フタチマル、がんばる!

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作者:きとら
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読了時間目安:16分
 ポケモン図鑑を握る子供にとって、旅先の事件は成長のチャンスであった。
 旅に出る前に買った帽子に汚れが少し目立つ頃、フタチマルを連れた少年は、山間の村を訪れるなり、大きな地震に見舞われた。初めて遭遇した地震という現象に、まだ頭が揺れているような錯覚を覚えつつ、フタチマルと一緒に胸がドキドキ高鳴っていた。もっとも、不安を語る村人たちを前にして、自分の幼さを少し恥じもしたが。
 彼らがよほど困っていたので、少年は「どうしたんですか?」と尋ねた。

「このところ山に悪いポケモンが棲みついて、頻繁に地震を起こすようになりました。力試しのつもりなのでしょう。前にも通りすがりの旅のお方に退治をお願いしましたが、ポケモンの力があまりに強く、結局倒すことは叶いませんでした」
「だったら僕が退治してみせましょう!」

 少年がふたつ返事で快諾するも、村人たちは不安そうに顔を見合わせた。
 こんな子供に任せて大丈夫だろうか。一体何ができるというのか。そう思っているのだろう。少年は心の内で不敵に笑った。なにを隠そう、この僕たちこそはトレーナーズスクールを首席で卒業した優等生なのだ。ポケモンの知識はもちろん、戦略的思考、徹底的な体調管理まで実践できる僕たちに、倒せない敵などいないのだ!
 そのためには下準備が必要だ。少年は紙に鉛筆を走らせて、村人たちから聞いた情報を書き綴った。

悪いポケモン:ヌオー
特性:不明、貯水の可能性あり!
技:地震、他不明
性格:やんちゃ、ずぶとい、わんぱく?
個性:暴れることが好き
生息地:山道沿いに流れる小川の水源、上流に溜まった浅池
これまで倒した旅人のポケモン:プクリン、ルガルガン、ダーテング、ウォーグル
備考
①地震は毎日発生、周辺の地盤は元々頑丈だったけど崩れやすくなっていないか?
②最初の地震被害が報告されてから、山に入った村人はいない。旅のトレーナーが訪れてヌオーと戦っても、負けて早々に出ていったので情報が少ない。
③地震が発生し始めたのと同時期に、村の農作物がポケモンに荒らされるようになった。水ポケモンが多いらしい。住処を追われて村まで降りてくるようになった?
④このままでは土砂崩れが起きて村が全滅してしまうかも。生態系が乱れて農作物の被害も拡大傾向、早急な対応を要する!

戦略メモ
・地震は広範囲に衝撃を及ぼす物理技、地面タイプ、非接触系
・ウォーグルでも勝てないことから、飛行タイプに対する有効打を持ち合わせている可能性大。原始の力、冷凍ビーム(書いた後に二重線で消して、「技マシン! 対象外!」と書き殴っている)、欠伸、濁流、カウンター(?マークを添えて、「暴れることが好きなのに受け身技?」と書き殴っている)
・瞬発力に欠けるがパワフル、防御も厚くスタミナも十分。特殊にはやや弱いが、フタチマルの技では決定打に欠ける。
・スピード勝負に持ち込んで、フィールドに草結びを仕掛ける⇒水辺の勝負になると草結びが難しい!⇒地震技を使うのなら、ヌオーも陸に上がるはず⇒水辺に逃げられたら使えない……
・連続斬りの多段攻撃で攻める⇒ヌオーの防御を超えるまで相当の時間を要する⇒ヌオーは鈍足、速度で攻めれば短期決着も可能
・欠伸対策⇒挑発は必須!

 ゴーン、ゴーン……古時計の音が聞こえてくる。顔を上げると、窓の外には満天の星空が広がっていた。
 なんてキレイな景色なんだろう。考えを重ねて疲れが溜まった頭がすっきりと浄化されていく。勉強の後には、何も考えない時間が必要だと、改めて悟った。

「なあ相棒、見てみろよ」

 と、誘ったが、フタチマルは毛布に包まりベッドの脇に背を預け、すやすやと眠っていた。起こしては悪い。少年は自らの口に指を押し当てて、なるべく音を立てないように、デスクの照明を消した。

