実りのある勝負を…!
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読了時間目安:18分
ポケモンSVのストーリーネタバレを含みますので、未クリアの方は読むのをお控えください。
人もポケモンも、育てれば育てるほど、磨けば磨くほど成長する。それはこの大地に育まれるオリーブに同じ。
お父様が昔からよく口にする口癖であり、今の私を作り上げた私のポリシーでもある。
姉様が家業を継ぐ事になっていた事もあり、妹である私は好きな事を見つけ、好きな事に注力すればいいと自由を約束された。
幼い頃から沢山の勉強をし、習い事をし、様々な事を経験させてもらったけれど、その中でも私が特に興味を惹かれたのは……ポケモンバトルだった。
遠い遠い海の向こう、外国語の勉強のついでに見始めたチャンピオンリーグと呼ばれる最強のポケモントレーナーとそのポケモン達を決めるバトルの祭典の映像に、幼い日の私の心は踊った。
大歓声に沸く観客達。そしてその脚光を一身に浴びる、相見える二人のトレーナーととても強そうなポケモン。
言葉では言い表せない、熱狂と一体感。
「ネモ様。どうされました?」
「わたしきめた!!」
最強のポケモントレーナーになる。
お父様とお母様、そして姉様に相談し、私はパルデア一のポケモントレーナーになってみせると言ったのを、今でも鮮明に覚えている。
やるからには一番を。そう言っていた家族に背中を押されて、毎日ポケモンバトルの練習に明け暮れた。
習い事の先生にポケモンバトルの先生が増え、それだけでは物足りずに毎日ポケモンの育て方を沢山勉強した。
やりたいことだったからとても楽しんで勉強が出来たし、翌年の誕生日に初めてイワンコを渡してもらえた時は嬉しさのあまりに震えたほどだった。
習い事の為に借りたポケモンではない、初めての自分だけのパートナー。
毎日沢山勉強して沢山磨いて、どうすればもっとイワンコの気持ちが分かるのかを一生懸命に考えて、一緒に育った。
浜辺や近くの道にいるポケモンを相手にモンスターボールを投げたけど、中々狙い通りの場所に投げられなくて苦労したりもしたけれど、初めて自分で捕まえたパモはイワンコと出会った時と同じぐらい喜んだ。
その頃にはポケモンを育てるコツも掴んで、一緒に成長するのが楽しくなっていた。
「ねえねえ。ぼくとポケモンバトルしようよ!」
「いいよ!」
ポケモンがきちんと育ってきたこともあって、少しなら遠出も許されるようになった頃、近所の同い年ぐらいの子と初めてポケモンバトルをすることになった時のドキドキはきっとこの先もずっと忘れない。
緊張しすぎてボールが変な方向に飛んで行っちゃったりもしたけど、バトル自体は私が圧勝した。
「すごいすごい! ちゃんとポケモン育ててるんだ!」
初めてのバトル。初めての家族や知り合い以外から向けられた純粋な賛辞の言葉は私をバトルの世界にのめり込ませるには十分だっただろう。
その日以来、毎日のように近くの街まで遊びに行っては同い年ぐらいの子供から大人まで、沢山バトルを申し込んだ。
寝ても覚めてもバトル。バトル。バトル……。とても充実していた日々だったけれど、そんな日々に終わりが訪れるのはそう遠くはなかった。
「ネモは強過ぎるからもうバトルしたくない!」
「おじちゃんはそんなにバトルが得意じゃないからねぇ……。もうネモちゃんには敵わないよ」
そう言って近くに住んでいる人は老若男女問わず、強過ぎるという理由でバトルすらしてくれなくなった。
理由はなんとなく分かっていた。
パルデアにはポケモンリーグ自体は存在するけれど、あの日私が見た他の地方のようにバトルそのものが盛んなわけではない。
ポケモンとは人間と生活を共にするパートナーであり、戦いのための道具ではない。
そんな風にみんなが考えるようになったのは大昔、パルデアがまだ帝国だった時代はポケモンは兵であり、槍であり、大砲。つまりは道具のように扱われていたからだ。
ポケモンの力で野を焼き、田畑を開き、今の豊かな土壌を生み出したのだけれど、それと同時に侵略のための道具でもあった。
結果、多くのポケモンを道具として使い潰し、侵攻された国々の怨嗟の念が募り、一夜にして帝国が滅ぶほどの厄災をもたらすポケモンを生み出してしまったのだという。
