私のパートナーはビビりな古代鳥

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作者:CoLor
読了時間目安:12分

この作品は小説ポケモン図鑑企画の投稿作品です。

「おめでとうございます。無事に『はねのカセキ』から復元されましたよ」

 ──最初に思ったことは、小さい・・・、だった。

 白衣を着た研究員さんが抱っこして連れてきた、色鮮やかな羽根を持ったポケモン。
 モンスターボールと共に彼を手渡され、抱っこした時に感じたその確かな生きた温もりに、私は改めてひとつの命を預かるという重みを感じた。それと同時に、心配そうに自分を見上げる彼を、守ってあげなければならないとも感じた。
 こんなに小さくとも、その気になれば私のことなんてあっという間に殺せてしまう。そんな生き物相手だというのに。

「……大丈夫だよ」

 頭を撫でて、優しく諭すように伝える。
 私の本心が伝わったのか、はたまた、本能的に害を与える存在ではないと思われたのか。
 どちらにせよ、彼は私の言葉に安心したように、翼に生えている爪で服を弱々しく握り、私にその小さな身体を預けてくれた。反発せずに自分のことを受け入れてくれたことが、私にとって何よりも嬉しかった。



 *



 彼……というよりも、彼の元となる「はねのカセキ」は、私の友人が私の16歳の誕生日にとくれたものだった。私の友人は化石掘りが趣味で、暇さえあれば化石を掘りに行くような人物だ。化石掘りに何度か付き合わされたり、その魅力や友人のパートナーであるズガイドスのロッキーくんについてよく熱弁されたが、どうにも自分には理解しえないものばかり。その中の話で、ある特定のポケモンの化石は、化学の力で復元することができる、という話があったのを私は覚えていた。ズガイドスのロッキーくんは、そうして「ずがいのカセキ」から復元されたポケモンの中の1匹。私が貰った「はねのカセキ」も、その復元することのできるカセキの1つであった。
 おそらく、友人は私がそろそろポケモンを持っても良いんじゃないか、という意味で渡してきたのだと思う。ポケモンを持たないのかと、よくロッキーくんを撫でているときに聞かれたものだったから。

 私は、ポケモンという存在を生まれてから16年もの間、家族として迎え入れたことがなかった。周りを見れば、大半はポケモンのパートナーを見つけて一緒に暮らしている。しかし、それを羨ましいとは思ったことがない。もちろん、バトルなんて以ての外だった。
 学校で教えてもらった必要最低限のポケモンのことについてしか知らずとも、特に不自由なく生きてこられた。だからこれから先、ポケモンをパートナーとして傍に置かなくても大して変わらないと思っていたのだ。

 そんな中で、舞い込んできたポケモンの話。

 迷いしかなかった。

 16年もポケモンと暮らすことを知らない私が、はたしてポケモンと共に暮らしていけるのか。ひとつの命を、責任もって育てられるのか。
 そもそも、「はねのカセキ」の彼は、この世にまた生を求めているのか。自分勝手な都合で、眠りについた魂である者を呼び戻すのは、いかがなものなのか。

 考えれば考えるほど、悩みは膨れ上がっていく。
 箱にしっかりとしまってある、ほんのりと暖かみのある石を持ち上げて毎日眺めては、それをまた箱にしまう。そんなことを、気がつけば1年は続けていた。

 ──そんな日々を打開したのは、悩み続けた挙句、「はねのカセキ」を贈ってくれた友人に相談した時の事だった。
 私が今まで悩み続けていたことを全て洗いざらい吐露すると、友人は苦笑してふぅっと息をついた。

「たしかにお前の不安はもっともだな。化石になった本人がどう考えているのか分からない以上、嫌がっている可能性だって十分ありえる」

 けどよ、と友人は続ける。

「……嫌がるってことは、化石になる前は生きることが辛かったってことだろ? なら逆にさ、そんなやつに生きることがしあわせ・・・・だって思わせるくらい、愛してあげれば良いんじゃねぇか。蘇って良かった、お前に会えて良かったって、心の底から感じるくらいにさ」

