ヨノさんと僕

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作者:雪椿
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読了時間目安:14分
やっと、きみをつれていける。
 気が付くと薄暗い場所に立っていた。右を見ても左を見ても道らしきものは見えなくて、ただぼんやりとした空間が広がっている。看板も何もないのだから、どうすれば元の場所に戻れるのかなんてわからない。そもそも、僕は意識を失う前どこにいたのだろう。
 ふわふわと定まらない頭で考えてみても答えは欠片も見つからない。頑張って頭を捻り続けていると、かろうじて緑色の景色が頭に浮かんだ気がした。先ほどの考えは訂正する。答えの欠片はあった。ただ、欠片すぎて何のヒントにもならないけど。
 緑一色の景色はもはやグリーンバックの記憶と言われた方が納得できる。撮影を趣味にした記憶はないから、恐らく違う。というか絶対違う。何がどうなったら映画か何かの撮影中にこんな意味のわからない場所に迷い込むんだ。
 誰か見つけて色々と聞きたい。でも、変に動き回って更に訳のわからないところに迷い込むのは嫌だ。二つの気持ちに挟まれ少し悩んだ後、僕は大人しくここで待つことにした。もしかすると、偶然誰かが通りかかるかもしれない。
 少しの期待と共にその場をうろうろしていると、背後から肩を優しく叩かれた。突然のことにきゅうりを前にしたニャースのような反応をした僕は悪くない。心の中でそう言い訳しつつ振り返ると、そこにはいわゆる「温かい目」をしたヨノワールが浮かんでいた。
 ヨノワールの大きな目と僕の目がばっちり合い、互いに無言を貫くこと約数秒。先に折れたのは僕だった。単眼から放たれるプッシャーには勝てなかった。おかしい。目の数でいったら僕の方が勝っているのに。
 どこかモヤモヤした気持ちを抱えつつ、ヨノワールに呼びかけようとして……固まった。僕は人間。相手はポケモン。こっちの言葉は通じるにしても、相手の言葉がわからない。これじゃあ会話のキャッチボールが投げるだけになってしまう。
 え、どうしよう。最初のとは別の意味で無言の時間が訪れる予感に、焦りばかりが増していく。ヨノワールはどうするのか、と自分から視線を合わせてみる。

「……」

 ヨノワールも困っていた。一つ目の奥に明らかな焦りが浮かんでいる。よく見ると両手をわたわたさせ、顔には油汗が浮かんでいた。全身から「え、どうしよう。会話の方法とか全く考えていなかった……」と思っているのがわかる。
 そこは何かこう、ゴーストパワーでどうにかならなかったのだろうか。例えば念を送るとか、念を送るとか、念を送るとか。やっぱり不思議パワーで何とかなるのはエスパータイプだけなのだろうか。思わず色々と分析していると、ヨノワールが突然ぽんと大きな手を叩く。
 あ、今絶対頭の上に電球か何かが浮かんでいたな。僕にはわかる。わかるぞ。

「……! ……!!」

 ぐっ、と拳を握りしめた後、ヨノワーが全身を使ってジェスチャーを始めた。なるほど、手話じゃなくてそっちを選んだのか。手話をやられても返せなかった可能性しかないから、それを選んでくれたのはありがたい。ありがたいのは確かなんだ。

「……!! ……! ……!!!」

 でも、動きがダイナミックすぎて逆に何を言いたいのかわからない。本人……本ポケ? はかなり真剣なのに、意思の欠片も伝わってこなくて申し訳なさすぎる。適当な言葉を返してショックを受けさせるわけにはいかないので、素直にわからないと伝える。