その戒めとして、人とポケモンとが協力し合い、お互いが生き易い世界を築き上げよう……という背景があって、バトルの腕を競う事こそあっても、私のように最強のポケモントレーナーになりたい! と考える人はそう多くはなかった。
確かにポケモンを道具としてしか見ていない人や、そういう歴史があるのかもしれない。
でも私達には過去に学ぶ知恵がある。同じ過ちを犯さないという強い意志がある。そんな人達が沢山いてくれたからこそ、今のパルデアがあると思っているし、同時にそれは何も強くなることを放棄することではない。
……それに強くなりたいというのは何も人間の独りよがりではない。
最強になりたい。もっともっとバトルを通して成長したい! そう考えるポケモンだっている。
実際に私と私のポケモン達はそうだ。
ポケモンバトルは何もポケモンを道具のように戦わせる事が目的ではない。
互いに信頼し合えるパートナーとして日々切磋琢磨したその努力の結晶を、その実りの成果を見せたい! そんな純粋な想いだってある。
でも、私のそんな想いは誰にも伝わらなかった。
習い事でポケモンバトルを学んでいた私の方が、バトルの知識も積み重ねた努力もあるのに、誰も耳を傾けてはくれない。
分かってはいた。私はまだ年端もいかない子供。私が誰かに何かを言っても、何も成していない未熟な人間の言う事にはポケモンだって言う事を聞かないというのはよく知っている。
お父様の言葉を私が支えにして、真っ直ぐ自分の好きを磨いたのはお父様の背中を見て育ってきたからだ。
「お父様。私、アカデミーに行ってみたいです」
だったら立ち止まって悩んでいる暇なんかない。
これだと決めたのなら私はいつでも一直線に進んできた。
お父様の許可をもらってアカデミーの入学願書に記入し、来る試験日に備えてより一層勉強に身を入れた。
好きな事のための勉強はとても楽しい。どんどん自分というオリーブの木が成長しているのが分かるから。
試験に合格し、アカデミーの入学が決まって住み慣れた我が家を後にするのは少しだけ心細かったけれど、それ以上にパルデア最高峰の学園に行けるという期待の方が大きかった。
私の知っていた世界はまだまだとても狭い。きっと学園になら私をもっと実らせてくれる凄いトレーナーがいるんだ。
そう期待に胸を膨らませて長い長い階段を登って、アカデミーの門戸を叩いたが、残念ながらこの学園も私の期待に応えてくれることはなかった。
同学年の子達とバトルをしたが、皆ここにバトルを学びに来ているわけではない。
ポケモンとのコミュニケーション、ポケモンの生態、ポケモンを通じての社会、ポケモンと共に歩む歴史……。
当然といえば当然だけれど、他の地方にあるトレーナーズスクールというものとは訳が違う。
バトルも授業の一環として存在するけれど、当然バトルが苦手な人も一定数存在する。
「ねえ! バトルしようよ!」
「無茶言うなよ!! ネモに勝てるわけないだろ!?」
「大丈夫! ちゃんと手加減するから!」
「手加減されてまでやりたくねぇよぉ!!」
学園に来てから暫くもしない内に『尋常じゃない強さのトレーナーが入学してきた』と噂になり、同学年はおろか、上級学年のバトルが得意だと自負していたトレーナーですらバトルをしてくれなくなった。
課外授業が始まるとすぐにバトルの専門家であるジムリーダー達に挑んだけれど、乗り越えなければならない登竜門としてではなく、自分のバトルの腕がどれほどなのかを図る一種の指標のような役割になっていた。
誰も彼もが私と同じようにもっとバトルに飢えているはずなのに、その底力を決して見せてはくれない。
ナッペ山という過酷なジムを突破する頃には誰も全力で戦ってくれない事に違和感を覚えなくなっていた。
「ありがとうございました!」
「……仮にも最難関のジムを突破したってのに随分とサムい顔してるね」
バトルを終えてから、ナッペ山ジムのジムリーダーであるグルーシャさんは唐突にそう声を掛けてきた。
これまでのジムリーダーはみんな、自分を乗り越えた事を讃頌していた事もあって、グルーシャさんのこの終始何かを諦めたような態度は少し気になっていた。
まるで自分よりも強いトレーナーとバトルをしたいという願いが叶わずにいる自分の心境を包み隠さずに表情に出しているようだ。
「えっ! 私の顔何処か変ですか?」
「……そういう意味じゃないよ。キミの目、昔のボクを見ているみたいだ。ギラついてて常に上を目指してる……。そんな野獣のような目だよ」
