それでもポケモンSVは俺を待ってる

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作者:120
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『何選ぶか決めてるか』

 講義資料やら締切間近のレポートやらがひしめくデスクトップの端っこに、メッセージの通知がポップアップした。
 何の話だ。ゼミ? 卒論テーマ? 就活先? 学部の同期たちの専らの話題を振り返りつつ、内容の結論が出る前に俺は通知をクリックした。
 そして今更ながら送り主を確認し、すぐに後悔する。
 LINEの主は高校時代の友人。クラスも部活も違うこいつは、受験のプレッシャーを跳ね除けて共にマックスレイドバトルを攻略した仲だった。もちろん、大学三年の冬時点で将来のことを語り合うような真面目さは持ち合わせていない。お互いに。
 つまり、このLINEに欠けている情報を補うとすれば、ゼミでも就活でもない。ポケモンだ。最初のポケモンを何にするか決めたのかと、こいつは言っているのだ。

「ああ、明日か」

 明日というか、あと10分ほどだ。思わずため息をつく。
 だってこれは、俺が買わないゲームの話だ。きっと今更ハマらない、多分そんなに好きじゃない、でも耳には入ってくる、そういうコンテンツの話だ。



 小学生ぶりに遊んだポケモンは、今思い返しても楽しかったと思う。クリア後のやり込みを受験が終わるまで待てないぐらいには、剣盾というゲームにのめり込んでいた。

「頼む、レイド手伝ってくれ!」

 学年LINEでポケモン部(仮)の募集があったのも、そこに同じ剣盾復帰勢の友人がいたのも、ラッキーだった。
 あいつは見た目と能力がイカついポケモン。俺はなんとなく主人公感のあるポケモン。お互いお気に入りを繰り出すだけの対戦や協力プレイは絶妙に予測不能で、「馬鹿な」とか「喰らえ」とか言いながらしこたま盛り上がった。発売からしばらくしてからも、息抜きと称して対戦動画や二次創作をつまみ食いしながら、受験が終わるのを待った。動画やファンアートそれ自体もさることながら、プレイヤーや創作者たち自身が楽しそうだった。だから俺も本格的にポケモンにハマってみたいと思った。
 オタクは自分たちがハマるコンテンツを沼と呼ぶらしい。確かに、ポケモンは底が見えない。対戦もどきや創作漁りだけでこんなに楽しいなら、奥深くはどうなっているんだろう。俺は沼を遠くから覗き見して、その無限の深さに期待していた。ポケモンにハマり尽くした沼の中の人たちが羨ましかった。



 沼はこわいところだった。

「対戦とか創作とかこれまで見るだけでしたけど、やってみようと思ってて」
「いいですね! ちなみに推しポケとかって聞いていいですか? 私はマグマラシなんですけどっ」
「おし……? あー、そうですね、えー……」

 あのころ遠巻きに見ていた界隈に飛び込んで、電波越しに交わした最初の会話。「オシポケ」が頭の中で一発変換されず、一瞬フリーズしたのをよく覚えている。
 オシ。ああ推しか。実況者が相棒って呼んでたり、ひたすらそのポケモンを描いてる絵描きがいたりする、そんな感じの概念だ。そこまで理解して、俺はろくに勉強もせずに試験に来たような心持ちになった。何となく好きなポケモンぐらいなら何匹か思い当たる。でも、俺の隣に相棒ポケモンは立っていない。

「……レントラー、ですかね。ダイパのときとか、結構気に入ってて」
「あーレントラー! 透視で目光るのかっこいいですよね! 色違いめっちゃ好きでゴジャボに入れてます。剣盾内定なくて残念ですけど、グッズ豊富なんで耐えましょうね!」
「あー、ですね。えっと……やけたきのみさんは、マグマラシのどの辺を推してるんです?」
「あ、聞いちゃいます? それはですね……」

 色違いレントラーのすがたをググって確認しながら、俺は話題の矛先を自分から反らせたことに安堵した。
 そこからは相槌をうつだけでその場を凌げたが、止まらないマグマラシ語りを聞けば聞くほど、好きなポケモンの図鑑設定もグッズ展開も知らない自分が恥ずかしかった。
 沼の洗礼だ。そう思った。


 洗礼はしばらく続いた。どこの界隈に入り込んでも、ポケモン好きたちの交わす語りは洗練されていた。より深い理解度で、より高い解像度で、彼らは語る。それぞれのスタンスでポケモンを極めようとする。

「デンチュラはタスキとネットだけだと思ってる浅いやつらを狩る最強の型。つまり俺がデンチュラ全一なんよ」
「主人公の軌跡がめっちゃキラキラしてるからこそ、ホップくんとビートくんの影が濃くなってイイんだよね」
「ワンパチのここ、やっぱ指の付け根まで埋まってる絵はちょっと嘘すぎだったかな。でも埋まってほしいしな」
「今はまだ対面構築の方が勝てるけど、そろそろ剣盾のサイクル戦を理解しないと勝てなくなるし」

