パティスリー・ガトー ~戦場がメリークリスマス~

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作者:スヤピーヌ
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読了時間目安:26分
伊崎つりざお作『ポケットモンスター Soul Divide』の本編前の時間軸です。
本編のみでもお楽しみ頂けますが、よろしければ本家の方も読んでいただけると、より楽しめます。
 優雅なクリスマスのお昼にこんにちは。
 私の名前はステビア。正式にフルネームを名乗るのならばステビア・ハニーポップ・シュガーランド。どうだい、甘ったるくて良い名前だろう?
 こんな風に誰へ言うでもなく、心の中で自己紹介をしてみている理由はただ一つ。
 そう、現実逃避だ。
 なぜそこまで追い詰められているか、それは私の目の前に広がる惨状を目にしてもらえれば、きっとすぐにでも理解してくれるだろう。
 真っ白で目に眩しいLED灯が照らす部屋。そこに並べられたステンレスの作業台には白だったり黒だったり、時には茶色い粉末が机の上に散らばっている。
 普通の家じゃまず見ない巨大なオーブンは何段にも重ねられている。そのどれもが、ここの最近の所じゃあ誰かが働いている時は常にフル稼働。
 シェルフに仕舞われた調理器具は、普段あまり出番がないような物でさえ久方ぶりの出番を迎え、泡立て器やボウルなんかは常にフルタイムのシフトで働かされている。
 最後にこの私の菓子店、そこに働く従業員の面々を紹介しよう。彼らは子供の夢と希望が作ったお菓子を作るとは到底思ない、ゾンビ映画のエキストラにすぐにでも採用されそうな様子だ。白いエプロンに跳ね返ったココアパウダーは、返り血と見まごうばかりの惨状だ。
 ヒートロトムもオーバーワーク気味なのか、プスプスと煙を吐きながらの自転車操業。大きなボウルで生クリームを混ぜているエテボースは、いつの間にやら尻尾がこんがらがっていた。
 もはや雑念の入る余地のない、半ば無意識的な動きで各々手を動かしている。
 ここは『パティスリー・ガトー』、食べれば心の仮面が剥がされると専らな評判の洋菓子店。そこのクリスマス特需に見舞われている現状だった。

「ステビアさん、まだ終わらないんっすか?」
「やあタカコくん、目の下のクマがなかなかキュートじゃないか。キミも軽口を叩けるまでに成長したみたいだね」
「うるさいですね……むしろ何でピンピンしてケーキを作り続けられるんですか?人間じゃないんですか?」
「えぼぼぉ……」
「小さい時からこき使……じゃなくて、厨房に立たせれていてね。おかげさまで修羅場の経験が多いんだ。あとチョコの温度がかなり高くなってきている。香りが飛ぶから3分ほど冷やしたほうがいいかな」
「相変わらず容赦ないっすね……ちょっと冷やしてきます」
 
 肩を落として大きな冷蔵庫の下へトボトボと踵を返した少女はタカコ。黒髪にキツめの目尻がチャーミングな、ジョウト出身の準家出少女だ。
 むかし道端で拾った元非行少女なのだが、悪ぶってはいるがフラエッテが手持ちに居たり、悪ぶれない彼女がつい可笑しくって、出来心から弟子にしてしまった子だ。
 それが今ではどうやら私よりしっかりしている、というのが従業員たちの認識らしく、最近ではアタシの代わりに事務作業などをやってくれている健気な一面もある。
 私手ずから鍛えた彼女ですらここまで追い込まれているのだから、他の従業員たちがどうなっているかなど語るべくもない。

「3番テーブル、君の混ぜている小麦粉、ほんの少しだがダマが残っているように見える。少し腕を休めた方がい」
「はっはい!」
「それに5番テーブルのフルーツタルト……そう、今まさに盛り付け作業をしている君だ。てっぺんのフルーツが7度ほど傾いている。目がしょぼつくなら少し仮眠を取るといい。なに、時間になったら鬼タカコに起こしに行かせよう」
「誰が鬼っすか! 誰が!」
「あとバイトくん、こんな日に頑張っているのは私がよく分かってる。ただ、帽子がズレてヘアネットが見えているのを直してもらえれば、心象が良くなってバイト代も弾むぜ?」
「あっ、すみませんっ!」

