神殺しはやめない

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作者:早蕨
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読了時間目安:29分
ジェードさん企画「ポケモンバトル書きあい大会」に参加させていただきます。
テーマD:ジュナイパイーVSファイヤー(カントー)です。
【一】

 神殺しは、彼の悲願だった。
 
 カントー地方、ナナシマの一つである一の島へ上陸した男は、目線の先に聳え立つともしび山を眺めた。
 神の住む山として、人々から敬意と畏怖の念を抱かれるその山に、男は舌打ちする。神の住む山に一介のトレーナーが睨みを利かせたところで意味はない。
 自身の出身地からは随分遠いこの地に、直接的な恨みはなかった。けれども、あの山に住む火の神を信仰する様子が気に入らない。男は神を嫌悪する。
 ともしび山の麓で生活を営む落ち着いた町に足を踏み入れれば、彼の違和感は加速した。
 火の神が見下ろす町、という歌い文句に男は唾を吐きかけたくなった。
 きっとこの一の島にも火の神信仰がある。神の恩恵で季節が巡り、木々が、山々が、水が、大地が、より良い姿であり続けるのだと思っているのだろう。はっ、と息を吐きくそくらえだと叫びたい気持ちを抑え、だけれどもおよそ観光客とは言えぬ様子で、町の人間達を威嚇するように凄みながら歩く様は外敵そのもの。
 何がそこまでさせるのか、町民達には分からない。
 近づくもの全てに手を出そうかという程、人を寄せ付けぬ表情と気を放つ男は、火の神を崇め信仰を大切にする町になど目もくれない。
 ともしび山の恩恵で、麓ではともしび温泉が名所となっていた。町の人間や観光客が、火の神がもたらすパワーを受け取らんと温泉につかる。男は絶対に入らないと決心しつつ、ともしび温泉の看板を後目に山道を目指した。

【二】

 道中はトレーナー達が散見される。
 失恋の傷を厳しい山での修行で癒すのだとか、トレーナーとして力を高める絶好の場なんだとか、ポケモンレンジャーとして環境保全のためのフィールドワークだとか、多種多様な人間がうろついている。
 皆それぞれ理由はあれど、山に好意的なものがほとんど。乗り込んで神を殺そうとする人間は一人だった。
 好戦的な様子にバトルだバトルだと声をかけてくるトレーナーは多い。これから神を殺そうと言うのだから余計な体力を使いたくはなかったが、山をふらつくトレーナー如きに逃げの選択肢はない。神を倒す前に身体を温めるため、男はトレーナー達の誘いを片っ端から受けた。
 トレーナー達に対しても敵意むき出しの男は、しかしともしび山の麓に集まっているトレーナー達を甘く見ていた訳ではなかった。
 山道までの道程であるほてりの道は、陸路だけでは進めない。ともしび温泉までは町から船が出ているものの、それより先に進もうとしたらポケモンの技に頼る必要がある。カントーではポケモンに乗って海路を進むためには、ジムバッジを特定の数集めなければならなかった。ここにいるという事は、それなりの実力を持っているという事である。
 神を倒す準備としてカントーのジムバッジを集めていた男も、海路を進む手段としての「なみのり」を許可される個数までバッジを集めた。その過程で、なみのりを扱えるカントー地方のポケモンとして、カビゴンを仲間にしていた。暴食の限りをつくすその巨大なポケモンが、男は好きだった。食、という生き物にとって必要な行為を、これでもかと貪る様子に男は神を食らう姿を見た。共に戦おうという男の声かけに、カビゴンは応えた。
 ともしび山の山道近くまでは、カビゴンが泳いで渡ってくれる。男は上に乗って、気力を滾らせる。神など食らいつくしてくれよう。
 山道に一番近く上がりやすい岸から陸に上がり、先を行く。カビゴンに回復スプレーをかけてボールの中で休ませる。彼とはまだ付き合って日が浅いが、非常に相性が良い。元々愛情深いその男は、自分のポケモン達を大切にしていた。カビゴンにも他のポケモン達からも、それは好意的に受け止められている。

