無色な心は色鮮やかに

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作者:CoLor
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読了時間目安:12分
 別に、アイツが良いとかそういうのは無かった。
 ただ、隣の貝を持つ水ポケモンや、鼻から火を出す炎ポケモンを選ばす、私をアイツは選んだ。それだけのこと。今までだって、選ぶなら勝手に選べばいいと思ってたし、選ばないなら選ばないで私はかまわないというスタンスだった。どうせ、私に選ぶ自由なんて無い。嫌だと行っても、連れていかれるのは知っていた。
 だから、アイツに一緒に行こうと笑顔で言われたとき、私は随分と冷めた顔をしていたんだと思う。アイツがその時どう思ったかは知らないけれど、今まで私の世話をしていた「けんきゅうしゃ」が、酷く曇った顔をしていたのを見たから。

 旅に出ること、バトルすること、もはや生きることにすら冷めていた私を選んだのは、よくドジを踏む青年だった。何かをすれば問題を起こす。ポケモンセンターにしょっちゅうカバンを置き忘れたり、作ったご飯を焦がしたり、捕まえるために投げたモンスターボールをあらぬ方向に投げ飛ばしたり。ただ普通に歩いていただけで急に転ばれたときには、呆れて鳴き声すら出せなかった。ツタを出して起き上がらせ、大きくため息をついた私に、アイツは顔の泥を払いながら、申し訳なさそうに笑っていた。

 そう、アイツはいつも笑っている。多分、それだけがアイツの長所。それ以外に長所を挙げろなんて言われた日には、私は丸一日時間を使う羽目になるだろう。それくらいしか、浮かばないのだ。

 そんなアイツだけれど、唯一顔を曇らせた状況があった。

 それは、初めてのバトルで私が負けた時だ。アイツはドジだ。それは私も重々承知している。それでも、指示出しが遅かったり、慌てられるとこっちにまでそれが嫌でも伝播してしまう。そうして、慌てているうちに畳み込まれて負けたのだ。アイツは、傷ついた私を見て、自分が痛いわけではないのに、酷く泣きそうな顔をするのだ。ごめんね、ごめんね、と何度も私に謝りながら、傷口にキズぐすりを散布していく。
 一応、私にだって非がある。だというのに、まるで自分だけが悪いみたいな言い方。負けることを悔しいと思ってはないが、傷ついた私を悲しそうな目で見てくるのは、正直耐えられなかった。腹立たしくて仕方ない。
 アイツの長所は笑うことだ。笑うことすら無くなったら、残念ながらアイツに良いとこなんてひとつも無くなる。色んなことに冷めていた私だったが、自分を選んだ「ごしゅじんさま」に対して、1つ、あることを仕方なしに取り組むことを決めた。アイツの唯一の長所、それを守ってやること。守る方法は簡単。負けなければ良い。

たったそれだけの、単純なこと。

誰が相手だろうと、絶対に勝つ。相性が不利だろうが、たとえそれが、1番強いチャンピオンだろうが。
 あんな腹が煮えくり返って仕方ないアイツの顔を、私は二度と見たくない。


 *


 気がつけば、私は進化していて、アイツの周りには私以外にもポケモンが増えていた。全員、アイツが手持ちにしたいからと、私に頼んできたので倒してやった奴らだ。無論、私より全員弱い。全員が束になってかかってこようが、私は勝てる。別に奴らが酷く弱いというわけではない。そこらのトレーナー相手なら、奴らでもしっかりと戦えることを知っている。私と奴らの違いはただ1つ。アイツに腹立たしい悲しそうな目を向けられたかどうかの違いだけ。
 あの顔を見て以来、私は負けたことがない。危ないバトルはいくらかあったが、またアイツに悲しそうな目を向けられるくらいならと、身体にムチ打って意地でも起き上がって勝ってやった。多分、「ひんし」には何度もなっていたと思う。倒れず戦っていただけで。
 1番辛かったのは、相性不利のジムリーダーの手持ちを3体連続で相手した時だろうか。あのあとは酷く疲れて寝込んだ覚えがある。私は覚えていないが、奴らから随分とアイツが私のことを心配していたと聞いた。起き上がってアイツを見れば、確かにアイツは悲しそうとまではいかないが、笑顔では無かった。それが嫌で腹につるのムチを1度浴びせれば、痛そうな、でも嬉しそうに私に笑いかけてきた。そう、それで良い。アンタは笑ってれば良い。それくらいしか良いところ無いんだから。笑ってもらわないと私は困る。

