祝い酒

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作者:けもにゃん
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読了時間目安:16分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 新緑で塗り潰された大地に一本の曲がりくねった茶色い林道が走っている。
 その上を、一匹の馬が鼻歌交じりに歩いていた。
 そのポケモンは白い体毛にそのポケモンの象徴ともいえる立派な炎のたてがみを生やし、一本角を持ったギャロップというポケモンだった。
 背には一抱えほどの荷物を背負い、特に急ぐわけでもなくその長い道のりを歩いている様子から察するに、彼は旅人なのだろう。
 大きくなだらかに左へ反る道をゆっくりと進んでいくと、そこに大きな一本の木が見えてきた。
「お! 丁度いいや。あそこで一休みしよう」
 誰に言うでもなく、そのギャロップは話し言葉と同じぐらいの大きさの声でそう独り言を言い、器用に角と口を使って荷物をその木の根元に下ろし、彼もその木の根元の傍に腰を下ろした。
 およそ車一台が通れそうな幅のその林道は彼が座っている木よりも小さな草原を挟んで少し離れているため、吹き抜ける風がとても心地良かった。
 心地良い風を浴びて目を閉じてじっとしていると、まだ昼過ぎの暖かな日差しのせいもあって、彼は次第にうとうととしてきた。
 一人旅としては少しばかり不用心だったが、今にも眠ろうと降りてくる瞼を必死に持ち上げ周りをぐるっと見回したが、これから先も人の来る気配が感じられなかったため、彼はその眠気に誘われるまま暖かな日差しと涼しい木陰、さわさわと癒される風が草を撫でる音を子守唄にするという贅沢極まりない昼寝を頂くことにした。



 一眠りしてから数時間、ようやく目を覚ました彼は、欠伸を一つと大きな伸びをして目を覚ました。

「此処での昼寝は気持ちが良いでしょう?」

「そうですね。久し振りにとっても良い気分で起きれました!」

 急に聞こえた誰かの声に、彼も最初は普通に返事をしたが、返事をした後に誰かがいることを思い出して彼は驚いた。
 跳ね上がるように身を翻し、声の主の方へ向き直すと、そこには確かに彼が寝る前はいなかったポケモンが一人、同じように木陰で休んでいた。

「だ、誰だ!?」

 臨戦態勢を取り、そのポケモンの動きをじっと見つめていたが、そのポケモンは少し笑うと

「大丈夫ですよ。この辺りには野盗も出ませんし、身包みを剥がすような酷いポケモンも出ませんので。それとも私のようなポケモンがそんな大それた事を出来そうに思えましたか?」

 そう皺の目立つ顔をさらに皺だらけにしてその初老のポケモンは話した。
 そのポケモンはクリーム色と焦げ茶の二色で構成された体色と、後頭部に付いた大きな口が特徴的なクチートというポケモンだった。
 その男性が言った通り、彼の言葉に反応し、ゆっくりと起き上り、ゆっくりと語り出したその緩やかな動きと優しげな雰囲気を見ればとても人を襲える人物ではないことが良く分かった。

「すみません。貴方も木陰で休んでいただけだというのに……」

 すぐに気が付いた彼は警戒を解いて、すぐに頭を下げて謝った。
 すると、その男性はまた緩やかに笑い、

「いえいえ、その方が旅人としては正しいのですよ。ただ、少しばかり不用心すぎたかもしれませんね」

 と言い、彼を許すと同時に、少しだけ忠告も混ぜていかにも老人らしい喋り方をした。
 特に急ぐわけでもなかったため、彼はそのままその男性と少し会話をすることにした。
 彼の名はカケル。大地を駆け巡って欲しいという親の名付け通り、彼は冒険者として各地を駆け回っていた。
 元々は趣味で世界を見て回っていた『旅人』だったが、彼の性格も相まってか、今ではただの旅人ではなく、旅先で困っている人を助ける『冒険者』という立派な仕事までしていた。
 一方のこの老人はウヨシギというこの付近の村に住む者だという。
 始めこそ、何処から来た、何処へ行くのか、旅の目的は何なのか? と話し相手も少ないウヨシギさんから質問攻めに遭い、今までの自分の旅路やこれからの事、そして自分が何故旅に出たのかを思い出し、少し微笑みながら話疲れも気にせず全て語った。