 大学生くらいの男の子は、ペコリと頭を下げると、ズレたコック帽を元の位置に戻して再び店頭へと繰り出していく。バリヤードはバリアで作ったお盆の上にケーキを乗せて、その後を追っていった。
 ケーキを作れる人は皆厨房にフルタイムで回しているため、店頭での接客は短期バイトを雇っている。かなりのバイト代を出すため、変な人を雇わないよう私がちゃんと面接した子達だが、そんな彼らでさえ今日一日の労働で、すでに疲労困憊だ。
 この店はイジョウナ地方でも有数の繁華街、アンコルシティ。そこの中心に建てられたケーキ型の高層ビル。そこの一階に『パティスリー・ガトー』本店が構えられているのだ。
 つまりは押しも押されぬ人気店、そこに殺到するクリスマスケーキの注文数もまた、かなりの物となっている。

「うん、タカコはまだまだ元気みたいだね。それじゃあ焼けた生地出してきて貰おうかな?」
「うぇぇ……あれ重いじゃないっすか。ていうか何でステビアさんは何で体力残ったままなんすか。実は中身が機械とか?」
「そら、無駄口叩いてる暇があるなら行った行った。さてと……私が作らなきゃ行けない次のケーキはっと……コートさん家?」

 頭の片隅で、そういえばそんなお金持ちの家があったなあと思い出した。だが、文字は何というか硬っ苦しい綺麗さだ、どこかの使用人にでも書かせたのだろう。いや、違うな。それにしてはケーキの注文内容がかなり子供向けで、しかも小さいサイズだ。となれば召使いがこっそり、夢見る子供に買い与えるケーキだろうか。
 それならばこの私が腕によりを掛けよう。注文内容を納品するだけでは一流のパティシエール、超一流は相手が気づいてなくとも、本当に相手が欲しがるものを作るのだ。
 さて、サイズからおそらく食べるのは小さい子供、それも多分女の子だ。それだったら注文されたショートケーキじゃ些か質素過ぎる。
 どんな家の事情があるのかは知らないが、私が読み取れるのはこのくらいだ。あとは箱を開けたら嬉しくなるような、それでいて予算内で収めるのが腕の見せ所。

「タカコ、生地に生クリームを塗り終わった奴出来上がったら一つ私にまわして。あと、飴を80度で暖めるのもお願い。色は白と桃色、あと赤で」
「承知しましたっすよ」

 タカコは柔らかく流動的になった飴をボウルに入れて、私の隣にそっと置く。オマケに針と鋏もセットでだ。
 相変わらず熱い飴を手で掴むと熱いのをグッと堪えて、ぐにょりぐにょりと形を少しづつ整えていく。伸ばしては不必要なところを鋏で切り、細かい体の皺は針で形を整えた。呼吸の震えさえ手元を狂わせるのなら、喜んで呼吸を止める。
 素体は白い飴を使って、少しづつ筋のように桃色の飴を混ぜていった。汗が額を伝って目に入るが、一瞬の瞬きすら厳禁、瞼は開けたまま。最後に赤い飴細工をちょんと乗せれば、マホイップを象った飴細工の完成だ。
 いつの間にか集まっていたパティシエやイエッサン達は、皆一様にパチパチと手を叩く。

「はぇー、いつ見ても精巧な飴細工っすねー。こんな親指くらいのサイズによくこんな細かい凹凸刻めるすっよ」
「これでも手先の器用さには自信があってね。今日営業終わったら教えてあげようか?」
「ええ……さすがに今日クタクタになったあと、ステビアさんに付き合ってたら私死んじゃいますよ」

 タカコはゲッソリとした表情で私を見てくる。心外な、これでも親切心なのに。か弱い乙女のハートに傷がつくじゃないか。

「まるで私が血も涙もない機械みたいじゃないか? どうやらキツいお灸がお好みかな?」
「く、果物に砂糖をコーティングしてくるっすーぅ!」

 早足で去っていくタカコを尻目に、ニャルマーを思い出しながら背筋をグイッとひと伸ばしする。
 あとはマホイップ飴細工の後ろに乗せる飾りをチョコで作るだけだ。部屋の空調は26度、少し湯煎してやればいい感じに柔らかくなるだろう。

「まほ〜」
「こらこらマホイップ、これは君の分ではなくお客さんの分だ」
「まほ……」
「自分の姿だから気に入ったのかい? それなら後で作るから、後生大事そうに抱えるのはやめたまえ」

 それでも、しょんぼりとした顔のままなのは私の相棒で、初めて出会ってからずっと連れ添っているマホイップ。ルビーミックスな見た目にイチゴ飴細工をちょこんと乗せたキュートな子だ。
 ただ困ったことにちょっと好きになる閾値が低く、今も自身と同じ姿の飴細工を気に入ったのか、今生の別れのように時間をかけて飴細工から手を離す。

