好き好きラティアス

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作者:きとら
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読了時間目安:27分
「大々々々々好きです、結婚してください!!」

 俺と彼女との出会いは、一発のドラゴンクローから始まった。

 夜空に浮かぶお月様よりも遙かに美しい、神より賜りし万物の造形において最も尊ぶべき運命の女神を目にしたのも、今夜のように曇りなき澄んだ深夜のことだった。
 水の都アルトマーレで年に一度開催される水上レースに参加するため、俺は連絡船に乗って訪れた。結果はあえなく敗退、上位にすら食い込むこともなく、表彰式には出ずに早々と街の雑踏に紛れた。なにやらカントー地方で名の知れたジムリーダーの少女が優勝をかっさらって行ったらしい。
 そんなことはどうでもいい。どちらかと言えば、レースよりも観光が目的だった。

「クレープうまぁ」
「ぶいー」

 古風なベンチに腰掛けて、相方のイーブイと並んでクレープを貪る。これぞ至福。優勝賞品のアルトマーレグラスは欲しかったが、あんな激戦区を勝ち抜けるほど強くもなければ熱意もない。俺は俺で数少ない相方たちと名所を楽しめれば、それで良いのだ。
 この後もパスタを食べたりアイスを食べたり、ガラス細工の店を回ったり、大きな大聖堂も観に行った。なにやら見覚えのある少女と、旅のお供らしい少年がふたり、ガイドのおじさんに案内されていて、いいなあ、と俺は遠目に見つつ、解説にも耳を傾けた。
 とたんに、少年が大きな鉄の遺物に触れるものだから、ガイドのおじさんが大声で怒鳴りつけた。
 まったく信じがたい。マナーの悪い観光客もいたものだ。と、冷ややかに見ている中、少年は慌ててどこかに飛び出していった。

 とまあ、こんな具合にアルトマーレを満喫した俺は、日が暮れる頃にはくたくたに疲れ切り、ポケモンセンターに着いて宿泊部屋に入ったとたん、ベッドに沈むや否や、スヤスヤと眠り込んでしまった。
 前置きが長くなってしまったが、驚くべき体験はこの後に待っていた。

「……なんだこりゃ」

 不思議な夢を見た。
 俺は空っぽの大聖堂の中にいた。寝たときの恰好(服は着ているが素足)のまま、何気なく歩き回って、外に出ようとしても見えない壁に阻まれて出られないのだ。
 困ったなぁ。トイレがない。催してきた尿意は止められない。もじもじしながら見回しても、がらんとした大理石が広がるばかり。
 このままでは文化財の上でおしっこを漏らすことになる。それは大変まずい、非常にまずい!

「イーブイ! イーブイ、どこにいるんだ!」

 俺は叫んだ。困ったときはポケモンに頼れと、偉い人も言っていた気がする。
 このままでは大変なことになる!

「イーブイ! 俺はここだー!! イーブイーーーー!!!!!」

 魂からの叫びだった。
 そしてイーブイもまた、俺のことを呼んでいた。

「ぶいー! ぶいー!!」
「イーブイ、こっちだ!! うおおおー!!!」

 声は見えない壁の向こうから聞こえていた。もしもこの向こうにイーブイがいるのなら、そこにはきっとトイレがあるに違いない。
 なぜなら、イーブイは清潔好きなのだ。俺がいつも野宿のとき、食器を片付けないものだから、ばっちいものを見る目で食器に『二度蹴り』を放ち、土に埋めてしまうほどだ。
 俺がトイレに困っていたら、穴を掘ってトイレを作ってくれるはず。俺はイーブイを信じていた。
 俺とイーブイを結ぶ信頼の力が、ついに見えない壁を打ち破った!

