私が描く未来

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作者:草猫
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読了時間目安:23分
 
 「ポケモントレーナー」。 この世界には、そんな職業が存在する。 10歳になれば、相棒のポケモンと一緒に旅に出ることが許されるのだ。 ......いや。 許されるとはいうけれど、それに対する考え方は家庭ごとにまちまちだ。

 どっちでもいいよという中立的な家庭もいれば。
 ちゃんとした大人になるには旅に出なければいけないと、トレーナーになるのを義務とする家庭もいれば。
 10歳で旅に出るには若すぎると止める家庭もいる。

 だから、「その決断に子供の意思はあるのか?」なんてことを聞くのは、場合によってはタブーとなるかもしれない。 ......この歳で、親の意思に逆らう力を持つ人間はどれくらいいるんだろう。
 強い心を持って自分だけの未来を描ける人間が、どれくらいいるんだろう。



 ──私は残念ながら、そこまで強くはなかった。








 

 小さな町のポケモンセンター。 そこのホテルの窓からは、静かに月光が差し込んでくる。 月の高さを見るに、そろそろバルビートとイルミーゼも飛び出す時間だ。
 私がすくりと椅子から立ち上がると同時に、部屋にもう1つの人影が現れる。

 「ナデシコ、お風呂上がったよ。 次入る?」
 「そっか。 でもごめんカエデ。 私、少し外に出るから」
 「ふーん」
 
 現れた人影の正体──カエデは頭をタオルでわしゃわしゃしながら、訝しげな表情を見せる。
 なにせここは、ポケモンセンター以外には何も娯楽も無い田舎だ。 外にあるのは、暗く鬱蒼とした森くらい。

 「あんたも物好きだよね」
 「どこが」
 「こんな夜にまで外に出るなんて」
 「......カエデには、関係ないでしょ」

 ついそっけない答えを返してしまう。 自分の「大切なこと」を、奇異の目で見られるかのようで少し嫌だった。 ......だけど、今のは少し言い過ぎただろうか?
 しかし彼女はそんな心配もよそに、ただ「そっか」と返す。 それはいつも通りのトーンで、そこには怒りはなかった。

 「あたしはもう寝るね。 昨日のジム戦の疲れ、取れてないや」
 「......確かに、力入ってたしね」
 「うん。 というわけでおやすみ。 あんまり熱中し過ぎちゃだめだよ。 モクローもいるとはいえ」
 「分かってるよ」

 こういう時に放任してくれる彼女の優しさは、ありがたいものだ。 私はお詫びがてらに微笑んでから、自分の部屋のドアに手を伸ばした。
 
 大きな画板を首にかけ、画用紙を携えて。











 「──これだ」

 丁度良い時間帯だった。 森の中では、バルビートとイルミーゼがくるくると仲睦まじそうに飛び回っていた。 彼らの邪魔になるように、良い構図を探り当てる。 30分以上費やすときもあるにはあるが、今回は早く決まった。
 早速描こう......っと、その前に。

 「コノハ、いつも通りね」
 「もっふう!!」

 モンスターボールから出てくるまんまるのくさばねポケモン。 ボールから出るや否や木の葉をそこら中に放つ。 周りにいるかもしれないポケモンを撃退する目的なのだろうが、これが名は体を表すというものなのかもしれない。
 森の中は野生のポケモンの縄張りだから、生身の人間が1人でいていい場じゃない。 だから、私が絵を描く時はこの子に護って貰っているのだ。 こんな小さい身体で大丈夫か?という心配も無用。 進化をさせていないだけで、レベルは割と高いのだ。 野生のポケモンとなら、戦いの経験は一応積んできているから。

