終わる世界に花束を

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作者:けもにゃん
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読了時間目安:17分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 雲の切れ間から注ぐ眩しいほどの太陽を一匹のポケモンがその美しい若芽のような背で一杯に受けていた。
 白い体に萌える青々としたグラシエアの葉がその光を受け、全身にその恵みを行き渡らせていた。
「一週間振りくらいか……。どうだ? フィーレン。久し振りの太陽は?」
「うん……! やっぱり太陽の光は気持ちが良いわね」
 全身で陽光を受け取り終わったそのフィーレンと呼ばれたポケモンは体をプルプルと震わせ、伸びをしていた。
 そんな様子のフィーレンを見て、話しかけた男は嬉しそうに声を出して笑っていた。
 男の風貌は決して整っているとはいえないボロ布を纏めたようなマントを羽織っており、いかにも旅人というような感じだった。
 彼の横に居るフィーレンと呼ばれたポケモンはシェイミ。かんしゃポケモンと呼ばれる世にも珍しい伝説のポケモンだ。
 何故そんなポケモンが彼と旅をしているのか。
 普通、伝説のポケモンと呼ばれるポケモンは全てその生態が定かでなかったり、人の目には触れないような場所に住んでいる。
 しかし、中には人との交流を大事にする伝説のポケモンも多いようで、フィーレンはそんなポケモンの内の一匹だった。
 元々シェイミというポケモン自体が人々に、野山に、この世界の全てに感謝を伝えるために旅をするポケモンだ。
 フィーレンも旅で世界を転々としていたが、とある場所に立ち寄った際、人間にあるお願いをされた。
 『世界中に美しい緑を取り戻したい』
 フィーレンが旅の途中立ち寄ったのは郊外にポツンと立った研究所だった。
 大きいわけではないが小さいわけでもない。それなりの研究成果を挙げて世のため人のためになる研究をしていた極普通の研究所だった。
 そこにいた科学者の一人がフィーレンの存在に気付き、お願いしたのだった。
 シェイミには沢山の感謝の気持ちを受け取ると辺りに息吹の力を与えることも知られていた。
 その力に着目した研究者はフィーレンにその力と科学者たちの研究を用いて何とか不毛の大地になってしまったような場所にも緑を取り戻せないかと考えたのだった。
 研究はフィーレンの力に頼るため、あまり急ぎ過ぎない程度に、フィーレンに負担を掛けないように行われていた。
 そんな間にも世界は少しずつ歪み、うねり始めていた。
 戦争――。それが彼らをフィーレンに頼み込んでまでこの研究を始めた切欠だった。
 始めこそ小さな紛争程度だった。
 利益を求め、土地を求め、不平や不満を満たすための堂々巡りは次第に飛び火、世界規模にまで成長しきっていた。
 戦争は次第に人の心を疲弊させ、土地も疲弊させていった。
 ポケモンを投入した戦争はそれだけでは飽き足らなかったのか戦術兵器までも投入し始めた。
 世界がどれだけ崩壊していこうともその侵攻を止めることはもうできなかった。
 そして遂に世界は終わりの日を迎えた。
 世界がほぼ同時に敵対国へ止めを刺すためのロケットミサイルを打ち上げた。
 遠く離れたその研究所にも崩壊の波は訪れ、あっという間に世界が無くなっていった。
 完全に研究所もその機能を果たさなくなり、研究も諦めざるおえなくなった。
 かといってフィーレンはまたこの場を離れ一人旅をするには既にこの研究所の人達を置いて行ける程、浅い関係ではなくなっていた。
 そこで彼はフィーレンにこう切り出した。
「どうだい? 折角なんだし、生きてる人でも探しながら僕の故郷まで帰るってのは」
 それが彼とフィーレンが旅を続ける理由だった。
 目的地は無い訳ではないが、この研究所から彼の故郷まではとても遠く離れていた。
 だからこそ彼はそう切り出して、誰も居なくなった元研究所を後にし、故郷への旅路をかなり戻ってきていた。
 何処かにまだ生きている人間が居ることを、故郷が無事なことを信じながら。


