【滅ビシ獣ラ】氷解の一歩【三次創作】

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作者:雪椿
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読了時間目安:8分
伊崎つりざおさんが連載している作品、「滅ビシ獣ラ」の三次創作です。
 カントー地方のとある空港。そこの待合室でチケットを手にしたリッカは何度も視線を落とし、その時が来るのを待っていた。暗青色の目には隠し切れない期待が満ち溢れ、足は控えめながらも揺れ動いている。
 その様子は初めて飛行機に乗る「少年」そのもので、目にした人々から温かな視線が送られてきた。リッカの顔を見て首を傾げる者もいたが、特に何も言わずに去っていく。
 「家族」と一緒にいれば違っていたであろう反応も、リッカ一人ではこんなものだ。そのことに何とも言えない感情を抱きつつ、安堵の息を吐く。これなら正体に気付かれることはないだろう。
 もしも正体に気付かれ、家に連絡でも入れられたらこれまでの苦労が全て泡になる。そうなったら「あの人」もただでは済まない、とあの特徴的な容姿を思い浮かべた。旅立つにあたって連絡はしたが、果たして来てくれるのだろうか。
 何だかんだ忙しい人だから、来てくれたとしてもギリギリかもしれない。そんなことを考えながら、リッカはこの状況に困り果てていた。
 今まで生きてきた十年と少しの中で、リッカは一度もこんな視線を浴びたことがない。どんな反応をしたらいいかわからず、ただただ硬直してしまう。それも微笑ましいものに見えたのだろう。周囲の視線がより温かいものになっていく。
 もしもここにチェリムがいれば、すぐにでもポジフォルムに変化していた。そう確信してしまうほど視線は温かく、リッカは何とも言えない居心地の悪さを味わっていた。悪意がないのが唯一の救いだが、今は善意こそが一番の悪に感じてしまう。
 視線から逃れるべく移動したとしても、人が変わるだけで視線はなくならないだろう。逆に今より多くの視線を呼び込む可能性すらある。
 キャパオーバーを理由に泣こうにも、凍り付いたこの顔では涙の一滴すら落ちやしない。目はこれほどまでに感情を映し出しているというのに。
 この年齢にしては器用な体になったものだ。俯き、チケットで顔を隠したままリッカは一人嗤う。もっとも、見られたところでこの顔に笑みなんて浮かんでいないだろうが。そもそも、リッカはちゃんと笑ったことがあっただろうか。わからない。わかるわけがない。
 家から出たとしても自由になったわけではない。リッカはまだまだあの家に囚われているのだ。早く自由にならなければ、とチケットを持つ手に力が入る。その手が震えているのは、決して力の入れすぎだけではない。
 全てから逃れるために、早く時間になって欲しい。時計の針はあんなにもゆっくりなのに、人々は流れるように歩き去っていく。まるでトリックルームの中に入れられたかのようだ。もしもそうだというのなら、解除されるまであとどれだけ待てばいいのか。
 来るはずのない技の解除を待っていると、ふと目の前に影が差す。顔を上げると、そこには金髪に黒と緑の目を持った男が立っていた。

