決別

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作者:ポリゴ糖
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読了時間目安:30分
 覆面企画11に出せたら良かったなぁというのをちまちま書き進めていたものになります。結局レギュレーション無視して完成させましたが……。
 やはりスクエアさんの企画をベースにしたものならスクエアさんに投稿すべきだろうと。

 これで覆面企画への参加権を得たということにもなりますな?
「よう。まだ生きてやがったか」
 白い景色。雪原の中、台地の上に立ち、黒い背中を向けていたそいつは、こちらの気配に気が付くと、ゆったりと振り向いてそう言った。強い風雪などお構いなしと言いたげな、昔と変わらないニヒルな笑顔だった。
 何が、まだ生きてやがったか、だ。お前の方が、よっぽど死に近い生き方をしているんだろうに。そんな悪態の一つ二つでもついてやるのが、昔は友誼の証明だったし、今でもきっと向こうはそんなつもりでいる。
 けれど、そうはしなかった。
「変わらんな、お前は」
 そう言って、俺はアシガタナを引き抜いた。
「違うね。変わっちまったのは、オマエの方さ」
 そう言って、そいつは幽炎を漂わせた。

 言葉はそれ以上無用だった。
 さんざっぱら殴り合い、蹴り合い、斬っては燃やし、倒れては倒し、そうして最後には笑い合ったふたりの、最後の果し合いが始まった。



 まだ俺がフタチマルだったころの話で、あいつもまだマグマラシだった時分のことだ。
 今でこそこう言えば驚かれるのだが、俺も昔は手がつけられないほどの跳ねっ返りだった。武士道だか騎士道だか、そんなものは欠片も意識しなかったし、そんなものは腹の足しにもならない、不意打ち騙し討ちもお手の物、とにかく相手を叩き潰せればよいのだ、という考え方でいた。
 そもそも、武の道などというものは、昔、海の向こうから渡ってきたという白いダイケンキが、精神・心構えから、実戦に至る体捌きまでのあれこれを、こちらのミジュマル族に伝播させたものが根付いただけだ。以来、細部は恐らく変遷はしているだろうが、厳しい修行を経るにあたって「正々堂々」という戦い方は変わらず守ってきた一族である。その中にあって、俺のような者はとにかく異端児だった。
 必然、こう思う。
 ――外に出て、強くなってこいつらを見返してやる。
 わざわざ言葉にするようなことでもない。単に、お前が間違っている、などと勝手に認めてきやがった仲間共に一泡吹かせてやれば、それはもう気持ちがいいだろう、という、それだけのことだ。
 だが生憎、そうそう機会があるわけではない。
 行くと言ったってどこへ行く、見返すと言ったってどうやって見返す。具体的な展望がほとんど全くなかったのだ。群れとしてあちこちに動き回るわけでもなく、移動したとしても水辺の範囲に限る。勝手に群れを抜けていけばよかったろうが、食べ物を分け与えてくれるという最低限の親しみを無下にするには、自分ひとりでは心もとないという臆病の気が勝っていた。
 だから、圧倒的に、世界を知らなかった。
 その気付きを得たときには、そこには二つの意味が込められていた。

「オレに、ここまで攻撃を、入れたのは、オマエが初めて、だな」
 そいつも息を切らしながらそう言った。
 こんな奴がいるのか、と、ボロボロで仰向けになってそう思う。群れの位置から少し離れて、どうにも雪に慣れていないらしい足取りでやってきた個体を、陰からじっと見張り、隙と見て踏み込んだ。最初の一撃をきっちり入れたのが最初で最後。小手先の搦め手はそれ以上の妙手に上回られ、それから与えた数撃の何倍もの痛撃を食らい、倒れ伏したのだった。
 強い。
 おそらくは同年代だろうそいつに、畏敬の念さえ抱いた。
 受けた傷をものともせず、そいつは四つ足になって立ち去ろうとする。頭と尻に灯した炎が、ゆらゆら揺れて遠のいていくのに、思わず「待った」と声をかけた。
 そいつはなんだかニヒルっぽい笑顔で振り向いた。
 呼び止めたのは、別段恨み言を言いたかったわけでも、再戦の約束を取り付けたかったわけでもない。ただこのまま行かせてしまうのは、なんとなく惜しいと思ったからだ。
 数秒の沈黙からそれを察知したのだろうか。
「オレは流れもんでね。良かったら一緒に来るかい」
 そう言ったのは、俺が群れからも疎まれているということを察知していたからだろうか。
 それとも、ただ面白そうだったからだろうか。
 あるいは――あるいは、こうして戦うためだっただろうか。



