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作者:けもにゃん
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読了時間目安:13分
「素晴らしい…。遂に誕生したぞ…伝説のポケモン、ミュウの遺伝子を継ぐ者…。」
そこに居る人間が皆、拍手と共に笑みを浮かべていた。
『目障りだ…。』
声にならぬ声は発するまでもなく、直接、意志として彼らに届いていた。
「私たちが君を生み出したのだ。」
自慢げにそう語りながら一人の男が歩み寄った。
ここまでの苦節、数え切れぬ程の挫折、落胆…そう言ったカレにとってどうでもいい話をだらだらとその男は話し始めた。
聞きたくもない。
人間の愚痴など…。
紛い物として生み出された、誰も望まぬ自身の存在など…。







     hello world_







ふと気が付くとカレは先程とは違う部屋に居た。
特に無理に連れ去られた訳でもなく、眠っている間に運ばれたようだ。
生み出されたばかりのカレにとって初めての対話は予想以上に体力、精神力を大きく削ったようだ。
容姿こそは既に成体、しかし、まだカレは生まれてからまだ間もない。
にも関わらず豊富な知識が有り、既に様々な事柄が既視感で満ち溢れ、好奇心は既に達観によって消え失せていた。
最後の一つを除いて…。
『ここは何処だ?』
「お!目が覚めたのか。とりあえずおはよう。」
カレの目に最初に飛び込んだその白衣に身を包んだ男へと声を掛けた。
いや、正確には念だ。
ポケモンであるカレは人間と話すことはできない。
無論、それはあちらの男も同じ事。
しかし、エスパータイプ最高峰、ミュウの遺伝子を継ぐカレは高い精神力で思念そのものを相手に送り、逆に相手の思念を読み取ることができる。
にも関わらず、男はそれなりに知性を感じられる身なりとは裏腹に見当違いな答えを返してきた。
言葉が通じていない…わけはない。
言葉ではなく、言葉に込められた意味そのものを読み取れるのだから。
『とりあえず私の質問に答えてくれ。』
ため息でも漏れそうな呆れた感情は今にも漏れそうだったが、口を開く必要がない分、少し息を長く吐くだけにとどまった。
「んーと…。まあ、俺の部屋だと思ってくれ。あ、いや俺とお前の部屋。だな正確には。」
どうも先程からこの男は身なりに似合わぬ若干知性に欠けた言葉と僅かに的を得ていない返答を続けている。
確かに、容姿から一概にその男も科学者であると断定するのは少しばかり浅はかではあるかもしれない。
だが、それはせめて科学者らしい行動をとりながらそんな知性のない喋りをしないでもらいたいものだ。
というのも、男は先程から何かの分厚い資料に目を通しながらローラー付きの椅子に深く腰を下ろし、決して地味ではない顔立ちによく似合った銀縁眼鏡をクイッと持ち上げて位置を直していた。
『私はここで暮らすと言った覚えはない。』
「お前はそうでも俺はそうはいかないからね。暮らすとまではいかなくてもせめて協力して欲しいかな?」
見た目とは似合わず、よく喋り、カレの能力を知ってか知らずかわざわざ身振り手振りも大きくしてみせる。
俗に言う、喋らなければかっこいい男性だ。
『協力、などと言わず無理矢理従わせればよかった筈だ。何故そうしなかった?』
カレの言っている事は正しい。
協力する気が毛頭無いのは生まれた直後のカレを見れば一目瞭然だったはずだ。
