みとおしメガネ

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読了時間目安:7分
本作は「われら都会調査団トビラ組!」のスピンオフ作品です。
こちらを読んでからだと、より本作をお楽しみいただけます。
https://pokemon.sorakaze.info/shows/shortstory/2709/
 部屋の片隅には、道具箱が三つある。
 それぞれに、トビラ組のメンバーの私物が収められている。
 浅底で蓋がないので中が丸見えになっている(仕事用の長いロープが一本だけしか入っていない)のがアオガラスのニコの箱。
 蓋が閉まらないほど多くの何かが雑多に詰め込まれているのがヒバニーのトビラの箱。
 そして最も整理整頓されているのが、ニャオニクスのスチュアートの箱である。

 スチュアートが目覚めて朝一番にやることは、箱の中にある一つのメガネを磨くことである。すうすうと寝息を立てる二匹を起こさないように、足音を立てないように移動する。ニャスパーやニャオニクスには超能力で飛行する能力も備わってはいるのだが、スチュアートはとりわけ苦手な分野だった。どうやっても足だけが持ち上がり、顔が地面に激突してしまうのがオチである。
 紫色の縁に、赤いレンズ。眉間の部分には触角のような装飾があしらわれている。その意匠は、コンパンというポケモンの顔にも似ている気がする。ケースから取り出して、クロスを使ってきゅっきゅっきゅっと拭き上げる。
「ほとんど使っていないし、新品同様じゃん。そんなにきれいなのに、毎日磨いても」なんてニコに揶揄されたりもするけれど、毎朝必ずやる、ということが大事なのだ。落ち着いた気持ちで取り組めるのは、二匹がまだ起きる前のこの時間しかない。

 赤いレンズ越しに空を見つめて、空想にふける。

 一体これは、どこから来たのだろう。

 元々は裏路地に落ちていたものだった。土や泥にまみれた、薄汚い落とし物。きっともう誰も関心を持たれていない、忘れられた存在。
 だけどある雨の日、これが目に入った瞬間、不思議と心を惹かれてしまった。持って帰ってきてしまったのだった。
 持ち帰って汚れを落としてみれば、中々どうして綺麗な代物だった。
 しかも不思議なことに、レンズ越しに世界を見ると、色々なものが見えるようになってくる。街で困っている誰かの姿、いつも自分たちの調査を邪魔するガラの悪い奴らの居場所、「探してる大事なものがない!」と騒ぎ立てながら道具箱の中身をポイポイと放り投げるトビラの探し物が、実は庭の隅に放置されていたこと、などなど。
 どうやらこのメガネには、道具やポケモンの場所が見渡せるようになる、そういう力が秘められているらしい。

 人間たちの最新技術により生み出された代物だろうか。しかしよく観察してみても、彼らが得意とする機械の仕掛けが施されているようには見えない。どちらかと言うと、自分の扱うような超能力に由来する能力のように思えた。
 超能力を機械に落とし込むような技術がどこかにないかと色々と調べてみたけれど、今のところそれを実現できている人間はいないらしい。
 だからこそ、このメガネがどこから来たのか、見当もつかないのである。
 よくよく考えてみれば、拾ったときの状況も奇妙だった。石やアスファルト、コンクリートで出来たこの都会に放置されて、あんなに土や泥にまみれることがあるだろうか?

 ひょっとしたら、こことは違う世界があって、そこではポケモンが人間のように暮らしている。そんな世界で創られたメガネが、何かの拍子に僕らの世界に紛れ込んできたんじゃないのかな。
 これが、今のところのスチュアートの結論だった。
 突拍子もなくて恥ずかしいから誰にも言わないけれど、そうだったらいいな、と思っている。
 だからこうして、一匹でレンズを覗きながら、あるかもしれない別世界に想いを馳せているのである。

 赤いレンズが、街の片隅の出来事を映し出す。
 遠くから船に乗ってやってきた、ポケモンが三匹。世界中を旅行して回っているらしく、この街の見どころを探しているらしい。きっとトビラ組を頼ってくるだろう。今日は忙しくなりそうだ。





 うんと伸びをして、身体を本格的に起こそうとする。
 ニコもトビラもまだ起きなさそうなので、もう少しメガネで街を見渡してみることにする。
(あれは……もしかして、アカさん?)
 見知ったエースバーンの姿が映し出される。この街ではあるようだが、見たこともない景色だ。朝早くから、彼女は一体何をしているのだろうか。
(えっ)
 思わずメガネが手から離れた。かしゃん、と音を立てて地面に落ちる。自分の行いでありながら、思わず心臓が跳ねる。
「う……うーん」
 今の音で、トビラが目を覚ましてしまったらしい。
「おはよう。今日もメガネ磨いてるの?」
「う、うん」
 動揺を悟られないように、平静を装ってメガネを拾い上げる。良かった、どうやら割れてはいないようだ。
 今見たものをトビラに伝えるべきだろうか。少し逡巡して、いや、とかぶりを振った。勝手な憶測で、トビラを不安にさせるのは良くない。アカさんにもきっと、事情があるはず。いつかトビラに、彼女の口から伝えてくれる時が来る。その時まで、黙っていよう、絶対に。でも。
 ふわ、とトビラの腕が当たった。気が付けば、スチュアートの身体はトビラに優しく抱きしめられていた。また、不安に駆られて我を忘れてしまったらしい。
「超能力が漏れてるぜ。なんか嫌な夢でも見たのか?」
 背中をぽんぽんと叩かれて、スチュアートは頷いた。
「……うん。ごめん。ありがとう」
 ぎゅっと抱き返したら、覚悟を決めることができた気がした。
 今はまだ、黙っていよう。きっとどんな真実が待っていたとしても、トビラなら大丈夫だ。
「そういえば、さっき依頼者の姿が見えたんだ。きっとこの屋敷を訪ねてくる。今日は忙しくなるよ」
「本当に!? じゃあ早速準備をしなきゃ! ニコ! 起きて! 朝ごはん食べよう! スチュアートが依頼くるってさ! 明日島のおばあちゃん! 朝ごはん食べたーい!」
 そう言って部屋を勢いよく飛び出すトビラ。あまりの騒がしさに、ニコは「何なのよ、もう」と不機嫌そうな声を上げる。スチュアートは苦笑する。
「朝から元気があるのは、いいことじゃないかな。さあ、行こうか」
 そう言って、スチュアートは寝室を後にした。



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