「ということは……カケルさんならお願いする事が出来るかもしれませんねぇ」

 するとウヨシギさんは目を細めながらそう彼に言った。
 それまで柔らかな表情だったウヨシギが真剣な表情を見せたため、カケルもその話を真剣に聞いた。
 ウヨシギは語った。

「つい先日、また村に化け物が現れた」

 と……。
 聞く所によると、数年前、村の近くの洞窟に化け物が住み着いたそうなのだ。
 その姿は決してこの世の者とは思えないほど禍々しく、そして残虐であった……。そうウヨシギは付け加えた。
 彼が話し相手が居ないと言っていた理由はこの化け物が原因だった。
 現れた化け物はその時、偶々通りかかった冒険者によって成敗され、洞窟に封印されたそうなのだが、ほんの数日前に封印されていたはずの化け物がまた村に現れたのだという。
 元々あまり若い衆の居ない奥地の村だったため、成す術もなくまた村人を襲われてしまったそうだ。
 ウヨシギがこうして見晴らしの良い道なりに居るのは、その数年前の時のように勇気ある冒険者に巡り合えないかという淡い希望だったそうだ。

「なるほど。ここでこうして会えたのも何かの縁。僕も腕には自信があります! 是非引き受けさせてください!」

 そうカケルが胸を張って言うと、ウヨシギは二つに折れてしまうのではないかというほど膝を地につけ、深く頭を下げて彼に心からのお礼を言った。
 有難う……有難う……と。



 村に着くと、初めにカケルの目に飛び込んできたのは逃げ惑う村人と、その真ん中にウヨシギから聞いた化け物が今まさにポケモンを襲おうとしている瞬間だった。

「やめろぉー!!」

 人は言う。真に勇気のある者は口より先に体が動くと。
 カケルもそうだった。
 全速力でそのまま化け物へととっしんを浴びせながら彼の言葉は飛んで行くその化け物へと放たれていた。
 不意の攻撃を受け、のそりと起き上がるその化け物は話で聞くよりもさらに禍々しい姿だった。
 黒と紺と紫を混ぜたような毛色。そしてその毛が体を覆い、何処からが頭なのか分からないその生き物の目玉のみが怪しくその中から彼を睨み付けていた。

「みんなは早く逃げてください! ここは僕が引き受けます!」

 そんな奇怪な視線をものともせず、彼は他の逃げ惑っていた人達に声を掛けた。
 彼の登場に気が付いた者は喜びの表情を見せ、感謝を言う者やただ必死に感謝しながら逃げていく者たちで村は溢れていた。
 化け物も獲物を逃げ惑う村人ではなく、カケルに絞ったようで、少し睨み付けた後、真っ直ぐに彼に向かって飛びかかっていった。
 カケルはその攻撃をひらりと躱すと、逆にその化け物の横腹めがけて強烈な後ろ蹴りを浴びせた。
 これはとても効いたのか、化け物はおぞましい叫び声を上げて少しその場をのた打ち回っていた。
 それを見たカケルはすかさず背中の炎をメラメラと燃え盛らせ、全身にその炎を纏った。

「ここからいなくなれぇ!!」

 大声でそう言いながら全身を炎の赤で染めたカケルはその化け物めがけて凄まじい速度で突っ込んでいった。
 先程の攻撃で避ける暇の無かった化け物はそのニトロチャージをもろに受けて、吹き飛び、毛に燃え移った炎を見て慌てて逃げ出してしまった。
 その様子を見ていた人達は一斉に歓声を沸き起こさせた。
 そこかしこで湧き上がる感謝の言葉、聞いていたカケルも思わず気分が良くなったのか化け物が逃げていった方を見て

「ははっ! ざまぁないぜ!」

 と高らかに笑って見せた。



 謎の化け物を撃退してから数時間。辺境の村だったということもあってか、カケルはあっという間にただの冒険者から彼らにとっての『勇者の再臨』になっていた。
 そのままカケルはすぐに彼らの感謝を背に受けながら去るつもりだったが、彼らはすぐにカケルをもてはやし、宴の準備を始めた。

