鍛治(かぬち)の性

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作者:あるみ
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読了時間目安:39分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

デカヌチャンのお話です。SVのネタバレを含みます。
彼女が捕獲されたのは、空高く舞う獲物を撃ち落とさんとその鉄槌を振りかぶった刹那だった。

彼女たち鍛冶(かぬち)の一族は自らの手で獲物を狩り、一生でただ一つの相棒、最高のハンマーを作り上げることを使命としている。その狩りと鍛冶は本能として身体に染み付いていて、足元が巨大な翼で翳ったならば空を見上げ、躊躇なく巨大な岩を頭上に撃ち上げる。それはもう、本当に一瞬の思考さえ要さない種としてのルーティンだった。
だからまあ──あの広い草原でアーマーガアを狩ろうとして夢中になり、背後から人間に「狩られた」のは仕方の無いことと言えた。
不幸中の幸いだったのは、捕獲された相手が優秀なトレーナー、そう、後にチャンピオンランクになってしまうほどとりわけ優秀なポケモントレーナーだったことか。
不意を突かれ、いつの間にか昏睡させられた挙句ボールに囚われたあの日──確かに、彼女の一生は変わった。





そのトレーナーはまだ幼さの残る学生だった。
この広大なパルデアで一際大きな存在感を放つ、テーブルシティのアカデミー。その生徒である少女は、宝探しという名の課外授業でパルデアを旅していた。そのアカデミーとやらを実際に見たことは無かったが、似たような恰好の子供を、かつての住処周辺で見かけた覚えがあった。最近の情勢不安で生徒数は減っているらしいが、この地方で最大の学校であることは間違いない。
そんなアカデミーの授業の一環で、その子供はチャンピオンを目指していた。多くのポケモンを捕まえ、鍛え、戦う。ポケモンからすれば暴挙とも言える行為。彼女もまた、チャンピオンへの道のりの途中で捕まえられたポケモンの一匹だった。
「よろしくね、デカヌチャン!」
そうやって柔らかな微笑みと共に手を差し伸べられた時、彼女が感じたのは耐えがたき屈辱だった。
彼女は元来自由な狩猟民族だ。自由気ままに生き、気の赴くままに狩りをする。厳しい野生社会が故、命の危険に晒されることもある。だが彼女はその一度も敗北の許されない社会で勝ち続け、最終進化へとたどり着くほどに生き延びた。その誇りは、もう完成間近という相棒のハンマーが証明している。
それなのに、彼女は囚われてしまった。自分自身の生存の為に戦うのではなく、養われ、ニンゲンの為に戦う。ニンゲンが嫌いという訳ではなかった。ただ自由が奪われたことが彼女は許せなかった。
振り払われた手に、寂しそうな顔をする少女。ざまあみろと、少し溜飲が下がる思いがした。

少女の手持ちに加わってしばらくは、与えられる指示にそっぽを向き続けた。だがどうやら、少女と共に生きることにも、メリットはあるらしい。
所詮幼いニンゲンの子供だと見下していたが、少女もトレーナーの端くれ。チャンピオンを目指すだけあって、その素質は確かなものだった。
手持ちのポケモンに対する細やかなケア、合理的な戦略に的確な指示。ポケモンを支配する技術などなんと厚かましいのかと憤慨もして見せたが、やはりその力量は目を見張るものだった。
「行って! デカヌチャン!」
そうして、彼女に出番が回ってくることもある。
本来狩猟というのは、ハンターが一方的に獲物を狩るものだ。そこに反撃の概念はなく、殺すか逃げられるかだけ。自身の危険を回避しながら行う狩りなど集中できたものではない。その点で、「相手を倒した方が勝ち」というポケモンバトルは彼女にとっては違う競技にも等しい。
だがそれすらもその幼いトレーナーは考慮していた。
彼女が戦場に呼び出されたとき、場は常に「狩猟」へと整えられている。相手との相性、技の選択。少女の指示が彼女を常に狩る者へと導いた。
彼女はただ、思うがままに鉄槌を振り回すだけで良かった。それは、彼女の狩る者としての矜持を守り、そして狩猟とは違う新たな感覚さえ呼び起こした。
目の前に現れるは強敵ばかり。本来デカヌチャンという種族が相手にする必要もない、見たこともない強者が前に立つ。だが彼女はそれを一振りで打ち砕き続けた。砕いて、砕いて、砕く。確実さの求められる生存の為の狩りとは違う、無謀に思える敵を砕く狩り。本当は性に合わない戦いのはずなのに、敵を倒し続ける度、彼女の裡にはふつふつと知らない感情が沸き立つ。
「すごいよ! やっぱりデカヌチャンは最強だね!」
屈託のない笑顔で手を差し出す少女を前に、彼女はその感情が自分にとって快いものだと気が付いてしまった。
初めて触れたその手に、少女は目を見開いて、そして満面の笑みを浮かべた。
もうしばらくは、共に生きてもよいと思えた。





