グランドフレイム
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この作品は小説ポケモン図鑑企画の投稿作品です。
互いを信じる想いはバトルフィールドで極限にまで高まる!
(一部の技にオリジナルの解釈や演出が含まれています)
(一部の技にオリジナルの解釈や演出が含まれています)
観客の興奮も最高潮に達したスタジアムで繰り広げられる一騎打ち。
本来の試合時間もとっくに過ぎて集中力が戦局を左右するといった状況か。
バトルフィールドで戦っているのは二体。
「ロックブラスト!」
「落ち着け、一つ一つ着実にかわせ!」
ドサイドンの打ち込むロックブラストをガオガエンはコーナーを利用した三角跳びでジャンプして回避する。
S種族値60らしいがその動きは身軽であまり遅いとは感じさせない。
5発撃ち込まれたロックブラストを全弾回避して着地、再びフィールドに立って対戦相手のドサイドンに向き合う。
お互いいくつかの技はPP切れを起こしてしまう程度には消耗しているが、勝算は十分にあるとトレーナーが戦術を組み立てていた時だった。
「!?」
突然スタジアムに響き渡る異音にその場にいた全員が辺りを見渡す。
「おい、あれ照明崩れかけてないか!?」
一人の観客の指さす方を見ると、バトルフィールドを照らす大きな照明がいくつか崩れ落ちそうになっている。
崩れ落ちそうになった原因も分からず、自身の身の安全を確保することに必死になった観客は安全な場所を求めて我先にとパニックになっている。
運営サイドも試合をそっちのけで必死に避難誘導を開始している。
両者のトレーナーも試合を中断して互いのポケモンをボールに戻すことを強制されてしぶしぶモンスターボールを取り出す。
だが、ドサイドンのトレーナーがボールにしまい込んだ後、照明の方を見て一瞬ほくそ笑んだのは見逃さなかった…
グランドフレイム
「おい、お前のスマホ鳴ってるぞ」
「こんな時間に誰だよ… オグマ、スマホ取って」
「へいへい…」
「さんきゅ、ってただの広告メールかよ…」
「お前のスマホにかけてくる奴なんて、絶対重要な用事ある人じゃないとかけてこないし、そもそも友達とかいないしな」
「何故だろう、オグマにさりげなく傷つけられた気がする」
「まあ、お前は昔から友達作らないからな」
「そうだな…」
「なあ、お前は人間の友達とか作らねぇのか?」
「オグマの方こそ、仲のいいポケモンとかいないのか?」
「…」
「…」
二人用のダイニングテーブルに突っ伏したままの一人と一匹の会話はそこで途切れる。
遮光性の高いカーテンに遮られて日差しは差し込まないものの、ロック画面に戻ったスマホの時計はそろそろ午後に差し掛かろうとしていた。
これだけ書くとただの人付き合いが苦手なトレーナーとそのポケモンの会話みたいに見えるので一応補足しておくと、昨日の激闘を繰り広げていたガオガエンとそのトレーナーである。
流石にそろそろ正午になってしまうのは分かっているし、そろそろ起きないと最終的にテーブルに突っ伏したまま一日が終わってしまう。
頭では分かっているがどうも起きる気になれない。
昨日の試合中止で連勝記録を中断されたとなると流石にふて寝だってしたくなる。
あれから試合を再開しろと暴れるオグマを会場スタッフと一緒に必死になだめて、運営本部に掛け合ってもらうという条件でようやくボールに入り、それからは僕自身も連勝記録が止まったことの重大さを認識、ゾンビのような足取りで24時間営業のスーパーに寄って半額シールの貼られた唐揚げや焼きそばを買ってタクシーを拾い、家に帰ってからは覚えていない。
多分やけ食いしてそのまま寝落ちした感じだろう。酒も飲んでいないのに記憶がないというのも不思議ではある。
「なあ、あいつのロックブラストは見かけによらずえげつない威力だったな…」
「あれ?オグマ、ロックブラスト喰らったっけ?全弾回避できてたよな?」
残った唐揚げを食べながら呟いたオグマの一言が妙に気になる。
まさか、いやもしかしてな…
「確かに俺はお前の指示通りに全弾回避したぜ。でもあのロックブラスト、スタジアムの照明も壊せるんだから大したもんだなって」
そう言ったオグマの目は悪タイプらしい獲物を捉えたような目の笑顔だった。
「流石だな、何かあるとは思ってたけどそこまで見抜いてたなんて」
「そりゃそうだろ、あんな無茶苦茶な自体で連勝記録止められてそれを黙って指くわえて見てられるかよ…!」
表情は一変、やり場のない怒りと悲しみを耐えているような表情に変わる。
完全に見落としていた。トレーナーである僕以上に戦っていたオグマの方が連勝記録を止められた悔しさは強いはず、冷静に考えたら分かるはずだったのに僕は考えが回らなかったらしい。
少なくとも今出来ることは一つ。
「お昼ご飯はいる?」
「…いらない」
「じゃ、ちょっと買い物行ってくるけど欲しいものは?」
「…何か炭酸あったら買って」
「了解、二時間は帰ってこないからゆっくりしててね。何かあったらスマホ鳴らして」
ジーンズはそのままだけど昨日から着たままのTシャツは一応着替えて洗濯機に放り込むと、財布とスマホを入れたショルダーバッグを持って外に出た。
あいつは俺の気持ちを知ってか知らずか、俺を置いて買い物に行ってしまった。多分気づいてるだろうから俺を一匹だけにしたんだろう。
俺にとってはそれはありがたい話ではあったんだけど。
気圧が変化しているからなのか、若干重い頭を上げて椅子から立ち上がり簡単にテーブルの上を片付けた後、ふらふらと洗面台に向かう。
人間用の洗面台でも俺の身体には丁度いい構造。高くてほとんど見えなかった鏡も今では丁度いい高さになっている。もちろん鏡の位置が変わった訳じゃなく俺が大きくなっただけなんだけどな。
蛇口を捻って冷たい水を一口飲むとやっと頭が動き始めた気がする。
昨日の試合はあのまま戦い続ければ、タイプ相性を考慮したって確実に俺が勝てるはずだったし、周りの観衆だって薄々それに気が付いていた。
対戦相手だってそれに気づいていたから負けないために試合を強制的に中断させる手段を取ったと考えられる。
負けたくない気持ちは分からなくもないが、あんな観客まで危険な目に合わせて試合を中断するような危険な手段のせいで俺の連勝記録が止められるなんて…!
怒りに任せて何かを殴りつけたくなったが、それで壊してしまったらあいつに迷惑をかけると思ってすんでのところで踏みとどまる。
怒りも悲しみも悔しさも全てが不完全燃焼。炎タイプなのに不完全燃焼って我ながら情けない気もする…
目の奥が少し痛い。折角あいつが俺だけの時間をくれたんだ、この時間で不完全燃焼な思いを何とかしなきゃな…
冷たい水で顔を洗って蛇口を閉めて、そのままあいつの使っているベッドに横になる。
あいつはセミダブルベッドで寝ているので結構ゆったりしているし、あいつの匂いがして少し落ち着く気がする。
あいつが帰ってくる頃には多分感情のリセットも出来てるはずだ…
徒歩圏内にある大型スーパーだし、今朝の天気予報では降水確率10%だと言っていたはずなのに、帰り道で突然のゲリラ豪雨に直撃。
予定してた帰宅時間より30分は遅くなり、さらに着ていたTシャツとジーンズもびしょ濡れだ。
買ってきたものは何とか無事で良かった、有料になってしまったレジ袋を買った意味もあったな。
濡れたスニーカーで床に濡れた足跡を残しながら1階で止まっていたエレベーターに乗り、スマホを開いて時間をチェックする。
やや遅くなったけどこれならギリギリ許容範囲だ。
途中で止まることもなく部屋のある階までノンストップで上昇してドアが開く。
ドアの前に立って何故か開けるのが一瞬ためらわれる。まだ気持ちのリセットの途中だったらどうしようかと思ったが、その時考えることにして鍵を差し込んで回す。
「ただいま、帰ってきたよ?」
静まり返った部屋から返事はない。遮光性の高いカーテンは開けたらしく少し薄暗いだけの部屋になり、食べ散らかしていたテーブルは片付けられている。
テーブルに突っ伏したままじゃなくて外にも出ていないとしたらオグマの居場所は大体検討がつく。
予想通り僕のベッドで寝ていた。あまり素直じゃない性格だからなのか、普段寝る時はボールにはいることが多いのだが、本人はこのベッドで寝るのが出会った頃からお気に入りらしく、それを知っているから大体想像はつく。
別に寝ている分には何も問題ないのだが、何もかけずにへそ天で寝ているとなるとそれはそれで心配にもなる。
クローゼットからタオルケットを取り出してかけると、買ってきた物を冷蔵庫に入れに戻った。
夢の中で俺はニャビーの状態に戻っていた。無機質なポケモンセンターの一室で訳ありで保護された他のポケモン達と一緒に過ごしていた。最も俺は誰かと話すのが苦手だったからずっと一匹でいたけど。
ある日目を覚ますと、十数人の子供が俺のいる部屋に入ってきた。何でもシャカイケンガクとかいうやつらしくて正直ぎゃあぎゃあうるさいだけだ。どうせ年齢からしてポケモン持ってるだろうから特に俺には関係のない話だ…
そう思って再び寝ようとした時、一人の少年が俺の方に来る。鬱陶しい奴かと思ったが、見た限り普通の子供という感じがしなかった。どこか大人の様に冷たく斜に構えているが、それでいて冷めている目は誰よりも強い光を敢えて隠しているように見えた。
「君は誰かと一緒にいるのは苦手? 実は僕もなんだ」
こいつは俺の前で大人びた笑みを見せる。
何故かは分からないが俺はあいつに似たような物を感じた。
それから特に何かをしたわけではないが、俺はあいつとずっと一緒にいた。そして来ていた子供はみんな帰る時間になった。
「君に会えて良かったよ、またね」
あいつも同じように帰ろうとしている、行っちゃダメだ…!