「はっ!」

 気づけば、俺は布団から飛び起きていた。顔中がヒリヒリする。イーブイはどこに。慌てて布団から出ると、床でひっくり返っている彼がいた。どうやら起きたときに跳ね飛ばしてしまったらしい。

「……ぶい」
「それよりもトイレだ!」
「ぶいいー!!」

 相方の怒声を背に、俺は無事に用を足すことができたのだった。
 ……どうかページを閉じないで欲しい。本当のキッカケはこの後に待っていたのだ。
 すっきりした俺は、ふと、窓がおかしいことに気づいた。

「んん?」

 よくよく近寄ってみると、鉄格子に覆われているではないか。慌てて鉄格子の間から外を見れば、どうやらここだけではないらしい、見える限り街のあちこちから、まるで要塞のように物々しい鉄格子が生えているではないか!
 こ、これは……。

「これはきっと……夜間のセキュリティ・システムなのか!? さすがは観光名所、夜の治安もしっかりしてるなぁ!」
「ぶいぶい……」

 ダメだこりゃ、と呆れるイーブイ。彼と俺の眼前を、巨大な翼竜が雄叫びをあげて通り過ぎた。

「……へー、古代ポケモンのプテラを警備に使ってるなんて金かかってるなぁ」
「ぶい」
「って、んな訳あるか!! 逃げるぞイーブイ、なんかここヤバそうだ!」
「ぶいっ!」

 荷物をまとめて(土産物も忘れずに)外へ出ようにも、ポケモンセンターも檻に様変わりしていた。
 なんのその、俺とイーブイの逃げ足を甘く見るなよ!
 格子を無様によじ登ってなんとか乗り越え、水路に沿って港を目指す。ゴンドラを盗んで大海に逃げるつもりだった。冷静に考えれば無謀も甚だしい発想だが、緊急時なので仕方ない。
 ところが、やっとこさ港に着いたところで、さらなる異変が待ち受けていた。
 なんと潮がみるみる引いていくのである。見渡す限りの海が消えて、ゴツゴツした海底がどこまでも広がっていた。
 あ、無理だ。逃げられねえわ。
 途方に暮れた俺とイーブイ。その瞬間、いよいよ、ついに、俺は女神を目撃する。

「くぅー!!」
「くぉー!!」

 ふたつ重なる甲高い鳴き声。
 見上げると、赤い竜と青い竜が、揃って地平線の彼方へ飛んでいくではないか。
 地鳴りと共に地平線から大津波が迫ってくる。慌てふためくイーブイをよそに、俺は呆然と彼らが飛んだ方を見つめていた。そして、光の球体が現れたかと思えば、大津波を引き裂き、荒れ狂う海を平らげた。

 アルトマーレに夜明けが訪れた。人知れず起きた大事件を経て、人知れず誰かに救われた。
 イーブイが腰を抜かして座り込む横で、俺は赤い竜のことを何度も思い返していた。
 たった一瞬だが、俺は見た。凜とした琥珀の瞳を。雪のように白くて、すらりとした長い首筋。華奢な身ひとつが信じられないスピードで飛び去っていく、あの勇姿。
 俺の胸は、ドキドキと高鳴っていた。

 予定ではこの日の午前中にもアルトマーレを発つはずだったが、船の予約を蹴って宿泊延長を決めた。
 滞在期間を無制限にぶち上げ、腰を据えてしらみつぶしに探し始めた。
 俺にはあの夜見た竜に心当たりがあった。街の護神と謳われる伝説のポケモン、ラティアスとラティオスに違いない。大聖堂の前に並んだ2匹を象る石柱を見上げて、俺は確信する。そして頬を紅潮させ、特にラティアスの像を見つめて想うのだ。

「惚れた、好きだ……!」

 さて、とても長い前置きもいよいよ終盤である。
 探し始めて一週間が経ち、ずるずると一ヶ月が経った。宿泊費もバカにならないので、適当にポケモンバトルを吹っかけて稼いだ賞金で費用を賄う。
 さすがに街の人々も「彼らを見たことはないが、きっとどこかにいると思う」と言うだけあって、決定的な目撃情報はない。
 強いて言えば、先の一夜が明けて大聖堂にて逮捕されたという怪盗姉妹、ザンナーとリオンが「私たちは見たのよ!」と大声で喚いたことぐらいだ。
 なら、逆に彼女たちの足取りを辿れば、ラティアスの居場所に届くのではないか。
 宿泊部屋の壁に、アルトマーレの地図を広げ、彼女たちの目撃ポイントに×印を刻む。
 次に『幸運の風』だ。街では時折、不可思議な出来事が起こるという。突然風が吹いたと思えば、ポケモンが水の上を走ったり、悪い奴が吹き飛ばされたりするらしい。
 これがラティアスたちの仕業なら、大きな手掛かりになる。風が現れたポイントと方角を矢印で地図に刻んだ。
 こうした細かい情報を次々と書き込んでいくと、二ヶ月が経つ頃には、地図がすっかり印で埋め尽くされた。ぼんやりと、微かにだが、住処となるポイントが浮かび上がってきた。
 俺は答えに辿りついたようだ。

