくれないだろうな』と感じ、ビートは嘘を並べた。

「僕とて腕に自身のある、エリート・オブ・エリートですからね。しかし不在の様でしたので、非常識でしたが待たせていただきました」
「ふーーむ……。ほう、アンタ……」
「うっ」

 査定をするかのように、ポプラはビートを隅々まで見渡す。

──こんなに婆さんに見られるのは、あのナックルシティでの事のようだ……。

「なんだいアンタ、冷や汗なんてかいて」
「いや少々……忌まわしき記憶が……」
「まぁいい。で、アンタ、見たところ……ピンクの見どころがあるねぇ。それに捻くれてもいるし、トレーナーとしての実力も、それなりに備わってはいるようだ……」
「そ、そうですか……」

──まさか、また婆さんに品定めされるとは。

「しかし! まだまだだねぇ。とてもじゃないが、アタシに挑めるだけのレベルじゃないさ」
「なんですって……」

 そもそも僕は貴女にしごかれた身なんだぞと言いたくもなったが、ビートは言葉を抑えた。

「そこで、だ。一つ提案をしようかね。アンタ、住み込みでこのジムで修行しないかい?」
「なっ……」
「ちょうどね、住み込みで働いてくれる人を探してたのさ。しかし、アタシのお眼鏡にかなうトレーナーが中々いなくてねぇ……」

──婆さん、僕をいいように使おうというのか?

 性格は昔から変わらないな、本音はそっちだろう。と思いつつも、元の世界に戻れる保証もないビートは、その提案を受けざるを得なかった。

「わかりました、よろしくお願いします……」

 ◇  ◇  ◇

 こうして、ビートは(過去の)アラベスクジムに住み込みで働く事となる。ポプラの施しは充分過ぎる程経験しており、なおかつ現在進行系で続いてもいたので、今回も耐えれる自信は彼にあった。しかしそれでも、全盛期のポプラの指導は、そんな彼を以ってしても苛烈な物であったのだ。

「マホイップ、キョダイダンエンだよ!」
『マホォーーッ!!』
「クッ……」

──これが、全盛期の婆さんの実力……。

 ただでさえ婆さんとの戦いは、全体的にネチネチとしつこく長引く傾向があるのだが。

「さぁビート、問題だ。あんた……あたしがトレーナーを志したきっかけをしってるかい?」
「……自分のドレ……いや協力者となるトレーナーを引っ掛けるためですか?」
「そんな不純な目的じゃないよ! さぁ、素早さ6段階ダウンだ」
「ぐわぁっ!?」

 本当にこの人は……変わらない。クイズの解答を間違えば、理不尽なデバフがこちらに掛かる。

「……まぁ、そっちの目的も少しはあるがね」
「ゼッタイ少しじゃないだろッッ!!」

 ◇  ◇  ◇

 ジムの雑用と訓練で、連日ビートは疲労していた。が、疲労のみで済んでいたのは、ひとえにビートが優秀な実力を備えていたからだろう。

──まぁ婆さんの教育なんて、並のトレーナーならばとうに逃げ出していますよ。

 ビートが過去に飛ばされてから、1週間が経った頃。

「アンタ、本当に見込みがあるよ。まだ気は早いが、何なら後継者にしてやってもいいかねぇ」

──将来、本当にそうなるのだが。

「ん?」
「いや……何でも」

──ん?

 ビートは、ふとポプラが装着していた指輪が目に入った。

「ば…いやポプラさん、その石……は……」
「なんだい? ……あぁ、これかい。言っとくけど、アタシは結婚はしてないよ」

──見覚えがある。これは『願い星』。ハート型に加工はされているが……。

 願い星。
 ガラル地方で見つかる不思議なパワーを秘めている石である。願いが叶うとも言われている。ビートはかつて恩人のために、この石を集め回っていたのだ。思い返せば、ビートがジムリーダーになるに至った遠因でもある。

「あぁ、それはね……」

 語り始めたポプラの表情は、どこか憂いを帯びていた。

「アタシには一人、宿命のライバルと言える男がいたのさ。ソイツはね、先の死闘でアタシを下してチャンピオンにまで登り詰めた」
「チャンピオン……」

 ポプラは名前こそ伏せたが、ビートにはその男が誰だか分かった。

「だけど最近は、ソイツが落ち目でねぇ。相方のポケモンが死んだ辺りから、負けが込むようになってきた……けれどアタシはソイツに、何もしてやれないんだ。ライバルとして、なんだか不甲斐ないよ」

──マスタードの逸話。以前に修行先のヨロイ島の人から、断片的に聞いたことはありますが……。

「アイツと一緒に、願い星を拾ったことがあってねぇ。ピンクと言えば、ハートだろう? 加工して、いつも付けているだけさ……初心を忘れないためにね」

──本当に、それだけなのだろうか?