 「......よし」

 描くのは蛍ポケモンが飛び回る夜の景色。 画用紙を画板に取り付け、早速鉛筆を走らせる。 線を描いて、簡易的に影もつけて。 風の音と鉛筆の音しかしない世界で、私は絵の世界に飲み込まれていく。
 絵の世界は自由自在だ。 自分のやりたいように描けるし、色々なことにチャレンジすることができる。 ただの黒鉛の跡が、水面や森の葉を紙の上に写し取っているという事実もまた面白い。 出来ることなら、ずっと浸かっていたくなる。 骨の髄まで。

 だけど。

 「......これは違う」

 描いた図を見て何度も首を振る。 暗い灰色をした練り消しゴムが、何度も紙にこすりつけられる。
 ──絵の世界に浸かり続けるためには、必要な物が2つある。 時間と、キャンバスの上で自由でいられるための技術。

 「これも違う」

 描けば描くほど、納得がいかない。 何度線を引いても、体現したい世界を描けない。 やりたいことがどんどん増えて行くに従って、自分の力不足を痛感する。 蛍ポケモンが織りなす幻想的な光景は、今の自分では描ききれない。
 最近は、こんなことばっかりだ。 立て直す機会が欲しいとは、思うのだけれど。

 「──まずい。 このままじゃ朝になる」

 私には、大好きな世界に浸かり続けるためのたった2つの条件すら、揃えられそうになかった。
 











 「ありがとうございました!」
 「お世話になりました......」
 「いえいえ、お気をつけて!」

 元気いっぱいではきはきとした口調のカエデと、寝不足で元気の無い自分。 テンションの温度差は火山と北極ぐらいあるんじゃないのか。 寒々しい顔をしたこちらにもにこにこと笑って見送ってくれるジョーイさんには、頭が下がる。

 「よーーーっし、次のジム行くぞ!!」
 「随分気合い入ってるね......」
 「当然!! だって次からやっと後半なんだもん! 後半最初のジム、胸躍らない?」
 「はあ......」

 気のない返事を返す。 別にこのやりとりは今に始まったことじゃないし、いつものことだ。 カエデとは幼なじみではあるけれど、今もこの熱意は大分苦手だ。 まともに受けたら吹き飛ばされるんじゃないかって思うから。 ......それに。 どうしても、思い出してしまう。

 『旅に出なさい、私もそうしたのよ』
 『旅に出てこそ、人は大人になれるんだぞ』
 『お母さんはバッジ8個全部集めたの。 あの時の爽快感と言ったら凄かったし......』

 ......いけない。 私は首をぶんぶんと振った。 この声に呑まれちゃいけない。
 そんなことよりも、意識を別の方に向けてみよう。 綺麗な構図も見つけたいし、もし次の街に画材があるなら探してみたいし......。
 
 「......それで、ナデシコは? 次こそジム行かないの? モクロー結構育ってるんじゃない?」
 
 けれど、沼から逃れようとしたところで、カエデの声は私に覆い被さった。

 「行かないよ」
 「なんで? でも次地面だし、モクローには最適じゃない?」
 「行かないって言ったら行かないの」

 折角気持ちを遠ざけたのに......その笑顔が無神経に思えて仕方がなかった。 ほっといてよという言葉が喉につっかかったけれど、そこはなんとか耐えた。 かつて「一緒に旅をしたい」と私に言ったのはカエデなんだから、その気持ちを無下にしたくはなかった。
 カエデはジムに行く。 私はモクローと静かに絵を描く。 そんな風に棲み分けできれば、私はそれでよかったんだ。
 ......どうせ無駄なんだから、さっさと諦めて欲しい。 こっちを誘わないで欲しい。 そう面と向かって言えたら、どれだけよかったか。

 「......ねぇ、ナデシコ」

 すると、カエデの足が止まった。 その声のトーンは、どこかいつもと違った。 そして、少し彼女の前に出たところで、強烈な違和感が背中をなぞってきた。
 ......昨夜みたいに、いつものように、自分の言葉を流してくれない。 私は思わず振り向いた。 カエデの顔は、想像通り険しかった。