「ん? どうしたの…?」
俺は無意識のうちにあいつのズボンの裾にしがみついていた。
「普段誰にも心を開かない子がここまでになるなんて、きっと貴方を気に入ったのよ」
ポケモンセンターの職員がしゃがんで俺を覗き込んでくる。意識して見られるのが癪だったので顔を背ける。
「特別にモンスターボールあげるから、この子を連れていってあげたら?」
渡されたモンスターボールを受け取って、あいつは俺をズボンから降ろす。
「どうするかは任せるけど、僕と一緒に来ない?」
生まれた時からなかなか素直になれなかったが、この瞬間俺は生まれて初めて素直になれたのかもしれない。差し出して来たモンスターボールの開閉スイッチをそっと押すと、赤い閃光が俺を包み込んだ。
あいつのポケモンになってから、俺は色々なことを経験した。初めてのポケモンバトルで戦闘不能の概念を分からずに倒した相手に対しても攻撃を止めなくて慌てて止められたり、ニャヒートに進化した時にお祝いのケーキを買ってもらったのが嬉しくて一息で全部点火してみたり、あいつと出会ってからの毎日は色んなことがあったけど幸せだったのは間違いない。
そしてちょうど一年ぐらい前、俺はガオガエンに進化した。
その時の進化タイミングは深夜で、普段は寝ているはずの時間のはずなのにあいつは俺の進化を見守ってくれた。
そして二足歩行になって少し戸惑っている俺を軽く抱きしめて、「進化おめでとう、格好良くなったね」と言ってくれた。
あの時確信した、俺はあいつに出会えて本当に良かったと…
赤ワインと一緒に塊肉を煮込んでおいて、その間にジャガイモを少し粗めに潰していく。塩もみしたきゅうり、薄く切ったニンジンと水にさらしたタマネギをツナ缶と一緒にジャガイモに混ぜて塩こしょうで少し強めに下味をつけておく。そしてやや控えめな量のマヨネーズで和えて冷蔵庫で冷やせば完成だ。
やや落ち込んでいるオグマに元気になって欲しいから、今日の夕食は全部あいつの好物で揃えておいた。
出かける前にこっそり準備しておいたコーヒーゼリーもそろそ完成、ホイップクリームもさっき買ってきた。
バゲットを食べやすい大きさに切ってトースターに放り込むと赤ワイン煮込みの煮込み時間が終了。
蓋を開けると赤ワインとほんのり辛い匂いが広がる。オグマの好みに合わせて隠し味にマトマの実を入れてみたが、結構いい感じだ。
「ん、もうこんな時間か… なぁ、これ今日の晩飯⁉」
トースターから軽く焼き色を付けたバゲットを取り出すとオグマが起きてきた。
「大正解! 折角だし美味しい物食べようと思ってね!」
「やった…! 俺の好物ばっかりだ…!」
ちょっと元気になったみたいで良かった…!
基本的に僕にだけしか見せない笑顔、それを見られるだけでもう少し頑張ろうって気になれる。
「これ、ちょっとアレンジした?」
「赤ワイン煮込み? ちょっとマトマの実加えてみた」
「なるほど、言われてみりゃそんな感じがするな…」
「本当に気づいたのか? でも気に入ってくれてなら良かった!」
「気に入らない訳ないだろ? やっぱお前の料理は全部美味いな!」
「お粗末です、デザートにコーヒーゼリーも作ってあるからね」
「マジか⁉ 滅茶苦茶楽しみだ!」
「はーい、お楽しみに!」
ポテトサラダに付けるための粒マスタードを取ろうと冷蔵庫を開けた時、テーブルに置いてあるスマホから着信音が流れる。
着信表示を見て気づかれないようにニヤリと笑い通話に出る。
「はい、はい、はい… わっかりました…! はい、じゃ…」
「今の電話、誰からだ?」
「喜べよオグマ、大会の運営本部から連絡があって、『審議の結果、昨日の試合は無効試合として、明後日に再試合をすることに決定されました』だってさ!」
「それ、本当か? 俺を元気づけようとしたお芝居じゃ…」
「信用ないなぁ、ほら」
通話開始時点で起動させておいた録音モードが役に立った。
録音再生ボタンを押すと、さっきの通話が再生される。
「本当なのか、ってことは連勝記録のストップもなくなるのか⁉」
「ご名答、明後日勝てば連勝記録継続だ」
「良かった、でも俺はずっとお前に気を遣わせてばっかだな…」
肉を食べるフォークの手を止めて呟く。
「急にどうしたんだ?」
「いや、出会った頃から俺はずっとお前に助けられてばっかでお前には何も出来てないなって思ったから…」
さっきの夢の影響で、上手く表現できないようなさみしさをほんの少し感じていることは言わないでおく。
「そういうことか、だったら気にしなくてもいいよ」
「そうなのか?」
「だってさ、こんな変わり者の僕を気に入ってくれて、そして今も信じてくれている。それだけでも嬉しいんだよ?」
そう言って後ろに回って顎下をそっと撫でる。
やっぱりだ。俺にとっては雲の様に掴みどころがなくてあいつのことが分からないけど、あいつは俺の考える事を大体分かってしまうらしい。
あいつはエスパータイプか? いや、仮にそうだとしても悪タイプの俺の心はかえって読めなくなるはずだ…
分からないことは多いが、あいつは俺のことを大事にしてくれている。それだけは確信を持って言えることだ。
「なるほどな、でも俺に出来る事なら言えよ?」
「そうなの?だったらマッサージ頼んでもいい?」
「お前本当に好きだよな… あと、寝るだけにしてから言えよ?お前毎回寝落ちしてるから」
「りょうかーい あ、あと明日一緒に買い物行かない?」
「お前頼みすぎだ… まぁ、コーヒーゼリーのホイップクリーム多くしてくれたらOK」
「かしこまりました!」
あいつは少しご機嫌になってコーヒーゼリーとホイップクリームを冷蔵庫から取り出している。
あいつと一緒に買い物するのも久々だし、たまには悪くないか。
嬉しそうなあいつの背中を見て笑顔になっているのが俺自身にも分かった。
目が覚めたらスマホの時刻表示はとっくに9時を過ぎている。
ボールの中で休んでいたはずのオグマはとっくに起きていてベッドサイドに腰掛けて欠伸している。
「言っただろ? お前絶対寝落ちするって」
「確かにそうだね… それにしてもどの辺から寝てた?」
「最初に肩を揉んでやった時は起き上がってたから、うつ伏せになってすぐか?」
「なるほど、そりゃ何も覚えてないわけだ」
「…お前かなり気持ち良さそうに寝てたぞ」
「そっか、昨日はありがとう」
「そういうのはいいから早く行こうぜ、必要ならまた言えよ?」
冷めた様に答えると見せかけての最後の一言が少し嬉しい。
きっとオグマなりの優しさなんだろう。
「はーい、とりあえず朝はファーストフードに頼るか」
「へいへい」
オグマはボールの中に入り、それをジーンズのポケットに入れてショルダーバッグとヘルメットを持って家を出る。
ヘルメットを被りバイクのキーを回してスタートボタンでエンジンを始動させる。
多分一週間ぶりに乗ったけどエンジンは快調、昨日は雨だったけど今日は良い走りを期待できそうだ。
途中でファーストフードのハンバーガー店に寄って、遅めの朝食を一緒に済ませ、駅近くにあるそこそこ大きめのショッピングモールに向かう。
正午を過ぎたらバイクのシートが熱くなりそうなので地下駐車場にバイクを停める。
「着いたよ、早く中へ行こっか!」
「結構早く着いたな、何か旨いものがありますように…!」
近くに誰もいないと分かるとついつい家でのモードに変わってしまう一人と一匹だった。
あいつは特に買いたい物とかは決めずに来たらしく、ヴィレッジヴァ〇ガードや無印〇品などの店をのぞきながら店内を歩いている。
俺も付き添いだから、みたいな感覚で買ってもらったクレープを食べながらふと通り過ぎようとした店のショーウィンドウを見て思わず足を止める。
「ん?何かあった?」
「いや、飾ってるアクセ綺麗だなって」
「確かに綺麗だね、ちょっと行ってみる?」
「でも、この店値段高そうだけど…」
「いらっしゃいませ! 何をお探しですか?」
うっかり店員に見つかってしまい、(半ば強制的に)店内に入った。
「いらっしゃいませ、本日はどういった商品をお探しでしょうか?」
「そうですね、ポケモンとペアにできるメンズのネックレスとかありますか?」
「この子とお揃いにする感じでよろしいでしょうか?」
「はい、それで」
「かしこまりました。それではこちらのショーケースになります、手に取って見てみたい時は遠慮なくお申し付けくださいね」
