僕のこんこゃーじゅ

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作者:獣卵
読了時間目安:9分
 ふと、目を開け、気付くとフォッコになっていた。何故フォッコになっていたのかは分からない。もしかしたら、昨日ポケモンセンターで買ったフォッコパーカー(7150円)を着ながら寝たからかもしれない。いや、もしそれが原因だとしたら世界はきっとカオスに包まれている筈だ。
 僕はデスクの上の携帯を取ろうとして、デスクを見上げる。デスクを見上げるなんて、寝ている時くらいでしかなかったけど、まさかこうして見上げる日が来るなんて思いもしなかった。どうにかデスクに手、というか前足を伸ばすものの、バランスを崩して尻餅をついてしまう。偶然にも、尻尾がクッションとなって痛みは無かったものの、成る程、不便だ。
 当然ながら僕は元々人間な訳で。しかし今の僕の身体は何故だかフォッコになっている以上、四足歩行を余儀なくされる。四足歩行すらした事ないのに、後ろ足だけで立つなんて器用な真似が出来る筈も無い。
 僕はデスクの横に置いてある蓋付きのゴミ箱に目を向ける。恐らく、これに跳び乗ればデスクの上に跳び移れる筈だ。問題は、この身体がどれだけ跳べるか、だが。
 ぴょんぴょんと、少し跳ね、跳ぶ時の感覚を感じる。そして、僕は思いっきり力を込めてゴミ箱に向けて跳んだ。

