無欠のリベロと霹靂の覇者

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作者:120
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「一時は1対3まで追い詰められました。しかししかし、なんということか! 無傷でイーブンに引き戻してしまった!」

 スタジアムのどよめきの中、実況が声を弾ませる。
 わずか90秒間の鮮やかな2匹抜き。3対3のシングルバトルで“ハットトリック”が見られるかもしれない。観客も実況も、その瞬間を待っているようだった。

「恐るべきスーパーエース! 止まらない! “無欠のリベロ”が、止まらない!」

 二つ名で呼ばれたそのポケモンはエースバーン。上映中の逆転劇の主役はフィールド中央で右手を突き上げ、会場を一層沸かせた。エースバーンを呼ぶ声援があちこちから飛び、たちまち“リベロ”コールが完成する。

「すっかりヒーローだな。楽しんでこいよ!」

 エースバーンのトレーナー、ジャンが笑いかける。エースバーンもまた陽気に笑い返した。


「ふー……」

 一方、一体化していく会場の空気から取り残されたのは他でもない。“無欠のリベロ”を相手どるトレーナー、バークである。深く息を吐ききってから、バークは最後のボールを取り出す。

「今日も、いいとこ見せてくれるよな」

 ボールを突き出すと、スパークを散らしてライボルトが飛び出した。任せろと、鋭く一吠え。これがバークたちのいつものやりとりであった。アウェーでもやることは変わらないと、互いに頷く。

「準々決勝最後のマッチアップは、エースバーンvsライボルト。睨み合う両チームのエースが、戦いの時を待っている!」

 審判が厳かに右手を上げ、それに呼応するように会場が静まる。
 鼓動、息遣い、汗、砂埃、フィールドに残る炎の熱──あらゆる感覚がバークに襲来する。一般に緊張と呼ばれるそれを、バークは静かに飲み下した。ライボルトもそうした。互いに不安を与えぬために。

 ホイッスルがバトルの開始を告げた。両者が一斉に動き出す。

 先手を取ったのはエースバーンであった。フィールドの小石を器用に蹴り上げると、二度、三度と爪先や膝でもてあそぶ。

「エースバーンは“かえんボール”の構え。先程2匹のポケモンにトドメを刺した技ですが──おっと、これは!?」

 着火しかけていたはずの小石が、黒煙をあげてくすぶりだした。

「ライボルトの“あまごい”、ですね。これでは着火は難しいでしょう」

 解説者が淡々と説明する。湿った岩を触媒に生み出された黒雲は、フィールドをたちまちスコールで覆いつくした。炎タイプにとって最悪の天候である“雨”。同時に、ライボルトの潜在能力を引き出す環境でもある。
 地の利を得たライボルトが獰猛に笑い、たてがみを光らせる。“かみなり”の予備動作だ。5秒もすれば雨雲に電気エネルギーが溜まり、致命的な一撃がエースバーンを貫くだろう。
 しかし、その5秒があまりに長かった。エースバーンは雨に一瞬たりとも怯むことなく、くすぶった小石を躊躇なく蹴り捨て、

「速攻!」

ジャンが叫んだときにはもう駆け出していた。軽やかなステップから、跳躍。スタジアムの壁を蹴ってバウンドすると、ライボルトめがけ一直線に飛びかかる。

「 “とびはねる”を『横』に使います、エースバーン」

 “とびはねる”は本来上に跳んで時間差攻撃をしかける技だが、足場の形状によっては距離を一瞬で詰める速攻にもなる。予備動作の長い大技に差し込めば、攻撃を中断させることもできる。まさに、今エースバーンが狙っていることだ。

「食いしばれ!」

 回避より、技を撃ちきることを優先しろ。バークが出したのはそういう意味の指示だった。飛行技なら、大したダメージにはならないから踏ん張れる。しかも、エースバーンが飛行タイプになっている今ならば。
 
「“かみなり”で──」

 そのときバークの目に写ったのは、エースバーンが体を捻り、膝を突き出す光景であった。瞬間、判断ミスに気づく。もはや今、エースバーンは飛行タイプではない。
 ズン、と鈍い音。ライボルトの頬に膝が叩きつけられた。衝撃に耐えかね、ライボルトの体躯が地面に無造作に投げ出される。

「決まったーッ!! 宙を駆けるような“とびはねる”から、急転直下の“とびひざげり”!」
「いやー、タイプの使い方が上手いですねぇ。雨が降れば炎を捨てて、移動には飛行の機動力、攻撃の瞬間は格闘の火力。ライボルト相手に飛行を使う度胸もすごいですし、なによりこの応用力ですよね」
「自由自在、まさに“リベロ”と言ったところか! 炎を封じられてなお、その勢いは止まりません!」

