空舞うsnow flakes

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作者:草猫
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読了時間目安:24分
※この短編は拙作「こもれび林の影 〜小さな少女の追憶〜」の続編という扱いになっています。 そちらの方を先に読んでからこの作品を読むのを推奨します。


 
 それは、側から見れば他愛もない日常的な光景だった。
 
 「ポピー待って! お母さんそんなに早く走れないわ」
 「はは、お父さんとのサドンデスだなポピー!」
 「わーい、わたしのほうがはやいもん! ......やったー、いちばーん!」
 「うおお! ポピー速いなぁ!」
 
 空の色はいつも鼠色で、綺麗とは言えなかった。 芸術的な世界などありはしなかった。
 
 「おかあさんのネックレスきれー!」
 「あら。 これアクアマリンっていうのよ。 確かに綺麗よねぇ......」
 「わたしがおおきくなったらもらっていい?」
 「随分急ね......でもまあいいわ。 大きくなったらね」
 「やったぁ!」
 
 ......でも、宝石のように、大切な時間だった。
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「試合終了!! 勝者、ジムリーダーメロン!!」
 
 大歓声が沸き起こるキルクスタウンのスタジアム。 そこでは丁度ジムチャレンジが行われていた。 しかしチャレンジャーに向けられる観客の大き過ぎる期待は、今回は空振りに終わってしまったようだ。

 「戻れ、エースバーン。 ......ごめんなぁ」

 ポケモンをボールに戻し、悔しさでうなだれる。 その姿を見かねたのか、周りからはチャレンジャーへの励ましの言葉も飛び交い始めていた。
 白いつるつるした床を凝視する体勢となったチャレンジャーだが、丸っこい1つの手が新たに視界に入ってきた。
 
 「あっ......」
 「前よりはマシになったじゃないの」
 
 その手はチャレンジャーを打ち負かしたメロンのものだった。 彼女は彼を前にしてにししと笑う。 チャレンジャーも悔しげに笑いながら、差し出された手に自分の手を置いた。 本当は勝って力強く握手したかったがために、弱々しく触れることしかできなかった。
 
 「こうやってリベンジしに来てくれること、あたしは本当に嬉しいよ。
 次はうちのラプラスの自慢の氷を砕けるか、だね。 もっとも、手加減はしないけど。 名前......マサルだよね? 次は期待してるよ」
 「......努力します」
 
 チャレンジャー......いや、マサルが弱々しく笑ったところで、彼の4戦目のキルクスタウンジムチャレンジは終わりを告げた。














 
 「はーーっ、また負けたーー!!」
 
 スタジアムから出た直後、マサルは両手を挙げて叫ぶ。 3秒ほど経って周りの視線を買うことになってしまったことに気づいた彼はすぐ隅っこへとすごすごと引いていった。
 縁石によいしょと腰を下ろす。 たまに雪が寒風に乗って強く吹いてきたけれど、バトルの興奮や、彼自身の頭を冷やすのには寧ろうってつけだった。
 
 「ははっ、レベル上げればエースバーンでどうにかなるかなって思ったんだけどなぁ」
 
 彼の笑い声は、どこか虚ろであった。 カバンから取り出した、相棒の入ったボールを見つめる。 炎は氷に効果抜群だ。 しかし、彼女の切り札のラプラスは水との複合タイプであるため、その常識は通用しない。 現に今も、キョダイマックスしたラプラスのダイストリームでぶっ飛ばされてきたところなのだ。
 
 「ごめんなみんな......不甲斐ないトレーナーでさ」

 彼はまた苦笑する。 回数を重ねるごとにメロンを追い込めるようになったのを実感できるだけまだいいが、こう何度も負けると流石にくるものがあった。
 はあとため息を吐いていると、足にちょんと何かが当たる。 少し固い感触だった。

 「ん?」

 気怠そうに目線を移すと、そこにはオボンの実があった。 少し目線を上にすると、驚くことにその木の実が辺りに散乱していた。 近くには、狼狽した様子の杖をついたおばあさん。 オボンがいくつか残った紙袋を携えている。 恐らく、彼女が誤って落としてしまったんだろう。
 エール団と戦おうとするくらいに勇敢な彼は、当然ここでのんびり座っているほど薄情にはなれない。 足腰が不自由なのか拾うのに難儀するおばあさんの前に躍り出て、オボンを何個か拾いながら聞いてみる。