その少女と共に生きる以上、生存は保証されていた。食事は栄養の取れたものが与えられるし、外敵に一匹で立ち向かう必要もない。そもそも人間が見ている世界は、彼女の知る野生の世界とは違って平和そのものらしい。当初は人間に養われるなんて、とプライドが邪魔をしたが、諦めてサンドイッチを受け取った。
しかしそれとは別に、ひとつ問題があった。

「よーし、今日はここでピクニックしようかな?」
ボールの外からそんな声がして、気が付くと彼女は高原に立っていた。
軽くうたたねしていた目を擦り、周りを見ると他のポケモンたちもボールから出されている。少女はといえばモトトカゲから降り、お気に入りのピクニックセットを広げていた。少女にはやたらと色んな所でピクニックをする趣味がある。お店で食べるよりも美味しい、らしい。
鼻歌まじりにピクニックの準備をするトレーナーを尻目に、彼女はハンマーを担いで辺りを散策し始めた。
険しい山脈を背に、眼下には広い草原が広がっている。心地よい風が草を走り髪を揺らした。遠くには少し前に訪れた街が小さく見えていて、今日だけでかなりの旅をしてきたと分かる。
確か今日は山を越えて次のジムに向かうと言っていたような気がする。空を見上げればいつもよりも雲が近く感じられて、標高の高さを実感した、その時。
突然、夜が訪れた。──否、そう錯覚してしまう程大きな影が、空を覆った。
その瞬間、彼女は地を蹴っていた。
それが何であるか、最早考える必要すらない。何故ならそれは、これまで数え切れないほど屠ってきた獲物。空の覇者、アーマーガア。
忘れていた本能が途端に溢れ出した。周囲を見回して、撃ち落とす為の岩を確認。
「うぇっ!? デカヌチャン!?」
少女の悲鳴も耳に入らぬまま、岩に向かって猛進する。空に目を向けずとも、地に映る巨影でアーマーガアの位置は把握できる。
そして彼女は巨大な岩の前に辿り着くと、ハンマーを振りかぶり、下から上に豪快に振り抜いた。砕ける岩が宙に舞う。その中でも一際大きな岩塊に目を付けた。ちらと上空に目を向けて、獲物の位置の最終確認を済ませ、落下する岩に向けて再度ハンマーを振りかぶって──
「ダメ──っ!!」
突然、世界が回転した。溜めていた力が行き場をなくしてバランスを崩し、彼女は地面に転がった。砕いた岩がパラパラ、ゴトッと地面に落ちる。
呆然と仰向けに倒れる中周囲を見ると、散らばるピクニックセットに、驚いた様子のポケモンたちが見え、そして自らに覆い被さるように少女が倒れているのが分かった。
トレーナーである少女が悲鳴と共に自らに飛びついてきたのだと、デカヌチャンはゆっくりと理解した。
──何故? 何故邪魔をした?
しばらくの茫然自失の後、彼女の心にふつふつと怒りが湧き上がっていた。すぐさま飛び起きて、自らと同じように無様に地に転がったトレーナーを睨みつける。いくら優秀なトレーナーであろうと、どれだけ優しかろうと、彼女の狩りを邪魔する者は絶対に許しはしない。
いてて……と土を払いながら立ち上がる少女を睨み、どんな言い訳でも許すまじとハンマーを強く握るデカヌチャン。だが彼女に掛けられた言葉は意外な事実を伝えた。
「ダメだよデカヌチャン! よく見て!!」
そうして彼女が指さした先。口惜しくも飛び去って行くのは、獲物であるアーマーガア……しかしその巨体の下に、何かがぶら下がっている。
その姿は──ニンゲンの形をしていた。
大きな鳥の下に、人影がぶら下がる異様な光景。だがニンゲンがアーマーガアの獲物として運ばれている、といった様子でもない。あれは──
「あれは多分……運んでるんだよ、人間を」
立ち尽くす彼女に、少女がそっと頭を撫でた。
「このご時世だし……軍の訓練とかだと思う。他の地方じゃアーマーガアを交通手段として使っていた、って聞くし……戦争にもきっと」
そうか──つまり、さっき少女が止めていなければ、ニンゲンごとアーマーガアを打ち落とす羽目になっていた。だから少女は止めた。
その理屈は……デカヌチャンにとっては腹立たしいものだった。所詮ニンゲン一匹、殺してでも狩りは続行するもの。何に阻まれることもない神聖なものだ。
だが、今なら少女の気持ちも理解はできる。手持ちのポケモンが人を殺してしまっては、少女に責任が行くのだろう。
それでもいい、と無視することも容易かったが──簡単に切り捨ててしまうのを躊躇うくらいには、少女に対する情が残っていた。
「ねえ、デカヌチャン。必要なものは私が揃えるから……むやみにポケモンを攻撃するのは、やめてほしいな」
頭を撫でる手が離れ、ハンマーに触れようとして、ピタっと止まった。
「そのハンマー、もうほとんど完成したんだよね? 補強とかメンテナンスとか……出来る限りは協力するからさ」
見上げた少女の表情は、どこか苦しそうに見えて。何故お前がその顔をするのだと怒ろうとして、少女の性格を思い出し、やめた。
遠くに消えていった影。
実際、相棒のハンマーはもう完成といえる域に達していた。アーマーガアを一体丸ごと要する程、素材も必要ない。

