海賊版

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作者:円山翔
読了時間目安:11分

この作品は小説ポケモン図鑑企画の投稿作品です。

人工ポケモンにも、海賊版は存在するのだろうか。
1

「海賊版に注意!」
 でかでかと書かれた張り紙に、そいつの姿が印刷されていた。
 角張った、赤と青のボディ。何を考えているのかわからない無機質な目。前足のない恐竜のような体躯。シルフカンパニーが二十年前、当時の科学の粋を結集させて作った人工ポケモン、ポリゴンである。そのポリゴンの偽物が今、あちこちに出回っているらしい。見た目は通常のポリゴンだが、挙動がおかしかったり、正常に技を行使できなかったり、そもそも現実空間に現れることができなかったりと、通常のポリゴンとは一線を画す何かがあるらしい。
 ゲームセンターでコインと引き換えにもらったポリゴンがうちにはいた。そいつが海賊版かどうかは知らない。そもそもゲームセンター自体が、元々犯罪シンジケート「ロケット団」が運営していた施設だ。今は解体され、運営は民間企業に任されているらしいが、正直怪しい。
 内部のデータを調べればわかるのかもしれない。しかし、果たしてそんなことをしてよいのかはわからなかった。
人工とはいえ、ポリゴンは「ポケットモンスター」という生き物として定義されている。中身のデータを覗くということは、生きたポケモンを解剖するのと同義ではなかろうか。それに、正規のポリゴンであれ海賊版のポリゴンであれ、この世界に「ポケモン」として生み出された以上生き物だ。彼らは感情を有し、好きや嫌いがある。独自の倫理感もあるかもしれない。そんな彼らの中身を覗き見るなど、生きたままのポケモンを解剖するようなものだと思えて仕方がなかった。
「トライアタック」
 指示を受けて、ポリゴンは口から炎、雷、氷の玉を順に生み出した。技としては正常なように思えた。生み出された三つの玉は空中でぶつかり、小さな爆発を起こした。
「いいぞ」
 手を差し出せば嬉しそうにすり寄ってくる。目も笑っている。手触りは少しざらついており、冷たくも温かくもない。こいつが海賊版だなんて、とても思えなかった。

2

「海賊版に注意!」
 あちらこちらでその張り紙を見かけるたび、心臓が跳ねた。
 海賊版ポリゴンは、今や不特定多数の人間によって作られ、世に出回っている。そして、自分もその不特定多数の一人だった。しかし自分の作ったポリゴンは、決して不良品ではない。通常のポリゴンと同じか、それ以上の機能を備えた優れた個体だ。そのことを自負していたし、自負できる程度には自身のプログラミングの腕を信用していた。
 ポリゴンのデータにはコピーガードが施されており、同一個体を複製することはできない。しかし、解析したデータを基によく似たものを作ることはできる。たかが二十年の間に、科学技術は驚く程の進化を遂げた。今ではちょっと知識があれば、似たようなものを作れる時代になっている。しかし劣化コピーを作るつもりはなかった。どうせなら本物よりすごいポリゴンを作ってやろう。そういう心構えでいた。
 偽物を作る上で、暗黙の了解がある。どんなに精工に作ったとしても、必ず偽物だと分かるように何かしらの印を残しておくことである。そうでなければいざというときに本物か偽物かわからなくなってしまうからだ。偽札、絵画などの贋作がそうであるように、世に出回る海賊版ポリゴンもよくよく見ればどこかしらに欠陥があった。自分が作るポリゴンには、プログラムの中に自分のサインを残してある。ちょっと見ただけではわからない部分に、全く存在意義のない文字列の断片として書いてある。無論本名でも、普段使っているハンドルネームでもない。万が一見つかって、作り主が特定されたら、自分は捕まるだけでは済まないだろうから。
 悪いことだとはわかっている。分かった上で続けているというのに、いざ海賊版だの偽物だという言葉を目にしたり耳にしたりすると、心臓がバクついて仕方がない。落ち着け、きっと見つからない。そう言い聞かせ、夜の街を歩く。自分のポリゴンは、きっとどこかで元気に生きている。

3

「海賊版に注意!」
 その張り紙を見かける度、腹立たしくなる。張り紙に描かれたポケモン、ポリゴンに対してではない。海賊版を掴まされてはしゃいでいた、過去の自分に、だ。
 初めてポリゴンというポケモンを目にした時から、その姿に心がときめいていた。生き物とは思えない、しかし現実に存在する電子世界の存在。無機質なボディから繰り出される多彩な技。そして、笑うとそれはもうかわいらしいのだ。そう言うと大抵笑われるのだが、実際かわいいと思ったのだから仕方がない。自分の感覚を疑うほど、疑心暗鬼に駆られてはいない。
 憧れてしまったら最後、手に入れなければ気が済まない。しかし手に入れる方法といえば、持っている人から譲り受けるか、ゲームコーナーでコインと交換するかしかなかった。それも、破格の9999枚。よほど当たりを引き続けなければ手に入らない代物だ。かといって、そのためだけに大枚をはたくのもばからしい気がしていた。そんな私の目に飛び込んできたのが、怪しげな商人だった。「あのポリゴンがたったの500円」という、あまりにも胡散臭い立て看板を出して、道端に座り込んでいた。今の私なら絶対に近づかない自信がある。だが、当時の私は違った。ポリゴン欲しさにふらふらと近づき、その場の勢いで購入してしまったのだ。返品不可と言われ、500円と交換したモンスターボールを、大事に家へ持って帰った。そしてボールを開けて、絶望した。それはポリゴンによく似た偽物だった。ボールから出るなり地面に落下し、ピクリとも動かない。もう一度ボールに収めようとしても反応しない。ポケモンセンターに連れて行ってみれば、「申し訳ありませんが、この子はポリゴンではありません」と言われる始末だ。全くどこのどいつだ。こんなものを作って、私を騙しやがったのは。ポリゴンを買ったあの場所へ行っても、もうあの商人はいない。
 あんな思いをする人を減らしたいと思い、私は張り紙を作った。