にも拘らず、男はまるでカレが協力することが当たり前かのように接してきた。
「それじゃいけないんだよ。今回の実験はね。お前には全面的な協力が必要なんだ。勿論、操るという形ではなく…ね。」
男はようやくまともな返答をし、大事な部分をうまく包み隠しながら話した。
それはつまり、男にとってもカレにとっても大事なことなのだろう。
でなければこの飄々とした科学者はそんなに真面目な言葉を口にしそうにも無い。
『ならすぐに終わらせてくれ。』
その言葉は確かに協力を承諾した言葉だったが、感情や想いの篭っていない無機質な言葉のように感じられた。
「まあそう慌てるな。折角一度きりの命なんだ。存分に楽しめばいいだろう?」
それは男も勘付いたようだった。
カレにとってこの世界はつまらないものなのだろう。
それとも自身の存在がつまらないのか。
それともどちらともなのか…。
初めてカレは表情を顔に表した。
いかにも不快、不満に満ちた苛立ちとは違う眉間の皺は男の言葉に対する反感なのだろう。
『楽しむことなどもうこの世には無い。造られた私に創られた世界を生きる資格は無い。』
そう感情を込めて言った。
面白いことに、思念というものは人の感情や想いも乗せて相手に届けるのだろう。
その感情はそのままその男の心へと届いたのか、この飄々とした男も初めて言葉を失っていた。
だがそれくらいで退くような男ではなかった。
「だが、お前が生きる資格がないと決めた奴はいるのか?」
先程までとは違い、その言葉には確かな重みがあった。
『私自身が私の記憶の材料から導いた答えだ。文句はないだろう。』
無論、カレも退かない。
豊富な知識の中にある、まだ見たこともなかったはずの記憶…。
そこには美しい記憶ばかりではない。
寧ろそういった記憶は暗闇の中にポツンと佇む街灯のようなものだ。
生まれてすぐのカレに深すぎる闇は街灯は疎か、生きる希望、喜びといった決して消えるはずのない灯火さえも見えなくさせていた。
「一つだけ断言しよう。経験則に過ちはないが、進展、新たな発見は決して有り得ない。答えを出すにはまだ早い。だろ?」
故に男はスッパリと言い切ったのだろう。
そしてその男に似合わぬ張り詰めた面はほんの少し前のように底抜けた陽気さを取り戻していた。
暫くの沈黙…。
その間、決してカレは答えを出さなかった。
「なぁに、科学者だってそうだ。『古きを訪ねて新しきを知る』。大事なことだがただの基本だ。
結局、最終的には俺たちも知らない世界へと踏み込んで、初めて見ることに驚いて、怯えて…。でも最終的には納得していつの間にかみんなで笑ってるもんさ。」
責めはしない、しかし肯定もしない。
出すには早すぎる答えへの、親から子への説教のようなものだった。
『私は既に…様々な闇を知っている。それは勿論、人間に…特に科学者に対する深い闇もだ。』
明らかにその言葉には迷いがあった。
生かされるためにその知識を利用されているのか、利用されるためにその知識を活かされているのか…。
闇に見えた一筋の糸も深い欺瞞は闇に飲み込もうとしていた。
「見たんなら尚更だ。決めりゃいいさ。俺の言葉ではなく、自分の意志で&ruby(生きたいか){知りたいか};、&ruby(死にたいか){知りたくないか};を…な?」
それだけ言うと、男は問答をやめ、椅子に深く座り直して資料に集中した。
すぐに出せる答えではない。
カレの迷いも分かっていて、敢えて男はそれ以上を口にすることをやめた。
それ以上の助言は、ただの誘導である。
そう思ったからだった。