 *

 この地方の最強を決める戦い、ポケモンリーグ。紆余曲折はあったものの、アイツは準々決勝戦まで勝ち進むことができた。明日戦う相手は、この地方のチャンピオンだ。決勝戦で戦うつもりだったが、生憎とくじ運から中途半端なところで当たってしまった。
 アイツはこんな所までいけると思ってなかったらしく、私や奴らに感謝していた。その声の端に、緊張が見え隠れしていた。喋るアイツにムカついたから、つるのムチで強く叩いてやった。何を緊張することがあるのか。チャンピオンなんてただの肩書き、「今」はこの地方で最強かもしれないが、所詮は「今」だ。それに、アンタがここまで来るのは当然の結果だ。なんなら、チャンピオンなんていうただの通過点を倒して、優勝するのもアンタなんだから。

 私の言葉は通じない。それでも、なんとなく言いたいことは伝わったのだろう。アイツはいつものように笑って、自然な表情でありがとう、と私に言った。

 そう、笑っている顔がアイツには1番似合ってる。もし、こんな大舞台で負けようものなら、アイツはびっくりするほど悲しそうな目をするに違いない。
 させない。絶対にさせない。それだけが、私の役目だから。



 *



 ……結果からいえば、私たちはチャンピオンに負けた。

 最後の1匹まで追い詰めたが、そこに行くまでに私はもはや満身創痍だった。さすが、チャンピオンといわれるだけはある。1匹1匹の攻撃が重くて、気を抜けばすぐに気を失ってしまいそうな。
 それでも、私は追い詰めたのだ。最後の1匹も、あと一撃で倒せるくらいには。お互いの切り札と言える攻撃がモロに当たり、同時に倒れたあの瞬間。ここで起き上がれば勝てる。そう思って必死に身体を持ち上げようとしたが、まるで身体が鉛かのように動かなかった。焦った私の視線の先には、チャンピオンのポケモンがフラフラと立ち上がっていた。負けたくない一心で身体を持ち上げようと何度も試したが、上がらない。ここまで来たのに。あと、もう一歩なのに。
 ほんの少し時間が経てば、動けるようになってきた。これならいけると思ったその瞬間、無常にも審判のフラッグがチャンピオンへ上げられてしまっていた。
 地響きのように湧き上がる歓声、けたたましい声の実況。耳に蓋がついてるかのようにくぐもっていたけれど、これだけははっきり聞き取れた。

「チャンピオン、勝利」

 ……まって。
 まってよ、ねぇ。まだ私は戦える。動けるから。そんな早計な判断しないで。あんなフラフラのチャンピオンのポケモンに、一撃ぶつけるくらい造作も無いから。勝てるから。ねぇ。私、まだ。

 ……ねぇ。

 その時、アイツが私の側に寄ってくるのを感じとった。大音量の中、異様にその足音だけは頭に響くような、そんな感覚。

 ……嫌だ、こないで。まだ終わってない。終わってないから。早く元の位置に戻ってよ。こっちに来たら、危ないの分かってるでしょ。いくらバカでドジでも、それくらい。まだ、バトルは続いて……。

「……ありがとう」

 頭を持ち上げられ、ギュッ、と抱きしめられる感覚。暖かくて、気持ちが良くて、アイツの匂いに包まれている、そんな。

「……もう、大丈夫・・・だから」

 その言葉に、私は驚いてしまった。大丈夫、何が。何が大丈夫だって言うの。なんにも、なに1つ大丈夫じゃない。
 アイツは、私と目線を合わせるように私を動かそうとする。それに気づいて、私は反射的に目を閉じた。見たくない。今ここで目を開けば、また、あの顔が、アイツのあの顔を……。