 *

 準備は万端。思いつく限りのシミュレーションを重ねて、フタチマルの技も整えた。相棒のコンディションはバッチリ、今にも戦いたくてウズウズしているほどだ。
 東の山から太陽が顔を覗き始める早朝。ポシェットに最低限の薬と数個のモンスターボールを詰めて、ポケットには携帯端末を押し込んだ。それ以外には何もない。驚くほど軽装に見えるが、これも地震対策の一環だ。荷物の重さに負けて転んでは、フタチマルの不安を誘うかもしれない。彼にはバトルに集中してもらわないと困るのだ。

「勝つぜ、相棒!」
「ふた!」

 互いに拳を突き合わせて、山に続く道を歩き出した。
 さて、山の空気はとても爽やかで、うっすらと朝霧に包まれた森を歩くのは気持ちがよいものだ。ついついハイキングにでも訪れたように舞い上がってしまうのだが、少年は胸をトントン叩いて、ヌオーのことを思い浮かべる。
 暴れん坊ヌオー。どんなポケモンかな。ひょっとしたら仲間にできるかも。
 勝った後のことに思いを馳せるのは早計と知りながら、無理もないなと諦める。なにせ相手はヌオーだ。つぶらな瞳、丸っこい身体。恐れろという方が無理だろう。
 そうして油断したのだからみんな負けたのだ。フタチマルは少年の太股をぺちぺち叩いて、しっかりしろと意気込んだ。
 小川に沿って小一時間、なだらかな山道を歩き続けて、少年たちはようやく辿りついた。森に囲まれた大きな池。だが、ポケモンの姿がどこにも見えない。道中もそうだ。時折タネボーやナゾノクサを見かけたが、一様に木の陰に隠れては怯えていた。はじめは人間を警戒しているのかと思った。
 違う。彼らは人間じゃなくて、ヌオーを恐れていたんだ。
 木陰に潜んで、池に佇む一匹のヌオーを見たとき。
 ヌオーがおもむろに振り向いて、ぬらあ、と卑しい笑みを浮かべた。

「ふた!!」

 フタチマルが目の前に飛び出して、二刀のホタチで凄まじい威力をもった何かを受け止めた。弾け飛ぶ大量の水飛沫。『水の波動』だ。それも膨大な水を極限まで圧縮した、大砲のごとく破壊力を込めた。
 フタチマルが受け止めなかったら。そう思うと、少年の顔がみるみる青ざめていく。死ぬ。殺される。旅人たちが逃げるのは当然だ、こんなの敵いっこない!
 少年が背を見せて逃げようとすると。

「ふたぁ!!」

 大声をあげて、フタチマルが止めた。その目は一心にヌオーを捉えて離さない。もう遅い。自分たちはヌオーのテリトリーに入ってしまった。背中を向けた瞬間、『水の波動』で粉々にされる。
 つまり生き延びるためには。

「か……勝つしかないってこと……」

 息が荒くなる。手足が震える。ヌオーが怖い。死にたくない!
 でも。と、少年は思って息を整える。僕より一歩ヌオーに近い相棒が戦いに臨もうというのに、トレーナーの僕が一緒にいないでどうするんだ。
 少年は、大人への階段を一足飛びに駆け上がった。

「連続斬りだ!」

 池は浅く、フタチマルが水面を蹴っても足はさほど沈まない。パシャパシャパシャ、小気味よく駆けてホタチを構え、ヌオーとの距離を詰めていく。一閃、まずはすれ違い際に『連続斬り』を決めた。振り返り際に二閃。水面を蹴り上げ、水飛沫でヌオーの視界を邪魔しながら、続く三閃を決めた。
 その時、ニュッと伸びたヌオーの拳が、フタチマルの脇腹に刺さった。
 ところでポケモンが起こす『地震』は、自然現象の地震と異なり、単純かつ莫大な力によって大地を打つことにより、波状に広がる衝撃を起こすことで生じる。すなわち拳が大地を向いている間は、ただの広域攻撃に過ぎない。しかし同じ拳で肉体を打ったとき、皮膚と体内を揺さぶる殺人拳が完成するのである。

「だふッ!」

 ずぅぅん!
 フタチマルの体内を『地震』が駆け巡り、全身から血が噴いたまま宙を舞った。受け身など取りようもなく、派手に水飛沫をあげてフタチマルは水辺を転がった。
 それを少年は安全な陸からただ眺めていた。眺めながら、組み立てた戦略が音を立てて崩壊していくのに、手も足も出ない。強さの次元が違いすぎる。もう終わりだ。
 諦めかけた少年を叱るように、フタチマルは低い唸り声をあげて立ち上がった。脳も一緒に揺れたのだ、目眩で足取りもおぼつかないが、その目はヌオーを見据えていた。
 そうだ。少年の目に消えかけた光が再び灯る。フタチマルはまだ負けていない、それに不動のヌオーに対して素早さはフタチマルが断然高い。スピードで翻弄する戦略は通用する、あとはヌオーに攻撃を読まれないようにしなければ!