ショーケースの位置を案内すると店員はそのまま行ってしまった。
オグマは僕の発言に驚いたらしくきょとんとしているが、今回の買い物予定は告げていなかったから仕方ない。
実は今日、お揃いのアクセサリーを買いたいと思ってショッピングモールに来たのが本当の理由だ。
それにしてもきょとんとした時の感じはニャビーの頃からそんなに変わってないな。可愛いから全然いいんだけど。
「なあ、これとかどうだ?」
オグマが指さしたのは小さなプレートの付いたシルバーのネックレス。そこまで派手な装飾はないので結構いい感じかもしれない。
「こちらの商品ですね、かしこまりました」
さっきの店員を呼び出し、ショーケースから取り出して見せてもらう。
「こちらの商品は特殊加工を施しているので炎タイプのポケモンさんでも安心して着用できます。ちなみにチェーンの長さも調整できますがどうなさいますか?」
「そうですね、一応調整してもらえますか?」
「確かに格好いいけど本当にいいのか? あれの値段この棚で一番高いのに…」
「オグマはあのネックレスを気に入ったんだろ?」
「確かに俺は気に入ったけど…」
「だったら金は気にするな、ギリギリ予算の範囲内だから」
「…ありがとな」
その後、お互いに合った長さにチェーンを調整してもらって、代金を支払い早速ネックレスを付けて店を出た。
「オグマ、やっぱり似合ってるな!」
「お前も結構似合ってると思うぞ」
「そうか、だったらオグマのセンスが優れてるってことだな!」
「割と恥ずかしいからそういうの止めろ…!」
店から出て近くに置いてあるソファに座ってやや惚気っぽくじゃれ合う。
多分俺じゃなかったらオグマに殺されても文句言えないね、多分。
「まだ時間あるけどこれからどうする? 映画とか見る?」
「そうだな、俺久々にクレーンゲームとかやりたい…!」
「OK、早速ゲームコーナーに移動するか! それから晩御飯何がいいか考えといてね?」
それからクレーンゲームやメダルゲームを満喫して、夕食は審議の結果ショッピングモールのレストラン街にある回らない寿司屋に決定した。
かなりの大豪遊で財布が少し苦しいが、オグマは楽しんでくれたみたいだし僕も十分楽しめたから構わない。
明日の試合、絶対に勝って見せる…!
試合開始は夕方の5時からだが、あいつは1時ごろに来た荷物を受け取ると、「早い目に会場でスタンバイしようか」と言って2時までには会場に到着していた。
出発が早くても俺には問題ないが、比較的のんびりしているあいつが早めの行動に出るのはかなり不思議だ。
ポケモンバトルの時にはいつも臨機応変に戦術を考えて指示を出せる程度には頭が切れるみたいだから、今回も何か考えがあるのだろう。
最も、本当は無計画で気まぐれな行動だったとしても俺はあいつを信じるだけだ。
あいつが俺のことを信じてくれているように、俺もあいつを信じる。
「オグマ、そろそろ4時半だし最終チェックに入ろうか」
ウォーミングアップも兼ねて技の動きを確認していると、毎回お決まりの最終チェックに入る。
最終チェックとは、俺の身体的コンディションのチェックと技の流れのチェック、そしてメンタル的なサポートらしい。
最初に身体的コンディションのチェック。このチェックは俺の全身を触りながら筋肉や骨、関節や毛並みなどの状態を確かめて異常がないか確認する。
当然普段は触れないような場所もくまなく触ってチェックされる。もちろん手足の肉球や顎下も例外ではない。
これはバトルのためだしあいつに触られるのは嫌いじゃないが、やけにあいつは嬉しそうにしているし、それでいてあいつは時々撫でてくるのが結構気持ち良くて、俺の方も複雑な心境になってしまう。主に撫でられた時に俺もにやけていないか心配で。
異常はなかったので身体的コンディションのチェックは終了。技の流れはさっき確認したので割愛。後はメンタル的なサポートだけだ。
控室であいつの座るソファの隣に座ると、あいつはさっき届いた荷物を開封する。段ボールの中には小さなアタッシュケースが入っていた、ご丁寧にダイヤル式ロックまで付属している代物だ。
ダイヤルの数字を【727】に揃えるとアタッシュケースのロックが解錠、アタッシュケースを開くと、変わった形の腕輪と菱形の赤いクリスタルが中の台座にセットされている。
腕輪とクリスタルの隣には使い方を表すピクトグラムまで用意されている。
それぞれ腕輪を左腕に装着してポーズを取っている人と、腕輪にクリスタルを嵌める場所を表している。色んな意味ですごい荷物だな…
「昔誕生日プレゼントに貰ったのを実家に置いてあったんだけど、今日のために送ってもらったんだ。アタッシュケースは両親の趣味だからね?」
そう言って腕輪とクリスタルをケースから取り出し、クリスタルを腕輪の台座に嵌めて腕輪を左腕に装着する。
「さて、バトルの前に言っておきたいことがあるんだ」
優しくも真剣さを感じる表情であいつは俺の方を向く。
「一昨日のバトルで分かったように相手はどんな手を使ってくるか分からず、一瞬で危険な状態になることも考えられる。だから、危ないと感じたら僕の指示を待たずにオグマ自身で危機回避してほしいんだ」
「俺の考えで、動くのか?」
「そう。基本的には指示を出して戦術に相手を誘導したりピンチから脱却するサポートをしてあげたいけど、とっさの状況だと僕でも対応できないかもしれない。だから、ここぞというときはオグマ自身で動いてほしい。これは心から信頼してるから言えることではあるけど、万一失敗しても気にしなくていい。自由に動けという指示を出した僕の戦術ミスだと思ってくれればいい」
かなり驚くような内容だったが、言い換えれば『何かあったら指示を無視して自分で危機回避して欲しい』という意味だ。
「分かった、やってやる…!」
「ありがとう。最後に一つだけ、僕が右腕をを見せるように胸の前でクロスしたら、迷わずフレアドライブを使ってほしい。それも頼まれてくれるかな?」
「フレアドライブだな? それも頑張る」
「よろしく。あ、そろそろ時間だし行こうか」
現在時刻はもう4時55分だ。
「オグマ、今日の試合絶対に勝って連勝記録を取り戻そう…!」
「言われるまでもないな、任せろ!」
俺もバトルの時のように好戦的なモードになってあいつとグータッチを交わす。
俺とあいつのお揃いのネックレスが小さく揺れた。
今日は僕たちの試合しかないのにスタジアムは満員。それだけみんなこの試合の結果が気になっているということだ。
だったらなおの事負けるわけにはいかないな、オグマの為にも自分の為にも。
「これから始まるのは一昨日の再試合! 両者の全てが再びここでぶつかり合います!」
相手のトレーナーは照明が崩れて試合が中断した時のような悪い笑みを浮かべたままダークボールからドサイドンを繰り出す。
何か仕組んでいるとは睨んでいたが隠す気ゼロとはな…
それでも関係ない、僕たちの全てをぶつけて一方的に打ち勝つだけだ。
「行くぞ、オグマ!」
モンスターボールから飛び出してたオグマがドサイドンに対して威嚇を放って攻撃力を下げる。
「それでは、試合開始!」
試合開始のゴングが鳴り響く。
「DDラリアット!」
様子見を兼ねてDDラリアットで先制攻撃を仕掛ける。オグマは黒い炎を纏ったまま高速で回転して接近、そのまま強力なラリアットを叩き込む。
かなりの重量があり、高い耐久性を誇るドサイドンの身体も一瞬ふらつく程の強力な一撃。
並みのポケモンならこれだけで十分戦闘不能に持ち込める程の威力を誇るオグマの得意技だが、それでも大したダメージにならないのは、相手のドサイドンの耐久の高さを物語っていると言える。
「反撃しろ、アームハンマー!」
相手もアームハンマーで応戦するが、オグマはそれを難なく躱す。
あのヘビーボンバーは文字通り重い一撃のように見える。格闘タイプの技を苦手とするオグマがうっかり受けてしまえばかなり危なかった。
アームハンマーの影響でただでさえ遅いドサイドンの素早さもかなり遅くなったように見える。このタイミングで一気に畳みかけたい。
「今の隙を逃すな、インファイトで一気に削るぞ!」
オグマは手首をスナップ、ドサイドンの懐に飛び込んで悪タイプらしい荒っぽいラッシュを叩き込む。
効果抜群の技が応えたのか、流石のドサイドンも片手を地面に付く。
これなら問題なく倒せる…!