「まほぉぉぉ……」
「はいはい、また作ってあげるから。ただ、今日ばかりは我慢しておくれよ、何たってクリスマスなんだから」

 瞳に涙を溜めたマホイップは私の胸に飛び込んでくると、チーンと見事に鼻をかむ。いやまあ、鼻水だって別にお菓子の一部だから構わないが、どことなく複雑な気持ちだ。
 まあ良い。マホイップ一人へばりついているところで私の腕が鈍るようなことはない。
 チョコレートを細い糸にして線だけの花弁にしたり、そこに留まる蝶々も羽を線で縁取り、模様をホワイトチョコで埋める。
 あとはケーキの上にピンセットで摘んで、細かく位置を調整して乗せるだけ。
 これでようやく一休みできる、そう思って最後にマホイップ飴細工に手を伸ばそうとしたその時、ブツン、と厨房のブレーカーが落ちた。
 ケーキに飴を乗せる2mm前の姿勢で硬直してると、すぐさま懐中電灯をもったタカコが私の元へやってくる。

「冷蔵庫は無事だろうね。それで、何が起こってるんだい?」
「いやそれが……冷蔵庫は密閉されてるから開けなきゃしばらく大丈夫なんすが、店のショーケースがダメになってます……予備電源もしっかり配線が切られてるみたいっすね」

 思わず飴細工をケーキの上に不時着させそうになるが、どうにか指から滑り落ちる前に気を確かに持った。
 目を閉じて深呼吸すると、努めてゆっくりとした口調を心がけて口を開く。

「……それで、続きは?」
「警備会社に連絡したんすけど、そしたら停電する直前、こんな映像がカメラに映ってったって」

 そう言ってタカコが携帯の画面を私の方に向けてくる。そこには、このビル最上階に設置された配電室、そこへと繋がる階段を進んでいく作業員風の姿をした不届き者たちが映っていた。
 このビルの業者の服では無いため、警備の人間だってもちろん止めただろう。どれでもここに入っているということは、それに見合う実力者だろうか。

「……はぁ、どうしてこう面倒ごとは大変な時に限ってやってくるんだ」

 脳裏のよぎるのは今日までに掛かった準備の苦労。わざわざ材料の様子を下見に行って直接仕入れの契約を結んだり、働ける人を苦労して拝み倒して今日のシフトに入ってもらったり。
 そして何より、出来上がったケーキをダメにしようとするその心意気、それが最も気に入らない。

「タカコ、警察に連絡しておいてくれ。それと業者にもだ、一時間以内、割増料金は相手の言い値で構わない」
「本当にいいっすか? かなり法外な料金になると思いますけど……」
「お菓子は生き物だ、保冷剤で冷やしておくにも限界がある。それ以上に大切なことはあるのかな?」
「はぁ……どんな値段ふっかけられても知らないっすからね! それで、ステビアさんはこれからどうするっすか?」
「決まっているだろう、停電の原因を取り除きにいくのさ」
「まあ確かに業者さんが来ても不審者がいたら直せないすけど……って歩いて直接いくんすか!? ここから屋上まで106階っすよ!?」
「当然だ。一時間以内に業者が来るのだからな」

 呆れた表情のタカコを尻目に、シェフコートの胸元を少しばかり緩めた。


◆◇◆◇◆◇◆


 現在階層は103階、随分上の方まで登って来たものだ。
 さしもの私も二〇分ばかりの階段運動は疲労を感じるし、真冬だっていうのに耳の先端までボワボワと熱を帯びている。
 コック帽もヘアネットも汗で蒸れ、別段ここはキッチンでも無いため既に脱いで捨てて来た。

「マホイップ、相手は曲がりなりにも警備の人間をのして来た奴らだ。心の準備はいいかい?」
「まほほっ!」

 マホイップはランタンを掲げる腕とは反対側の方の上に乗っており、腕を曲げてはポンポンと叩いてみせる。力こぶ一つも見られないが、気合は十分と言ったところか。
 カツカツと孤独に足音を鳴らしながら進んでいくと、ようやく106階最後の階段へと辿り着く。
 ポケットから鍵束を取り出し屋上への扉を開けると、びゅうと肌に叩き付けるような強風が吹き込んできた。