 「おばあさん、手伝いますか」
 「あらありがとうねぇ......足の不自由な老人には拾うのも大変でね」
 「任せてください!」

 人のことを手伝ったり頼みを聞くのは、元来彼は嫌いではなかった。 相手が喜ぶ顔を見るのは嬉しい。 見られなくとも、マスター道場への弟子入りだったりと、自分にとってプラスになることが多いのだ。
 基本、彼は頼みをパーフェクトにこなす事が多い。 何の主人公補正だという気はするが、それは間違いないのだ。

 ......でも、だからこそ、関係ない場面であったとしても、あのビラの内容が、唯一未だ何も助けになれていない頼みが、何故か誰かの手伝いをしている時に蘇ってくる。

 
 『こもれび林の辺りで娘を見失いました。 よければ情報をお願いします。』
 

 情報など、何もない。 助けになれない。
こんな風にオボンを拾うことならできるのに、どうしてこれは出来ないのだろうか。 更に言えば、どうしてバトルでも、ポケモン達を助ける力が未熟なのか。 そう考えると、彼の眉間には皺がよってしまう。 負けたばかりのネガティブな気持ちだからか、どうしてもその思考が頭についてきて離れなかった。

 オボンの実を拾う手が、一瞬強張った。


 
 
 
 
 


 「ありがとうねぇ、とてもとても助かったわぁ」
 「いえいえ、僕は何も」
 「......そうだ。 男の子はあまり惹かれないかもだけど......好きな女の子のプレゼントにでも使ってくれない?」
 「え」

 そう言ってしわがれた手がこちらに差し出してきたのは、水色に光る何か。
 よく見ると、アクアマリンの指輪だった。 祭りで見るようなレプリカじゃなくて、本物の。 ちゃんとした宝石の指輪だった。
 ......宝石!?
 彼の目は突如丸くなる。

 「......えっ、ええええっ!? いいんですか!? 僕オボン拾っただけなんだけど!?」
 「いいのよ。 丁度質屋に売りに行こうと思ってたから」
 「いやでもこんな綺麗なもの......」
 「まあまあ。 こういう心遣いは素直に受け取るものよ? それじゃ」
 「えっ、まっ、ちょ!?」

 そう言って、るんたるんたおばあさんは去っていってしまった。 杖を持っているのに、若者の助けがよっぽど嬉しかったのか動きはどこか軽やかだ。 マサルは驚きで目を見開いたままそれを見つめていた。

 「めっちゃ羽振りのいい人だなぁ......」

 どうしてこんなことになったのだろう。 オボンを拾っただけなのに。 オボンの実は別にどこにでもあるような木の実だ。 散らばったのは30個とかそこらだから、高くても何千円とかそのぐらいだろう。 それと比べてこの指輪はどうだ。 装飾が凝っているわけではないが、何万円、いや、アクアマリンの純度とか諸々によっては10万とかにもなるかもしれない。 お礼としてこれは見合っているのか? 彼には甚だ疑問だった。

 指輪をつまんで、空に翳してみる。 今日のキルクスタウンは曇り空であったから、アクアマリンの水色はどこか灰色にくすんで見えた。 もし空が快晴であったり、海に翳してみたりしたならば、それはもう鮮やかな色を放つのだろう。 でも、今のマサルはこのくすんだ色でもいいなと思っていた。 寧ろ、こっちの方が好きだった。 鮮やかな色というのは、正直今の彼には眩しすぎる。 ......というか、宝石の色味はこんなにも見ていて飽きないのかと、彼は息をのんだ。 今までは母親がダイヤのイヤリングやペリドットのネックレスを見せつけてきたところで何も関心が湧かなかったけれど、やっと母の気持ちを分かることができた気がしていた。 帰れる時が来たなら、宝石のことを母に聞いてみようという考えも浮かんでいた。
 その矢先だ。 マサルのモンスターボールの1つが、がたがたと震える。 そしてぽんと勝手に出てきてしまったのは......。

 「ボク〜!!」
 「うわっ、ボクレー!」

 そう、ボクレーだった。 ジムチャレンジが始まる前にこもれび林のマックスレイドで捕まえた、言うなれば彼の手持ちの古参勢の1匹だ。 なお、進化は未だ出来ていない。 レベルや石でも駄目となるとトレーナーであるマサルでも検討がつかないから、正直進化は諦めていた。 この子は今や、半ば手持ちのマスコット枠と化している。 あたかもかわいい人間の子供のようなわちゃわちゃした挙動で、キャンプではマサルや彼の手持ちの心を癒しているのだ。