「もう一度DDラリアットだ!」
再び高速回転を始めたオグマだが、突然何かに気づいたように技を途中で止めてとんぼ返りに変更、ドサイドンを蹴りつけて空中に飛び上がる。
(オグマには自分の判断で危機回避してもいいと言ってある、ということは一体何が?)
頭の中で生まれた疑問の答えはすぐに出された。
技の指示が直前に出されていたらしく、フィールド全体を地震が襲う。
だが、タイプ一致を考慮してもこの地震の威力は高すぎる。
(まさか、インファイトを使わせて弱点保険を発動させたのか…⁉)
これはあくまで推測だがそれ以外に理由を思いつかない。
相手のトレーナーに焦りを悟らせない様にポーカーフェイスを貫いてるが、実際は手をきつく握りしめて必死に冷静さを保とうとしていた。
(これはヤバい、完全にペースを持っていかれた…!)
「撃ち落とせ、ロックブラスト!」
とんぼ返りで空中にいたオグマを狙ってロックブラストが撃ち込まれる。
一発、二発と確実に躱していくが、五発目に運悪く着弾してしまう。
バランスを崩しつつもフィールドに着地したオグマは、少し顔をしかめている。一発だっったからまだこれだけで済んだが、全弾命中してしまったらかなり危険だったはずだ。
とっさの回避行動を実践しているオグマを内心褒めつつ、頭では必死に打開策を練る。
(相手の体力を考えると倒すチャンスはまだあるけど、ロックブラストとかで近づけなくされたら一方的にやられる…! けどここは敢えて攻撃に出る!)
「もう一度インファイトだ!」
「反撃なんてさせるか、岩石砲!」
オグマは指示通りドサイドンの懐へと飛び込もうとする。岩石砲のタイミングを考えれば十分間に合うはずだ…!
「そう見せかけてのロックブラストだ!」
「インファイトを中断、フレアドライブで受け流せ!」
お互いに技をキャンセルし、ドサイドンのロックブラストをオグマはフレアドライブの時に纏う炎を活かして岩を受け流す。
ロックブラストは二発で終わりオグマはフレアドライブで少しでも削ろうと突撃する…!
「アームハンマーだ」
だが、ドサイドンの放つアームハンマーをもろに受けてしまい、フレアドライブも大したダメージを与えられずフィールドの端まで吹き飛ばされた。
「オグマ!」
慌てて名前を呼ぶが返事がない。姿を目視で確認しようにも吹き飛ばされた時の爆風がすごくてまるで見えない。
色んな不安や後悔が僕の頭をよぎり始める…
「…は…だ…えるぞ…!」
フィールドの端からかすかに、けれども僕にははっきり聞こえる声。
「俺はまだ戦えるぞ…!」
フィールドのコーナーにもたれかかり、やや苦しそうに息も上がっているがオグマはまだ立っていた。
会場もオグマが耐えきったことに対する驚きの歓声で埋め尽くされる。
「つくづくしぶとい奴だな、岩石砲で楽にしてやれ」
相手のトレーナーの指示通りドサイドンは岩石砲を放とうとするが、突然何かに痛がって岩石砲を使えなかった。
「最初の威嚇に火傷を追加、これで物理攻撃の能力上昇はチャラだぜ…!」
悪タイプらしい笑みを浮かべたオグマはそう呟いて再び戦闘態勢に入る。
「なるほど、これで抜群の物理攻撃の脅威も元に戻ったって事か。 考えたな、オグマ!」
「ああ、お前程じゃないけどな!」
フィールド越しに笑顔で交わす会話。
オグマも自分の全力で戦っているんだ、僕だって全力で勝利に導いてみせる!
「勝ち筋が見えた! 僕はオグマを勝利へ連れていく…!」
「それはちょっと違うな。 俺とお前、一緒に勝ちに行こうぜ…!」
「分かった、このまま一気に決めるぞ!」
そう言って腕輪、Zパワーリングと赤いZクリスタルを敢えて見せるようにかざし、胸の前でクロスする。
それに反応してオグマもベルトの炎を全身に纏ってフレアドライブを発動させて走り出す。
「あの赤いZクリスタルは炎Z、いくらZ技でも4分の1なら臆することはない!アームハンマーで連勝記録もろともぶち壊してやれ!」
ドサイドンはアームハンマーで弾き返してそのままオグマを戦闘不能に持ち込むつもりらしいが今更止まる必要なんてない…!
アームハンマーとフレアドライブが拮抗するが、やがてオグマは少しずつ押され始める。
「オグマ、ジャンプだ!」
指示をだすと同時にオグマもアームハンマーの勢いを活かして跳び上がる。
そのタイミングで右腕を見せたままだった構えを解いて、今度は左腕、Zパワーリングを見せるように構えると、赤いZクリスタルから炎ではなくガオガエンをあしらった紋章が浮かび上がる。
「しまった!あれは炎Zじゃなかったのか!?」
今更気づいたってもう遅い。
完全に僕たちの芝居を信じ込んで炎Zだと思い込んでいたそれは、同じ赤色でもタイプも性質も全然違う【ガオガエンZ】だということに。
「オグマ、その燃え盛る地獄の業火で敵を砕いて勝利を手に入れろ!」
アームハンマーの勢いを活かしたジャンプで極限まで高く跳び上がりタイミングで悪タイプのZパワーが送り込まれる。
Z技を使うのは初めてだが、メガシンカやダイマックスもきっとこんな感じかもしれない。
オグマと一つになるような感覚を身体中で感じながら、同時に叫ぶ。
「「ハイパーダーククラッシャー!」」
地獄の業火を思わせる黒い炎がオグマの全身を包み込みそこから一気に急降下、そして右腕に力を溜めて、地面に到達するギリギリのタイミングで重力の勢いも加えた強力なパンチをドサイドンの脳天に叩き込む。
あまりの衝撃でフィールドにも亀裂が広がるほどだ。
そんな一撃をまともに受けたドサイドンは立ち上がって二、三歩よろけながら歩いていたが、やがて仰向けに倒れ込んで頭から全身に燃え広がった黒い炎に焼かれていった。
それを見たオグマがゆっくりと僕の方に歩いてくると、黒い炎が消えてドサイドンは戦闘不能になった。
「試合終了! 見事に連勝記録を守り抜いた!」
試合終了のゴングと僕たちの勝利を告げるジャッジを聞いてスタジアム全体で歓声が沸き起こる。
「やったな、オグマ」
「無事に連勝記録を取り戻したな、相棒」
「相棒?」
一瞬地球署の刑事みたいに「相棒って言うな!」と返しそうになったが踏みとどまる。
「俺なりに色々考えたんだけど、お前呼びを変えようと思った時に一番似合うのは【相棒】だと思ったんだ」
「なるほど、でも何で相棒?」
「それはな、今まで俺はずっと助けてもらってばっかりだったけど、これからは助けられた分だけ助ける、そんな立場を表せるのは相棒しかないなって」
「そっか、だったらオグマの相棒としてこれからも頑張らなきゃね!」
「ありがとな、これからもよろしく相棒!」
そして試合前と同じ様にグータッチを交わした―
試合が終わってからかなりの数のインタビュアーが来て、いつになったら帰れるのか少し心配になっていたが、相棒が出口の方を見ながら「どけ、俺が歩く道だ」と一言言うと割とすんなり帰らせてくれた。
どこかで聞いたことがある台詞な気がしたけどあまり気にしないでおこう…
出口への長い廊下で相棒が俺に話しかける。
「オグマ、今日はお疲れ様」
「俺は言うほど疲れてない、おm、相棒こそお疲れ様」
「ありがと、優しいんだね」
俺は改めて確信する。
上手く言えないけど俺は相棒の相棒になれて本当に良かったと…
「相棒、これからどこまで行くんだ?」
「さぁな、行けるとこまで行くさ」
グランドフレイム ‐完‐
本来の試合時間もとっくに過ぎて集中力が戦局を左右するといった状況か。
バトルフィールドで戦っているのは二体。
「ロックブラスト!」
「落ち着け、一つ一つ着実にかわせ!」
ドサイドンの打ち込むロックブラストをガオガエンはコーナーを利用した三角跳びでジャンプして回避する。
S種族値60らしいがその動きは身軽であまり遅いとは感じさせない。
5発撃ち込まれたロックブラストを全弾回避して着地、再びフィールドに立って対戦相手のドサイドンに向き合う。
お互いいくつかの技はPP切れを起こしてしまう程度には消耗しているが、勝算は十分にあるとトレーナーが戦術を組み立てていた時だった。
「!?」
突然スタジアムに響き渡る異音にその場にいた全員が辺りを見渡す。
「おい、あれ照明崩れかけてないか!?」
一人の観客の指さす方を見ると、バトルフィールドを照らす大きな照明がいくつか崩れ落ちそうになっている。