結果として、彼女はその提案を受け入れることにした。
鍛治(かぬち)の性は遥か過去に。その本能は封印された。





それからしばらくが経ち、少女のジム巡りは6つ目を迎えた。
世界は相変わらず怪しい空気を漂わせ、一時チャンピオン制度の凍結もあり得たらしいが、とりあえず今も彼女は快調にジムリーダーを撃破し続けている。そしてデカヌチャンもあれ以来、好調が続いている。
少し悔しくはあるが、少女と共に戦えば戦うほど、彼女も自身の力が磨かれていくのが分かった。ハンマーのメンテナンスも、少女の用意するツールが以外にも役立った。次の相手に合わせたチューニングも提案するが、あくまでハンマーには触らない。その立ち位置をわきまえた上での的確な助言には、彼女も従わざるを得ない。強敵目掛けて鉄槌を振るうのはアーマーガアを狩るのと同等に快く、それだけで少女の期待を満たせるのだから、デカヌチャンにとっても悪くない日々だった。
通常、彼女の出番が来るのは試合終盤であることが多い。それは狩りの盤面を整えるため──平たく言うなら、デカヌチャンが終盤のダメ押しのシーンで起用されることが多いためだ。それが彼女のプライドを守るためであり、試合の組み立てとしても合理的だとお互いに理解している。
その結果、当然ながら彼女の出番には、他のポケモンたちの活躍が関係している。
「お前は良いよな、最後においしいとこだけ持ってくんだから」
とは、同じ少女の手持ちポケモンであるガブリアスの言葉だ。
彼女としては、その他のポケモンたちは自身の狩りを準備するための役割しかないと認識している。連携を取る必要もなし、わざわざ仲良くしようという気など全くなかった。そもそもデカヌチャンの狩りは一匹だけの孤高なものだ。
少女としては皆仲が良いと思い込んでいるようだが、ポケモンの言葉は人間には伝わらないため、さもありなんといったところだ。
実際、他のポケモンもデカヌチャンの強さを認識しているからか、それぞれの扱いに不満もなく、必要以上にいがみ合ったりもしない。それも、トップでまとめる少女がいてこそだと認める位には、彼女もトレーナーを信頼していた。
そして5つ目のジムを撃破したそんなパーティに、変化が訪れる。

「ねえみんな、そろそろ6匹目の仲間を入れようと思うんだ」
日課のピクニックでボールから出されたポケモンたち。少女の手には新しいボールが握られていた。
わざわざ手持ちのポケモンにそんなことを報告する必要はないのに、随分と律儀なものだ。
「へえー、ボク達だけで十分だと思うけどねえ」
「うんうん、フローゼルも楽しみだよね」
全く噛み合っていない会話に、フローゼルが仕方ないなとばかりにため息を吐く。
「実はこの子、学校の友達に交換してもらった子なんだ。とっても強いって勧められたんだけど……まずはお試しってことで」
そう言って少女はボールを宙に放った。
実際、そのポケモンが誰であろうとデカヌチャンにはどうでもよかった。まあ、狩りの準備に役立つなら誰でも。とそんな気分でちらとボールの行く先を見つめていて。
そのボールが開き、中からそのポケモンが出てきた瞬間、そこに居る全員が驚きの声を漏らした。
「初めまして、どうぞよろし──え」
その挨拶は少女には大きな鳴き声に聞こえ、ポケモンたちにはどこか気弱な声として受け取れただろう。
だが問題はそんな些末なことではなく──そのポケモンが、アーマーガアだということだった。
「え……うそ」
口を両手で覆って驚きに目を見開く少女。目の前の天敵に固まるアーマーガア。周りのポケモンたちはアーマーガアとデカヌチャンを交互に見つめていた。
「あの子……絶対役に立つからって強引に渡してきて……どのポケモンかはお楽しみって……まさかアーマーガアだなんて──」
だが少女にしては珍しいそんな言い訳は、デカヌチャンにとってはどうでもよかった。
ただ目の前に、アーマーガアがいる。目が離せない。
極上の素材がそこに居るのだ。大きな体。輝く羽。どこをどう砕けばいいかが手に取るように分かる。これだけの大きさと艶。良いトレーナーに育てられたか、天性の才能か。どちらにせよ、これを素材として使えたならこのハンマーも更なる段階へ行けるだろう。
身体が熱を帯びるのを感じる。抑えていた本能が頭をもたげている。空の覇者が地に立っている今、今が絶好の──
「ッ──ダメだよっ!! デカヌチャン!!」
少女の叫びで、ハッと我に返った。
気が付けば彼女はそのハンマーを壊れんばかりに握りしめ、足元は踏みとどまろうとする力で深く抉れていた。
それを見た時、彼女は自分の行動を後悔するでも冷や汗をかくでもなく、ただ「踏みとどまろうとしていたのだな」と自分自身に驚きを覚えた。
ゆっくりと手から力を抜き、彼女はハンマーを地面に置く。
こうなることは分かっていた。多分、何度似たことがあっても同じ行動をとるだろうと彼女は理解している。ただ、そこで踏みとどまろうとする意志が自分にあったことが意外だった。
「──ありがとう、デカヌチャン」
それほどまでに、少女との約束を重視していたのか。
「……あれ……僕、生きてます? 殺されません?」
恐る恐る、件のアーマーガアが口を開く。彼はボールから出て十数秒、衝撃の光景にずっと息を止めていたらしい。その大きさの割に小心な彼は、ほっと息を吐いた。
そう、問題はこのアーマーガアである。
デカヌチャンが武装解除したことで、その場にひとまず安堵の空気が流れる。だが相変わらず彼女はアーマーガアから目が離せない。その目はどのようにソレを解体できるかをシミュレートし続けている。
「いや、マスター、なんでアーマーガアなわけ?」
「いやあ……本当に知らなかったんだあ、私。まさかアーマーガアだなんて……うちにはデカヌチャンが居るってあの子も知ってるはずなのに……」
奇跡的に、フローゼルの抗議と少女の弁明が噛み合っている。
ごめんごめんと頭を掻く少女。アーマーガアをボールにもどそうとして、はたとその動きが止まる。
「あれ……知ってるのにこの子を……待って、確かにこの子が居れば次のジム戦も──」
何やらぶつぶつと呟き始める少女に、嫌な予感しかしない一同。
「そうか──うん、そうしよう! みんな、この子は今日からパーティの仲間入りです!」
衝撃の言葉に唖然として少女の顔を見つめたのは、アーマーガアだけではなく、デカヌチャンさえも同じだった。