「私ってそんなに目つき悪いですか? 笑顔には自信があったんだけどなぁ……」
「……まあ、その様子じゃもう山は下り始めてそうだね。それでいいと思うよ。登った先には何もない。サムいぐらいで丁度良いんだ」
グルーシャさんの言っている意味はよく分からなかったけれど、でもなんとなく自分の現状に満足するべきだと言っている。そんな風に聞こえた気がした。
結局、その後のチャンピオンランクの昇格チャレンジも難なく突破してしまい、名実共に私は呆気無くパルデア最強のトレーナーになってしまっていた。
求めていたはずの景色だったけれど、私の周りにいる人達はただただ『最年少のチャンピオンランク入り』を祝う人達ばかりで溢れ返っていた。
「ねえ! 私と一緒にバトルしようよ! 色々教えるよ!」
あの時求めていた最強の称号を手に入れたからこそ、改めて私は私の心を躍らせた、あのモニターの向こうにいた人々のような、海の向こうにいる人々のように互いに切磋琢磨し、心躍るバトルをできる人が現れてくれると信じて、そう口にした。
「いやーいいよ。俺達はネモみたいなバトルの天才じゃないから」
結局、最強の称号を得ても、誰も私の隣には現れてくれなかった。
最強のポケモントレーナー。
ことパルデアにおいてはなんと虚しい響きだろう。
誰も私と同じように最強を目指してくれない。
才能もあったのかもしれないけれど、私は間違いなく沢山勉強して沢山努力を積み重ねてきた。
私の望んだ最強のポケモントレーナーになるという夢を実らせるために、私は沢山の努力でその夢を育ててきた。
でも私の努力は誰にも理解してもらえなかった。
「ネモさん。もし宜しければ生徒会長をしてみませんか?」
「生徒会長ですか?」
「ええ。成績も優秀。若くしてチャンピオンランクになった実力もある。ネモさんなら安心して任せられます」
校長先生に呼び出され、私の実力を評価して生徒会長に推薦してくれたみたいだった。
「私でよければ喜んで引き受けます!」
生徒会長になれば何か変えられるのではないかと校長先生の推薦も受けたが、評価が変わる事はなかった。
寧ろ私は最年少でチャンピオンランクに昇格した生徒会長という具合に称号だけがどんどん豪華になってゆくばかりで、誰も私の努力を見てくれない。
昔から私は家の事を他人に話すのは好きではなかった。
事情を知ると皆ネモという少女としてではなく、名家のご令嬢として扱うからだ。
まるで私という人となりはどうでもよく、お父様の娘である事が重要であるような物言いが嫌で、自分から率先して話すような事はしなくなったというのに、今の私は正にそんな状態だった。
並び立つトレーナーは唯の一人もおらず、ならばと私が勉強したようにレクチャーしようとしても、みんな私の称号を見て、『天才だから』と揃って答える。
その時、漸くあの時グルーシャさんの言っていた言葉の意味が分かった。
辿り着いた最強という頂きは、余りにも殺風景だった。
私があの日、モニターの向こう側に求めていたのは最強のポケモントレーナーなんていう称号ではなく、歓声を一身に受けながら、ヒリつくバトルを繰り広げていたあの二人の関係性だったのだと、全てが終わってから気が付いた。
きっと私はこの先も、自分の出せる全力を出せないまま、なんとなくで別の道を見つけて生きていく。
……あの日、君が来てくれるまではそう思っていた。
「ガラル地方からの転入生ですか? この時期は珍しいですね」
「どうも学内で不手際があったようで……。そのため私自らお迎えに上がる予定です。そこでなのですが、確か……この場所はネモさんの家の向かいだったと思うのですが、もしよければご近所さん同士でもありますし、学友同士の方が馴染みやすいでしょう。一緒に迎えに行くのはいかがですか?」
「是非……!」
切欠はとても些細なことだった。このパルデア以外の土地から隣の空家に人がやってくる。
もしかすると、もしかするかもしれない……。
そんな淡い希望だった。
国外からやってきた転入生。とはいえポケモンは今まで持っていたこともない完全なる素人。
それでも外からやってきた君なら、私の熱い思いを理解してもらえるかもしれない。
「初めまして……ハルトと言います」
「私はネモ! ご近所同士よろしくね!」