 「流石に、冷たすぎない? いつもつまんなそうな顔して。 ポケモントレーナーとして一緒に旅する意義って、こんなんじゃなくない?」
 「......何言って」
 「ナデシコが絵好きなのは知ってるよ。でも、あんたもトレーナーじゃん。 もう少しそっちに興味持ってくれたって良いじゃん。 ......あたしがジムの話するのも、いつも話半分で聞いてるじゃん。 何? 絵以外はどうでもいいの?」
 「違う!」

 私は叫んだ。 大声なんて久々すぎて、声は少しかすれていた。

 「カエデの邪魔をする気は無いし、応援だってしてるよ。 嫌だったら謝る。 今日は、少し寝不足で......」

 言葉を発する度に後悔ばかりが募る。 カエデが自分のせいで負ってしまった心の傷を、どうにか塞げないか模索する。
 でも、私はすぐに理解する。 これでは足りないことを。
 傷は今生まれたわけじゃなくて、ずっと蓄積されていて。 ......カエデ自身が、その傷を隠しきれなくなったのだということを。

 「......熱中しすぎないように言ったじゃん。 だからこんな風に『本業』にも響くんだよ。 この道選んだんなら割り切りなよ。 趣味より本業の方が大事に決まってるじゃん」
 「なっ......勝手に、そんなこと言わないでよ」
 「......バッジ集めるまで帰ってくるなって、言われたんでしょ?」

 ぐさり。
 その言葉は、私の心の芯に突き刺さる。

 「1人で辛いって泣いてたから声かけたのに、一緒に旅したのに......こんなの虚しいよ。 これなら、1人で旅した方が気楽なんじゃないかって......申し訳ないけど、思っちゃうよ」

 カエデの目が涙ぐむ。 ジムで負けても、絶対に泣かなかったこの子が。いつも笑って全部受け流してくれていたはずのこの子が。 こっちの絵描きの趣味を受け入れてくれていたはずの、この子が。
 我慢の限界だったんだ。 ずっと、私を我儘だと思っていたんだ。 私はその気持ちを汲み取ることも出来ないまま、自分のやりたいことだけに走っていたんだ。

 そして。 私がそれに気づくのは、爆発した時だったのだ。 もう、手遅れなのだ。

 足下が崩れ落ちそうな感覚に襲われる。 やりたいことも極められない。 趣味と言われて切り捨てられる。 それでも捨てられなかったから、他のことを犠牲にしてしがみつき続けようとしたら、友達との繋がりも壊れる──。

 どうしてだろう。 どうして、こんなことになったのだろう。 私が、トレーナーと絵を両立できるほど器用じゃないから?

 「......私だって」
 「え?」

 ──親に反抗できるだけの、度胸がなかったから?

 「旅になんか、出たくなかった。 私は、絵の勉強をもっとしたかった!!」
 



 




 走り出した。街の方じゃなくて、すぐにカエデの視界を遮断できる方──森の方に。 枝が腕を打ち付けようとも構いはしなかった。

 『おかあさん、おとうさん。 みて!!』
 『まあ、素敵な絵ね!』
 『これは才能があるかもだな!』

 小さい頃から、絵を描くのが好きだった。 絵を見て貰えるのが好きだった。 幼稚園でも学校でも、暇さえあれば絵を描いていた。 こんな時間が、ずっと続くと思っていた。
 なのに。

 『ナデシコ。 10歳になったらトレーナーになって旅に出なさい』

 この一言が、私の未来の全てを変えた。 描いていたはずの未来へのストーリーは、破り捨てられた。




 『旅に出てこそ、人は大人になれるんだぞ。 色々な方面で成長できる良い機会だ』

 ──お父さん。 でも絵の習い事は?