 真っ直ぐに斬り付けた剣筋は嘲笑うように避けられた。続けざまの胴薙ぎも袈裟斬りもひらりひらりと躱す動きは、ケムッソに道を譲ってやるような冗長さを孕んでいる。まるで子供をあやしているような余裕綽々な表情で、ことごとくに空を斬らせる。
 多少なりともカチンと来て、その顔に向けて両手で突きを繰り出し――
「――ぐぅっ!」
 次の瞬間には視界が縦横に揺れ、身体が後ろへ吹き飛んでいた。がら空きの腹を蹴り飛ばされたのだということに気付いたのは姿勢を制御してからで、その時には一気呵成に鬼火が攻めかかってきていた。
「どうしたどうしたァ!」
 叫びながら、後続を次々を生み出し、雨のように叩きつけてくる。
 次々と襲い来る赤紫の炎を、右へ左へかいくぐり、左へ右へと斬り伏せる。こちらの隙と間を熟知した攻め方を、嫌らしいと評さないでどう評すべきか。それでも正面から間合いを詰めるこちらに、あちらは炎を吐いて対抗した。
 本命は当てることにあらず。こちらの足元を狙って吐いたのは二つの意図あってのこと。
 一つはこちらを宙に浮かせるため。左右に避け難いところを的確に狙ってきたのがその証拠。
 もう一つは、一気に湯気と化した雪でもって、こちらの視界を奪うこと。
 しまった、と思った時にはもう遅い。視界を覆う白を斬り払うだけの時間があれば、その辺のユキカブリなど十は倒せる。
 その余裕でもって放たれた、先ほどの倍は太い火炎放射。
 墜落、と言った方がしっくりくる着地に追撃を食らわすのは、炎ではなく哄笑だった。
「オイオイ、暫く見ねえ間にナマクラになっちまったか?」どこまでも余裕を崩さないその表情の中には、一種の憂いが滲んでいた。「真ッ正面から突っ込んでくるなんざ、お前らしくもない。初めて会ったときのあのキレはどうしたよ?」
「……五月蠅い」
 黒いアシガタナを白い雪原に立てて立ち上がり、体に付いた雪を払う。
 深く呼吸を繰り返し、肺臓の奥まで空気を行き渡らせる。
 再度、駆け出す――までもなく、あっという間に接近されて、腹に痛撃を頂いた。身体が錐揉みし、視界が激震する。態勢を整え直す間もなく、再び雪の中にうずもれた。

「弱くなったなあ、オマエ」いっそ哀れみを帯びた色を孕んでいた。
「なっては、いないさ」息も絶え絶えでも、きっちり言い返した。
「いいや、言ってやるさ」そいつはそんな苦しみなど知ったこっちゃないと言いたげに滔々と語る。「腑抜けちまったんだよ。最初に会った時はどうだ。オレとオマエとでこの大地を行脚した間はどうだ。そんな真正面からつっかかって行くような向こう見ずでもなかったろうよ。オレはな、手を尽くして負けた時の"次こそぶっ潰してやる"って言いたげな顔を見てオマエに声をかけたんだ。卑怯な勝ち方をした時でも"勝ったのはこっちなんだから文句は言わせねえぞ"って眼光を見込んでオマエとつるみ続けたんだ。それが今はどうだ。今のオマエには欠片も残ってねえ。それもこれも、オマエが――」
 一陣の風が、雪原を襲う。
 びゅうと吹いた吹雪に紛れ、話の途中で斬りかかるという姑息で卑劣な一撃が、そいつの腹を切り裂いた――。