「ネモさんは学級委員長にしてチャンピオンランクの凄腕トレーナーで、ハルトさんと同学年の生徒ですね」
「えー!! て事はポケモンバトルし放題じゃん!! 早く戦ろう!!」
入学時にアカデミーから渡されるポケモン達と共に控えめな少年がやってきた。
私の言葉に対してもあれほどバトルの盛んな地方から来たと思えないほど他のクラスメイトと同じような反応を見せていた。
一先ずそれはいい。問題はそこじゃないから。
まだパートナーとして選ぶポケモンを決めていなかったらしく、とてもキラキラした目でそれぞれのポケモンの姿をしっかりと見つめている。
そして、目の合ったポケモンを選んだ。
「ハルト……その子を選ぶなんて……すっごくいいよ!!」
「えっ!? そんなにですか?」
「うん! すっごくバランスもいいと思うよ!」
正直、君がその子を選ぶとは思っていなかった。
その子は君を見た瞬間からとても目を輝かせていた。
きっと君の最高のパートナーになってくれる。
「クラベル先生! 私も一匹選んでいいですか?」
「おや? ネモさんは入学時にポケモンをもう選ばれたかと思うのですが……」
「はい! あの時は育てたいポケモンが別にいたので! 今はハルトと一緒に新しい子を迎えたいんです!」
「なんと。素敵な心がけですね。是非ハルトさんと同じスタートラインから始めてみてください」
「やった!」
だからこそ私は希望を乗せて、あなたの選んだ子と不利になる子をわざと選んだ。
君が強くなっていくのなら、私は君ともう一度同じスタートラインに立ちたい。
初心者でもいい。強くなりたいと願ってくれるのなら、私はいくらでも君というオリーブを実らせるための土となる。
「よし! ポケモンも決まったことだし、早速勝負しなくっちゃ! 下のビーチにバトルコートがあるから一戦バトルしよう!」
速る気持ちを抑えきれず、すぐにバトルコートへと向かった。
ハルトと校長先生が後からゆっくりやってくると、そのままバトルコートへと向かってきてくれる。
誰にしよう? ルガルガンがいいかしら? それともヌメルゴン?
「よし! 今回の私のポケモンは……!」
「ネモさん。ハルトさんは、初めての! ポケモン勝負ですからね」
「アハハ……うっかりいつものポケモンを繰り出しちゃうところでした……」
いけないいけない……。
いくら見込みがあるといっても、相手は初心者。
あまりにも期待しすぎて校長先生が止めてくれないといつもの調子でバトルしちゃうところだった。
「それじゃ……この子のデビュー戦だ。ハルトもそれでいいよね?」
「はい!」
お互いにバトルコートの端へと移動し、バトルするのに十分な距離を取る。
「ハルト! 実りのある勝負をしよう!」
……結果は、私の想像を遥かに超えていった。
みんなは私の事を天才だと持て囃したけれど、今私は本当の天才を目の前にしているからこそ言える。私なんかとは根本から違う。
努力をして、沢山勉強して身に付けた知識の結果ではなく、本当に勘だけでハルトはこの子の弱点を突いてきた。
自分と最高のパートナーになるであろう子を自然と選び、感覚でポケモンのタイプ相性を理解している。
このずば抜けた勘は決して後から知識で補えるものではない。
確かに手加減はした。
それでもこの敗北は間違いなく、これまで重ねてきた勝利よりも価値のある敗北だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
深く深く深呼吸をする。
これまでで一度も感じた事がないほどの胸の高鳴りを抑えることができない。
ダメだ。やっと訪れた私の最高の瞬間。緊張で失敗したなんて事があってはいけない!
君は私の予想を遥かに超えて、あっという間に私に追いついてみせた。
私の時と同じか、それよりももっと早く、君はジムテストを終わらせて、チャンピオンランクの門を叩いた。
本物の天才を目の当たりにしても、私の心は打ち震えている。
きっと君は私なんか届かないほどの速さでどんどん強くなる。
だからこそ、私はまたたっっっくさん努力して、君の横に立ってみせる。
決して一人ぼっちにはしない。
私はこれから先もずっと、君のライバルであり続ける!
観客達の視線が自分達へと注がれる。
大観衆のスタジアムでもない。熱狂の渦を巻き起こすほどの人数もいない。
……でも、私にとってこの場所、この瞬間は……他の誰にも譲れないチャンピオンタイムなんだ!
