『世にもうつくしい魚の噺』

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作者:jupetto
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読了時間目安:8分
ヒンバスを甲斐甲斐しく世話してミロカロスに進化させた男が遺した美談です。
「ああそうだよ、こんなみすぼらしいポケモン飼ってられるか!!ぼろっちい、泥臭い、俺の飯どころか他の魚の餌にもなりゃしねえ!!」

 

昔、昔のお話です。ある釣り人がヒンバスを手に入れたはいいものの、そのあまりのみすぼらしさに思わずヒンバスを入れた水槽を倒してぶちまけました。

 

「滅多に釣れない珍しい魚だっていうからあちこち粘ってやっと手に入れたってのよ、これじゃとんだ骨折り損だぜ」

 

水槽から放り出されたヒンバスはあまりの暴言に傷つきますが、もともと瘦せこけた体にぼろぼろのヒレです。釣り人にはただ醜く跳ねているようにしか映りません。釣り人はその惨めさに余計腹が立ちます。

 

「おいおい、だからといって水槽から放り出すことはないだろう? このままじゃ死んでしまうぞ」

 

 釣り人の友人が、肩をすくめながらも窘めるように言います。しかし、釣り人の怒りは収まりません。

 

「知るか!そもそもてめえがけなしたのが発端だろうが!」

 

 釣り人は、ヒンバスのことを貧相とは思いつつも苦労して釣った珍しい魚には間違いないと水槽を用意して飼い始めたのです。しかし客として招いた友人が手間と時間をかけて釣ったのがこれかと笑ったので釣り人は激怒したのでした。

 釣り人の友人は顎に手を当てて少し考えるそぶりを見せると、ヒンバスに向けてこう言いました。

 

「確かに私の言葉も悪かった。なら責任をもって私が引き取って世話をするとしよう。君もそれで文句はないかな?」

「おーもってけもってけ。何の役にも立たねえだろうがな」

「なら、今日からこのヒンバスは私コウボウのものだ。家には小さな池があるから、そこで暮らしてもらおう」

「お前の家に池なんてあったか? まあ俺には関係ねえけどよ。せいぜい見に行った時に笑ってやるさ」

 

 そうしてヒンバスは釣り人からその友人、コウボウのものへと移りました。 

 

「あまりあの男が珍魚が釣れたと自慢げに語るものでね。ついみすぼらしいなどと言ってしまったが、本当に悪かった。代わりといってはなんだか、君の見栄えが良くなるように手伝わせてくれ。名前も美しいという意味のカロスと呼ぼう」

 

 コウボウはヒンバスの池にハスボーを何匹か住まわせました。ヒンバスは泳ぐたびに頭の葉っぱが水面を滑って、少なくとも見苦しくはなりませんでした。ハスボーが池の水草を増やすので、食べ物には全く困りません。

 

「交易品でパールルの真珠を手に入れたんだ。砕いて飲むと健康に良く、肌につけると輝きを与えるとか。せっかくだからカロス君にもあげよう」

 

 この効果に偽りはなかったようで、ヒンバスのくすんだ体表は少なからずハリとツヤがあるものになりました。痩せこけた頬も、豊富な食事と栄養のおかげで大分マシになったのです。

 

「はっ、そうは言っても元があれじゃな。コウボウ、お前ネコにこばんってことわざを知らねえのか?」

「知っているとも、小銭でも拾い集めれば大金になるという意味だろう?」

「違うわ! 屁理屈こねやがって……なら勝手にそのヒンバスに無駄金費やしてろ!」

 

 たまに釣り人はコウボウの家にやってきてひどいことを言いますが、もうヒンバスには何もしてきません。

 実のところ、ヒンバスにはみすぼらしいとか美しいといった言葉の意味はよくわかっていませんでしたが、コウボウは釣り人と違って優しくしてくれているのは理解していたのでとても嬉しく思いました。

 