  ◇


 それからは放浪の日々だった。
 空には分厚い雲が覆い、陽の光が差し込む日は稀なほどになっていた。
 そのため気温がとても下がり、まだ残っていた僅かな草木も急激な環境の変化のせいで殆どが立ち枯れていた。
 気温が不安定なためか雹や雷もよく降り注ぎ、建物はさらに崩れ、よく残りの草木や燃料に引火して火の手も上がっていた。
「あっはっはっは。まさに地獄絵図だな」
 先程までの穏やかな天候が嘘のようにあっという間に彼らからするといつもの景色になっていた。
 そんな中で彼らは近くにあった廃墟の下へ素早く逃げ込み雨宿りならぬ雹宿りをしていた。
 こんな環境でも彼らは既に慣れているのか案外楽しそうにしていた。
「そういえばさっきまで晴れてたから近々雨でも降るんじゃないの? 早めに大きな街に逃げ込んだ方がいいわね」
「そうだな。雹が降り止んだら急いで近くの街を探すか」
 彼らにとって雹と雨なら雨の方が恐ろしい。
 雨はとても強力な酸性であるため大きめの建物に避難しなければ酷い目に遭うからだ。
 雹のつぶてがぶつかっても死ぬか死ぬほど痛いかだが、雨が当たれば死ねない上に雨の含む強力な酸と入り混じった毒素で長く苦しめられることになる。
 こんな世界ならいっそ死んでしまった方が楽だと思えるほどだからこそ、彼らは皮肉を込めて降り注ぐ天災をどちらの方がましかとそう話していた。
 彼らの望んだ世界とは遠くかけ離れてしまったこの世界だったが、それでも彼らは希望を追い求め、そして互いに感謝しあった。
 『今日もまた明日のために生きられた』と……。
 歩けど歩けど続くのは瓦礫か荒野か枯れ並木。溜め息でも出そうな光景だが彼は笑っていた。
「フィーレン見ろよ! あの木、踊ってるみたいだぞ!」
「そういう生え方をしただけでしょ? もう、道草食ってる暇はないのに……」
 歪な育ち方をした枯れ木を指差し、枯れはそれは無邪気な子供のように笑っていた。
 それに呆れながらも返事をして、スタスタと歩いていくフィーレン。
 雨が降る前に移動しないといけないと言った割には彼は無邪気なものだが、それでも彼もフィーレンも楽しそうだった。
 そうでなければ平常心を保てないからではない。
 彼らはこんな世界でも単に旅を楽しんでいた。
 それから暫く歩いていくと大きな瓦礫の群れが現れた。
「おぉー。結構大きな街だったんだろうな。これならまだ食料残ってるかもな!」
「食べられなくなった物が殆どなんだけれどね。ま、あればラッキー程度で行きましょう。どちらにしても急がないと雨が降りそうよ」
 元は沢山の人間やポケモンが住んでいたであろうその街は今は見る影もない。
 高くそびえる高層ビルだっただろう建物は既に雨や雹の影響で大分崩れていた。
 しかし、それでもビルは今でも周りの建物よりも高く、今だ当時の存在感を物語っていた。
「しっかし……やっぱりゴーストタイプのポケモンだらけだな。まさにゴーストタウンってか?」
「ゴーストよりもカゲボウズとかジュペッタの方が多いわね。カゲボウズタウン? しっくりこないわね」
 笑いながら彼らはそんなことを言っていた。
 こんな世界の中、今も生き残っているポケモンが居た。それがこの街にも沢山居るゴーストタイプのポケモンだ。
 ゴーストタイプのポケモンは大半が食料を必要としないためこんな世界でも容易に生きていくことができる。
 だが、大半のゴーストタイプのポケモンは元が人間だったため
「人間、ポケモン……生きてる……恨めしい……!」
「おぉう! ばれたばれた! 逃げるぞ!」
 彼らは恨みの対象になる。
 普通のポケモンたちのそれとは違い、恨み辛みの塊のような存在になった彼らには呪う意思以外が残っていない。
 誰かに付き従うこともなければ群れを成すこともない。ただの意思を持った怨念だ。
 このポケモンたちは群れを成しているわけではなく、呪うこと以外の意思を持たなくなってしまったためにここから自らの意思で動くこともできなくなってしまったポケモン。言うなれば怨霊の類になる。
 そのため周りにいるのが自分と同じものであることにも気付いていない。
 唯一気付くことが出来るのが恨みの対象である人間や怨霊ではないポケモンだけだ。
 なんとかその廃墟の中をグルグルと走り回り、そのポケモン達を撒くことができた。
 が、ただでさえこんな世界。食料も少ないため元々残り少ない体力を更に削って逃げた二人は既に室内でヘトヘトになって休んでいた。
 運良くこの建物に残っていた食料を少しだけ口に運び、大事に大事に一口ずつ噛みしめていた。
 逃げ切れたとはいえまだここ廃墟内。いずれは見つかってしまうかもしれないと心配していたが、雨が降り出したことによってその心配はなくなった。
 ゴーストタイプであったとしても実体が完全に無いわけではない。
 雨に当たればゴーストタイプでも苦しめられるため、雨が降り出せば彼らも建物に逃げ込むか、気が付かずに溶けて消え去るかのどちらかだ。
 近くに居れば気配で彼らの建物に入り込んでくるだろうが、雨が降り始めても何も入ってこなかったことを考えると何も近くに居なかったようだ。
「そういや……結構戻ってきたなあ……。もう少しで僕とフィーレンの旅も終わりかな?」
 ようやく落ち着くことが出来たからだろうか、彼は久し振りにこの旅について語りだした。
 ポケモンや交通機関……そういったものを使えばあっという間だったはずのこの旅路、枯れ果てて人もポケモンも見当たらない世界を歩いて帰るのはあまりにも遠く辛い旅路だった。
 それでも彼もフィーレンも決して『諦めたい』とは口に出さなかった。
 その言葉はそのまま二人の旅の終わりを告げる言葉になり、もう何も残っていないこの世界に二人は一人ぼっちになってしまうからだ。
 少しだけ雨が地面を叩く音だけが響き、間を置いてからそうね。とだけフィーレンの言葉が聞こえた。
 考えたくなくても旅の終わりはいつか訪れる。だからこそ彼はこう聞いたのだろう。
「僕の故郷に辿り着いたら……フィーレンはどうするの?」
 答えはなかった。
 いずれは終わる旅の答えはすぐそこまで迫っていたからなのか、それとも考えたくなかっただけなのか、フィーレンは神妙な表情のまま遠い雨空の向こうを眺めるだけだった。
 その後雨が止むまでの間、二人の間に会話はなかった。
 しっかりとした建物と敵が近寄る事の出来ない雨のおかげで久し振りに睡眠を取ることができたせいもあるだろう。
 雨が上がり、しっかりと英気を養う事のできた二人はまた、元気に歩き出した。