「全く……委員長め。マスタードを誑かし、また何を良からぬことを考えているのかねぇ。アイツだよ、リーグを金儲けの祭典に変えたのは」

──随分と、この時代の委員長は嫌われているのですね。

 ◇  ◇  ◇

《シュートシティ リーグ本部》

「マスタード君、何回話したかも忘れてしまったが……今日こそは、受けてくれるかね?」

委員長が屈託の無い笑顔を向ける相手は……。

「受ける訳にはいかない。もういいだろう。私は、疲れたのだ」

マスタード。この男こそ、この時代においてリーグチャンピオンだった人物だ。かつて18年もの間、その座を死守し続けた伝説の猛者で“あった”。

「君は強い……強過ぎた。が、競技生活を勝者で終えられる者などいやしない。君とでその例外では無かったようだね? これはね、もう全てを過去形で語らなければならぬほど弱くなった君が、再び返り咲ける千載一遇のチャンスなのだよ」
「違う。そんなモノで地位を得られたとしても、それは決して強さの証ではない!!」

 激昂するマスタードに対し、そんな彼を嘲笑する委員長。

「マスタード君。君に誰もが心惹かれて慕ったのは、君が絶対たる王者だったからだ。熱狂的な君のファンは今でも一定数居るようだが……そんな輩は最早リーグに金を落とすだけの下らない連中。哀しい事に君の言葉は、この私には届かないよ」
「貴様は、ポケモンバトルを金儲けの手段としか考えていないのか!? このリーグを腐敗させたのは、他ならぬ貴様だッ!!」
「腐敗? 改革の間違いだろう? 君の考えは本当に分からぬな。他の地方から見て弱体もいい所だったこの催しを、ガラルの一大イベントまで押し上げたのはこの私だぞ」

 ふてぶてしく、委員長は言い放つ。マスタードは痛感する。自分の言葉は、行動は、強さという装飾無しでは色褪せてしまっており、もう、なんの意味も持たないのだと。

「グッ……」

──私は、何も出来ないのか!?

 更に思う。私に力さえあったら、汚い企みに乗らなくともチャンピオンに返り咲き、この腐った組織を変えることが出来たのに、と……。

──私には、もう……。

 自身の無力感に打ちひしがれ、力なくリーグ本部を出るマスタード。そんな彼に、声をかける者がまた一人現れた。

「初めまして。マスタード……さん。僕の名は、その、ビートと言います」
「ビート……。なるほど、風の噂で聞いていたよ。君がポプラの見込んだという、若きトレーナーか」

 ビートは、どう声をかけるものか戸惑う。何か元の時代に帰れる手かがりを得られたら、と彼に会うことにはしたが、自分の知るあの飄々とした好々爺の面影は目の前の男には見られず、それどころか彼の表情は繊細で、影を落としているように見えたのだから。

「トレーナーなら、私の事を知っているだろう。ハハ、今では八百長を持ちかけられるまでに落ちぶれたのだよ。かつてのチャンピオンの私が、だ……」
「そんな……」
「リーグも変わった。昔は純粋に、強者どもが互いに技量を高め合う為に、ただ切磋琢磨していたものだ。今では考えられぬな。トレーナー達は負けを恐れる余り仲が険悪になり、いつしか勝利者だけが讃えられるようになった……」

──なんだろう。この人は、僕に……。

「私は既に、過去の人だ。もうリーグに、戦いの場に、私の居場所など無い……」
「──マスタードさん、その」

 ビートが、彼を見据えて言う。

「何だね……?」
「僕のような若輩者が、知ったような口を挟んでしまいますが……」
「……構わないよ。話してみてくれぬか」

 そしてビートは、言葉を紡いだ。

「僕にも、忘れ難い記憶があります。かつて僕も、自分の強さに自惚れていました。僕は僕以外のトレーナーなど全て出来損ないだと、バカにしていました。皆有象無象のろくでなしめ、と。けれど──」

──ガラルを愛していない……君のような選手はジムチャレンジにふさわしくない!