「見てごらんカロス君。あの釣り人からハートの鱗をたくさん買いとったんだ。君につけるもよし、君が食べるもよし、池に浮かべて楽しむもよし、迷ってしまうな」

 

 コウボウは両手に抱えた笊の上にたくさんのピンクの鱗を載せて池に来ました。コウボウが鱗を池にまくと、まるで桜の花びらのように池とヒンバスを彩りました。そして沈んだ鱗は、ヒンバスの餌になったのです。ヒンバスは雑食性で味を気にせず食べますが、コウボウがわざわざ集めてきてくれたそれは本当に美味しかったので。思わず池から飛び上がって喜びを表現しました。

 

「……ああ、美しい。今のカロス君は、誰もが目を奪われるポケモンだろうとも」

 

 いつの間にかヒンバスの体は世にも美しいミロカロスへと進化していました。釣り人の小さな水槽に入れられていた醜い姿とはまるで別物です。

 それからコウボウは進んでミロカロスの姿を客人に見せるようになりました。あまりのうつくしさに客人たちは目を奪われ、こぞってコウボウの元を訪れるようになりました。勿論、ただでとはいわず各々手土産をもってくるのでコウボウはあっという間に大金持ちになりました。

 これを聞いて面白くないのは釣り人の方です。他の客人を押しのけるようにしてコウボウの元へとやってきました。

 

「おい、そのヒンバス……ミロカロスは元はといえば俺が苦労して釣ったんだぞ!返しやがれ!」

「そんなことを言われてもな。だいたい、君は私がパールルの真珠を与えた話をしたらネコにこばんだと笑ったじゃないか。そんな君が今更カロスの所有権を口にするのか?」

 

 釣り人は必死に返すよう言いますが。周りの客人たちはコウボウからミロカロスを手に入れた経緯を聞いています。自分のヒンバスに対する失言にきっちり責任を取り、その恩を返すようにミロカロスに進化した美談もまた人々がミロカロスを持て囃す理由でした。そういうわけで、誰も釣り人の意見に耳を貸しません。

 コウボウはため息をつき、ボールで池から水を汲むとそれを無造作に床にこぼしました。

 

「な、なんだよ。そんなことしたって俺は諦めねえぞ」

「あの時君はヒンバスの入った桶の水をぶちまけて放置したな。代わりに私がこぼした水をすべてこのボールに戻せたのならカロスは君に返そう」

 

 そんなことができるはずもありません。釣り人が反論する前に、畳みかけるようにコウボウは言いました。

 

「そもそも仮に私が君に返すと言ったところで、カロスが今更君の元へ帰るはずもないだろう。零した水は元の場所には戻らないのと同じことだ」

「てめえは昔からいいように屁理屈をこねやがって……!」

「どうかな。後世では今の状況が立派なことわざとして残るかもしれないぞ。何せここに君の味方はカロス含めて誰もいないのだから」

 

 他の客人たちがどっと笑い、釣り人は仕方なくコウボウの家から逃げるように出ていきました。こうしてミロカロスを完全に手に入れたコウボウは大金も人脈も手に入れ出世し、後の世では大コウボウの名と覆水盆に返らずのことわざで知られるようになりました。

 

 めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

 

 

「エビでタイを釣る、ということわざが外国にはあるそうだが、珍しい魚はそもそも釣り当てるのが面倒だ。どうせなら、釣り人に釣らせて上手いことそれを譲ってもらう方が楽でいい。進化させるやり方を知っていればあとは簡単。ネコにこばん、ブタにしんじゅ。されどブタもおだてりゃ木に登る。魚だって同じ事さ」

 

 釣り人も客人も帰りミロカロスも眠ったその夜。コウボウは一人呟きました。

 

「……ま、これは釣り人や客人、もちろんミロカロスにも聞かせられないがね。せっかくの美しい蛇に、わざわざ足をつけるような真似は無粋だろう?」

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