粉まみれの手、草花の休日
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:22分
※ポケモンSV発売前に公式から事前告知されていなかった新ポケモンがメインとなっております。 新ポケモンのネタバレを避けたい方はご注意ください。
拙作「ポケモン輝きの探険隊 ~太陽の奇跡~」の世界観を借りた、本編には直接絡まないとある探険隊のお話です。
拙作「ポケモン輝きの探険隊 ~太陽の奇跡~」の世界観を借りた、本編には直接絡まないとある探険隊のお話です。
*
冬、それは六華が舞い踊る幻想的な季節。 けれど、同時に極寒が身を襲う季節でもある。 容赦の無い冷たさを感じる度に、皆が寒さの中を生き抜く自分の「今」を強く意識することだろう。 手足の強張り、マフラーの下にこもる体温、白い吐息の暖かさ。 そして、寒風は言葉無く「自分自身」に向き合うよう迫ってくるのだ。
──時に冷静に、時に過剰に。
*
......クリスマス前日。 街全体が沢山のランタンで彩られ、その熱に多くのポケモンが浮かされている中。 その熱から少し外れたところで、1組の家族が2匹のポケモンに向かって深々と頭を下げていた。
「本当に、ありがとうございました......! あなた達がいなければ、息子はもう一度ダンジョンに飛び込んでしまっていたかも......」
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ほんとにありがとう......!」
子供の方は小さなぬいぐるみを抱きしめ、泣き笑いという様相を呈している。 それを聞いた片方のポケモン──オリーヴァは、腕にぶら下がったオリーブを揺らしながら柔らかに微笑んだ。
「何はともあれ、落としたぬいぐるみが見つかってよかった〜。 でも気をつけてねぇ、ダンジョンみたいな危ないところには近づかない、これ、ボクとの約束!」
「......リブの言う通りだ。 お母さんは君の事をとても気にかけていたよ。 物を大事にする気持ちは大切だが、無理はしない程度にな」
そしてもう片方、黒い仮面を被った猫ポケモン──マスカーニャが、その薄緑色の手でその子供を撫でてやる。 表情はオリーヴァとは違い堅めだったが、撫で方には優しさがこもっていた。 子供は少ししょんぼりとはしながら、噛み締めるように「うん」とだけ言う。
「では、気をつけて帰ってください。 冬の夜道は危険ですから」
「心遣い、痛み入ります。 ──さ、帰りましょ」
「うん......」
親子は手を繋いでポケ混みの中に紛れていく。 『リブ』と呼ばれた先程のおっとりしたオリーヴァは、歩いていく2匹に向けてふぁさふぁさとその長い腕を振っていた。 完全に親子が見えなくなったところで、2匹は互いに向き合う。
「さて、フクシアお疲れ様〜」
「お疲れ、リブ。 今日もお互い頑張ったな」
マスカーニャの方の名前は『フクシア』というらしい。 依頼を終えて気持ちが落ち着いたのか、彼女は薄く微笑んでリブの言葉に頷いた。
食糧の買い出しをしながらの帰路。 いくつかの買い物袋を腕にぶら下げていきながら、リブは少し誇らしげにぴょんぴょんと跳ねる。
「いや〜、やっぱりフクシアはすごいねぇ〜。 ダンジョンの地形すーぐ予測できるし、アイテムありそうな部屋もすぐにわかるし、それでいて唐突なモンスターハウスも一網打尽! よっ、それでこそ草花の奇術師~!」
「......その呼び方、やめてくれないか? なんだか恥ずかしい」
「フクシアったら照れ屋だなぁ~。 街のみんなそう呼んでるんだよ〜?」
「べ、別に照れ屋なんかじゃ......」
リブは「またまた~」とフクシアのことをまったりといじる。 なぜなら正直、フクシアの反応は分かりやすいにも程があるのだ──手を後ろに組んで、顔を赤らめているなんて。
そうあからさまに言ったら絶対怒りの辻斬りが飛んでくるだろうから、本ポケには口が裂けても言えないのだけれど。
「それに、指しているのは君もだろう、リブ。 父が昔言っていた。『エンターテイナーが輝けるのは、よい舞台があってこそだ』と。 難しい依頼をこなせるのは、リブが場を整えてくれるからこそだよ」
その言葉に一切の翳りは無い。 事実、リブのグラスフィールドは中々に強力なのだ。 例え多くの敵に囲まれ技を出す隙が無いとしても、一撃攻撃を耐えるだけでぽとりと種をこぼしてくれる。 そしたらあとはこちらの独壇場だ。 例え相手の体力が回復しようが問題ない。 威力の上がったトリックフラワーで一網打尽にすればいいだけなのだから。