 誰も彼も、沼を生き抜くためのエネルギーと武器を持っていた。各々の方法で好きなものを好きだと証明していた。
 オタクの好き語りは自己紹介も同然だ。沼の暮らしにおいて何が好きかは何者であるかと同義だから、何も語れなければ何者でもなくなる。
 俺は丸腰も同然だった。


 ランクバトルを何シーズンかやり込んで、高校の頃見ていた飛ばしサムネの対戦動画にツッコミを入れられるぐらいになった。好きなポケモンの好きなところを小一時間ぐらい語れるようになって、それを辛うじて文や絵にできるようにもなった。
 エネルギーを燃やし武器を得て、ようやく沼の人々と互角の殴り合いができるようになったころ、ポケモン界隈に大きな供給があった。剣盾の大型アップデート、鎧の孤島である。俺の“推しポケ”のレントラーもバージョンアップとともに剣盾にやってきた。
 俺はこれまで以上に熱を上げてポケモンに勤しんだ。PVでレントラーの影を捉えて以来、カウントダウンイラストを描いたりレントラー用の対戦戦術を考えたりしながら待っていたくらいだ。嬉しいに決まってる。
 鎧島行ったらとりあえずレントラー探して、キャンプして、育成して、せっかくだしなんか小説のネタとか見つけたり、それから。
 いろいろと考えているうちに迎えたアップデート当日。界隈の人々は一斉にヨロイ島に飛び込み、新キャラの人物像から連れ歩きポケモンのほんの一挙動まで、強力無比な言葉でその魅力を語った。何ギガバイトか拡張されたポケモン世界は、広がったそばから沼の住民たちによって明らかにされていく。
 もちろん俺も共に飛び込み、思いつく限りのことをした。俺の“推し”に、相棒として隣に立つレントラーに恥じないように。実際やれていたとも思う。
 同じく推しポケと再会したフォロワーたちと喜びを分かち合い、考察と願望が入り混じった限界創作を世に解き放ち、対戦でもそれなりに結果を残した。好きを証明したという実感があった。
 俺は今、あの日ハマりたいと思ったポケモンにハマっている。でも、こんなものか? 充足感と安堵に、少しの違和感が水を差していた。


 さらなる供給が押し寄せる。GOTCHA!と題したMVの起こしたポケモン旋風は、ポケモン界隈どころかポケモンを知ってる大半の若者までを巻き込み、SNSは歓喜につつまれた。
 プレイヤーとしてのめくるめく思い出。トレーナーとポケモンという概念についての最高の解釈を提供した楽曲。ポケモンファンを全肯定する3分間。これで熱くならないわけがない。
俺のフォロワーが開いたツイキャスの雑談枠もまた大いに盛り上がっていた。

「いや〜。あそこで主人公が咄嗟にデンリュウ出すの、めっっっちゃ分かってる。もう感謝しかない」
「もうね、グリーンとか金銀ライバルの表情が解釈一致すぎてね。5000回スクショした。反則でしょ」
「マリーのほっぺむぎゅってするモルペコが好きすぎて」

 興奮を抑えられぬという様子で、誰もが競うように感想を言い合う。あのMVの直後なのだから当然だ。俺もいろいろと語りたいことがあるから、キャス通知に飛びついたのだ。語らなきゃならない。好きなのだから。
 しかし、そそくさと音声をオンにしようとする俺の指がひたと止まった。いや、自分の内側から俺を見張る何者かが引き止めた。

 「お前、感動したフリをしに行くのか?」と。

 感動の代わりにあるのは、大して昂っていないことへの焦燥だった。ポケモンオタクのための最高のMVが、オタクに擬態していた俺をふるいにかけて暴いてしまっていた。
 今、内なる自分の静止を振り切っていつものように言葉を紡いだとしても、きっとまたいつか呼び止められるのだろう。どれだけ好きを理論武装して周りを納得させたとしても、他ならぬ自分だけは疑いの目を向け続けるのだろう。
 キャスで語り合う音声がガンガンと頭に響く。彼らが楽しそうなのは、ポケモンを語るための武器やエネルギーがあるからじゃない。ポケモンが好きだからだ。
 分かっていた。俺はずっと、みんなほど興奮も感動もしていない。きっと俺は初めから、大してポケモンは好きじゃなかった。
 レントラーの魅力をいくつ語れるようになっても、何戦一緒に戦っても、どれだけ妄想を具現化しても、浅すぎる推し紹介をしたあの日と何も変わらない。
 俺の隣に相棒ポケモンはいなかった。
 もうここにはいられない。



 俺がポケ垢を消すまでの苦々しい記憶を回顧しながら、俺は旧友への返信を考えていた。
 もちろん、そんなしょうもない過去をコイツは知る由もないし、知らせる意味もない。既読をつけてしまったものは仕方がないので、とりあえずシンプルに事実だけを伝える。

