ガイドブック

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作者:くらこ
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読了時間目安:54分
ポケモンと生活×街×旅行客の短編集。
各地方1本ずつ、計8本あります。
カントー:シオンタウン
ジョウト:タンバシティ
ホウエン:カイナシティ
シンオウ:テンガンざん
イッシュ:スーパーマルチトレイン
カロス:クノエシティ
アローラ:ポニの花園
ガラル:シュートシティ

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<シオンタウン>

 この町に訪れるのは…四年ぶり、とかだろうか。
 山の洞窟を抜けた先にあり物静か。大きな慰霊塔がシンボルで、暗く大人しい、どこかいじけたような印象すら覚える町。
「……んん…?」
 だった、はずだった。
 以前は町中の人通りも極端に少なく、みな陰気臭い顔をしていたのだ。
 それがどうしたことか、イワヤマで採れた石やそれを加工した数珠を売る出店なんかが並んでいた。以前訪れた時には見かけなかった物だ。そこで働く老婆は笑顔で、その老婆と世間話をする客も穏やかに笑い、町のそこかしこに植えられた花は手入れが行き届いていて、新しくできたというラジオ塔はスタッフが忙しなく生き生きと出入りしていた。一体これはどうしたことか。

「あら、シオンに来られるの、もしかして久しぶりなんじゃないですか?」
 宿として利用しているポケモンセンターで職員と世間話がてら雑談していると、そんなことを言われた。
「そうだね…四年ぶりくらいかな」
「やっぱり!」
 ジョーイが両手を軽く合わせ、満足そうに微笑む。
「随分変わったでしょう?嫌な事件なんかが続いたのもあって、三年ぐらい前から町全体でイメージアップを図ってるんです」
「そうだったのか…ポケモンタワーまで無くなってたからびっくりしたよ」
「老朽化が酷かったんです。建て直す時に、せっかくなら町の新しいシンボルになるようなものを、って話になって…」
 それであんなに立派な建物なのか。合点がいった。ジョーイはこちらの荷物─釣竿の入ったロッドケースと肩掛けの大きなボールボックス─に視線を向ける。
「シオンにいらっしゃったの、釣りが目的ですか?」
「ああ、そうです。サイレンスブリッジも近いし、ここは人も少なくて穴場だったから…でも今は昔のようにはいかないね。いいことなんだろうけど」
 ちらほらと見受けられる、センター内のロビーで寛ぐ人々の姿も以前訪れた時には見られなかったものの一つだ。自分のように皆が皆釣りが目的というわけでもないようだし。
「おかげさまで、そういうトレーナーさんも多いんですよ。近いうちに釣具店なんかもできるんじゃないかなあ…」
「そうなってくれるとぼくらとしては嬉しいかな…まあ、ぼくの場合今回訪れた理由は釣りだけじゃないけれど…こいつの里帰りも兼ねてね」
 出てこい、とボールを投げる。
 ガス状の体がふわりと飛び出した。
「まあ、ゴース!」
 ゴースは機嫌良さそうにけたけた笑い、ジョーイの足元にじゃれついていた。
「この子、シオンのゴースなんですね」
「ああ、人懐っこいけど鈍臭いやつでね。以前ここに来たのは風が随分強い日だったんだけど…群れとはぐれたのか、こいつ一匹で建物の影に隠れて消えそうになっていたんです。それを保護してやったら懐かれちゃって」
「まあ…よかったわね、優しいご主人と一緒になれて」
 ゴースはジョーイの腕の周りを渦を巻くように回っていた。
「そういえば…他のゴースの姿を見かけないな。もしかしたらこいつの仲間なんかもいるんじゃないかと思ったんだけど…」
 以前はわざわざ探さずとも、ポケモンタワーの周りを彷徨いているゴースがすぐ見つかるようなレベルだったのだ。それが今回はこの町に訪れてから一匹も見かけていない。
「ポケモンタワーに生息していたポケモン達は、多分ほとんどがイワヤマに移っちゃってますね。ゴースに関しては隠れられるような空き家もだいぶ減ったし…。町のイメージアップの時期と同時期に、イワヤマの向こうにあるずっと放っておかれてた発電所が整備されたんです。有毒ガスも出なくなったから、生まれるゴースの数も減ったみたいで」
「なるほど…」
「人間にとってはいいことも多かったんですけれど…難しいですよねえ」
「そうだね…」
 健康被害を及ぼすような状態が長く続いていいわけがないし、対処できるならばした方がいいのだろうけど。あちらが立てばこちらが立たずだ。
「定期的に町の方がイワヤマまで見に行ってますけど、ポケモンたちは元気に過ごしているみたいですよ。あんまり元気に暴れてるからイワヤマがどんどん拡張されていて、トレーナーさんのいい修行の場になりつつあるんだって」
「そうか、…ん?」
 ジョーイに遊んでもらっていたゴースがこちらに戻ってくる。そのまま頭の上に乗っかるようにふよふよと浮遊した。微かに甘い匂いがする。右手を差し出すと、頭から掌の上に移動し、ぐるると甘えるように唸った。
「……」
「…なんだ、行きたいのか?」
「……」
「…しょうがないな。分かったよ…行くか」
「え?」
「明日、釣りを終えたらイワヤマに行ってみようと思います。こいつが行きたがっているようだからね」
「そうですか!真っ暗だけど、昔よりトレーナーの方もいらっしゃるから安全ですよ」
 準備は万全にしてくださいね、センター内に懐中電灯なんかも売っていますから、とジョーイは笑顔を見せた。
「ありがとう。…お前も釣りはちゃんと付き合ってくれよ」
 ゴースは舌を出してけたけた笑った。こいつはあまりにもビビりで、釣り上げたコイキングが大きく跳ねるだけで背中の後ろに隠れてしまうような奴だから、イワヤマでもすがりついて離れない気がするけれど。まあ喜んでくれたのなら何より。一つ増えた明日の予定が楽しみだ。