  ◇


 あの日から数週間後、彼らはまた小さな廃都で食料を求めて彷徨い、彷徨う怨霊たちに追い掛け回されていた。
「どうするの!? もうすぐ雨も降りそうなのよ!?」
「どうするっつったって! この町、規模のわりにゴーストタイプ多すぎるだろ!!」
 怪しい雲行きに焦りは募り、追いかけてくるポケモンたちのせいで考える暇も逃げ込む場所もなかった。
 もともとあまり体力がないのと変わりのないほど食事を摂っていない彼らからするとこれほどの間追われ続けるのはかなり問題がある。
 ヘトヘトになりつつも立ち止まるわけにはいかず、必死に逃げ回っていると目の前から別の影があわられた。
 挟み撃ちにされ、もう無理だろうと構えた彼らだったが、その前から現れた影は彼らを飛び越え後ろを追ってきていたゴーストタイプのポケモンたちにシャドーボールをぶつけて散らしてくれた。
「驚いたな……まだ生きてるポケモンがいたなんて……」
 彼らを助けてくれたポケモンはアブソル。アブソルが驚いていたように彼らも驚いていた。
 お互いにまだ生きているポケモンがいると思っていなかったためだろう、すぐにでも聞きたい事が沢山あったが、ひとまずすぐにその場を離れる事にした。
 アブソルとの出会いは彼らに様々な希望を与えてくれた。
 アブソル曰く、彼はこの街の近くにある最後の『森』に住んでいるそうだ。
 そしてその森にはアブソル以外にも僅かながら生き残ったポケモンたちが住んでいるそうだ。
 この町には逃げ込める廃墟がないため雨が降り出すよりも先にその森へ逃げ込む事にしたのだが、既に走れるだけの体力が残っていなかったため、アブソルに二人を乗せて運ぶ事になった。
「全く……よくそんな体力で今まで生きてこれたな」
 無事、雨が降り始めるよりも先に森に辿り着く事ができて、アブソルはそんな皮肉を二人にぶつけていた。
 雨が降り始めたものの、突然変異かそれとも今の環境に対応していったのかこの森の植物たちは一切酸の影響を受けていなかった。
 木の実も実り、問題なく食べる事ができるため、食料の問題もなかった。
 アブソルの言った通り、残り少ない様々な種類のポケモンたちが身を寄せ合って必死に生きていた。
 そしてそこに良くも悪くも人間の姿は一人もなかった。
「ここは良いなー。本当に最後の楽園なのかもな」
「だろうな。俺もようやくここに辿り着いて数年だが、もう外から来るポケモンはいないだろうと思ってたからな」
 彼の言葉にアブソルはそう答えた。そう思えるほどに世界は残酷だったのだ。
 自然とはかくも素晴らしい。人間の生み出した兵器によって世界は崩壊する以外の未来を絶たれたように思われていたが、ここで小さな命を育んでいた。
 所詮、世界を滅するほどの兵器といえど人の生み出したものだ。それよりも数億、数十億と息づき続ける自然はまた長い年月をかけて元に戻っていくだろう。
 そして幸か不幸かこの森には人間が一人もいなかった。
 世界を崩壊へと導いた元凶は間違いなく根絶されていたのだ。自らの手で……。
「ねえアブソル……。一つだけお願いしてもいい?」
 彼の問いに対し、アブソルはただ頷いて答えた。
 すると彼は少しだけ微笑み、一呼吸おいてから話し始めた。
「この森のすぐ近くに僕とフィーレンの目的地があるんだ。この旅もそこに到着したら終わりだから……終わったらフィーレンをこの森で生活させてあげて」