【三】
 
 神を殺すため、一人ともしび山の麓から山道を目指していると、道着姿の男が道を塞いだ。目線と、手に握ったボールを見れば、バトルなのだと分かる。もう連戦を続けた後だったので断ろうかと男は思ったが、その日はまだエースであるジュナイパーの様子を確かめていない事に気付いた。
 山に入る前の肩慣らし、最後の相手に目の前の相手を選んだ男は、視線を受け止め、ボールを投げた。 
 カントーでは非常に珍しいジュナイパーを繰り出せば、相手トレーナーは驚きの表情を見せる。
 迎えるポケモンはキックポケモンのサワムラー。カントーに来てそこそこ日が経っているので、男はそのポケモンをよく知っていた。
「ジュナイパー! ブレイブバード!」
 飛翔したジュナイパーは、相手に向かって一気に下降する。サワムラーは涼しい顔で自身を葬ろうとする攻撃を迎え撃つ。
 地上戦を主とする彼は飛行するポケモンを苦手としているものの、真正面からの直線的な攻撃であれば問題ない。
「まわしげり!」
 トレーナーからの野太い声に反応し、サワムラーは軸足をしっかりと地につけ、腰を勢いよく切った。勢いをつけられしなった足が、ジュナイパーの顔面をとらえる、はずだった。
 確実に捉えたかに思われたその蹴りは空を切り、目の前まで迫ったジュナイパーがサワムラーの身体を通り抜けた。
 ギョットして後ろに倒れこむサワムラーの視界に、もうジュナイパーの姿はない。
「サワムラー! 後ろだ!」
 トレーナーの声ですぐに立ち上がって後ろを振り向くも、何もない大地がそこに。
「かげうち!」
 男の声とほぼ同時に、サワムラーの影からヌルりと現れたジュナイパーが強襲。戦闘不能にまでは追い詰められなくても、追撃するには十分な間。
 指示なく、ジュナイパーはそのままの勢いで力を込め、尖らせた羽で一閃。のけぞったサワムラーはこらえようと踏ん張りを見せるものの、甲斐なく崩れ落ちる。
 バトルは、ジュナイパーの勝利だった。
 無念、とサワムラーの元まで駆け寄って膝をついた相手トレーナーは、モンスターボールへと戻した。
「そのポケモン、ゴーストタイプか」
「ああ」
「知らない、というのは弱いものだな」
 男は歩く。「またどこかで会ったら、闘ってくれ。次は、負けない」相手トレーナーからの言葉に、右手を上げてその場を後にした。

【四】
 
 怒れる人間が、山へ足を踏み入れる。道中のバトルで、男も、男のポケモン達も身体は温まっていた。神を殺す準備は整った。
 カントー地方である程度のバッジを集めただけの奴らでは、彼の相手になるには不足だっただろう。カントーであればエリートトレーナーと呼べるくらいには、男は強かった。
 その気になればカントーでジムバッジを八つ集める事も出来るだろうが、男には興味がない。カントーで正攻法なやり方で登り詰める気はない。男が興味を持つのは、神を殺せる力を身に着ける事のみ。そのためであったら、自分とまったく関わりのない土地で暮らす人達が信奉する神を、自分勝手に力でねじ伏せようとすら思える。それをしなくてはいけないんだという、彼なりの正義がそこにあった。