 この対面初めてのクリーンヒット。軽く右手を上げて陽気に吠えてみせるエースバーンに、会場は大いに沸き立った。洗練され、それでいて遊んでいるようでもあるエースバーンのプレーが観衆を魅了する。対峙するライボルトとバークでさえも、心が弾むのを感じた。
 対戦相手に向けられた歓声の中、屈辱と羨望を噛み殺しながらライボルトは立ち上がる。このワンプレーで、嫌が応にも悟った。あれだけのスピードも、自在に技を操る技術も、自分にはないし、これからも持ち得ないだろうことを。それが唯一の勝利条件ではないと理解していても、ただ、羨ましかった。すでに次の攻撃の助走に入っているエースバーンを睨み、唸る。
 そんなライボルトを見て、バークは心中をおおよそ察した。自分にないものを持っている奴が、あんなに楽しそうに戦ってる。憧れるよな。悔しいよな。だから絶対、勝ちたいよな。
 相棒の負けず嫌いに苦笑しつつ、バークは思考を回す。ビデオで見たよりも速く感じる。純粋に殴り合えば敵わない。でも、反応できないわけじゃない。攻撃と攻撃の合間の一瞬にバークは現状を分析し、指示を出す。

「力を抜いて、相手をよく見る。避けきれなくても、ダメージを最小限に」

 バトルでは、先にダメージを負った方が動きが鈍って不利になる。そうでなくとも、攻撃の速度はエースバーンに軍配が上がるだろう。それでも、ライボルトは縦横無尽に繰り出される膝やかかとを簡潔な動きでいなした。かわせなくても致命傷を避けるように動いた。

「速い速い、エースバーンの猛攻! ライボルト防戦一方──!」

 実況の言葉通り、ライボルトが一切反撃しないまま数十秒が経過した。少し弱気なプレイだとか、持ち味を発揮できていないとか、実況席が口々に言い合う。
 しかし退屈な試合展開に会場が冷め始めた頃、唐突に戦況が変わる。

「エースバーン、下がれ!」

「おっと!? エースバーン、ライボルトから大きく距離を取りました。これは一体?」
「ほんの僅かですが、右足を引きずっているように見えますね。これはおそらく──」

「“せいでんき”……麻痺狙いか。危なかったな、エースバーン」

 ジャンがニヤリと笑う。ライボルトの特性、“せいでんき”。バークとライボルトは受け身になっていたように見えて、反撃のチャンスを狙っていた。ジャンはその目論みに気づき、完全に麻痺する寸前でエースバーンを引かせたのである。
 “かみなり”への対処なら、予備動作を見てからでも間に合う。麻痺さえ避ければ何度でも有利な状況を作れるはずだ。ジャンはそう考えた。
 しかしこの駆け引きの勝者は、バークだったと言えよう。なぜなら、攻撃が中断した時点で反撃のチャンスは生まれてしまっているのだから。

「今だ!」

 叫んだバークに供応するように、ライボルトが雄叫びを上げた。全身から雷光がほとばしり、地を這う雷がみるみるうちにフィールドを埋め尽くす。雨雲で薄暗かったスタジアムが眩いほどに照らされる。

「ここで“エレキフィールド”が発動! 上は大雨、下は雷、なんと過酷なバトルフィールドでしょうか!」
「電撃強化はもちろんですが、電気タイプ以外にとっては不快な痺れが続くんですよねぇ」
「天候とフィールド、二つの逆境がエースバーンを襲う! ああっと転倒、エースバーン、転倒です!」

 地面が電気に被われるや否や、エースバーンが膝をつく。蓄積した静電気とエレキフィールドが重なり、足の感覚が一気に狂ったのだ。すぐに立ち上がりつつも、エースバーンは表情を歪める。
 ようやく焦燥らしき顔を見て、バークは安堵する。どうにかここまで持ち込めた。ライボルトが一番得意なこのセットアップで、勝負をかける。

「あとはもう、お前の独壇場だ。いいとこ見せろよ」

 ライボルトが頷く。細かい指示はいらなかった。この天候、このフィールド。いつも通りのプレーが最強のプレーだと、バークもライボルトも知っていた。
 雷の海を駆け出すライボルト。たちまちエースバーンの目の前に躍り出ると、地面に爪を振り下ろす。直後、立ち登る電撃がエースバーンを掠めた。たたらを踏むエースバーンの足元に、二度、三度とライボルトが爪を突き立てる。まるで獲物を追い詰めるように、電撃はエースバーンを端へ端へと追いやっていく。

「“エレキフィールド”からの、“ライジングボルト”! エースバーン、ギリギリでかわしているがッ!?」
「やはりステップにキレがないですよね。フィールドに足が慣れないうちは、厳しい展開になりそうです」

