同じ陸上を往く水タイプとして

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作者:絢音
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読了時間目安:9分
ジェード様主催「ポケモンバトル書きあい大会」のエントリー作品になります。
 端正に切り揃えられた芝生に囲まれた小さな池の縁に一匹のヌオーがちょこんと座っていた。彼は呆けたように空を見つめ、その視線の先で池の中を優雅に泳いでいたケイコウオがぴちょんと跳ねた。それを対岸で指差しながら、「今あそこにいたよ!」と賑やかに笑い合うニャースとチョロネコを尻目に、相変わらずヌオーは間抜けな顔でぼんやりしていた。
 絵本の一ページにでも出てきそうな穏やかな空間────────そこに一つの影が飛び込んでくる。

「おりゃあああ! れんぞくぎりいぃ!」

 ヌオーの後頭部をかち割る勢いで振り下ろされたのは貝の形をした刀──二枚のホタチだった。それを手にするフタチマルは不意を狙った攻撃の成功を確信しにやりと笑っていたが、すぐに違和感に気づく。クリーンヒットしたはずのホタチの手応えが感じられない。彼女はその理由を暗む視界が晴れると同時に即座に理解する。
「ふぅ……まだまだ気配が隠しきれておらん」
 そう言って小さくため息をつくヌオーはいつの間にかフタチマルと向かい合っており、白刃取りの要領で彼女の渾身のホタチを両手で掴んでいた。フタチマルはぐいと体を引いてホタチを引き抜こうとするが、ヌオーの力は強くビクともしない。ヌオーはそれを掴んだまま大きく口を開いた。そこから吐き出される毒々しい液体にフタチマルは涙目になりながら顔をしかめて、なんとか逃げ出そうともがき苦しむ。すると突然、ぽんと投げ出されるように解放され、咄嗟に彼女は飛び退きヌオーから距離を取る。はあはあと荒い息で肩を上下させるフタチマルに向かって、ヌオーは静かに手を合わせてお辞儀をした。つぶらな瞳で相手を見据え、先の光景と変わらぬ穏やかな調子で口を開く。
「では今日の修行を始めるとするかの。今日は制限時間を設けてみた。先程の『どくどく』で体力が尽きる前に儂を倒してみよ」
「ああっ!? なんだよそれっ! 先にどくどく仕掛けるなんてずりぃよ、師匠!」
「ふむ、ではハンデとして一分間は攻撃も防御もせん事にしてやろう」
「ぐぅ、舐めやがって……タイムリミットがなんだってんだ、んなもんすぐ終わらせてやらぁ!」
「ほっほっ、威勢だけは相変わらずじゃのぉ。まだ一度も儂に勝てた事もないというのに」
「うっせぇ! その無駄口すぐに叩けないようにしてやっから! んじゃこっちから行くぜ、『れんぞくぎり』!」
 フタチマルは叫ぶと同時に二枚のホタチを構えヌオーに切り込んだ。身軽なステップで近づいては離れて場所を変えながら、何度も滑りのある水色の皮膚に得物を当てていく。一つ一つの攻撃は小さくとも、徐々にその威力は増していく。更に彼女にはある算段があった。最初の攻撃、つまりヌオーに後ろから襲いかかる前、このバトルが始まるより前にフタチマルは『きあいだめ』をしていた。だから何度も素早く攻撃を当てる事で威力が増す『れんぞくぎり』と併用して使えば、その分急所に入る可能性も増え、大きなダメージを与えられると踏んだのだ。
 しかし『れんぞくぎり』が五回を過ぎた辺りでフタチマルはまたもや違和感を覚える。たしかにヌオーは宣言通り防御もしない為、彼女の攻撃は確実に当たっている。しかしどの斬撃もヌオーの分厚い皮膚に薄ら蚯蚓脹れの傷を作るだけで、急所に至る程のものはない。彼女自身も何度もホタチを向けていて流石に感じてくる──急所に入る気がしない。それは刀を扱う者の勘とでも言うべきか。その疑念はフタチマルの動きを少しだけ鈍くした。しかしその一瞬でヌオーには十分だった。
「おかしいのぉ、なぜ急所に入らんのじゃろうな?」
 一方的に繰り返される攻撃の合間に突如割り込んできた彼の一言にフタチマルの手が止まる。その瞬間、体を蝕む猛毒に吐き気を催し彼女はぐっと胸を掴んで膝を着く。しかし弱味を見せてはならない、と彼女は歯を食いしばりながらすぐさましゃんと立ち上がった。その間もヌオーは呆けた様子でバトル中とは思えない穏やかな表情でフタチマルを眺める。それをフタチマルは苦し紛れに睨みつけた。
「師匠、何しやがった」
「ほっほっ、なぁに、能力を戻したまでの事よ。気づかんかったかね? お主が不意打ちしてきた時、視界が暗くなったのを」
 ヌオーの言葉にフタチマルははっとする。不意打ちの成否を気にするがあまり、初撃の違和感を理解しきれていなかった。なぜあの時、『暗む視界が晴れる』のを待ったのか。そもそもなぜ『視界が暗く』なった? いくら勢い良く襲いかかったとはいえ所詮『れんぞくぎり』の一回目の威力、砂埃が舞う程の衝撃ではなかったはずだ。ならば────あの攻撃は。
「『くろいきり』じゃよ。お主の考えそうな事など、手に取るように分かるからのぉ」
 ほっほっほっ、と笑い声をあげるヌオーをフタチマルは驚きつつも悔しそうに睨みつけた。
「やろぉ、舐めた真似を」
「喋っている場合かの? もうすぐ一分経ってしまうぞ」
「うっせ、まだ終わっちゃいねぇ!」
 フタチマルは二枚のホタチを手にし、ぐっと地面を踏み込んだ。そこをヌオーは見逃さない。バトルフィールドには相応しくない優しい笑顔で足を大きく振り上げた。
「一分経ったのぉ──『じしん』じゃ」
 今に飛び出そうと地面にしっかりと足を付けていたフタチマルは突然の揺れにバランスを崩さざるを得ない。その場に大きく転がり、全身をあちこち強く打ち付ける。地震が収まった頃には彼女は満身創痍で地面に蹲っていた。ヌオーはぽてぽてとゆったりした足取りでうつ伏せに倒れるフタチマルに歩み寄る。
「勝負あったかの」
「──────────まだだっ」
 ばっと起き上がったフタチマルはホタチを手にした両手を振り上げヌオーに斬りかかった。
「『リベンジ』っっっ!!!」
 振り下ろされたそれは強烈な斬撃と化しヌオーは後ろに飛ばされる。彼がなんとか踏ん張った所を、とどめとばかりに水を纏った斬撃が襲う。
「喰らえっ! 『シェルブレード』!」
 フタチマルの両手剣がヌオーを十字に切り裂き、周囲に水しぶきをあげる。ヌオーの体が斜め後ろに傾いた。フタチマルは己の勝ちを確信してホタチを大きく掲げる。
「やったっ……師匠に勝った……!」