「……ここだ、間違いない」
「ぶいー?」

 首を傾げるイーブイを引っ提げて、俺はポケモンセンターから飛び出した。

 礼服、OK!
 花束、OK!
 特注のゴージャスボール、OK!
 惚れた女を迎えに行く支度は万端整った。
 今行くぜ、ラティアス!!

 草花のアーチをくぐり、水飲み場で戯れるポッポの横を通り、閑静な路地裏の突き当たりで、俺は止まった。行き止まりのように見えるが、俺の推測が正しければ、この先に続く道があるはずだ。
 目に見えるものを信じるな、信ずるべきは胸の高鳴り、愛だけだ。
 俺は壁を、通り抜けた。




 緑豊かな庭園に、ラティアスがいた。
 当然のように息づいて、やや驚いたように瞳を縮めて俺を見ている。そう、俺を見ているのだ。俺という存在を認識し、その脳に、記憶に、俺という存在が刻まれたのだ。
 ああ、なんという……なんという端麗な容姿か!
 それはまるで野に咲く一輪の可憐な花。誰も見つけられないその花を、俺だけが見つけて愛でることを許された。唯一にして無二の気高き、そして愛しき存在。
 俺は無意識のうちに片膝を地に着け、抱えた花束を差し出し、ラティアスを見上げて。

「大々々々々好きです、結婚してください!!」
「くぅぅああー!!!」

 ドラゴンクローで、花束ごと俺は切り裂かれた。




 気づいたら、俺は街のゴミ捨て場に転がっていた。
 ちょうど救急隊員がラッキーを連れて俺のもとに駆け寄ってきた。胸がヒリヒリすると思ったら、ざっくりと大きな切り傷が刻まれ、どくどくと血が流れているではないか。

「きみ、大丈夫かい? 意識はある?」
「えぇまあ……」
「これから病院に搬送しますからね。もう安心してください、助かりますよ」

 あれよあれよと運ばれて手当を受けて、入院することになった。
 その夜、病院のベッドで目を覚ます。俺の腹の上に乗って「ぶぃぃ」と心配そうに鳴くイーブイを撫でて、俺はベッドから降りた。
 死んでない。生きている。ということは脈あり!
 いてもたってもいられなくて、俺は病室を抜け出した。目指すはあの隠された庭園。イーブイを抱いだまま、入院着で駆ける俺は、さぞ滑稽に見えたことだろう。
 笑うがいい、愚民ども! だが俺には、あの日からずっと、ラティアスのことしか見ていない! 彼女に会うために、そして共に旅をして結婚するために、俺は生まれてきたのだ!!

「ラティアスー!! 出てこぉーい!!!」

 庭園中に轟くほどの大声で、俺は叫んだ。
 するとぞろぞろ出てくるではないか。ラティアスだけでなくラティオスが、それも何匹も。
 だが、俺の目に留まったのはただ一匹。
 この身をドラゴンクローで切り裂いたあのラティアスだ! あの美しい顔を見紛うものか!
 殺意すら込めて唸る彼女にすがりつく勢いで、俺はとにかく愛を語った!

「昼間はごめんよ、突然のことで驚いたよね! でも大丈夫、俺はとても紳士的で優しい男だよ。ほら、相方のイーブイもそう言ってる。それに君とは初めて面と向かった瞬間に運命を感じたんだ。君は必ず俺と一緒になる。人間とポケモンという種族の違いなんて、俺たちの愛の前では些細なものだよ。とにかく君は俺と一緒になるべきなんだ! どうか信じて、一緒に世界を巡ろう! きっと君と一緒に見る世界は、今までとは比べものにならないほど輝いて見えるはずさ! 君だって同じ想いを抱いていたはずだよ。そんな怖い顔をしないで、君には笑顔が似合うんだから。まだ見たことないけど、俺は知っているよ。どうかこの手を取って共に歩もう。死がふたりを分かつまで、さあ!」

 空気が一気に冷たくなった。
 周りのラティオス、ラティアスたちが襲ってくる気配はない。それどころか、青ざめた顔で一斉に一歩離れていた。
 当のラティアスもまた、なぜだか冷ややかな目をしていた。まるでゴミでも見るような目だが、全然気にならなかった。
 愛しているんだから、当然だろう!