「その……さ、仲間同士、なかよくしよう……ね?」
恐る恐る掛けられた震える声に、デカヌチャンは沈黙を返す。
彼女とて、仲間を殺すことはすべきではないと理解していた。それは彼女自身の倫理観などではなく、少女の期待から推測できることだ。
ここで仲間のアーマーガアを殺せば、間違いなく少女は悲しみ、追放されるだろう。それはそれで野生に戻れてメリットもあるが、この生活にもまた居心地の良さを感じているのも事実。
それに、
「デカヌチャン、アーマーガアと仲良くしてあげてね」
そんな彼女の言葉を裏切って、自分の欲に負けて仲間を殺すなど、彼女のプライドが許さなかった。
狩りは孤高で、そして正々堂々としていなければならない。目の前で固まっている、いつでも殺せそうな餌を狩ることはデカヌチャンのプライドに反していた。
だが、あまりにその鋼の身体は魅力的だった。
標準的なアーマーガアと比べてあまりに大きな身体。今まで狩ってきたどの個体よりも大きい、きっと世界一の大きさだ。
そのよく手入れされた美しい鋼なら、きっと一からハンマーが丸ごと1本作ることだってできるだろう。
「ひえぇ」
じっと彼女に見つめられ悲鳴を漏らすアーマーガアの声に、デカヌチャンはまた我に返る。
「こ、殺さないでね」
殺すものか。
アーマーガアに弱弱しく懇願された時、彼女は改めてそう決意した。これは自分に与えられた試練。自分が高潔なハンターであり続けるための試練なのだと。

デカヌチャンとアーマーガアという「狩る者」「狩られる者」を同じパーティに入れるという、考えられない少女の行動。だがその理由は、すぐに判明することになる。
アーマーガアが加入して以来、戦闘の安定性が格段に増したのだ。その巨大かつ強靭な身体は、攻撃に対する高い耐久性を有していた。やや気が弱いことこそ玉に瑕だが、アーマーガアは多くの物理攻撃を意に介さないほどに受けきった。
実際、デカヌチャンが戦闘に出た際の相手側の疲労度が以前より明らかに増えている。既に入れ替わってボールに戻った彼の姿こそ見えないが、その痕跡は相手の削られたスタミナが証明している。結果的に、彼女の仕事は以前よりも楽になった。
そう、実戦においては特段困る事態は生じなかったのだ。そもそも同時に戦闘に出るわけではない。問題なのは、日々の生活だった。

