極めし者

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作者:きとら
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読了時間目安:10分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 殺し屋に飼われるポケモンに碌な奴はいない。
 血に飢えた獣。弱者を蹂躙したい獣。ひたすら技を磨きたい獣。とんと理性には縁のない獣ばかりが集い、殺し屋の下につく。理由はひとつ。人間たちがわざわざお膳立てをしてくれるおかげで、なんの後腐れもなく殺せるからだ。
 映像の中で吠えるヘルガーも、涎を垂らすほど獲物の肉に飢えていた。ターゲットはエースバーン。静かな顔で佇んで、拾った小石を蹴っては宙に浮かせている。『火炎ボール』の予備動作だが、所詮は野生ポケモンの浅知恵か。ヘルガーの特性は『もらい火』、相手から受けた炎攻撃を吸収できる。打てば最後、炎を喰らったヘルガーの一撃は、たとえ炎ポケモンでさえ地獄の業火で焼き尽くすだろう。
 だからヘルガーは挑発的に吠えて、『火炎ボール』を当ててみろよと誘っていた。
 それが彼の最期の鳴き声になった。

 ぱぁん。

 鋭いシュート。火炎の弾がまっすぐにヘルガーの頭に向かい、その炎があっけなく霧散した。トレーナーがここぞとばかりに「焼き尽くせ、ヘルガー!」と叫ぶ。だが、ヘルガーは身動きひとつ取らなかった。
 額にきれいな風穴が空いていた。火炎が消えても、核である小石は弾丸のように突き刺さり、ヘルガーの脳天をぶち抜いた。
 魂の抜け殻と化した肉体は崩れ、トレーナーの悲鳴と共に映像が途絶えた。

「こいつが次のターゲットだ、ライボルト」

 夜のとばりに隠れた顔。ホテルの一室、男はソファに座って、拳銃を弄びながら言った。名は忘れたが、どうでもいい。とにかく俺は、この男と大勢の命を屠ってきた。
 長く組んでいるが、ひとつだけ困ったことがある。

「お前は電磁波で奴の動きを止めろ。俺が確実に射殺する」

 冒険心が欠けていた。プロの殺し屋としての評価は高いのだろうが、厄介な依頼が舞い込めば、決まって俺を補助に回す。おかげで俺は、今回もおいしいところを持っていかれるのだろうと覚悟していた。

 さて、夜が明けて俺たちは早々にホテルから発った。目当ては町から外れて森の中。鬱蒼と茂る枝葉をかき分けて進んだその奥、開けた丘の上に古塔が建っている。
 エースバーンはまるで守人のように、塔の前に座っていた。
 あの中に何があるというのか。ささいな好奇心を押し殺して、俺と男は茂みから様子を伺った。エースバーンにはまだ気づかれていないようだ。
 男が顎で合図する。行け。
 俺は頷き、フラフラと迷子っぽくよろめく足取りで茂みから飛び出した。

「ライライ、ラァイ……」

 枝葉で傷つき、弱ったライボルトを装いながら、丘に足を踏み入れる。エースバーンの耳がピクリと動いた。が、すぐに垂れ下がる。大した脅威ではないと油断してくれたのだろう、俺はわざとらしくエースバーンに気づいたフリをして、哀れっぽく鳴きながら近づいた。
 今だ。逆立つ全身の毛が薄い放電膜をまとい、『電磁波』を放った!
 放電膜がエースバーンを包むや否や、男も銃を握って飛び出した。

「くたばれ、エースバー」ぱぁん、首から上が粉々に吹き飛んだ。「んっ」

 予備動作なし。足下に転がる小石を、エースバーンは難なく蹴り上げ、男の脳天を『火炎ボール』で見事に射抜いた。
 首から噴水のように血を流して、糸の切れた人形のように崩れていく。そのとき、俺は臆するでもなく……見惚れていた。
 人間が定義づける『技』の領域を遙かに超えた『火炎ボール』。バランスの良い技の構成、身体作り、戦略的知識、そのすべてを犠牲にして、たったひとつの技にだけ修練を尽くした者だけが体得できる極地。敵を殺すという目的のためだけに研ぎ澄まされた究極の殺傷技。
 これだ、俺が求めていた戦いは。野蛮な弱肉強食の喰らい合いとも、理性で戦うトレーナーバトルとも違う。純粋なポケモンとポケモンの力の衝突、ポケモンバトルだ。
 俺は逃げるでもなく、興奮のままに笑って、エースバーンを前にして身構えた。

「手合わせ、願いたい!」

 エースバーンはひと言も語らなかったが、俺を見る目には静かに燃ゆる闘志が宿っていた。
 先手は貰った! 既に電磁波で痺れている分、エースバーンの初動が遅れた。俺は『高速移動』を駆使して、奴の周りをぐるぐると駆け巡った。恐るるべきは『火炎ボール』のみ、徹底的に速度を上げれば当たらない!
 一方のエースバーンは、やはり痺れているようだ。大きな動きは取りづらい。かわりに、足下の土を軽く蹴って、俺の行く手に『砂かけ』を放った。
 目が!
 ほんの一瞬目を閉じた。刹那、カツン。小石を蹴る音がした。俺は目を閉じたまま身をよじり、緊急回避に転じた! その判断は正しかったらしい、『火炎ボール』の剛速球が毛先をかすり、森の木々を一直線に抉っていった。