「行くよハルト! 私の全力と実った君の力……。どっちが強いか勝負しよう!」
「勿論!」
「それじゃあ……」
「「実りのある勝負を!!」」
お父様が昔からよく口にする口癖であり、今の私を作り上げた私のポリシーでもある。
姉様が家業を継ぐ事になっていた事もあり、妹である私は好きな事を見つけ、好きな事に注力すればいいと自由を約束された。
幼い頃から沢山の勉強をし、習い事をし、様々な事を経験させてもらったけれど、その中でも私が特に興味を惹かれたのは……ポケモンバトルだった。
遠い遠い海の向こう、外国語の勉強のついでに見始めたチャンピオンリーグと呼ばれる最強のポケモントレーナーとそのポケモン達を決めるバトルの祭典の映像に、幼い日の私の心は踊った。
大歓声に沸く観客達。そしてその脚光を一身に浴びる、相見える二人のトレーナーととても強そうなポケモン。
言葉では言い表せない、熱狂と一体感。
「ネモ様。どうされました?」
「わたしきめた!!」
最強のポケモントレーナーになる。
お父様とお母様、そして姉様に相談し、私はパルデア一のポケモントレーナーになってみせると言ったのを、今でも鮮明に覚えている。
やるからには一番を。そう言っていた家族に背中を押されて、毎日ポケモンバトルの練習に明け暮れた。
習い事の先生にポケモンバトルの先生が増え、それだけでは物足りずに毎日ポケモンの育て方を沢山勉強した。
やりたいことだったからとても楽しんで勉強が出来たし、翌年の誕生日に初めてイワンコを渡してもらえた時は嬉しさのあまりに震えたほどだった。
習い事の為に借りたポケモンではない、初めての自分だけのパートナー。
毎日沢山勉強して沢山磨いて、どうすればもっとイワンコの気持ちが分かるのかを一生懸命に考えて、一緒に育った。
浜辺や近くの道にいるポケモンを相手にモンスターボールを投げたけど、中々狙い通りの場所に投げられなくて苦労したりもしたけれど、初めて自分で捕まえたパモはイワンコと出会った時と同じぐらい喜んだ。
その頃にはポケモンを育てるコツも掴んで、一緒に成長するのが楽しくなっていた。
「ねえねえ。ぼくとポケモンバトルしようよ!」
「いいよ!」
ポケモンがきちんと育ってきたこともあって、少しなら遠出も許されるようになった頃、近所の同い年ぐらいの子と初めてポケモンバトルをすることになった時のドキドキはきっとこの先もずっと忘れない。
緊張しすぎてボールが変な方向に飛んで行っちゃったりもしたけど、バトル自体は私が圧勝した。
「すごいすごい! ちゃんとポケモン育ててるんだ!」
初めてのバトル。初めての家族や知り合い以外から向けられた純粋な賛辞の言葉は私をバトルの世界にのめり込ませるには十分だっただろう。
その日以来、毎日のように近くの街まで遊びに行っては同い年ぐらいの子供から大人まで、沢山バトルを申し込んだ。
寝ても覚めてもバトル。バトル。バトル……。とても充実していた日々だったけれど、そんな日々に終わりが訪れるのはそう遠くはなかった。
「ネモは強過ぎるからもうバトルしたくない!」
「おじちゃんはそんなにバトルが得意じゃないからねぇ……。もうネモちゃんには敵わないよ」
そう言って近くに住んでいる人は老若男女問わず、強過ぎるという理由でバトルすらしてくれなくなった。
理由はなんとなく分かっていた。
パルデアにはポケモンリーグ自体は存在するけれど、あの日私が見た他の地方のようにバトルそのものが盛んなわけではない。
ポケモンとは人間と生活を共にするパートナーであり、戦いのための道具ではない。
そんな風にみんなが考えるようになったのは大昔、パルデアがまだ帝国だった時代はポケモンは兵であり、槍であり、大砲。つまりは道具のように扱われていたからだ。
ポケモンの力で野を焼き、田畑を開き、今の豊かな土壌を生み出したのだけれど、それと同時に侵略のための道具でもあった。
結果、多くのポケモンを道具として使い潰し、侵攻された国々の怨嗟の念が募り、一夜にして帝国が滅ぶほどの厄災をもたらすポケモンを生み出してしまったのだという。
その戒めとして、人とポケモンとが協力し合い、お互いが生き易い世界を築き上げよう……という背景があって、バトルの腕を競う事こそあっても、私のように最強のポケモントレーナーになりたい! と考える人はそう多くはなかった。
確かにポケモンを道具としてしか見ていない人や、そういう歴史があるのかもしれない。