「こ……の……! 卑怯者め……!」
 ばしゃん、という音とともに、一回り大きいオヤブンエンペルトの身体が海に横倒しになった。風上側から砂を巻き上げて目を潰し、その隙に追い風に乗って思い切り袈裟斬りを決め、優勢を保ったまま斬り伏せたのだった。
「卑怯で結構、勝ちは勝ちだ」
 アシガタナを納めつつ、口元を歪めながら睨みつける。わざと挑発的な仕草をしてみせ、怒りに任せて立ち上がってくれれば儲けもの、もっと戦うことができる。
 しかし大概、起き上がろうとしてるんじゃねえぞ、といった意味に受け取られることが多く、実際エンペルトも悔しげな顔のまま目を閉じた。戦闘不能だ。
「おお、やるねえ。コイツはこの海岸でも指折りの強者だぜ」
 少し離れた場所から見ていたバクフーンが、エンペルトを見下して笑う。
「こいつとやり合いたかったのか?」
「いやいいさ。趣味じゃねえし、それに――」
 騒ぎを聞きつけ、他のポケモンたちが集まってきた気配を感じる。倒れたエンペルトを見て怖気付くような輩も、むしろエンペルトを倒した奴を倒せば奴以上だ、と意気込む奴もいる。オヤブンもいれば、群れで来ているようなのもいる。選り取り見取りだった。
「――オマエが仕事してくれたお陰でコッチも楽しみにありつけるってわけよ。いつも通り大物はくれてやる。代わりにコッチは邪魔してくれるなよ」
「毎度思うが、お前の趣向は随分変わっているな」
「そうかね、ずっと前から変わらんよ」少しずれた返しを気にせず、「獲物が被らなくていいじゃねえか」
「そうだな。助かる」
「いいってことよ」
 ふたり、にたりと笑った顔を互いに向けてから、飛びつくように群れの中に突っ込んだ。

 凍土を抜け出し、こいつとつるんで何をしていたかと言えば、大概こんな感じだった。
 原野を駆け、湿地に潜み、海岸で暴れ、山麓を登り、どこまでも続いていきそうな大地を隅から隅まで渡りきるつもりで、俺とあいつは戦いを求めて歩き続けた。
 もちろん、戦って勝ち続けるばかりではない。奇襲を読んで対処する強者を攻めきれずに撤退したこともあったし、波状攻撃に耐えきれずにリンチを食らったこともあった。沼地から上げた顔が原型がなくなるくらいになり、しかもそれが泥まみれのお互いを見て、星空の下で大笑いしたこともあった。

 しかしよく思えば、俺とこいつの目的――意味、という方が正しいかもしれない――がこうも異なっていたのに、よく並んで戦えたものだと思う。
 俺はとにかく、自分の強さを肯定することで、群れの信奉していた強さを否定したかった。とはいっても、凍土に住む群れをどうこうしようとは思わなかった。ある意味、自分との闘いだったのだ――自分のやり方のほうが正しい、と自分に証明することで、植え付けられた武士道のようなものを断罪して消し去ってしまえると、たぶんそういうことを無意識に思っていたのだと思う。