 秒で庭園から叩き出された。
 だが昼間ほど酷い仕打ちではなく、ただ路地裏にイーブイもろとも放り出されただけだった。

「ぶぃぶぃ……」
「いいや、諦めないね。だってほら、死んでないんだぜ? 押せ押せでいけば必ず落ちる、ただ不用意だったのは確かだな。まずは向こうに惚れてもらわないと!」

 既に10月を迎えていた。
 この日から俺は毎日毎日、足しげく庭園に通い詰めては、ラティアスに求婚を申し出続けた。
 庭園の守人と名乗るガイドのおじさんと絵描きの少女、ボンゴレさんとカノンちゃんとも顔を合わせるようになった。ボンゴレさんはひたすら苦笑いをして、カノンちゃんに至ってはラティオスたちと足並み揃えて俺を叩き出す始末だ。
 それでも根気強く通い続けて、分かったことがある。俺が初めて見たラティアスと、俺を爪で切り裂いたラティアスは別なのだ。まあ、そんな気はしていたのだが、前者の子は可哀想に、あの事件でお兄さんを亡くしたのだそうだ。
 以来、街の護りを強化するために他のラティオスとラティアスたちが来たのだが、俺と運命的に出会ったのはその中の一匹だった。
 あの凜とした顔つき、芯が通った気の強そうな性格、そして小柄で華奢な身体。あの子となら、ポケモンリーグを目指しても良いかもしれない。あの子となら、どんな過酷な冒険も喜んで乗り越えよう!
 日に日に想いは募るばかり。しかし時はあっという間に過ぎて、いよいよ12月も下旬に差しかかっていた。

 コートを羽織り、マフラーを巻いて、ポケモンセンターの外に出る。今日は12月24日、世間も賑わうクリスマス・イブだ。

「できれば今日までに一緒に旅立ちたかったなぁ」
「ぶーぃ」
「諦めるもんか、彼女は人見知りなんだ。時間をかければ必ず来てくれる!」
「ぶぃぶぃ……」

 毎日決まった時間に通い詰めていたので、ラティアスも同じ時間に待ち構えるようになった。その頃にはボンゴレさんやカノンちゃんはじめ、他のポケモンたちにも人畜無害な人間として放置されるようになっていた。
 おかげで俺はラティアスとのデート(ほとんどの場合、叩き出されるので一瞬で終わる)を楽しむことができる。今日は少しでも長く一緒に過ごせるといいな。
 淡い期待を胸に、今日も庭園に続く壁を通り抜けた。

「……へっくちゅ」
「あ」

 ずずず、とラティアスが鼻水を垂らす現場に遭遇した。
 なんてことだ! 神よ、俺は愛しきラティアスを寒空の下で待たせるという罪を犯してしまいました!
 俺は神速のごとくマフラーとコートを脱ぐと、我が天使に捧げるため優しく巻きつけ羽織らせた。
 あまりの早業に驚いてか、ラティアスはぱちくりと瞬きして固まった。

「うぉぉ寒い! こんな寒いのに、ポケモンって外で服も着ずによく動けるねぇ。へへへ、寒いのに待たせてごめん! しばらくは寒波も強いのが来るらしいから、会いにくるのは少しの間お休みでもしようか。ちょっと寂しいけど……」

 今度は俺が風邪を引いてしまいそうだ。今日のところはこれにて退散、と引き返そうとした、そのとき。
 奇跡が起きた。

「……おん?」

 爪に引っ張られる服の袖、思わず後ろに倒れそうになってよろめいた。
 ラティアスが、口元をコートの袖で隠しながら小恥ずかしそうに目を逸らしながらも、との手で俺の袖を掴んでいた。
 ひゅっ。あまりのかわいさに心臓が止まるかと思った。

