【滅ビシ獣ラ、番外編】前日譚①、ケシキ編

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 ーーー2月末。
トレーナー養成プログラムも一通り終了し、学内の賑わいも落ち着き始めていた頃。

 ここはGAIA、北西エリア08号館。
商業科から最も近い保健室がある場所だ。
数多くの医療設備を携え、学生や職員のあらゆる有事に対応できるようになっている。


 ………というのはまぁ事実だが、半分くらいは建前だ。
実際には、この保健室を担当する養護教諭・スズメの根城となっている。

「にしし……今年もボーナスがたんまり入ったからの。1年間、試験官(プロクター)として働いた甲斐があると言うもんじゃ。」
金色のおさげ髪に、幼児にしか見えない外見の彼女こそ……この部屋の主、スズメだ。
このナリではあるが、立派な成人教員である。
しかもその指導実績は例年好成績。
トレーナーとしても教員としても、腕は確かなのだ。

 しかしその実力故に学長から放任されているのをいい事に、彼女は自らの好みに保健室を魔改造している。
ベッドには無駄に豪華な天蓋が付き、ぬいぐるみやラジオプレイヤー、テレビ、アロマキャンドル、漫画本、人を駄目にするクッションまで完備。
本格的なティータイムを楽しめるように……と、冷蔵庫やキッチンは最新鋭の設備になっている。
「ふむぅ……次は抱き枕でも購入してみるかの。学生の安息地(オアシス)たる場所、やはり住心地は最優先じゃ。」
最早、夢女子の自宅と言われてもさして不自然ではない内装だ。


「さてさて……今日は私(わっち)お気に入りのシューアイスで、のんびりセイロンティーをキメるとするかの。」
そうして彼女が薬缶の火を止め、カップに湯を注ごうとした……まさにその時だった。


 保健室のスライドドアを数回、ノックする音が響く。
「おおおおい!おるか、スズメ先生!急患、急患にござる!!」
返事を待たずに扉を開けてきたのは、古典教員のオモト。
時代に不相応な着物と袴と髷が特徴的な、2m超えの巨漢だ。
彼もまた、スズメと同じ試験官のひとりである。

 そしてそんな彼の肩には、線の細い男子学生がぶら下がっていた。
緑のストレートショートに白い肌……と、いかにもな病弱少年である。
気を失っているのか、ピクリとも動かない。

「相変わらず喧しいの其方(そち)は。落ち着いて茶も飲めんわ。」
「し、しかし事は一刻を争うでござる!儒学の手ほどきをしていたら、こ、この少年が血を……は、吐いて!!」
オモトは生徒の一大事に、パニックを起こしている。
そのせいで、肩に抱えている彼に余計な振動を与えているとも知らずに。

「落ち着かんか。全く……血を見て焦るとは、其方は本当にサムライかえ?」
スズメはオモトを宥めつつ、少年をベッドに下ろすように促す。
そして彼の顔を見るや……小さく溜息を吐いた。

「………って、なんじゃ、やっぱり此奴か。」
「やっぱり……とは?」
「此奴、保健室登校の学生なんじゃ。生まれつきの呼吸器疾患での。」
そう……この少年の名前はケシキ。
商業科の学生にして、GAIA入学以来ずっと保健室登校をしている。
スズメとは既に5年の付き合いだ。
寮よりも寧ろ、こちらの保健室のほうが自宅のようになっていた。

「冬場は特に安静必至なのに、勝手に教室に行きよってからに……。」
呆れた様子でケシキの姿勢を整えると、スズメは手際よく吸入薬の準備を始める。

「凄まじく勤勉な少年でござった。それはもう、拙者の眼前の席に座って、血眼になって筆を取るような……」
「知っておる。此奴は度が過ぎる馬鹿真面目……いや、寧ろ馬鹿じゃな。行き過ぎた堅物よ。」
一蹴し、ため息混じりに答えるスズメ。
……が、その目は笑ってはいなかった。

「……己の使命感に縛られとる、哀れな子じゃ。この細い身体に鞭を打ってないと、落ち着かんのじゃろうな。」
吸入器を少年の口に装着した彼女は、憐れむような目でケシキを一瞥した。