ゴース♂:おくびょうな性格。辛抱強い。

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<タンバシティ>

 水平線から顔を出した朝日。照らされて輝く海。寄せては返すさざ波の音、潮風の匂い。そして、
「……美味い!」
 立ち上る湯気、深みのある出汁、もちもちの麺、そして何より肉厚のわかめ。
「めちゃくちゃ美味いよ、親父さん!」
「そうかい、ありがとよ」
「どうだ兄ちゃん、ここのラーメン最高だろ?」
「最っ高!はるばる来た甲斐があったぁ…」
 早朝、日の出の時刻。空がオレンジと青のグラデーションに染まる中、小さな屋台は大勢の人々で賑わい満席だった。
 ジョウト地方西の浜辺の街、タンバシティ。自分のようなグルメフリークとしては是非一度訪れるべきだと思ったのだ。その考えは間違っていなかった。
「兄ちゃん、遠くからの旅行者だろ?普通タンバに来たら『うずしおズシ』の方に惹かれるもんだが。グルメ雑誌にもろくに載ってねえここに来るなんて通だなぁ」
「そういう穴場のお店に来たかったんです!タンバわかめ、噂以上だなあ…!」
「海の神様の御守りの恩恵を受けて育ったわかめだからな。とびっきり美味いぞ」
「出汁も香ばしくて…これ、なんの出汁ですか?」
「それは…ああ、そいつだよ、そいつ」
「そいつ?」
 親父さんの言葉と同時に、足元にさわさわと何かが触れる感触があった。
「わあ!」
 足にぴったりとポケモンがくっついている。赤くて小さい。
「この子は…?」
「初めて見たか?クラブってんだ。この辺の海辺にはいくらでもいるぜ、こいつはうちのポケモンだけどな」
 目がこちらを向いている。よく見るとハサミの大きさが左右非対称だ。
「こいつのハサミはすぐもげちまうんだが、これがまたいい出汁が採れるんでな。ちょいとおこぼれを頂いてるんだ。浜を歩けばいくらでも落ちてるぜ」
「へえ…!僕の故郷にも似たようなポケモンがいるんです。そのハサミも美味しくて…お?」
 クラブはハサミの甲で足をすりすりと撫でてきた。
「こぉら、お客様にねだんじゃねえ」
「何か欲しがってるんですか?この子」
「わかめをねだってるんだよ。何でも食う雑食なんだが、こいつは特に海草が好きでな。ほっといて構わねえぞ」
「いいですよ。ちょっとだけちぎってあげるね」
 歯で少しちぎったわかめの欠片をぽとりと落とすと、クラブは小さなハサミを懸命に使って夢中で食べていた。かわいい。
 兄ちゃん、と隣の席の客が声をかけてくる。この人は漁師をしているのだと言っていた。
「タンバは酒も美味えんだぜ。ツボツボってポケモンが甲羅の中できのみを発酵させて作るんだ」
「あ、僕、お酒は飲めなくて…」
「お?そうか。それならアルコールを飛ばしたジュースもあるぜ。兄ちゃんくらい若いならもっと垢抜けた店のがいいかもしんねえけどなあ」
 店主が愉快そうに笑った。
「そうなんですか!是非挑戦してみたいなあ」
「癖はちっとあるけど、濃くて美味えぞ」
 ツボツボ。どんなポケモンだろう。ジュースのことも初めて聞いた、この土地独特のものなのかな。忘れないようにしなければ。
「兄ちゃん、この後はどうすんだ?」
「今日はアサギシティの方に戻って観光するつもりです」
「そうかい、渦潮がデカくなってきてるから気をつけな。まだ数日はなんともねえだろうけど…海の神様の警告かもしれねえからな」
 海の神様。
「親父さんもさっき言ってましたけど、それって…?」
「ジョウトに昔からいるポケモンだよ。少しの力で海に嵐を起こすんだ」
「それって…キングドラですか?」
「いいや。あの辺の海にはキングドラも生息してるが…もっとスケールのでかい大嵐を起こす、とんでもないポケモンだ。銀色の鳥みてえなドラゴンみてえな姿をしてるって話だが…」
「元々はエンジュにいた神様らしいがな。あんまりにも強大な力の持ち主だから、周りをめちゃくちゃにしねえために普段は海底で眠ってんだ。怒ると怖えが争い事の嫌いな神様さ」
 隣の客の話を聞いていると、店主はお冷やを新しく出してくれた。
「人が争いを始めた島を引き裂いちまった伝説なんかもあるしな。海が豊かなのも、わかめが渦潮で揉まれて立派に育つのも、魚や貝がよく採れるのも海を守ってもらってるおかげだ。だからその神様に応えるためにも、海の男は海で悪さをしちゃならねえし正しくあらねばならねえのさ」
「海の神様…」
 話を聞いていると、膝に感触。
 クラブが泡をぽこぽこ出しながら膝に乗っかっていた。人に慣れている子みたいだ。背後の朝日に照らされて眩しく光る、ざらざらの甲羅を撫でるとクラブは目を細めた。
 君も海の恩恵を受けた命のひとつなんだろうね。
「あの…海の神様にお参りできるようなところってありますか?」
「ん?そりゃあいくらでもあるぜ、このタンバにもアサギにもな」
「じゃあ、後で場所を教えてほしいです。せっかく海の美味しい物を頂いたし、お参りしていきたいなって」
「兄ちゃん…余所から来た上若えのに神様に挨拶してこうなんて感心感心!」
「わっ」
 隣の客に背中をばんっと叩かれた。
今日はこの後少し海辺に行って、宿に戻って、アサギ行きの船に乗る前に。
 美味しい海のごはんをご馳走さまでしたと、神様に挨拶に行こう。
 朝日は真っ直ぐ海を照らしている。水の中からチョンチーの光が海面まで届いていた。
 浜辺の町の一日が始まる。


クラブ♀:むじゃきな性格。のんびりするのが好き。

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<カイナシティ>

 潮風が吹く街。辺りが暗くなって街灯に照らされ、打ち寄せる波の音が静かに響く夜のカイナも、今日ばかりは賑やかだった。建物の外で笛や太鼓が陽気に鳴って、こちらまで楽しさが伝わってくるようだ。
「ゼルカ」
 相棒のマリルリに声をかける。
 今回のカイナへの出張、某造船所への弊社の技術協力の一貫として行う現地調査にゼルカの敏感なセンサー能力は欠かせない。スリバチ山の清流で育ったこいつは、海の側で暮らすホウエンのマリルリとは異なる鋭い感覚を発揮する。水質調査では本当によく働いてくれた。
「ご苦労さん。今日の仕事はこれで終わりだよ」
 ゼルカは窓の外を向いて、長い耳をぴくぴくと動かしていた。外の音に反応しているようだ。
「今日から祭りなんだってさ。いい時に来たな」
 尻尾が上下に揺れている。
「帰る前にちょっと寄っていこうか」
「!」
 ゼルカはくるりと振り向いた。心なしか目が輝いて見えるのは、彼ではなく自分が祭りに行きたいが故の錯覚だろうか。水を弾く毛皮の頭を撫でていると、己の腹の虫が鳴いた。晩飯は屋台のフードでもいいかもしれない。

