ルカリオを名乗る美少女が嫁入りに来た件

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作者:のむさん
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読了時間目安:22分
俺は田舎に住む平凡な大学生。
一応ポケモンを一匹持っているからトレーナーに分類されるのであろうが、バトルなどはからっきし。
というか、自分のポケモンが傷つくのなんて見てられなくてほとんどやらない。
バトルの強弱がスクールカーストに関わるこの世界では、そのせいでいつも一人だ。

そして頭が良いわけでも悪いわけでもない。
運動ができるわけでもできないわけでもない。
当然、今までの人生は恋愛など全くの無縁。
バトル以外でも、何をやっても平均より少し下の結果を出す俺に、学年中の女が無関心であった。

そんな俺が。
突然現れた高校生くらいの背丈の見知らぬ美少女に、信じられないことを言われた。

「お嫁さんになりに来ました!」

 ◇

二年前の珍しい流星群の日。
俺と相棒のルカリオは、煌めく自然のショーを楽しむべく、二人で原っぱに寝転がっていた。

「うわあ、すっげえ! こんなの見たことねえよ、なあルカリオ!」

この日は柄にもなく興奮して、少々テンションが高かった。
だが、満天の星空、銀色の星々が宝石みたいに夜空に光っているこの光景を見て、気分が上がらない人はそうそういないと思う。

「次の流星群は千年後なんだってさ。これは一生の思い出だな」

こくこくとルカリオがうなずく。
俺がクラフトで作って持ってきた、昔からの好物のコトブキマフィンを頬張りながら。
笑顔で微笑みかけてくる。

「……可愛いなあ、お前。もしお前が人間だったら、彼女にするんだけど」

モテない俺がしみじみと言うと、視界の端でぴくりとルカリオの動きが止まる。
目をやると、そっぽを向かれた。
なんだか耳が赤いような気がするが、暗くてよく見えない。

「ん………?」

まあいいかと、気を取り直して上を見上げると。
流星のうちの一つが、段々と大きくなっているように見えた。

「あれっ!?」

いや、大きくなっているのではない。
近付いてきている、どんどんこっちに近付いてきている。
ゆっくりとした速度で、地上にふわりと舞い降りる、一つの流星。
いや、これもまた間違いだ。

「ジ、ジラーチ……!?」

空に漂う、なんでも願いを叶えてくれるとウワサの、幻のポケモン。
唖然としていると、それにルカリオが近付いて、ぱるぱる、と何か話しかける。
ジラーチは少し考えるような素振りを見せてから。

「うわっ!? ま、眩し……」

ジラーチとルカリオが、まばゆいばかりの光に包まれる。
そして、その光が消えると…。

二匹は、いなくなっていた。
それからルカリオは、何日経っても家に帰ってこなかった。

 ◇

「………よし、できた」

いつも通り、クラフトキットと呼ばれる調理器具で、マフィンを作り、ラップに包んでテーブルに置く。
もう、嬉しそうに食べてくれる相棒はいないのだけれど。
どこかに消えてしまった相棒が、もしかして、もしかしたら、留守の間にお腹を空かせて帰ってくるかもしれない。
そう思うと、アラームが鳴る一時間前に自然と目が覚めてしまうのだ。
そして一度目が覚めると寝付けないもので、結局は毎日マフィンを作り、そのまま夜食になっている。

家族のいない俺のかつての生活は、ルカリオが中心に回っていたのだ。
……いや、今だってそうだ。
物心ついたころからずっと一緒だったルカリオは、最早俺の半身だった。
だけど、頭のいいあの子は、きっと何をやっても中途半端な俺を見限ってジラーチに何か願ったのだ。

きっと、もっと裕福な家がいいだとか、もっと優秀なトレーナーの元でバトルについて勉強したいとか、そんなのだろう。
そうして真っ二つになった俺の半分だけの体はまだ、必要な栄養素を送り込むべく、もう半分の体に血液を流そうとするが、歪な切断面から飛び出ている血管が、地面に血をボタボタと溢すだけだった。
そしてそれが、たまらなく痛かった。

「…………きっと、俺といるよりずっと幸せだよな」

二人で並んで撮った写真立てを、カバンから取り出して眺める。
最近、ようやくこれを見ても涙が出なくなった。
何はともあれ、今ルカリオはきっと幸せなのだ。
それは相棒として、友達として、何より望ましいことじゃないか。
こうしていつもの壊れたルーティーンを終えた俺は、気を取り直して本日の目的を再確認する。