「フタチマル、挑発だ!」

 加えてこれ以上のドッキリは許容できない。『挑発』とは、小細工を使う冷静さを奪うほど相手を激情させる技である。決めるには、大前提として相手を怒らせなければならないが。

「ふったふたふた、ふったちふた!」フタチマルは中指を立てて罵詈雑言を並べ立てた。
「……ぬお」が、ヌオーに逆上する素振りは見られず、鼻を鳴らしてあしらった。

 やはり圧倒的格下の相手から『挑発』を受けても、まるで効いてない。ただ子供が賑やかに喚いているようにしか聞こえないのだろう。
 所詮は技マシンで突貫工事しただけのスキル、修練が足りていないのか……否、決める瞬間はある。
 ヌオーが、おもむろに拳を掲げた。

「……地震だ!」

 ずん!
 少年が叫ぶと同時に、振り下ろした拳が池の底を打った。まるで魔法でも見ているようだ。池の水が、衝撃で丸ごと宙に浮かび上がった。空で傘のように広がる水に、ヌオーは『冷凍ビーム』を撃って凍らせた。
 まずい! 少年は地震の揺れに足を取られて転びながら、天を覆う氷の天井を見上げておののいた。だがチャンスだ。
 これで死んだら呆気ない最期だが、僕の相棒ならやれる!

「フタチマル、あの氷に連続斬りだ!」

 そのエールを背負い、フタチマルは池の底を蹴って跳び、近くの木の天辺に足をかけて、さらに高く跳躍した。両手には二刀のホタチ。ぐぐぐ、と身体を捻り、バネのように反動で回転しながら、降り注ぐ氷に覆われた空を幾重にも切り裂いた。数にして七十二閃にも及ぶ『連続斬り』が、見事に氷塊を粉砕した。
 すっかり空っぽになった池に降り立つなり、フタチマルはニヤリと笑った。

「ふっ」
「……ぬお」ヌオーの声色に変化なし、だが研ぎ澄まされた殺気が一陣の風となって駆け抜けた。

 それは『挑発』が成功したなによりの証であろう。これが意味を持つといいのだが。
 少年は知る由もないが、ヌオーは『欠伸』を覚えていた。拳でも捉えきれないほどすばしっこい獲物に対して、業を煮やしたときに使う技であったが、今のヌオーにはもはや技自体が念頭にない。少年とフタチマルを殴り殺す。ヌオーはゆらりと、彼らに向かって歩き出した。

「ようしフタチマル、一気に決着をつけるぞ! 連続……」

 油断と呼ぶには、あまりに些細。しかし目論見が成功するにつれて、少年とフタチマルは自信を高めていく。恐怖ゆえの慎重さと引き換えに。
 その僅かな意識の隙間を縫って、無慈悲の『冷凍ビーム』が少年を襲った。力強く掲げたガッツポーズの拳が瞬時に凍結し、痛みが、遅れてやってきた。

「ッ……あぁ、あぁぁあああ!!」

 激痛のあまりのたうち回る相棒に、フタチマルはとっさに振り向いてしまう。その後頭部に、『水の波動』が突き刺さった。同じ水系統のタイプ、効果は今ひとつでも威力そのものが大きすぎる。まるで砲丸を喰らったような衝撃に、フタチマルは呆気なく吹き飛んだ。
 立たなければ。奮い立つフタチマルの意思とは裏腹に、激しい目眩が襲いかかる。脳が混乱したのだ。上が下で、右が左、世界がぐにゃりと曲がって混沌に叩き落とされる。
 その間にも、ヌオーは着実に迫っていた。あと五十歩。四十歩。三十歩。そうこうするうちに二十歩。ぺったん、ぺったん、呑気な足取りで、死が迫ってきた。

