地獄の門

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作者:ジェード
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読了時間目安:11分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 燃えている。昏き寒空に、煌煌と燃えいづる黒き炎は、森羅万象をも捻り潰すかと錯覚させる暴虐の炎であった。見た者を怯懦に引き摺り込む、悪辣の豪炎であった。
 凡そ半世紀。今も尚、人間の精魂を燃やし続ける邪悪の魍魎。涼寒い夜にも、黒き炎は倫理を揺らめかす陽炎を作り続ける。
 故に、そこは地獄の門であった。


「あの光源は何だ」
 寂静とした新緑の狩人は尋ねた。ジュナイパーの目は、数キロ先の砂埃すら捉える。故に、あらゆる息遣いを察し、その目が瞬く間に仕留める。100メートル先の小石を射抜くなど容易く、対峙した獲物は、突き刺さる矢羽根に気が付かぬ間に、屍へと変わりゆく。
「おれの目が、ちかちかと明滅して仕方がない。それも毎日、いやひと月以上もだ」
「関わろうとするな。善いことなど何もない」
 それほどの狩人にすら、森の賢人は首を振る。憂いをため息に込めたヤレユータンに、ジュナイパーは憤りを込めた矢羽根をも突き立てる気でいた。己が目的に愚直であり、静かに怒りを発露することを躊躇わない。このジュナイパーは元よりそのような性格であった。旧くからよく知る、ヤレユータンからすれば鬱陶しいことこの上ない。
「あれは人間が“地獄の門”と呼んでいる。その名に恥じぬ、邪智暴虐が形を成す者の住処だ」
「地獄の門だと? 人間は臆病にも程がある」
 彼は嘲笑を含む口ぶりだが、ヤレユータンはそうではなかった。それは寧ろ、愚弟を見つめる目であり、怒りを燃やすジュナイパーを再び焚きつけることになる。
「何が居る。まさか、ヘルガーではあるまい。地獄の遣いに相応しい、左様な化生なのだろう」
「遣いではない。“ファイヤー”だ。即ち、泥梨ないりそのものなのだ。彼奴は悪戯に強いだけに非ず。奸佞邪知の類いであるから、尚更にタチの悪い」
 いやに大仰である。ジュナイパーには不必要な怯えと買い被りに見えてならなかったが、ファイヤーという名には興味が唆られる。炎の化身。つまりは自身には天敵に値する、分の悪い相手。
 それでいて、燃え続ける炎が、少しばかり異質であることが気にかかっていたのだ。視力に特化したジュナイパーにのみ判る。通常の炎であれば、燃焼し続けるに伴い、嫌でもかと辺りを照らす。松明のように燦爛するのだ。それがどうにも、あの炎は大規模にも関わらず、闇夜に紛れようかともいう気配であった。
 野心的なジュナイパーを見てか、ヤレユータンは諦念気味にあのファイヤーのことを話す。もう、こうなってしまえば、此奴の闘争本能は止められぬからだ。
「彼奴は、ファイヤーにして炎に非ず。燃やし続けているのは、人間やポケモンの精魂なのだ。故に、延々と燃え尽きぬ地獄であるのだ。怒りに身を任せ、全てを燃やし尽くそうとする」
「成程な。また歯応えがありそうではないか。コラッタやホルビーを狩るのには、飽きてきた頃合いでな」
「命知らずめ。触らぬ神に祟りなしとは、まさにこの事。然して、あの邪悪をどう仕留めると言うのだ」
 矢羽根を触り、翼の弦に番えてみる。今宵もそのストロークに、一片の歪みはない。狩人としての本能に、その身を委ねたジュナイパーが答えた。
「殊更、言うまでもないだろう」
 瞬速の一手にて、撃ち抜かれた細木の枝。中心に確と突き刺さる矢羽根が、彼の答えであった。