「!?」

 目を大きく開き、「これで伝わらないの!?」と言いたげな顔をするヨノワール。いや、こっちも非常に申し訳ないとは思っているんだ。

「……」

 しばらく肩を落とした後、気のせいでなければ「ここに来て初めて声を聞いた! 伝わらなかったのは悲しいけど、これは大きな進歩なのでは?」となかなかポジティブなことを考えていた。目と全身が全てを物語っているから言葉が伝わらなくてもわかる。
 ぱあっと周囲に花を散りばめているヨノワールを見て思った。これはもう、無理やり会話の手段を考えなくてもどうにかなるのでは? 最初に思ったように一方的な会話のキャッチボールが正解な気がしてきた。
 こんなにもわかりやすかったら、大体勘でもやっていけると思う。答え合わせはしていないから合っているかどうかはまだわからないけど、言いたいことは十分すぎるほど伝わっているのだから。
 僕がそんなことを考えている間にも、ヨノワールは一匹うんうんと頭を抱えて次の案を捻り出そうとしている。どうしよう、だんだんヨノワールがかわいく見えてきた。僕よりも遥かに背が高いのに。ゴーストタイプは今までずっと苦手なはずだったのに。
 今までの感情すらも容易に覆してくるヨノワールに若干の戸惑いを覚えつつ、どのタイミングで切り出そうかと考える。何故なら相手は未だに頭を抱え、うんうん唸っている。唸る動きが大きくなっていくにつれ、何だか新しいダンスを踊っているようにも見える。
 もう、このまま踊らせておいた方がいいんじゃないのか。一瞬そんな考えが頭をよぎったものの、ヨノワールは単純に悩んでいるのであって踊りたいわけじゃない。ジェスチャーの時といい、動きをダイナミックに表現する癖があるのかもしれない。
 それはそうと、ヨノワールは悩み疲れる前に早く声をかけなければ。僕の経験から言うと、こういう時適当なタイミングで声をかけても大抵は聞こえない。理由は簡単。考えることに全ての意識を注いでいるから。タイミングを考えた上で何度も声をかける必要がある。
 最初あっちがやってきたように肩ポンする手もあるけど、相手はポケモン。しかも最終進化形。驚きついでに技を放たれてはこっちの身が持たない。距離が離れていたら奇跡的に避けられる可能性もあるけど、超至近距離だからそれはない。
 更に、僕のスペックでは技どころかただの攻撃でも耐えられない自信がある。……自分で言っていて悲しくなってきた。もうこの話は止めよう。
 そもそも、あっちからはともかくこっちからの接触は可能なのかどうか。勢いを付けて肩ポンし、それが見事すり抜けた暁には空中に向かってナイスツッコミをする奇人になる。もしくはヨノワールの体に侵入を試みている変人。それは何としても避けたい。
 方針を固め終えたところで、未だに悩んでいるヨノワールに声をかける。声を大きくしすぎるとうるさがれ、肩ポン成功からの驚きを経由しないで攻撃を受ける可能性があるので少し控え目で。

「ヨノワール」「ヨノワール?」「ヨノワール~」「ヨノワール!」「……ヨノワール」「ヨノヨノ」「ヨノりん」「ヨノっち」「ヨノー」

 どれもこれも反応なし。あまりにも反応がなくて途中からヨノワールの名前で遊んでしまった。意外と楽しかった。後悔はしていない。いや、自分の引き出しの少なさに思うところはあったけどそうじゃない。遊んでどうするんだ。

「ヨノワールさん」

初心に帰るついでに敬称を付けたところ、ほんの少しだけど反応があった……気がする。写真を撮って並べてじっくり見ないとわからない程度の反応だけど。これはいけるか?

「ヨノさん」

 もう一度ヨノワールさん、と言おうとして先ほどの遊びの影響で省略した名前が出てしまった。省略したのもあるし二度目はないか? 半ば諦めの気持ちでヨノワールの方を窺うと、ばっちり視線が合った。
 もう一度言おう。ば っ ち り 視 線 が 合 っ た 。