考え込んでいる内にカレは眠ってしまっていたようだ。
流石に日が落ちたのか男もいつの間にか部屋にあるベッドで横になっていた。
それどころかカレも自分のために用意されたであろうベッドに移されていた。
それなりに体重は重いはずだが、男がどうやって運んだのかは謎だ。
ここで明かそう。
カレが抱いていた最後の好奇心について。
好奇心、それは全ての生物が生きる時に生きたい、知りたいといった知的欲求から来るものが多い。
故に人間はよく物を知りたがる。
ならばポケモンの場合はどうであろう。
無論、ただのそこらの生き物よりも知恵があり、とても豊かな感情がある。
そうくればカレらも人並みとまではいかなくてもその好奇心は確かに大きいはずだ。
しかし、好奇心は知らないからこそ起きるもの。
遺伝情報だけならば何も知らずに生きることができただろうが、カレはクローン。
複製された存在だ。
その上、ただの複製ではなく、品種改良までも施されている。
それが改『良』と呼べるものなのかは今のカレを見れば一目瞭然だろう。
とはいえ、カレの知識はまだ経験ではない。
体験したことはないが、既に記憶の中にあるというだけだ。
故にわずかながらの好奇心が残っていた。
それは…男の存在。
何故、彼は実験のためとはいえ必死にカレを生かそうとしているのか。
カレには男からの生きてもらいたいという真摯な思いが思念を通して伝わっていた。
故に不思議だった。
好奇の目でも、畏怖の念でもない。
まるで我が子にでもかけるような激しい叱咤と優しい気遣いだった。
自分が造られた存在であることを一切感じさせない思いだった。
それはまだ自分の中にない答えだった。
知りたい…。
「ん…。あぁおはよう。どうした?」
気が付いた時には既に男の体を揺すり、目を覚まさせていた。
『まずは起こしてすまない。そして教えて欲しい。私の中にはない&ruby(記憶){こたえ}を…。』
寝ぼけ眼を擦り、机に置いてある眼鏡を掛けて男は不安そうな眼差しを向け続けるカレにゆっくりと話し出した。
「とりあえず…何が言いたいのか良く分かんないから最初から説明してくれる?」
当たり前だがそんな端的なことを言われても分かるはずがない。
「なんでムスッとしてんだ?」
勿論、カレの心中など知る由もない。
小さくため息を吐き、カレは自分の中にある不安や思いを全て男に伝えた。
『私は…いや、私という存在は造られたものだ。本来は存在しえない虚空なる存在だ。
何故、そんな存在である私にお前がそこまで尽くすのかが分からない。
お前にとっての私とは…一体どんな存在なんだ?』
伝え終えると暫くの間、沈黙が訪れた。
しかし、男は考えるでも悩むでもなく、ただ真っ直ぐにカレの目を見つめていた。
そして
「お前を生み出した科学者の内の一人だからだ。」
そう答えた。
だが、カレはそれで納得するはずもなかった。
『ならば何故お前だけなのだ!!他の者は!?』
「知るわけないだろ?他人の心の奥底まで分かるほど優れた人間じゃない。」
焦りにも似たカレの心の叫びを男は一蹴した。
だが、続けるように
「だが、俺は一度でもお前の事を『造り出した』と言ったか?」
そうとだけ答えた。
何か言いたげだったカレはその言葉を呑み込んだ。
眉間にまで皺を寄せ、必死に自分の中で色んな想いをかき混ぜているのだろう。
だが答えが出ないのか、カレは膝から崩れ落ち、
『ならどうすればいい!!私は何を信じ、何を疑えばいいのだ!!』
そう叫んだ。
それはまさに心からの叫びだろう。
握り拳を地面に叩きつけ、必死に自分との葛藤をぶつけようのない相手にぶつけていた。
すると男は一つ、鼻で笑うように息を吐き出し、
「流石に酷だったかな?俺が教えられる範囲で教えるなら…とりあえずは俺を信じてみればいい。」
優しい、僅かに表情を緩ませただけの笑顔でそう言った。
『信じろと?そんな根も葉もない戯言を!!』
「お前の仕事はまだ自分で考えて動く時じゃないってことだ。今はとりあえず俺に頼りな。だが、必ず約束する。
お前に新しい世界を見せてやるよ。」
互いの迷いのない瞳が真っ直ぐに相手を捉えていた。
迷いのない絶望と、迷いのない救済とが…。
「最初から半端に知識があるってのは本当に酷だろうな…。
世の中、何も知らない方が幸せ。なんて言う奴がいるが案外そうなのかもしれないな。
なにせ、知らなければそれだけの発見がある、驚きがある。
それは既に似た光景を見たとしても少し見かたが変わるだけで簡単に姿を変える。
俺はお前にまだ知らない光景を…楽しい世界を見せてやりたい。
そこには確実にまだお前が知り得ない世界が沢山広がってる筈さ。
だから…こんな研究さっさと終わらせて世界を見て回ろうや。」
ひとしきり話し終わると、何も言わずにただ手を伸ばした。
その手は何を意味しているのか、それは言葉に出さずとも理解できた。
カレは何かを言うよりも、何かを考えるよりも先に手を取った。
迷いは既にその瞳には映っていなかった。
『実験の内容は?』
「知らないね。ただ、お前が自分の意志で協力してやればすぐ終わる。俺はあくまでお前の保護者役だ。」





物事には始まりがある。
それはどんなことでもだ。
学習、恋愛、仕事、生活…そして命にも……。
とある世界の始まりに"hello world"という言葉がある。
今から飛び込む知らない世界に対する最初の言葉。
新たな世界が広がるという、初歩の言葉。


だから… "初めまして まだ知らない世界"。

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