「…久しぶりだな、祭りなんて」
 街は人とポケモンでごった返していた。造船所から見下ろしていた時にも思ったが、いざ近寄って見ると更に凄い。街全体が巨大な祭り会場と化しているようだ。聞けばこのホウエンの陸・海を司った両古代ポケモンを祀る祭りは、カイナで開かれるものの中では一番大きいそうだ。そりゃ賑わってもいるはずだと納得する。少し先で、赤と青の山車の周りを緑色のドラゴンポケモンを模した作り物が体をくねらせながら取り巻く演し物が行われていた。遠目にも迫力がある。分かってはいたがすごい時に来てしまったようだ。
「…あー、すいませんね。すいません、あいててて」
 すれ違うのも苦労する程の混雑っぷり。ぶつかる度に周囲に謝罪を入れつつ、お目当ての屋台にどうにか近づく。一瞬諦めて別の店でも探そうかと思ったけれど、せっかく来たのだし。そもそもこの調子じゃどこの店もいっぱいな気がする。
「ゼルカー。ほら、こっちだ。着いてこれるか?」
 人より体高が低いためスムーズに通り抜けられると思ったのだが、ゼルカは子供やポケモンに引っ掛かってぎゅむぎゅむと押し潰されていた。ゼルカの歩く妨げになっている紫色のポケモンが、人の足の隙間からゼルカを気にするように覗いている。見たことないポケモンだな。地元にはいないやつだ。
 じたばたするゼルカの腕を引っ張ってやると、人混みとポケモンの間に挟まっていた青色の体はころりんとこちらに転がった。安堵するよう息を吐く。
「ゼルカ。ボール入るか?」
「きゅあ」
 短く鳴いて拒否された。ぶんぶん首を振っている。普段大人しいくせにいざとなるとこれだ。まあもみくちゃにされても怒ったり嫌がったりしていないようだし、本人の希望なのでこのままにしておこう。今日はこいつも頑張ったし。はぐれないようにだけ注意しなければならないが。
 その後はどうにか人混みの隙間を縫うように歩き、時折潰されたりしながら屋台をいくつか周り、夕食を確保した。どっと疲れたが、やはり祭りはいいもので雰囲気だけでもなかなか楽しむことができた。ゼルカも新鮮な光景に喜んでいるようだったし。

「あー、腹減った」
 街のはずれまでどうにか辿り着く。中心部と比べれば人も少ないので、ようやく一息つけた。ここならゆっくり食事もできるだろう。奇跡的に空いていたベンチ代わりの石に腰掛け、袋から潰れかけていたパックを取り出す。
「ほら、ゼルカ」
 ポケモン用のフードも売っていたので、開けた口に放り込んでやる。むぐむぐと満足そうに咀嚼するのを確認してから自分も焼きそばに手をつけた。うん、美味い。予想していた通りのソース味だが、祭りの食べ物というのは何故こんなに美味いのだろう。
 そのまま一人と一匹でのんびり飯を食っていると、後ろから照らされる感覚があった。振り向く。
 触角がにょろんと伸びた、首周りの赤いポケモンがゼルカの周りに群がっていた。
「……うわっ!?」
 驚きでゼルカが数センチびょんと飛び上がった。四匹、いや五匹。お尻を光らせた恐らく虫タイプと思われるポケモンが小さな羽を羽ばたかせ、ゼルカの周りを浮遊していた。
「な、なんだこいつら…!?」
 ゼルカが慌てて腕や尻尾をぶんまわしているが、ホバリングして上手いこと避けられている。びよんびよんと上下するゼルカの尻尾に纏わりついていた。着ているワイシャツが後ろにきゅうと引っ張られる感覚。慌てて走り回ったゼルカに服をがっちり掴まれていた。謎の虫ポケモンは手でしっしっと払っても全く気にしていない。幸いにも危害を加えてくることはないが、バトルは不得意なのでどうしたものかと途方に暮れていると。
「………ん?」
 よく観察してみれば、この虫ポケモンたちはゼルカ本人よりもその尻尾に興味があるようだ。五匹の視線がそこに注がれている。何かあるのかと尻尾に顔を近づけてみると、なんだか甘い匂いがした。
「?…お前、どうしたこれ?」
 祭りの混雑の中でジュースでも引っ掛けられたのだろうか。けど尻尾は汚れているように見えない。
「あ、バルビートだ!」
 高い声がした。振り向いてみるとやんちゃそうな男の子が二人。地元の子のようだった。自分たちをじっと見ている。
「おじさん、そいつバルビートに追いかけ回されてるの?」
「あ、ああ…『バルビート』ってこいつらのことか?」
「そうだよ。なあなあ、ペットボトルの水、ちょっとくれ」
「ん!」
 男の子たちはポケットからハンカチを取り出し、ペットボトルの蓋を開けて水を含ませた。そしてゼルカに近づき、
「ほーら、これで多分大丈夫…」
 ゼルカの尻尾を拭いてくれた。訳が分からず呆然と見つめていると、バルビート達が不思議そうな表情を浮かべた後、興味をなくしたようにふわりと浮き上がってゼルカから離れていく。
「…なんだったんだ…?」
「多分おじさんのマリルリ、イルミーゼの匂いがついてたんだよ」
「イルミーゼ?」
「バルビートはイルミーゼの甘い匂いが大好きなんだ。よっぽど強いフェロモンのやつがいたんだぜ!きっと」
 なんだか分かったような分からないような気持ちになっていると、空に散らばったバルビート達が同じ方向を見上げていた。目で追えば、夜空を踊るように飛翔していく影がある。
「あ、あいつだよイルミーゼ」
「……」
 触角と羽を持つ、バルビートに似たポケモンがくるくると回転しながら飛んでいる。よく見れば先ほど混雑の中でゼルカと押し合いになっていた、紫色のポケモンだった。
「…なるほど」
 合点がいった。あの人混みの中で接触してフェロモンとやらが付着したのか。イルミーゼはバルビートの周りを一巡する。するとバルビート達はイルミーゼの後に続いていった。お尻の光が流れ星の尾のように後を引き、ぐちゃぐちゃの魔方陣のような幾何学的な模様を夜空に描いていた。幻想的とも言える、星空に映える光景。
 不思議な生き物だな、ポケモンというやつは。
 二人の子供たちは「…すげー、女ボスじゃん」「マショーの女だぜ」とかなんとか盛り上がっている。ゼルカと顔を見合わせると、なんとも不思議そうな瞳と目が合った。