 『ああそうか。 やめておくしかないな。 週に何度も帰るなんて大変だろう』

 ──そう、なの。

 『にしても、ナデシコもこんな時期か。 昔が懐かしいな』
 『そうねぇ。 お母さんはバッジ8個全部集めたの。 あの時の爽快感と言ったら凄かったし......ナデシコにも、味わって欲しいな』
 『ああ。 目標も無いんじゃあれだし、バッジ8個集めてないか?』
 『いいわね。 それぐらいまで旅をすれば成長って意味では十分だし......トレーナーとして食べていくことだって十分出来るわ』
 『わかったな? ナデシコ。 これはお前の成長のためなんだ』

 本当は、嫌だって言いたかった。

 絵の習い事だって続けたかった。 折角絵が大好きな仲間と巡り会えたのに、こんな形で引き剥がされるなんて嫌だ。

 バトルだって好きじゃない。 ポケモンが傷つくのは嫌いだし、大事な場面で勝ちきれる自信も無い。 トレーナーとして食べていけるわけない。

 だけど、だけど。

 『ナデシコ、どうしたの?』
 『寂しいのか? 平気さ、俺たちだってそうだったよ。 お前なら出来るさ』

 この声に、悪意はなかったから。 こちらの幸せを、あの2人なりに願ってたから。
 だから、抗えなくて。


 ──わかった。


 本当は分かってる。
 私が望んだ未来は破り捨てられたんじゃない。 自分から破り捨てたんだ。











 「もっふう!」

 鶴の一声ならぬコノハの一声で、私の意識は現実に舞い戻る。 顔を上げると、間近にあのまんまる顔が迫ってきていた。

 「わっ! な、なによコノハ!! 勝手にボールから出て......!!」
 「もふぅ!! もふもっふ!!」

 羽を必死にばたつかせている姿は、何かを訴えているような。 その声につられて辺りを見渡すと、辺りには鬱蒼と茂る木々ばかりだった。さっき歩いていた道は、もうどこにも見えない。

 (そうか、私森の奥に入りすぎて......!!)

 現実に目がいくや否や、私の顔は青ざめる。 体力がぶつりと切れてその場に座り込むと、コノハは私の膝の上にとまる。 その表情は、どことなく心配そうだった。

 「......そうか、これ以上行ったら危ないって言ってくれてたんだね。 ごめんね」

 コノハの頭を撫でてやる。 幸せそうに目を細める姿は可愛らしくもあったけれど......少し、申し訳なくもあった。
 コノハは、トレーナーとしての相棒として貰った子だ。 親はこの子が熾烈なバトルを繰り広げることになるとばかり考えていたけれど、その理想が叶うことはなかった。
 ──考えてしまう。こんな絵しか描かない奴の守護をするより、バトルのうまいトレーナーに付いていった方が、この子にとってやりがいはあるんじゃないのか? ......カエデみたいな。

 「コノハ、あなたはバトルをしたい?」

 何気なく聞いてみる。 だが、コノハは首を傾げるばかりだ。 ......当然かもな。 今まで、野生のポケモンとばかり戦ってきたのだから。 ジムに挑戦なんてしたくないというせめてもの反抗として、かわらずのいしまで持たせて。 分からなくて当たり前だ。

 「ごめん。 変な事聞いちゃって」

 コノハに自分の悩みをぶつけたところで仕方が無い。 ふうーっと深呼吸する。

 (......ちょっと、熱くなりすぎたかもな)

 コノハの頭を撫でるうちに、自分の心の熱が冷めてくる。 まずこの問題は、私が本来答えを出すべきなんだ。 カエデもコノハも、解決なんか出来ない。
 背中からリュックを下ろし、しまってあった画板を見つめる。 自分がどんな思いを持っているのか、改めて整理する。

 (──私、絵を描きたい。 中途半端にバトルもするトレーナーじゃなくて、ちゃんと絵を極めてみたい。
 専念がどうしても難しいって言うなら......両立の道を、探るしかない。 それぐらい、絵は捨てられない)