「そっか~。 良いこと言うねぇ、フクシアのお父さん」
「......そうだな。 本当に、凄いポケモンだよ」
夜空を見上げながら、今も遠くで頑張っているのだろう父を想う。
名のあるマジシャンとして各地を巡業している彼女の父親は、実力も気品も兼ね備えた「完璧」という言葉がよく似合うポケモン。 歩む道は違えたとはいえ、昔も今も彼女の憧憬の的なのだ。 探険隊を始めて暫く経ったが、未だ技量も、1匹のポケモンとしても及ばない。
「もっと、私も頑張らないとな......」
やらねばならないことは、途方もない程多すぎる。 でも、父もその中で戦ってきたのを彼女は知っていた。 近くでその背中を見守ったこともあったから。
無意識の内に目を擦りながら、フクシアは言葉を唱えて気持ちの糸をぴんと張る。 「頑張る」。 その言葉は、まるで呪文のようだった。
......のだけれど。
「──ねぇ、そういえばだけどさ〜」
その糸にぐでりと何かが乗っかり、張り詰めた気持ちを緩めようとしてくる。 当然、そんな事をしてくるのはこの呑気な相棒しかいない。
「明日はのんびりできそうだよね~。 結構ここのところ働きづめだったし、2匹でゆっくり美味しい物でも食べよ!」
「は? 明日は平日だろう?」
「え? クリスマスでしょ? 休みじゃないの?」
「それ以前に平日だろう。 いつも通り依頼はこなすぞ」
「え??」
瞬く間にクリスマスvs平日の構図が出来上がってしまう。 余程楽しみにしていたのだろうか、リブの表情は一瞬固まった。 すぐに抗議の態勢に移ったのだけれど。
「なんでなんで~!?」
「なんでって......考えてみろ、リブ。 クリスマスは子供がプレゼントを貰う日だ。 つまりは子供のためのお祭りだろう? 大人が率先して楽しむようなものじゃなくないか?」
「そんなことないよう~。 クリスマスは誰の元にもやってくるもん。サンタさんが来るか来ないかの違いしか無いって~」
「それに、もう1つ。 探険隊の仕事も疎かには出来ない。 遠くの街で謎のダンジョンが現れて消えたという騒動は君も聞いただろう? 私達の知らないところで、事件は沢山起こっているんだ。 それなのに遊び呆けるだなんて」
「そうかなぁ~......」
あくまでフクシアは拒否を貫き歩き続けるが、リブは首を振り立ち止まる。
隣に相棒の気配を感じない違和感に襲われ振り向いた先にある表情は、クリスマスがどうとかというものでは最早なかった。
「リブ?」
「......フクシア、でも働き過ぎもしんどいよ~。 いつもそう言って休もうとしないじゃない。 最近は特にそう。 フクシアの気持ちも分かるけど、根を詰めてもだめだよ~」
「しんどいって......別に過剰にやってるわけじゃないだろう?」
「そっちじゃなくて心の方~。 ......それにフクシア、休みの日だって技の練習とかしてるじゃない」
「あれは単に、毎日やらないと勘を忘れそうってだけで......」
「それでもだよ~。 フクシアなら大丈夫だとは思いたいけど、やっぱりちょっとだけ心配になるよ」
リブはぽふぽふとフクシアの肩を叩き、その言葉を遮る。 しっとりとした淡いオリーブの香りが、彼女の鼻の辺りをなぞった。
「フクシアはいつも頑張ってるもん。 だから、たまにはのんびりしたっていいんじゃないかな~」
「頑張ってる? ......私が?」
「? そうだけど~」
「......いや、まだまだだよ。 私なんてまだ序の口だ。 探険隊として活動しているといっても、別に大したことも出来やしない」
「いやいや、そんなこと──」
フクシアは首を振る。 その否定にはどこか自嘲の意もこもっていた。 彼女も大人だ。 その自嘲に意味は無いということは分かっている。 だけど、そうとは分かっていてもその自嘲を完全に捨て去ることは出来なかった。
感情の行き場も無いままに何気なく上を見上げてみると、曇っているのか、夜空に星は見えなかった。 真っ暗なだけで、そこから先が無かった。 でも、そんな中でも走らないといけない気がしてしまう。 大したことは出来ないなりに、努力をし続けなければならないように思えてしまう。 ......まだ、頑張ってるといえるほどのことは出来ていない。
フクシアはぐっとその手を握りしめる。 不安や悲観が多いご時世なのもあるかもしれない。 色々なものが何重にも重なり合って、彼女の心は少しずつ、でも確かにささくれ立っていく。