 しかし――毎日顔を合わせ、毎度肩を並べて戦っていたのに、あいつが何を考えて、何のために戦っていたのかは、結局理解することはできなかったのだ。

 少なくとも俺と同じではなかったろう。強者を狙うわけでもなく、けれど別に弱い者を虐げて悦に浸るようなこともなく、直に命を奪うところまでやることもない。群れに突っ込み、鬼火を撒き散らし、満遍なく焼き焦がすのに、強さの肯定や否定や、そんな命題はないように思った。
 満遍なくとはいえど法則性はあり、子供の個体やまだ進化できる余地のあるポケモンは軽く痛めつける程度であるし、立ち向かってくる相手は屈服させるに留めた。命に係わるヤキ入れをする相手は、最終進化系でなおかつ敵前逃亡を図るやつと決まっていた。
 何故そういった戦い方をするのか、と訊いてみたことがある。あいつは、一度凍ってスカスカになったきのみを噛んだような顔をして、
「戦う能力があるくせに逃げるような奴ぁ、オレは大嫌いなんだよ」
 分からんでもないが、と言ってそれ以上は続けなかった。オヤブンと1対1でやり合いたい俺と、それ以外を相手取るあいつとで、獲物を食い合わないという利点がある。それでいいじゃないかという暗黙の了解が、それ以上の理解を遮った。
 その実の理由は、きっと一生理解しえなかっただろう。

 ――大丈夫か?
 人間との出会いがなければ。



 疾駆、斬撃。
 辻斬りという技の極意を示すのにその二語以外を用いるのは無粋かもしれない。
 強者との闘いの中でも何度も使った手だ。慣れた雪原の上を走り、こちらを捉え切れていない相手が背を向けたところへもう一度斬りかかる。何度も何度もそれを繰り返し、肉体的にも精神的にも相手を弱らせていく。「一方的に何度も斬り付けるなど卑怯だ」と言われようが、「だからどうした」と強気に返せるほどに圧倒的に相手を痛めつけるやり方。

 まあ、手の内を知っているこいつに、読まれないはずもなく。
 視界が雪に覆われたその時点で気付いていたのだろう、かすり傷を負わせるにとどまり、反転して狙った追撃は正面から受け止められた。炎を腕に鎧のようにまとわりつかせ、アシガタナに対抗する。こちらの腕が焼け焦げるような感覚、そうなる前に腕のばねを使って飛び退いた。
「おお、いいじゃねえか。ちったあ感覚は戻ってきたか?」
 腕の炎を全身に回し、態勢を整えるこちらを待たず中空から突っ込んできた。回転の勢いを加えた火炎車に、着地点の雪が一気に蒸発する。間一髪で横に退き、隙と見てすれ違いざまに斬りつけたが、背中に
纏う炎に遮られ届かなかった。
 
 こいつの言ったとおりだ。
 炎。水。斬撃。蹴撃。霊力の球。氷。悪のエネルギー。そうしたものが飛び交う戦場の中で、少しずつ、感覚が戻ってくる。
 さっきの辻斬りもそうだ。
 ある種の、「野生の勘」というものが、少しずつ頭の中に満ちてくるのを感じる。
 火炎放射の準備に入るその間隙に、アシガタナを腹めがけて投擲した。避けることもできたろうそれにわざと炎を吐きつけ、吹き飛ばされたアシガタナは空中で錐揉み回転する。
 アシガタナが避けられたなら、すれ違いざま斬りつける流れで回収し、次はフェイントを交えて攻撃――という流れに持ちこむ予定だったが、変更。意識が多少なりとも上へ向いたところへ、一直線の冷凍光線を吐きつける。
 凍土の環境にも慣れ、炎を持つこいつに効くはずもなく、腕にまとった炎で敢えなく防がれる、が、それは本命ではない。
 一度鞘に戻したもう一本のアシガタナを、光線の軌跡に沿って投げた。
 アシガタナが、光線を防いだ腕に軽く刺さる。
 追撃。それを見て取って跳躍、宙を舞うアシガタナを掴み、唐竹割りに斬りつける。飛び退いたそいつに二、三の斬撃を追加し、吐かれた炎に距離を取る。
 そこで違和感に気付いたらしいそいつが、腕を押さえて笑った。だらりと垂らした腕には腫れが見える。これでいくらかは動きを封じられたはずだ。
「確かに野生の頃には使わなかった技だが、確かに野生の頃のオマエのやり方だな。まさか毒まで使っちまうとは思わなかったが」
 毒突き。通常、野生では覚えない技だ。鞘の中に潜ませた毒針――草タイプを倒して抜き取ったものだ――をアシガタナの窪みに食い込ませ、それと分からぬように毒を注入できる、ある意味外法な技だ。
 ここに来た直後、刃を交える前であれば、少しは使うことを躊躇ったろうし、その躊躇からくる隙でもっと手痛い傷を負わされていただろう。
 昔の感覚はもうほとんど戻ってきたようだ。
「やはりお前は変わらんな」押し付けるように言ってやった。「避けられたものをわざと受けるような『遊び』を利用しただけだ。油断したお前が悪い」
「そう、それさ」確実に重くなっているだろう身体に反し、顔からは憂いは吹き飛んでいた。「その目だ。そのふてぶてしい態度だ。オマエはそうでなくっちゃいけねえよ。だそんなオマエ相手なら――もうちっと飛ばしても構わねえよなぁ!」
 轟、という音とともに、そいつの身体が膨れ上がったように見えた。
 いつも見ていた、戦いに向かう時の苛烈な笑みだった。
 身体から放出した紫焔が、多数の渦を巻いて形を成していく。百鬼夜行、と名付けられた、鬼火の大軍勢。まともに触れれば火傷は免れられない。周囲に展開されたそれらが、まるで餌に群がる獣のように遅いかかってきた。
 連続して正面から叩きつけられる鬼火を、交差したアシガタナで受け止める。殺しきれない衝撃が、身体を後ろに進ませる――
「――しまった!」
 気付いた時には足元に雪も地面もなかった。
 盛り上がった丘のような場所、その段差から押し出されるように下に落ちた。