 隣にいる、いつの間にかズガイドスから進化していたラムパルドのロッキーくんの身体を撫でながら、友人はそんな気恥ずかしい言葉を当たり前のように口にした。それは、私に言っているようで、友人本人にも言い聞かせるような言葉だった。

「……それによ、正直なところ、お前くらいに必死に考えるやつなんて、そこらのトレーナーなんかには早々いないんだぜ。そのポケモンの人生なんて気にせず、私利私欲のためだけに捕まえたり、中には卵を作るだけ作らせて、自分の望み通りの力をもっているポケモン以外、生まれたばかりだってのに平然と棄てやがるような度し難いやつだっているんだ」

 あまりのことに言葉を失った。
 ポケモンについては完全に素人当然のため、トレーナーのことはほとんど分からない。だから深くは言えないが、だとしてもいったいどんな人生を送れば、そんな命をなんとも思わないような者が現れるのか不思議でたまらない。

「それで、お前はどうだ。この1年間、ずっと考え続けて悩んでいた。俺はさ、そんなひとつの命の重みを理解しているお前が、ポケモンを不幸にするなんて一欠片も思わねぇよ」

 だから安心しろと、友人は笑った。
 その笑みが、どれほど私の心の淀みを消し去ってくれたことか。マイナスのことばかり気にしていたが、仮にそうだとしても、私がその生を彩り、プラスに変えてあげれば良いと。

「それに……」

 ラムパルドに頬を擦り付けた友人は、ラムパルドを抱きしめながら満開の花のような笑みを浮かべて。

「……化石ポケモンって、みんなすっごく可愛いんだぜ? お前に渡した『はねのカセキ』から復元されるアーケンもいわタイプのくせに羽毛がふわっふわしててとても可愛いが特にうちのロッキーはこのゴツゴツした見た目が可愛いし寂しくなったら俺に軽く頭突きしてきて上目遣いなんかで見つ──」

 いつものように、いつ終わるかも分からない惚気を話し始めた。


 *


 初めてのポケモン、初めてのパートナーである彼を抱きながら、私は自分の家へとたどり着いた。扉を開けて電気を灯せば、特に飾りっけもなく、テーブルやクッション、机等の必要最低限の家具が置かれている一人暮らしの家が姿を現す。

「……ここが、君のうちだよ」

 意味を理解しているのかいないのか、私の言葉を聞いたあと、彼は私の服を握りつつもすんすんと鼻を鳴らして部屋の匂いを嗅いでいた。
 彼の寝床やトイレの場所、いわタイプ用の手入れセット、バウンドボールなどのちょっとした遊び道具、いわタイプ用の健康フードなどの、彼を迎えるための用意などはあらかた全部終わっていた。これも全て、初めての私が手間取らないようにと、友人が親身になってよく手伝ってくれたおかげである。
 さらに、同じいわタイプを持つ先輩としてだと言って、いわタイプと生活する上で困ったことを、実体験を踏まえながらその対処法などという貴重な情報を冊子のように纏めて渡してくれた時には、もう感謝してもしきれないほど。冊子の中を見ながら、実体験に対する惚気話を聞かされたりしたが、その話を聞かされるにしても十分すぎるほどのお釣りがくるくらいには有難かった。
 何かあった時は連絡してくれと私に笑いかけたあの時以上に、友人が頼もしいと思ったことはない。

 部屋にあがり、クッションの上に正座で座った私は、今まで抱きかかえていた彼を離すことにした。
 支えを失った彼は、ふらっと体勢が崩れかけ、慌てて私の服を強く掴んだ。拘束が解かれたことに対して、驚いたような顔で私を見上げる。

「好きにして大丈夫だよ」

 彼を持ちあげ、床に降ろす。手の甲で軽く背中を押して促すが、そんなことをされても、と言いたげに、彼からは眉をひそめるように瞼を下げられた。

 早めにこの場所に慣れるためには、彼自身が部屋の中を歩き回って安全な場所だと認識するのが1番手っ取り早い。基本的に部屋の中ならば、私の目が届く範囲だ。何かあっても、まず彼のことを守ることができる。
 気の済むまで回って安心できると確認すれば、自然と私の方にも寄ってくるようになる。