「リブ、ごめん。 気持ちは嬉しいよ。 でも......」
そう、リブの優しさは痛いほど分かる。 いっそのこと1日くらいは彼に甘えたくもなる。 だがしかし、心の中に漂う靄はそれを許してくれなかった。
「なんだか、じっとしていられなくて」
──どうしてだろうか。 言葉にし難い、でも強烈な焦燥感が、彼女の喉の奥に焼き付いていた。
「......そっか」
リブがうなだれるのが横目でも分かる。 その顔を見て、フクシアは軽く後悔した。 もしかして言い過ぎてしまったか。 自分の拘りを押しつけてしまっただろうか、自分は平気だとしても、彼は疲れてしまっているのだろうか──。
仕方ない。 彼がそこまで落ち込むのなら、休みにしてあげてもいいかもしれない。 いつも通り技は練習しておこう。 そんな諦めにも近い妥協案が浮かんだところで......。
「あっ!!」
リブが何かに突かれたように叫ぶ。 聴覚に敏感なフクシアにとって、その突然の叫び声は効果抜群だった。
「ど、どうしたリブ?」
「閃いた~!!!」
その時、ちょこんとした葉っぱが生えた頭の上に、きらきらと輝く電球が浮かんだように見えた。 まるで本当に電気タイプにでもなってしまったかのような勢いだ。そしてその勢いそのままに、彼はきらきら目を輝かせてこちらに提案してくる。
「フクシア、明日一緒にお菓子作らない〜!?」
「え? ......どうしたんだ急に」
唐突な誘いに、目を丸くせざるを得ない。 それにも関わらず、リブはにこにこと笑っている。 今は夜だというのに、太陽のようにその笑顔は輝いている。 どうしてそんな風に笑えるのか? 混乱は深まるばかりだった。
「なんとなく! だらだらすることもなく、クリスマスも楽しめる!! 一石二鳥でしょ~?」
「は、はぁ......」
ここまでぐいぐい来られると、逆に断ることも出来ない。 真面目な思考をしていたり妥協の準備をしていたりしたのも相まって、彼女はリブの唐突な高テンションにそのままあっけなく流されていった。
スイーツ作り初心者の2匹にとっては、ブッシュドノエルとかそういう技巧が必要な類は無理中の無理だ。 ショートケーキなど色々案は出たが、腕前を考えて無難にクッキーを作ることで落ち着いた。
にしても、どうして今。 今日依頼をこなせたなら、困っているポケモンをまた助けることが出来ただろうに......リブに直接聞いてみても、「今日はフクシアを癒す日なの〜」の一点張りだ。
癒しが必要と言われるとぐうの音も出ないが、どうして今自分はエプロンを着てキッチンに立っているのか。 クエスチョンマークが脳内を埋め尽くす中、着々と準備は進んでいく。
まずは、バターをペースト状にするところから。 ここは取り敢えずはということでフクシアに任せられた。 リブに「フクシアは持久力があるからねぇ~」とおだてられながら、せっせこ手を動かしていく。 褒められて悪い気はしないが、先程の疑念も相待ってリブのその行動は本当に謎でしかなかった。 一体、何を考えているのやら。
とはいえ、自分の手で材料の姿が変わっていく様を見るのは楽しい。 混ぜ終わる頃には、少し彼女の気持ちは上向きになっていた。
「......こんなものか。 で、次は何をするんだ?」
「えーっと、次は砂糖だね~。 お願いできる?」
......しかしここで、フクシアの表情が凍り付く。
「......砂糖か、ああ......」
また、その返事も少し浮かないものだった。
目の前の砂糖入れを前にして、彼女は息を呑む。 砂糖入れをつかんで蓋を開けるところまではいったのだが......。
「──リブ」
「ん?」
「砂糖、ひっくり返す気しかしないが」
「え??」
リブは思わず聞き返すが、フクシアの顔は大真面目だった。 小さな尻尾が毛羽立っているのを見るに、ある種の恐怖が彼女を襲ってきているらしいのはすぐに分かった。
「別に平気だって〜。 もっと自信を持てば平気平気」
「自信という話じゃなくて......その、本能的に震えるというか」
その言葉通り、砂糖入れを持つフクシアの手はぶるぶると震えていた。 リブは思い出したかのように「あっ」と叫び、その小さな頭を抱える。
「......忘れてた。 フクシアこういうの苦手だったっけ......」
「ああ。 こんな器用そうな手をしてるのに、情けないよな」
フクシアは苦笑する。 普段は中々口に出せるわけがないのだ。 「自分の手先が超がつくほど不器用」だなんて。 特に、ある程度の器用さが求められるマジックという分野において、あまりにも優秀な父を持つからこそ。