 天冠の山麓で、斜面から滑落した。
 言葉にすればただそれだけだが、一度跳ねたとき頭を岩に打ち付け、朦朧とした身体に次々と斜面が加えてくる追撃は、暫く身体を動かせないほど痛烈だった。尾根の向こう側にガバイトの群れを追って行ったあいつは気付かないだろう状況で、
 ――大丈夫、じゃなさそうだな。一度キャンプで本格的に診た方がいい。
 そう言ってボールを押し付けてきた人間のお節介を拒むことは、かなり無理があったのだ。

 こちらは元気になったら直ぐに出ていくつもりだったし、先方もそのつもりだったろう。助けてもらった恩を感じないではなかったが、そんなものは甘えた考えだと脳内で斬り捨てた。
 だが、その人間の連れているポケモンの中に、野生にいたオヤブンよりもなお強い個体がいると知って、その予定は覆された。
 逃がされそうになったとき、アシガタナを引き抜いてその人間の腰元に突き付けてやれば、それだけで人間は趣旨を理解したようだった。
 そうしてこっぴどくやられた。
 地形を利用した奇襲や姑息な手を使った攻撃にも、その人間のジュナイパーは漏らすことなく対応して見せ、粛々とこちらに攻撃を加えてダウンさせた。確かに他のオヤブンにも勝てなかったことは多々あるが、こうまで完膚なきまでにやられたのは初めてだった。あいつと初めて会った時にだって、もっとマシな戦いだったはずだ。
 自分の信じる強さを真っ向から否定されたと思った。
 であれば、このジュナイパーを下して、もう一度取り戻さなければならない。
 そのためには、業腹ではあったが、人間の元に潜り込み、隙を伺うのが最適解だ、と、このジュナイパーを叩きのめすことを至上命題とした頭は叩き出した。
 そうして人間の手持ちポケモンとなった。

 そうまでしたのに、結局不意打ちでジュナイパーを下すことはどう足掻いてもできなかった。
 訓練の直後、寝入っている最中、果ては食事中に襲っても難なく撃退された。食っている途中の木の実を中空に放り投げ、矢と蹴りでもって奇襲者を吹っ飛ばした後で悠々とキャッチする、などという曲芸じみたこともやって見せた。
 挑んでも挑んでも打ち負かせないジュナイパーへの敵意をこれでもかと滾らせていくと、そのことに気付いたらしい主である人間が、これまで見たこともないような新しい技や俯瞰的な立場から見る助言などをそれとなく伝えてくるようになった。最初は完全に無視していたのだが、やはりジュナイパーの主ということもあり、奴の癖や弱点をも熟知しているそれを試すと、一矢報いることくらいはできるようになった(もっとも、一矢につき三倍程度が返ってくるのがお約束だったが)。
 自分が"ダイケンキ"と呼ばれ、あいつが"バクフーン"と呼ばれる種族であること、持っている武器がアシガタナと呼ばれていること、その他諸々の人間の知識を手に入れたのはその時だ。

