霧の決闘

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作者:きとら
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読了時間目安:17分
 霧払いでさえ払えない深き霧に覆われた絶海の孤島に、海賊の宝が隠されている。
 まことしやかに囁かれる、とはいえ港町にはよくある噂だった。実際に大勢の冒険家が野心を胸に船を出していったが、半分は霧に迷って引き返し、もう半分は戻ってこなかった。
 霧は奇妙な磁場を帯びてコンパスを狂わせ、レーダーを攪乱する。地元の漁師たちは絶対に近寄らない。飛行機さえ一帯の海域を迂回した。まさに現代に生き残った海の神秘、財宝伝説が眠る不可侵の領域だった。

「それも今日までのことだがな」

 晴れ渡る海の彼方を見据えて、野心を胸に燃やす青年、ウォーレンは目を輝かせて言った。小さな飛行場に、小さなセスナ機。中年の整備士は煤汚れた顔を上げて、青年の名を呼んだ。「発進準備オッケーだ!」
 ゴーグルをかけて、飛行場を横切っていく。空は快晴、飛行機にも胃袋にも燃料満タン。夢を映した海図を握り、ウォーレンは飛行機に乗り込んだ。

「今からでも遅くないぞ」中年整備士が呆れがちに言った。「今年もあの海域で3人消えた。どいつもあんたみたいに血気盛んで、自分ならいけると思い上がっていた」
「今までの連中ならそうだろうな。でも俺は違う」
「そりゃまた、どうして」
「俺はポケモンGメンだから」

 全国各地で頻発するポケモン関連の重大事件を扱う捜査機関、ポケモンGメン。そのひとりひとりが、ポケモンリーグのチャンピオンに匹敵する実力を持つと謳われる、まさにポケモントレーナーのスペシャリスト集団である。
 それなら何も言うまい。整備士は半信半疑ながら、我関せずとばかりに格納庫へ戻っていった。
 唸るエンジン。震える機体。溢れる自信を胸に、ウォーレンは操縦桿を握りしめた。滑走路を駆ける飛行機がぐんぐんスピードを増して、やがて足は宙を滑り、あっという間に大空へと舞い上がっていった。

 *

 しばらくは大海原の旅を楽しんだ。海面は日の光を浴びて宝石のように煌めいて。キャモメたちが挨拶するように鳴いては通り過ぎていく。のどかな小一時間を過ごした辺りで、水平線の彼方にうっすらと霧が立ちこめているのが見えてきた。
 海域の広さにして、およそ30万平行キロメートル。飛行機で通過するにも2時間ほどかかる広大な領域だ。ポケモンGメンの科学部隊が開発した新型レーダーがなければ、迷いに迷った挙げ句、他の冒険者と同じく海の藻屑と化していたかもしれない。
 いよいよ飛行機が霧に突っ込んでいく。ウォーレンがレーダーを立ち上げている間に、後ろに積んだバックパックから勢いよく光が弾けて、白いカーテンのような毛並みの美しいアローラキュウコンが飛び出してきた。せせこましいボールからやっと解放されたと言わんばかりに伸びをしているが、狭いセスナ機の中は九つの白い尻尾ですっかり充満してしまった。

「邪魔だぞ、暑苦しい」
「私はずっと狭いボールで我慢してたのよ。もう一分だってボールの中にいたくないの」人の語を解する老獪な雪狐は、相棒の文句にツンとそっぽを向いた。「それに私が出たら涼しくなるんだからちょうどいいでしょ?」
「寒いんだよ」
「さっきは暑いって言ったじゃない」
「そうだよ。暑苦しい上に寒いんだ」
「人間ってどうしてそんなに文句が多いのかしらね、しかも正当性に欠けることばっかり」
「矛盾しているように聞こえるが、本当にそうなんだから仕方ない」
「両方我慢して」

 やれやれ。ウォーレンが呆れて、一瞬だけ気を抜いた。
 瞬間、激しい衝撃と共に機体が大きく傾いた!
 計器のあちこちから警報がけたたましく鳴り渡り、ウォーレンは思わずガラスに頭を打ちつけた。衝撃で朦朧としながらも、操縦桿だけは懸命に握りしめて、力の限り引っ張った。ぐらついていた機体が、ようやく安定を取り戻した。

「今のなに!?」キュウコンが叫ぶ。
「左舷機体に損傷、原因不明だ!」ウォーレンの視線が計器と真正面をせわしなく行き来する。「レーダーが何かを捉えているが、はっきりした位置を特定できない!」

