われら都会調査団トビラ組!

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頼れる頭脳派、ニャオニクスのスチュアート!

空からの調査はおまかせ! アオガラスのニコ!

そして……

我らがリーダー、ヒバニーのトビラ!



――われら、都会調査団トビラ組!




「やあやあ諸君、本日の調査内容は?」
 静かな朝に、騒がしいトビラの声が響き渡る。
 お屋敷のエントランスの脇には、大きな机がある。ここが、三匹のいつもの集合場所だ。
「ないよ」
「ないでーす」
 声を揃えて、スチュアートとニコが言う。
「えー」
 トビラはテーブルに着くなり頭を打ち付けてうなだれる。
「やだよぉ~どっか行こうよ~」
 足をバタバタさせてダダを捏ねる様子に、スチュアートとニコはため息をつく。
「のんびり一日、この屋敷で過ごす日があったっていいじゃないか」
 お気に入りの本から目を離さずに軽くいなすスチュアート。
「そんな子供っぽいこと言ってるから、まだあんただけ進化できないのよ」
 ニコは黒い翼でトビラの頭を小突く。
「うぐう……それは言うなよ」
 トビラは二人の顔を見る。
 元々は三匹で始めた、お助け隊のマネごと。都会のど真ん中にある、明日島さんという人間のおばあちゃんが住んでる屋敷の一区画を間借りして、都会のポケモン達の悩みを解決しながら過ごしている。あの頃はヒバニー、ココガラ、ニャスパーだったのに、他の二匹は進化して、ニャオニクスとアオガラス。自分だけいまだにヒバニーのままなので、ちょっとコンプレックスだったりする。
「は~あ、ヒマだなあ」
 呆れて、トビラはまた額を机に打ち付ける。

 そんな話をしていると、屋敷の入口の大扉が開く。
「あのう、すみません」
 入ってきたのは、首にピンクのリボンをつけた、イーブイの女の子。不安そうな表情で、中の様子をうかがう。
 ポケモンの来客、それはつまり、都会調査団の活躍を見せるチャンス。
「いらっしゃいませぇぇ!!」
 目にも留まらぬスピードで、トビラはイーブイのそばに近寄る。
「お嬢さん、観光? 探しもの? 我ら都会調査団トビラ組が、どんな悩みでも解決するよ!!!!」
「は、はあ……」
 あまりの勢いに圧されて、イーブイは曖昧な返事しかすることができない。
「バカ! トビラ! 屋敷の中で火ぃ出しながら走るな!!」
 ニコが怒鳴る。振り返ると地面に火の跡。スチュアートが念力で消火に努めている。
「あ、ごめんごめん」
 頭を掻いて、謝るトビラ。態度の軽さに、ニコはまだトビラを睨みつけている。
 そんなことは気にもせず、トビラはイーブイににかっと笑顔を見せた。
「ほら、こっちにおいでよ、イーブイさん。僕らが話を聞くからさっ」
 イーブイは、三匹のドタバタ具合に困惑しながらも、トビラと名乗るヒバニーに引っ張られるように机に近づいてきた。