「鍵が壊されていないとなると、どこからかポケモンに乗って登ってきたか。それも飛行ポケモンならわざわざ守衛を倒す必要もない、と」

 視線の先には、ドアノブが手荒に破壊された電気室の入り口が手招きして私を待っているようだ。風に吹かれてガタガタと音を立てている。
 私には時間がない、迂闊かもしれないが、扉が空いているというなら遠慮なく中に入らせて頂こう。

「お客様、こちらは当店の売り場ではございません。お困りでしたらご案内いたします」

 中に居たのは、似合わない作業服に身を包んだ二組の男女。男の方は耳が重くて落っこちるのではないかと思うほど、大量のピアスを付けている。女の方は裂けるように笑った口元から、チロチロと蛇のような二股の舌が覗いていた。

「アハハッ、兄さん来たよ、ねえ、本当に停電の中ここまできたよ」
「ああ、確かに来たな妹よ。1番目のジムリーダーとは言え、本当に挑んで来るとはな」

 彼らは兄妹なのか、彼ら二人の後ろに控えるのは“磁場ポケモン”のジバコイルと、“パンクポケモン”のストリンダー、そのハイな姿。
 どちらも厄介な相手だ、私の使うフェアリータイプにとっては。

「いえ、お客様のお体からこれは……ああ、シナモンの匂いですね。それがうっすらとした、まるでパティスリーに1時間でも滞在してたみたいな匂いです」
「貴様、何を」
「それにしてもおかしいですね。この種類のシナモン、うちでは取り扱って居ないはずですが」

 男――兄の方がギロリと私を睨んでくるが、待てが出来なかったのはどうやら妹の方だった。

「兄さんっ、もうやっちゃった方が早いんじゃないのォツ!ストリンダー『オーバードライブ』!」
「はぁ……お前はいつもそうやって先走る。しょうがない、『ラスターカノン』」

 その言葉に従って、ストリンダーは電気で形取られたギターを取り出し、感情の溢れるままに掻き鳴らした。
 奥ではジバコイルが全身の光を一点に集め、U字磁石の間で貯めている。
  そして、電気の爆音がストリンダーの前方に巻き散らかされ、私達は勿論それに巻き込まれる位置だ。
 そして、視界が光に溢れる。

「ハハ、兄さん、やっぱり攻撃した方が早かったじゃん」
「いや、どうやらジムリーダーの名前も虚仮威しじゃ無いみたいだな」

 マホイップは攻撃が届く寸前、『デコレーション』で生クリームの壁を作り、その影に私達は隠れたのだ。
 プスプスと生クリームの表面が焦げたカラメルの匂いがする辺り、威力は相応の実力者といったところか。

「お客様、ジムの挑戦でしたら一個下で承りますが? 今日は生憎臨時休業中ですが」
「ふん……」
「兄さん、やっぱりコイツ頭おかしいんじゃないの? ほんとに私たちをお客サマだと思ってるの?」

 その言葉を聞いた瞬間、マホイップがくいくい、と私の髪の毛を遠慮なく引っ張ってきた。普段ならもうちょっと優しくとか言うところだろうが、今は違う。アタシとマホイップの心は一つだ。
 ゆらり、と屹立する生クリームの壁から姿を表し、一階の配電パネルの位置を確認。それ以外は最悪壊れても良いだろう。

「……私には優先順位があるんだ。三番目はジムリーダーの責務、二番目はお風呂上がりに見るニャルマーの動画」
「はぁ? 本当に電気で脳ミソぶっ飛んじゃったの?」
「黙って聞くんだ。いいかい、私の中で一番に優先されるもの、それはお客さんだ。私の店のケーキを楽しみにやってくる、お客さんが何より大切だ。いいかい? 君たちは今、決定的に行ってはいけない愚行を起こした」

 一歩、相手の方に踏み込めば、僅かだが相手は背筋を逸らす。

「お客さん“かもしれない”なら、私は決して攻撃しない。だがお客さん“ではない”のなら、もう無駄に気を使うこともない」

 肩のマホイップもやる気十分、もちろん私も目がこれでもかと言わんばかりに冴えている。

「君たちは雑味だ。この私の店舗において必要のないものだ。全身全霊で、取り除かせてもらう」

 人差し指で妹の顔面をまっすぐ指差してやる。これはもう、決まったことだ。

「ナメた口垂れてんじゃねえ良いとこ育ちの嬢ちゃんがっ、ストリンダー『ヘドロウェーブ』ッ!」
「マホイップ、『マジカルフレイム』でクリームを」
「まほほっ!」

 妹の方が堪えきれずにヘドロの波を飛ばしてくる。だが別段揺らぐことはない。マホイップは素早くクリームを焼いてクッキーを作り、ヘドロの液性成分を吸収させる。
 フェアリータイプに毒は文字通りの天敵だが、それも触れなければ問題はない。