探検ならば器用さなんて関係なく腕っぷしで突破できるというのに、戦いの場がダンジョンからキッチンに移っただけでこのザマだ。 鬼門が現れるのが早すぎやしないか。 こんな手で、どうやってクッキーを作るというのか。
......そんな静かな恐怖がフクシアを覆ってきた時だった。
「......?」
何かがそっとフクシアの手を支える。 手元に見えたのはリブのこそばゆい葉っぱの手だった。 それと同時に、彼女の手から震えが消えていく。
「......リブ」
「なんなら、一緒に入れる?」
「え?」
「ボクが支えれば怖くないでしょ?」
リブがにこりと笑う。 確かにそうだ。 彼の柔らかなその手は、今の彼女の目には救世主のように映った。 「頼む」とだけ言って、目線をボウルへと移す。
彼の助けを借りながら、そろりそろりと砂糖を加えていく。 さらさらと静かにボウルに飛び込んでいく砂糖を見て、フクシアは小さな感慨を覚えた。 自分なら手を滑らせてしまうこと請合いなのだから。
「......ありがとう」
「どういたしまして~」
リブはなんともないというように感謝の言葉を受け取る。 その緩さが、フクシアにはどこか心地よく思えた。
その後は加えて混ぜて、加えて混ぜての繰り返し。 リブの助けを借りながら、少しずつ大元は出来上がっていった。 生地をこねるところやは自分でやったりもしたし、リブはその間に用具の洗い物などをテキパキとやってくれた。 実際に作らなくていいのかと問うたけれども、彼曰く「洗い物の方があわあわしてて好き」らしい。 単純に手先の問題で料理がしづらいというのもあるみたいだが。
そして気づいたら、2匹の分担はダンジョンを探検する時と似たものになっていた。
リブがまずグラスフィールドで基盤を作り、舞台が整ったところでフクシアの高火力トリックフラワーが炸裂する──。
その2匹の十八番が、このキッチンの場でも繰り広げられているかのような。 このキッチンが、一種のステージにもなっているかのような。 フクシアはそんな錯覚に陥った。
(......でも、本当にどうしてだろうな)
あらかた型抜きが終わったところで、フクシアの疑問が再燃する。
何故、リブはわざわざクッキーを作ろうなんて言ってきたのだろうか。 探検を休むと言っても彼のことだから、お外でひなたぼっこでもしようだの、街を回ってクリスマス気分を味わいたいだの言うと思ったのに、まさかの普段全然やる機会が無いお菓子作り。 型抜きの行程に至ってもなお、その真意まではつかみ取れなかった。
さっきと違うのは、胸の中にほんのりと暖かい、不思議な満足感が宿っているところ。
「......なあ、リブ──」
何気なく声をかけてみたが、返答の声は無く。 彼は何も考えてなさそうな顔で洗い物に全神経を注いでいた。 洗い物をというか、泡の感触を楽しんでいるといった方がいいかもしれない。 こちらが色々勘ぐっているというのに、それを全部はねのける真っ直ぐさよ。 曲がることなき素直さよ。
......そんな姿を見ていると、正直、もう理由なんてどうでもよく思えてきてしまった。
(戻るか)
リブに背を向け、彼女は型抜きをしたクッキーの生地をオーブンに入れる。 自分の手を見てみると、気づかぬうちに桃色の肉球が白い砂糖やら何やらで染まっていた。 いつもの泥汚れとは違う汚れ方に、少し笑みが漏れてしまった。
探険隊としてのというよりは、等身大の自分の姿を感じられたから。
「か~んせ~い!!」
リブが万歳しながらぴょんぴょんと跳ねる。 それもそのはず、オーブンから取り出されたクッキーは、初心者が作ったにしてはとても綺麗な出来映えだった。 極度の焦げも無ければ生っぽい部分もないパモット色。 視覚だけでその食感が伝わってくるようだ。
まだ熱気が伝わってくるそれを眺め、リブの食欲は大いに刺激を受けていた。
「フクシア、1個食べてみようよ~!」
「いいのか? 皿に盛り付けた方が」
「1個ぐらい焼きたて食べてみたっていいもんね~!」
......焼きたて。 市販のものではまず味わえないであろう感覚にフクシアの尻尾が微かにぴくりと動いた。 その隙にリブは1個クッキーを口に運んでおり、「んま~い!」と無邪気な声を上げる。
相棒がそうするのなら、自分もやったっていいだろう。 フクシアはリブの真似をして、クッキーを手でつかんでみた。 暖かく甘い香りが流れ込んでくる。 持ってみた感じまだ熱いから、口に入れるのは少しだけ。