 ……という、友人の纏めている冊子の受け売りだ。

 最初は構いすぎず、彼のペースに合わせるのが良いということらしい。理にかなっていると私は思う。

「……ギュゥ」

 そのために彼を床に降ろしたのだが、彼は歩かず、心配そうに鳴き声をあげる。それでも周りが気になるのは気になるらしく、彼は片脚を私のふとももの横にくっつけ、そのままめいっぱい身体を傾けたり伸ばして、まるで片脚をコンパスの針のようにしながら辺りを見始めた。
 プルプルと身体を震わせながら見るその姿は、誰が見てもあまりにも不格好そのもの。それでは、見れるものも見えないだろう。

「……ふふっ」

 思わず笑いがこぼれてしまった。滑稽な様子極まりないが、彼自身からすればいたって大真面目な様子なのが雰囲気から感じられて、とても可愛らしい。
 ほんの少し身体をずらして体から脚を離そうとすれば、彼は慌てて私に近寄りまた片脚を私にくっつける。そしてまた、身体を震わせながら辺りを見渡す。
 どうやら、私に身体の一部だけでも良いからくっつけていたいらしい。それで安心感が生まれるのかどうか私には分からないが、少なくとも彼はそうしたいと考えているようだった。

「……どこを見たいの?」

 彼に聞くと、彼は少し考えたあとに玄関辺りに翼を向ける。玄関に何かがあるわけではないが、彼がそうしたいならと、私は正座から足を屈めた体勢になった。そのまま、彼の柔らかな翼を軽く持つ。

「これでどう?」

 これならば、脚を私につけないのだから移動出来る。彼は翼にある爪で私の指をギュッと掴み、私を軽く引っ張るように玄関に向かう。それについていくように、私も移動した。玄関まで来れば、その場ですんすんと鼻を鳴らしてすぐに違う場所へと移動し始める。
 キッチン、洗面所、お風呂場、御手洗い、押し入れ。
 冷蔵庫の中も気になったらしく、開けてあげたが、中から来る冷気に驚いたのだろう。冷気に触れた瞬間すぐに私に飛びついてきた。その後のお部屋探索では、あからさまに冷蔵庫は避けていたのが可愛らしかった。
 そうして狭い部屋の同じ場所を何度も確認して少し余裕そうな表情が伺えた頃合いを見計らって、私はスッと指を離す。これで怖がればまだついていこうかと思ったが、彼は私が離したことを気にも止めず、自分の好きなように探索を続けていた。

 私は元いたクッションに三角座りで座り、頭を膝に起きながらとてとてと可愛らしく歩く彼を眺める。

 この分ならば、この部屋に完全に慣れるのも時間の問題だろう。

「……グゥ」

 しばらくすると、彼が私の元にやってきて、私の足とお腹の間に頭を突っ込んできた。ぐいぐいと入り込み、そこで大福のように丸まる。眠いの、と聞けば、彼はもぞもぞと身体を動かして小さく欠伸をしてみせた。いきなり新しい場所に来て、歩き疲れたのだろうか。
 だとして、私の側で眠ってくれるのはとても嬉しかった。彼を見てて思ったが、どうやら私は随分と信頼を置かれている様子だから。
 彼の頭に手を置いて、暖かみのある岩肌と相対するように柔らかな羽毛を撫でる。間もなく彼から寝息が聞こえ始め、鮮やかな大福がゆったりと上下し始めた。

 まだ彼のことは、多少ビビりな程度のことしか分からない。何が好きで、何が嫌いか。どんなことをしたいのか、それを知りたい。友人に言われたように、彼が幸せだと思えるように、努力したい。そのために彼から教えて欲しいことや、聞きたいことが山のようにある。

 ……けれど、今は。

「……ゆっくり、おやすみなさい」

 秋が匂いがすぐそこまで迫ったこの季節。
 窓の外には、澄んだ色の雲が流れていた。

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