【ポケモンSD短編】明朝のサプライズ

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【ポケットモンスター Soul Divide 後日談】

副題「明朝のサプライズ」

※この短編は伊崎つりざお作『ポケットモンスター Soul Divide』の後日談です。本編終了後の時間となりますので、ご了承下さい。
 5月10日がトレンチ嬢の誕生日なので、なにかの記念(?)ということで書かせていただきました。
 8月のイジョウナリーグでの激闘から1ヶ月後。
コート家の屋敷から突如として、令嬢トレンチが姿を消した。
ジャック……否、新たな身体を得たブリザポスが彼女を連れ出したためだ。
コート家を、引いてはコートグループ全体を背負う重荷を背負わされ続ける彼女を案じた彼が、その鳥かごから彼女を強引に開放したのである。

 その後の彼はトレンチを連れて、逃げに逃げ続けた。
しかし決してその逃亡劇は一人きりのものではなかった。
コートグループをよく思わないパーカーやスモック博士の協力もあり、彼らは遠くへと逃げていったのだ。

 ……そして遂に、彼らは北の大地・シンオウ地方へと流れ着くことになる。
レザーミュージックの子会社が経営する賃貸マンションがハクタイシティに在るということで、彼らはそこに移住することにしたのであった。



ーーーーそれから1年と7か月。
コートグループと無縁な場所に越してきたためだろうか。
音沙汰は一切無く、お嬢もジャックも平穏に過ごしていた。
気候もイジョウナ地方と比較的近いため、半人半獣のジャックにとっても快適に暮らせたのだ。

 さて、そんな彼らにも、生きていくにはお金がいる。
家賃や生活費……その他諸々を稼ぐべく、ジャックはハクタイシティの清掃業者に就職した。
オフィスビルや集合住宅が多いこの街では、その手の仕事の需要は余るほどあった。
それに元々使用人をしていた彼にとっても、転職だったのだ。

 自宅に帰るのは、大方夜の8時頃。
「ただいま戻りました……。」
「……!おかえりなさい、ジャック!」
出迎えたのは、リビングで寝転びながらパソコンを開いていたお嬢。
しかし彼の顔を見るやいなや、ぱっと起き上がって駆け寄ってくる。

「ちょっと待ってくださいね……今夕飯を作りますから。」
「あ、アタシも手伝うー!!」
帰り際に寄ってきたショップのレジ袋を置きつつ身支度をするジャックと、キッチン横でエプロンを構えて準備するお嬢。
こんな夕方が、彼らにとっての日常だった。

 手荷物を片付けるべく、リビングの奥へと入っていくジャック。
「……ってお嬢様!なんですかあの散らかり様は!!」
そんな彼はふと、目に飛び込んできた光景を見て叫ぶ。
お嬢が先程まで居たリビングに、数多くのA4紙が散乱していたのだ。
「昨日片付けたじゃないですか!一体何が……」
「あぁ、これね。アジェンダ地方から郵送されてきた手続き書よ。」
「て……手続き書?」

 手際よく食材を並べつつ、お嬢が答える。
「そ。ここ2か月くらい、アジェンド地方の学園都市新開拓事業の方に投資していたんだけどね。ついでにアドバイザーと現場視察の方も任されそうだから、その手続き書ね。」
「は……はぁ?」

 そう、お嬢はこの1年の間、自宅のリビングから様々なことに手を伸ばしていたのだ。
いくらか引き出したコート家の財産を元手にし、株取引やFXその他様々な投資を行っていた。
本人曰く『免税のために貯めていた隠し資産だし、言及も出来ないでしょ』とのこと。
しかもそれだけの投資が、ほぼ例外なく成功して倍々ゲームで資産が増えているというだから恐ろしい限りである。
元々コート家で経済学などの学問を嫌というほど覚えさせられた彼女にとって、この程度のことは造作もない……らしい。
「やっぱりチャンピオンの肩書があると、顔の幅が違うわね。いろんな仕事がもらえるわ。フロンティア新設の時も色々意見できたし。」
「そ、それは凄いですね……」