「……帰り道が、分からないんです」
 イーブイの名前は、ジーナというらしい。
「わたし、元々ニンゲンさんと一緒にいたんです。色々なところに引っ越しながら暮らしていました。でもわたしは、あんまり外のことを知らなくて……危ないから外に出ちゃだめだよって、言われてたんです。でもどこへ引っ越しても、家の中ってあんまり代わり映えしなくて。毎日暮らしながら、外の様子ってどんな感じなんだろうって、思ってました」
 彼女の話を、三匹はじっと聞く。
「最近、みんなが荷物を片付け始めたんです。部屋の中のモノが、いつもより少なくなってましたから。それに、家族のみんなもバタバタしてて。そんな時でした。わたし、見つけちゃったんです。ベランダに出られる窓が、ほんのちょっぴり空いていたこと。
 いけないってことは分かっていたんです。でもどうしても外が見たくて。高い塀を、なんとかジャンプして登りました。とってもきれいでした。街に立つ建物、何もかもが小さくなった景色、大きなお空。お日さま。どこまでも広くて、わくわくしていたんです」
 そこまで話して、イーブイのジーナは口をきゅっと結んだ。思い出したくないことを、懸命に思い出そうとするように。
「だけど、やっぱりそれはいけないことだったんです。足を滑らせてしまって、わたしは落ちてしまいました。とっても怖かった。どこまでもどこまでも、落ちていくの。もうだめかと思いました。地面に落ちたとき、どういうわけかそんなに痛くなくて。ひどいにおいのふわふわしたものに落っこちて、命だけは助かりました。それから地面が揺れて、動き出したんです。何が起こったのかは分からないまま、私は動く地面に運ばれていきました」
「偶然、ごみ収集車か何かの上に落っこちて、運ばれてしまった……ということかな」
 スチュアートが推測する。
「……分かりませんが、きっとそうなんだと思います。気がついたらどんどん元の場所から離れていってしまって、怖くなって、慌てて飛び降りました。でも、どうやって戻ったらいいのか全然分からなくて」
 次第にジーナは涙ぐみ、ひっく、ひっく、と泣き出してしまった。ニコがアオガラスの翼で彼女の背中を覆うように撫でて、よしよし、と宥めてあげる。
「おうちに、帰りたいよう……っ」
 彼女はついに、大声を出して泣き出してしまった。トビラもジーナの背中をさすってあげる。誰を頼っていいかも分からない状態で、知らない場所に一人ぼっちで投げ出されて。きっとこの子は、不安でいっぱいだ。トビラは二匹の顔を見る。
「ニコ、スチュアート。この子を助けてあげようよ」
 その瞳に宿る決意は、堅い。
「こんなに泣いてる子、放っておけるわけないもんね」
「そうだね。きっとご家族も心配してる」
 都会調査団、任務開始だ。



 四匹は屋敷の外に出て、外に出る。
 「とは言っても、どうするつもり? ヒントが少なすぎるわよ」
 ニコが尋ねる。
「うーん」
 トビラは唸る。ジーナは、一歩も外に出たことのない家っ子だ。きっと、この街の場所を訪ねても分からないだろう。何とかうまいこと彼女の足跡を辿る方法はないものか。逡巡していると、一つの疑問が生まれる。
「そう言えばさ、ジーナはどうやってこの屋敷を見つけたの」
 ここに我々がいると知らなければ門戸を叩こうとは思わないはずだ。
「えっと、とても親切な方がいて。声をかけてくれる方がいたんです。赤と白の、お耳の長いお方でした。『ここに行けば、きっと助けてくれる子がいるよ』って教えてくれました。それでここまで来れたんです」
 ジーナはトビラの顔を少し見て、ひらめいたような表情を浮かべる。
「ちょうど、トビラさんを大人っぽくしたような感じの方でした」
 その言葉を聞いて、トビラは目を見開いた。
「まさか、アカ姉ちゃん」
 思わず、一つの名前がトビラの口をついて出る。都会調査団アカ組のリーダー、エースバーンのアカ。どんなポケモンの悩みだって瞬時に解決する、凄腕のなんでも屋だ。トビラ達の住む屋敷の二階の部屋を拠点にしているが、いつも色々な依頼をこなして街中を飛び回っている。トビラの実の姉でありながら、憧れの存在だった。少しでも彼女みたいになりたくて、同じように都会調査団を名乗って活動を始めてみたけれど、その実力にはまだまだ天地の差がある。
「きっとそうだろうけど……珍しいね。アカさんが僕らに困ってる子を任せるなんて」
「まあ、あのひとはいつも忙しいからねえ」
「いつもなら、別の依頼のついでにひょいと助けてしまいそうなものなのだけれど」
 スチュアートは言う。
「……って、トビラ?」
 さっきから無言で静止しているトビラに気付き、ニコは呼びかける。
「姉ちゃんが俺のことを頼ってくれた……」
 ぼそりと呟き、トビラは顔を上げる。
「うぇへへへへ」
 みんなに見せたのは、とんでもないにやけ顔。その瞬間、アオの翼が勢いよくトビラの頭を打った。
「このお姉ちゃん大好きっ子め! せっかくアカさんが頼ってくれたんだからしっかりしなさい!」
「あいたたた、分かってる、分かってるって」
 スチュアートがため息をつく。
「ごめんね、ジーナさん。こんな感じだけど、やるときはやるから」
「はあ……」
 この子はトビラのことを変なやつだと思ってるんだろうなあ、とスチュアートは想像する。まあ、悪い子では無いことは分かってくれているだろう。
「話を戻そうか」
 淡々とスチュアートは言う。こうでも言わなければ、恐らくトビラの心はお姉ちゃんモードから永久に戻ってこない。
「ごめんごめん。で、アカさんと出会ったのって、どの辺りか分かる?」
「ええと、確かこっちです」
 ジーナは駆け出す。三匹もついていく。

