安心安全な課外授業

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作者:逆行
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読了時間目安:17分
公式で発表済みの『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』の新ポケモンが二匹ほど出てきます。ご注意ください。
 ここは××××地方のとある町にある小さな学校。今日の授業がすべて終わり、ホームルームが始まるところだった。チャイムが鳴ると同時に「みんな席について」と先生が指示する。
「今日はみなさんに重大な発表があります」
「転校生?」と誰かが呟いた。「転校生なら朝のホームルームに発表するでしょ」と他の誰かが突っ込みを入れると少しだけ教室から笑いが漏れる。
「現在いろんな学校で課外授業が行われているのはご存じでしょう。課外授業を今年、ついにうちでも実施することとなりました!」
 教室から一斉に「えー!」という声が湧き上がる。××××地方の一部の学校では、課外授業と称して生徒達に××××地方中を冒険させる教育を行っていた。課外授業では特に学校側から課題などは設けず、目的の設定は生徒たちに委ねるのが特徴だ。ポケモンバトルで上を目指すのもよし、ひたすら様々な場所を散策するのもよし。
「今すぐ冒険に行きたい方も多いかもしれませんが、課外授業が行われるのはまだまだ先です。今から半年後ですね。それまではしっかり、準備を行っていきましょう!」

「半年後かあ。楽しみだね」
 ユウキはランドセルに持って帰る物を入れながら、友人のトモキに話しかけた。トモキは遠く離れたある地方から今季に引っ越してきた子だ。席が隣だったこともありユウキはこの子と仲良くなっていた。
「どうしたの?」
 トモキはなぜか浮かない顔をしていた。怯えているようにも見えた。
「楽しみじゃないの課外授業?」
「いや、冒険自体はやってみたいよ。けどさ、なんていうか、その、怖くない?」
「怖い?」
「俺は課外授業には参加しないかな、たぶん」
 課外授業はあくまで『課外』なため参加は自由だ。また、参加しても単位がもらえるわけではない。
「えーもったいない。せっかくの機会なのに」
「だってさ。草むらとか洞窟とか歩いている間に、ポケモンから攻撃受けるかもしれないんだよ」
「えっ?」
「ポケモンにはとんでもなく凶暴なのもたくさんいる。昔の話なんだけど、俺が住んでいた地方では、めちゃくちゃでかいクレベースが出没したことがあったんだって。クレベースのせいで雪崩が起こる可能性すらあったとか。他にも、ストライクに似たポケモンに斬られたりウインディに灰にされたりした人がいたとか、そんな話ばかりおじいちゃんに聞かされた。とにかく、ポケモンのせいでたくさんの人が死んだんだって」
「……」
「課外授業に参加したら、俺なんか絶対死ぬよ。死ぬ未来しか見えない」
 ユウキはトモキのように、ポケモンに襲われて誰々が死んだ、という話を聞かされた経験がなかった。言われてみれば確かに、ポケモンがうようよいる場所を散策するのはすごく危険だ。テレビでポケモンリーグの試合を見たことがあるが、彼らの発達した爪や牙は平気で地面を抉っていた。そんな攻撃を受けたら確実に死ぬ。
「でも、じゃあなんで課外授業なんかやるんだろう。そんな危険すぎること、先生達がやらせる?」
 どうしてもそこが疑問だった。実はこの学校は極悪組織が運営していて、生徒の命をなんとも思っていないんじゃないか。ユウキはそんな想像までした。

 ユウキの疑問はすぐに解決はした。翌日のホームルームで、先生から説明があった。
「恐らくみなさんの中には、旅に出ることが楽しみな反面、不安を感じている方もいますよね?」
 先生の問いかけに対してほぼ全員が頷く。みんな、同じことを感じていたようだ。
「でも、安心してください。みなさんを危険に晒すような真似はこの学校はしません」
「どういうことですか」と誰かが質問をした。
「みなさんには、ダメージを受けても死なない体になってもらいます」
 一斉にザワザワし始める。これは当然の反応だ、とユウキは思った。いったい先生は何を言い出すんだ。ダメージを受けても死なない体? ユウキは嫌な予感を抱いていた。
「落ち着いて。大丈夫、怖かったり痛かったりすることはありませんので」
 一度みんなを静かにさせてから、先生は説明を続ける。
「確かに、ポケモンの攻撃は超強力です。みなさんはもちろん、大人ですら受けたら死ぬか病院生活でしょう。そうですね、伝説のポケモンなんかがこの町を襲いにきたら、この校舎も破壊され尽くしてしまうかもしれません」
 ポケモンは怖い生き物です!、と先生はビシッと言った。生徒の何人かが軽く悲鳴をあげる。
「ですのでこの半年間で、ポケモンの技に対する耐性をつけてもらいます」
 そこから先生は、黒板に文字と簡単な絵を書きながら説明をしていった。