「レッツゴーだよ、みんな!」
こうやってボールから出される時は、大抵訓練がてらの野生戦闘のことが多い。
一匹一匹戦闘をするのではなく、一斉に繰り出されたポケモンが同時多発的に戦闘する。周囲の野生ポケモンのレベルが低い時に行われる、合理的な──もっと言えば、放任主義的な訓練方法だ。
雑魚を狩るのはデカヌチャンにとっては好ましいことではないが、多数を連続で倒すのはそれなりに骨も折れる。ハンマーを振るう腕が鈍らないためにも、真面目に取り組みたいものだった。
しかしハンマーを振りかぶるたび、視界の端でアーマーガアが目に入る。空を滑空し、その重い巨躯で押し潰すように敵を倒している。その動きはまるで、目の前で餌が付いた棒を振られているようで。
「やったね、アーマーガア!」
少女に褒められて嬉しそうなアーマーガアを見つめ、その身体を解体する想像を──
「ちょっとお嬢さん、気が散り過ぎじゃない?」
突然、相対していた敵が激しい水流によって吹き飛ばされた。ハッと振り返ると、フローゼルが不敵な笑みを浮かべている。
「またアーマーガアを見てたのかい? ちょっとお、仲間内で殺戮なんてやめてよね。それとも──」
フローゼルは音も無く彼女のそばに近寄ると、耳の近くに口を近づけてささやく。
「サクッと殺して鉄くずにしちゃう?」
「──ッ!!」
咄嗟に全力で鉄槌を振り抜いた。フローゼルはおどけた顔でいとも簡単に攻撃をかわして見せる。
「おーこわいこわい。ホント、殺しちゃったりしないでよねえ。起きたら仲間がインゴットなんて、まっぴらだから」
そう言ってひらひらと手を振り、フローゼルは自身の持ち場へと戻っていった。
……殺すものか。このハンマーに、アイツの身体は必要ない。そんなものがなくとも、私は強くなれる。
ふと彼女がアーマーガアをみると、褒められたのがよほど嬉しいのか、敵を倒す度に振り返って笑顔を見せている。少女も満更でもないらしく、嬉しそうに何度も頭を撫でていた。
──少女が2匹の共存を望むなら、それに応えよう。反抗ではなく、完璧な行動によって、己の優位を証明してみせる。
デカヌチャンのプライドには、曲がりなりにも少女への完璧な追従も混じり始めていた。
と、アーマーガアが自分を見つめる視線に気づき、デカヌチャンを視界に捉えた。途端、その頑強な身体をぶるりと震わせて、トレーナーの陰に隠れてしまう。
彼女はため息を吐くしかなかった。

問題は次々にやってくる。
6つ目のジムを悠々撃破し、次なるジムを確認した少女はロトムスマホを覗き込んで、げ、と声を漏らした。
「次のフリッジジム……ダブルバトルだってさ。練習しないと」
その言葉に何か嫌な予感がして、デカヌチャンはそっと少女の視界から外れる。
ダブルバトルということは、一度に2匹が戦闘に出るということ。それはつまり、他者と連携する必要があるということで、場合によってはアイツと──
「よし、そうと決まれば早速練習だ! どの組み合わせで行くか検討しないと! ね、デカヌチャン!」
……その問題は、避けられそうになかった。

案の定やってきた、アーマーガアとのダブルバトル練習。少女はどうやら全ての組み合わせを練習するらしく、逃れられないのも当然だった。実際本番では片方だけが倒され、別の組み合わせになっていくはずだ。故に全ての組を検討しておくのは当たり前とも言える。
だがやはり、2匹の相性はお世辞にも良いとは言えなかった。
敵めがけてハンマーを振りかぶれば、
「ひぃぃっ!」
とアーマーガアが真横で叫ぶ。
敵を豪快に殴り飛ばせば、
「ぎゃぁぁっ!!」
飛んだ先にアーマーガアがいて激突する間の悪さ。
ともかくデカヌチャンの一挙手一投足にいちいちアーマーガアが反応して萎縮する。それもまた本能なのだろうか。狩る者の本能があるように、狩られる者にも本能があるのかもしれない。
……まあ実際彼女としても、振りかぶった際に少しばかりアーマーガアのほうに距離を詰めてしまうこともあるので、その反応も正しくはあるが。
それにしてもこのビビり様。足手まといには腹が立つ。
「うーん、ちょっと休憩にしよっか」
全く噛み合わない2匹に、流石の少女も困り顔で一時中断を宣言した。