今日は、ポケモンを捕まえに行くのだ。
大学では、ポケモンに関するなんたらというテーマでレポート課題が大量に出るのだが、俺はポケモンを持っていなかったので、とても苦労していた。

なぜ捕まえなかったのかというと、かつては新しいポケモンを捕まえようとすると、なぜかルカリオに逐一邪魔をされたからだ。
理由はわからないが、もし万が一ルカリオが帰ってきたら怒られるかもしれない。
だが、もう、きっとあいつは帰ってこない。
この未練がましい気持ちは、振り切らなければならないのだ。
俺は息を整えてからドアに手を掛けた。

「あっ!」

開いたドアの先で視線が合い、声を上げる緋色の目の少女。
視線を少し上に移すと、ツヤのある綺麗な黒髪。
その神秘的ともいえる麗しさを際立たせる、真っ白なワンピース。
幼さは残るが、類いまれなる美貌。
そこに存在しているだけで周囲の空気がキラキラと光りさえしそうなほど煌びやかな少女が、今俺の家のインターホンを鳴らそうと手を伸ばしていた。

もちろん、こんな美少女が俺の知り合いにいるわけがない。
俺は美少女がドアを開けると突如現れたという事実だけで既にかなり混乱していたが、これはまだ序の口だった。
その少女は伸ばした手を引っ込めて、

「お元気でしたか、ご主人!」

「ご、ごしゅ……?」

き、聞き間違えでなければ、今、俺のことをご主人と呼んだよな。
なんだ、どういうシチュエーションでこうなるんだ?
家出少女がお金と引き換えにネットで知り合ったおじさんに特殊なプレイをさせられていて、俺の家とそのおじさんの家を間違えたとかだろうか。
いや、それ以外に思いつかない。
論理が飛躍しているようにも思えるが、とある有名な探偵が、『不可能を消去して最後に残っていたものがいかに奇妙であっても、それが真実だ』という名言を残している。

これ以外思いつかないのだから、これが真実だろう。
よし、この子に、人違いであることを伝えなければ。

「いや、俺はおじさんじゃない」

「えっ……?」

しまった。
半分パニックに陥っている俺の頭は、うまく考えをアウトプットする余裕なんてなかった。
これだと、初対面の変態おじさんが開口一番に自分の年齢に見栄を張り始めたようにしか見えないだろう。
落ち着け、落ち着け。
そうだ、俺がただこう言えば解決する話だ。

「い、いえ、その、どちらさまでしょうか」

「あっ、そうか、そうですね」

それから少女は、照れくさそうに頭を掻いて。

「ルカリオですよ。人間になって、お嫁さんになりにきました」

俺は更に混乱の渦に飲み込まれる。
ルカリオだって? ルカリオが人間になってきただって?
そんで嫁入りに来たって?
何言ってんだこいつは。
少し考えて、ようやく状況を理解して、ポンと手を打つ。

「ああ、なるほど」

それを見た少女がパッと花が咲くように笑う。

「おぉ、わかってくれましたか! さすがご主人、理解が早いですね。そうです、ご察しの通り、あの流星群の日に……」

「そういうプレイを要求されてるんだな」

「………はい?」

事の顛末はこういうことだろう。
この少女は家出をして金がなく、ネットかなんかで匿ってくれる人を探した。
そして見つかった変態は、家に泊まらせるのと引き換えに、特殊なプレイに付き合うよう要求した。
そう、ポケモンが人間になって自分のところに嫁入りに来るというプレイだ。
手段を選んでいられない彼女は、こんな田舎まで遥々訪れたが、慣れない土地で、俺の家と変態の家を間違えてしまったのだ。
完璧な推理だ。

「ええと、差し出がましいかもしれないけど、家出してお金がないからといって変なおじさんにそんな特殊プレイを要求されてるなら、流石に断った方がいいと思うぞ」

「な、何の話ですか? あの、ご主人、私は」

「わかった、君が真面目に設定を守ろうとしているのはわかった。けれど人違いだし、通報とかされたら困るから、もう帰ってくれよ。まあ、どうしても食うのに困ったらまた来ればいい、何日かでよかったら匿うから」

「ちょ、ちょっと待っ」

少女が何か言おうとしたのを遮ってドアを閉める。
いずれ変態おじさんの住所を再確認して、そちらに向かうだろう。
もし推理が間違っていたとしても、俺には関係のない話だ。

そう、関係のない話なのだ。
そうはわかっていても、希望を持ってしまう自分が嫌になる。
……今、インターホンを連打しているあの少女が、もし俺の相棒だったらなんて妄想をしてしまう。