 お嬢の口座の残高が9桁Pを超え始めたあたりから、ジャックは理解を諦めていた。
最早お嬢が何をしようが、言及できる領域にはないのだ。
「というかジャックも、そんな仕事辞めちゃえばいいのに。アタシが養ってあげるわ。」
「……そ、そういうわけにもいかないでしょう。万一のこともありますし、やはり私も働かなくては。」
「えー……。」
少しばかり不機嫌そうな彼女。
実際、お嬢の築いた資産に比べれば、ジャックの稼ぎは矮小なものである。
しかし、だ。
それでも10歳も歳下の少女のヒモになることなど、彼のプライドが許さなかった。

 ……最も、彼が仕事を続けるのには他にも理由があるからなのだが。



ーーーーーその日の晩。
深夜の2時過ぎ頃。
部屋のベランダから、凄まじい寒風が吹き込んでくる。

 その風が吹いた直後……そこにはジャックが立っていた。
彼が窓から帰宅してきたのだ。
スーツの上からモッズコートを着ているという、なんとも仰々しい服装だ。

「(ふぅ……この時間でも店が開いていて助かりました。流石コトブキの大都会。)」
そっと窓を閉めた彼は、数歩歩んでお嬢の眠るベッドに近づく。
まだ眠っているお嬢に、そっとダウンコートを着せたのだ。
「(……失礼します、お嬢様。)」
そして彼女を背中に背負い、ベランダに戻る。
「(ここからなら……よし、間に合いそうだ。)」
彼は真下を見て息を呑むと、そのままベランダから飛び降りていった。
深夜の街には蹄の音が、静かに鳴り響いていた。


 蹄の音は東の方向へ消えていき、やがては遥か高いテンガン山を駆け上っていく。
春先ではあるがまだ雪もいくらか残っており、足場は良好とはいえない。
しかしこおりタイプのブリザポスに取ってはかえって好都合だ。
まるで疾風の如き勢いで驀進していった彼は、約1時間半の走行を経て遂にたどり着く。

 ……テンガン山の頂上『やりのはしら』に。

 シンオウ地方でも有名な遺跡の1つだが、こんな平日の早朝に訪れるようなもの好きはまず居ない。
故にそこにあるのは、しんと静まり返った夜空と、ジャックとお嬢の二人だけである。

「Zzz……」
背中に眠っていたお嬢は、まだすやすやと寝息を立てている。
なんとかジャックは、ここまで彼女を起こさずに運ぶことが出来たのだ。
「(どれ……もうすぐでしょうか……。)」
ジャックは、東の空へと目を向ける。
時刻は3時56分。
夜空にゆっくりと、陽の色がにじみ始める時間だ。

 そしてついに、激しい陽光がその顔を見せる。
「ん………まぶ……し……。」
その光が染みたのだろうか、お嬢はその目を覚ます。

「………!!?ちょ、ちょっと!?どこよ此処!?」
驚くお嬢……無理もない。
朝に目が覚めたら、いつの間にか空気の薄い遺跡のど真ん中に居るのだから。
「おはようございます、お嬢様。」
「おはようございます……じゃないわよ!なんか変な夢を見たと思ったら、アンタのせいだったのね!」
急なことでパニックになるお嬢。
突然こんなところに連れ出されたら、誰だってそうなるだろう。

 ……が、ジャックだって何も理由がなく彼女をここに連れてきたわけじゃない。

「申し訳ありません。紅茶、持ってきましたが要ります?」
「………要る。」
そんなお嬢をなだめつつ、人型に戻って魔法瓶から自家製のお茶を注ぐジャック。
柱の根本に座りながら、ふたりで昇り来る朝日を眺めていた。
まだ眠いからか、お嬢は身体を倒して隣のジャックに寄り添う。