 “エレキフィールド”は自然界ではほとんど見られない現象である。しかも技としてもマイナーな部類であり、練習でそう経験できるものではない。さしものエースバーンも、この状況に焦りと不安を募らせていた。つま先を、ひじを、電撃が捉え始める。
 そんなエースバーンに、どんな指示を飛ばすべきか。一瞬思案して、ジャンはただちに結論を出す。

「もっと楽しもうぜ!」

 こっちは必死だってのに、随分ふざけたことを言うトレーナーがいたもんだ。エースバーンは耳を疑った。でも、たしかにそうか。今俺は、楽しくないと思っているんだな。
 かつてエースバーンにとって、バトルとは「楽しくない」の連続であった。得意の技が通じないから楽しくない。相手の動きに追いつけないから楽しくない。雨だから楽しくない。相性や状況の不利があるのはポケモンバトルにおいて当たり前のことだが、エースバーンにはそれが我慢ならなかった。エースバーンは試合の度に不貞腐れた。
 そんなエースバーンに、ジャンは言うのだ。お前は誰より自由な“リベロ”なんだから、全部「楽しい」に変えてしまえ、と。
 上位に通用する実力を身につけた今でこそ、それはあり得ないと分かる。それでも、エースバーンの中では今でもその言葉が燦然と輝いていた。どんな状況、どんな相手でも楽しめたら、それが最強だ。俺たちは、そういうバトルを目指してきたんだ。
 エースバーンはふっと笑った。身を翻すと、何度目かの“ライジングボルト”に合わせ、電撃の中に右脚を蹴り入れる。強烈な痺れが体を鞭打つが、そんなことは構わない。

「何を──」

 しているんだ。バークとライボルトが眉を動かしたのも、束の間。
 エースバーンが突如、流れるようなステップでライボルトの脇をすり抜けた。逃がすまいと放たれた“ライジングボルト”は、いとも容易く躱される。踊るような足捌きで電気の球を弄びながら、エースバーンがライボルトを翻弄する。

「エースバーンに一体何があったのか! 先程までのぎこちなさが嘘のように、俊敏に電撃を躱している!」
「電気タイプになってますね。技は、“エレキボール”でしょうか。これまでの試合データにない技ですが、相手の電撃を利用してうまく発動させました。これはお見事!」

 痺れから解放されたエースバーンはあっという間にライボルトから距離を空け、“ライジングボルト”の射程外まで逃れてしまった。
 逃げるエースバーンを追うライボルトという位置関係。思いついたとばかりに、エースバーンがニッと笑う。かかとで電気の球を背面に軽く浮かせると、

「ぶちかませ!」

振り向きざま、右脚が一閃。直後、弾ける閃光。“エレキボール”がライボルトに叩きつけられた。

「たった今覚えた技をテクニカルに決めてみせた、エースバーン! 雷雨の中にあって、なおも自由だ“無欠のリベロ”ーー!」
「“かえんボール”の要領で撃っていきましたね。特殊技なので威力は控えめですが、牽制としては十分でしょう。“エレキフィールド”もすっかり自分のモノにしています」

 そりゃあないだろう。“エレキボール”の後味に顔をしかめながら、ライボルトは毒づいた。そんなに何でも全部やられたら、たまらない。天候とフィールド。これだけ制限があっても止まらないなんて、反則だ。

 元々ライボルトは、それなりに多芸な方だった。炎技、牙の攻撃、スピードの勝負。どれもそれなりの自信があった。けれど、上に行けば行くほど通じなくなった。当たり前のように「全部できる」ポケモンに何度も出会い、そのたびにねじ伏せられた。器用さでは敵わないと知った。
 高く登りつめるほどにシビアになるポケモンバトルの世界。自分が持っている武器の全てが通用するとは限らない。使えると思っていた武器を一つ一つ諦めていくうち、ライボルトはひどく惨めな思いがした。
 バークは試合の初めに決まって「いいところを見せてくれ」と言う。ライボルトははじめ、それをただの鼓舞だと思っていたし、挫折の最中には何かの皮肉じゃないかとすら思っていた。しかしどうやら、大真面目に言葉通りそう言っているらしかったから、ライボルトは必死に探した。どんな「いいところ」を見せられるのかを、探した。それから色々と迷走しつつ、たった一つ、自分なりの答えを見つけた。
 あんな自由な戦いには憧れる。いくつもの攻撃を使いこなして、どんな逆境でも跳ね除けて。でも、それは俺の「いいところ」じゃない。ライボルトは、エースバーンを真っ直ぐに見据えた。