ゼルカ(マリルリ♂):おとなしい性格。ちょっぴり強情。
イルミーゼ♀:おだやかな性格。好奇心がつよい。

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<テンガンざん>

 ぴちょん、と上から水が垂れる音がする。控え目な囁き声も、数人分となると洞窟内に反響して大きく聞こえる。ここに生息しているポケモンを驚かせないようにしないと。きょろきょろと周りを見渡していると、慣れない足場にあっという間に転けそうになる。幼い頃からボディーガード代わりのオドシシが、服をぐいっと引っ張ってくれた。ありがとう、と背を撫でる。
「…そして、ここから東に抜けていくとヨスガシティです。テンガン山はシンオウを東西に二分する大きな山ですので、洞窟の入り口もたくさんあるんですね。私達が入ってきたのは山の南側になります」
 ツアーガイドのお兄さんが、旗を持って私達に抑えめの声量で説明する。
 シンオウのテンガン山探索ツアー。人気のツアーパックであり、参加は念願だった。シンオウ地方の広大な大地を吹き抜ける風は少し冷たくて、息を吸うと肺まで冷えるようだ。けれど澄んでいて、なんだか息がしやすいなと思った。故郷のジョウトとは少し違う歴史のにおいがする。
「もっと内部は複雑な迷路になっています。大昔から『テンガンのおやま』と言えばこの地方を象徴するもので、信仰の対象でもありました。この付近は昔は天冠の山麓と呼ばれていて、テンガン山は人々に恵みを与えたり時に厳しさを教えたり、絵や歌に描かれたりしてきました。人々の生活に密接に関わるものでもあったんですね。山頂には『やりのはしら』と呼ばれる遺跡が今も残っています。最近の研究だと、山の中には特殊な磁場が発生していてポケモンの進化に関係しているんじゃないか、なんてことも分かってきています」
 お兄さんの説明の他に、耳をすませてみると微かに水が落ちる音が聴こえた。内部を大きな滝が流れているのだと言っていたっけ。その一部はここから外に出れば見られるそうだ。
「皆様にお静かにして頂くのをお願いしているのは、ここに住んでいるポケモン達が音に敏感な子が多いからなんです。視力が退化している代わりに聴力が発達しているこうもりポケモンのズバット、山奥で瞑想しながら修行することで知られるめいそうポケモンのアサナン、跳ねて移動する時に体の中で反射する音で仲間に居場所を知らせるすずポケモンのリーシャン、物音に敏感でなかなか人前に姿を表さないようせいポケモンのピッピ、ほしがたポケモンのピィ。まあピッピとピィは夜中から明け方に活動するポケモンですので、今の時間帯は見られないと思いますが、リーシャンの鳴らす音はもしかしたら聴こえるかもしれません。それから、」
 お兄さんがこちらを、正しくは私の背後を指した。参加客達が一斉に振り向く。そこには周りを照らしたりしてお兄さんの補助をしていた、丸くて薄っぺらい青銅色に鈍く光るポケモン。
「ドーミラー。この子もテンガン山やその付近に生息するポケモンです。背中の模様と全く同じ絵柄の道具が古いお墓で見つかったとか、体の構造が未だに解明できていないとか謎の多いポケモンですが、大昔からテンガン山と一緒にシンオウを見守ってきた生き物の一種です」
 お兄さんの説明に合わせてドーミラーがくるりと背中を向けている。稲穂のような模様。オドシシが浮遊するドーミラーの匂いをふんふんと嗅いでいた。
「ここを抜けると一気に見晴らしのいい場所に出ます。ドーミラーが先頭につきますので、皆様は後に続いてください。ドーミラー、頼んだよ」
 ドーミラーがふわふわと漂い、列の前方へ向かっていく。入れ代わりにお兄さんが列の後方であるこちらに向かってきた。
「結構歩きましたが、お疲れじゃないですか?」
「はい、大丈夫です」
「この子は大人しいですね。賢そうだ」
 お兄さんは最後尾に着きながら、傍らを歩くオドシシに目を向けた。
「私よりずっとしっかり者なんですよね…助けてもらってばかりで」
「…もしかして、ジョウトの方ですか?」
「えっ、分かります?」
「イントネーションがそうかなと思ったので…それにエンジュシティのオドシシといえば有名ですから」
 流石ツアーガイドさんだ、観光地には詳しいんだな。ね、とオドシシを見てみると、なんだかいつもより少し落ち着きがないように見えた。いつも通り私のことを見ていてくれるけれど、それ以上に洞窟内をじっくり見渡しているような目だ。大人しく慎重なこの子がここまであからさまに何かに興味を示すのを見るのは珍しい、というか初めて見たかもしれない。
「…この子も今回のツアー、楽しいのかな」
「だと嬉しいですね…」
 『トレーナーさんにもポケモンにも思い出の一時を』が我々の目標とするところですから、とガイドさんは言った。
「シンオウには何度か来たことがあるんですけど、テンガン山はまだだったから来てみたかったんです。なんだか空気がぴりっとしてて、でもどこか守られてるみたいで安心できて…神聖で素敵なところですね」
「シンオウの人々にとっては父であり師であり、神であり壁であるという…道標のような山ですから。気に入っていただけて嬉しいですよ」
 お兄さんは歩きながらにこにこ微笑んだ。心からの笑顔に、お兄さんが本当にシンオウのことを好きなのが伝わってくる。
「他にはシンオウのどちらにいらしたことがあるんですか?」
「コトブキシティと…ミオシティも行ったことあります。実は、亡くなったひいおじいちゃんの家がこっちにあって…」
「そうでしたか。あちら側もいいですね、景色も綺麗だし美味しい物もたくさんある」
「…そういえば、さっきガイドさんは『エンジュのオドシシ』って言いましたけど…この子、エンジュ生まれじゃないんです」
「そうなんですか?」
「野生の子じゃないって意味なんですけど…ずっとうちにいたオドシシが持っていたタマゴから生まれた子なんです。で、そのオドシシの親のオドシシはひいおじいちゃんのポケモンだから、多分…でも、シンオウにオドシシはいないですよね?」
「…いえ」
 ガイドさんは何か考えるように顎に手を当てた。
「実はいるんですよ。といっても、乱獲なんかで数が減って見かけることは滅多になくなりましたけど…」
「そうなんですか…?」
 オドシシの角や黒い珠は使い道があるとかで乱獲されて絶滅寸前になったことがある。だからこそエンジュではオドシシを大事にする動きがあって、結果外部にも有名なレベルになっているのだけれど。
「ちょうどこの近くですよ。洞窟に入る前に通った207番道路、あの辺りです。といっても、僕も一度見かけたことがあるかないかレベルですけど…昔はもっとたくさん生息してたんだって聞いたことがあります」
「…じゃあ、この子のルーツはもしかしたらこの山なのかな…?」
「そうかもしれませんね。何か感じるものがあるのかも」
 お兄さんと二人でオドシシに目を向ける。
 オドシシは仰ぐように天井を見回し、やがてツアーコースとは外れた向こうの、洞窟奥の暗い闇をじっと見つめていた。何かに呼ばれているように、私が声をかけるまで、ずっと。
 オドシシは再び私とツアー参加者の列に戻っていった。後ろ髪を引かれるように時折振り返りながら。