 キィ……ン。
 白いキュウコンの耳が、風に混じって耳鳴りのような音を拾う。どこからだ。音のする方角を窓から注意深く覗き込んでも、霧のせいで何も見えない。だがほんの少しだけ晴れた隙間から、うっすらと透明な何かの輪郭が見えた。
 甲高い鳴き声が迫っていた。

「左舷から再度接近!」キュウコンがまた叫ぶ。
「了解、右舷90度に旋回!」

 ウォーレンが舵を切り、飛行機がぐいんと斜めに傾いた。瞬間、左翼と機体の合間を光弾がすり抜けていった。あわや直撃のところだ。

「ポケモンよ、あれはポケモンの技だわ!」
「レーダーの測定結果をポケモン図鑑データベースと照合する」ウォーレンが片手間でモニターに触れると。
「ハッチを両方とも開けて!」
「なに!?」
「わたし耳がいいから、敵の位置が大体分かるの。冷凍ビームをぶつければ、大抵の飛行ポケモンは落とせるわ!」

 無茶なことを言うものだ。ウォーレンは戸惑いながらも、機体のドアを開けるスイッチを押した。「落ちるなよ」
 とたんに、凄まじい轟音と共に突風がキュウコンを襲う。が、それも最初だけ。九つの尻尾で手すりにしがみついて姿勢を安定させると、開いたドアから身を乗り出して、霧にめがけて『冷凍ビーム』を乱射した。
 手応えはないが、警戒してもらえたらしい。風を切る音が遠ざかっていった。

「照合完了」ウォーレンが言った。「ラティアスだ!」
「数は?」
「一匹だが厄介だぞ、ラティアスにはステルス能力がある」言っている間に、計器類が再び警告音を鳴らした。「掴まれ!」

 霧を縫って襲い来る光弾の雨。大きく弧を描いて旋回する飛行機の機体に、次々と焦げ跡を残していく。かろうじて機体を盾にしているが、機翼に穴が空いたら終わりだ。

「冷気はまだか!?」ウォーレンが叫ぶと。
「もう十分よ」

 キュウコンがニヤリと微笑む。虹色に輝き、みなぎる神気。それは飛行機を追跡するラティアスの目にも映った。まるでシャボン玉のように、『オーロラベール』が飛行機を包み込んだ。
 特性『雪降らし』で周辺に撒いた濃密な冷気があって、初めて作用するシールドだ。ミサイルのごとく迫る『竜の波動』も、機体に届くことなく阻まれた。

「ベール維持、87パーセント」ウォーレンが計器の数値を読み上げる。「レーダーが前方に巨大な物体を検知、おそらく島だ」
「ラティアスを振り切れそう?」
「その前にベールが破られるだろうな、戦うしかない」

 やっぱりね。キュウコンは舌舐めずりをして、霧の彼方へと耳を澄ます。
 ところが先ほどの一撃を皮切りに、ラティアスからの攻撃は止まっている。風を切る音は聞こえるが、どうもはっきりしない。いよいよ本気で身を隠したらしい。

「何を狙っているの……?」

 キュウコンが呟いた途端、爆撃が始まった。上下左右から『竜の波動』の遅い弾と速い弾が、時間差で襲ってくる。位置情報を攪乱するための全方位攻撃だ。
 ベールで守られているとはいえ、衝撃は飛行機の機体を激しく揺らす。

「機体を左に傾ける! お前は右側のハッチから仰角ゼロで冷凍ビームを乱射しろ!」
「どうして奴が右にいるって分かるの!?」
「知らん、そのうち当たる!」

 キュウコンは右のハッチから身を乗り出して、口にいっぱいの冷気を溜めて頬を膨らませた。乱射はどうしても威力が落ちる。当たったところで大したことはないが、ウォーレンの意図はすぐに伝わった。
 飛行機からばらまかれる『冷凍ビーム』は、やはり見当違いの方角に飛んでいった。だが飛行機は旋回し続ける。
 ラティアスは避けるまでもないと言わんばかりに『竜の波動』を撃ち続けていた。しかしあるとき、ささいな『冷凍ビーム』が一発、右翼の付け根に直撃した。
 ビームの軌跡を測定する計器を見続けていたウォーレンは、思わず指を鳴らした。