──サクッ。
「......っ、美味しい......」
思考より先に言葉が漏れ出た。 もう1口囓る。 猫舌なことなんてどうでもよくなるくらい味が良いし、寧ろその熱さもいいアクセントだ。 割と手間がかかった分、しっかり形となったというのに感慨深いものも感じた。焼きたての柔らかいクッキーから優しい甘味が伝播していくのに、思わず笑みがこぼれてしまう。
それを見たリブが嬉しそうにフクシアの顔を覗き込む。
「ね? ボク達、頑張ったでしょ~?」
「......そうだな。 まさか、こんな綺麗に出来るとは」
「んふふ~だよね~。 ボクもびっくり仰天だよ~。 ......やっぱり、頑張ってるっていうのは、ちゃんと形になるもんなんだよね~」
「え?」
フクシアは思わず聞き返す。 リブは笑顔を絶やすこと無く続けた。
「依頼だってそうじゃない。 みんなありがとうって言ってくれる。 笑顔になってくれる。 でもそれは、ボクらが頑張ったからだもん。 フクシアやボクが一生懸命、そのポケモンに笑顔になって欲しいって頑張るからだもん。 ......今日のクッキー作りと、少し似てない~? 作る過程が依頼で、そんでもって笑顔はクッキー! うまうま!」
「......!」
フクシアは思わず、目の前に置かれた美味しいクッキーの山を見やる。
......笑顔がこのクッキーみたい。端から見れば首を傾げるしかないような言葉だが、そう言われてみればそうだ。 「もの」として無いからこそ分かりづらいだけであって、確かに依頼の後の笑顔も頑張りがあってこその報酬だ。 自分へのご褒美だ。
「......あ」
──ご褒美。 プレゼント。 自然に湧き上がったワードから、正体不明のモヤモヤの正体も明らかになる。
自分の頑張りが足りているのか、それを測る機会を見失っていたのだ。 自分が頑張ることを当たり前と見なしすぎて、誰かの笑顔に満足を覚えるという願望が抜け落ちていたのだ。 ......みんながくれる日々のプレゼントを、素直に受け取れていなかったのだ。 他者の目からしか分からないものだってあるはずなのに。
なんて鈍感だったのだろう。 依頼を終えた後の依頼主の顔が、自分の頑張りを証明してくれていたというのに。 勿論、それは歩みを止める理由にはならないが......でも、だからといって焦る必要も無いのだ。 物理的にすぐにはどうにもならない事象があるとしても、焦って自分もすぐに立ち向かおうとしなくても良いのだ。 ......希望を持って、するべきことをこつこつとしていれば、それもいずれ大きな問題の解決の一助となるはずだから。
それでいいのだ、きっと。 父もそうやって進んでいったのだろうか。 今度会えたら、話してみるのもありだろうか──?
「フクシア~?」
......相棒の声に、意識が現実へと戻ってくる。 変わらないふわふわとした顔を見て、彼女は少し勘ぐってしまう。
「......リブ、狙ってたのか?」
「何の話~?」
「──いや、なんでもない」
相棒だから分かる。 こういうわざとらしい態度を取る時は、絶対真意なんて教えてくれやしない。 普段は抜けている場面ばかりなのに、本当に不思議なポケモンだ。
やっぱり、思ってしまう。 探険隊のパートナーとの出会いというのは、例え偶然だとしてもどこか運命じみたものがあるって。 頑なな自分と柔らかな彼。 この2つが合わさることで、自分達にしか出せない味を出すことができる。
このクッキーも然り、探検との向き合い方も然り。
「......そうだ」
「ん~?」
後片付けと平行してクッキーをまとめながら、フクシアはリブに提案する。 ──どこか憑き物が落ちたような、彼女にしては柔らかな笑顔だった。
「リブ。 割と沢山出来てしまったし、子供達に少しお裾分けしないか?」
「わぁ~いいね! お返しも貰えるかもだし!」
「子供にそれを求めるんじゃない」
「えへへ......」
いつもは依頼ばかりなのだ。 たまには、こんな形で頑張りを披露するのもいいかもしれない。 ......いつもの安堵とは違う、喜びだけに溢れた笑顔も見られるのだろうか?
出来たクッキーをバスケットに入れた2匹のお菓子のサンタは、子供に夢を届けるべく家のドアを開く。
「さあさあ子供達~! 草花の奇術師、クリスマス特別企画だよ~!」
「だからリブ、それは恥ずかしいって......!!」
オススメ小説
この作品を読んだ方にオススメの小説です。