オドシシ♂:しんちょうな性格。考え事が多い。
ドーミラー♀:ようきな性格。とてもきちょうめん。

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<スーパーマルチトレイン>

 振動で体が規則的に揺れている。時々それが不規則に大きくなる。丈夫に作られた隣の車両でバトルが行なわれているらしい。電車内は食べ物と煙草と、ごみごみした人の匂いがする。がたんごとんと響く音は心地いいけれど、人との距離が近いこの感じはいつまでも慣れない。この新鮮さも含めて旅行なんだろうか。マフラーの中ではあと息を吐いた。
 ぼくはバトルに向いていなかった。見るのとやるのは全然違う。元々あれもこれもと同時に考えたり実践したりするのが苦手で、それが改めて浮き彫りになっただけだ。適性も才能もないのに憧れだけでバトルの道に進もうとして、ついにポケモンからも見限られた。見目を特に気にするポケモンだから、バトルに目を向けさせ集中させるのはぼくの役目だったのに。パートナーの持つ力を引き出すこともできず、今でも彼はボールに引きこもりっぱなしで出てこない。共鳴するようにぼくも心を病んでしまった。故郷から少しでも離れようと、傷心旅行の真っ最中だ。
 イッシュは故郷とは全然違う。田舎と都会の違いもあるけれど、空気が違うのだ。ちょっと埃っぽくて、ツンとして、ひんやりする。気温の話だけではなく。故郷じゃ雪そのものも山の上までいかないとなかなか見れないから、それも物珍しかったけど。
 ボールに閉じ籠ってしまった君と、心に鍵がかかってしまって動けないぼくと。一人と一匹、どこまで行くのか。この電車だって行き先も確認せずに適当に乗っただけだ。
 車両同士を繋ぐ貫通扉が開いて、入ってきたのはド派手なクラウンだった。クラウンは歌いながらモンスターボールをお手玉のように操っている。やがてボールからねずみのような目の大きなポケモンが飛び出して、一緒に歌っていた。ポケモンは車両内をちょこちょこと踊るように動き回り、小さなショーは電車がもうすぐ地上に顔を出すことを歌に乗せて告げることで終わった。ちらほらと拍手が上がって、車内の雰囲気が少し和やかになる。きっとぼくのような観光客も多く乗る電車だから、そのためのパフォーマンスなのかもしれない。
 腰に着けたボールが少し揺れた気がした。今のを見ていたんだろうか。ホルダーから外し、車窓が見えるように掌に乗せる。
「…もうすぐ外が見えるんだって」
 控え目な声量で呟く。ボールは特に反応を見せなかった。
 車窓を眺める。そして、その時は来た。
「……わぁ………!」
 電車が地上に出るのと同時に、青空をバックに鳥ポケモンの大群が空へと飛び立った。森の上の鉄道橋を走る電車に追従するように、窓の向こうで鳥ポケモンが羽ばたいている。白、灰色、水色。どれも知らないポケモンだけれど、迫力のある光景に目が釘付けになった。自然の強さと逞しさを感じる。故郷も緑に溢れた島だけれど、四季がはっきりしているイッシュと年中温暖な故郷とでは木々の緑色すら全く異なるのだと知った。自分がちっぽけに思えてくる。
「…見える?すごいね」
 掌のボールにそっと話しかけていると、間もなく到着のアナウンスが鳴った。この付近で降りられるらしい。計画性もなしに、自然と立ち上がって下車した。
 駅のホームには何もない。降車する人も普段からあまり多くないのかな。少し冷たい風に吹かれながらぼーっと景色を眺めていると、背後でがさっと音がした。振り向くと、ピンク色の妖精みたいなポケモンが鎮座している。地元にはいないけど、ヒウンで船を降りてここに来るまでに何度か見たポケモンだ。木陰から飛び出してきたらしい。
 リュックを下ろし、携帯端末からアプリを起動する。色検索、降りた駅の名前で掛け合わせて検索して…
「…タブンネ、…っていうのか、このポケモン」
 タブンネの大きな耳が時々ぴくぴくと動いている。じっと動かず、何か待っているようだ。
 そのまま再び空を見上げると、赤い羽の鳥ポケモンの群れがはっきり見えた。ウォーグル。これは地元にもいるから知ってる。黒い腹と赤い翼を持つ大迫力のポケモンだ。しばらく見とれていると、一番後ろを飛んでいた一匹と群れとの間に距離ができた。やがて、こちらに真っ直ぐ飛んでくる。
「……え?」
 ウォーグルがどんどん近づいて、やがてその大きな翼による羽ばたき音すら耳に届いて、
「うわっ…!?」
 ぎゅっと目を閉じる。同時に、閉じた瞼の向こうで何かが光るのを感じた。
「…!フクスロー…!」
 目を開けば、ボールに閉じ籠っていたパートナーが飛び出し、ウォーグルとぼくとの間に立っている。ぷるぷると震えながら。ウォーグルはホームに降り立つ。どうやら木の実を咥えていたようで、それをそっと置いた。こちらを時々見ているが、襲いかかってきたりはしないようだ。思わず安堵の息を吐く。
「…フクスロー、大丈夫だよ。ごめんね、怖かったね。ありがとう」
 震えるフクスローの背を撫でてやる。自分より大きな相手を前に立ち向かってくれたのだ。また、ぼくが頼りないせいで無理をさせてしまった。
「……ん?」
 背後のタブンネが、慣れた様子でウォーグルに近づいていく。フクスローと共に見守っていると、タブンネはウォーグルが置いた木の実をぱくぱくと食べ始めた。なんだか両者満足そうだ。ふと、ウォーグルがくるりと背を向ける。そこには幾つもの傷があり、血が滲んでいた。それを見た瞬間頭に過った情報が正確か確かめるため、再び端末で検索する。
「ウォーグル、ウォーグルと…。…ああ、やっぱり」
 後ろ傷の多いウォーグルは群れで馬鹿にされ、尊敬されない。誇り高く逃げ出さない勇敢なポケモンとして名を知られている彼らの世界は強さこそが全てなのだろうか。
「あ…」
 タブンネはウォーグルの傷を確認するように見て、両腕をすっと伸ばした。ぴかっと光り輝いて、やがて傷が塞がっていく。古いものもあったのか傷一つない、とはいかなかったけれど。
(…そうか、この二匹は共生してるんだ。一方は食べ物を与えて、一方は治療して)
 未だ木の実で頬を膨らませるタブンネと目が合った。なんとこちらに寄ってくる。どうしたものかと動けずに狼狽していると、フクスローに向かって耳の触角を当てている。目を閉じてしばらくそうしていたタブンネは、次はぼくの傍に寄ってきて同じことをした。
「…???」
 タブンネはにっこりと笑い、同じく困惑するフクスローをぼくの方に向かってぐいぐい押した。温かい羽がぼくの腕に触れる。なんだかこうしてくっつくのも久しぶりだ。フクスローは大人しく、離れていかなかった。満足したのかタブンネはウォーグルの元に戻っていく。
「フクスロー…」
 フクスローは目を閉じ、じっとしていた。フクスローを上手く戦わせてあげられなくて、隣に立つ自信もなくなっていたけど。彼がぼくをどう思ってくれているかなんて、こうしていれば分かるじゃないか。そんなことも忘れてしまっていたけれど。
「…フクスロー、あの子たちはバトルは得意じゃないのかもしれないけれど…優しい子だね」
「……」
「…きみも優しすぎてバトルはあまり好きじゃなかったもんね。ごめんね、無理させて」
 鼓動がとくとくと伝わってくる。
「…ねえ、さっきの電車の中でやってたやつ、気になった?」
 くるる、とフクスローの喉が鳴った。素直な反応に思わず笑みが零れる。
「きみは羽がつやつやで綺麗だから、バトルよりああいう方が向いてるかもしれないね。…他にも見に行ってみようか。イッシュでやってるショー、探してみよう」
 フクスローの首がぐるんと動いて、こちらをしっかりと見つめる。
 世界は広い。だから進む道もたくさんあって、その先々に知らないことがある。進むも良し、戻るも良し。留まっていてもいいけれど、動けば新たな物が得られて、もしかしたらそれは自分の中で掛け替えのないものになるかもしれない。そんな当たり前のことにようやく気づいて、視界の霧が晴れたような気持ちになった。
 一人と一匹で次の電車を待った。澄んだ空の下、木々が風に揺れる音が響いていた。