 ジーナが歩みにブレーキをかけ、声を上げる。
「あ! 多分この辺りです。この景色に見覚えがあります。この辺りで教えてもらいました!」
 辺りを見渡しながら、彼女は興奮気味に語る。
「でも、ここって」
 屋敷を出て、右に曲がり、10メートルも離れていない地点だった。振り返れば、まだ屋敷の入口が見える。目と鼻の先である。
「まあ確かに、この距離なら迷わずに屋敷まで来れるわね……」
 ニコは翼で自分の顔を覆い、空を仰ぐ。
「でもまあ、最初に曲がる方向が分かっただけでも一歩前進だよ。地道だけど、これを繰り返していくのが今は確実だよ」
 すかさず、冷静にスチュアートがフォローを入れる。
「ジーナちゃん、来た道はどっちだい? 落ち着いて、じっくり思い出してみて。今は同じ道を辿ることにだけ集中するんだ」
「俺たちもついていくからさ」
 トビラのにかっと笑う顔に、ジーナは頷いた。

 時折振り返り、ジーナの記憶と道順を照らし合わせ、進み続ける。
「うーん、ごめんなさい。この辺りから通ったかどうか、思い出せなくって」
 ちょっと進んだり戻ったり、角度を変えて見たりしてみても、彼女の記憶の景色とは一致しない。
「なるほど、ということはつまり」
「つまり?」
「つまり、この辺りでジーナさんは車から飛び降りた可能性が高い、と言えるね」
 スチュアートは仮説を立てる。その意見に、みんな異論はない。
「でもどうするの? 車からの景色を思い出せ、って言うのも酷じゃない?」
 ニコは疑問を口にする。
「流石にその必要はないさ。ジーナさん、車が動き出してから、どれくらい乗っていたかは覚えているかな?」
「ええと……そんなには長くないはずです。何が起こったのか分からなくって、しばらく動けなかったけど、あんまり離れちゃいけないと思って飛び降りたから。でもそれまでに何度かぐるぐる曲がったから、元の場所も分からなくって」
 なるほど、とスチュアートは思案に耽る。そして周囲を見渡す。
「この道みたいに、広い道路はここ以外にあったかい?」
 彼女は目を閉じて思い出そうとする。
「いいえ、この道が多分一番広い道路だと思います。なんだか急に目の前が開けて、このままだと遠くへ連れちゃうって思って飛び降りたから」
「ありがとう。これで大体分かったよ」
「え、本当に!?」
 三人は声を上げる。さすがは頭脳明晰なニャオニクス、スチュアート。
「うん。車が違う区画に行こうとしたなら、必ず大通りに出るはずだ。だから、ジーナさんの家はここからすぐ近くにあるはずだ。ジーナさんが見た景色は、その中でも、周りを見渡せるほどの高い場所に住んでいる。つまり……」
「ここらへんで一番高いマンションを探せばいいってことか」
「そういうこと」
 いよいよ、ゴールが見えてきた。家族にようやく会えそうだと、ジーナの顔も安堵に包まれる。しかし、マンションの入口に辿り着いたところで、次の問題に突き当たる。
「うーん、多分このマンションで間違いないと思うんだけど」
「自動ドアは内側からしか開けられないみたいだね」
 オートロックのガラス戸の前に、四匹は立ち往生していた。人間の往来もなく、通る手段も見つからない。他に入れそうな場所を探すうちに、建物の反対側に回って来てしまった。遥か高くそびえ立つ建物を見上げていると、ひっくり返って倒れそうだ。
「……で、どれがジーナの家って言うのよ」
 ニコの質問に、スチュアートが唸る。どこまでも続く、同じような形の繰り返し。しばらくすると、彼は「あっ」と何かに気付いたような声を漏らす。
「お、何か思いついた?」