「大丈夫。お前の方が強いよ」

 バークが呟いた。今日は晴れるとか、夏は暑いとか、それくらい当たり前のことを言うような声音で。
 違いない。ライボルトは笑う。あんな“エレキボール”で出し抜いたつもりだなんて、笑わせる。電気タイプとしてなら、絶対に俺の方が強い。
 ライボルトは再び走り出した。

「反撃に転じます、ライボルト。しかししかしっ、エースバーン躱している! エレキフィールド上を我が物顔で疾走!」

 いく筋もの“ライジングボルト”が、突き上げては空を切る。素のスピード差があるため、エースバーンの回避には余裕があった。
 しかし、不得手な特殊攻撃である“エレキボール”では決定力に欠ける。だから、電気タイプを維持してエレキフィールドの解除を待つ。それから、物理攻撃でとどめを刺す。ジャンの頭の中にはすでに試合終了までのシミュレーションができあがっていた。

「地面が芝生の緑色を取り戻してまいりました。エレキフィールドがまもなく解除されます。雨止みまでは、もう少しかかるでしょうか」
「湿った岩の効果ですね。反対に“ライジングボルト”が電気を消費する分、エレキフィールドは早めに切れそうです。バーク選手としては、フィールドがあるうちに決めないと厳しいかもしれません」
「と言いますと?」

 エースバーンが“とびはねる”の機動力を取り戻してしまうと、もう技を当てられない。エレキフィールド対策で電気に固定されているうちが勝負だ。そういったことを解説者が付け足した。

「なるほど。勝負を急ぎたいライボルト、仕掛けるタイミングを待つエースバーン。決着の時が近づいています!」

 そしてターニングポイントであるその瞬間がやってくる。
 フィールドに残る最後の電気エネルギーをかき集めた“ライジングボルト”が放たれ、エースバーンがそれを躱した。
 フィールドを覆う淡い電光が完全に掻き消え、スタジアムが雨雲の影に沈む。

「トドメだ!!」

 ジャンが叫び、エースバーンが踏み切った──その瞬間には、天地を結ぶ極太の閃光がエースバーンを貫いていた。

「え……?」

 ジャンの目が驚愕に見開かれる。白目を剥いたエースバーンが、ふらりとよろめき、地面に倒れ伏した。
 静まり返る会場。きっちり5秒の沈黙を破って、審判がホイッスルを鳴らす。

「エースバーン、戦闘不能! よって勝者、ライボルト!」

 宣言と同時に、会場が熱狂する。

「決まったーーッ!! タイプ変化の瞬間を、豪快な“かみなり”が一閃! 勝者はバーク選手!バーク選手と、 “霹靂の覇者”ライボルトです!」

 一層湧き上がる会場に手を振りながら、バークは傍の相棒に語りかける。

「“霹靂の覇者”、だってよ。やっぱりお前、すごいんだな」

 ライボルトは誇らしげに鼻を鳴らした。

「…………あぁ、そっか。負けたのか」

 バークたちを呆然と見ていたジャンは、ゆっくりと目の前の現実を受け入れた。
 それから、フィールドに入ってエースバーンを抱き起こす。

「楽しかったか?」

 エースバーンは目に涙を滲ませて、くしゃくしゃの顔でこくりと頷いた。

「なら、いいか。おつかれさま」

 軽く労って、ジャンは今日の功労者をボールに戻した。それからボリュームを上げて、フィールド対岸に呼びかける。

「なあアンタ。最後の、ありゃなんだ」
「“かみなり”。“ライジングボルト”で雲に電気を溜めれば、一発だけノーモーションでデカイのを撃てる」
「先に言えっての」
「そっちこそ、電気技使えるのは先に言ってくれよ」

互いに噴き出す。それから、トレーナーたちは思い出したように歩み寄って握手を交わした。

「いやあ、それにしても凄まじい一撃でしたね」
「この試合で見せた4つの技が全て、最後の一撃に集約されていましたからね。電撃の威力に全てをかける、思い切った試合構成です」
「一方エースバーンは素晴らしい対応力でしたが、一歩及びませんでした。ポイントはどこにあったと思いますか?」
「最初の“あまごい”ですかね。あの時点でエースバーンは一番得意な技を封じられ、『対応する側』に回ってしまいました。圧倒しているように見えても、実はずっと後手だったわけですね」
「難しい状況に対応し続けたエースバーンと、自分の得意にひたすら拘ったライボルト。至高の電撃に軍配が上がりました!」

 興奮冷めやらぬ様子で、実況はそのように試合を総括した。
 次第に会場から湧き上がる“ライボルト”コールを、今日のヒーローはいつまでも、いつまでも満足げに浴びているのだった。
#ポケモンバトル書きあい大会

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