フクスロー♂:いじっぱりな性格。気が強い。
タブンネ♀:ずぶとい性格。昼寝をよくする。
ウォーグル♂:おっとりな性格。打たれ強い。

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<クノエシティ>

 どこからか聴こえてくるアコーディオン、カラフルな屋根、壁、道、橋。
 何より、街の中央にある大きな樹。
「可愛いね…この街。絵本の中にいるみたいだね」
 あーん、とフォークで分けた一口大のショートケーキを差し出した。小さなテーブルの向かい側で、パートナーのマホイップが大きな口を開ける。
「美味しい…?アメリ。さっきのは甘くて美味しかったけど、こっちは甘くなくて美味しいね…」
 自分も口に運んだ。スポンジはふわふわ、ベリーソースは濃厚で甘酸っぱく、何よりクリームの味が繊細。さっぱりしていてついつい手が伸びてしまうような。
「…やっぱり来てみてよかったなあ…」
 わたしはパティシエのたまごで、カロスのキナンシティで行われるパティスリーウィークに勉強のため参加した。キナンは大にぎわいで、TMVで着いた時から既に甘い匂いが漂っているような街だった。世界中から名だたるパティシエが集まっていたし、キナン自体にも有名なお店がたくさんあった。新たな発見も勉強になることもそれはもうあって、自分の中に取り入れることができた。そしてせっかくならと、パティスリーウィークが終了したあともカロスの他の街を観光しようとこうして赴いている。泊まったホテルのオーナーの奥様に紹介されたのがここ、クノエシティだった。
 昼下がりの雰囲気、かちこちと鳴る時計、コーヒーの香ばしい匂い、パティスリーにも負けない美味しいケーキ。カロス地方、カフェのレベルもすごく高い。そしてどこもかしこもなんだかキラキラ煌めいている。最初に着いたミアレもそうだし、キナンもここも。美しさの最先端を行くそれらは、故郷のガラルの、歴史を感じる重厚な美しさとはまた違った魅力があった。
 小さなケーキがいくつも乗ったアラカルトのお皿を改めて見つめる。
「ピスタチオのケーキ…アメリと同じ色だね」
「?」
 アメリが首をかしげる。頭の星のアメ細工がきらっと光った。ポケモンに人間の食べるケーキはやや糖分過多だから、少しずつしかあげられないけれど。ケーキのクリームを口にしたアメリは幸せそうな顔をした。
 パティシエの勉強はキリがなくって、実際に作る以外にもやったり考えたりしなきゃいけないことは山ほどあって。気づいたらバタバタ走り回っているうちにすっかり夜中になっていたりして、何をやっているんだっけ、なんて思うこともしばしばあった。越えたい壁が明確じゃないって大変だ。どこに向かってどの道を走ればいいのか分からなくなる。けれど。
「…わたしはこの顔が見たくてやってるんだなあ、やっぱり…」
 アメリとの出会いは偶然、たまたま怪我していたマホミルをわたしが保護したというだけのものだけど。作ったケーキを味見してくれるのも上手くいかない時一緒に悩んでくれるのも夜中まで隣で一緒に走り回ってくれるのもこの子で。
 根っこにあるのはお菓子が大好き、大好きなお菓子を食べてる人たちの顔ってみんな幸せ。そんな幸せを自分の手で作りたい。そればっかりじゃだめだけど、同時に一番忘れちゃいけないことだ。初心を思い出した気がした。
 カフェの中は時間の流れがゆっくりだ。コーヒーの豆を挽く音がして、アンティークの時計が時を刻んで、お客さんたちの程よいざわめきがあって。オープンカウンターの方を見ていると、脇に置かれた角砂糖入れの中身をペロッパフが器用に取り出して、かりかり噛っていた。あの子はここの子で、あの角砂糖入れはあの子専用なのかな。なんだか微笑ましくなってふふっと笑みが盛れる。
「…カロスで見たものや感じたもの、全部お菓子にしたいね」
「にゅ?」
「キナンやクノエをモチーフにしたお菓子なんかどうかな…?粉砂糖でキラキラさせたり、クッキーでキノコの笠を作って、プリンの蓋みたいにしたりして…」
「にゅ」
「ふふ…いっぱい浮かんでくるね」
 思わず嬉しくなってしまって、アメリに笑いかけた。アメリはきょとんとしていたけれど釣られるようににっこりと笑って、
「にゅー」
「うん?なあに…」
 テーブルを乗り越えこちらにやってきたかと思うと、手をかざした。ふわっと白くて小さなかたまりが生まれる。
「アメ…んむ」
 そのまま口元にぺちょっと押し付けられた。
「…おいしい…」
「んにゅ」
「???…はじめて食べた、この味…アメリ、こんな味のクリームも出せたの…?」
「にゅー」
 なんだか、いつも気紛れで食べさせられるクリームよりも味が濃いような。コクがあって味の底が深い気がする。まるでミルタンクのミルクからできる生クリームのような…
「…そうだ…!」
「?」
「アメリ、前にきのみにクリームをデコレーションしたやつをくれたこと、あったよね…?あのきのみをキャラメリゼして、今のクリームみたいにミルタンクの生クリームを多めに配分したものをケーキにすれば…うん、絶対合うよ…!」
 アメリがぱちぱちと瞬きをした。
「アメリ、ありがとう…!早速帰ったら作ってみようね…」
 アメリの小さい両手を握ると、話の内容は伝わっているのかわからないけれど、なんだか得意気な顔をした。