 山道を登る間、男はかつての自分を思い出していた。
 アローラ出身である男は、その土地特有の行事である島巡りを行うトレーナーだった。四つの島からなるアローラ地方は、子ども達が「島巡り」の証を携え、数々の試練に挑戦する、という風習が古くから根付いていた。アローラでトレーナーとして名を上げようとすれば絶対に避けては通れない。どれだけ試練を早くこなして、どれだけ圧倒的に大試練を突破し、大大試練で結果を残そうとも、最終的に”カプ”という土着神に認められなければ、何もならない。
 ”カプ”という敬意と畏怖の念で支えられた神の判断で、自分の価値を決められてしまう。試練のクリアを、無にされる。男はそれが我慢ならなかった。
 当時男は最後に行われる大大試練で結果を出す事が出来ず、脱落者、失敗者の烙印を押された一人だった。島巡りを行って来た者の中でも、客観的に見れば進んだ方であり、実力者である事は間違いない。予定されていた大試練自体は全て乗り越え、一定の水準には至っていたはず。それなのに、大大試練という、最後の連戦で圧倒的な結果を出さなかったからと言って、無視はないのではないか。キャプテン候補としてすら声を駆けられなかった事に、男は大きな疑問を抱いていた。
 とは言っても、島の人間達からすれば試練を越えられなかった者。カプの箸にも棒にもかからない人間だ。そんな男が、神が全ての判断を下す事などあってはならない、といきり立ったところで誰からも聞いてもらえない。”強さ”それ単体では、アローラでは大きな価値になりえない。
 島巡りをするトレーナー、ではなくなった男は、その後どうして良いか分からなくなった。
 島巡りに失敗し、”カプ”に認められなかった者で徒党を組んでいるスカル団というギャングに入る気も起きなかったし、失敗者の烙印を抱えたまま、アローラで過ごす大勢と同じ様にもなりたくない。
 随分と長い間考えた結果、男が選んだ道は、神殺しだった。
 そもそも、神の怒りを買うと建物一つ吹っ飛んでしまう。そんな暴力的な神に、何故皆もっと怯えないのか。反旗を翻す者がいない方が、男にとっては不自然に思えた。それだけアローラ人にとっては、守り神としての”カプ”が内面化されていて、どうやっても切り離せないという事であり、そんなアローラが嫌になって、男はその土地を離れた。
 離れたのに、男が考えるのは神に対する嫌悪。結局男は、アローラから離れられていない。守り神という言葉が、皮肉に聞こえるようになってからは、より神殺しに傾倒する。
 ”カプ”を打ち破る事さえ出来れば、アローラの人達も目を醒ますかもしれない。その力を掴むため、アローラ以外の神を倒す。
 男の理屈は単純だった。

【五】

 ともしび山の山道は、上に登っていけば行く程に人の手が入っていないのがよく分かる。神の根城に無駄なものはいらない。そういう事だろう。
 春の様相を見せ始める、この時期のカントーはまだそこまで暑くない。カントーよりも南に位置するナナシマは、一年を通して比較的過ごしやすい陽気である。本島よりは暖かいとは言え、これは異常だ。
 体力をなるべく使わないよう、ゆっくりゆっくり登っているのに、身体が感じる熱は、その時期のものではない。男の身体からしたたる汗は、火の神の近くに来た事を物語っている。
 神の根城に近付けば近付く程、熱気は高まっていく。火の神と言われるだけの事はあるのだろう。バトルが迫って来ているのがよく分かる。
 山道はより、自然そのもの。山頂付近に近付くにつれ、岩肌向きだしの道を歩き、時にはポケモンに頼って岩を動かさなくてはならない程だった。
 神の姿は、道の荒さからかまだ見えない。
 男は、自分が震えている事に気付いた。怯えているのではなく、武者奮い。勝てるかどうかなど分からない。けれども、誰かに勝手な判断をされるのではなく、神に自分の力をぶつける事が出来るという状況に燃えていた。
 ホルダーについたモンスターボールが揺れている。好戦的な仲間達を頼もしく思い、神を相手に一緒に立ち向かってくれる事に男は感謝する。
 山頂はもう目前。
 岩を越え、少し開けた場所までやって来て、男はその姿を捕らえる。
 カントーに住む、火、氷、雷の神のうちの一体、ファイヤーがそこにいた。

【六】

 少し足を進めればすぐそこは火口。ともしび山は火山だが、現在は活動を停止している。ファイヤーがいる時には山頂で炎が燃え盛っているといった報告がある様だが、どこまで正しいものなのか。男はそんな眉唾な情報は信じない。
 だけれども、直接見た物は信じざるを得なかった。
 火山が、活動している。ファイヤーの後ろからは、絶えず噴煙を噴き上げ、橙に、赤に輝く溶岩が拭き上がっている様子が目で見える。人間が立ち入るにはあまりに危険すぎるその場所は、神を打ち倒す場所にはうってつけ。
 相手にとって、不足は、ない。