 風のない、乾いた砂漠の一端。一切の湿り気のない熱さを助長する、本能的恐怖を呼び起こす黒炎が、穴蔵には渦巻いていた。暗鬱な火の手が陥没した地層には広がり。時折、空を穿つ、亡者が泣き叫ぶかに思われる鳴き声。
 これこそが、黒きファイヤーが羽根を休める巣窟。地獄の門である。
 眠れる黒い怪鳥は、何者かの気配を感じ取ったらしい。むくり、と身体を起こしては魔術師のように炎を操る。
「……何奴だ。我を逆上させるならば、貴様が死に臥せるぞ」
 音も影もない。そのような場所に、ファイヤーは問いかける。ただ一つの慧眼にて、睨み続けている。
 その推察は、飛来した音により正しさが証明される。鋭利な速度にて、ファイヤーの首筋を狙った矢羽根。欠伸を交え、首を上げる黒鳥。
「やはり、居るな。コラッタが……」
 途端に、上空へと飛翔するファイヤー。そして炎を纏う翼は穴蔵ごと吹き飛ばすほどの『ぼうふう』を生み出す。砂が舞い、石が吹き飛ぶ。荒れ狂う風の流れを読み、索敵をするファイヤーであったが。
 刹那、貫く一閃。影より這い出たジュナイパーが、『ゴーストダイブ』による不意打ちを喰らわせる。右翼を痛めたファイヤーに隙を与えず、『かげぬい』により完全に地面へと縫い付けたのだ。ここまで、僅か数秒の出来事。
 起きたことを理解し、“逆上”するファイヤーに対し、すぐさま間合いを取り、矢羽根を装填するジュナイパー。しかし、この程度でくたばる、邪悪の化身ではなかった。
「洒落臭いのう、小童め!」
 飛翔能力を半分失ったファイヤーだが、口より吐かれた黒炎。『もえあがるいかり』は、ジュナイパーが想定する間合いよりも、格段に広範囲に。そして、目を瞬かせる間もなく燃え上がっている。
「ぐ、何……っ!」
 ジュナイパーは励声を上げ、苦しみながらも飛翔する。目を見張る火力に驚いたのではない。矢羽根の番えに失敗した、ジュナイパー自身に驚愕していたのだ。彼はすぐさま次の矢を放ち、奴の目を潰す筈であった。そこには一切の油断もなく。慈悲もなかった。あの黒炎によるダメージも、我慢出来る程度である。
 彼ほどの狩りの手合いが。ましてや、先ほどまで正確無慈悲に首を狙っていた、あのジュナイパーが。何故、矢羽根の初動を繰り返せなかったか。答えは一つ。
「貴様は“恐怖”しているのだ。この我に」
 ぐうの音も出ない、確かなる答え。それは、ジュナイパー自身に『かげぬい』よりも深く突き刺さる。歴戦の狩人が慄いている。この未知なる邪悪の化身のひと息に、動揺しているのだ。あれほどの忠告をヤレユータンにさせ、人間には住処を“地獄の門”と呼ばせる。それほどの力を、この邪悪は持ち合わせている。
 認めたくはないが、しかし。ジュナイパーは、強かにそれを肯定することにした。
「成程、確かに貴様は強い……だが」
 本能的な恐怖と痛みの先に在る、確固たる意思。狂気的なまでの闘争本能により、ジュナイパーは無理くりに矢羽根を番える。
「だからこそ、おれが殺す」
 地面へ這いつくばったファイヤーに、飛翔したジュナイパーが強襲をかける。ジュナイパーの真下には、彼自身の影とファイヤーの炎によって産み出された、無数の影。
 一度揺れ動いたかと思うと、それらは全て鋭利な『かげうち』となりファイヤーの急所を攻撃する。螺旋を描いては集約し。確実に翼を抉る。だが、この程度は微々たる傷。巨人を針で啄くのとそう変わりはしない。そして、それ以上にファイヤーは恐るべき特性を持っている。