『俺御三家いない 今作買わないから』
『えー』
『えーじゃない』
『なんでよ やろーぜ』

 おおかた御三家を後で交換しようと思ったのだろう。交換なんて、今は友人と約束するよりネットでやってしまった方が早いだろうに。
 ともかく、今更ポケモンをやるわけにはいかない。食い下がる友人をどう振り切るか思案していると、スマホ画面が突如暗転し、震え出した。通話? なんで?
 眉間に皺を寄せつつスマホを耳に当てる。

「……久しぶり」
『おう久しぶり。へへ、へへへ。ポケモンやろーぜぇ』

 友人はどうやら、なんだかんだ俺がポケモンを買うと思っているらしかった。かつて俺たちがポケモンをやるときは大体こういうノリだったが、今はこういうノリではないことを端的に示す必要がある。

「やらない」
『なんだよいーじゃん。まだ就職も卒論も先のことだろ? ちょっとぐらい──』
「やらないってば」

 自分が思っているよりずっと剣呑な声が出た。それにしても、俺がポケモンから離れてるのを知らないにしたって、少し空気読まなすぎだ。勘弁してほしい。

『どしたどした。なんかピリピリしてんな』
「悪い。でも本当に買う気ないんだ。忙しいとかじゃなくて、なんか、冷めたから」
『え。……すまん』

 友人は流石に面食らったらしい。電話越しなのになんとなく目を逸らそうとしてしまう。本当は今からポケモンを楽しみにしているコイツのテンションを下げるようなことは言いたくなかった。でも、金とか時間を言い訳にするのは許されないような気がした。何より、友人の無邪気から、後ろめたい思い出から、一刻も早く逃れたい。

「……俺、そんなポケモン好きじゃないからさ」

 俺は余計な一言を付け足した。
 気まずくてしばらく黙っていると、友人は「あー」とも「うー」ともつかない途切れ途切れの唸り声を合計伸ばし棒10本分ほど発してから、「まあ、いいか」と呟いた。いや、何が。

『な。聞いてくれよ俺の計画』
「えっなに」
『とりあえず御三家はあのワニの……あーっと、ホゲータだ。デカくなりそうだからな』

 ええ。この空気で普通にポケモンの話が始まるとは思ってもいなかった。コイツは俺が思っているよりずっとやばいやつだったのかもしれない。

『で、昨日流れてきたPV見て考えた。まず今作のロッピャクゾクを探しに行く。とりあえずストーリーはガン無視で、マップの端っこっぽいとこまでダッシュだ』

 困惑する俺を置き去りに、友人は計画を得意げに語る。

『それからあのデカいクジラと電気おにぎり、あとクソデカ岩石ガニと……あら?』

 いちにーさんし……と独り言のように呟く友人。「あと1匹だぞ」とフォローを入れる。

『あとは……まあなんか道すがら強そうなやつスカウトして、俺の最強チーム完成。そっからはもう無双よ』
「無双か」

計画は以上のようだった。パワーのありそうなポケモンをズラリと並べ、友人がフフンとわざとらしく鼻を鳴らす。

『いいだろ』

 名前覚えてやれよとか、計画がアバウトすぎるだろとか、ツッコみたいことはいろいろあった。でも。

「いいな、それ」
『だろ?』

 思わず吹き出す。思えば剣盾のときもそうだった。コイツはワイルドエリアからゴツい奴らを6匹連れてきては、名前も朧げなまま俺に見せつけてきた。フラットルールなのに、ご丁寧にレベルを100にしてから。

『本当はこのパーティーで対戦するまでが計画だったけどな。御三家被らないようにLINEしてみたら、お前やらないって言うじゃん。だから今、自慢しといた』
「一応聞くけど、被ってたらどうしたんだよ」
『もちろんワニは諦めてもらう。……しまった0時だ! じゃあな、俺は遊ぶぜ』

 「おい」と呼び止める間も無く通話が切れた。
 静寂の中、時計の針は確かに頂点で重なっている。たった今、全世界で同時にポケモン最新作が解禁された。
 剣盾のDLCが追加されたあの日のように、少し広がったポケモン世界は凄まじい速度と解像度で明らかにされているのだろう。GOTCHA!が公開されたあの日のように、ポケモン新作を構成する全ての魅力が競うように語られているのだろう。沼の住民たちの圧倒的な好きの力によって。
 俺はきっと、大してポケモンが好きじゃない。語りたい推しもいなければ、対戦の熱もない。MV見たって涙も出ないし、解釈も考察も別にしたいとは思わない。
 でも、今、それがどうした。

「……じゃあ、俺はニャオハで」

 それでもポケモンは待っている。
 ポケモンの名前を覚えないアイツのことも、そんなにポケモン好きじゃない俺のことも、ポケモンは待っている。

「今から最強パーティー作ってお前に自慢するから、ちょっと待ってろ」

 俺も遊ぶぞ、ポケモンSV。

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