【七】

 伝説のポケモン。火の神ファイヤーはその名前に負けないだけの実力を持っていた。火の化身とも言うべきそのポケモンの攻撃は、男の想像を遥かに越える。羽を畳んで休んでいた時の、暖かく静かな様子とは違い過ぎた。
 バトルが始まってから既に随分と長い時が経過しているような気がするが、チラと腕時計を確認すればまだ五分。とんでもない濃密な時間を過ごしていた。
 既に手持ちのポケモンは残り一体。この五分間で、既に四体もの仲間は倒れている。回復にリソースを割いている時間はない。
 まだ動けるのはジュナイパーだけ。どこまで戦えるか。炎を纏い、飛翔を続けるファイヤーはまさに火の神そのもの。少しでも恐怖し、後に引く事を考えれば神殺しは実現しない。ここは踏ん張りどころだと男は怒鳴る。
「火の神だかなんだか知らねえが、所詮燃えてるピジョットだろうがてめえは!」
 虚勢を張る事も今は大切。トレーナーが気持ちを切らさず戦っている様子は、ポケモンにも影響する。倒された四匹がファイヤーに与えたダメージは、決して少なくない。
 倒せない相手ではない。

【八】

「フェザーダンス!」
 男の指示でステップを踏んで動き回るジュナイパーに向かって、飛翔するファイヤーの火炎が迫る。フェザーダンスは相手の周囲で羽毛を振り撒いて踊り、それを相手にまとわせる事で的を絞らせず、攻撃のクリーンヒットを防ぐ攻撃力ダウンの技。今回は慣れた動きで的を絞らせず、ファイヤーの素早い攻撃をかわすのが目的だった。
 遠距離からの攻撃に長けるファイヤーに対抗するには、まずは正確に攻撃を避けなくてはならない。前四体では中々そのスピードについていけず、多彩な遠距離攻撃にやられていた。だが、一番付き合いの長く、ここまでバトルの様子を確認出来たジュナイパーだったら躱す事が可能だと男は判断した。
 華麗なステップでファイヤーの火炎放射を交わし続け、反撃の機会を伺う。先程から何度も行われたやりとりだが、ファイヤーは決してこちらに近付いて来ない。なんとかして近付こうと、ジュナイパーはステップを踏みつつ、ファイヤーとの距離を少しずつ詰める。
 飛翔して距離を縮める手もあったが、このフィールドとファイヤー相手では、飛び続ける事は得策ではない。
「げろげろと炎を吐き続けやがって。いつになったらガス欠になるんだあいつは」
 エネルギーの差がジュナイパーとでは大きすぎるのかもしれない。火炎を躱し続ける事は出来そうだが、これでは埒が明かない。
 さあさあ我慢比べだ、と男とジュナイパーは待ち続ける。
 エネルギーに差があっても、忍耐力勝負なら負けてられない。泥臭く地を這って来た男達にとって、神の座に収まってのうのうと暮らしている奴と、一緒にしてもらっては困る。
 ただ火を吐いていても、このジュナイパーは倒せない。火炎放射が止み、高く飛翔したファイヤーを見て、男はやっとそう思わせる事が出来たとぐっと拳を握る。しぶとく粘り続ける男達の執念が、ついに実を結ぶ。 
 前四体とジュナイパーが作った展開。
 ファイヤーは少し苛立った様子でこちらをにらみつけた。
「来るぞ!」
 誰が見てもそうだろう。ファイヤーは、もう終わらせようと神々しく身体を輝かせ、体中を眩い光と熱で覆う。その姿は正にフェニックス。聖なる力で全てを消し飛ばし、リセットする。毎夕に沈み毎朝昇る太陽を象徴するかの如く、神聖なる存在。
 今、その圧倒的な力が男とジュナイパーに向けられている。
 見る物を圧倒し、大人しく消されるしかないのかもしれない。だが、今更そんなもので恐怖する男達ではない。神に対する諦観の境地は、やっとその気になったか、と更なる昂りを見せた。
「ジュナイパー! やるぞ!」
 目の前のジュナイパーは、男の方を振り返らずに頷く。
 何度も何度もシュミレーションをした。
 まともに戦おうなどとしない神が、痺れを切らして突っ込んで来るこの瞬間を、何度想像したか。
 神々しく輝いた神が、”ゴッドバード”と化して突っ込んで来る。男の頭には、先程のサワムラーとのバトルがふと頭を過った。
 躱される心配など、していてもしょうがない。
 ジュナイパーはゴッドバードと化したファイヤーに向かって真正面から向かっていく。頭からぶつかりあえば、敗北は必至。サワムラーの時のように、ブレイブバードではファイヤーはすり抜けられない。
「ゴーストダイブ!」
 ファイヤーとぶつかる瞬間。霊体と化したジュナイパーは、ファイヤーと重なり、すれ違う。ゴーストダイブは自身の身体を一時的に黄泉の世界へ飛ばし、どこからともなく相手を襲う技。
 だが、男とジュナイパーが練習していたのは、この一瞬のみ。いかに早く自身を霊体化させ、相手の虚をつけるかだけだ。
 真正面から当たったのに、ファイヤーにはあるはずの手ごたえがなかったのだろう。その姿からは想像出来ない、間抜けな姿。地上ギリギリを滑空して再び飛翔した神は、”ゴッドバード”のまま、あたりを見回す。
 男にとって、これ以上痛快な光景はないだろう。しかし、いつまでも笑っていられない。この期を逃す手はない。
「今! シャドーボール!」
 これも、ずっと積み重ね訓練を積んでいた技だった。
 黄泉より戻ったジュナイパーは、ファイヤーの背後に現れる。羽ばたきもせず、降下しつつも左の翼を弓に見立てて矢羽根を構える。葉柄を引いたその先に、シャドーボールを携えて。
「くらっとけ!」
 放たれた黒球。ゴッドバードを解いたファイヤーの後ろから、ジュナイパー全てのエネルギーを集中させた、最後の一撃。
 撃ち込まれたファイヤーを黒球が覆い、そのエネルギー波を叩き込む。吹き飛ぶファイヤーをジュナイパーは見届け、そのまま飛翔する事なく地面へ落下。全力のシャドーボールを放ったジュナイパーに、もう力は残っていなかった。
 男の仲間は全て倒れた。これで駄目なら、もう単身突っ込むしかない。
 ファイヤーは羽ばたき、まだ戦闘の意思を見せようともがいていた。神としての意地、というよりは、根城を訪れた外敵に場を荒された怒りを表現しているかの様だった。あれはただの生き物だ。ファイヤーという、生物だ。
 男は、その様子を目に焼き付ける。
「もういい。倒れろ」
 だんだんとファイヤーは下降していく。
 羽ばたきが弱く、炎の勢いも弱まってきている。大ダメージである事は間違いなく、神を打ち倒した事を半ば確信した男は、強く拳を握る。
 視界から、火の神がいなくなる。
 落ちて行った先は、火口。神を山に叩き伏せ、男達は勝利した。
「やっとだ! 俺達は神を倒した! 見たか馬鹿野郎!」
 男の叫びは、アローラまでは届かない。けれども、神に向かって初めて叫べた恨み言は、いつか彼等にも届くのかもしれない。