「あい、ぼう……!」
「ふたぁ……!」

 次に何をすべきか、少年たちは通じ合っていた。お互いに這いずりながら近づいていく。使うべき道具が、このポシェットに詰まっている。なんとしてでもフタチマルに届けなければ。
 もう少しでお互いの手が届く。寸前、ヌオーがフタチマルの足を踏みつけた。

「ぬお」

 振り上げる殺人拳。瞬間、少年はポシェットから引っこ抜いたモンスターボールを、「これでもくらえ!」と、ヌオーめがけて投げつけた。
 赤い光に包まれ、ヌオーがボールに吸い込まれてゆく。無論すぐに出てくるだろうが、僅かでも時間を稼げればそれでいい。続けて少年は『なんでもなおし』と謳われる丸薬をフタチマルに呑ませた。二、三まばたきをして、フタチマルはやっと目眩が晴れて跳び上がった。
 だが。

「ぬお!」

 ヌオーもまた、既にボールから解放されていた。フタチマルの眼前に、死の拳が迫っていた。
 刹那、拳が宙を突き、水飛沫が顔を濡らした。何が起きた。振り返ると、また水飛沫がかかって、うっすらと腕に切り傷を刻んでいた。何かが過ぎ去った。その方を向けば、また違う方角から飛沫が過ぎて、脇腹を斬られた。
 目にも留まらぬ神速の斬撃。フタチマルの特性により強化された『アクアジェット』の激流に乗り、『連続斬り』で斬り抜ける。ちょうど五芒星のような軌跡を描いて、フタチマルは何度も何度も繰り返す。果てには何十芒星にも軌道は複雑に絡み、もはやヌオーの動体視力では追えきれなくなっていた。
 ついに斬撃が七十閃を超えると、あまりに重い一撃が入る度に、ヌオーの身体が軋むようになってきた。

「ぬ、ぬお……!」

 小癪な、クソガキめが!
 その拳に青筋が立つほど力が込められていく。撫でれば鋼ポケモンでさえ肉塊となろう。その焦燥感が、余計にフタチマルを加速させた。
 百四閃、百五閃、百六閃。最後の一閃を決めるため、フタチマルは地に片足をつけて、ホタチを力強く握りしめた。一方のヌオーも、向き合うようにフタチマルを見据えていた。握った拳にすさまじい憎悪と殺意が宿っている。
 勝てるかな。

「頑張れ、フタチマル!!」

 勝たなきゃな。
 地を蹴り、『アクアジェット』の水流に乗った。ヌオーが拳を突き出してきたタイミングは、まさに完璧であった。眼前に迫る死に向かって、フタチマルは。

「ふたぁぁあああ!!」

 百七閃。ヌオーの拳から肩にかけて鋭い斬撃が走り。
 百八閃。その胸に、敗北の証を刻み込んだ。

 *

 死の体感を経た者の反応はいくつかある。足を洗って二度とその道に踏み入れないか、もしくはより深くのめり込んでいくか。
 少年はポケモンセンターのベッドに、フタチマルと仲良く並んで横たわりながら、無機質な天井をぼんやりと眺めていた。
 ヌオーは無事に捕獲された。山から轟音が聞こえてきたので、心配になった村人たちが助けにきてくれたのだ。ヌオーは既に大人しくなっていたが、ひとまずポケモンGメンに引き渡すまで井戸の底に拘束しておくことになった。
 後に調査したポケモンGメンによって判明したことだが、ヌオーは案の定、かつてトレーナーに鍛えられていたポケモンだった。あれほど強いポケモンを誰が捨てていったのか、村人には皆目見当もつかないらしい。

「冷凍ビーム、使ってたもんな……」

 メモに書いたことを思い返しながら、ぽつりと呟く。
 読みは半分外れていた。第一、『地震』という技にあんな使い道があるなんて、学校では教わらなかったことだ。外すのも当然、学校で教わる範囲を超えて、ポケモンという生き物には驚きが満ちているのだから。
 技の定義。解釈。それらを踏まえた創意工夫が大事と、どこかで読んだ本に記されていた。その通りなのだろうと、当時は何も考えなく思っていた。
 技とは何か。その本質は。どう鍛えれば、あのヌオーみたいに凄いことができるのか。ポケモンリーグを目指すのなら、技の枠を超えた何かが必要だ。その何かを、こいつと一緒に見つけていきたいな……。
 少年はフタチマルの寝顔を見つめながら、深いところに沈んでいった。

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