でも私達には過去に学ぶ知恵がある。同じ過ちを犯さないという強い意志がある。そんな人達が沢山いてくれたからこそ、今のパルデアがあると思っているし、同時にそれは何も強くなることを放棄することではない。
……それに強くなりたいというのは何も人間の独りよがりではない。
最強になりたい。もっともっとバトルを通して成長したい! そう考えるポケモンだっている。
実際に私と私のポケモン達はそうだ。
ポケモンバトルは何もポケモンを道具のように戦わせる事が目的ではない。
互いに信頼し合えるパートナーとして日々切磋琢磨したその努力の結晶を、その実りの成果を見せたい! そんな純粋な想いだってある。
でも、私のそんな想いは誰にも伝わらなかった。
習い事でポケモンバトルを学んでいた私の方が、バトルの知識も積み重ねた努力もあるのに、誰も耳を傾けてはくれない。
分かってはいた。私はまだ年端もいかない子供。私が誰かに何かを言っても、何も成していない未熟な人間の言う事にはポケモンだって言う事を聞かないというのはよく知っている。
お父様の言葉を私が支えにして、真っ直ぐ自分の好きを磨いたのはお父様の背中を見て育ってきたからだ。
「お父様。私、アカデミーに行ってみたいです」
だったら立ち止まって悩んでいる暇なんかない。
これだと決めたのなら私はいつでも一直線に進んできた。
お父様の許可をもらってアカデミーの入学願書に記入し、来る試験日に備えてより一層勉強に身を入れた。
好きな事のための勉強はとても楽しい。どんどん自分というオリーブの木が成長しているのが分かるから。
試験に合格し、アカデミーの入学が決まって住み慣れた我が家を後にするのは少しだけ心細かったけれど、それ以上にパルデア最高峰の学園に行けるという期待の方が大きかった。
私の知っていた世界はまだまだとても狭い。きっと学園になら私をもっと実らせてくれる凄いトレーナーがいるんだ。
そう期待に胸を膨らませて長い長い階段を登って、アカデミーの門戸を叩いたが、残念ながらこの学園も私の期待に応えてくれることはなかった。
同学年の子達とバトルをしたが、皆ここにバトルを学びに来ているわけではない。
ポケモンとのコミュニケーション、ポケモンの生態、ポケモンを通じての社会、ポケモンと共に歩む歴史……。
当然といえば当然だけれど、他の地方にあるトレーナーズスクールというものとは訳が違う。
バトルも授業の一環として存在するけれど、当然バトルが苦手な人も一定数存在する。
「ねえ! バトルしようよ!」
「無茶言うなよ!! ネモに勝てるわけないだろ!?」
「大丈夫! ちゃんと手加減するから!」
「手加減されてまでやりたくねぇよぉ!!」
学園に来てから暫くもしない内に『尋常じゃない強さのトレーナーが入学してきた』と噂になり、同学年はおろか、上級学年のバトルが得意だと自負していたトレーナーですらバトルをしてくれなくなった。
課外授業が始まるとすぐにバトルの専門家であるジムリーダー達に挑んだけれど、乗り越えなければならない登竜門としてではなく、自分のバトルの腕がどれほどなのかを図る一種の指標のような役割になっていた。
誰も彼もが私と同じようにもっとバトルに飢えているはずなのに、その底力を決して見せてはくれない。
ナッペ山という過酷なジムを突破する頃には誰も全力で戦ってくれない事に違和感を覚えなくなっていた。
「ありがとうございました!」
「……仮にも最難関のジムを突破したってのに随分とサムい顔してるね」
バトルを終えてから、ナッペ山ジムのジムリーダーであるグルーシャさんは唐突にそう声を掛けてきた。
これまでのジムリーダーはみんな、自分を乗り越えた事を讃頌していた事もあって、グルーシャさんのこの終始何かを諦めたような態度は少し気になっていた。
まるで自分よりも強いトレーナーとバトルをしたいという願いが叶わずにいる自分の心境を包み隠さずに表情に出しているようだ。
「えっ! 私の顔何処か変ですか?」
「……そういう意味じゃないよ。キミの目、昔のボクを見ているみたいだ。ギラついてて常に上を目指してる……。そんな野獣のような目だよ」
「私ってそんなに目つき悪いですか? 笑顔には自信があったんだけどなぁ……」
「……まあ、その様子じゃもう山は下り始めてそうだね。それでいいと思うよ。登った先には何もない。サムいぐらいで丁度良いんだ」
グルーシャさんの言っている意味はよく分からなかったけれど、でもなんとなく自分の現状に満足するべきだと言っている。そんな風に聞こえた気がした。