崩れ落ちそうになった原因も分からず、自身の身の安全を確保することに必死になった観客は安全な場所を求めて我先にとパニックになっている。
運営サイドも試合をそっちのけで必死に避難誘導を開始している。
両者のトレーナーも試合を中断して互いのポケモンをボールに戻すことを強制されてしぶしぶモンスターボールを取り出す。
だが、ドサイドンのトレーナーがボールにしまい込んだ後、照明の方を見て一瞬ほくそ笑んだのは見逃さなかった…
グランドフレイム
「おい、お前のスマホ鳴ってるぞ」
「こんな時間に誰だよ… オグマ、スマホ取って」
「へいへい…」
「さんきゅ、ってただの広告メールかよ…」
「お前のスマホにかけてくる奴なんて、絶対重要な用事ある人じゃないとかけてこないし、そもそも友達とかいないしな」
「何故だろう、オグマにさりげなく傷つけられた気がする」
「まあ、お前は昔から友達作らないからな」
「そうだな…」
「なあ、お前は人間の友達とか作らねぇのか?」
「オグマの方こそ、仲のいいポケモンとかいないのか?」
「…」
「…」
二人用のダイニングテーブルに突っ伏したままの一人と一匹の会話はそこで途切れる。
遮光性の高いカーテンに遮られて日差しは差し込まないものの、ロック画面に戻ったスマホの時計はそろそろ午後に差し掛かろうとしていた。
これだけ書くとただの人付き合いが苦手なトレーナーとそのポケモンの会話みたいに見えるので一応補足しておくと、昨日の激闘を繰り広げていたガオガエンとそのトレーナーである。
流石にそろそろ正午になってしまうのは分かっているし、そろそろ起きないと最終的にテーブルに突っ伏したまま一日が終わってしまう。
頭では分かっているがどうも起きる気になれない。
昨日の試合中止で連勝記録を中断されたとなると流石にふて寝だってしたくなる。
あれから試合を再開しろと暴れるオグマを会場スタッフと一緒に必死になだめて、運営本部に掛け合ってもらうという条件でようやくボールに入り、それからは僕自身も連勝記録が止まったことの重大さを認識、ゾンビのような足取りで24時間営業のスーパーに寄って半額シールの貼られた唐揚げや焼きそばを買ってタクシーを拾い、家に帰ってからは覚えていない。
多分やけ食いしてそのまま寝落ちした感じだろう。酒も飲んでいないのに記憶がないというのも不思議ではある。
「なあ、あいつのロックブラストは見かけによらずえげつない威力だったな…」
「あれ?オグマ、ロックブラスト喰らったっけ?全弾回避できてたよな?」
残った唐揚げを食べながら呟いたオグマの一言が妙に気になる。
まさか、いやもしかしてな…
「確かに俺はお前の指示通りに全弾回避したぜ。でもあのロックブラスト、スタジアムの照明も壊せるんだから大したもんだなって」
そう言ったオグマの目は悪タイプらしい獲物を捉えたような目の笑顔だった。
「流石だな、何かあるとは思ってたけどそこまで見抜いてたなんて」
「そりゃそうだろ、あんな無茶苦茶な自体で連勝記録止められてそれを黙って指くわえて見てられるかよ…!」
表情は一変、やり場のない怒りと悲しみを耐えているような表情に変わる。
完全に見落としていた。トレーナーである僕以上に戦っていたオグマの方が連勝記録を止められた悔しさは強いはず、冷静に考えたら分かるはずだったのに僕は考えが回らなかったらしい。
少なくとも今出来ることは一つ。
「お昼ご飯はいる?」
「…いらない」
「じゃ、ちょっと買い物行ってくるけど欲しいものは?」
「…何か炭酸あったら買って」
「了解、二時間は帰ってこないからゆっくりしててね。何かあったらスマホ鳴らして」
ジーンズはそのままだけど昨日から着たままのTシャツは一応着替えて洗濯機に放り込むと、財布とスマホを入れたショルダーバッグを持って外に出た。
あいつは俺の気持ちを知ってか知らずか、俺を置いて買い物に行ってしまった。多分気づいてるだろうから俺を一匹だけにしたんだろう。
俺にとってはそれはありがたい話ではあったんだけど。
気圧が変化しているからなのか、若干重い頭を上げて椅子から立ち上がり簡単にテーブルの上を片付けた後、ふらふらと洗面台に向かう。
人間用の洗面台でも俺の身体には丁度いい構造。高くてほとんど見えなかった鏡も今では丁度いい高さになっている。もちろん鏡の位置が変わった訳じゃなく俺が大きくなっただけなんだけどな。
蛇口を捻って冷たい水を一口飲むとやっと頭が動き始めた気がする。
昨日の試合はあのまま戦い続ければ、タイプ相性を考慮したって確実に俺が勝てるはずだったし、周りの観衆だって薄々それに気が付いていた。
対戦相手だってそれに気づいていたから負けないために試合を強制的に中断させる手段を取ったと考えられる。
負けたくない気持ちは分からなくもないが、あんな観客まで危険な目に合わせて試合を中断するような危険な手段のせいで俺の連勝記録が止められるなんて…!
怒りに任せて何かを殴りつけたくなったが、それで壊してしまったらあいつに迷惑をかけると思ってすんでのところで踏みとどまる。
怒りも悲しみも悔しさも全てが不完全燃焼。炎タイプなのに不完全燃焼って我ながら情けない気もする…
目の奥が少し痛い。折角あいつが俺だけの時間をくれたんだ、この時間で不完全燃焼な思いを何とかしなきゃな…
冷たい水で顔を洗って蛇口を閉めて、そのままあいつの使っているベッドに横になる。
あいつはセミダブルベッドで寝ているので結構ゆったりしているし、あいつの匂いがして少し落ち着く気がする。
あいつが帰ってくる頃には多分感情のリセットも出来てるはずだ…
徒歩圏内にある大型スーパーだし、今朝の天気予報では降水確率10%だと言っていたはずなのに、帰り道で突然のゲリラ豪雨に直撃。
予定してた帰宅時間より30分は遅くなり、さらに着ていたTシャツとジーンズもびしょ濡れだ。
買ってきたものは何とか無事で良かった、有料になってしまったレジ袋を買った意味もあったな。
濡れたスニーカーで床に濡れた足跡を残しながら1階で止まっていたエレベーターに乗り、スマホを開いて時間をチェックする。
やや遅くなったけどこれならギリギリ許容範囲だ。
途中で止まることもなく部屋のある階までノンストップで上昇してドアが開く。
ドアの前に立って何故か開けるのが一瞬ためらわれる。まだ気持ちのリセットの途中だったらどうしようかと思ったが、その時考えることにして鍵を差し込んで回す。
「ただいま、帰ってきたよ?」
静まり返った部屋から返事はない。遮光性の高いカーテンは開けたらしく少し薄暗いだけの部屋になり、食べ散らかしていたテーブルは片付けられている。
テーブルに突っ伏したままじゃなくて外にも出ていないとしたらオグマの居場所は大体検討がつく。
予想通り僕のベッドで寝ていた。あまり素直じゃない性格だからなのか、普段寝る時はボールにはいることが多いのだが、本人はこのベッドで寝るのが出会った頃からお気に入りらしく、それを知っているから大体想像はつく。
別に寝ている分には何も問題ないのだが、何もかけずにへそ天で寝ているとなるとそれはそれで心配にもなる。
クローゼットからタオルケットを取り出してかけると、買ってきた物を冷蔵庫に入れに戻った。
夢の中で俺はニャビーの状態に戻っていた。無機質なポケモンセンターの一室で訳ありで保護された他のポケモン達と一緒に過ごしていた。最も俺は誰かと話すのが苦手だったからずっと一匹でいたけど。
ある日目を覚ますと、十数人の子供が俺のいる部屋に入ってきた。何でもシャカイケンガクとかいうやつらしくて正直ぎゃあぎゃあうるさいだけだ。どうせ年齢からしてポケモン持ってるだろうから特に俺には関係のない話だ…
そう思って再び寝ようとした時、一人の少年が俺の方に来る。鬱陶しい奴かと思ったが、見た限り普通の子供という感じがしなかった。どこか大人の様に冷たく斜に構えているが、それでいて冷めている目は誰よりも強い光を敢えて隠しているように見えた。
「君は誰かと一緒にいるのは苦手? 実は僕もなんだ」
こいつは俺の前で大人びた笑みを見せる。
何故かは分からないが俺はあいつに似たような物を感じた。
それから特に何かをしたわけではないが、俺はあいつとずっと一緒にいた。そして来ていた子供はみんな帰る時間になった。
「君に会えて良かったよ、またね」
あいつも同じように帰ろうとしている、行っちゃダメだ…!