「おい、ピンポン連打すんのやめろ! 人違いだってば!」

そう大声で言うと、ひとまず音は止んだ。
しかし、すぐにドアを開けるとさっきまでの流れすらプレイの一環だと勘違いする可能性がある。

俺はしばらく待ってから階段を上って、窓から玄関前を見た。
………よし、いない。

玄関に向かうため、階段を降りる。

「………あ、あの……。」

「………………。」

少女が、壁に挟まっていた。
正確には、玄関にあるポケモン用の小さなドア、いわゆるペットドアに挟まっていた。
相棒がリオルだったころ、簡単に出入りできるようにと取り付けたものだ。
そこから、先ほどの少女の上半身が飛び出ていた。

「も、もしかしたら行けるかと思ったのですが、無理でした。………あの、申し訳ないんですけど、この穴、ハンマーか何かで広げて頂けませんか? ドアは使い物にならなくなるかもしれませんが、他にどうしようも……ああっ、ご主人どこ行くんですか!? ちょっと、放置しないでください、一人じゃどうにもできないじゃないですかーっ! ああああ、待ってー!!」

 ◇

(よしよし、ポッポ発見……)

俺は一階の窓から家を出て、近所の原っぱで草むらに隠れていた。
10mほど前には、ポッポの群れ。
ここからモンスターボールを投げても、体の小さなポッポに当てるのは難しいだろう。
だが、俺には作戦がある。

(さあ、こい!)

コトブキマフィンを自分が隠れている草むらの前に放り投げる。
ポッポは俺が立てた音に一瞬警戒心を示したが、コトブキマフィンの甘い匂いにつられ、じりじりとこちらに寄ってくる。

(よし、もう少しで射程圏内だ……!)

俺はモンスターボールを構え、近付いてきたポッポに……!

「すんすん、こっちですか、こっちですねご主人は! おーいご主人、どこにいるんですか! 玄関壊しちゃったんですけど、これ取ってくれませんかー!!」

声がした方を見ると、腰に玄関のドアをつけた少女が、鼻を鳴らしながら大声で呼びかけている。
その声に驚いたポッポが、若干俺から遠ざかる。

(ポッポが逃げるだろ、静かにしろー!!)

そんな俺の祈りも届かず、その少女は。
スンスンと鼻を鳴らした後。

「ああっ、あれは、愛しのコトブキマフィン! 何見てんですかその辺の鳥ポケモンども、そのマフィンは私専用のものです、誰にもあげませんよっ!!」

地べたに置いてあるマフィンに飛びつき、ムシャムシャと食べ始めた。
当然、腰に玄関をつける謎の少女の突撃に驚いたポッポたちは飛び去っていく。

「ハグハグッ、うまっ、ちょ、美味しすぎますよ、なんですかこれ! ご主人は、これを野生のポケモンに与えることの重大さを理解していませんね、こんなの食べたらゲットされたくなるに決まってますよ! これは、ご主人のマフィンは全て私が責任を持って食べなくてはならな痛っ!!」

俺はマフィンに夢中な少女の後頭部をひっぱたいた。

「ああ、愛しのご主人まで! 二年ぶりのマフィン、ご馳走様でした! ……でも私、なんではたかれたんですか? というか、なんで原っぱにマフィンのポイ捨てしてるんですか?」

「バカ、ポッポをゲットするために投げたに決まってるだろ! ばっちいから食べるな! ああもう、お前何がしたいんだよ、もう帰………うわっ!?」

少女は突然半泣きになりながら掴みかかってきた。

「わあーっ!! 浮気者です、ご主人は浮気者です! ルカリオを差し置いて、他のポケモンに現を抜かすなど言語道断です! 今なら謝った後マフィンのおかわりを作って散歩に連れてってくれれば許してあげますから、考え直してください!」

「て、手を離せ、近くにいる他のポケモンまで逃げるだろうが!」

「イヤです! というか私がルカリオなことまだ信じてませんよね!? ちょっと話を聞いてくださ……」

「…………うるさい! まだそんなふざけたこと言うつもりなのか!」

びくり、と少女が身震いする。
つい、大声を出してしまった。
けれど、本当に、ルカリオ絡みの冗談では笑える気がしない。
この二年間、地獄だった。
幼いころ両親がいなくなって、引き取ってくれた祖母が高校の時にいなくなって、果てはルカリオがいなくなって、もう俺の周りには誰もいなくなった。
心はボロボロだったが、それでも大学の学費のために前の倍働かなければならなかった。
ただ一つ、どこかでルカリオは幸せに暮らしているはずだ、いつかは会えるはずだという希望だけを胸に必死に生きてきた。