「方位121、マーク53! 集中砲火!」

 乱射から即座に切り替えて、キュウコンは一点集中の『冷凍ビーム』を吹きつけた。直撃だ! ラティアスはみるみる氷に浸食され、キュウコンが息の続く限りの冷気を吐き尽くした頃には、ひとつの大きな氷塊と化していた。
 ふう、とキュウコンはひと息ついた。

「これで心置きなく探検できるわね」
「どうかな」ウォーレンはなおも力強く操縦桿を握りながら言った。「まだオーロラベールは解くなよ、嫌な予感がする」
「それって……」

 言い終える前に、後方から凄まじい衝撃波が襲ってきた。まるで海が爆発したかのようだ。キュウコンが何事かと振り返ったそのとき、目の前の床が弾け飛んだ。

「きゃあ!?」

 コックピットの座席まで吹き飛ばされ、キュウコンが悲鳴をあげる。飛行機のどてっ腹に、焦げた大きな穴が空いていた。

「今のって竜の波動!? まだベールを張っているのに!」
「違う、『ペネトレイト』だ!」

 燃える火の玉が、海を割って飛行機めがけて襲ってくる。しかも何発も。
 レーダーの警報を聞くなり、ウォーレンは大きく舵を切って曲芸飛行に転じた。追尾弾でもない限り当たらないが、シートベルトをしていないキュウコンは、座席の後ろであちこち転がった。

「ぺねとれって何よ! そんな技聞いたことないわ!」キュウコンは運転への怒りを込めて叫んだ。
「こっちの防御を貫通する特別な技だ、俺も初めて見た!」

 海から激しい水柱が立ちのぼり、ラティアスが飛び出してきた。すかさず姿を消して、身体に張りついた氷も崩れて海に落ちていく。そして逃げ惑う飛行機の後ろについて、『竜の波動』で攻め続けた。
 飛行機は何発もの直撃を受けて、とにかく揺れに揺れた。

「オーロラベール、27パーセントに低下!」コックピットに飛び散る火花から身を退きつつ、ウォーレンは叫んだ。「さっきの手はもう通じないぞ、ラティアスが後ろにぴったり張りついている! どうする!?」
「いいこと思いついた、とにかく奴の後ろに回って! あとはこっちでやる!」

 文句を垂れているうちに、キュウコンはハッチから外に出た。尻尾を器用に機体に絡ませながら、飛行機の上にしゃがみ込むと、すっきりした顔を上げて吠えた。
 なんとまあ、とんでもない無茶をするお姫様だ。ウォーレンは苦笑いを浮かべながら、レバーのひとつを掴んだ。

「プロペラ反転!」

 思いっきりレバーを引いた。プロペラの羽の角度が傾き、空気抵抗を一身に受ける。すると機体は一気に減速して、背後のラティアスが勢いよく追い抜いてしまった。
 その隙を見逃すキュウコンではない。
 口腔に溜めた小さな光を、フッと飛ばす。それはラティアスを越えて、遙か前方にとどまり、次の瞬間、まばゆい太陽のように弾けて、霧をも照らす閃光を放った。『あやしい光』だ。
 光を歪めて隠れていたラティアスの影が、初めて霧の奥に映った。

「総攻撃だ!!」

 ウォーレンに言われるまでもなく、キュウコンは残された力の限りを『冷凍ビーム』に変えて、混乱するラティアスめがけて滅多打ちにしてやった。とにかく何発も何発もぶつけて、冷気が枯れるまで撃ち続けた。
 あわや飛行機と衝突する寸前、ウォーレンが舵を切ってラティアスをかわした。もはや身を隠す余力もない、そのちっぽけな竜は、飛行機とすれ違って、真下の海へと真っ逆さまに落ちていった。
 だが、キュウコンは刹那の際に、ラティアスの身体がうっすらと輝いているのを見た。

「うそ……」

 海に沈む寸前、ラティアスの可愛いお口から、おぞましいほど莫大なエネルギーの塊が天空に向けて放たれた。
 それは霧に覆われた中からも、ひときわ輝く星のように光って見える。飛行機を越えて、どんどん高く昇っていく。やがて、成層圏まで行き着いたそれは……無数の光弾と化して、重力に引き寄せられるままに、神秘の島へと迫る人類を裁くべく鉄槌を振り下ろした。

「流星群よ!!」

 キュウコンは再び機体の中に転がり込むなり、コックピットに迫って叫んだ。計器もけたたましい警報を鳴らして、その威力のすさまじさを告げている。一発でも当たれば海の藻屑となるだろう。ウォーレンはレバーを押して、プロペラを元に戻すと、操縦桿をありったけ前に傾けた。

