愛に形はないけれど

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作者:けもにゃん
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読了時間目安:11分
今でもよく覚えている。
小学三年生の夏休みのある日。
お父さんと一緒に帰るいつもと変わりなかった帰り道。
夕立ちに追われるように帰り道を急いでいた時のことだった。
そこに小さな僕よりももっと小さなキミがいた。
土砂降りの雨の中、小さな命は僕の小さな腕の中で小さく震えていた。
白い綺麗な体毛が雨で薄く汚れていて、今にも消え去りそうな僅かな温もりを必死に伝えている気がした。
考えるよりも先に僕はその子を連れて帰っていた。
家に帰るとお母さんからこっぴどく怒られた。

風邪を引いたらどうするのか。
家で飼えるわけがない。
そんな災いを呼ぶものを家に置いておきたくない…と。

お父さんが必死にお母さんを説得していた。
「満希ももう小学生だ。そろそろ生き物を飼って責任というものを覚えるべきだ。」
30分は口論していただろうか。
ようやくの事でお母さんが折れ、ついに家でその子を飼うことになった。
拾ってきたその子はアブソルというポケモンだった。
お母さんは最後まで災いが嫌だと言っていた。
なんでもアブソルは『わざわいポケモン』と呼ばれる不幸や凶報などあまりよくないことを呼び寄せるポケモンらしい。
そういった迷信や噂などのに敏感なお母さんが極端に嫌がったのも今なら分かる。
お風呂に入れて薄く汚れた体を綺麗に洗い流してあげると綺麗な銀色の体毛になった。
「満希、折角だからお前が名前を付けてあげなさい。」
お風呂から上がり、きちんと乾かしたアブソルがようやく元気にお皿に注いだミルクを飲みだした頃にお父さんがそう言った。
初めに思い浮かんだ名前がユキ、雪のように綺麗な体毛でひと目でそう思った。
けど今は夏、だから僕はその子にナツと名前を付けてあげた。

――

小学四年生。
拾ってきた時は僕の腕にすっぽりと収まっていたナツは、その頃にはもう僕の腕には収まりきらず抱えるのがやっとのことだった。
ナツの成長はものすごく早かった。
僕の腕の中で震えていたとは思えないほどわんぱくになり、
「女の子はもっとお淑やかにしなさい。」
とお父さんに笑いながら言われていたのが印象的だ。
それと同様にものを覚えるのもとても早かった。
僕やお母さん達の言葉をきちんと理解しているようだった。
いつの間にかナツは僕の言うことをよく聞いてくれるようになっていた。

一緒に遊ぼう!とか。
勉強するから待っててねとか。
帰ってくるまで家でお留守番…とか。

お留守番をしている間はお母さんと二人きり。
何をしているのかいつも気になっていたけどいつの間にかお母さんとナツがとても仲良しになっていて少しだけ拗ねた。
お母さんにナツを取られたようで、ナツにお母さんを取られたようで…。
するとお母さんは笑って、ナツはとても申し訳なさそうな顔をしていたような気がする。

――

小学五年生。
最近は僕のベットでナツと一緒に寝ることができなくなっていた。
どんな時も一緒に寝ていたのに僕もナツも大きくなって子供用ベッドには二人は入りきらなくなっていた。
ポケモン用の小さなベッドを僕の部屋にお父さんが用意してくれたけどナツは少し寂しそうだった。

別に何処にもいかないよ。
寝る場所が少しずれただけだよ。
一緒に寝れないほど僕たち大きくなったんだよ。

そうやって声をかけたけれど、ナツは少しだけ拗ねていたような気がする。
冬になるとナツはとても温かい抱き枕のようで、一緒に寝るととても安心する。
寒く長い冬の夜を一緒に過ごせるというのはとても心強い。
この歳になって寂しいから一緒に寝て欲しいなんて言えなかった。
それに僕の傍にはナツがいる。
ずっと一緒の部屋で生活しているナツがいる。