「……くぅう?」

 ひゅっ。天使の歌声にも似た鳴き声に心臓が止まるかと思った。

「え、ええぇぇえっ、い、いいいい、いいの!? 愛しいハニーの巣に俺なんぞが入っても!?」
「くぅ、く、くぅぅうくぅあ!?」
「なんで言ってることが分かるのって、分かるよ! 愛しているんだもの!!」
「……くぅ」
「嘘じゃないってば。でも嬉しいなぁ! 行く行く、もちろん行くよ! でへへへ……」

 ラティアスは早くも後悔しながら、だけど俺のペースに合わせて、ゆっくりと案内してくれた。
 大きな木の根元に空いた洞穴に、落ち葉が敷き詰められていた。普段は木の枝をベッドにするのだが、冬の間は寒いので、ここを寝床にするらしい。入り口はやや狭いが、中は意外と広く、他にも何匹かラティアスやラティオスが眠たそうに顔を上げていた。

「くぅあぁ?」

 ラティオスが惚けた声で尋ねると。

「くぅー、くぅくぁ」
「くぁああ……」
「くぅ! くぅー!」

 ラティアスが何やら必死に言い返していた。彼らのやり取りが全部分かる俺は、今にも顔がニヤけそうになるのを懸命に堪えていた。会話の中身については、彼女の名誉のために伏せておく。
 とにかくお仲間の許しも得て、俺は落ち葉のベッドに頭を置いたラティアスに添うように、膝を丸めて座った。
 ど、ドキドキする。ドキドキしすぎて心臓が爆発しそうだ。距離がっ、距離が近すぎる! しかも何か良い匂いがするし、ど、どうしよう、何か言わなきゃ。

「……きょ、今日は寒いね~!」

 顔だけ彼女に向けながら、俺の目は完全に泳いでいた。それはもう水を得たコイキングのように。
 あの愛くるしいご尊顔を間近で見てしまうと、きっと俺は狂ってしまうことだろう。

「くぅあ、くるるる」
「あっ……」

 その優しい鳴き声を聴いた瞬間、思わず目眩がした。
 危うく俺の魂が天使に誘われ旅立つところだった。

「え、あーそうだね、今日だけじゃなくてずっと寒いよね、冬だから……でへ、でへへへ……」

 あああああヤバいヤバいヤバいヤバい何か面白い話をしないとラティアスが喜ぶ話題ってなんだえーっとえーっとあれ俺ラティアスのこと大好きなのに彼女のことが何一つ分からないぞどーすんだこれクソか俺は外見のことにしか重きを置かないルッキズムの成れの果てか違うだろ俺ならできるラティアスの好きな話題を見つけるんだえーとえーっと。

「……す、好きなもの……好きなもの、教えてよ」
「くぅ?」
「ほら、食べ物とか。クレープ! 街で売ってるクレープなんか食べたりしないの?」
「くぅう」ラティアスは首を横に振った。
「食べない? え、なんで? 甘いもの嫌いなの?」
「くーぁ、くぅくあ」
「盗んじゃダメって、真面目だねぇ。でもお金出して買う訳でもないでしょ?」
「くぅ」
「……食べたい?」

 尋ねると、ラティアスは答えに迷って、結局そっぽを向いてしまった。
 食べたいんだ。可愛いな。次来るときは絶対に買ってこよう。

「他には、そうだな……普段どうやって過ごしてるの? この庭園って広いけど、でもずっと籠もってたら退屈じゃない?」
「くぁー……くーぅあ」
「バトル好きなの!? でも納得だなぁ、効いたよ最初のドラゴンクロー」
「……くぅん」
「責めてない! 責めてないよ、ぜーんぜん! むしろアレで惚れた! なんてかっこよくて強いポケモンなんだろうって!」
「しゃあー!!」
「うそゴメン違う違わないけど! ……あれ、今なんで怒ったの!?」
「しゃあ!!」
「ひいっすみませんでした!!」

 惚れたって言ったから? それともかっこいい? 強い?
 え、あれ、もしかして。

「可愛いです! ラティアスは可愛い!」
「くぁっ!?」
「世界一可愛い! 超絶可愛い! ポケモンコンテスト可愛い部門で圧倒的優勝間違いなし!」
「ぐぅぅうー!!」
「言い過ぎましたごめんなさい」