アメリ(マホイップ♀):すなおな性格。食べるのが大好き。
ペロッパフ♂:せっかちな性格。暴れることが好き。

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<ポニの花園>

「わぁ…やっと来れた…!」
 立派な藤棚。高く高く伸びた大きな幹から垂れ下がる紫苑色の花が、時々はらはらと落ちていた。どこかの洞窟と繋がっているらしい湖は澄んでいて、落ちてきた花弁の影まで見えるようだ。木と土の匂いがする。幻想的でどこか現実離れした自然の光景。周囲を見渡してみれば、大きなカメラを持った人もいる。いわば絶景スポットなんだろう。
「う~~…描き甲斐がありそ~~!」
 思わずテンションも高くなる。私はウラウラ島の出身だからそこでの風景はいくつも描いてきたけれど、ポニ島は少し離れていることもあってなかなか訪れる機会に恵まれなかったのだ。ウラウラよりも色濃く残る自然にわくわくする。はやくこの表情を、この色をキャンバスの上で表現したい。
「ハギちゃん、ミミちゃん、出ておいで!」
パートナーのハギギシリとミミッキュをボールから出す。ハギちゃんは体表が色鮮やかな私の絵のモデル。ハギちゃんを出した水面は透き通り、なんだかいつも以上に煌めいて見える。体をくねらせて泳ぐ姿はやる気十分だ。ほい、と呼び掛けると、ハギちゃんは歯が欠けるのを防止するための、特注のマウスピースをぽいっと吐き出した。キャッチしてポケットに仕舞う。
「どう、ミミちゃんもたまにはモデルやってみる?」
「……」
 ミミちゃん用の小さな日傘を渡しながら言うと、顔を隠されてしまった。ミミちゃんは照れ屋さんな私のアシスタントだ。細かいところによく気がつくのだけれど控え目でいつも一歩引いている。じゃあ今日もいつも通り色々と補助してもらおうかな。また後で気分が変わったかどうか聞いてみよう。
 ざあ、と風が吹いて木漏れ日が下まで届いた。見上げれば花や弦の合間から青空が見える。藤の花と同化するように飛んでいるのは、ポニ島の花の蜜を吸ったオドリドリだ。よく見ればあちこちにいる。馴染みのある、ウラウラ島の燃えるような真っ赤のオドリドリとは随分印象が違って見えた。風の音、水の音、オドリドリの鳴き声だけが静かに響いている。ガンガンに照りつけているはずの陽射しも、葉や花に遮られて和らいでいる。
 ──そういえば、ここに来る前に集落の人に傘を持っていくことを勧められたのを思い出した。花園に行くなら持っていけ、と民宿のおばあちゃんが言っていたっけ(村では昔から使われている、ホエルコの骨でできた傘らしい。そういえばお土産のようにポケモンセンターでも売っていた)。見ての通り空は雲一つないし、絵を描いている途中に雨に降られたら色々と面倒なので天気予報だって何度も確認した。荷物はなるべく減らしたいからと、ここに持ってきたのは水やちょっとした食べ物と画材くらいのものだった。まあ、暗くなる前に集落に戻れば大丈夫だろう。ポニ島の花園は秘境だからライドポケモンで安全に来たのだし。
 画材を取り出し着々と準備を進めていく。目に映る全てと私が一対一で向き合うこの時間が好きだ。
 しばらくキャンバス相手に没頭した。筆洗の風で揺蕩う水面に時々花弁が落ちてくる。今見えている紫色は紫色だけじゃない。藤の色も、ハギちゃんの体も鱗が虹色に光っている。これらを私のフィルターを通して表現したい。気づけば、ハギちゃんの近くでオドリドリが水を飲んでいた。君も綺麗だね。ハギちゃんと一緒に描いてみようかな。
「おっと」
 掴み損ねた筆が落ちてしまった。ころりと転がったそれをミミちゃんがキャッチしてくれる。
「ありがとう、ミミちゃん」
 拾ってくれたそれを受け取ろう、としたその時だった。ミミちゃんが勢いよく後ろを向いて、ぴょんと跳ねた。
「…え?」
 なんだか焦っているような。何か聞こえたのか──そう思っていると、下から金属が擦り切れるようなけたたましい音がした。滅多に聞かないけれど聞き覚えのあるそれは一つしかない。
「は、ハギちゃん!?どうしたの」
 思わず耳を押さえる。オドリドリがばさばさと慌てて飛び立っていった。ハギギシリの大きな歯軋り音はサイコパワーが放出される時に発される。突起の先を見ると確かに淡く光っているけれど、理由が分からない。酷く警戒している。何がなんだか分からず困惑していた、刹那。
「───っ…!?」
 嵐のような大きな突風が吹いた。髪も画材も花弁も舞い上がる。花園全体が大きな生き物となり唸り声を上げている、そんな錯覚を覚える程の風の音。ざわざわばさばさとはためいて、飛んでいって、めちゃくちゃになって。何かが上空を物凄い速さで通り過ぎたらしいと理解したのは、その場が静けさを取り戻してからのことだった。
「…ありゃりゃ」
 水入れは花と葉がたくさん入り込んでぐちゃぐちゃ。キャンバスにも色んなものが乗っかっている。ケースから出した絵の具も筆もそこらじゅうに散乱していて、拾い集めるのは骨が折れそうだ。ハギちゃんの体にくっついたあれやこれをミミちゃんが取ってあげていた。私の頭もすごいことになってそうだな。なんだったんだろう、あれ。
「……やった!!」
 突如背後で響いた声に心臓が跳ねる。思わず振り向くと、男の人が手に持ったカメラを覗き込んでいた。絵を描くのに夢中になっていてすっかり忘れていたけれど、ここには他に人がいたんだった。目が合う。
「ああ…すいません、驚かせちゃって」
「いいえ…何かあったんですか?」
「いやあ…自分はカメラマンやってて、ここにも暫く通い詰めていたんですけど…やっと撮るのに成功したんですよ」
 男の人はカメラを見せてくれた。撮ったという写真を見てみると。
「………あ!」
 オレンジ色の体色、エメラルドの翼。大きな体に尻尾。
 そこにはカイリューが写っていた。
「…初めて見ました…」
「自分も半分賭けだったんですけど、この辺の水辺にはミニリュウが住んでるらしいのでもしかしたらと思って。粘ってよかった…」
 穏やかで海の化身とも呼ばれるドラゴンポケモン。写真越しですら迫力があった。同時に感じる畏怖の念。
「…なんか、大きな自然そのものみたいですね。自分がちっちゃく見えるみたい」
「感動ですよねえ。滅多に会えないポケモンですし…このアローラだけでもまだまだ知らないものってあるんだろうな」
 確かに、この人の言う通りなんだろう。この人はいつかそれをカメラに収めたいと思っているのかもしれないし、私はキャンバスの上で描いてみたい。自然の息遣いが聞こえてくるような絵を。
「……そういえば、おばあちゃんが言ってた『傘持ってけ』って…こういう意味かあ」
「なんですか、それ?」
「実はですね…」
 余所者は地元の人の言うことをよく聞いておくべきなんだな、なんてこっそり苦笑した。もっとも傘を持っていなかったからこそできた経験でもあるけれど。思わぬ出会いを共有した彼に、こちらもおばあちゃんの話を共有してみよう。きっとまた知らないものが見えてくるかもしれないから。


ハギちゃん(ハギギシリ♂):なまいきな性格。ちょっぴりみえっぱり。
ミミちゃん(ミミッキュ♀):てれやな性格。物音に敏感。
カイリュー♂:きまぐれな性格。駆けっこが好き。