「……ねぇ……君さ……」
休憩中、彼女の元にアーマーガアが近づいてくる。その動きはまさにおっかなびっくりといった様子で、何故近づいてくるのか理解できない。
「君……僕のこと……殺さないの……?」
意味不明な質問に、彼女はため息すら馬鹿らしくなった。それはどういう意味か。同じ手持ちとしていると決めた以上、殺すはずがない。それとも何だ、殺して欲しいのだろうか?
彼女は担いだハンマーを軽く持ち上げて威嚇の意志を示す。アーマーガアはひいっと仰け反って慌てて弁明する。
「いやっ! その、そうする気がないのは、理解はしてるんだけどさ……! どうして、そこまで我慢してくれるの……?」
やはり馬鹿らしい。殺されないのだから、感謝して放っておけばいいのに。
彼女の胸には、プライドのため、約束は守るという固い誓いがあった。全ては自分自身のため。自分が鍛冶の一族として、誇れる自分であるために。
だがそんなことを説明する義理もなかった。彼女はやはり無言でそっぽを向く。
アーマーガアは相変わらずの気弱そうな顔で、でも何か思い切ったように話し出す。
「僕さ……殺されても仕方ないって思ってたんだ。だってデカヌチャンって……狩りをして生きるポケモンなんでしょ? それが誇りだって聞いてる。生きるために、自分らしくあるために狩りをするんだって」
「……」
「でも君はそれをしない。我慢してくれてる。なら僕は……そんな君のために、僕を殺さないでいてくれる君のために、君を信頼すべきだと思ったんだ」
アーマーガアは強い眼差しで、彼女を見つめていた。
「……うん。まだちょっと怖いけど……僕、君を信じるよ。君の決意に答えられるように」
そうしてアーマーガアは大きく息を吸った。
「僕を殺さない君を、僕は信じる。だから、一緒に頑張ろう!」
そう言うだけ言って、アーマーガアは行ってしまった。
勝手にこちらの内心を解釈して、勝手に決心して。足なんかずっと震えていたのに。
こちらの返答も聞かずにアイツは一匹で決めてしまった。
──だがもし、狩る者の本能と狩られる者の本能があるのなら。きっと、狩る者の決意と同様に、狩られる者の決意があるのかもしれない。
……この場合は、"狩られない者"としての決意か。
どちらにしろ、アイツがこちらの決意を信じるのなら──
デカヌチャンはその鉄の相棒を強く握り直し、深く息を吐き、心に決める。
──それに応えるのもまた、私の矜持だ。

少女にしては珍しいピンチだった。
フリッジジムのバトルもいよいよ大詰め。ジムリーダーの手持ちは残り2体。そして少女側もキノガッサが落とされて、残り2体となった。
ボールの中に残されたポケモンは、彼女だけ。
「お願い、デカヌチャン!」
高く舞ったボールから、彼女は力強く着地した。そこは彼女にとって、常に狩猟の場。隣に立つは天空の覇者たるアーマーガア。だが今は、同じ狩る者として。
「一緒に、行こう!」
継戦で疲れの見えるアーマーガア。だがその目は死んでおらず、その足にもはや震えはない。
一丁前に掛け声なぞ出して。
デカヌチャンはその声に微笑を返し──鉄槌と共に飛び出した。

それは、彼女にとって未体験の不思議な感覚だった。
目の前に本能的な獲物が映っているのに、狙うのはそれではなく。彼女は的確にハンマーを敵に打ち据える。
狩猟には有り得ざる2匹目の敵が意表を突いてくる時には、アーマーガアがその隙をカバーし鉄壁の守りを見せる。その背後から、巨体の陰で見えないような軌道でデカヌチャンは鉄槌を振り抜く。
狩られる者と狩る者の舞踏が、敵を完膚なきまでに叩きのめしている。少女の手持ちにならなければ、あの時捕まらなければ知らなかった、新しい狩りの形を、彼女は思い知った。
最後に残されるジムリーダーのストリンダー。目の前のアーマーガアが突如上空へ飛び去り、急激に開けた視界に戸惑い、そして気がつく。あの赤い悪魔がいない。
「やっちゃえ!」
アーマーガアのその声と同時に、彼女は繋ぐ手を放した。遥かな空のアーマーガアのもとから、流星の如きダイブを。
加速するスピード。デカヌチャンはハンマーを両手でしっかりと振りかぶって、敵目掛けて落下する。
気づけば彼女は、口元に笑みを浮かべていた。

そして、凄まじい落下速度に全体重を加えた全力の一撃は、地面ごとストリンダーを打ち砕いた。

「やったね!」
にっこりと笑って、その大きな羽を広げてこちらに向けるアーマーガア。
デカヌチャンはそんな彼をじっと見つめ──フンとそっぽを向く。
アーマーガアがえっ、と驚いたのも束の間、ゴンという鈍い金属音が響いた。それに気づいたアーマーガアは、また、嬉しそうに微笑む。
彼の羽には、彼女のハンマーが優しく添えられていた。



「アンタ、相当強いね。すごい才能だよ」
派手な服装をしたラッパーのジムリーダーは、悔しそうにしながらも少女を賞賛する。
「でも……それだけに惜しいよ。こんな世の中じゃあ……アンタの才能を国は見逃しちゃあくれないだろうね」
そう言ったジムリーダーの顔は、何も出来ない歯がゆい思いに満ちていて、少女は困ったような笑みを浮かべるしかなかった。





大きな困難もなく、8個のバッジを手に入れ、チャンピオンランクへと至った少女の旅は、まだまだこれからといった所で思わぬ終わりを迎えることになる。
それを少女はどこか勘づいていたような気もすれば、デカヌチャンもまたその不穏さに気がついていなかった訳でもない。
極論、彼女はやはり自分以外のことはどうでもよかった。少女にどのような処遇がなされようが、自分の生き方を貫くまでだ。ただそれが今は、彼女の行くところに最後まで着いていく事と等しいだけ。
少女が命じるのなら、彼女はいくらでも鉄槌を振るい、敵を打ち砕くだろう。
それが例え、ニンゲンであっても。