 なるほど、可愛いと言われたいのか。可愛いな。これから一日一万回は可愛いって言おう。

 しかし時が過ぎるのも早いもので、余計に冷えてきたと思ったら、外はすっかり日が暮れていた。
 名残惜しいが、そろそろ帰った方が良さそうだ。他のポケモンたちも居心地を悪くするだろう。
 それにしても今日はなんて素晴らしい一日だろうか! ラティアスとこんなに近く過ごせるなんて。彼女のこともたくさん分かったし、これからもっと知っていくのが楽しみだ!
 洞穴から出ると、見送りにラティアスも顔を覗かせた。

「あ、そこまででいいよ。外は寒いからね」
「くぅ」
「コート? あげるあげる。落ち葉があっても寒いでしょ、皆で布団の代わりにでも使ってよ」

 ずるりと鼻水が垂れてきた。部屋に戻ったら一番にお風呂だな。

「それじゃ、また明日!」
「ぶぃー」

 他のラティオスたちと戯れていたイーブイも連れて、ひとまず庭園を後にすることにした。
 はずだったのだが。

「……ひゅあああーん!!」

 甲高い天使の鳴き声が響き渡る。
 何事か、振り返れば天使どころか、鋭い『ドラゴンクロー』が眼前まで迫っていた。

「うぉぉおっ!?」

 とっさに転んで避けたが、いきなり襲い掛かってきたラティアスは手を緩める気配もなく、それどころか姿を透過させて景色に溶け込んでしまった。
 いなくなった? 違う、彼女はまだここにいる。気流を受けて、庭園の風車が鈴のように鳴りだした。
 どこだ、どこにいる!?
 素人に風の軌道など読めるはずもない。俺は真横から突進を喰らって、無様に庭園を転げ回った。

「ぶぃ!」
「わ、分かってる!」

 擦り傷まみれの身体を起こして、俺は再び耳を澄ました。
 なぜ、どうして、さっきまで仲良く話していたのに。それとも、ラティアスは本気で俺のことが嫌いになったのか? いや、いいや違う、ラティアスは……ラティアスだって……。

「あぐっ!」

 今度は正面からの突進だ、思いきり尻もちを突かされてしまった。
 泣くほど痛い! だがそれよりも、今は彼女に拒絶されていることの方がずっと辛い!!

 今までもずっとそうだった。
 相手と仲良くなりたいと思っているのに、その距離を縮めようと頑張れば頑張るほど空回りして。気づけば相手が傷ついて、怒って、俺の元から離れていく。
 どうすれば友達と仲良くなれるのか、その方法が分からなかった。

 また何か間違えたのかな。
 どうすれば良かったのかな。
 誰か、誰でもいいから、方法を教えてよ。友達になる方法を、恋をする方法を、そしてラティアスと結婚する方法を!

「しゃあぁぁあー!!」

 強烈な『ドラゴンクロー』の一撃が、俺を引き裂いた。
 ……否、表面の服だけを。

「ぶぃいー!」

 心配して叫ぶ相方をよそに、俺はその事実に困惑していた。
 今の俺は隙だらけだ。切り裂くなんて簡単なのに、どうして致命傷を与えない?
 それを敢えて避けたのなら、何故?
 ラティアスは何を思っている? 何を望んでいる?

「……あ、そうか」

 迫るラティアスの影をこれ以上近づけまいと、イーブイが果敢に『体当たり』で押し返す。
 その間、俺はある事実に気がついた。
 相手と距離を縮めるための方法。それは気づいてしまえば当たり前のことなのに、なぜだか分かっているつもりでいて、実践できていなかったことがある。
 ラティアスが今なにを望んでいるのか、それを本気で考え抜くことなのだ。
 そのためには思考の中心の座を、ラティアスに献上しなければならない。自分が幸せになるためじゃない。ラティアスが幸せになるために、何をしなければならないか、俺はそれを追求しなければならなかったのだ!

「イーブイ!」

 思い当たる節がひとつだけある。
 だが、そのためには彼女に勝たなければならない!

「当てずっぽうでいい、砂かけだ!」

 示すのだ。ポケモントレーナーらしく。
 己の力をもって、信ずるに値し、共に歩むに足るパートナーであることを!