 人間は、端的に言えば弱い。
 正直、最初は嫌で嫌で仕方がなかった。村という集団において求められるのは、野生の頃に忌避し続け否定し続けてきた、いわゆる「礼儀正しさ」だったからだ。物々交換などするくらいならさっと奪って逃げてしまえば自分のものだろうに、とか、せっかく石造りの大きな建物が村の真ん中にあるのだから、与えられた狭い部屋など出て力ずくで制圧して寝床にしてしまえばいいだろう、とか、最初のうちはそういうことを思ったものだった。
 命を取ろうと思えば、その機会は四六時中と言っていいほどに巡ってきた。やろうと思えば(そしてあのジュナイパーさえいなければ)、このムラとよばれる場所に集う人間を片っ端から斬殺してやり、それから悠々と凍土に戻ってくることだって、到底無理なことだとは思えなかった。それだけ、脆弱な種族なのだ。
 その弱さに気付いた時、少なからぬ屈辱を感じたものだ。そんな弱いものにまるで身を守るための道具として使われる自分は、それ以下の惨めな存在なのだと、そういう捉え方もした。
 しかし、"使われる"ことと"遣われる"ことは、通じているのだということも知った。
 ただ単に道具として大切にされているだけなんじゃないかと言われても、完全に否定することはできない。
 そうすることで、弱いものを受け入れられる社会、文明を作る。人間の営み、人間の在り方とはこういうことだった。
 自分もその一部として在ることに、いつしか慣れていった。
 慣れていってしまった。

 そして、そういう在り方を、最後まで許せなかったのが、こいつだったのだ。



 一瞬の走馬灯の後に、灯よりもなお朱い炎が襲い掛かる。段差の上からの火炎車。飛ばしかけた意識を即座に戻し、飛び退いて回避した。
 先程の百鬼夜行を織り交ぜた、畳みかけるような連撃。
「なあ、人間ってのはそんなに良いもんかよ」
 拳をまともに食らう。
「さっきの毒突きみたいな小手先の強さは認めるぜ」
 鬼火に正面からぶつかる。
「だがそれだけだ。オレらにとってはお遊びだ」
 アシガタナが空を斬る。
「そうだろう? 人間の弱さは、オレにとっては耐え難かった。オマエはそうじゃないのか?」
 応戦で手一杯どころか、受けきれなかった数撃は確実にこちらの体力を大きく削った。

 毒突きを仕込んだアシガタナで牽制しつつ、距離を取る。
 そう思わないかと言えば、それは嘘だ。
 野生の在り方と人間社会の在り方とは、根底は同じであっても――自分の種族を、子孫を繁栄させるという目的が通底していても――、圧倒的に違う。
 だからこの戦いは、一つの試練なのだ。
 "野生の流儀"を、"人間の賢しさ"が上回れるかどうか。
 弱きを包摂するだけの力を、こいつに示せるか。

「お前の在り方が間違っているとは思わない。だが、俺は人間の在り方は人間の在り方として認めなければならないとも思っている。空を飛ぶ者、海の中に棲む者、森の中に棲む者。それぞれ違うだろう。そこに一つ増えるだけだ」
「それだけなら何も言わねえや。だが、人間はこっちの在り方を侵食してきている。それが我慢ならねえ」
 南の方――湿原や海岸よりもさらに南側だ――から渡ってきたポケモンは、しきりに人間という存在の危険性について語っていた。戦う力もないくせに、同胞を攫っては子分にしてしまう恐ろしい存在だと。明らかに"不自然"なものを作っては、そこから我々のようなまつろわぬ者たちを追い出してしまう憎い存在だと。
「オマエならば分かるだろうと思ってたが、本当に絆されちまうなんてな」
「……どうだろうな」
 咀嚼が足りないと言われても仕方がないが、そういう風に飲み込んだというだけなのかもしれない、と思う。
 フン、と不満げに鼻を鳴らした後、そいつは言った。