「オーロラベールを張り直せ!」
「もうやってる! わああ前、前、前!」

 わたわた叫ぶキュウコンを可愛いと思う暇もない。襲いくる『流星群』の雨を右にかわし、左にかわし。これなら行ける! と思った矢先、オーロラのバブルを見事に突き破って、機体後部を流星群が貫いた。みぎれた機体は完全に抑制を失い、裂けた機体からキュウコンが放り出されてしまった。

「ウォーレン!!」
「コール!!」

 ベルトを外そうと手にかけた瞬間、真正面から激しい閃光に覆われた。残った機体も無慈悲な光の裁きを受けて、バラバラに爆散してしまった……。

 *

 ざざあ、ざざあ……寄せては返す波の音。気づけば、ウォーレンは浜辺に打ち上げられていた。うっすらと目を開けると、明るい日差しが照りつけていた。遠くの海は霧に囲まれているが、この島だけはきれいに晴れ渡っている。とても自然の産物とは思えないが、とにかく自分は生きていて、伝説に謳われる島に横たわっているらしい。
 身体中のあちこちが軋んで痛むが、ウォーレンはなんとか二本の足で立ち上がった。

「コール……コール!」

 声をあげても返事がない。辺りを見回しても、それらしいフカフカな姿はどこにもない。まさか海に沈んでしまったのか。言い知れない不安に駆られて波打ち際を走ったが、どこまで行っても相棒はいなかった。
 いいや、いいや、と否定して首を振る。コールはどこかにいるはずだ。何百年と生きてきた彼女が、こんなところでくたばるはずがない。きっとどこかで俺のことを見ていて、「なに、心配してくれてるの?」と嘲笑っているに違いない。
 まずはこの島のことを調べれば、彼女もいずれ見つかるだろう。そう思って、ウォーレンは森の奥に足を踏み入れた。

 不思議な場所だった。
 行けども行けどもポケモンは一匹も出てこない。なのに深い森の奥に進めば進むほど、人間が足を踏み入れてはならない領域に入っている気がしてくる。とにかく川のせせらぎに導かれるままに辿っていく。やがて森に覆われた視界が、一気に晴れた。
 そこに、秘宝が隠されていた。だが海賊の宝などではなかった。小川の流れる原っぱで、小さな竜たちが楽しそうに戯れていた。その中には、相棒の笑顔も並んでいた。

「あら、ウォーレン! 生きてたのね」

 小さなラティオス、ラティアスたちと遊んでいたキュウコンは、相棒に顔を向けるなり、ぱあっと笑顔を浮かべて名を呼んだ。
 当のウォーレンもやれやれと肩をすくめて。

「あいにく俺は不死身でね」
「ねえ見てよ、この可愛い子供たち。まさに霧の海に隠された秘宝そのものだと思わない?」
「ああ、同じ感想を抱いていたよ」

 目がくりっとしたちんまいラティオスとラティアスが、ウォーレンを見上げては揃って首を傾けている。キュウコンもそうだが、初めて見る人間という生き物はなおさら奇妙に映っただろう。
 手を伸ばそうとしたが、寸前に思いとどまった。傷だらけの成竜ラティアスが、子供たちの傍らにゆっくりと舞い降りてきた。そりゃあ死に物狂いで戦う訳だ。

「母親だったのか、なら攻撃されて当然だ」
「安心して。さっきわたしが話をつけておいたわ。ここへ来たのは調査のためで、決して子供たちを脅かすためじゃないってね」
「それで、彼女はなんて?」
「すぐに帰れって。この秘密は誰にも言わないよう約束するなら見逃してくれるそうよ」
「……嘘を言ったら?」
「相手はテレパスよ、間違いなくバレるわね」
「じゃあ真実も分かるはずだ」ウォーレンはラティアスの目を見据えて。「ラティアス、あなたの領域に侵入したことは悪かった。あなたがたの秘密は一生を懸けて守るつもりだ。しかし困ったことに、帰ろうにも飛行機は破壊されてしまった。とすると、帰る方法はおのずと限られてしまうのだが……」

 訝しげに眺めていたラティアスは、その真意を読み取った。つまりこうだ。背中に乗せて港町まで運んでほしい、と。
 ラティアスは「ぐぅー」と低めに鳴いて、あからさまに嫌そうな顔を浮かべた。
ラティアスのポケモンカードに、『ペネトレイト』っていう抵抗力無視の技がありましてね!

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