「そこまでしていただかなくて結構ですよ! 僕は当然の事をしただけなんですから!」

 あれよあれよという間に村人総出で準備されるその宴をカケルはなんとか断ろうとしていた。
 元々正義感が強いせいもあって、カケルは誰かを助けることはあっても、誰かに助けてもらったりお礼をされるのには慣れていなかった。
 彼が言った通り、当然の事をして感謝の言葉以上の事をされるのはあまり気が進まなかったからだった。

「ならば是非とも受けてくだされ。その当然の事を出来る者は存外、少ないものなのです」

 結局、押しの強い村人たちに言いくるめられ、断るわけにもいかず、あっという間に彼を奉る席が整った。
 次々と思わず広角が上がってしまうような色とりどりのご馳走が運ばれる間に周りを見渡したが、ウヨシギが言っていた割には村人の若い衆は多く見えた。
 その場に居るのがおよそ三十名ほど、その内の四割ほどはカケルと同い年か誤差一、二歳ほどの者も見受けられた。

「さあさあ! 飲んでください! 今宵は特別な夜なのですから」

 カケルが周りを見渡していると何処から出してきたのか彼と同じ程の大きさのその盃には既に溢れんばかりの酒が並々と注がれていた。
 あまり酒が得意ではないカケルは軽く苦笑いをしたが、彼の性格上それでも出されたものであるそれを飲まないわけにはいかなかった。
 口を透き通る水のような酒に付け、舌を使い、少しずつ飲むが、それでも盃からは少しずつ酒が零れ落ちていた。
 彼が顔を上げると、一斉に歓声が沸いた。
 強い酒と歓声でカケルも気を良くしたのか、二口、三口とその酒を飲んでいった。
 料理を口へ運び、少し味わうとそれとまた盃の酒を一口飲む。
 勧められるままに次々と味わっていったが、その料理の全てがとても美味で、不思議なほどに酒との相性が良かった。
 そのまま彼を取り囲むように村人たちも楽しそうに料理や酒を口へと運んでいた。
 その光景を見て酔いの回って少し上機嫌になっていたカケルは心の中で本当に満足していた。

『この人達の笑顔が見れて本当に良かった』と……。

 すっかり出来上がり、上機嫌になっていたカケルは、彼の旅の話を聞こうと集まってきた人達に大きな動きと大袈裟な言葉で自らの武勇伝を語っていった。
 一つ話すたびに拍手と歓声が起き、聞き入る人がどんどん増えていくため、カケルもますますテンションが上がっていた。
 彼が人を助けるのは間違いなく良心からだ。
 そうでなければ彼がその大衆相手に十も二十も冒険譚を語れるはずもないだろう。
 だが、彼の活躍を話す度にそれほど嬉しそうに聞いてくれればカケルとて嬉しくなってしまう。
 ついつい気を良くして、酒を飲みながら話していくとこんな言葉もポロッと出てしまうものだ。

「それならば、この村の傍にいるあの化物の息の根も止めてくれるんでしょう?」
「あったりまえだ! 僕が化け物の一匹や二匹なんてちょちょいっと片付けてみせるよ!」

 その言葉で今までよりもより一層大きな歓声が沸いた。
 少し冷静になれば、酔っている状態で撃退しかできなかったものを始末するなんてことができるはずがないのだが、それが酒の恐ろしい所だ。
 すぐにカケルは立ち上がると、周りの人達の先導でその化け物を封印していた洞窟へと少し左右に揺れながら歩いて行った。



 およそ十分ほど歩いただろうか。先程までカケルをもてはやしていた村人たちも流石に静まり返っていた。
 急な坂を登り、崖に沿うようにその裏へ回るとそこには物々しい雰囲気を放つ洞窟があった。
 おびただしい量の札が岩肌に貼られ、洞窟の周辺には恐らくその穴を塞いでいたと思われる砕けた要石が散らばっていた。
 酒で気が大きくなっていたカケルもその異様な存在感を放つ洞窟に酔も覚めて、真剣にその洞窟を見つめていた。
 見た所、入口の近くにはあの化け物はいないようだったため、カケルはゆっくりとその洞窟へと歩を進めていった。