チャンピオンとなり、ポケモントレーナーとして、ポケモンを支配するその実力が公に認められた少女。そこに届いたのは、戦争への召集令状だった。

「皆……これから私たちは、戦争に行くことになりました」
寂しそうな、申し訳なさそうな面持ちで、少女はそう告げた。

戦争がどんな理由で始まったかなど、デカヌチャンにとってはどうでもよかった。聞けば厄災のポケモンだの、タイムマシンだのを巡って他国が難癖を付けてきたらしいが真偽は分からない。問題は、国の中でもトップレベルの戦力を持つ少女が、戦争の最前線に送られるということ。
トレーナーの中でも最前線に行く者と本国の守護にあたる者がいるそうだが、少女は前者に割り当てられていた。
「本当はみんなだけでも逃がしてあげたいんだけど……私一人じゃすぐ死んじゃうから……出来ればみんな、一緒に来て欲しいんだ」
そう懇願する少女に、拒否する仲間はいなかった。

そしてデカヌチャンにとってもすることは何ら変わりはなかった。ただ目の前の敵を狩り続ける。今までが「試合」だったのに対して、命懸けの「戦争」に変わるだけ。むしろかつての野生での生活に近い。
「ねぇ……僕はさ、何としてもマスターを守りたいんだ」
アーマーガアはいつになく真面目な顔で語った。
「だからさ、最期まで一緒に戦おう」
その申し出には、いかなる意味が含まれていたのか。彼女にはそれもまた関係の無いことで。
何も気にする必要は無い。いつも通り、今まで通りハンマーを振り抜くだけ。
だから気負うなと、そっとハンマーの縁で小突いて、彼女は背を向けた。


彼女の決意は、変わらず、ただ変わらず一貫してあり続けた。





「戦争」とやらは──あまりに熾烈なものだった。
少女が戦う最前線。それは技と技のぶつかり合う、ポケモン同士の戦場だった。
現代技術や武器は、最終的にはポケモンの技には敵わない。国と国の戦争のその最前線は、お互いの最高火力──ポケモンのぶつかり合いで構成される。銃やら剣やらが活躍するのは、それらが力尽きた後の制圧戦に過ぎない、らしい。

だだっ広い荒野で、山脈の合間で、多くの人間が多くのポケモンを使役して雑多に争っている。
普通のポケモンバトルに比べてあまりに広いバトルフィールドでは、もはや一人のトレーナーの指示が逐一届くことは無い。事前に大まかな戦略を伝え、後は何匹かで固まって戦闘を行う。多数対多数の戦いにおいて、小さな戦略や小細工は機能しない。単純な力の押し合いだ。
力尽きたほうが死んでいく。ただそれだけの単純な世界。
実力主義の戦場は、デカヌチャンにとって嫌いなものではなかった。
だがこれは、あまりに、あまりに乱雑に感じられた。
彼女はアーマーガアと共に、目の前の敵をひたすらに砕いていった。どれだけ敵を倒しても、休憩する間もなく連戦が続く。
それは単純な消耗戦で、大半が意味の無い押し合いだと、彼女には理解出来ていた。結局この戦いはまだ、戦争において重要なフェーズでは無い。なぜならこの争いでは、片方が力尽きた時、同様にもう片方もほぼ致命傷を受けていることが確定しているためだ。
ここで勝負が決することはなく、あくまでも戦争の緩衝材。お互いの勢力を削り合うだけの前哨戦。
それもまた戦法のひとつならば仕方がないだろう。問題なのは、そこに立っている者は皆死ぬということだけ。

そんな無意味な死地で、彼女は目ざましい戦果を上げ続けた。戦略を要さない圧倒的な暴力は、この戦いに適していたらしい。
デカヌチャンとアーマーガアは、ポケモンもニンゲンも、止まることなく砕き続ける。

控えとの交代で、一瞬訪れた休憩時間。
アーマーガアの背中に乗って帰還する中、彼女は返り血を拭って下を見下ろす。まさに地獄絵図だった。この争いを、野生だった頃の自分なら生き残れただろうか。
1対1の争いに固執していた当時では、きっと容易ではなかったように彼女には思えた。
「あっ、着くよ!」
アーマーガアの声と共に、高度が下がる。
見えたのは簡易的な陣営。カモフラージュの為の地味な色をしたテントが見え、その前にアーマーガアは着地する。
「おかえり、デカヌチャン、アーマーガア」
見慣れた少女が出迎える。アーマーガアはすぐさま飛び寄って、心底嬉しそうに頭を撫でられている。
と、少女はデカヌチャンのハンマーにべっとりとついた血を見つけ、その目に悲しそうな色が浮かんだ。
「この戦い……いつ終わるのかな……」
戦争が始まって一週間が経つ。だがそれでも戦いに終わる気配など見えてこない。
そしてその終わりが、良い終わりである保証などどこにもなかった。
ただ、それがどのようなものであれ──彼女に降りかかる悲惨な結末は、この鉄槌で振り払ってやることが務めだと、彼女は認識していた。