 トビラが期待の眼差しを向ける。だが、それとは裏腹に、スチュアートの表情は硬直していた。何を考えているのかはトビラには分からなかったが、やがて彼は意を決したように顔を上げる。
「ジーナさん、そのリボン……ちょっと外させてもらってもいいかな」
「え? 別に構いませんけど……」
 失礼するよ、とスチュアートはジーナの首のリボンに触れた。念力を加えるとするりと簡単に外れてしまった。実際にはリボンの装飾がついた首輪であり、細長い紐状のものがするりと姿を現した。
 そして彼はリボンを手に取り、様々な角度から見てみる。何かを探しているようだ。探しものはすぐに見つかったらしく、リボンの裏側をじっと見つめていた。その表情は、何やら喜びと苦悶の間で揺れているような、奇妙な顔だった。
「……見つけた?」
 トビラはおずおずと尋ねる。
「初めから……これに気付いていれば……」
 スチュアートの折れ曲がった耳が開きつつある。
 ゴゴゴ。地鳴りのような音が聞こえ、風が吹く。周りの街路樹の枝がぽきり、ぽきりと折れて落ちる。
 あ、これはヤバい。トビラは経験的に思った。
 ニャオニクスの耳に隠された「目」が開くと、とんでもないサイコパワーが放出される。スチュアートはいつも真っ先に良い提案をしてくれるが、自分の考えに何かしらの欠陥が見つかった時にとんでもなく落ち込んでしまうのだ。そして落ち込むと、ニャオニクスの持つサイコパワーが漏れ出てしまいやすくなるのだ。
「スチュアート、落ち込むのは後! 気付いたことを説明してくれ!! お前のことをみんな頼ってるんだから、ここでくじけないで!!」
 まずは彼を落ち着かせねば。トビラは彼の背中を叩いて彼の機嫌を取る。
 よしよしと撫でてやると、ようやく地鳴りが止まった。ふう、とトビラは心の中で安堵する。
「えーと、これです」
 スチュアートは心が弱るとなぜか敬語で喋る。小さな声で言いながら、リボンを見せる。
 リボンの内側にタグがあり、何か黒く細かい線が沢山走っている。人間の使っている文字で、何かが書かれているのだ。
「これは……?」
「これ、住所です。多分、迷子になった時に助けてもらえるように、です」
 そう説明されて、トビラは察した。多分、最初からこのタグに思い至っていれば、わざわざジーナの足跡を辿って推理しなくてもジーナの家に辿り着くことができたのだろう。今になってこの方法に気付き、彼は後悔の念に苛まれてしまった、ということらしい。
(まあ、言わない方がいいよなあ)
 と、トビラは肩を落とす。ほじくり返さない方が、彼のためであり、我が身のためだ。
「これにはなんて書いてあるの?」
 ニコは言う。
「言うなれば、このマンションの2310号室……つまり、23階の10号室です」
 マンションの部屋を数えてみると、一つの階に丁度10の部屋。大体は端から順番に番号が割り振られていくので、右端か左端、どちらかがジーナの飼い主の家である。
「でも、どうやって登ればいいのでしょう」
 スチュアートに再びリボンの首輪を巻いてもらいながら、ジーナは疑問を口にする。
「それは……」
 トビラとスチュアートがニコの方をちらと見る。まあそうなるでしょうね、と言うかのように、彼女は鼻息を荒くした。
「連れてってあげるわよ。こういうのは私の得意分野だからね」
 ニコが翼を広げる。アオガラスの身体はせいぜいイーブイの倍程度だが、乗せて運ぶには十分だ。
「ジーナ、背中に乗って」
「……はい!」
 ジーナの瞳が輝く。もうすぐ、家族のもとに帰れるのだ。
「良かったね」
 スチュアートが微笑みを浮かべる。
「元気でな」
 頭の後ろで手を組み、にかっと笑うトビラ。
「はい」
 頷くジーナの顔に、未練の色はない。
「皆さん、本当にありがとうございました」