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<シュートシティ>

「うん…うん、大丈夫だって。姉ちゃんにはさっき会えたよ。一人で出掛けていいって言うからさ。…分かったよ、心配しすぎだって。また夜に連絡するよ。それじゃあね!」
 まだ話したそうなママの声を聞きつつ受話器を戻した。ふう、と何かを達成したような息が漏れる。あのまま付き合ってたら日が暮れちまうもんな。せっかく来たのに。
 赤い電話ボックスのドアを開けて外に出ると、ひゅうっと冷たい風が吹いた。
「うーわ、寒っ」
 このシュートシティはガラルで一番大きな街で、一番北の街でもあるらしい。よく晴れているのに鼻がぐすぐす言うくらいには寒かった。雲一つない真っ青な空を見上げると、黒くて大きな鳥ポケモンがカゴのような物をぶら下げながら何匹も飛んでいる。ガラルのタクシーらしい。ここに来る時は電車だったけど、せっかくだし一回くらい乗ってみてもいいかもな。
「…でっけえ街だなあ。ミアレとどっちがでかいかな」
「ぐー」
 足元に相棒のヤンチャムが抱きついてくる。こいつはやんちゃで甘えん坊なのだ。
「な。気になるよなー」
 腰を屈めてヤンチャムと目線を合わせていると赤い影がぴょんと跳ね、直後に肩に重みを感じた。
「うお、もふもふだな。あったけー」
 首に巻き付いた尻尾がマフラーみたいだ。クスネ、というらしい。姉ちゃんのポケモンだ。
 二匹を体にくっつけたまま、改めて辺りを見渡す。大きな液晶広告がぴかぴか光っていた。観覧車、レストラン、カフェ、レコードショップ。気になるものはたくさんある。
「色々見て回りたいけど…やっぱり夕方からの大会が待ちきれないよな」
 リュックを下ろし、中に入れていたカレーパンを取り出す。三つあったので袋を開けてそれぞれヤンチャムとクスネに渡した。

 ガラルのシュートシティで年一回行われるチャンピオンカップ。どうしても生で見てみたくて、ガラルならカロスから来るのにそこまでかからないから、子供一人でも問題ないからとママを説得しまくってようやく来れたのだった。大会は数日間あるけど、もちろん参加者じゃないしめちゃくちゃ金持ちでもないからロンド・ロゼなんかにはとても泊まれなくて、というかシュート中のホテルがどこも満員で、そういう事情も分かっていたからシュートシティにお嫁に行った姉ちゃんのところに泊まると決めていた。朝早くにガラルに着いて、姉ちゃんと旦那さんに挨拶してから速攻で飛び出してきた。
 その時におれに着いてきたのがこのクスネで、姉ちゃんがガラルに来てから家族になったポケモンだった。クスネは初めて会ったおれやヤンチャムによくなついて、しかもおれがチャンピオンカップを見に行く話をしていたら目をキラキラさせていた。おれが行ってきますと姉ちゃんの家を出ると、すぐにポケモン用の小さな扉からクスネが飛び出してきて、足にすり寄ってきた。咥えていたパンは近くの店の美味しいやつ、と姉ちゃんが言っていた気がする。クスネがかっぱらってきた戦利品は一口噛るとスパイスの匂いがした。
 なんか楽しい悪戯してる気分になって、よっしゃ行こうぜ、と一緒に駆け出したけれど、もしかしたら姉ちゃんがクスネのこと探してるかもしれない。もっかい電話しに行くかなあ、と広場をふらふら歩いていると。
「危ないッ!!」
 誰かの叫び声がして、周りの人がみんな空を見上げていた。慌てて真上を向くと、カバンを提げたペリッパーがまさに落っこちて、迫ってきていた。影の色が濃くなる。
「ヤ、ヤンチャム!」
「ぐー!」
 ヤンチャムは勢いよく飛び出し、ペリッパーを力強くキャッチした。直後に開いたカバンがどさっと落ちて、中の手紙が雪崩れてくる。郵便屋さんらしい。しかしあぶねえ。力持ちのこいつでよかったとヤンチャムを撫でて褒めていると、クスネがすとっと着地した。何事かと思えばクスネは手紙の束を咥えている。急なことすぎて気づかなかったけど、手紙も一緒に散らばりながら落ちてきたらしい。今まさに落ちてきている手紙を目にも止まらぬ早業でキャッチしているのだと、少し経ってからようやく理解した。
「ボウズ!大丈夫か?」
「怪我はないかい?」
「大丈夫。ヤンチャムが助けてくれたから…こいつ、空で何かにぶつかったのかな」
「郵便ポケモン同士ぶつかったんだろうなあ。この時期は郵便物もどうしたって多くなるから時々あるんだ」
「そっか…よしよし、お前も怪我ないな。気をつけて飛べよ。ほい、手紙」
 ペリッパーや心配して集まってくれた人たちにお礼を言って別れた。
「お前らコンビネーション抜群じゃん!」
 にっと笑うと、二匹がきょとんとした目で見上げた。
「パワーのヤンチャムにスピードのクスネ!どっちかだけじゃバトルは勝てないけど、合わされば最強だぞ!トーナメントだって勝ち抜いちまうかも」
 うんうん、と一人納得していると、クスネが不思議そうな顔をした。お前すごいんだぞ、とクスネの顎の下を撫でる。
「よし、ぼちぼち会場に向かうか!雰囲気、味わっときたいしな」
 ヤンチャムとクスネは元気よく返事をした。

「…で、その後の展開がすごくてさ!」
「へえ。面白そうな試合ね」
「すっげー面白かった!」
 姉ちゃん夫婦と夜ご飯を食べながら、さっきまでやっていた素晴らしい試合の話をした。心から何かが沸き立つっていうか、燃えているっていうか。体の中で暴れる何かが治まらない。
「もー見てるだけなんて辛抱できねえよ!おれもバトルしたい!明日ワイルドエリアに修行に行く」
「本気で言ってんの?」
「当然!な、ヤンチャム、クスネ」
「え、クスネも?」
「きゅー」
 クスネが目をキラキラさせながら返事をした。
「こいつバトルすっごい好きなんだぜ!ずっと試合から目逸らさなくてさ」
「クスネ。そうなの?あなた、怖がりで外にもあまり出なかったのに…」
「……」
 姉ちゃんがはあ、と息を吐いた。
「…そんな顔されたらダメって言えないじゃない。いいわ、弟のこと守ってあげてくれる?」
「きゅ」
 クスネは姉ちゃんに頭を撫でられると、目を細めた。
「やった!楽しみだな、お前ら!」
「ただしワイルドエリアのスタッフの人に従うこと。大人でも危ない場所なんだからね」
「りょーかい!」
 二匹と一人でハイタッチを交わした。

「…大丈夫なのかい?あそこは本当に危険だぞ。ツアーがあるからそっちへの参加を勧めた方がいいんじゃ…」
「大丈夫よ。似たようなこと考えてるヤツが山程いるだろうからね」

 翌日。
「…ただいま」
「おかえり。思ったより早かったわね」
「なんかおれみたいに修行したいヤツがいっぱいいたみたいで、スタッフもいっぱいいて集団ツアーみたいだった…」
「やっぱりね」
「おれがしたかったのはこういうのじゃなくてさあ…」
「それじゃエリア内を観光だけして帰ってきたの?」
「途中で仲良くなったヤツとキャンプでカレー食ってきた。番号も交換したし、次は絶対バトルするんだ」
「…子供ってタダじゃ起きないわねえ」


ヤンチャム♂:やんちゃな性格。力が自慢。
クスネ♂:おくびょうな性格。抜け目がない。
ペリッパー♀:がんばりやな性格。おっちょこちょい。

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