 まずですねえ、体当たりや踏みつけなどの物理系の技あるでしょう。物理系って分かります? そうです! みなさんでもなんとなく使えそうな技のことですね。こういう技を喰らっても一切のダメージを受けないように、みなさんには骨と皮膚を丈夫にしてもらいます。いつも給食で飲んでいる牛乳あるでしょう。今日からあれに体を強化する特殊な粉を混ぜておきます。半年間飲めば、絶対折れない骨、絶対に血が出ない皮膚になります。今日から牛乳は残さず飲んでくださいね。牛乳が苦手な方は相談しにきてください。スープなどに混ぜることも可能です。
 次に、十万ボルトや火炎放射などの特殊系の技について。怖いですよね、こういう技。でも大丈夫。普段着ている制服に特殊な加工をして、電撃も炎も水も超能力も反射して無効化できるようにします。これは結構お金がかかるうえに制服が重たくなるので、課外授業に参加する人のみ申請することを推奨します。
 課外授業中は、ブティックで買った物を身につけるのは構いませんが、基本制服は着ててください。ネクタイも外しちゃ駄目ですよ。このネクタイが攻撃を認識しますので。
 後はそう。毒や麻痺、氷漬けなどの状態異常を引き起こす技を受けたときのために、各状態異常の耐性がつく注射を打ちます。一つの状態異常に対して十本打つ必要があるため、合計六十本ですね。
 これで対策は万全のはずです。
 ただまあ、いくら対策が万全で死ぬことはないと言っても、目の前にポケモンが現れたら怖いですよね。分かります。巨大なバンギラスなんかが睨んできたら、怖くて動けなくなったり気絶してしまったりする人もいるでしょう。でも、大丈夫です。ポケモンに対する「恐怖心」もしっかり除去しますから。大事なことなんで覚えておいてくださいね。「恐怖心」というのは、訓練によって取り除けるものなのです。
 いつもホームルーム前に朝読書をやっているかと思います。この半年間は朝読書を止めて、かわりにVRゴーグルを装着してもらい、VR空間で色々なポケモンの攻撃をひたすら喰らってもらいます。
 もちろんVRなので痛くもなんともありません。半年間攻撃を受け続ければ「あ、ポケモンの技って全然痛くないんだ!」というのが体で実感できて、恐怖心なんてどこかへ飛んでいってしまうでしょう。恐怖心というのは課外授業を行ううえで一番邪魔なものですから、毎朝VRゴーグルを装着してしっかり映像を観てくださいね。

 先生が説明を終えると教室中に安堵感が広がった。
「なーんだ、それなら大丈夫じゃん!」
「良かった! てっきり命懸けの血みどろ大冒険になるのかと思った」
 みんなが喜ぶ中、たった一人、ユウキだけは唖然とした表情をしながらキョロキョロしていた。自分と同じ感情になっている仲間はいないか探した。だが、一人もいない。自分は異端のようだ。
 先生の今の説明に、誰も疑問を抱いていないようだった。
「ユウキ! やっぱ課外授業行くことに決めたよ! これなら大丈夫だ」
 隣の席のトモキは満面の笑みを浮かべていた。
「なんでみんな、それで安心できるの。分からない」
「えっ」
「先生の説明ちゃんと聞いてた? 改造人間みたいなものにされちゃうんだよ」
「改造人間? いや、骨が丈夫になったり状態異常の耐性付いたりするだけじゃん」
「嫌でしょそんなの。自分が自分じゃなくなっちゃうみたいでさ。制服を加工するのは百歩譲って良いけど。恐怖心を完全になくすっていうのも、なんか洗脳みたいだし」
「うーん。でもさ、ポケモンの攻撃受けて死ぬよりは絶対マシじゃん」
「それはそうだけど……」
 ユウキはまったく腑に落ちていなかった。一人残らず喜んでいるこの状況に恐怖すら感じた。課外授業のために、なんでそんなことまでされないといけないのだろうか。そこまでしないと、冒険ってできないのだろうか。


