雷轟の奏者ー10弦ストリンダーの名もなき冒険譚ー

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ここはポケモンたちが暮らす、ふしぎなふしぎな世界。彼らは、みな元気に明るく暮らしていました。今回の舞台は、『ギブソンシティ』と呼ばれる小さな市街です。この街には数多の力あるポケモン……俗に言う『探検家』と呼ばれるポケモンが多く所属する『ギブソン・ギルド』が存在しました。ここには、多くのポケモンたちが様々な目的で集まっていました。ある者は生活のため、ある者は名誉のため、またある者は己の矜持のため……。そんな彼らは街の住人や警察から大小様々な依頼を請け負い、それらを解決していきます。迷子探しから、お尋ね者の捕縛、秘境の奥地の希少な資源の採掘まで。
そしてこのギルドには、超一流の探検家が居たのです。その者は『雷轟の奏者』という二つ名で呼ばれた、エレズンというポケモンです。彼はありとあらゆる依頼を、一切の失敗なくこなしていきました。小さな体格に加えて内気な性格ではありましたが、その実力は結果を持って誰もが認めざるを得ないものでした。この周辺地域のギルド連合では、彼を評価するためだけにS+というランクが出来たぐらいですから、さもありなんといった所でしょう。そして彼の何より称えるべきところは、報酬に見合わない依頼すらも受け付けるという点です。他の探検家たちが忌避するような低報酬・高難易度の依頼を、彼は積極的に受けていきました。そこには確かに探検家としての立派な矜持が在ったのです。彼のことは、街中の誰もが敬い讃えていました。
ですがそれは今や過去の話。オーロンゲのギルドに『雷轟の奏者』の名前はありません。彼は数年前、このギルドを辞めていたのです。これは、そんな時代のお話です。




時刻は深夜。夜空には満月が昇っており、ギブソンシティの住人はみな寝静まっております。こんな時間に街中を出歩く者は居ないでしょう。……ただ1匹のモグリューを除いては。
モグリューは深夜の街を駆け足で歩いていきます。そこには、幾らかの食料が入った袋が握られていました。決して盗んだりしたものではないのですが、彼は妙にソワソワと歩くせいで胡散臭く見えてしまうのです。「ヘッヘッ……最近アニキも人使いが荒くなってるでヤンス!」息を切らしつつ、彼はギルドの前を通ります。玄関付近の看板には、住人たちが寄せてきた依頼の張り紙が所狭しと詰められています。この張り紙を元に、探検隊たちは依頼をこなすのです。
そんな中でも、モグリューは最も低い場所にある張り紙を手に取りました。「……ヨシ、アニキが気に入りそうな案件でヤンス。」彼は張り紙の内容を確認すると、食糧袋の中に詰め込みます。そして、そのまま急いで何処かへと消えていきました。