「"アレ"を使えよ」

 "アレ"で通じるのが、俺とこいつの仲だった。
「毎晩のようにオマエが森の木を斬りつけてた時期があったな。あの時に完成させたんだろ。"秘剣"ってやつをよ」
 その技を使うことを、俺は自分で自分に禁じていた。実際、一度も戦いの中で使うことはなかった。
「アレは純粋に、オマエが野生を生きるための切札だ。純粋な実力の結晶だ。オマエはそれを腐らせるつもりか? 封じて終わりにするつもりか?」
 野生を生きるということにおいて、技しかり、力しかり、それを極めて他のポケモンにぶつけるということは、絶対的な価値を持つ。
 それを捨て、封じてしまうということは――
「……俺はそれでもいいと思っている」
 ――決別、だった。
「そうか」

 その一言をきっかけに――
 ――空気が爆発した。

 周囲の気温が一気に上昇したのは錯覚ではない。そいつから出る熱が、一気に増えたのだ。
 背後に浮かぶのは百をゆうに超える鬼火の球。無限の熱を抱えた本気の百鬼夜行。
 こちらを、躊躇なく、容赦なく、殺すつもりのようだった。
 次の瞬間には、その鬼火が一斉に襲い掛かってくる。

 そしてそれは、そいつなりのメッセージだ――「切り札を出さなければ、死ぬぞ」という。

 ほとんど、無意識だった。
 あるいは、無意識に「出させられた」。

 アシガタナを、逆手に構え――



 ひけん・ちえなみ。



 千重の波が岩をも叩き壊すように、無限の斬撃がバクフーンの身体を引き裂いた。


 倒れざま、それでも――

 ――そいつは笑っていた。



 「初めて会った、雪原のあの場所で待つ」
 ワシボンに託したそれだけの伝言で、あいつがどうしたいのかを理解した。

 牧場からそっと抜け出し、雪原を歩く。白い雪原の中、足を冷やしながら前に進む感覚は、実際の時間以上に久しぶりのものに思えた。
 雪原、人間たちが純白の凍土と呼んでいるこの自分が産まれた地域は、見た限り、特段に様変わりしているようには見えなかった。分かりやすいように川を辿って行ったが、そこに住まうポケモンたちは、遠目では最後に野生として見た者たちと寸分違わぬように見える。
 ――いや。そうではないのだろう。
 この過酷な雪原で生き延びるには、勝ち抜いて、生き残らなければならない。前と変わっていないように見えても、俺が雪原を離れている間に、争う敵を打倒し、また打倒されてリーダーが入れ替わったりしているのだ。そうして強くなる。生き残るために力をつける。
 生きることに力を傾けるということに、人間たちの持つ文明のような、「余裕」という停滞はあり得ないのだ。

 隠し持っていたきのみをワシボンに駄賃として与えてから、ずっと考えていた。
 あいつは何としてでも、そんな"野生の流儀"を守りたかったのかもしれない。
 厳しい環境、淘汰する圧を常に与え続けて、その中でも生き残るような強者、あるいは強い群れ――もっといえば、「生き残りたいという意志を持った個体・集団」にしか、その先を生きる権利はない――そんな流儀を。
 人間や、人間の許で暮らすポケモンにしてみれば、なんと過酷で冷酷で残酷な世界だと思うかもしれない。実際、人間と過ごすようになって、そういう視座から昔を思い出すことは何度かあった。
 けれど別に、間違っているというわけじゃない。
 人間は技術を磨き、そのままでは到底暮らせそうにない場所にも生活の拠点を築いて見せた。けれどそれは、放っておけば永遠にあり続けるものではない。維持の労力を払わない対象に人間はまだ優しいが、“野生”の淘汰の中にあってはそうもいかない。
 肌感覚で理解していたからこそ、タダ乗りする――一定の戦う能力があるのに、それを群れのために生かそうとしない――輩を、ただの弱者以上に忌み嫌った。だから半殺しにまでした。たぶんきっとそれは見せしめだった。
 そしてその在り方を、人間という存在がこのヒスイに入ってきている今、各地を回って示した。
 それはこいつなりの教導であり、巡礼でもあったのかもしれない。