「半年後に課外授業が行われるみたいなんだけど」
 学校から帰宅したユウキは母親にそのことを伝えた。
「あれ、嬉しくないの? テレビで課外授業のドキュメンタリー流れたとき、羨ましいって言ってたじゃない」
「課外授業があること事態は嬉しいよ。でも、改造人間にされちゃうのが嫌で」
「改造じゃないわよそれは。子供一人で旅に出るために必要なことよ」
「……」
 母親も学校の安全対策には、何の疑問も持っていないようだった。

「課外授業参加するの止めるか。うん、それが良い」
 家の近所にある公園の木に寄りかかりながら、ユウキは決断した。未知の世界を冒険することに憧れは抱いていたものの、そうまでして冒険に出たいとは、とてもじゃないが思えなかった。
「でも、みんなは参加するんだろうなあ。自分だけ一人で待ってるの嫌だな」
 ぶつぶつ呟いている最中に一匹のポケモンが近寄ってきた。
「あっ、ウパーだ。野生? なんでこんなところに?」
 ウパーは毒タイプと地面タイプを併せ持つ、泥地で暮らしているポケモンだ。茶色い体をしていて、毒の粘膜で体を覆っている。ジョウト地方にいる水・地面のウパーとはまた別のポケモンだった。
 ウパーはこちらをじっと見つめていた。ユウキが何気なくエラを撫でると気持ちよさそうな表情をした。
 ウパーは昔は水中で暮らしていたが、縄張り争いに破れ、泥地で生活するようになった。ユウキはそう学校で習ったことを思い出した。体も小さくそこまで強くないポケモンだから、争いに敗れるのは仕方がないのだ。
 もしかしたらこのウパーは、泥地でもさらに縄張り争いに破れ、ここまで逃げたきたのかもしれない。
 ユウキはそんな想像をして、
「君は一人ぼっちなんだね。今の僕と一緒だ」
 と、ウパーに親近感を抱いた。彼は、自分だけ異なる価値観を持っていることを辛く思っていたところだった。

「あれ、ここはどこだろう?」
 目を覚ましたユウキは、空が夕焼けになっていることに気がついた。
「いつの間に眠っていたんだろう。もうこんな時間。早く帰らないと」
 立ち上がったユウキの視界に入ったのは、心配そうな表情を浮かべているさっきのウパーだった。
「あれ、まだいたの?」
 ユウキは一時間くらい眠っていた。なのにこのウパーはずっと傍にいたのだ。
「もしかして、ゲットされたいとか?」
 縦に首を振るウパーを確認した後、ユウキはランドセルの奥からずっと使っていなかったボールを取り出した。これをもらったのはいつだったかも覚えていない。確かイベントかなんかの景品だった気がする。
 ユウキがウパーにボールをそっと当てると、ウパーはボールに吸い込まれていった。ボールは一度も揺れることなく、ゲット完了を示す音を鳴らした。
「あ、どうしよう本当にゲットしちゃった。まいっか」
 今日のウパーとの触れあいでユウキは、そんなにポケモンに恐れることはないのでは? と率直に思った。ウパーは自分に危害を加えるなんて全然しなかったし、ちっとも怖くなかった。
 確かに、クレベースみたいな巨大でおぞましいポケモンもいるかもしれないけど、そういうのには滅多に遭遇しないんじゃないか? そのへんの草むらには、たいして危なくないポケモンしかいないんじゃないか?
「やっぱり、おかしいよ。冒険に出るために、骨を馬鹿みたいに硬くしたり何本も注射を打ったりするのは」
 ユウキは改めてそう思った。


「よし、決めた! 今日のこの出会いは運命だ」
 明日は学校が休み。そして今日、自分のパートナーができた。
「明日町を出て、近くの草むらをちょっとだけ、本当にちょっとだけ散歩してみよう」
 何事も、この目で確かめてみないと分からない。そう結論を出したユウキは、実際に野生のポケモンと戦ってみて、生身のこの体で本当に冒険できないか試してみることにした。危なくなれば、すぐに引き返すつもりだった。