結局、その後のチャンピオンランクの昇格チャレンジも難なく突破してしまい、名実共に私は呆気無くパルデア最強のトレーナーになってしまっていた。
求めていたはずの景色だったけれど、私の周りにいる人達はただただ『最年少のチャンピオンランク入り』を祝う人達ばかりで溢れ返っていた。
「ねえ! 私と一緒にバトルしようよ! 色々教えるよ!」
あの時求めていた最強の称号を手に入れたからこそ、改めて私は私の心を躍らせた、あのモニターの向こうにいた人々のような、海の向こうにいる人々のように互いに切磋琢磨し、心躍るバトルをできる人が現れてくれると信じて、そう口にした。
「いやーいいよ。俺達はネモみたいなバトルの天才じゃないから」
結局、最強の称号を得ても、誰も私の隣には現れてくれなかった。
最強のポケモントレーナー。
ことパルデアにおいてはなんと虚しい響きだろう。
誰も私と同じように最強を目指してくれない。
才能もあったのかもしれないけれど、私は間違いなく沢山勉強して沢山努力を積み重ねてきた。
私の望んだ最強のポケモントレーナーになるという夢を実らせるために、私は沢山の努力でその夢を育ててきた。
でも私の努力は誰にも理解してもらえなかった。
「ネモさん。もし宜しければ生徒会長をしてみませんか?」
「生徒会長ですか?」
「ええ。成績も優秀。若くしてチャンピオンランクになった実力もある。ネモさんなら安心して任せられます」
校長先生に呼び出され、私の実力を評価して生徒会長に推薦してくれたみたいだった。
「私でよければ喜んで引き受けます!」
生徒会長になれば何か変えられるのではないかと校長先生の推薦も受けたが、評価が変わる事はなかった。
寧ろ私は最年少でチャンピオンランクに昇格した生徒会長という具合に称号だけがどんどん豪華になってゆくばかりで、誰も私の努力を見てくれない。
昔から私は家の事を他人に話すのは好きではなかった。
事情を知ると皆ネモという少女としてではなく、名家のご令嬢として扱うからだ。
まるで私という人となりはどうでもよく、お父様の娘である事が重要であるような物言いが嫌で、自分から率先して話すような事はしなくなったというのに、今の私は正にそんな状態だった。
並び立つトレーナーは唯の一人もおらず、ならばと私が勉強したようにレクチャーしようとしても、みんな私の称号を見て、『天才だから』と揃って答える。
その時、漸くあの時グルーシャさんの言っていた言葉の意味が分かった。
辿り着いた最強という頂きは、余りにも殺風景だった。
私があの日、モニターの向こう側に求めていたのは最強のポケモントレーナーなんていう称号ではなく、歓声を一身に受けながら、ヒリつくバトルを繰り広げていたあの二人の関係性だったのだと、全てが終わってから気が付いた。
きっと私はこの先も、自分の出せる全力を出せないまま、なんとなくで別の道を見つけて生きていく。
……あの日、君が来てくれるまではそう思っていた。
「ガラル地方からの転入生ですか? この時期は珍しいですね」
「どうも学内で不手際があったようで……。そのため私自らお迎えに上がる予定です。そこでなのですが、確か……この場所はネモさんの家の向かいだったと思うのですが、もしよければご近所さん同士でもありますし、学友同士の方が馴染みやすいでしょう。一緒に迎えに行くのはいかがですか?」
「是非……!」
切欠はとても些細なことだった。このパルデア以外の土地から隣の空家に人がやってくる。
もしかすると、もしかするかもしれない……。
そんな淡い希望だった。
国外からやってきた転入生。とはいえポケモンは今まで持っていたこともない完全なる素人。
それでも外からやってきた君なら、私の熱い思いを理解してもらえるかもしれない。
「初めまして……ハルトと言います」
「私はネモ! ご近所同士よろしくね!」
「ネモさんは学級委員長にしてチャンピオンランクの凄腕トレーナーで、ハルトさんと同学年の生徒ですね」
「えー!! て事はポケモンバトルし放題じゃん!! 早く戦ろう!!」
入学時にアカデミーから渡されるポケモン達と共に控えめな少年がやってきた。
私の言葉に対してもあれほどバトルの盛んな地方から来たと思えないほど他のクラスメイトと同じような反応を見せていた。
一先ずそれはいい。問題はそこじゃないから。
まだパートナーとして選ぶポケモンを決めていなかったらしく、とてもキラキラした目でそれぞれのポケモンの姿をしっかりと見つめている。
そして、目の合ったポケモンを選んだ。
「ハルト……その子を選ぶなんて……すっごくいいよ!!」