「ナメているのは君たちの方だ。確かに私は最初に挑まれるジムリーダーだ。だがそれは私の実力がないという事じゃない。私がバッジを渡す条件は、この先のジムリーダー達と戦って、致命的な怪我をしない実力を持っているかどうかだ。全力を出すほど大人気ないことをすると思うかい?」

 油断しきったストリンダーへ『サイコショック』を放つが、すぐにジバコイルが間に割って入って攻撃を受け止める。
 二人の二匹の息はピッタリのようで、倒されはしないが倒せもしない、そんな膠着状態になる予感がビシバシ感じられた。

「契約は貴様を倒すことではない。妹よ、早まるな。二人で交互に庇いあえば十分仕事は完遂される」
「チッ、私はこういうスカした奴が一番ムカつくんだよ。兄さんだって分かってるだろ?」

 確かにその言葉通り『デコレーション』のクリームでジバコイルを圧封しようとすれば、ストリンダーが飛び込み『オーバードライブ』で焼き焦がす。
 対してストリンダーを先に狙おうとすれば、その金属質の身体で威力が減衰された。
 あたりはヘドロとクリームで凄い匂いになっており、戦いが終わったらシャワーを浴びねばな、と頭の予定帳に一つ書き記す。

「随分と余裕そうだな。この間にもショーケースの温度はどんど上がっているというのに」

 鋼も毒もフェアリータイプには苦手な相手だ。それにさっきの契約内容という言葉と、ふわりと香った店の物ではないシナモンの匂い。
 どこぞの競合他社が嫌がらせに刺客を送り込んだところだろう。

「時間が逼迫しているのは十分承知さ。マホイップ、もう一度『デコレーション』だ。ビターに決めるよ」
「まほまーっ!」

 心得た、と言わんばかりの声でマホイップは再び、次なるデコレーションの準備を行う。さあ、最終行程だ。

「バカの一つ覚えかクソ女っ! 何度やっても結果は変わんねえんだよっ、ストリンダー『オーバードライブ』でクリームもろとも焼き払っちまえ!」

 今日一番と思えるほどにストリンダーのトサカが輝き、爆発的な電気がマホイップに向けて放たれる。
 牛乳を多分に含んだクリームなら容易に通電し、焼き焦がされるほどの電圧。そう、クリームならば。

「おいおい、君が今まで食べたケーキはショートケーキだけかい?」

 しかし、マホイップが今回飾り付けに選んだのは、黒くビターなチョコレートの板。名前やメッセージを書き込むためのそれを巨大化させ、壁のように二人の前に立ち塞がる。
 もちろん固体で電気を流すはずもなく、そして、出来上がったチョコの壁はゆっくりと、しかし確実に相手の方へと倒れ込む。
 上手くいけば二人とも巻き込める。

「なんなんだその技はっ! 聞いたことがないぞ!」

 だが、やはりと言うべきか。兄の方はジバコイルに乗って空中を浮遊していた。おそらくその技の名前は『でんじふゆう』。うちのビルを階段を使わずに登ってきたカラクリも、おそらくこの技であろう。
 だが、彼の顔に浮かんでいる表情は余裕ではなく、驚愕だった。

「いいかい、これはマホイップに備わった『特技』だ。この子がデコレーションに用いるものは、クリームやホイップというものには留まるものではない。ケーキに用いる材料ならば、命ある生物以外ならどんな物でも作り出すことができる。それは材料だろうと加工品だろうと構わない」

 チョコレートの壁が倒れて現れたのは、クッキーで簡易に組み立てられた構造物。台座を持ち、鞍で固定され、砲身をもつそれは――。

「大砲、なのか……?」
「正解だ。全部食べられるぞ」

 砲身から除く白い粉末は小麦粉。もちろん塵のように砲身の内部に充満している。

「さあマホイップ、最後の仕上げだ。君の大好きな苺の飴細工を頼むぞ」
「まーほほーっ!」

 マホイップからは素早く半透明の砲弾――イチゴの飴細工を作りあげ、砲身に込める。
 あっけに取られた様子の兄とジバコイルが正気を取り戻し、どうにか対抗しようとするが、その行動の遅れは既に致命的だ。