この少女は悪い子ではないのはわかるが、ポケモンが人間になるなんて話はありえない。
ジラーチに願えばなれるかもしれないが、ルカリオにはそう望む理由なんてないのだ。

「ご、ご主人……?」

「お前が本当にルカリオでも、そうでなくてもどうでもいい。……相棒は、何も言わず二年間も留守にしてる。あいつはどうせ、ジラーチに『優秀なトレーナーのところに連れてってください』って願ったんだろ。俺のところになんて戻ってくるわけがない」

「そ、それは……」

「そうじゃなくても、どうでもいい! ルカリオは俺のところにいるより、優秀なトレーナーのところで成長してくれた方が…………俺も嬉しいんだよ」

「ご主人……。」

「もういいだろ。俺はもう、一人で暮らしたいんだ! ……あいつには、ずっと窮屈な思いをさせてきたんだ。今更帰ってこられても、俺には一緒に暮らす資格なんてない。さあわかったらとっとと帰ってゴファッ!!」

俺は少女に掴みかかろうとして、腰に装着された玄関のドアの角で腹部を強打する。
たまらずうずくまっていると。

「だ、大丈夫ですか、ご主人―っ!」

駆け寄ってきた少女の腰に巻いてあるドアの追撃で、俺は吹っ飛ばされる。

「グワーッ!!!」

「ああー!! ご、ごめんなさ……大丈夫ですか、ご主人!?」

「お前………わざと…だろ………がくり」

俺の意識はそこで途絶えた。

 ◇

「う………ここは……」

目を覚ますと、そこは見慣れた我が家の見慣れたソファの上で、横になっていた。
窓を見るとすっかり夜になっていた。

「すぴー……」

今、俺を枕にして寝ている少女が運んできてくれたのだろう。
この子はなんて無防備なんだ………。
俺は少女の手をどけると、持ち上げてソファに寝かせてやる。

ふとテーブルを見ると、コトブキマフィンが二つ並んであった。
はて、俺が作ったのは一つのはずなのだが。
片方を少し千切って口に放り込んでみる。
うん、ルカリオのためにかなり甘く作ってあるので、これは今朝作ったものだ。
そしてもう一方を口に入れる。

「……うまい」

思わず声に出してしまう。
こっちは塩とバターが効いているのに、マフィン本来の甘みが消えておらず、うまく調和している。

「お口に合ってよかったです。勝手に道具借りちゃいましたけど、許してくださいね」

振り向くと、少女が目をこすりながらソファに腰かけていた。

「……これ、お前が作ったのか?」

「はい、ご主人、昔っから甘いのがあまり好きじゃなかったじゃないですか。だから、ごりごりミネラルを入れてみたんです。それだけじゃ微妙だったので、炒ったイトケの実を加えて、いきいきイナホの分量を少し減らせば、生地の締まりも良くなって………」

上機嫌そうに材料のこだわりを語っていたが、急に何かを思い出したように背筋を伸ばして。

「いやそれより、頭は痛みませんか、ご主人!? 気絶したくらいですし、なんなら救急車を呼んだ方が……」

「大丈夫だ。それより……お前、本当にルカリオなのか」

それを聞くと、少し考えるような素振りを見せた後。

「………そうですね、流星群のあの日、何があったか説明しますね。あと、一つといわずにもっとご主人のマフィンが食べたいです。ちなみに他のポケモンを捕まえようとしたこと、まだ許してないですからね」

「はい………」

俺は冷蔵庫と棚からマフィンの材料を取り出し、作業に取り掛かる。
そういえば昔、他のポケモンを捕まえようとしたとき、へそを曲げたルカリオはマフィンを献上して散歩に行ってやらないと機嫌を直さなかったっけ。
そんなことを考えながら材料を混ぜていると、ぽつりぽつりと少女は語り始めた。

「………二年前、ジラーチにこうお願いしたんです。『人間にしてください』って。願いは叶えてくれたんですけど、ポケモンと人間の考え方はいろいろ違うから、しばらく勉強しなさいって言われて、とある場所に飛ばされたんです」

口をはさみたくなったが、ここは黙って最後まで聞いておこう。

「今までそこで、家事とか読み書きとか色々勉強してたんです。でも、なかなか難しくて、怒られてばかりで。ご主人と連絡を取ってしまうと、なんだかどんどん甘えてしまいそうな気がして……二年も音沙汰無くて、ごめんなさい」