 すぐには無理かもだけど、少しずつ向き合っていかないと。 そして。

 (だけど、何よりも......カエデに、謝らないと。 今までの態度も。 ......さっきの言葉のことを)

 彼女には、半ばやつあたりみたいな態度をとってしまった。 ──謝らないと。 何が何でも、再会しないと。

 「......にしても、どうしよう」

 今は明るいけれど、いずれ夜になるだろう。 手頃な洞窟も見付からないし、だからといって無闇に動いたら本当にここから出られなくなる。

 ......そうなったら、待っている運命は。

 「コノハ、一体どうすれば......?」
 「もふぅ......」

 互いが困り顔をしていた、その時だった。
 




 ──デシコ!! おーーい!!

 耳が、聞き慣れた声を拾った。

 はきはきとしていて、自分より少し低い声。 本気で、誰かを案じているような声。 導き出される声の主は、勿論1人しかいなかった。

 (カエデだ!!)







 「カエデっ!? どこにいるの!?」

 私もそれに負けじと大声で叫ぶ。 聞こえたようで、カエデの声がまた返ってくる。

 ──そっちか、待ってね今行く!!
 「えっ、待ってどこから──」

 きょろきょろと見回していると、上の方から熱気を感じた。 太陽にしては強すぎる、まるで炎のような熱さ。 まさかと思い、上を見ると。

 「......あっ!!」

 そこには、リザードンに乗って不敵に笑う友達の姿があった。

 「やっと見つけた......空から、だよ!!」
 








 カエデの後ろに乗せてもらい、リザードンと共に空を舞う。 風を浴びるカエデの後ろ姿はきらきらしていて、どこか吹っ切れたようでもあった。 
 ......だからだろうか。 自分も、前向きになれる心地がした。 涼しい風が、私の背中を押す。

 「......カエデ」
 「ん?」
 「ごめんね。 私、言い過ぎた。 それに、酷いことした。 ......旅出る前に泣いてた私に声かけてくれて、元気づけてくれたのはカエデなのに」
 「いいよ、もう。 それに、あたしも勘違いしてたからさ。 てっきりバッジ8つ集める自信が無いから嫌だったんじゃないかって思ってて。 でも......旅自体が、嫌だったんだね。 ごめんナデシコ、あたしこそ言い過ぎたね」
 「カエデが謝ることない! 私が、臆病だっただけで......自分の気持ち、うまく伝えられなかったからってだけで。 寧ろ、カエデがいなかったら......私、本当に孤独になってた」
 「......ナデシコ、1つだけ聞いて良い?」
 「何?」
 「──今までの旅は、楽しくなかった? 嫌だった?」

 少し、その声は怯えをはらんでいる。 私は少し考える。
 ......親の重圧は、本当に嫌だった。 だけど。

 「不満なこともあった。 でも、全部が嫌なわけじゃなかった。 色々な景色を描けたし、コノハにも出会えたし。 カエデといる時間も、嫌いなわけじゃない」
 「うんうん」
 「......だけど、独学だと限界はあるから、旅よりもちゃんとした絵の勉強をしたいっていうのは心の中にずっとあった。 そうしないと、大好きな絵が本当にただの趣味に成り下がりそうで」

 ぎゅっと手を握りしめる。 初めて他の人にこんなことをまともに話したから、少し背中がこそばゆかった。
 さっきの件もあったから、反応が少し怖かったけれど......返ってきた答えは、いつもの明るい声を通したものだった。

 「ナデシコ、絵が好きなんだね。 本当に。 ねえ、ジムは挑戦したくないみたいだったけど......バトルは苦手なの?」
 「......大分」
 「そっか、それは押しつけちゃったね。 気をつけるよ。 あたしはあたしで頑張るから、チャンピオンになったら肖像画描いてくれると嬉しいな」
 「チャンピオンになるの?」
 「当然! 夢はでっかく行かなきゃ!!」