「ん? どうしたの…?」
俺は無意識のうちにあいつのズボンの裾にしがみついていた。
「普段誰にも心を開かない子がここまでになるなんて、きっと貴方を気に入ったのよ」
ポケモンセンターの職員がしゃがんで俺を覗き込んでくる。意識して見られるのが癪だったので顔を背ける。
「特別にモンスターボールあげるから、この子を連れていってあげたら?」
渡されたモンスターボールを受け取って、あいつは俺をズボンから降ろす。
「どうするかは任せるけど、僕と一緒に来ない?」
生まれた時からなかなか素直になれなかったが、この瞬間俺は生まれて初めて素直になれたのかもしれない。差し出して来たモンスターボールの開閉スイッチをそっと押すと、赤い閃光が俺を包み込んだ。
あいつのポケモンになってから、俺は色々なことを経験した。初めてのポケモンバトルで戦闘不能の概念を分からずに倒した相手に対しても攻撃を止めなくて慌てて止められたり、ニャヒートに進化した時にお祝いのケーキを買ってもらったのが嬉しくて一息で全部点火してみたり、あいつと出会ってからの毎日は色んなことがあったけど幸せだったのは間違いない。
そしてちょうど一年ぐらい前、俺はガオガエンに進化した。
その時の進化タイミングは深夜で、普段は寝ているはずの時間のはずなのにあいつは俺の進化を見守ってくれた。
そして二足歩行になって少し戸惑っている俺を軽く抱きしめて、「進化おめでとう、格好良くなったね」と言ってくれた。
あの時確信した、俺はあいつに出会えて本当に良かったと…
赤ワインと一緒に塊肉を煮込んでおいて、その間にジャガイモを少し粗めに潰していく。塩もみしたきゅうり、薄く切ったニンジンと水にさらしたタマネギをツナ缶と一緒にジャガイモに混ぜて塩こしょうで少し強めに下味をつけておく。そしてやや控えめな量のマヨネーズで和えて冷蔵庫で冷やせば完成だ。
やや落ち込んでいるオグマに元気になって欲しいから、今日の夕食は全部あいつの好物で揃えておいた。
出かける前にこっそり準備しておいたコーヒーゼリーもそろそ完成、ホイップクリームもさっき買ってきた。
バゲットを食べやすい大きさに切ってトースターに放り込むと赤ワイン煮込みの煮込み時間が終了。
蓋を開けると赤ワインとほんのり辛い匂いが広がる。オグマの好みに合わせて隠し味にマトマの実を入れてみたが、結構いい感じだ。
「ん、もうこんな時間か… なぁ、これ今日の晩飯⁉」
トースターから軽く焼き色を付けたバゲットを取り出すとオグマが起きてきた。
「大正解! 折角だし美味しい物食べようと思ってね!」
「やった…! 俺の好物ばっかりだ…!」
ちょっと元気になったみたいで良かった…!
基本的に僕にだけしか見せない笑顔、それを見られるだけでもう少し頑張ろうって気になれる。
「これ、ちょっとアレンジした?」
「赤ワイン煮込み? ちょっとマトマの実加えてみた」
「なるほど、言われてみりゃそんな感じがするな…」
「本当に気づいたのか? でも気に入ってくれてなら良かった!」
「気に入らない訳ないだろ? やっぱお前の料理は全部美味いな!」
「お粗末です、デザートにコーヒーゼリーも作ってあるからね」
「マジか⁉ 滅茶苦茶楽しみだ!」
「はーい、お楽しみに!」
ポテトサラダに付けるための粒マスタードを取ろうと冷蔵庫を開けた時、テーブルに置いてあるスマホから着信音が流れる。
着信表示を見て気づかれないようにニヤリと笑い通話に出る。
「はい、はい、はい… わっかりました…! はい、じゃ…」
「今の電話、誰からだ?」
「喜べよオグマ、大会の運営本部から連絡があって、『審議の結果、昨日の試合は無効試合として、明後日に再試合をすることに決定されました』だってさ!」
「それ、本当か? 俺を元気づけようとしたお芝居じゃ…」
「信用ないなぁ、ほら」
通話開始時点で起動させておいた録音モードが役に立った。
録音再生ボタンを押すと、さっきの通話が再生される。
「本当なのか、ってことは連勝記録のストップもなくなるのか⁉」
「ご名答、明後日勝てば連勝記録継続だ」
「良かった、でも俺はずっとお前に気を遣わせてばっかだな…」
肉を食べるフォークの手を止めて呟く。
「急にどうしたんだ?」
「いや、出会った頃から俺はずっとお前に助けられてばっかでお前には何も出来てないなって思ったから…」
さっきの夢の影響で、上手く表現できないようなさみしさをほんの少し感じていることは言わないでおく。
「そういうことか、だったら気にしなくてもいいよ」
「そうなのか?」
「だってさ、こんな変わり者の僕を気に入ってくれて、そして今も信じてくれている。それだけでも嬉しいんだよ?」
そう言って後ろに回って顎下をそっと撫でる。
やっぱりだ。俺にとっては雲の様に掴みどころがなくてあいつのことが分からないけど、あいつは俺の考える事を大体分かってしまうらしい。
あいつはエスパータイプか? いや、仮にそうだとしても悪タイプの俺の心はかえって読めなくなるはずだ…
分からないことは多いが、あいつは俺のことを大事にしてくれている。それだけは確信を持って言えることだ。
「なるほどな、でも俺に出来る事なら言えよ?」
「そうなの?だったらマッサージ頼んでもいい?」
「お前本当に好きだよな… あと、寝るだけにしてから言えよ?お前毎回寝落ちしてるから」
「りょうかーい あ、あと明日一緒に買い物行かない?」
「お前頼みすぎだ… まぁ、コーヒーゼリーのホイップクリーム多くしてくれたらOK」
「かしこまりました!」
あいつは少しご機嫌になってコーヒーゼリーとホイップクリームを冷蔵庫から取り出している。
あいつと一緒に買い物するのも久々だし、たまには悪くないか。
嬉しそうなあいつの背中を見て笑顔になっているのが俺自身にも分かった。
目が覚めたらスマホの時刻表示はとっくに9時を過ぎている。
ボールの中で休んでいたはずのオグマはとっくに起きていてベッドサイドに腰掛けて欠伸している。
「言っただろ? お前絶対寝落ちするって」
「確かにそうだね… それにしてもどの辺から寝てた?」
「最初に肩を揉んでやった時は起き上がってたから、うつ伏せになってすぐか?」
「なるほど、そりゃ何も覚えてないわけだ」
「…お前かなり気持ち良さそうに寝てたぞ」
「そっか、昨日はありがとう」
「そういうのはいいから早く行こうぜ、必要ならまた言えよ?」
冷めた様に答えると見せかけての最後の一言が少し嬉しい。
きっとオグマなりの優しさなんだろう。
「はーい、とりあえず朝はファーストフードに頼るか」
「へいへい」
オグマはボールの中に入り、それをジーンズのポケットに入れてショルダーバッグとヘルメットを持って家を出る。
ヘルメットを被りバイクのキーを回してスタートボタンでエンジンを始動させる。
多分一週間ぶりに乗ったけどエンジンは快調、昨日は雨だったけど今日は良い走りを期待できそうだ。
途中でファーストフードのハンバーガー店に寄って、遅めの朝食を一緒に済ませ、駅近くにあるそこそこ大きめのショッピングモールに向かう。
正午を過ぎたらバイクのシートが熱くなりそうなので地下駐車場にバイクを停める。
「着いたよ、早く中へ行こっか!」
「結構早く着いたな、何か旨いものがありますように…!」
近くに誰もいないと分かるとついつい家でのモードに変わってしまう一人と一匹だった。
あいつは特に買いたい物とかは決めずに来たらしく、ヴィレッジヴァ〇ガードや無印〇品などの店をのぞきながら店内を歩いている。
俺も付き添いだから、みたいな感覚で買ってもらったクレープを食べながらふと通り過ぎようとした店のショーウィンドウを見て思わず足を止める。
「ん?何かあった?」
「いや、飾ってるアクセ綺麗だなって」
「確かに綺麗だね、ちょっと行ってみる?」
「でも、この店値段高そうだけど…」
「いらっしゃいませ! 何をお探しですか?」
うっかり店員に見つかってしまい、(半ば強制的に)店内に入った。
「いらっしゃいませ、本日はどういった商品をお探しでしょうか?」
「そうですね、ポケモンとペアにできるメンズのネックレスとかありますか?」
「この子とお揃いにする感じでよろしいでしょうか?」
「はい、それで」
「かしこまりました。それではこちらのショーケースになります、手に取って見てみたい時は遠慮なくお申し付けくださいね」