 その言葉に対するアブソルの返事はなかった。
 ただ、黙って頷くだけだった。
 それから数時間後、雨が完全に止んでから彼とフィーレンは目的地である彼の故郷へとまた歩き始めた。
 雨上がりの土は本来、とても心地の良い雨の匂いがするものだが、この世界ではそうはいかない。
 出来る限りその土から昇る気体を吸い込まないようにしなければ肺に深刻なダメージを受けてしまう。
 口を押さえつつ、土が殆ど乾いている場所を選びながら真っ直ぐの道をグネグネと曲がりながら進んでいた。
 小さいながらも森もまだ見えるほどの距離、小さな峠を越えた先に彼の故郷はあった。
「フィーレン!! 見てよ! 故郷は……! 僕の故郷はそのままだったよ!」
 奇跡だろう。彼の故郷である小さな村は山々の谷間にひっそりと、しかし彼が覚えている頃のままだった。
 久し振りに彼は自発的に走り出していた。
 村の入り口まで来たが、間違いなくそこには人も居て、家もそのままだった。
「みんな! ただいま!」
 彼の到着に気が付いた村の人達はとても嬉しそうにしていた。
 お帰り。久し振り。元気そうだね……。そんな他愛のない声が嬉しくて彼の頬には涙が伝っていた。
 彼の顔見知りであろう人達に温かく出迎えられ、様々な思いが止めど無く溢れ出し、その嬉しさを抑えることはできなかったようだ。
 そのまま彼はフィーレンが後ろで待っていることも忘れ、恐らく彼の家である場所へと入っていった。
「お疲れ様……。貴方と最後に旅ができて良かったわ……」
 彼の背中にフィーレンはそんな言葉をかけていた。
 フィーレンは彼の入っていった家と同じ位置にあった廃屋の中へと歩いて行った。
 彼の家だけではない。この村自体、今まで散々見てきた廃村や廃墟と何一つ変わりのない姿だった。
 人は一人もおらず、人が住んでいたであろう痕跡も既に残されていないほど朽ちたその数件の家々は、これほどの山奥であったこの村さえも一瞬で滅してしまうことができるほどの人が生み出した兵器の恐ろしさをその凄惨が物語っていた。
 唯一つだけ、他の廃村や廃墟と違うことがあるとすれば、この村跡にはたったの一匹もゴーストタイプのポケモンがいなかったことぐらいだ。
 フィーレンはそのまま部屋の中を歩くと、朽ちてもまだフィーレン一人程度なら支えられそうな崩れかけた椅子の上にヒョイと上り、そこで彼女は漸く小さなため息と小さな笑を見せて
「ありがとう……。そしてさよなら……」
 誰とも知れぬそこにいたであろう人に小さく呟いた。


――今日も空には分厚い雲が立ち込め、命を奪い去るような黒い雨や殺意の塊が降り注ぐ。
 空は色を失い、湖は枯れ、地は裂け、山は砕け、海は生者を拒む色を見せた。
 それでも世界は廻る。かくも自然とは雄大で屈強なものだ。そんな世界でも少しずつ、少しずつ世界は色を取り戻していた。
 それがこれから何百年だか、何千年だか先かは分からないが、いつか自然はもう一度息を吹き返すだろう。
 そしてその世界には今一度、同じ過ちが繰り返されることは決して無いだろう。

 既に、それを記す者はいない。

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