「最小の所作でその威力、やるな!」

 思わず吠えて、俺は片目を開けた。片足が地面につくなり、先の砂かけよりも高々と土が舞い上がるほど強く蹴って、エースバーンに迫っていく。渾身の電気を牙に込めて、『ワイルドボルト』、奴の肩に噛みついた!
 肉の焦げる匂いが立ちのぼる。エースバーンが『火炎ボール』の極地に至るなら、俺の『ワイルドボルト』はその一歩手前にある。それでも今までこの技を受けた獲物は、ことごとく死を迎えた。俺はエースバーンの肩ごと、その骨と肉を思いきり食いちぎっ……。
 腹に衝撃が刺さった。

「……は?」

 膝蹴りで飛ばした『火炎ボール』が、俺の腹に刺さっていた。メキメキと肋骨が悲鳴をあげる。全身に凄まじい激痛が駆け抜けていく。悲鳴が喉まで出かかっていたが、俺は意地でも牙を離さない。皮膚が、内臓が、文字通り燃えるように熱い! いよいよ気合いよりも身体が限界を迎え、血の混じった吐瀉物をまき散らして、俺の身体が宙を舞った。
 重い。俺の技とはまるで違う、たった一撃喰らっただけで、避けようのない死を連想する。地面に崩れ落ちた俺は、虫の息でエースバーンを見上げていた。肩からおびただしい血を流して、白くきれいな毛並みが薄汚い赤に染まっている。
 ざまあみろと言いたいが、俺の方が重傷だ。肋骨は砕けて、内臓も潰された。この分だと俺はじき死ぬ。だが、不思議と恐怖はなかった。
 熱い気持ちとか、一矢報いたいとか、そんなものは欠片もない。ただ俺は自然と起き上がり、再び身構えていた。
 まだだ、死ぬにはまだ早い。どうせ死ぬなら勝って死にたい。胸の内から込み上げてくる、この感覚は……おそらく歓喜と呼ぶのだろう。

「適当に肉を食いちぎる、なんてセコい真似はもうしない。次は頸動脈を掻っ切る。大動脈を引き裂く。心臓を噛み砕く。その澄ました目が暗い闇の底に沈んでいくところを、俺が見届けてやるよ……!」

 瀕死の俺が採った戦略は、至極単純。攻め続けること。『高速移動』で縦横無尽に駆け回り、ひとたびエースバーンの所作が見えれば『ワイルドボルト』の突進攻撃を仕掛ける。当たらなくていい、エースバーンの集中力を削げばそれでいい。俺の命をじわじわと削っていく高火力の『ワイルドボルト』も、死を覚悟した今はデメリットがない。いつかエースバーンの集中力が切れる。筋肉を巡る緊張が、ほんのわずかに解かれた瞬間、俺の牙が奴の心臓を抉るだろう。
 そのために使える武器が、足と牙の他にもうひとつあった。

「お前、何でこの塔を守っているんだ?」

 言葉だ。

「命に代えても守りたいものがあるのか? それとも朽ち果てた思い出にすがっているのか? 血に汚れたその足で、いったい何を守るというんだ」

 揺れろ。過去を向け。どんな強者であれ、問われたことには連想してしまう。それが重要であればあるほど、意識はそっちに逸れていく。
 そのクールな顔で何を思う。お前はどれほど重い過去を背負っている。さあ、今こそ自らを振り返れ!

「俺が」エースバーンはゆらりと揺れて。「ここにいるのは……」

 腕が垂れる。指が下がる。今だ!
 足が地に触れ、首と身体の向きを90度曲げて飛びかかる。その心臓を俺に差し出せ、エースバーン!

「奴に勝つためだ」

 心臓に牙を突き立てた。……いや、ほんのわずかにズレている。俺の攻撃を読まれた!?
 それならこのまま放電して……!

「悪いな」

 奴の目と合った。瞬間、俺の目に血を吐きつけ、怯んだ隙に思いきり頭突きを浴びて、拍子に牙を折られてしまった。
 遙か高く振り上げた足。そのつま先には、燃える小石が張りついていた。零距離で繰り出された『火炎ボール』は俺の身体を貫き、

「……そうでもない」

 衝撃で散り散りに爆散した。

 *

 勝負の決着がつくときを、高木に留まったヤミカラスたちが舌舐めずりをしながら待っていた。なにせ新鮮な死体が次々と転がってくれる。ライボルトの肉片がびちゃびちゃと辺りに飛び散って、草木に赤いソースをかけた途端、我先にとヤミカラスたちが飛び立った。飛散した肉片をついばみ、人間の頭に岩を落とすと、潰れた脳髄をうまそうに味わった。
 エースバーンの抉れた肩にもヤミカラスがたかってきたので、寄ってきた一匹の首を掴み、容赦なくへし折った。たかが暗殺者ども相手に傷を負いすぎた。喰って回復しなければと、頭蓋を思いきり噛み砕く。
 口からボトボトとヤミカラスの血を垂らしながら、その内臓を貪っては、高い塔を背に見上げる。

 その塔の上から俺を見下して嘲笑っているのだろう。確かに俺は一度負けた。もう一度お前と戦うために、強さを立証しなければならない。
 さあ、次の殺し屋を呼べ。たとえお前が何匹よこそうとも、俺はすべてを超えていく。この技で、『火炎ボール』でお前を仕留めるまで、俺が倒れる日は決して来ないと知るが良い。
 憎悪の限りを込めて、ヤミカラスの心臓を肋骨ごと噛み砕いた。

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