「……綺麗ね。すごく。」
「えぇ……空気が濁った地上だと、こうは行かないですからね。」
降り注ぐ陽光に身を照らしながら、ただただ時間が過ぎていくのを待つ。

「なんか……ふたりでこうしてゆっくりするのって初めてじゃない?アンタはずーっと働き詰めで家に居ないし。」
「う……そ、それは……」
「まぁ、いいけど。」
軽く傾けた頭でジャックの肩をたたきつつ、お嬢はやや不貞腐れていた。

 実際、彼女としても、せっかくコート家を抜け出したのだから。
出来ればずっと、一緒に居たかったのだろう。
そのために色々と努力をしたというのに。
しかしまぁ、彼はなかなか鈍いものである。

 そしてまた沈黙が訪れ、時間が流れていく。
その中で、ジャックはおもむろに言葉を口にした。




「……16歳の誕生日、おめでとうございます。」
「!?」
そう……この日は5月10日。
お嬢の16歳の誕生日だったのだ。
彼女の誕生日に、二人で綺麗な日の出を見よう……という、彼の計らいだったのだ。

「な、何よ!これサプライズだったの!?そうならそうと言いなさいよ!!」
「いや、それはサプライズじゃないでしょう……」
肘で小突いてくるお嬢と揺らされるジャック。
その表情は、どちらも明るいものだった。
使用人と令嬢だったころでは、考えられない距離感だ。

「……それで、ですね。プレゼントといいますか、その……」
「?」
ジャックは口ごもる。
なかなか本題を切り出せないからか、持ってきた鞄の中身を手持ち無沙汰に物色し始めた。

「な、何?」
「そのですね……こちら……です。」
そうして彼の手から差し出されたのは……黒のリングケースであった。
そう、指輪が1つ入るタイプのケースである。


……そして、その意味がわからないお嬢ではなかった。
「え……ちょ、ちょっと!?どういうことよジャック!?ゆ、ゆび、指輪!?」
嘗て無いほど、彼女は動揺していた。

「た、確かにアタシは16だし!?そりゃあね!?駄目ってわけじゃないけど……」
「あ、あのお嬢様……落ち着いてください。ちゃんと中身を……」
取り乱すお嬢が聞き届けてくれないため、ジャックは仕方なく先にケースを開封することにした。

「ちょ、ちょっといきなりすぎるっていうか………ん?」
お嬢がケースの中に目を向けると……そこにあったのは、確かに指輪ではあった。
そう、七色の石……キーストーンが埋め込まれた指輪だ。
いわゆる、メガシンカのために使う戦闘用品である。

「リビングの書類を勝手ながら読ませていただきました。そしたらアジェンド地方の方にバトルアドバイザーとして赴かれるそうなので……メガリングが、必要になるかと。」
「あ……あぁ、なるほど。そういうことね。」
お嬢は少し肩を落とし、残念そうに言う。


 ……が、お嬢は気づく。
この指輪が、明らかに普通のメガリングと比べて高価な材質であることに。
少なくとも、ジャックの安月給でパッと買えるような品物ではないことに。
……そして、ジャックの目が完全に泳いでいたことに。


「……ねぇジャック、アタシこのあと資本家兼アドバイザーとして旅立つのよね。」
「……そうですね。」
「アタシだけじゃ荷が重いから、秘書をひとり雇いたいのよね。」
「………。」
目線をジャックに向け、お嬢は語る。

「それもできれば、一生働いてくれるような人材が良いんだけど。ついでにいえば、一緒に戦ったり走ったりしてくれると尚良いわね。」
「ハハッ、それは大変な条件ですね。」
「えぇ、当たり前じゃない!」
そしてお嬢はジャックのネクタイを片手で掴むと、自身の顔の方に強く引き寄せた。


「……!?」
「……今度こそは逃さないわよ、ジャック!」
とっさのことで驚くジャックに、お嬢はこれ以上ない笑顔で笑いかける。
「えぇ……逃げませんよ、今度こそ。」
東の空が明るみ、純粋な青色に染まっていく。

 少女と怪物は、共に歩む。
新たな場所での人生を。

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