――

小学六年生。
気が付けばナツはとても大きくなっていた。
僕よりも背が高くなったナツを見て少しだけショックを受けた。
もうすぐ小学校ともお別れ。
バラバラになってしまう子達もいたから卒業式の日は目一杯泣いた。

さよならじゃないよね?って。
またすぐに会えるよね?って。
いつまでも友達だよね?…って。

この頃になるとナツも僕も大分落ち着きが出てきた。
構って欲しいのは変わらないようだけど、待ってと言われればウズウズもせずに待つ。
僕が家を出て行っても玄関でしょんぼりしなくなったそうだ。
嬉しいけど少し寂しい、お母さんが僕に言っていた言葉は僕もナツに言っていた。

――

中学一年生。
新しい制服は僕よりも少し大きめのサイズだった。
「新しい制服に毛が付いちゃうからナツと遊んじゃダメよ。」
入学式の日の長い長いお母さんの化粧を待っている時にそう言われた。
それが聞こえたのかナツは悲しそうな目で僕を見つめていた。
ブカブカで真新しい学生服は緊張している僕の心を表しているようだった。

新しい学校に少し浮き足立って。
新しい環境にギクシャクして。
知らない人達がいっぱいの校舎で緊張に震えて…。

この頃になると家にいない時間が増えていた。
土日は家にいるよりも新しく出来た友達と遊びに行く方が多くなっていた。
たまに家に一日中いるとナツは昔みたいに全力で甘えてきていた。
僕よりも大きくなったのにナツは昔に戻ったみたいに甘えん坊になっていた。
「大事な家族なんだ。ナツともたまには一緒に遊んであげなさい。」
お父さんはニッコリと笑いながらそう言った。

――

中学ニ年生。
成長期とは恐ろしいものだ。
僕よりも大きかったアブソルはいつの間にか僕の腰ぐらいの高さになっていた。
声もかなり低くなって一緒の部屋でいっつも過ごしていたのにアブソルは少し怯えていた。

大丈夫、いつもの僕だよ。
そんなに怖がらないでよ。
ナツに嫌われたみたいで寂しいな…って。

でもそんなこともすぐに慣れるものだ。
ナツはいつの間にかいつものように僕の横をついてまわる。
昔はナツに乗っかれたのに今では絶対に無理だ。
僕が大きくなったのもあるけど、ナツももうそんなに有り余るほどの元気はない。
とは言ってもナツは元気だ。
家の中ならナツに行けない場所はない。
腕白とまではいかなくてもそれなりに元気な女の子だ。

――

中学二年生の夏。
僕は倒れた。
急な事だった。
学校の授業中、急に意識を失ったそうだ。
気が付けば病院のベットで寝ていた。
思っていたほど大事でもなく、すぐに退院して終業式にはギリギリ間に合った。
けれど新学期、僕は教室には姿を出せなかった。
自力で立ち上がる事ができなくなっていた。

あなたのせいよ!!
あなたがアブソルなんか飼おうって言ったから!!
だからあの子に災いが!!

その日一日、お母さんは狂ったように泣き叫び、喚いていた。
ベッドにナツが寄って来てくれた。
別に死ぬのは怖くなかった。
いつか死ぬのは分かっていることだからそれが早かったか遅かったかそれだけだ。
僕はもう十分に生きたから…。
だからこそ僕が怖いことがあった。
もしも僕が死んだら、お母さんがナツを責めそうで…。
ナツも僕の大切な家族だ。
だから絶対にナツのせいなんかじゃない。
そう思っているとナツが僕の大きくなったベッドに潜り込んできてくれた。
ナツは変わらず大きくて、暖かくて、優しかった。
そんなナツの胸の中でいつかの夏の日のように 小さな命は震えていた。
ナツの胸の中で僕は涙で綺麗な銀の体毛を濡らしながら大きくなったナツの中で小さくなって震えていた。