さて、夜闇の中で街を後にしたモグリューはというと。平坦な原っぱを越え、小石の広がる河原を越え、やがてそこまで高くない山の麓まで来ました。彼は山麓の、獣道から数えて2番めの大岩の直下へ近づきます。そしてそこから、自慢の腕を使って穴を堀り始めました。地下深くをずんずんと進んでいくと、何やら音が聞こえてきます。まるで弦楽器を激しくかき鳴らすかのような、硬派な音です。街中でこんな音を鳴らしていれば、苦情は必至でしょう。「うっ……さては今日のアニキ、機嫌悪いでヤンスな?」彼にとっては聞き慣れた音ではありましたが、やはり臓腑に響くこの感触は好き嫌いが分かれるものです。土の感触が変わった当たりで、モグリューは大きく腕を振り上げました。
するとそこは、地下深くに作られた小部屋へと繋がっていたのです。決して広くはありませんが、非常に小綺麗に整えられた生活空間でした。この部屋の住人は、ひたすらに激しい音を奏でます。ですが、彼は雑音には人一倍敏感でした。
モグリューの存在に気づくと、ゆっくりと振り返ります。「……なんだ、テメェか。」「『なんだ』じゃないでヤンスよアニキ!ほれ、今日の飯でヤンス!」そう言ってモグリューは食糧の入った袋を差し出し、住人はそれをボーッとした顔で受け取ります。あまりにも無頓着……というか無愛想な顔の持ち主は、ストリンダーというポケモンです。
ですが、普通のストリンダーとは外見が大きく異なります。通常、ストリンダーの腹部の弦は6本ないしは4本になるはずですが、彼の弦はなんと10本も在ったのです。加えて本来なら1、2本しか無いはずのトサカもなんと3本あり、色も青や黄色ではなく真緑色という有様でした。有り体に言えば、エレズンから進化する際にハイな姿にもローな姿にもなりきれなかった……といった感じでしょうか。とにかく、この部屋の住人は通常のストリンダーとは大きく異る外見をしていたのです。
「ったく……あの『雷轟の奏者』が、いまやこんな引きこもり野郎だなんて。誰も信じないでヤンスよ。」モグリューは大きくため息をつきます。現役時代の先輩であった彼はあんなにも輝いていただけに、目の前のやさぐれた彼との落差はたいそう激しいものでした。「別に構わねぇよ。……そもそも好きで引きこもってるワケじゃねぇし。」無愛想な顔は相変わらずでしたが、その声は何処か寂しそうにも感じ取れるものでした。
「……でも、アニキが『タタリ病』だなんて嘘でヤンしょ?あんなのギルドの連中がでっち上げた噂ッスよ!」『タタリ病』とは、伝説に語り継がれる病の1つです。禁断のダンジョン『カーズドキャニオン』の奥地にある秘宝に触れたものが罹患してしまう……とされています。だがその具体的な症状について情報はなく、罹患した者の例も存在しません。眼が見えなくなるとか、立って歩けなくなるとか、或いは進化の際に障害が生じるとか……でも結局『タタリ病』はただの噂に過ぎないのです。そもそもカーズドキャニオンは超高難易度のダンジョンで、並みの探検家では足を踏み入れることすら敵わないでしょう。……そう、この『雷轟の奏者』ストリンダーを除いては。不運なことに、彼がエレズンからストリンダーへと進化をしたのも、このカーズドキャニオンへ依頼を受けて発った時でした。
「ね、街のみんなにも説明すれば良いんスよ!アニキがこんなとこでコソコソする必要なんか……」「だがなモグリュー。俺は現にこんな異常進化をしている。俺が『タタリ病』じゃないことを誰が証明する?俺を忌避しなくていいことを誰が証明する?」「でも……でも………」「それに、ギルドの連中が無駄に騒ぐからな。まぁ俺はこうして誰の目にも付かないここで、一人で演奏をしていりゃ良いのさ。」そう言ってストリンダーは、軽く腹の弦でコードを奏でました。ベース音までがしっかりと含まれているため厚みのある音でしたが、その音はやはり寂しいものでした。
皆のために尽くしてきたストリンダーは、最後には除け者として自らの在り方を受け入れてしまったのです。尽くしてきた結果、返ってきたものはギルドの同僚からの嫉妬と、街の人々からの恐怖だったのです。その孤独は、どれほど耐え難いものなのでしょう。モグリューには、想像して胸を痛めることしか出来ませんでした。
そんなストリンダーは、モグリューから受け取った食糧袋の中にクシャクシャの紙を見つけます。「……ん?」先程モグリューが取ってきた依頼の張り紙です。ストリンダーは張り紙を広げ、ゆっくりとそこへ目を向けました。「なになに……『娘が1週間以上行方不明です。場所は分かりません。家が酷く貧乏なため、報奨金が出せません。』」書かれていた内容は、酷く曖昧模糊な上に報奨金も出ないという割に合わなすぎるものでした。普通の探検家であれば、誰もやりたがらないでしょう。
「……っし。やるかー……。」ですがそこは『雷轟の奏者』……確かに彼は一流の探検家でした。ストリンダーはモグリューの運んできた食糧を喉に掻き込むと、そのまま部屋の壁をよじ登って外へと出向いていきました。「ちょ……アニキ!?今からでヤンスか!?」「ま、捜索は早いに越したことはねぇし。とりあえずテメェもついてこい。落ち込んでる時間なんかねぇぞ。」
そう、これはギブソンシティを出ていった後の彼の日課でもありました。いくら疎まれようとも、助けを求める者の声までもを無視することは出来なかったのです。その生き方はなんと歪な事でしょう。ですが、少なくともモグリューの目には、その生き様が何より美しく映っていました。




これは、そんな小さくも偉大な……10弦のストリンダーのお話。

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