──ウソ……ですよね? 100ある選択肢の中で最も最悪のチョイスです!

──諦めてたまるか! もう一度ジムチャレンジに参加できるように、頼みに行きます。

──ピンク! ピンク!! ピンク!!!  おめでとう!

──ムチャクチャなのは僕自身が良くわかっているよ。でも……動かない訳にはいかないんだ!

「……悔しいですけど、そんな挫折の経験があったからこそ、今の僕があります。強くなれたんだ。それが今の僕の強み。良い事も悪い事も全部引っくるめて、多分、今の僕があるんです」

 柄にもなく、熱くなる。恐らくは、ビートは感じていたのだ。この人と、自分は似ていると。

「僕を谷底から拾い上げてくれた人には、感謝をしていますよ。まぁ、その人に悪態をつくこともありますが……」
「ハハハ! 我が好敵手に似通っているな、“その人”は……。ポプラも、良い人材を得たものだ」
「マスタードさん……」

 その後もしばらく、ビートとマスタードの語らいは続いた。

「そうえばマスタードさん……そのハート型の首飾りは何かのお守りでしょうか?」
「ハート? あぁ、これは武闘の“心”を模して、私が彫った願い星だ。若い頃、ポプラと共にトレーナーを志してな。その時に、偶然その願い星が墜ちたのだよ」
「あぁ……婆さんも飾っていたな」

 何だか似ているんだな、婆さんとこの人は。

「……有難う。君との語らいで、気持ちが幾分落ち着いたよ。久しく会っていなかったが、ポプラにも宜しくと伝えておいてくれ」

 そう言うマスタードの表情は、憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしているように見えた。

 ◇  ◇  ◇

《アラベスクタウン》

「そうかいビート。マスタードに会ってきたんだね」
「えぇ……」

 ビート、事のあらましを説明する。

「アイツが、そんな風に……。そうか、アタシ達の役割は、とうに終わってしまったのかもしれないねぇ」
「ポプラさん?」
「アタシは奴に負けたあの時から、奴はチャンピオンじゃなくなった時から……。もう残兵など、これからの時代には要らないのか──」

「──それは違う、婆さん!」

「ビート……?」

その時、テレビの番組が緊急ニュースに切り替わり……。

「速報です! シュートシティに、巨大な謎の生物が現れました!! 謎の生物はリーグ本部ビルより出現しており、この生物がポケモンかどうかは不明確です!!」
「なっ……!!?」

 次いで、テレビに映る生物。巨大な紫の肉塊と形容した方が正確かもしれない。体長は現場付近で倒壊しているビルを凌ぐ程の大きさであり、目に似た幾つもの模様が、その巨体にくっついていた。

「どういう事だい!? ビート、今すぐシュートに飛ぶよ!!」

 ジムリーダーとして事態解決の任に当たるため、ビートと共に、ポプラは現場へと向かった──

 ◇  ◇  ◇

《数刻前 シュートシティ リーグ本部》

「ではやはり、受けてはくれない、か……」
「ああ、ある若者との対話で吹っ切れたよ。私にはまだ出来ることがある筈だ。だから私に、偽りの地位など要らぬ!」

 ガラルの景色を見渡す事ができるビル最上階で、マスタードと委員長は話し合いを行っていた。

「そう、か……分かったよ」
「委員長……すまな──」

「分かったよわかったよワカッタヨワカッワカワカワカガッガッガハァッッ」

「なッ!?」

 突如として様子がおかしくなる委員長。そして白目を向き、鼻腔や口腔内より煙状の何かを吐き出しながら、彼は膝を付いた。

『キミ、ガ、ぜンぜン、分カッテイなカッタ、と、いうコとガ……』
「貴様、委員長ではないな……。誰だ……姿を見せい!」

臨戦態勢に入るマスタード。

『言われナクてモ、みセるヨ……。まァ、このビルは、壊レチャうケド……』
「何ッ!?」

そして、ビルが揺れ、次第に崩れていき……。

 ◇  ◇  ◇

「アンタ、大丈夫かい!?」

 数刻を経て、ポプラ達が倒壊現場に到着する。しかしマスタードの体は、ビルの瓦礫に埋もれてしまっていた。どうやら幾多にも渡って出血もしているようだ。

「──久しいな、ポプラ……それにビートも一緒か」
「そんな事を言ってる場合かい……酷い怪我じゃないか! アタシ達が事態を収めるから、アンタは……安静にしているんだよ!!」