「おのれ、よくも……よくも、この我をちょこまかと!!」
 その激情は。“逆上”は。まさしく『もえあがるいかり』を更に加速させる。先ほどよりも、その傍若無人な怒りは増し、砂漠の砂や岩すらも灰塵に変えていく。ジュナイパーが高く飛翔する範囲にまで、炎は及んでいく。どんなに高く、逃れようともがけども。ジュナイパーの翼を、黒い炎は容赦なく灼け焦がしていく。
 怨念、殺意、そして怒り。意思が宿るかに思える奸悪を極めし黒い炎。それは、先ほどのジュナイパーに、更なる心理的追い討ちをかけるかのようだ。
「ちょこざいのう、小童!」
 もう、あの目障りな狩人は終いだ。ファイヤーにはそう映ったのだろう。比較的動く左翼にて、初めよりも特段と大規模な『ぼうふう』が墜落していくジュナイパーへと差し向けられた――はずであった。
 何と、再三の逆上にて最大の威力を誇った『ぼうふう』は、ジュナイパーどころかファイヤーにすら襲いかかったのだ。
「……何!」
 ただでさえ、命中には不安定な『ぼうふう』というわざ。怒りを爆発させ、片翼を『かげぬい』にて封じられたファイヤーには、正確に操ることが出来なかったのだ。『かげうち』による、微々たる傷を無数に負わせたのは、これを狙っていたのである。
 台風に見紛うほどに膨れあがった、凶悪が形を成す風量が、二匹を巻き込んでは、蹂躙していく。皮肉にも、ファイヤーの誇る地獄に引けを取らぬその力が、自身を襲ったのだ。
「貴様が、怒り狂う質とは、聞いていたのでね」
 無論、『ぼうふう』に巻き込まれたジュナイパーも無事では済まされない。むざむざと地面に叩きつけられる。焼け焦げていく翼に加え、瀕死に近い体力だ。飛翔能力にはもう期待出来ないだろう。
 それでも、自身の『ぼうふう』のダメージにより、奇声を上げるファイヤーに、再び矢羽根を照準する。
「さて、そろそろ終いにしよう」
 超速の『かげぬい』がジュナイパーから放たれる。愚直なくらいに真っ直ぐな軌道だ。
「……ッ! お主も所詮はコラッタ、甘いわ!」
 だが、辛うじて怒りから正気を取り戻したファイヤーにより、燃やされる。しかし――その瞬間、ファイヤーの首筋に『はいよるいちげき』にて接近した、ジュナイパーの爪がくい込んでいた。自身の吐いた黒いブレスが、近寄るジュナイパーを隠す形となってしまった。
「う、ぐぎゃああああああ!!!」
 これまで自身が焼き払った人間と同じ、醜き叫び声。喚き散らし、痛みに呻く。必死の抵抗にて、振り払おうとする黒鳥を前に、冷静な狩人ジュナイパーは言う。
「本当の“地獄の門”はどんな所か、教えてもらいな」
 刹那、最後の『かげぬい』が黒い首筋を貫いていった。

 地に伏した肢体は、己が放った恨みの炎によって焼かれていった。ジュナイパーは残り僅かな体力を振り絞り、穴蔵の上に立つ。邪悪が灰塵と化すまでを、一抹の侘しさにて見下ろしていたのだ。
 あれほどに、囂々と燃えていた炎は、罪と業を浄化する煉獄の如く。あの真っ黒な色から生来の赤い色に戻り、やがて硝煙と化していく。
「流石に疲れたな」
 寂しい色を取り戻した砂漠に立つ、一匹のジュナイパー。傷だらけの彼は、戦果に歓喜するでもなく。また一本、己の矢羽根を見つめては、誇らしげに笑うのだった。
Twitterにて主催した企画、ポケモンバトル書きあい大会で書いた短編でした。
お題D ジュナイパーVSファイヤー(ガラル)

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