「えっ!? そんなにですか?」
「うん! すっごくバランスもいいと思うよ!」
正直、君がその子を選ぶとは思っていなかった。
その子は君を見た瞬間からとても目を輝かせていた。
きっと君の最高のパートナーになってくれる。
「クラベル先生! 私も一匹選んでいいですか?」
「おや? ネモさんは入学時にポケモンをもう選ばれたかと思うのですが……」
「はい! あの時は育てたいポケモンが別にいたので! 今はハルトと一緒に新しい子を迎えたいんです!」
「なんと。素敵な心がけですね。是非ハルトさんと同じスタートラインから始めてみてください」
「やった!」
だからこそ私は希望を乗せて、あなたの選んだ子と不利になる子をわざと選んだ。
君が強くなっていくのなら、私は君ともう一度同じスタートラインに立ちたい。
初心者でもいい。強くなりたいと願ってくれるのなら、私はいくらでも君というオリーブを実らせるための土となる。
「よし! ポケモンも決まったことだし、早速勝負しなくっちゃ! 下のビーチにバトルコートがあるから一戦バトルしよう!」
速る気持ちを抑えきれず、すぐにバトルコートへと向かった。
ハルトと校長先生が後からゆっくりやってくると、そのままバトルコートへと向かってきてくれる。
誰にしよう? ルガルガンがいいかしら? それともヌメルゴン?
「よし! 今回の私のポケモンは……!」
「ネモさん。ハルトさんは、初めての! ポケモン勝負ですからね」
「アハハ……うっかりいつものポケモンを繰り出しちゃうところでした……」
いけないいけない……。
いくら見込みがあるといっても、相手は初心者。
あまりにも期待しすぎて校長先生が止めてくれないといつもの調子でバトルしちゃうところだった。
「それじゃ……この子のデビュー戦だ。ハルトもそれでいいよね?」
「はい!」
お互いにバトルコートの端へと移動し、バトルするのに十分な距離を取る。
「ハルト! 実りのある勝負をしよう!」
……結果は、私の想像を遥かに超えていった。
みんなは私の事を天才だと持て囃したけれど、今私は本当の天才を目の前にしているからこそ言える。私なんかとは根本から違う。
努力をして、沢山勉強して身に付けた知識の結果ではなく、本当に勘だけでハルトはこの子の弱点を突いてきた。
自分と最高のパートナーになるであろう子を自然と選び、感覚でポケモンのタイプ相性を理解している。
このずば抜けた勘は決して後から知識で補えるものではない。
確かに手加減はした。
それでもこの敗北は間違いなく、これまで重ねてきた勝利よりも価値のある敗北だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
深く深く深呼吸をする。
これまでで一度も感じた事がないほどの胸の高鳴りを抑えることができない。
ダメだ。やっと訪れた私の最高の瞬間。緊張で失敗したなんて事があってはいけない!
君は私の予想を遥かに超えて、あっという間に私に追いついてみせた。
私の時と同じか、それよりももっと早く、君はジムテストを終わらせて、チャンピオンランクの門を叩いた。
本物の天才を目の当たりにしても、私の心は打ち震えている。
きっと君は私なんか届かないほどの速さでどんどん強くなる。
だからこそ、私はまたたっっっくさん努力して、君の横に立ってみせる。
決して一人ぼっちにはしない。
私はこれから先もずっと、君のライバルであり続ける!
観客達の視線が自分達へと注がれる。
大観衆のスタジアムでもない。熱狂の渦を巻き起こすほどの人数もいない。
……でも、私にとってこの場所、この瞬間は……他の誰にも譲れないチャンピオンタイムなんだ!
「行くよハルト! 私の全力と実った君の力……。どっちが強いか勝負しよう!」
「勿論!」
「それじゃあ……」
「「実りのある勝負を!!」」
というわけで「ネモは本当はめっちゃいい子なんだぞ!」ってのを布教したくて書いた短編です。
ED後、バトルスクールウォーズまでクリアして、それぞれの友達の両室を訪ねて始めて「私は今までずっと本気を出せなかった」とネモ自身が告白してくれるので、多分金策にしか興味がない人は見逃してると思うので是非自分の目でたしかみてみろ!
ED後、バトルスクールウォーズまでクリアして、それぞれの友達の両室を訪ねて始めて「私は今までずっと本気を出せなかった」とネモ自身が告白してくれるので、多分金策にしか興味がない人は見逃してると思うので是非自分の目でたしかみてみろ!