――

次の日の朝。
ナツは家からいなくなっていた。
僕はまずお母さんに聞いた。

ナツは何処に行ったの!?
ナツはそんな悪いことする子じゃないよ!!
ナツに会わせてよ…と。

お母さんは俯いてただただ雫を零していた。
「ごめんなさい。ごめんなさい…。」
ただ、そう呟きながら…。

日を追うごとに僕の体は力を失い、熱を失っていった。
足はもう自力で動かすことすらできなくなっていた。
久しぶりに見せてもらった僕の顔は恐ろしい程に痩けていた。
だけどそんな自分のことよりも家を追い出されたナツが気がかりで…。
もう一度だけでいいからナツに会いたかった。

中学二年生の夏の終わり。
僕はもうペンを持つのも辛くなっていた。
今書いている文も僕が本当に何もできなくなってしまう前に何か記録に残しておきたかったからだ。
僕の事。
そして大切な家族である…ナツの事を…。


きせきが おきた。

ナツが ぼくの ベッドのよこにいる。

うれしかった。

ナツが かえってきてくれたことじゃない。

ナツが 自分からいえを飛び出していたことが。

きれいなぎんの体毛は 初めてであったあの日のように うすく汚れていたけれど。

口にきれいないちりんの花をくわえていた。

なんにでもきく ばんのうやく だそうだ。


――

今日は調子が良い。
恐らくこの文を書くのも最後になるだろう。
昨日、ナツが持って帰ってきた花はどんな病もたちどころに治す万能花だそうだ。
それも嬉しかったが、僕が一番嬉しかったのはお母さんがナツの事を恨んでいなかったこと。
同様にナツもお母さんを恨んでいなかったこと。
「どうしても現実を受け入れたくなくて…ナツに当たってしまった。大切な家族なのに…。」
ナツはそこまで分かっていたかのように悲しむお母さんを慰めているようだった。
今この文をスラスラと書けているのはナツが持ってきてくれた花のおかげではない。
所謂、最後の回復だろう。
恐らく、以前死ぬのは怖くないと書いたはずだ。
その理由はただ一つ。
僕は本来、小学生の卒業式の日、死ぬはずだったのだ。
不治の病だそうだ。
その為、僕は病院と学校を交互に通っていた。
あの日死ぬはずだった僕が今日という日まで生きたことは自分を含め僕の担当医だった先生も驚いていた。
だからこそ最後に書き記したい。

僕があの日、ナツと出会って数年が経った。
僕とナツでは生きる時間も使う言葉も違う。
だけど心は通じ合えていると…帰ってきてくれたナツを見て改めてそう思った。
愛には色んな種類の愛があると思う。
人を好きになる愛。
家族を想う愛。
他人の成長を望む愛。
形は違えど愛には一つだけ共通してるものがあると僕は思う。
それが心。
互いに通じ合っていれば愛。
だなんてことは僕は言いたくない。
たとえ離れてもそれでも相手のことを想い続けて、それでも心を相手に預けられるのなら…それが愛だと思う。
愛は無償の物なら求めてはいけないと思う。
たとえどんなに遠く離れても一方的に与える物、それが愛なのではないかな。
だから僕も心はここに置いていく。
いつでもみんなを愛している。
たとえ忘れられたとしても。
たとえ見えなくなったとしても。
僕は家族を、ナツを、今まで僕に関わってくれた人達を愛する。

                                  篠崎 満希



手記はここで終わっている。
びっしりと書き込まれたその手記は必死に書いたためか端々が黒くなり、劣化で色が少し褪せていた。
そんな手記の最後のページには違う人物のメッセージが残されていた。

最愛の息子へ

今日まで生きてくれてありがとう。

沢山の愛をありがとう。

生まれてきてくれてありがとう。

その一文の横には綺麗な花の押し花と足跡が一つ、残されていた。

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