────否、飛んだ。

 そう、僕はゴミ箱ではなく、デスクすらも飛び越えて天井に頭をぶつけた。今度は本当に痛い。そして痛みに悶える暇も無く、重力に従って落下する僕。無様に着地に失敗し、さらに痛い。痛みを堪えつつ、よろよろと立ち上がる僕。想像以上のジャンプ力だ、そういえばキツネは2m近くもジャンプする事が出来る、なんて話を何処かで聞いた事があった。フォッコがキツネポケモンである以上、恐らくそういった身体能力は似通っているのだろう。
 今度はパワーを抑えて、デスクの上に飛び乗る。人間では決して経験の出来ないデスクへの飛び乗り。ちょっぴり、楽しい。
 デスクに乗った僕は、スマホを持とうとする。当然無理。こんな棒のような手足で、物を持つなんて無理難題にも程がある。仕方がないので机に置いたまま使おうとするも、このスマホ、カメラのレンズが忌々しく僕を狙っている。どうにかこれをひっくり返さなければ、使えない仕掛けとなっているのだ。仕掛け人は昨日の寝る前の自分である。
 悪戦苦闘しながら、スマホをひっくり返してようやく起動へと漕ぎ着ける。まぁ、当たり前だけど顔認証は反応しない。前足をプルプルさせながら、パスワードを入力していく。
 ロック解除したスマホから開くのはまずTwitterだ。Twitterは世界の情勢が私欲混同リアルタイムで分かる大変便利なツールだ。僕のようにフォッコ化、いや、フォッコに限らずポケモン化した人間が他にもいるかもしれない。
 しかし、僕の推測とは裏腹に、Twitterの世界は平和だ。トレンドにも「ポケモン化」やそれに類似する単語は見つからない。そうなると、ポケモン化したのが僕だけという可能性が高くなる。ますます希少価値が上がってしまう。
 なんて、呑気な事を考えている暇はない。問題は山積みだ。一番の問題は“仕事”だ。人間の殆どは仕事というのに従事している。多種多様なお仕事、僕のお仕事は所謂接客業だ。こんな姿で接客しようにも、いや、特定の層には需要があるだろうけど、一般的な方々は困惑するだろう。
 何故だかこの身体で仕事をする事を考えているけど、そもそも仕事が出来るのかというのがまず前提だ。だからといって無断欠勤なんて出来る筈もない。
 少し悩んだ末に、僕は上司の一人に連絡を取る事にした。現代ではLINEでさっと連絡が取り合える良い時代だ。僕は「フォッコになったのですが、今日の仕事どうしましょう?」とメッセージを打ち、上司へ事情を説明した。
 既読はすぐに付いた、流石仕事の早い上司の名で通っているだけである。返ってきたメッセージは「何を言っているんだ」であった。そりゃあそうだ、僕だって自分の部下からそんなメッセージが飛んできたらふざけているのか酔っているのかと考える。だけどもこちらも真剣なのだ、どうにかして自分の身に起きた現状を伝えなくては。
 そう、通話だ。ただの通話では無く、ビデオ通話。これなら自分の身に起きた現状を、リアルタイムで伝える事が出来る。早速、ビデオ通話を上司へと繋ぐ。程なくして、上司はビデオ通話を接続してきた。
 画面越しの上司は怪訝そうな顔をしていた。そこへ、僕が画面に現れて身振り手振り事情を説明すると、表情は次第に困惑と驚愕の混じったものへと変わっていく。
 何度も何度もCGじゃないのかと聞かれながら、数十分に及ぶ激論を繰り広げた後、上司はようやく現状を信じてくれた。そして、これから迎えに来てくれるという。
 心優しい上司を持てた事に感謝をしながら、僕はふと考える。これから上司が来る。上司を迎え入れるには扉の鍵を開けなければならない。だが、その為にはサムターンのつまみを回してストライクにかかったデッドボルトを……まぁ早い話鍵を開けなければいけないのだが、またここでこの身体である事の弊害が生まれる。家の扉の側の靴箱の上から、どうにか鍵のつまみ部分に届きそうだが……
 物は試しに、靴箱の上から前足を伸ばし、鍵のつまみを回そうと試みる。毎日のように何気なく開けている鍵、今日は屈強な門番の如く、その役割を担っている。つまみに前足を置く事は出来る。だが、回すとなれば話が別だ。若干動くものの、回すとなると、こう両前足で掴めば回せそうだが、そうするとバランスを崩して靴箱の上から落ちてしまいそうだ。
 そんな時、家のチャイムが鳴り響く。上司が到着したみたいだ。だが依然問題は継続中、僕はすぐさま上司に鍵に悪戦苦闘している事を伝え、待ってもらうよう頼んだ。
 そうだ、ハサミを使おう。ハサミの取手部分をつまみに引っ掛ければ、何とか開けられるのではないか。早速僕はデスクの上にあったハサミを咥えて、そして再び扉の前に舞い戻った。……いや、簡単に言ったけど、この方法も上手くつまみにハサミの取手の穴部分を入れる作業も結果難易度が高い。
 数十分に及ぶ激闘の末、ようやく嵌め込む事が出来た僕は、そのまま外れないように身長につまみを回した。その瞬間、扉が開かれた。
 扉を開けた上司は、僕を見下ろす。そして僕は、上司を見上げる。こんな光景、人間だったら決して有り得なかっただろう。
 上司は僕の姿をまじまじと見つめ、小さく「本当だったのか」と呟いた。そして、まるで子犬の様に僕を抱き抱えて、ジッと見つめてくる。段々と、上司の顔が破顔していくのが窺える。
 「とにかく、会社に行きましょう」と、僕が言うと上司はハッとした表情でその通りだと頷き、僕を車の助手席に乗せた。そしてシートベルトを眺めながら、これはつけた方が良いのか首を傾げた。
 とりあえず試行錯誤の末にシートベルトを取り付けてもらい、車は発進する。程なくして、会社へと辿り着き、僕は再び上司に抱き抱えられる。
 職場に入ると、職場の人々は騒めく。それも当然、仕事人間である上司が突然フォッコを抱き抱えて出勤したのだ。誰だって動揺する。
 その中の一人、僕の同期である同僚が上司におずおずと腕の中の僕に関して訊ねる。このまま人形のフリをするのも、面白いかもしれない。そう思った僕は、上司が説明している間、一切の身動きを止めた。
 上司の説明を聞いて同僚達は困惑と、上司を心配する表情の半々だ。上司は埒があかないと感じたのか、僕に説明する様に促す。だが、僕はほんの悪戯心から上司の促しを無視し、上司の腕の中で人形と化した。
 程なくして、上司の拳骨が僕の頭に飛んだ。思わず、頭を抱えると、同僚達は更にざわめき出した。そんな同僚達に、上司は落ち着く様に話し、そしてこんな姿の僕を働かせるよう言い出した。
 当たり前だけど、こんな身体でデスクワークなんて不可能に決まっている。そうなると、接客メインになる訳だ。そんな感じで、これからの事が決まると。そこからはとんとん拍子に話が進んだ。
 なんと、同僚の一人が、僕専用の制服を作り、そして店頭に立つ様に指示された。ハッキリ言って、無謀というか不安しかなかったが、これが何と大ヒット。物珍しさからか、店は普段以上の集客率を記録し、そしてSNSでは僕の話題で持ち切りとなった。そして次第にテレビの取材等も入るようになり、正に時の人、いや、時のポケモンへとなった。
 会社の業績も鰻登り、正に良い事づくめで、フォッコになった事を感謝する程だった。身体の動かし方も慣れて、最早自分はフォッコであると錯覚してしまいそうな、そんな日々を過ごしていた。



 それが、1年程経った時だろうか、僕は目を覚ますと人間に戻っていた。僕は一息つくと、ベランダへの扉を開けて、そしてそのまま飛び降りた。

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