【九】
 
 神は、人の手の届かない境地にいるから神なのだ。

 興奮冷めやらぬ状況だったが、倒れた仲間の応急措置が優先だった。急いで処置している男は、ふと圧倒的なエネルギーを感じ、そちらに視線を向ける。神の底力を見た。
「……おいおい、蘇りましたってか?」
 倒れた仲間達の救護を、中断せざるを得ない。先程まで飛ぶのもやっとだった様に見えた火の神が、ダメージを感じさせない程に回復し、神々しく空を飛んでいる。
 太陽が沈んで昇るように、雄叫びを上げ復活を見せるファイヤーは、バトル前よりも荒々しいエネルギーを放っている。
「羽休め、ってことか? マグマの中で? はは、ふざけんな」
 鋭い視線でこちらを”にらみつける”ファイヤーに、男はまた別の意味で神へ諦観する。
「ここまで、か。そんな芸当が出来るとは知らなかった。知らないっていうのは、弱いもんだな」
 もう勝ち目はない。神に歯向かった罰が下るのだろう。男に、覚悟はあった。
 けれども。
「こいつらの”おや”は俺だ! 俺の命だけで、見逃してくれないか!」
 虫の良い事を言っているのは分かっていた。こうするしかない。自分の仲間達、ポケモン達を守れるのは、まだ動ける自分だけ。
 応急が済んだだけで、まだ動けない目の前のジュナイパーは叫ぶ。そんな勝手は許さない、とでも言っているのだろう。男はゆっくりと立ち上がり、両手を上げて自分のポケモン達に影響が及ばない位置へ歩く。
 もう、何も話す事はない。
 神の下す裁きが、執行されるのを待つのみ。ポケモン達への情状酌量はあるのか、男にとってはそれだけが気がかり。
「神様は強いな。俺じゃ、何も変えられないってこと、か」
 勢い良く反動を着けたファイヤーが、その口から火炎を吐くのを見た。最後まで目は瞑らない。
 死ぬその瞬間まで、男が神に対して出来る、最後の抵抗だった。