4

「海賊版に注意!」
 そんな張り紙が貼られてから一週間、とうとう警察が重い腰を上げたらしい。騙された側からすれば願ったり叶ったりだろうが、俺にとっては良くない。むしろ最悪だ。俺の最愛のポリゴンを、警察に引き渡す羽目になったのだから。
「お宅、ポリゴンを持っていますよね」
 家に押しかけられ書状を突き付けられて、Noとは言えなかった。事実、うちにはポリゴンがいる。ゲームコーナーでコインと交換した、俺の最初の相棒だ。見た目は普通のポリゴンだし、おかしな挙動も見せたことはない。バトルだってお手の物だ。嬉しいのか悲しいのかわからないことの方が多いけど、きっとそれはまだ俺との生活に慣れていないだけ。いずれは笑ったり泣いたりしてくれる。そう信じて毎日接してきたのだ。それを捜査のためだといって押収されるのは、さすがに黙ってはいられない。だが、下手に断れば公務執行妨害で訴えられるのが目に見えている。俺は所有者番号を確認して、ボールを警官に手渡した。
 数日の後、相棒は帰ってきた。
「どうでしたか。俺のポリゴンは、海賊版なんかじゃなかったでしょう」
「それが――」
 申し訳なさそうに、警官はことの顛末を語った。海賊版を摘発するためにポリゴンを集めたはいいものの、本物か偽物かを判断することができなかったというのだ。結局、こうして一軒一軒返しに回っているのだと。ため息を吐く警官にざまあみろと思ったものの、徐々に哀れみの気持ちが湧いてきた。俺だけじゃなく、こいつらも海賊版のポリゴンに振り回されているのだ。無性に腹が立った。
「その、頑張ってください」
「ええ。何かおかしなことがあったら、遠慮なく教えてください。どこまでお力になれるかわかりませんが」
 弱弱しい声の警官を見送って、玄関を閉めた。改めて、ボールを確認する。所有者番号は間違いない。ボールから出せば、無機質な目で俺を見て、ゆらゆら揺れた。よかった、何も変わっちゃいない。

5

「海賊版に注意!」
と書かれた張り紙は、日に日に減っていった。実際、海賊版ポリゴンによる被害は、急激に減っていた。警察が総出で摘発に当たり、見事製造元を押さえたらしい。とはいえ、造っていたのは一人ではないだろうから、まだまだ撲滅には程遠いだろうけれど。
 これでようやく正規のポリゴンが出回るのではないか。ポリゴンを欲しがる者は誰もがそう願った。しかし、現実は逆だった。
 今やポリゴンは、たまにバトルや交換で見かける程度の存在となってしまった。もちろん、ポリゴンの孵化ができないわけではない。性別不明のポリゴンは、メタモンと共に育て屋に預けると卵が見つかることが分かっている。それでもなお、ポリゴンは出回らなくなっていた。理由は明白だ。海賊版事件が、まだ尾を引いているのだ。ただでさえ希少性の高いポケモンの偽物が出回り、本物を持っていても偽物ではないかと疑われて嫌な思いをした者は少なくない。そこには持たざる者から持つ者への妬みもあったのだろうが、ともかくポリゴンを目にするとまず「偽物ではないか」という疑いが生まれてしまう。そんな世の中になってしまったのだ。
 かくして、ポリゴンが再び世に出回るまでには長い歳月を要した。出回れば望む者のところにも届きやすくなる。皆が平等に、ポリゴンという種族を手にすることができる。最初に海賊版製作に手を染めた者は、そういう考えのもとで行ったのだろうか。もしそうだとしたら大失敗であっただろうし、そうでなくとも、今回ばかりは結果的に良い方向には向かなかった。
 そして大量のポリゴンが出回るようになった頃、今度は海賊版のポリゴンの方が希少になってしまった。今では海賊版ポリゴンを専門に集めるコレクターも存在し、彼らの間では高値で取引がされているらしい。本物よりも偽物の方が価値あり、なんてことが本当にあり得るのだろうか。こればかりは、実際に起こってみないと分からないことだった。
お読みいただきありがとうございました。
一度の4000字書く元気がないなら、800字ずつ書けば5日で終わる。続けたければ続ければいい。そんな気持ちで少しずつ書きました。お楽しみいただけましたら幸いです。

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