 だから。
「よう。まだ生きてやがったか」
 この言い草は、あいつの一生の中でも、最大級の皮肉だったろうと思う。
 本当にそう問われるべきは、殺伐とした世界に生きる、あいつだったろうに。



 大の字に倒れて起き上がろうとしないそいつに近寄る。
 これは、バトルという行儀の良いものではなく、決闘などという気高いものでもない。喧嘩、と言うのが一番近いだろうが、もう少し違うだろうと思う。言うならば、信念と命を掛け金にした賭博だ。勝者には愉悦を。敗者には死を。
 だから本気で斬りつけた。こいつも殺す気でかかってきた。
 だから、こいつの命が残りいくらもないことを理解していた。
「オイオイ、もっと、勝利に喜べ、よ。何を、辛気臭い、顔、してんだ」
 息が上がっている。自分が死にかけていることも、きっと理解しているに違いなかった。
 それでも、そいつは笑っていた。ニヒルに、笑っていた。
「死ぬ前に一つ答えろ」
 俺は冷酷に突き付けるように訊いた。
「俺のことが許せないか」
 はん、と嘲笑うように返された。
「殺し殺され、は、野生じゃ、当たり前、だ」
 吹雪がびゅうと吹いた。

 その音を聞いて何を思ったか、そいつは目を閉じて語った。
「この、大地も、ほかの大地、のように、人間、に支配、される時が、くる。オレは、それ、が、我慢ならなかった。それだけだ」
 多分、本当にそれだけだったのだ。
 それは、こいつが小難しい理屈が嫌いだからとか、あるいは賢さの足りない野生児だからとか、そういう理由ではない。
 純粋な怒り。不満。それだけで十分だったのだ。
 そして、それはきっと、俺も同じだ。群れを見返すという本来の目的は、いつの間にか亜空に消えてしまったが、それだって不満や怨嗟のような単純な感情だったのだから。

 最期に、もう一度だけ目を見開き。
 こちらをまっすぐ見据えて、こう言った。

「それ、だけさ。だから、これは、"継承"なのさ」

 どういうことだ、と訊き返そうとした時には、そいつは再度、目を閉じていた。
「あー……楽しかった…………」


 それきり、そいつはもう目を開かなかった。


「…………」
 永遠の沈黙を前に、悪態を吐きたい気分をぐっとこらえた。
 何も、「それだけ」であるものか。
 つまり、こいつの守りたかった"野生"を、それを守り受け継ぐ役柄を、無断でこちらに投げ渡したのだ。
 そのために全力でやり合った。
 そのために全霊で殺り合った。
 こちらの内に、"野生"が残っていることを確かめるために。
 こちらの中に、"野生"が根付いていることを思い知らせるために。

 それは、"野生"を自分以上に継承するだろうという信頼であると同時に、これを持って人間の許に戻ろうとする俺にかけた「呪縛」でもあった。
 決別を許さない、たったそれだけのために、こいつは命を懸けたのだ。

 倒れた身体を見下す俺の動作は緩慢だった。
 緩慢ではあったが、もう、迷わなかった。

 アシガタナを鞘から抜き――


 ――これまでのことを感謝するように――


 ――あるいは、これまでのことを恨むように――


 ――あるいは、これまでのことを全て忘れてしまうためのように――




 ――そいつの心臓を、力一杯突き刺した。

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