「お気を付け下され……!」

 その岩肌からウヨシギや他の村人たちが小さな声で、彼に声援を送った。
 一度振り返り、ただ無言で頷くと、カケルはそのまま洞窟の中へと進んでいった。
 洞窟の中は暗く、何も見えなかったため、化け物に気付かれないように鬣を少しだけ灯し、小さな灯りだけを頼りにゆっくりと奥へ奥へ警戒しながら進んでいく。
 長い一本道の洞窟は真っ直ぐ続いており、そこまで広いわけではないため、いつでも戦えるように先頭を行える心の準備だけをしながら一歩ずつ確実に進んでいった。
 長く続いていた真っ直ぐの道も壁が灯りに照らされてようやく確認できるようになり、そこで終わっているかのように見えたその洞窟が、直角に曲がってまだ続いていることにカケルはすぐに気付き、同じようにゆっくりと曲がって進んでいった。
 一歩、一歩、確実に安全性を確かめながら進んでいくと、やがて広い場所へたどり着いた。
 洞窟の只中にいるため、そこが開けていること以外が全く確認できない場所にたどり着くとカケルは、一応周囲を警戒しながら炎の鬣をほぼ全開で灯した。

「な、なんだこれは!?」

 目に写りこんできたあまりにも衝撃的な光景と共に、カケルの頭の中にはゴツンッ!! という鈍い音も響いていた。



 ふと気が付くと、カケルはその場に横になっていた。
 いや、正確には気絶していたのだろう。異様な後頭部の痛みに気が付いて何が起きたのかをゆっくりと整理することにした。
 彼は洞窟の中の開けた所にあるその『異様な光景を』見て、絶句している間に何者かに殴られたのだった。
 彼を殴ったのは誰か。化け物なのだろうか?
 それは有り得ない。もし化け物が彼を襲っていたのなら、彼がもう一度目を覚ますことはなかっただろう。
 ならば誰か。カケルにはもうある程度答えが分かっていた。

「お目覚めは如何ですかな? 勇者殿?」

 その声には聞き覚えがあった。
 初めて会った時と全く変わらぬ調子で喋っていたからだ。

「とりあえず最悪だ。とだけ言っておくよ、ウヨシギさん」

 そう言い、カケルは立ち上がろうとしたが、足も首も体もしっかりと縛られていた。
 カケルがもがいているのに気が付いたのか、ウヨシギはわざわざカケルの視界に入るように回り込んできた。

「いえいえ……。我々にとっては最高の日となりました。 貴方が来てくれたお陰でようやく六百六十六体、全ての邪神様への贄が揃ったのですから……」

 わざわざ最初と同じような柔らかい笑顔でウヨシギはそう言い、微笑んで見せた。
 カケルが見た異様な光景は洞窟の中に敷き詰められた、無数のポケモンたちの縛られた姿だった。
 気を取られている間に、恐らく後ろから殴り掛かられたのだろう。

「もうすぐ時は満ちます。 その時をせいぜい十分楽しんで下さいませ。『勇者』殿……」

 そう言うと、ウヨシギはそのままカケルの視界を離れていった。

「さっきまで僕の事をもてはやしていたのも全部このためか!」

 必死にウヨシギに怒りの言葉を投げかけると、フッと息を吐くように笑い

「ええ、奉り上げていましたよ。貴方ではなく邪神様を」

 最後にそう言うと、ウヨシギは高笑いと共にその洞窟を去っていったようだった。
 それと同時に何かの蠢く音が聞こえ始めた。
 背中の火を全力で灯すと、その洞窟の壁一杯に、あの化け物と同じような何かが広がっていた。
 自分の周りに転がっている他の冒険者だと思われる人達を悲鳴と共に飲み込みながらそれは次第にカケルへと近寄ってきていた。

「畜生……」

 カケルは最後にそう呟き、目を閉じた。
 所詮、彼もここにいる人達も、ただあの村人たちにいいようにもてはやされただけの人達だったのだろう。
 彼らの純粋な正義感を利用して……。

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