「じゃあ、行くわよ。しっかり掴まってね」
 別れの挨拶も終わったところで、ニコは告げる。ジーナがしっかりと両腕をニコの身体にくっつけたことを確認すると、ニコは両翼を広げて、羽ばたきを始める。一回、二回と羽ばたくだけで、その身体は簡単に空に浮き上がっていく。
 3階、4階と、垂直のマンションを見据えて数を数えていく。外から見ると同じような形をしているが、カーテンの色や中の光はそれぞれ違っていて、一瞬見えただけでも暮らし方はそれぞれなんだな、と思わされる。
(しかし、23階かぁ)
 普段に飛んでいても、なかなか行かない高さだ。10の階層を数え終わった時点で、もう他の殆どの建物の天井を見ることができる。
(ちょっと頑張んないとねっ)
 イーブイを一匹抱えているので、高度を得るためにはよりたくさんの羽ばたき、風を掴まなくてはならない。くちばしをぎゅっと結び、より強く羽ばたいた。そして高く、もっと高くへ登っていく。
 22、23。
 数え終わったところで、ニコは気付く。
(23階って……このマンションの一番高いところじゃん!)
 もうこれより高い階はない。この子の飼い主は、もしかするととんでもないお金持ちなんじゃないか。
 左右どちらかがこの子の家、ということらしいので、たまたま近かった右の家の様子を見に行く。ジーナを落とさないように、姿勢を崩さないよう気をつけながら一所に留まる。中には、テレビを見ながら談笑する家族の姿があった。
「こっちの家かしら?」
 ニコはジーナに尋ねる。
「いえ、知らない方達です」
 この人達じゃないのか。それなら、反対側かな。風の受け方を変えて、少しずつ前進する。
 部屋の一つ一つを通り過ぎて、一番左側の部屋のベランダ目掛けてスピードを落とす。
「えっ」
 反対側の部屋に降り立った瞬間、ニコは思わず声を漏らした。
 電気が消えている……だけではない。
 何も、無いのだ。ベランダを彩る植木鉢も、光を避けるカーテンも、中の部屋の家具も、何も。


「おっ、ニコが部屋に到着したようだね」
 空を見上げて、スチュアートは言う。遥か上空のことなので、彼女たちのことは黒い点にしか見えず、その位置で辛うじて分かる程度だ。彼自身、すっかり機嫌も治ったようで、いつもの落ち着きを取り戻している。
「これで無事、依頼達成かな」
 トビラが呟いた瞬間、頭の中に強烈な違和感が走る。
――違う、まだ終わっちゃいない。
「スチュアート、しばらく調査団の間でテレパシーを繋いでいてくれ」
 それだけ告げると、トビラは大通りの方へ走り出した。詳しいことを説明している暇はない。多分、この一瞬の差が命取りになるかもしれないと、直感が告げているから。
 後になって思えば、トビラはその長い耳で声を捉えたのだ。心苦しそうに、ジーナの名前を呟く誰かの声を。