 そんな最中。騒動の原因たる紫色の巨大生物が、一同に語りかけた。

『おなかマ、到着か……はじめマシて、ダネッ』
「お前……。分かったよ、そうか! ……『呪い星』だね、お前の正体は」
「呪い星……? 婆さん、知っているのか?」
「古い書物で読んだことがあるよ。持ち主の欲望を叶えてくれる、呪われた願い星があると。大方委員長がどこからか入手したのだろうが……」

 その呪い星は、再びそのおぞましい声を発する。

『委員長は言ってたヨ。常に正しい行いをし、このリーグを発展させていきたいっテ……でもボクは、きづいチャッタんだ』
「なに……?」
『そもソモ勝利を求めルがアマリ、イタズラに敗者ヲ生み続ケるこのリーグのシステム自体が、ちゃんちゃら偽可笑しかったンダッて!! だからこンなの、金儲けにツカウしかなかっタんダ!! 委員長は認めたがらなかっタがネ。だかラお前にまた、チャンピオンになってもらいたかっタのニ……』
「貴様、そんな理由で……」

 顔をしかめ、呪い星を見るマスタード。

『だけド、断われタのナラ、もう、盛大に壊してアゲるヨ!! リーグをこの街共々、ネッ!!』

 そして呪い星が、邪悪なオーラを放つ……!

「ぐわぁあっ!!」
「か、体が……締め付けられ……て……!!」
「マ、マスタード、ビート!! だいじょ……う……があぁぁッ!!」

 霧状の輪っかで、一同を締め付けにかかったのだ。

「わ、私は……まだ……や、る、こと……が……」

 意識が途切れゆくマスタード。だが、その願いまでは途切れていなかった。呪い星の願いが破滅願望たる呪いならば、マスタードの願いは、ある種の祈りであったのだ。

《この者を倒し、かつてのトレーナー達の世に戻したい。光り輝くトレーナーとポケモンの世界にしたい》

──そうだ、こんな所で終われない!

「マスター……ド……」

──我が、好敵手の為にも。

「マスタード……さ……ん」

──これからの世を担う、トレーナーの為にも。

「「頑張って……マスタードさんッ!!」」

──ガラルの全ての人々に、応える為にもッ!!!

 そしてマスタードの祈りが、首飾りの願い星に反応する。すると、願い星が光り輝いて……。

『ウ……ウオォォオオッ!!!』

 なんとマスタードの体が、キョダイなポケモン ウーラオスへと変化した!!

「こ、これは……ダイマックス!?」
「凄い……マスタードさんの想いが、皆の想いが、願い星に伝わったんだ!!」

『ア、アワワワ……』
「良くもやってくれおったな……さぁ喰らえぃ……《キョダイイチゲキ》!!」

『ご  げ  ば  ぁ  ッ  !  !』 

 皆の想いを込めた巨大なマスタードの一撃が、願い星に炸裂する。そして願い星の破片が、周囲に飛散した!

 ◇  ◇  ◇

《数刻後 シュートシティ》

「……ハハ。心が砕けおったわい」

 その後、元の姿に戻るマスタード。冗談を交えた後に、砕けた首飾りを手に取り目を細めた。

「が、清々しい気持ちだな……」
「アンタ、まだまだやれるじゃないか……今のをポケモンバトルと呼べるかは微妙だけどね」
「ポプラ……ありがとう。それにビートもな」
「いえ、僕は何も……」
「察してはいたよ。お主は本当は、この時代のトレーナーでは無いのだろう? 私と最初に会った時、お主は既に私のことを“知っていた”風だったからな」

──分かっていたのか。

「安心したよ。お主と語り合って、お主は技術面でも精神面でも、優れたトレーナーだと分かったからな。未来においても、お主のようなトレーナーがいるのだと……」
「……昔、テレビで観たアンタと婆さんとの試合は、本当に素晴らしかった」