【十】

「おい、おい! 何やってんだよ!」
 男の命は、守られた。すんでのところで飛び込んで来た”あついしぼう”のカビゴンが、今まで自分の代わりに戦ってくれたように、真正面からファイヤーの火炎を受け止めた。
 わずかにこちらへ振り向き、小さく鳴き声を上げたカビゴンは、その場へズンと音を立てて座り込む。
 息も絶え絶えなはずのボロボロの身体で、ファイヤーに向かってガンを飛ばし続けた。
 男を守りたかった。もちろんその気持ちはあるだろう。しかしそれよりも強いのは、あいつにやられっ放しでは引っ込みがつかない。借りは返す、という負けん気。
 そのためにも、男と仲間達全員で向かわなければ、到底勝てる相手ではない。誰も欠けてはならない。
 そしてそれは、その場にいる誰もが同じ事を考えているのかもしれない。
 ジュナイパー、カビゴン、ジャラランガ、エンニュート、ニンフィア。男の仲間達は、それぞれ抱えた怪我を押して立ち上がる。もちろん戦闘が出来るような身体ではない。それでも、神に対して屈しないという意思は見せる。それぞれが頑固で、気が強く、そして男を慕っている。
 彼と共に過ごした時を、喜びを、悲しみを、行く末を、神などに委ねてたまるか。
 彼等の気持ちは、まだ折れていない。
 男は小さく笑って、ポケモン達の前へ出る。同じように睨みを効かせるその様子に、諦観はない。

【十一】

 ファイヤーはしばらく飛翔したまま男達を見つめていた。彼にとって、ちょっとした運動ともいうべき一連のバトルは、久々の出来事だった。
 数年前にやって来た赤帽子の少年は、目の前の男達よりもずっとずっと強かった。だが歳を重ねている分、少年達より奴等の方が根性だけはあるかもしれない。
 殺すには惜しい。
 最近はじゃれる相手もおらずに暇を持て余していた。奴等もまた、その候補くらいにはなるだろう。
 ふっと笑って男達を目に焼き付けたファイヤーは、大きく飛翔してその場を去って行く。こんなに機嫌の良い”ひ”は、珍しい。

【十二】

 生かすに値する存在。
 そう判断されたのだろう。男は自分達の命を握られ、生かしておいてやるとまた神に判断されてしまった。それ自体は言いようもない悔しさがある。神に囚われているのは、何も変わらない。それでも、神に向き合い続ける自分と、それに着いて来てくれる仲間達は誇らしく思える。
 この先もきっと向き合い方は変わらない。その変わらなさこそが、彼等のアイデンティティとなっていく。
 全員をモンスターボールに戻し、バトルを終えた男は、大きく大きく息を吐いて、山を下り始めた。