 走ることに特化している訳ではないヒバニーの脚でも、本気を出せばかなりの速度が出る。炎袋からの火力を足して、さらに大きな跳躍力で通りを駆け抜ける。都会の道路は燃えにくい素材で出来ている。火の柱が残っても、火事にはならないだろう。遠慮なく全力が出せる。
 目指しているのは、一台の車だった。緑色の大きな車。信号待ちをしているせいか、まだ止まったままだ。
 だが、いよいよあと数歩というところで、車は動き出した。ヒバニーの脚力では、どうあっても走って追いつくことはできない。
 それなら、こうだ。
 一つ後ろの車の天板に向かって、トビラは跳んだ。サーフボードを積んでいる、大型車だった。取り付けている金具に手を伸ばす。車が加速して、一瞬間に合わないかと思ったが、なんとか腕をかけることに成功する。
 その瞬間、車の加速に合わせてぐいと体が引っ張られ、腕がちぎれそうな力を感じた。金具の鋭利さに、皮膚を切ってしまったかもしれない。だが絶対に手を離さないように、必死にこらえた。ここで手を離してしまえば、目標の車を見失うだけでなく、後続の車に轢かれて自らの命が危ない。
(うぐ、ぐぐっ)
 身体にかかるGと風は凄まじく、ほとんど身動きを取ることができない。まるで、重力が横に働いているみたいだ。前を走る車が、遥か上空にあるように感じる。次の信号で止まるまで、行き先が同じであることを祈るしかない。
 車は軽快に速度を上げていく。車間距離は一定に保たれたまま、どんどんスチュアートたちの元から離れていく。次はいつ止まるのだろう。信号が見えるたびに停止することを期待したが、メインストリートの信号たちはことごとく「進め」の表示ばかりを繰り返していた。腕に金具が食い込み、痛みに耐えられる限界が近づく。その前に、なんとか金具を足に引っかける。
『トビラ、聞こえるかい?』
 スチュアートの声だ。ようやくテレパシーが繋がったようだ。
「うん、聞こえるよ」
『そっちの様子は?』
「多分ジーナの飼い主の車を見つけたかもしれないと思って、今追いかけてるところ。あの人たち、多分ジーナのことを諦めて家を出ちゃったんだ」
 ジーナの話を聞く限り、この日彼らは荷物を動かしたりしていた。今日はきっと引っ越しをする当日なのだ。きっとジーナのことも、限りある時間の中でギリギリまで探したのだろう。そんな中で大事な家族を諦めるのは、あまりに心苦しい判断だったに違いない。
「ニコにマンションの上の階まで行ってもらったけど、多分すれ違いになっちゃってると思う」
『トビラはどうするつもり』
「何とかして、ご主人たちの車を引き止める。居場所だけは分かるようにしといて」
『分かった。気をつけて』
 そう言って、テレパシーは途切れた。諦めてはいけない。ジーナはまだ生きていて、会える可能性は十分にあるはずなのだから。

 通信が途切れてしばらくの後、車はようやく赤信号に引っかかる。
 今だ。この瞬間しかない。
 トビラは車を飛び降りて、緑色の車に向かう。横からジャンプし、コンコンと窓を叩く。気付いてもらえるだろうか。淡い期待を抱いたが、反応は薄い。気付いてもらえたとしても、得体の知れないポケモンの呼びかけに答えてくれる可能性は低いだろう。大事な車だ、壊すわけにもいかない。考えあぐねているうちに、信号が進めの表示に切り替わる。まずい!
 トビラが咄嗟に取った行動は、サイドミラーにしがみつくことだった。何としても自分の存在を認知してもらい、止まってもらわなくては。
 流石に中の人たちも気付いたらしく、助手席に座る少年と目が合う。だが、窓が開くことはない。どう考えたって、自分は怪しい存在に決まっている。侵入を許せば、危害を加えてくるかもしれないのだ。そうではないと伝える手段は、今のところない。
 万事休すか、と思った瞬間、自分の体が影になった。
 自分のそばを、何かが飛んでいる。
 ニコだった。
 くちばしに、ジーナのリボンをくわえて持ってきてくれたのだ。
 受け取りなさい、とアイコンタクトでニコは示した。トビラは手を伸ばし、リボンを受け取る。
 ありがとう、ニコ。視線を送ることすらままならなかったが、あとは任せたわよ、という声が聞こえたような気がした。翼を開くアオガラスの姿がすっと離れていく。
 走る車の加速に腕一本で耐えながら、トビラは少年に見せるようにリボンを掲げた。もう中の様子を確認するだけの体力も残されていない。ただ気付いてもらえることを、祈るのみだった。
 届け。
 伝われ。
 もう駄目かと思ったその瞬間、中と外を隔てるガラスが開く音がした。
 細い指に腕を掴まれて、ぐいと引き上げられた。
 どうやら、車の中に招待されたらしい。