「……で、では拙者はこれで。あとはお任せするでござる!」
「ふむ、気をつけての。」
オモトは心配そうに振り返りつつも、己の職務のために教室の方へと戻って行った。


「……ぇっほ……げぇっ………ッ」
突如、ベッドから響く低い声。
僅かな音から、スズメは危機を察知する。
「っと、いかん……袋、袋………」
彼女が紙袋を取り出し、呼吸器を外して口元にあてがう。
まもなく、ケシキはえずいた音と共に血混じりの痰を吐き出した。

「……ぜぇ……ぜぇ…………っぷ………」
「おうおう、今日は凄まじいのぉドラ息子。」
ケシキの背中を擦りつつ、呆れた表情を浮かべるスズメ。
「っぷ………はぁっ………っこ、ここは?」
ひとしきり吐き出したからか、意識が明白に戻り始めたようだ。

「気付いたか。あのサムライが運んできたんじゃぞ。」
「っ………!!じゃあ、授業は………!!」
そう言ってベッドから立ち上がろうとした彼のおでこを、スズメは軽く指で弾く。

「痛ッ……何するんですか!?俺は一刻も早く教室に戻……」
「その体調で動けると本気で思っとるんか?自己管理も出来ない奴が、社長になろうなんざ無理な話じゃぞ。」
「で……でも………」
そう言おうとした彼の上から、スズメは強引にブランケットをかぶせた。

「……俺に遅れは許されない。ドラクサイドの跡継ぎが、こんな所でサボる訳には……げぇほげほッ!!」
「まーったく。ホントに相変わらずじゃのお主は。ホレ。」

 そう彼女が言った、次の瞬間。
ケシキの背中に、突き刺すような感覚が走った。
「痛ッ……っ、い、いつものか………ッ!」
「こうでもせんとお主は落ち着かんからな。の?バチンウニ。」
『うにに。』
スズメの問いかけとともに、ブランケットの中から這い出てくるバチンウニ。

 彼はケシキが抵抗をすることを予期し、スズメの指示でベッドの中に待機していたのだ。
そして『つぼをつく』攻撃で、彼の荒ぶる感情を鎮めたのである。

「ホントに手間のかかる子じゃ。どれ?ミルクでも入れるか?」
「……やめてくださいよ。あなたの赤ん坊じゃないんですから。」
「話が通じないって意味じゃ、似たようなもんじゃろ。とにかく、まずは息が整うまで休め。そしたら私のシューアイスを分けてやろう。今日のは美味いぞ〜。」
「ッ………またそんなものをッ!」
「いらんのかえ?」
「……………いります。」

 力なく答えたケシキは、呼吸器を取り付けてブランケットを被り直す。
ようやく落ち着いた彼を見て、スズメも少しは安堵したようだ。

「ま、あと1ヶ月は保健室生活じゃな。お主だって、万全の状態で参加したいじゃろ?」
1ヶ月後……すなわちそれは新年度。
企業トレーナー養成プログラムの始まる時期を指す。
「……えぇ。そのために、俺はGAIAに来たんです。」
ベッドの中で天井を見つめる彼の脳裏に浮かぶのは……両親の顔。


『お前にドラクサイド・バンクの経営は無理だ!!』
『その身体で、社長が務まるわけがない!!』
『跡継ぎはナガメに任せる!お前はお前の道を………』



「(………それでしくじったのはどこのどいつだよ。)」
呼吸器越しに小さく、ケシキは吐き捨てた。

「……先生。本当に、俺を推薦してくれるんですよね。企業トレーナー養成プログラムに。」
「さぁな。流石に私とて、死にかけの病人を推薦するわけにはいかんからのぉ〜」
「ッ………話がちが………」
「だったらさっさと、黙って休まんかい。ほれ、今なら私の子守唄付きじゃ。」
そうしてスズメが近づこうとした瞬間、ケシキはサッと天蓋を閉めてしまった。

「丁重にお断りします。先生の歌声なんて聞いたら、凄い夢を見そうだ。」
「これはこれは、それほどでも。」
「褒めてないッ!!」
そしてケシキは、寝息を立てて眠りだした。
……その後は、日没まで起きなかったという。




 ………以上、GAIAの日常の一角。
波乱の一年が幕を開ける、少し前のお話。

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