ショーケースの位置を案内すると店員はそのまま行ってしまった。
オグマは僕の発言に驚いたらしくきょとんとしているが、今回の買い物予定は告げていなかったから仕方ない。
実は今日、お揃いのアクセサリーを買いたいと思ってショッピングモールに来たのが本当の理由だ。
それにしてもきょとんとした時の感じはニャビーの頃からそんなに変わってないな。可愛いから全然いいんだけど。
「なあ、これとかどうだ?」
オグマが指さしたのは小さなプレートの付いたシルバーのネックレス。そこまで派手な装飾はないので結構いい感じかもしれない。
「こちらの商品ですね、かしこまりました」
さっきの店員を呼び出し、ショーケースから取り出して見せてもらう。
「こちらの商品は特殊加工を施しているので炎タイプのポケモンさんでも安心して着用できます。ちなみにチェーンの長さも調整できますがどうなさいますか?」
「そうですね、一応調整してもらえますか?」
「確かに格好いいけど本当にいいのか? あれの値段この棚で一番高いのに…」
「オグマはあのネックレスを気に入ったんだろ?」
「確かに俺は気に入ったけど…」
「だったら金は気にするな、ギリギリ予算の範囲内だから」
「…ありがとな」
その後、お互いに合った長さにチェーンを調整してもらって、代金を支払い早速ネックレスを付けて店を出た。
「オグマ、やっぱり似合ってるな!」
「お前も結構似合ってると思うぞ」
「そうか、だったらオグマのセンスが優れてるってことだな!」
「割と恥ずかしいからそういうの止めろ…!」
店から出て近くに置いてあるソファに座ってやや惚気っぽくじゃれ合う。
多分俺じゃなかったらオグマに殺されても文句言えないね、多分。
「まだ時間あるけどこれからどうする? 映画とか見る?」
「そうだな、俺久々にクレーンゲームとかやりたい…!」
「OK、早速ゲームコーナーに移動するか! それから晩御飯何がいいか考えといてね?」
それからクレーンゲームやメダルゲームを満喫して、夕食は審議の結果ショッピングモールのレストラン街にある回らない寿司屋に決定した。
かなりの大豪遊で財布が少し苦しいが、オグマは楽しんでくれたみたいだし僕も十分楽しめたから構わない。
明日の試合、絶対に勝って見せる…!
試合開始は夕方の5時からだが、あいつは1時ごろに来た荷物を受け取ると、「早い目に会場でスタンバイしようか」と言って2時までには会場に到着していた。
出発が早くても俺には問題ないが、比較的のんびりしているあいつが早めの行動に出るのはかなり不思議だ。
ポケモンバトルの時にはいつも臨機応変に戦術を考えて指示を出せる程度には頭が切れるみたいだから、今回も何か考えがあるのだろう。
最も、本当は無計画で気まぐれな行動だったとしても俺はあいつを信じるだけだ。
あいつが俺のことを信じてくれているように、俺もあいつを信じる。
「オグマ、そろそろ4時半だし最終チェックに入ろうか」
ウォーミングアップも兼ねて技の動きを確認していると、毎回お決まりの最終チェックに入る。
最終チェックとは、俺の身体的コンディションのチェックと技の流れのチェック、そしてメンタル的なサポートらしい。
最初に身体的コンディションのチェック。このチェックは俺の全身を触りながら筋肉や骨、関節や毛並みなどの状態を確かめて異常がないか確認する。
当然普段は触れないような場所もくまなく触ってチェックされる。もちろん手足の肉球や顎下も例外ではない。
これはバトルのためだしあいつに触られるのは嫌いじゃないが、やけにあいつは嬉しそうにしているし、それでいてあいつは時々撫でてくるのが結構気持ち良くて、俺の方も複雑な心境になってしまう。主に撫でられた時に俺もにやけていないか心配で。
異常はなかったので身体的コンディションのチェックは終了。技の流れはさっき確認したので割愛。後はメンタル的なサポートだけだ。
控室であいつの座るソファの隣に座ると、あいつはさっき届いた荷物を開封する。段ボールの中には小さなアタッシュケースが入っていた、ご丁寧にダイヤル式ロックまで付属している代物だ。
ダイヤルの数字を【727】に揃えるとアタッシュケースのロックが解錠、アタッシュケースを開くと、変わった形の腕輪と菱形の赤いクリスタルが中の台座にセットされている。
腕輪とクリスタルの隣には使い方を表すピクトグラムまで用意されている。
それぞれ腕輪を左腕に装着してポーズを取っている人と、腕輪にクリスタルを嵌める場所を表している。色んな意味ですごい荷物だな…
「昔誕生日プレゼントに貰ったのを実家に置いてあったんだけど、今日のために送ってもらったんだ。アタッシュケースは両親の趣味だからね?」
そう言って腕輪とクリスタルをケースから取り出し、クリスタルを腕輪の台座に嵌めて腕輪を左腕に装着する。
「さて、バトルの前に言っておきたいことがあるんだ」
優しくも真剣さを感じる表情であいつは俺の方を向く。
「一昨日のバトルで分かったように相手はどんな手を使ってくるか分からず、一瞬で危険な状態になることも考えられる。だから、危ないと感じたら僕の指示を待たずにオグマ自身で危機回避してほしいんだ」
「俺の考えで、動くのか?」
「そう。基本的には指示を出して戦術に相手を誘導したりピンチから脱却するサポートをしてあげたいけど、とっさの状況だと僕でも対応できないかもしれない。だから、ここぞというときはオグマ自身で動いてほしい。これは心から信頼してるから言えることではあるけど、万一失敗しても気にしなくていい。自由に動けという指示を出した僕の戦術ミスだと思ってくれればいい」
かなり驚くような内容だったが、言い換えれば『何かあったら指示を無視して自分で危機回避して欲しい』という意味だ。
「分かった、やってやる…!」
「ありがとう。最後に一つだけ、僕が右腕をを見せるように胸の前でクロスしたら、迷わずフレアドライブを使ってほしい。それも頼まれてくれるかな?」
「フレアドライブだな? それも頑張る」
「よろしく。あ、そろそろ時間だし行こうか」
現在時刻はもう4時55分だ。
「オグマ、今日の試合絶対に勝って連勝記録を取り戻そう…!」
「言われるまでもないな、任せろ!」
俺もバトルの時のように好戦的なモードになってあいつとグータッチを交わす。
俺とあいつのお揃いのネックレスが小さく揺れた。
今日は僕たちの試合しかないのにスタジアムは満員。それだけみんなこの試合の結果が気になっているということだ。
だったらなおの事負けるわけにはいかないな、オグマの為にも自分の為にも。
「これから始まるのは一昨日の再試合! 両者の全てが再びここでぶつかり合います!」
相手のトレーナーは照明が崩れて試合が中断した時のような悪い笑みを浮かべたままダークボールからドサイドンを繰り出す。
何か仕組んでいるとは睨んでいたが隠す気ゼロとはな…
それでも関係ない、僕たちの全てをぶつけて一方的に打ち勝つだけだ。
「行くぞ、オグマ!」
モンスターボールから飛び出してたオグマがドサイドンに対して威嚇を放って攻撃力を下げる。
「それでは、試合開始!」
試合開始のゴングが鳴り響く。
「DDラリアット!」
様子見を兼ねてDDラリアットで先制攻撃を仕掛ける。オグマは黒い炎を纏ったまま高速で回転して接近、そのまま強力なラリアットを叩き込む。
かなりの重量があり、高い耐久性を誇るドサイドンの身体も一瞬ふらつく程の強力な一撃。
並みのポケモンならこれだけで十分戦闘不能に持ち込める程の威力を誇るオグマの得意技だが、それでも大したダメージにならないのは、相手のドサイドンの耐久の高さを物語っていると言える。
「反撃しろ、アームハンマー!」
相手もアームハンマーで応戦するが、オグマはそれを難なく躱す。
あのヘビーボンバーは文字通り重い一撃のように見える。格闘タイプの技を苦手とするオグマがうっかり受けてしまえばかなり危なかった。
アームハンマーの影響でただでさえ遅いドサイドンの素早さもかなり遅くなったように見える。このタイミングで一気に畳みかけたい。
「今の隙を逃すな、インファイトで一気に削るぞ!」
オグマは手首をスナップ、ドサイドンの懐に飛び込んで悪タイプらしい荒っぽいラッシュを叩き込む。
効果抜群の技が応えたのか、流石のドサイドンも片手を地面に付く。
これなら問題なく倒せる…!