 すとん、と誰かの膝の上に着地する。顔を見ると、まだ若い男の子だった。
「どうしたんだ、窓の外に手を出したら危ないだろう」
 大人の声が、トビラを掴んだ手の主に叱る。恐らく彼の父親なのだろう。運転しているためか、視線は前を向いたままだった。彼の視界の端で何が起こっていたのかは、まだ認識できていないらしい。
「でも……でもっ、これ」
 少年が、トビラの持つジーナのリボンに手を伸ばす。そっと離してやると、リボンはするりと彼の手に渡る。そして、父親の目に入るように手を伸ばした。
「これは、ジーナのか」
「うん。絶対そうだよ」
 一瞬だけ、父親が少年の方を向いた。そして、少しぎょっとしたような表情を浮かべた。見知らぬポケモンがいきなり車の中にいたら、それは確かに驚くかもしれない。怒られるかもしれない、と思ったのか、少年の手がこわばる。
「その子がそのリボンを持ってきたってこと……なのか」
「うん」
「ジーナの居場所を、知ってるのか」
「ひば!!」
 トビラは答える。人間にはポケモンの言葉は通じない。だけど、伝わるはずだと視線を送り続ける。
 父親はしばらく黙っていた。様々なところに視線を送り、ふう、と息を吐く。
「この先に車を停められそうなお店があるから、そこまで行くよ。15分くらいなら待てそうだ。それでいいかい」
「うん!!」
 少年は大きく頷いた。

 大通りから一本曲がったところにあるお店の駐車場に停まり、ジーナの到着を待つ。
 飼い主の親子が少しだけ待ってくれることは、スチュアートのテレパシーで伝えた。後はニコがどれだけ早く飛んできてくれるか。彼女の到着を待ち、空を見つめる。
「ねえ、ジーナ、本当に戻って来てくれるよね」
 少年はトビラに心配そうに尋ねる。
「ひば」
 トビラは口を結んで、大きく頷く。
 この場所があのマンションからどれだけ離れているのか、トビラにはもう分からない。だけど、きっとスチュアートならこの場所を探り当ててくれるし、ニコなら超特急で飛んできてくれるはずだ。だから、今はただ信じて、空を見上げる。少年も、トビラにならって空を見上げた。
 しばらくして、空から接近してくる影が見えた。それがニコの翼だと確信すると、トビラは手を上げる。それに応えるように、ニコは旋回しながら下降する。
「ジーナ」
 少年は名前を呼ぶ。アオガラスの背中から、一匹のイーブイが飛び降りて、彼の元へ駆けていく。
「ぶい!」
 ジーナは少年に飛びついた。
「ごめんね、僕が目を離したりなんかしたから」
「ぶい」
 ごめんなさい、私が言いつけを破ったりなんかしたから。ジーナは言った。
 父親がトビラたちに近づいて、腰を落として話しかける。
「ありがとうね。この子を連れてきてくれて。ポケモンって、凄いんだな」
 父親は振り返り、ちゃんとこの子達にお礼を言おうね、少年に告げた。
 少年も近づいて、ありがとう、と声をかけてトビラの頭を撫でた。トビラはにっと笑う。
「ありがとうございます。トビラさん達がいなければ、絶対に会えませんでした。スチュアートさんにもよろしくお伝え下さい」
 ジーナは涙声で告げる。
「元気でね」
「親御さんたちと仲良くね」
 再び出会えた二人と一匹は、晴れやかな顔で車に戻る。そしてその姿が見えなくなるまで、トビラとニコは手を振り続けた。
 都会調査団、任務完了だ。