「へ?」

 マジですか。マジですかヨノワールさん。いや反応した方で呼ぶとヨノさん。あれだけ正式名と遊んだ名前には反応がなかったのに、これにはばっちし反応するんですか。ぶっちゃけ本来の名前より短いし、原形二文字しか残っていませんよ?
 心の中で思わず丁寧語になるほどの焦りを見せる僕とは違い、ヨノさんはじっと視線を合わせている。
 再びヨノさんと呼んでも思ったような反応はない。ただ、その単眼の奥には「やっと呼んでくれたと思ったけど、よく聞いたら違った……」という落胆に似た感情が滲んでいる。驚くことに、ヨノさんにはちゃんとした愛称があるらしい。
 もしかして誰かの手持ちだったのだろうか、と記憶を振り返るもそこにヨノワールを手持ちにしていた知り合いはいない。オーロットを手持ちにしていた知り合いはいた気がするけど。
 やっと、とヨノさんは考えた。ということは、少なくとも僕はその名前を知っていたはずだ。なのに、頭に霧がかかったように思い出せない。ここに来たきっかけと同じで、記憶の大部分が抜け落ちている。
 一体何の運命か、今度は僕が頭を抱えて唸る事態になってしまった。さすがにダンスに見えるほどダイナミックな動きはしない。……してない、はず。え、本当にしてないよな。
 一抹の不安を覚えつつ、さんざん唸って思い出せたのは敬称として「~さん」が付くことくらい。敬称を思い出したところで景色と同じく何のヒントにもならない。せめて頭文字を思い出したかった。それか文字数。最初と最後の言葉でもいい。
 いつまで経っても地に足を付けようとしない頭にいら立ちを覚えていると、どこからか長い長~い溜息が聞こえてきた。ここにいるのは僕とヨノさんのみ。つまり、溜息を吐いたのはヨノさん一匹。あまりにも僕の頭がダメすぎて耐えられなかったのかもしれない。
 ポケモンに溜息を吐かれるほどの頭とは? 一瞬意識を飛ばしそうになったものの、現実はしっかり受け止めないといけない。現実を拒絶したところで虚しい思いをするのは僕だ。というより既にそんな思いをしている。
 下がっていた視線を元に戻すと、そこには「覚えていないのはアレだけど、それなら仕方ない。新たな気持ちで頑張ろう!」と言いたげな顔があった。視界の端には気持ちの強さを表すかのように握られた、二つの大きな拳。
 ……さっきも思ったけど、こいつポジティブすぎないか!? 僕だったらしばらく怒るか落ち込んで切り替えるどころじゃなくなる。ゴーストタイプなのにそんなに明るくていいのか。いや、これは僕が勝手にゴーストタイプは暗いと思い込んでいるだけか。
 相手がこんなにも明るく切り替えているのに、こっちがいつまでも引きずるのは何か違うだろう。ヨノさんほど素早くやるのは難しいけど、僕も気持ちを切り替えていこうじゃないか。
 よし、と僕も拳を作りヨノさんに向き合う。そして本題に入ろうとして、そもそも会話すら交わしていなかったことに気が付いた。言葉はわからなくても言いたいことはわかる、と言おうとしてここに至っていた。展開があまりにも遅すぎる。
 そういえば、僕ってここに来てからずっと同じ場所にいるよな。よく立ちっぱなしで疲れないな。これもヨノさん効果? それとも長く感じているだけで、実際はあまり時間が経っていない? どちらが本当なのかは確かめようがないため、無理やり思考を元に戻す。
 そしてようやく僕の考えを伝えると、ヨノさんは「え、自分の考えていること全部筒抜けだったの!? それはちょっと情けない、というより恥ずかしい……」と目を半分にしていた。羞恥から顔は赤くなり、頭上にはどんよりとしたオーラが漂っている。
 何となく、超能力者やエスパータイプの気持ちがわかった気がした。考えていることがわかるのは確かに便利だけど、恐らく知られたくないと思っていることまでわかると罪悪感しかない。
 心が確実にえぐられているのを感じつつ、ずっと気になっていたことを尋ねる。ヨノさんはそんなことを聞かれるとは思っていなかったのかきょとんとしながらも、僕の質問に全て答えてくれた。そうしてわかった事実が二つある。
 まず一つ、僕は既に死んでいる。事実とはいえ、最初から飛ばしすぎだろ。あのグリーンバックな景色の中どうやって死んだんだ、僕。森だと仮定したら足を滑らせて木の幹に頭でもぶつけたのか。だとしたらあまりにも悲しすぎる。来世は足元に気を付けよう。
 続いて二つ、ヨノさんは僕をしかるべきところに送り届けるべく、狭間の世界まで迎えに来た。どうやらここはあの世とこの世の間に位置する世界らしく、普通は留まらず速やかにあっちかこっちに行くらしい。
 僕は何故かここに留まり続けたせいで記憶が曖昧になり、これらのことを忘れてしまったのだとか。よかった、この頭はふわふわしたくてしているわけじゃなかったんだ。
 安堵の息を吐くと共に、どうして留まることになったのだろうと思う。こればかりは過去の僕にしかわからないのでどうしようもない。ヨノさんも心当たりがないみたいだし、あまり気にするのもよくないか。
 残った謎は頭の隅に追いやることにして、ヨノさんの手を握る。……普通にこっちからでも触れたな。あの呼びかけタイムは一体何だったのだろう。でも、あれがなかったら今の瞬間はないのだから虚無になるのは違うか。
 ヨノさんは突然手を握られたことに驚き、大きな目を点のようにしていた。僕は気持ちを察することができるけど、ヨノさんはそうじゃない。

「手を握ったのは、ちゃんと連れていって貰うためだよ」

 だって、ヨノさんは僕を迎えに来てくれたんだろう? そう続けて笑いかけると、ヨノさんは嬉しそうに単眼を細めた。最初に声をかけた時よりも遥かに多い花を散りばめる様子に、僕も何だか嬉しくなる。

「短い間だけどよろしくね。ヨノさん」

 そして僕はヨノさんに手を引かれ、あるべき場所へと歩き出したのだった。

「ヨノさんと僕」 終わり

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