「ヒトトセさん!」

 驚きと喜びが混じった大声に、ヒトトセが苦笑いを浮かべる。
「俺に会えて嬉しいのはわかるが、ボリュームは控えめにな?」
 あまり目立ちたくないからさ。そう続けられた言葉にハッとなって小さく謝罪をすると、気にするなと明るい笑い声が返ってくる。
 ボリュームは控えめと言っておきながら大きな声で笑うこの男こそ、リッカをあの家からチケットの行先へ逃がす手伝いをしてくれた存在――ヒトトセである。珍しい目を持っているが、人工ではなく天然らしいから色々と苦労していそうだ。
 何の接点もないはずのリッカにどうしてここまでしてくれるのか、どうやってあの家に干渉したのかはわからない。わかるのは、彼が「強い」ことだけだった。
 色々と尋ねようにも、リッカはヒトトセの本名すら知らない。初めて対面した時に「俺のことは、そうだな。ヒトトセとでも呼んでくれ」と言われたことから、この名前は偽名なのだろう。
 彼の本名を、過去を知りたい。でも、聞いたら彼が消えてしまうかもしれない。揺れる天秤を前にリッカが選んできたのはいつも安全な方で、それは今回も変わらなかった。
「ヒトトセさん、見送りに来てくれてありがとうございます」
「悪いが見送りに来たわけじゃない。俺もちょっとそっちに行く用事ができてな。途中まで一緒になるだろうから、その挨拶をしに来たんだ」
 予想外の発言にリッカの目が大きく開く。ヒトトセは「いいな、その顔。いつもの無表情よりずっといいぜ」と笑うだけで、肝心なことは何も教えてくれない。平等なようで、ちっとも平等ではない関係。それがリッカとヒトトセだった。
 家も似たようなものでそちらの関係はずっと息苦しさを感じていたが、ヒトトセとの関係はそうでもない。きっと出している雰囲気が全然違うからだろう。例えるならあの家は氷で、ヒトトセは太陽。そんなところか。
 太陽の傍にいれば、リッカを覆う氷もいつか溶けるに違いない。そう思ったからこそ、リッカはヒトトセを信用しここまで来た。今回は途中までと一緒と行っていたが、一体どれだけの間一緒になれるのだか。
 ある程度時間が過ぎたからか、あの温かな視線はどこにもない。安心要素が増えたことにホッと息を吐くリッカの耳に、待ち焦がれていた飛行機の到着を知らせるアナウンスが飛び込んでくる。
「お、来たな」
 アナウンスを聞いてヒトトセが早く乗らないと置いて行かれるぞ、とリッカの頭を軽く突く。言われなくてもと返しつつ、一緒の飛行機でないのかと思う。視線に疑問が滲んでいたのか、彼はさらりと答えを返してきた。
「少し都合が合わなくてな。お前とは違う便になった」
 こうは言っているものの、あちらの空港に着く頃には何でもないような顔をして先に待っているのだろう。短い付き合いの中でも簡単に予想できてしまうほど、ヒトトセという男は常識から外れていた。言うなれば超人類(アウトサイダー)、といったところか。
 もちろんこれは例えであって、ヒトトセが本当に超人類(アウトサイダー)だとは思っていない。以前彼が何もない場所から電気を出すのを見たが、よく見ると肩にジュペッタが乗っていた。恐らくジュペッタが出した技を見間違えたのだろう。
 あの時は本当に申し訳ないことをしてしまった。何故なら当時のリッカはすぐにその存在に気付かず声を上げ、恐怖の眼差しを向けてしまったのだから。自身の勘違いを知って謝ると、彼は「そんなこともあるさ」と明るく笑っていた。
 だが、その目に深い悲しみが宿っていたことをリッカは知っている。明るい笑顔にはほど遠い、暗く冷たい過去を持っていることも。
 出会ってしばらく経った頃だろうか。かつて冒険を共にしたパートナーはもういない。奪われてしまったと言われた記憶がある。リッカがヒトトセに「ジュペッタがパートナーなのか」と聞いた日のことだった。
 それがヒトトセから聞いた最初で最後の過去だった。それからリッカの中にある天秤は安全を選ぶようになった。彼が自ら話そうとしない限り、天秤の傾く方向はこれからもずっと変わらないのだろう。
 それよりも優先すべきは飛行機だ。早くしないとヒトトセの言う通り置いて行かれてしまう。リッカはチケットを握りしめると、早歩きで待合室から出て行った。
 これから向かうのはアゼンド地方。そこにある巨大学園都市「GAIA」で、リッカは自由になるため多くの努力を積み重ねることになる。その過程で「企業トレーナー養成プログラム」を受けることを決意し、ヒトトセと思わぬ形で再会を果たすのだが……。
 それはまた、別の話。
三次創作限定のゲストキャラ、ヒトトセの正体は私の過去作「ピカチュウな俺と引きこもりのアイツ」に出てきた某主人公(未来の姿)です。後天的に得た能力を考えると「普通」の領域から逸脱しているよな、と思いこうなりました。
過去作を読んでから読むと「一体彼に何があったんだ……」となります。

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