生地を型に流し込み、オーブンに入れる。
夜に、マフィンを作るのは二年ぶりだった。

「……本当なのか、それ? ルカリオが、俺なんかのために二年もずっとそんなことを? …正直、ちょっと信じられないな。なんか、ルカリオはもっと賢明な子だった気がするんだけど」

「……それ、もしかしなくても私がバカそうってことですよね。………なんならご主人の持っているエッチな本の場所でも言ってあげましょうか? 本棚の下から三番目の」

「わかった、わかったからやめろ。やめてください。………お前、ルカリオなんだな。本当に、ルカリオなんだな?」

「そうですよ、ルカリオですよ。……というかその、二年ぶりにご主人の顔を見て、もうそろそろ我慢の限界といいますか………とりあえず、抱きつきますからね」

抵抗する間もなく、少女に飛びつかれる。
ふわりと甘い匂いがした後、胸元が温かくなった。
少女は体を俺の胸にピッタリと密着させ、手で離れられないように固定する。

「……懐かしい匂いです。ポケモンのとき、トゲが邪魔で正面から抱きしめられなかったので、ずっとこうしてみたかった。……ずっと、会いたかった」

だが、俺は、まだ少女を抱きしめられなかった。

「……俺は頭も良くないし、運動だって微妙だし、バトルもやらないし、口が悪いし、友達もいない、どうしようもないやつだぞ。今からでも、他のやつのところに行った方が……」

「ていっ!」

「痛っ!」

抱きしめられたまま、後頭部をぺしん、と叩かれる。

「さっきはたかれた分のお返しです。……いいですか、まず確かにご主人はアホです。長年一緒に過ごしたんだから、姿形が変わってもルカリオだって一目で見抜いてくださいよ。運動もダメです、ポッポくらい普通は走って追いかけて捕まえられます」

…………。

「口が悪いのは言わずもがなだし、友達は二、三人程度だし、それに女の子に抱き着かれているのにそんなことを言い出すレベルのビビりなんだからバトルなんてどうせ無理です、やらない方がマシですよ」

「この野郎、ぶっ飛ばしてやろうか。……わかってんなら、なおさら他に行けよ」

「でも」

顔を上げ、目尻に涙を溜めたまま、微笑んで。

「ご主人の波導は、誰より優しい色なんです。ご主人は、いつも何か文句を言っているのに、困った人やポケモンを放っておけない。この辺でトレーナーとバトルした後の野生ポケモンの傷を、こっそり手当しているのをルカリオは知っています。私も、ご主人が拾ってくれなかったら今頃どうなっていたか」

そして少女は顔を赤くして目をそらし、言葉の勢いが尻すぼみになっていく。

「そ、そんなわけでまあその、好きだからですよ。……それとも、私じゃ嫌ですか?」

………もちろんそんなことはない。
俺だって、本当はルカリオと一緒にいたい。
そして、ルカリオも俺といたいと言ってくれているのだ。
………なら、俺がやるべきことは、全力で彼女を失望させないようにすること以外にないだろう。
俺はとうとう覚悟を決め、少女を強く抱きしめる。

「………わかった。お前が俺を選んだことを後悔しないくらい、だ、だだ、誰より幸せにしてやればいいだけですものね」

同じく、後半は尻すぼみになった上、お嬢様みたいな言い方にしまった。
顔に熱を感じる。
俺も相当顔が赤くなっていることだろう。

「ぷっ、ふふっ」

それがおかしかったのか、クスクスとルカリオが笑い出す。
つられて、俺も笑い出す。
二年間、家に積もった寂寥が、笑い声で吹き飛んで宙に舞う。
それですら、今は輝いて見えた。

あまり自分に自信はない方だが、それでも懸命に自分を磨いてみよう。
ルカリオのためなら、どんな困難でも乗り越えられる。
そんな気がした。

「……ああっ!! ご主人、マフィンがー!!」

オーブンを見ると、もくもくと煙が出ていた。

「うわっ、しまった、めっちゃ煙出てる!」

急いで取り出すが、手遅れだった。

「…………なあ、もう今日は遅いし」

「ダメです」

俺は泣く泣く、もう一度マフィンを作り始めた。








数年後、都会の一角に、小さなマフィン屋が出来た。
たった二人で切り盛りしているその店は、ポケモンにも人間にも大好評で、毎朝行列ができる程人気が出たのだが、それはまた別のお話。


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