【十三】

 山道入口まで下りて来たところで、男は一人の山男に話し掛けられた。
 ともびし山を年に数十回も登るマニアで、道行く人に”だいばくはつ”の技を教えているらしい。一体どういう趣味なんだと男は不信に思ったが、ふとファイヤーの事を訪ねてみたくなった。
「ともしび山を愛するあなたにとって、ファイヤーっていうのはどういう存在なんですかね」
「あー、うん。ファイヤーは、自然そのものです。火の中に身体をくべれば回復する存在なんて、ありえない。どんなに火に耐性がある生物でも、燃える事が癒す癒える事と同義だなんて、最早生物と言えるかね」
「一理ありますね」
「だろう?」
 男は、予想通りの答えに苦笑する。
 人はそれを神と呼んで、距離を置いてきた。崇め、祈り、自分達の上位概念としてそれを置く事で、その恩恵に預かろうとしている。
 それはそれで、やむを得ない事なのかもしれないと、男も今は思っている。あれだけのエネルギー、あれだけの生命力、あれだけの力があれば、そうなってしまっても仕方がない。
 だからこそ、正面から向かい合う価値がある。
 その存在に届く時こそ、人が変われる時なのかもしれない。
 男は気持ちを新たに、更なる強さを身に着けようと決心する。
「それより、随分とボロボロですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。しょうがないんです。自分で望んだ結果ですから」
「ファイヤーに戦いを挑んだのでは?」
「分かるんですか?」
「そりゃあ、あれだけ山が猛っていれば、想像もつくというものです」
「なるほど、流石にお詳しい」
「たまにいるんですよね、あなたの様なお人が。あまり無茶をしない方がいいですよ、相手は自然。勝ち負けを競う相手ではないんですから」
「肝に命じておきますよ」
「でも、この前ファイヤーに戦いを挑んだ少年は、随分とケロっとしていたものでしたね。若いのに、互角以上にやり合ったみたいです」
「え、誰なんですそれは」
 山男から聞いたその名前に、男は納得する。
 それと同時に、希望を見た。人間でも、届きうる。
「良い話を聞きました。ありがとうございます。まだまだ、やれそうです」
 男の懲りていない様子に、やれやれ、と頭を振った山男だったが、決してそれを止めようとはしなかった。
「自然との向き合い方はそれぞれですからね。ただ、死なないように気を付けて下さい」
 身に染み過ぎた力を、覚えておきたい。男は強くそう思う。
「そういえば」
 と、山男は男をまじまじと上から下まで見てから続ける。
「あなた、アローラ出身の方ですか?」
「分かるんですか?」
「話し方と、アローラの人が好きそうな格好なんでね」
「行った事があると」
「ええ、世界中の山を制覇するのが山男の夢ですから」
「どうでしたか、アローラは」
「良いところでしたよ。穏やかでしたし、過ごしやすい。信仰心の強さが、彼等をより彼等たらしめている様子が、印象的でしたね」
「良い事ばかりではないんですがね」
「そりゃあそうでしょう。何かを信じる事が、良い事ばかりなはずがない。それでも、自分の基礎に何か信じるものがある人は、それが生きていく上で強い基礎になるはずです。それがコミュニティを生み、人を強くしていくんです」
「はは、そうでしょうね。彼等は強い。地盤は固く、そう簡単に変わるものでもなさそうだ」
 自嘲気味に行った男に対して、いやいや、と山男は手を振った。
「実はそうでもないらしいですよ。変わりものがいるようでしてね。アローラにも他の地方と同じようなポケモンリーグ機構が出来るみたいです。そんな計画が進んでいると、ニュースになっていましたよ。ククイという人物が、カントーに来て色々勉強しているみたいです。そちらでは有名なお方なんですよね?」
 神に向かっていく事ばかり考えて、最近のアローラの動向など、男はまったく追えていなかった。
「え、ええ、まあ。でも、その話、本当ですか? そんなの、カプが許すとはとても……」
「だから、変わってきているという事なんでしょう。詳しくはないですが、島巡りがもたらす弊害は、私も聞いた事があります。それが少しでも無くなれば、という思いなのかもしれませんね。後は、もっともっとアローラと他地方が連携を取って、あなた達が言うところの守り神、カプと共に強くなって行こうという事なんでしょう」
 呆けた様子で山男の話を聞いていた男は、私もそれについて行かなくてはなりませんね、とだけ返して別れた。
 ともしび山でそんな話を聞くとは思わなかっただけに、衝撃は凄まじい。あの保守的でガラパゴスなアローラで、そんな改革が行われているとは露知らず。一人神を殺すんだと勇んでいた自分は一体なんだったのかと、笑いそうになってしまう。
 それでも、男は自分の主張を曲げる気はなかった。
 カプに認められずに評価される仕組みが出来ても、男が神を嫌悪したのはそれ以前の話。そちらはそちらで勝手にやっていれば良い。
 男は、自分の仲間達と決意したやり方で、カプを、自分を、乗り越えて行きたいと考える。
 ククイ氏の試みは素晴らしい。けれども、それに乗る気はない。
「俺達は、別の道を歩むさ」
 一貫して神を嫌悪する男は、次の目的地へと足を進めて行った。

【了】

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