「……ジャローダ」

 優しく、そしていつものように、アイツは私を呼ぶ。それが、あまりにもいつも通りすぎるくらい、落ち着いていて。
 どうしようもなくて、おそるおそる、私はゆっくりと目を開けた。そこにいたのは……。

「……ね? 大丈夫・・・でしょ?」

 ──いつものように、ニコニコと笑っているアイツだった。

 そして、その瞳に映る自分を見た瞬間、私は心が一気に落ち着いていくのを感じた。そうして、別のものが代わりといわんばかりに込み上げてくる。

 ……なんだ。

 負けたから、悲しそうな目をしてると思ったのに。こんな大観衆の前で負けたんだから、泣いてると思ったのに。また、私がコイツから大切な笑顔を奪ってしまったと、そう思ってたのに。

 ……いや、違ったんだ。今までもずっと。

 視界がぼやける。水中に飛び込んだあの時みたいに、酷く、目の前が見えなくなっていく。
 アイツの胸に顔を埋める。驚いたアイツなんて気にすることなんて、その時の私にはできなくて。押さえつけていた感情のタガが外れたように、気持ちが一気に目から溢れて……。






 ──悲しそうな目をしていたのは、私の方だったんだ。




 *


 風が気持ち良い。空が綺麗。太陽が暑い。木々のこすれる音、鳥ポケモンたちのさえずり声。草ポケモンの輪唱。虫ポケモンのさざめき。ポケモンたちの、生きてる音。
 全部、今までちっとも気にしたことがなかったことだ。いらない情報だと勝手に解釈して、情報を入れなかったのだろう。今まで、私は世界を知らなかった。こんなに綺麗なのに、見向きもしなかった。多分、異常なほどに張り詰めていた前までとは違い、肩の荷が下りたからだろう。おかげでか、身体も随分と軽くなった気がする。

 ……チャンピオンと戦って泣きじゃくったあと、1つ気づいたことがある。

 そもそも、私はどうしてアイツに笑顔を絶やさないでほしかったのか。

 アイツの唯一の長所だから?

 多分、それは間違いはない。今だって私はそう思ってる。あんな大観衆で大立ち回りを演じるくせに、未だに何もないところで転ぶようなドジさだから。

 悲しそうな目で見られるのが、嫌だったから?

 嫌だった。でも、それも本当の理由じゃない。じゃあ、どうしてなのか。

 ……多分、私にとって、唯一心に「色」をもたらしてくれたからだと思う。アイツに出会うまで、私の心は無色だった。そんな私の心に色をつけてくれたのは、アイツのあの優しい笑顔だ。私にとって、それだけか私の色の全てだった。その色が消えたら、また私は、アイツと出会う昔の自分に戻ってしまう気がした。それが、酷く寂しかった。だから、私は自分を傷つけてでも大事な色を守りたかった。私のひとりよがりな思いだとしても、それが私の全てだったから。

 アイツの横にぴたりとくっつきながら、私は森を進む。どこに行くかはアイツ次第だ。どこに行ったっていい。また森に行くのも、草原に行くのも、山に行くのも、街に行くのも、砂漠に行くのも、なんだって。
 もう、アイツに悲しそうな顔はさせない。アイツが悲しそうな顔をするのは、私が悲しそうな顔をするから。だったら、アイツのそんな顔をさせないように私がすることは、バトルに勝つことが正しいことじゃない。アイツと一緒に、この世界を楽しむことだ。この世界の「色」を、一緒に見ること。本当の意味で、コイツと私の旅は、チャンピオンに負けたことで始まったんだ。
 なんて遅い旅の始まりなんだろう。でも、旅に早いも遅いもない。それが旅というもの。

 これからまた色々あるかもしれない。楽しいことも、嫌なことも、いっぱい。でも私は良い。アイツには見慣れた光景でも、私には全部新鮮だから。アイツが隣にいてくれれば、それだけで良いんだ。

 だって……。




 ──この世で1番大好きな相手と、私は笑って過ごせるんだから。

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