 ビートもまた、想いを吐露する。

「僕がトレーナーを目指すきっかけになった一つです。思いましたよ。この人たちみたいに、強いトレーナーになりたい、と」
「そう思ってくれると、有り難いよ。そう今回の件もそうだな。永遠の強さなどない……が、今の闘いを、民衆は心に刻んだだろう。感化された人々の想いは、後世へと繋がる。この先もまた、様々な強さを持った者たちが、永遠の想いを糧に、素晴らしい戦いを繰り広げてくれるだろう、とな」

 そしてマスタードは語る。彼には、新たに出来た目標があったのだ。

「私はいつか、希望に溢れたそんな者たちを指導する場を作りたい。それにあたって、まずは世界を見て回ろうと思う」

──そうか、それが、あのヨロイ島……。

「そうかい。ならばアンタに、餞別をあげようかねぇ。砕けてしまった、アンタの心の代わりに」
「餞別……?」 

 そう言い、ポプラがマスタードに渡した物は……。

「お主、あれから……ずっと持っていたのか……?」

 彼女の、あの願い星の指輪であった。

「フンお互い様じゃないか。ずっと、あの時の事を忘れた事は無かったよ……」
「ポプラ……」

 マスタード、顔を赤らめる。

「でもアンタはこれから、そんな凄い事を成し遂げようとしているんだろう? だから、これは……アンタに持ってもらってた方がいい気がしてね……」
「ありがとう、ポプラ……」 

 ◇  ◇  ◇

「ポプラよ、この恩はいずれ返す! 私は必ずや、想いを成し遂げてみせる!!」

 そう言い、マスタードは放浪の旅へと赴いて行った。

「マスタードさん……」
「アイツなら、上手くやるよ。吹っ切れた、今のアイツならね……」
「えぇ、そうですね!」

ポプラの言葉に応じ、ビートは微笑んだ。
その途端、彼の視界が急激に真っ白になっていって……。

ーーーーーーーーーー
………
……


《 ? ? ? 》

「……ここは」

 次に視界が開けた時、ある紫色の部屋にビートは居た。そこは……。

「誰だい、アタシの神聖な部屋で……寝ているような不届き者は!!」
「ば……婆さん!?」

 見慣れたいつもの88歳のポプラが、般若の如き表情でビートの前に立っていた。

──そんな。今までのは、単なる夢だったのか?

「ビート。アンタ、ようやく帰って来たのかい? 心配したんだよ? 街に出かけて、10日も帰って来なくて……」
「え……?」

──あぁ、そう、か。そうだったのか!

「おや、なんだいビート。アンタ……もしかして、泣いているのかい?」

 ◇  ◇  ◇

《ガラル地方 某孤島にて》

「──アンタと会うのなんて、ホントに何十年ぶりかねぇ。へぇ、こんな辺ぴな所だったのかい」

 あれから数日後。ポプラは、とある島に足を運んでいた。彼女が声をかける相手は……。

「いやーポプラちん! 久しぶりだねぇ!! 人生、楽しんでるー?」
「所でアンタさ、どっちが素なんだい……?」

 現在隠居生活を送る、マスタードだ。

「ガラルスタートーナメント……アタシと組もうってんで、ここまで出向いてきたんだよ。この老体にはしんどかったねぇ」
「まぁそれも、建前みたいなもんだけどね」
「建前……?」
「はい、あげる!」

 マスタードは、大量のチョコレートをポプラにプレゼントする。

「こ、これは……?」
「ホワイトデー……って若い子の間では言うのかな? ほら、いつか……というか、“いずれ”のお返しだよー」
「はぁ……そういうことかい」

 半ば呆れる、ポプラ。

「こういうのは若い者たちだけの行事かと思ってたけど、この年になってアンタから貰えるなんてねぇ……」
「ハハハ! 自称16歳がなーにをいっておる!」
「アンタ……ピンクに染められたいかい?」

 互いにまだまだ、健在そうだ。

「ふぅ……」

──見ているか? 我が相棒よ。今の時代のトレーナー達は、かつてのあの時代のように、実力を高め合っているぞ!

「さてと、トーナメントの身支度をするかのぉ……闘志が滾る! まだまだ、現役!!」
「足を引っ張るんじゃないよ……『チャンピオン』!」

 晴れ渡る晴天の中、ガラルスタートーナメントが、正にその火蓋を切ろうとしていた。

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