「くぅあ!?」
「ビンゴ!」

 四方八方に放たれた砂は、景色に溶けたラティアスの輪郭を顕わにした。

「体当たり!」

 迷彩が通じないと悟るや否や、ラティアスは姿を隠すのをやめ、突撃してきたイーブイに頭突いて押し返した。
 バトルの経験も真面目に詰んでこなかった自分を今さら恥じたが、それすら見抜かれているようだった。ラティアスはあえて俺とイーブイのレベルに合わせている。
 それなら、なおさら負けられねぇ!

「鳴き声だ!」
「ぶぃいいー!!」

 大気が震える。威嚇の波に押されて、ラティアスが一瞬だが気圧された。
 その隙は逃さない!

「電光石火!」

 ラティアスの腹に刺さる一筋の閃光。目にも留まらぬイーブイの『電光石火』が見事にクリーンヒットした。
 宙で弾かれ、よろめくラティアスを前にして、俺の手は頭で命ずるよりも先に、彼女のために取っておいたゴージャスボールを手に握っていた。

 ボールを弾かれてもいいと思った。
 そりゃあ、大好きな相手に拒絶されるのはとても悲しいし、傷つくし、きっと何週間も胸が苦しい思いをすることになるだろう。だけど俺を好きになるのか、嫌いになるのかは、彼女が決めるべきことだ。
 俺にできるのは、彼女に幸せな気持ちになってもらうこと。そのために楽しませもするし、真剣に向き合うし、望みがあるなら一緒に叶えたいと思う。
 ただ無意味に足しげく通い詰めて、軽い態度で接するだけじゃダメなんだ。
 もっと深く、相手を知ること。俺はラティアスのことが、彼女のことがたくさん知りたいと、生まれて初めて心の底から本気で願った。

 ラティアスを吸い込んだ黒いボールが、芝生にぽとりと落ちた。




 イッシュ地方、とあるポケモンセンターの宿泊部屋。
 しんしんと雪の降る街の夜景をベランダから眺めていると、いつの間にか0時を過ぎて、12月25日になっていた。
 どこからともなく鈴の音が聞こえてくれば風情もあるが、流れてくるのは眠らぬ街の喧騒ばかり。聖夜に浮かれる人々を背に、俺は板チョコを囓った。
 と、思ったら額がゴツンと当たり、かわりにラティアスが板チョコを貪った。たったひと口で7割は持っていかれただろうか。

「お前の分も買ったじゃないか」
「くーぁ」
「食い過ぎだぞ、チョコばっか食って鼻血が出ても知らないからな」
「くぅあ?」
「マジだ」
「……くぅ!」

 残りの3割もぶん取られた。
 理不尽だ。しかし怒る気には毛頭なれず、勝ち誇った顔で幸せそうにチョコを囓るラティアスを眺める方がずっといい。ああ、可愛いなぁ。
 視線と感情を察してか、ラティアスはそっぽを向いてチョコをバリボリと急いで噛み砕いた。

「もっと浸らせてくれよぅ」
「くぁ」
「……いけず」
「ぶぃ!」

 なんて言っていたら、バスケットの中で毛布に包まり眠っていたイーブイが短気に鳴いた。

「……そうだな、明日もあるし俺もヘトヘトだよ」
「くぅー……」
「そんな声出さないで、また明日もいろいろ見て回るんだから楽しいよ」
「くぁ?」
「もちろんだとも! ヒウンアイスは冬でも外せないよな」
「くぅ、くぅあう」
「よしよし良い子だ」

 俺はラティアスをギュッと抱いて、お休みの挨拶をした。
 さすがに一年も経てば彼女も慣れてくれたらしく、頭を俺に預けてくるようになった。はぁ、可愛い。幸せだ。
 明日も俺の財布は緩みそうだ。さて、足りない分をどうするか、布団の中で考えないといけないな……。

「それじゃふたりとも、また明日」
「くぅあ」
「ぶーぃ」

 クリスマスの聖夜を迎えても、相変わらず平凡で特別な一日が過ぎていった。
 そしてまた、明日も平凡で特別な一日になるだろう。愛するラティアスと、相棒イーブイがいる限り。

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