 ニコはトビラを乗せて、街を飛ぶ。夕日がビルと空を橙色に染める。
「でもさ、先にリボンだけ持ってくるとは思わなかったな」
「その方が早いでしょ。流石にイーブイ一匹背中に乗せてたら、全力は出せないし。それにあんた一匹でどうやって人間を説得するって言うのよ」
「それ、絶対スチュアートのアイデアだろ」
 リボンを見せれば、飼い主ならきっと分かってくれる。そんなことを思いつけるのは、彼の方だ。
「ちぇっ、バレちゃった。ま、二往復するくらいどうってこと無いわよ」
 そんなことを話しながら、二匹は屋敷へと戻る。
 屋敷の前の歩道に、スチュアートの姿が見えた。丁度同じタイミングで帰ってくることができたようだ。
「うまく行った?」
「バッチリ」
 スチュアートの質問に、二匹は笑顔で応える。

 屋敷に入ろうとした瞬間、勢いよくドアが空いた。中にいたエースバーンが、弾くように大扉を押したのだ。三匹ともびっくりして、思わずのけぞりそうになる。
「ア……アカ姉ちゃん?」
 トビラは困惑してエースバーン……アカの名前を呼ぶ。彼女は目に涙を浮かべて、とんでもない速さでトビラに抱きついた。
「うわーんトビラ~無事で良かったよぉ~~~!!!! 急に車の上に乗ったりなんかしたから心配したんだからね~~!!」
「え、見てたの!?」
「ビルの上から一瞬見えただけだけどさ~~相方が『お前も弟離れしろ』ってうるさくて助けに行きたくても助けにいけなかったの~~もうほんっっと心配で心配で気が気じゃなくてもうさぁ」
 叫びながらまくし立てるアカ。
「もういっつも弟が迷惑かけてごめんねえ。ニコちゃん、そういえば23階建てのビルにいたよね~活躍してたんでしょう? 本当お疲れ様!!」
「見えてたんですか?」
 ぎょっとするニコ。実は隠れてこの三匹のことを追いかけてるんじゃないかとニコは疑っていたが、スチュアートはそれを否定している。超能力で彼女の居場所を追いかけたことがあるが、あまりに目まぐるしい速度であちこちを駆け回っているだけである。この方なら正直、何があってもおかしくないと思えるくらいのぶっ飛んだ能力の持ち主である。考えるだけ無駄、というやつである。
「もう、お姉ちゃんったらぁ~俺は大丈夫だからさぁ~」
 えへえへと、恍惚の表情を浮かべるトビラ。
 はあ、とため息をつくニコ。
「ねえ、スチュアート。私思うんだけどさ、トビラが未だに進化できないのって……」
「うん、姉離れが出来ないせいだと思う。まあ、アカさんの方にも問題がないとは言えないけど」
 神妙な顔でスチュアートは頷く。能力はあるのにね。うん、本当に。姉弟に聞こえないように呟き、二匹は歩き出す。
「さあて、明日島のばあちゃんのご飯、そろそろ出来てるかなーっと」
「ひと仕事を終えてからの食事は格別だよねえ」
 撫でくり回したり、挙句の果てにはほっぺたにキスしまくったりとエスカレートしていくアカのトビラへの愛情表現をよそに、二匹は屋敷へと戻っていった。
 そうして、また一日が平和に終わりを告げる。都会調査団トビラ組の活躍は、きっとこれからも続いていく。

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