戦況が動いたのは、その一週間後だった。
ここ数日、敵側の勢力がじわじわと増してきていた。援軍があったのか、それは分からないが、少なくとも前線がゆっくりと押し下げられているのを彼女は感じていた。日を追う事に、ゆっくり、ゆっくりと下がっていく。

そしてその日。焼けるような黄昏の空の下。
デカヌチャンとアーマーガアは、唸るような地響きを聞いた。不吉な予感に身構えたパルデア陣営。その目に映ったのは、膨大なポケモンの群れ。遠くに見えたその影は、見る間に膨れ上がり、こちらを圧倒した。
そしてその先頭に見える影。それが何のポケモンであるか、それは分からないが──与える威圧が、少なくとも幻、伝説級に近い存在であることを確信させた。
敵国は、勝負を決めに来ていた。
「下がれッ!! 下がれッッ!!」
誰かの叫びをきっかけに、戦線が一気に崩れる。この敵の数、到底捌けるものでは無い。ここは一度引いて、体勢を立て直すのが得策だと思えた。
デカヌチャンもまたアーマーガアの背に乗り、後退しようとして──
「……うそ、待って……そんな……」
アーマーガアが、後ろを振り返って硬直した。
──その先には、少女のいるテントがあった。
「僕達、気が付かない間にこんなに後ろまで下がってたんだ──!!」
すぐ後ろには敵の大群が迫っている。今ここで退けば、小さな陣営はあっという間に敵の軍勢に飲み込まれるだろう。
その事実に直面した時、デカヌチャンは初めて、身を砕くほどの恐怖に襲われた。
自身の死はいい。だが、すぐそこに少女の死が見えている。
今まで無関心を貫いた彼女を、未曾有の恐怖が突き動かす。
彼女は敵へと振り返って、鉄槌を握り締めた。
最早彼女にも、少女には逃げ場はなかった。

この身は鋼だ。
相対する敵を全て打ち砕く鋼。
少女の元には、行かせない。

デカヌチャンは、咆哮を上げて、地を蹴って走り出した。

砕く。砕く。砕いて砕いて砕いて砕いて砕いて、砕く。
血で前が見えなくなろうが、体に傷を負おうが関係ない。ただ死に物狂いで目の前の障害を消し飛ばす。
永遠に砕き続ける限り、後ろの少女に被害は及ばない。ただ終わりなく砕けばいい。
もはやこれは狩りではなかった。
自分が守るべき誇りのために、ただ鉄槌を振るって、振るって、振るっ────


ガギン、と、聞いたことも無い音がした。


金属の割れる、破滅的な、嫌な音だった。
途端身体がバランスを崩して、彼女は地面を転がった。
理由は分からない。いや、分かっているのに頭が理解を拒んでいた。
両手で血の滲むほど握りしめたハンマー。その柄の先が、無い。
遠くに転がる、ハンマーの頭。

あまりの連戦に耐えかねたハンマーが、その役目を終えていた。

それに気がついた時、彼女の頭は一瞬にして真っ白になり、永遠にも思えるほどの長い時間、彼女の思考は停止した。

「ッ! デカヌチャン!! 大丈夫!? 一体どう、」

戦場で突然立ち止まったデカヌチャンに、後ろからアーマーガアが飛び込んできて敵を弾き飛ばす。彼もまた、ここで敵を食い止めると覚悟していた。
だが彼もまた、彼女の手の中を見てしまった。

彼女は唯一の武器を失った。このままでは・・・・・・、彼女に戦う術は無い。
──その刹那、2匹のポケモンは同じ結論に辿り着いてしまった。

折れてしまったハンマーの柄。
それを握りしめ、デカヌチャンはアーマーガアのほうを振り返る。
その顔には、涙と、引き攣った笑みがあった。

「……デカヌチャン」
「……そん……なこと、」
「デカヌチャン」
「敵にも、きっと、鋼の、」
「デカヌチャン」
「そいつを、殺して、鉄を」
「──デカヌチャン」
「私は、絶対にお前を──」

「僕を殺して、武器にするんだ」


…………結局、こうなるのか。
私は、誓いだの誇りだのと言って、結局その衝動を抑えられない。私は鍛冶の一族だ。気の赴くままに獲物を狩って、欲しいものを何でも奪い取る。
この暴虐な本能は──鍛冶(かぬち)の性は、どんな高尚な言い訳で塗りたくっても隠せやしない。
結局私は理想の武器の為なら、仲間だって殺してしまえる──

どうしようも無い、鍛冶の一族だった。





出来上がった血塗れのハンマーは、これまで見たどんなものよりも美しかった。

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