「もう一度DDラリアットだ!」
再び高速回転を始めたオグマだが、突然何かに気づいたように技を途中で止めてとんぼ返りに変更、ドサイドンを蹴りつけて空中に飛び上がる。
(オグマには自分の判断で危機回避してもいいと言ってある、ということは一体何が?)
頭の中で生まれた疑問の答えはすぐに出された。
技の指示が直前に出されていたらしく、フィールド全体を地震が襲う。
だが、タイプ一致を考慮してもこの地震の威力は高すぎる。
(まさか、インファイトを使わせて弱点保険を発動させたのか…⁉)
これはあくまで推測だがそれ以外に理由を思いつかない。
相手のトレーナーに焦りを悟らせない様にポーカーフェイスを貫いてるが、実際は手をきつく握りしめて必死に冷静さを保とうとしていた。
(これはヤバい、完全にペースを持っていかれた…!)
「撃ち落とせ、ロックブラスト!」
とんぼ返りで空中にいたオグマを狙ってロックブラストが撃ち込まれる。
一発、二発と確実に躱していくが、五発目に運悪く着弾してしまう。
バランスを崩しつつもフィールドに着地したオグマは、少し顔をしかめている。一発だっったからまだこれだけで済んだが、全弾命中してしまったらかなり危険だったはずだ。
とっさの回避行動を実践しているオグマを内心褒めつつ、頭では必死に打開策を練る。
(相手の体力を考えると倒すチャンスはまだあるけど、ロックブラストとかで近づけなくされたら一方的にやられる…! けどここは敢えて攻撃に出る!)
「もう一度インファイトだ!」
「反撃なんてさせるか、岩石砲!」
オグマは指示通りドサイドンの懐へと飛び込もうとする。岩石砲のタイミングを考えれば十分間に合うはずだ…!
「そう見せかけてのロックブラストだ!」
「インファイトを中断、フレアドライブで受け流せ!」
お互いに技をキャンセルし、ドサイドンのロックブラストをオグマはフレアドライブの時に纏う炎を活かして岩を受け流す。
ロックブラストは二発で終わりオグマはフレアドライブで少しでも削ろうと突撃する…!
「アームハンマーだ」
だが、ドサイドンの放つアームハンマーをもろに受けてしまい、フレアドライブも大したダメージを与えられずフィールドの端まで吹き飛ばされた。
「オグマ!」
慌てて名前を呼ぶが返事がない。姿を目視で確認しようにも吹き飛ばされた時の爆風がすごくてまるで見えない。
色んな不安や後悔が僕の頭をよぎり始める…
「…は…だ…えるぞ…!」
フィールドの端からかすかに、けれども僕にははっきり聞こえる声。
「俺はまだ戦えるぞ…!」
フィールドのコーナーにもたれかかり、やや苦しそうに息も上がっているがオグマはまだ立っていた。
会場もオグマが耐えきったことに対する驚きの歓声で埋め尽くされる。
「つくづくしぶとい奴だな、岩石砲で楽にしてやれ」
相手のトレーナーの指示通りドサイドンは岩石砲を放とうとするが、突然何かに痛がって岩石砲を使えなかった。
「最初の威嚇に火傷を追加、これで物理攻撃の能力上昇はチャラだぜ…!」
悪タイプらしい笑みを浮かべたオグマはそう呟いて再び戦闘態勢に入る。
「なるほど、これで抜群の物理攻撃の脅威も元に戻ったって事か。 考えたな、オグマ!」
「ああ、お前程じゃないけどな!」
フィールド越しに笑顔で交わす会話。
オグマも自分の全力で戦っているんだ、僕だって全力で勝利に導いてみせる!
「勝ち筋が見えた! 僕はオグマを勝利へ連れていく…!」
「それはちょっと違うな。 俺とお前、一緒に勝ちに行こうぜ…!」
「分かった、このまま一気に決めるぞ!」
そう言って腕輪、Zパワーリングと赤いZクリスタルを敢えて見せるようにかざし、胸の前でクロスする。
それに反応してオグマもベルトの炎を全身に纏ってフレアドライブを発動させて走り出す。
「あの赤いZクリスタルは炎Z、いくらZ技でも4分の1なら臆することはない!アームハンマーで連勝記録もろともぶち壊してやれ!」
ドサイドンはアームハンマーで弾き返してそのままオグマを戦闘不能に持ち込むつもりらしいが今更止まる必要なんてない…!
アームハンマーとフレアドライブが拮抗するが、やがてオグマは少しずつ押され始める。
「オグマ、ジャンプだ!」
指示をだすと同時にオグマもアームハンマーの勢いを活かして跳び上がる。
そのタイミングで右腕を見せたままだった構えを解いて、今度は左腕、Zパワーリングを見せるように構えると、赤いZクリスタルから炎ではなくガオガエンをあしらった紋章が浮かび上がる。
「しまった!あれは炎Zじゃなかったのか!?」
今更気づいたってもう遅い。
完全に僕たちの芝居を信じ込んで炎Zだと思い込んでいたそれは、同じ赤色でもタイプも性質も全然違う【ガオガエンZ】だということに。
「オグマ、その燃え盛る地獄の業火で敵を砕いて勝利を手に入れろ!」
アームハンマーの勢いを活かしたジャンプで極限まで高く跳び上がりタイミングで悪タイプのZパワーが送り込まれる。
Z技を使うのは初めてだが、メガシンカやダイマックスもきっとこんな感じかもしれない。
オグマと一つになるような感覚を身体中で感じながら、同時に叫ぶ。
「「ハイパーダーククラッシャー!」」
地獄の業火を思わせる黒い炎がオグマの全身を包み込みそこから一気に急降下、そして右腕に力を溜めて、地面に到達するギリギリのタイミングで重力の勢いも加えた強力なパンチをドサイドンの脳天に叩き込む。
あまりの衝撃でフィールドにも亀裂が広がるほどだ。
そんな一撃をまともに受けたドサイドンは立ち上がって二、三歩よろけながら歩いていたが、やがて仰向けに倒れ込んで頭から全身に燃え広がった黒い炎に焼かれていった。
それを見たオグマがゆっくりと僕の方に歩いてくると、黒い炎が消えてドサイドンは戦闘不能になった。
「試合終了! 見事に連勝記録を守り抜いた!」
試合終了のゴングと僕たちの勝利を告げるジャッジを聞いてスタジアム全体で歓声が沸き起こる。
「やったな、オグマ」
「無事に連勝記録を取り戻したな、相棒」
「相棒?」
一瞬地球署の刑事みたいに「相棒って言うな!」と返しそうになったが踏みとどまる。
「俺なりに色々考えたんだけど、お前呼びを変えようと思った時に一番似合うのは【相棒】だと思ったんだ」
「なるほど、でも何で相棒?」
「それはな、今まで俺はずっと助けてもらってばっかりだったけど、これからは助けられた分だけ助ける、そんな立場を表せるのは相棒しかないなって」
「そっか、だったらオグマの相棒としてこれからも頑張らなきゃね!」
「ありがとな、これからもよろしく相棒!」
そして試合前と同じ様にグータッチを交わした―
試合が終わってからかなりの数のインタビュアーが来て、いつになったら帰れるのか少し心配になっていたが、相棒が出口の方を見ながら「どけ、俺が歩く道だ」と一言言うと割とすんなり帰らせてくれた。
どこかで聞いたことがある台詞な気がしたけどあまり気にしないでおこう…
出口への長い廊下で相棒が俺に話しかける。
「オグマ、今日はお疲れ様」
「俺は言うほど疲れてない、おm、相棒こそお疲れ様」
「ありがと、優しいんだね」
俺は改めて確信する。
上手く言えないけど俺は相棒の相棒になれて本当に良かったと…
「相棒、これからどこまで行くんだ?」
「さぁな、行けるとこまで行くさ」
グランドフレイム ‐完‐