「「クリスマスケーキには、いつだってイチゴが付き物だろう? スペシャルサービスだ、遠慮せず受け取るといい」

 そして、『マジカルフレイム』で遂に着火。盛大な爆発音と共に、飴の砲弾が吐き出される。
 風を裂く甲高い音を棚引かせ、まっすぐ一直線にジバコイルへ。
 たとえ金属の体だろうと、十分な加速のついた飴細工ならば、その強固な鋼の体躯だろうと打ち破る。

「相性が有利なポケモンで勝てるほど甘くはないぞ。特にクリスマスの繁忙期はね」

 言い終わると同時、ジバコイルは意識を失い地面に墜落した。


◆◇◆◇◆◇◆


 それからというもの、クリームまみれになった凄まじい匂いの部屋で、修理にやってきた業者が変な顔になるのを横目に一階へ戻る。
 間一髪、ケーキがダメになる前にどうにか復旧されたみたいで、戻った職場の面々は皆一様に安堵の息を吐いたものだ。
 なんとか一階と地下一階のパティスリーが入っている場所の電源を復旧してもらい、私は真っ先にシャワーを浴びた。
 それからは再び戦場の時間となって、夕方から夜にかけての予約品を作り続ける。想定外のハプニングを気合とエナジードリンクで巻き返しつつ、気づけば時刻は18時過ぎ。
 キッチンの蛍光灯が煌々と、半死者になったパティシエたちを照らすが、今の時間は会社帰りの人がやってくる、いわば日暮れの繁忙期。
 ギリギリ生者の私は、バイト達に混じって絶賛店長からの手渡し販売会を行っている。
 死屍累々のキッチンとは違い、シックな雰囲気の飾り付けをされた店舗では、オレンジ色のお洒落なランプに照らされていた。
 お手伝い好きのイエッサン達はおめかしをして、人懐っこくカウンターの中を動き回っている。
 かく言う私もどうにか残りの気合で表情筋を動員し、笑顔をどうにか取り繕っていた。

「すいません、予約のケーキを取りに来たんですが」
「はいはい、予約の番号が書かれた半券をお願いしますね」

 そんな中、また一つ、予約されたケーキを取りに来たお客さんが来たみたいだ。だが、その番号を見て少しばかり目を見開いた。
 どうやらあのマホイップの飴細工を盛りつけたケーキを注文した人のようで、少しばかりの好奇心が顔を覗かせる。
 マナー違反だがお客さんの方をチラリと見れば、青白い髪に紫のメッシュを入れた、長身の男。なかなかパンクな髪色をしているというのに、スーツ姿というのがチグハグだ。それに、昔見たチャンピオンの面影も感じるが、こんな落ち着いた雰囲気ではなかった筈だ。

「はい、保冷剤もキチンと入れておきました。下手に揺らさなければ大丈夫ですよ」
「あ……、ありがとうございます」

 初対面の人間と喋るのは少し苦手そうだが、丁寧な様子の男。けれどもどこか引っかかる。だからこそ、耳元に少しだけ口を寄せると、そっと小声でカマをかける。

「それで、キミの雇い主の名前を使って、どうして子供が食べるようなケーキを予約したんだい? それも、うん、君に子供はいなさそうだから雇い先の子供とかかな?」
「なっ……どうしてその事を!」

 白髪の使用人は驚いた様子を見せるが、私にとってはどこ吹く風。店長の仮面だって、少しくらい剥がしても構わないだろう。

「これでも一端のパティシエールだからね、注文の文字が妙に緊張してるのを感じたんだ。なに、告げ口なんてしないよ。いつか、どうしてそんなイケナイ事をしたのか、代わりに聞かせてくれよ。美味しそうな話の予感がするんだ」
「……ありがとうございます。この御恩は、いつか必ず」
「なに、良いってことさ。それより君の小さなご主人様によろしく伝えておいてくれよ」
「ええ、承知しました」

 使用人は会計を済ませると、後生大事そうにケーキの入った小さな荷物をもって店を出て行った。



 この日、ステビアには幸運なことが二つあった。
 一つは、ひと月前から行っていたクリスマスの仕入れや調整が無駄にならず、かなりの黒字を出したこと。そしてもう一つは――。

「ねえジャック! このケーキの上に乗ってるポケモン、完全に頭にう【自主規制】乗っけてるわ!」
「お嬢様! こんなに細かな装飾は明らかに値段以上のものです! そんな言い方をしては」
「だって【自主規制】は【自主規制】なんだもの! ププッ……!」

 自身の丹精込めて作った飴細工が排泄物呼ばわりされているのを、本人が預かり知らないことだった。

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