「『アクアテール』じゃ」
 フタチマルの耳にその声が届いた時にはその筋肉質に締まった体は簡単に宙を飛んだ。猛毒のダメージも相まって、効果いまひとつの攻撃ではあったがその一撃で彼女はダウンしてしまった。
 対するヌオーは水に濡れた太い尻尾を左右に振りながら、またバトル前と同じように小さな池の縁にちょこんと座り呟いた。
「詰めが甘いんじゃ。ほっほっほっ」









「くっそぉ、また負けた……」
「ほっほっ、まだまだじゃの。新しく覚えた技の使い所は悪くなかったがな」
 穏やかに景色を眺めるヌオーと悔しげに下唇を噛むフタチマルが並んで池の縁に腰掛けている。先程のバトルで周囲から逃げていたポケモン達もまた戻ってきて、二匹と同じように池を囲んでみたり、追いかけっこをしたり、それぞれが自由に過ごしていた。
「師匠!」
 突然フタチマルは大声でヌオーを呼んだ。彼女は真剣な眼差しで、ぼんやりした顔のヌオーに向き合うと、深々と頭を下げた。
「どうやったら勝てるか教えろっ!」
 言動の丁寧さと荒々しさがミスマッチな彼女にヌオーは穏やかに微笑んだ。
「修行あるのみじゃ。あと一つ教えるなら……儂は『ちょすい』じゃから水の攻撃は効かんぞ」
「はあああああ!? それ先に言えよっっっ!!!」
 素っ頓狂な声をあげたフタチマルに対し、相変わらず食えない笑顔でヌオーはほっほっほっ、と笑った。そんなでこぼこ師弟を遠目に見る男が一人。彼は二匹がいる庭のすぐ近くの建物前にいる人の良さそうな女性に話しかける。
「すみません、ここにポケモンを預けている者なんですけど」
「はい、どうかされましたか?」
「あそこのフタチマル♀とヌオー♂って、仲どうですか?」
「んー、よく戦っているのを見ますけど、そこまで悪くないと思いますよ」
「そうですか……あの、タマゴとかって」
「いやぁ、見ませんねぇ……」
「あー……そうですか。分かりました。ありがとうございます。それではもう暫く面倒よろしくお願いします……はぁ」
 トレーナーは落胆した様子でその場を立ち去ろうとした。それを預かり屋の女性が引き留める。
「あ、そういえば! フタチマルちゃん、新しく『リベンジ』覚えましたよ! なんか勝手にレベルアップしちゃって。うち預かり屋ですけど、なんか育て屋って感じですね!」
「…………」
 育てて欲しい訳じゃないんだよ、とは言えないポケモントレーナーだった。

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