 えっへんと胸をはるカエデ。 強く威厳のある後ろ姿に、私はあのガラルチャンピオンの大きなマントを空目してしまう。 こしこしと目を擦った時には、それはもう消えてしまっていたけれど。
 改めて想像してみる。 バッジを8つ勝ち取り、四天王を下し、頂点で強気に笑う友達の姿を。
 ......その姿を絵で写し取ってみたい。 ふとした瞬間の出来事だったのに、私の心はどこか夢心地になった。
 
 「......いいね、描かせてよ。 その時には、私ももっと絵を描けるように......なりたいけど......」
 「何? 弱音?」
 「弱音というか......ビジョンが見えなくて。 バッジも無い状態じゃ帰れないし。 トレーナーと絵を両立するのは、私には難しい」
 「もう絵に全振りしてもいいんじゃないの? モクローも絵描いてるナデシコ好きみたいだし」 
 「......そうかな」
 「じゃなかったらついてなんかこないよ。 もしまだうーんってなるんだったら、トレーナーと芸術両立させてる人の力借りればよくない? 例えば、イッシュのアーティさんとか」
 「アーティさんに!? 恐れ多い」
 「そんなこと言ってるからどんどんネガティブになってくんだよ! ナデシコとモクローなら大丈夫。 なんなら、次のジム終わったら一緒に行かない? ヒウンシティまでさ!」
 「え!? でも」
 「一緒なら怖くない!!」

 ぐいぐいと飛んでくる提案。 けれど、それらを軽く超えてくる勢いをもったカエデの強い言葉が、私の耳を打つ。 ──丁度、あの時と同じ言葉だ。





 『......あんた、なんで泣いてるの?』
 『......だって......トレーナーとして旅に出ろって......バッジ全部集めるまで、帰っちゃ駄目だって』
 『ありゃ......もしかして、うまく旅なんてできるのか不安だったの?』
 『え、あの』
 『ねえ。 だったらさあ、一緒に旅に出てみない? 一緒にポケモンと一緒に旅するの! 2人ならきっと賑やかだよ!』
 『......でも』
 『一緒なら怖くない!!』


 半ば強引だったし、誤解もあった。 でも、この言葉があったから、私はうずくまるだけの人間ではなくなった。
 私が思わず引っ込めてしまうような度胸を、カエデは迷い無く引き出してくれる。

 「......うん。 一度は、行ってみたい」
 「よしきた!! よーしやる気湧いたぞ! そうだ、あたしの勝負風景描いてくれる?」
 「ええっ!?」
 「あんまりバトルの構図とかやったことないんじゃない? 練習練習!!」
 「な、なるほど......」

 自分の未来を描く勇気を、引き出してくれる。














 「......いやー、でっかいジムだね」
 「私なんかが、いいのかな」
 「大丈夫だって!! モクローも結構強いんでしょ? アーティさんのとこまで突っ走って、直談判してきなよ!!」
 「......うん。 ありがとう」

 あの後、カエデは本当に地面タイプのジムリーダーを打ち破り、自分が稼いだお金を使ってヒウンまで連れてきてくれた。 費用の件は申し訳なさも募るけれど、彼女は「有名になったらがっぽり返して貰うよ!」と笑いながら言ってくれた。 ......ここまで言ってくれたんだ。 コノハを信じて、カエデを信じて。 彼女が信じてくれる自分を信じて、行くしかない。
 頬を1つパン!と叩く。 頬がひりつくと同時に、強すぎる緊張も晴れていった。

 「行ってくる!」








 
 世界には、自分の意思だけじゃどうにもならないことがある。 特に、自分の思いを吐き出すのが難しいときは。 でも。 永遠にそれに縛られ続ける必要なんて無いのだ。
 そのためには話さないといけない。 自分の思いを伝えなければいけない。 それにはきっと勇気が必要。 でも......それを引き出してくれるような人が現れれば、そんな機会に巡り会えば──きっと。
 未来を描くための筆が、完全に折れることなどない。

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