 次の日、学校の制服ではなく私服で、ユウキは家から出た。
「遊びに行くの? いってらっしゃい。気をつけてね」
 分かった! と元気よく返事をして、近くの草むらへ向かった。
「来た、ここが……」
 ついにユウキは町を出て草むらへと飛び込んだ。周囲の様子に気をつけながら、一歩ずつ歩みを進めていく。
「どこかにポケモンは……いた!」
 四メートルぐらい離れた場所に小さなポケモンがいた。オレンジ色で鼠のような見た目をしてほっぺたが黄色いこのポケモンは、確かパモだ。テレビなどで何回か見たことはあるが、実物は初めてだ。
 彼は高まる心臓を抑えつつ、ゆっくりとパモへと近寄っていく。だが、聴力に優れた鼠ポケモンにはどんなにゆっくり歩いても足音が聞こえてしまう。パモは彼の存在に気がついたようで、すぐ戦闘態勢を取った。
「気がつかれた……! えっと……そうだ、ウパー出して戦わないと」
 ポケモンバトルを行うべきだ、ということに彼は少し遅れて気がつき、腰につけたボールを投げようとした。だが、その数秒の遅れが命取りだった。彼に向かってパモはほっぺたから電撃を放出した。
 まだ手持ちポケモンを出せていないユウキを、無慈悲に電撃が襲う。このままでは直撃だ。だが、ユウキは死の恐怖によって、一歩も動くことができない。
「え、ちょっと待って、まだ」
 ユウキは、後悔した。
 不用意に野生ポケモンと対峙してしまったことを酷く後悔した。先生や友人、母親の意見が、正しかった。自分は間違っていた。こんな小さくて可愛らしいポケモンですら、いざ目の前に自分を襲う者として現れたら、どうしようもなく怖い。逃げ出すこともできない。改造人間になるのは、身を守るために必要なことだった。
 死か、あるいは重症か。
 最後にユウキが見たのは、眩い光が自分を包みこんでいくところだった。

「あれ、ここはどこだろう?」
 ユウキは自分が長らく地面に横たわっていたことに気がついた。隣では自力でボールから出たウパーが、心配そうに彼を見つめている。
「そうだ! 自分は電撃を受けて……あれ、僕死んでない!」
 ユウキは確かにパモの攻撃を受けたが死んでいなかった。服はところどころ焦げているものの、特に痛いところもなかった。ショックで気絶してしまっただけだった。
「なーんだ! 大丈夫じゃん。ポケモンの技受けたって、別に死にはしないんだ」
 ユウキは、やっぱり自分の考えが正しかったことを実感した。生身でも、冒険をすることはできるのだ。


 一方その頃。学校の職員室では出勤した二人の先生が会話していた。
「はあ。面倒くさいなあ課外授業。準備が大変だ。残業・休日出勤も増えるだろうなあ」
「しょうがないですよ。やるしかありません」
「まあね。生徒死なせきゃいけないからね」
 この地方の人たちは生まれて間もない頃に、ポケモンの攻撃を受けても死ぬことがないよう、必要最低限度のいわゆる『改造』は行われていた。ポケモンは基本草むらで過ごすが、時折平然と町にやってくることもある。特にこの町の場合、近くの泥地からウパーがやってくることが多くあった。ウパーのヒレに子供が興味本位で触れたら猛毒に犯されてしまう。死なないための対応は必要なのだ。
 だが、本当に最低限の対応しか行っていない。赤ん坊のときから注射を何本も打つなどすると、成長を阻害する恐れがあるから。
 なので攻撃をまともに受けると、必ずしも無事とは限らない。外傷はなくても気絶することはあるし、本当に運が悪ければ死んでしまうこともある。
 課外授業を行うのであればすべての生徒が百%安全な状態になる必要があった。物理攻撃を受けても骨にはヒビも入らず血も出ない。特殊攻撃はすべて跳ね返せる。この状態でないと、とても子供一人で旅などさせられない。
「生徒達の安全を守るのは、私達の義務ですから」

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