 「駄目だよ、ここボクレーには寒いよ! 雪も降ってるし......ボールに戻った方が」
 「ボクー!」
 
 ボクレーはぶんぶんと首を振る。

 「嫌って......ほら、ボールの中の方が暖かいよ。 中からでも景色は見えるだろ?」
 「ボクボック!」

 またまた首をぶんぶん。 断固拒否の意思を示すためか、若干振る速度は上がっていた。

 「はあ......凍んないでね」
 「ボク〜」

 遂にマサルを根負けさせたボクレーは、辺りをぐるぐる飛び回る。 ......が。
 寒風をその身で受けにいくことになるので、すぐに凍えてマサルにしがみついてしまった。
 
 「ああもう言わんこっちゃない......。 満足したかい? それならもど」
 「......ボク!」

 ボクレーはマサルが持つ指輪に気づき、そっちに自分の手を向けた。 どこか興奮しているようにも見える。

 「気になるの? この指輪」
 「ボク!」

 キラキラした目で頷くボクレー。 マサルはくすりと笑い、説明を加えていく。

 「アクアマリンっていうんだって。 それ。 綺麗だよね、こんなにキラキラしてる」
 「ボクボクー!」
 「......ボクレー、この指輪好き?」
 「ボク!」
 「ははっ、そうだね。 僕がつけるのもあれだし、じゃああげるよボクレー。 ......そうだえっと、確かこの辺に」
 
 マサルはカバンから1本のネックレスのチェーンを取り出す。 これは前ラテラルタウンの掘り出し物屋で売りつけられたものだ。 商人の強い押しには抗えず、なけなしのお金を払って買ってしまったのである。ご利益があるという商人の言葉はどこか嘘くさかったが、売ろうにも売れなかったのだ。 ラテラルでの思い出にもなったから。 でもそうだ。 きっとこれはこの時のためのものだったのだ。
 チェーンを指輪に通し、そしてボクレーの後ろでぱちり。 即興ネックレスの完成だ。
 
 「ボクレー、指が無いからね」
 「ボク! ボクボクー!」
 
 嬉しさでくるくるマサルの周りを回るボクレー。 今度は寒さに凍えることもなく、この喜びをただただ謳歌していた。 それを見て、余裕もなく張り詰めていたマサルの心が解けていく。

 「不思議だね。 キミ」
 「ボク?」
 「普通、草タイプは寒さが大っ嫌いなんだ。 それなのにキミはボールから出てきた。 進化前でもあるから尚更ね。
 はは、前世は氷タイプとかだったのかなぁ」
 「ボク?」
 「ほら、あのユキハミみたいな」

 マサルは向かいにいるユキハミを指差す。 雪だるまをもそもそ一心不乱に食べているのを見て、彼は食いしん坊だなぁと笑った。 一方ボクレーの方は、それとは逆にじっとユキハミを見つめていた。 雪の中をゆーっくり動くユキハミに思うところがあったのかもしれないけれど、その思うところの詳細は分からなかった。 でも、当然かもしれない。

あの無邪気で恐ろしい魔の手によって、「人間としての彼女」の思考はほぼ消え去ってしまったから。









 「......あなた」
 
 ボクレーに癒されてのんびり座っているマサルに、声がかけられた。 見上げると、そこには万全の防寒装備をした女性がいた。 ここの住民なのだろうかと彼は思ったけれど、すぐに謎は解けた。

 間違いない。 あの時、苦しげな様子で助けを求めてきた人だ。


 「あなた、確か、エンジンシティの......」
 「ええ。 あの時ビラを分けていた者です。 ご無沙汰、ね」

 やはりだ。 マサルは自分の勘が当たったことに驚き目を見開くけれど、一礼することで顔を隠して誤魔化した。 ボクレーはというと、急に声をかけられた驚きで隠れてしまっていた。 マサルが大丈夫だよと声をかけたので少し顔を出したけれど、相手が手を振ったのに驚いてまた背中に身を潜めてしまった。


 「あら......そのボクレー、人見知り?」
 「ああっ、すいません......こーら、怖くないって」
 「別にいいんですよ。 ふふ、少し娘のことを思い出すわ。 あの子も人見知りだったから。 ......あなたも心底驚いたって顔してるけど、私達、ここに家があるんですよ。
わざわざここにいるということは、あなたジムチャレンジャーだったの?」
 「そうなんです。 だけど今連戦連敗で」
 「うふふ、メロンさんお強いものね。 なんせあのキバナさんも負かしちゃうんだもの。 まあでもめげずにね」
 「はい」

 ボクレーのあれこれで元気が出てきたのもあって、返事はかなりするりと喉から出てきた。
 ......まさかここから、声が喉に詰まるとは思わなかったけれど。

 「その意気よ!......で、話は変わるけど......」

 急に、彼女の声のトーンが下がる。


 「旅の途中で、娘の情報は......」
 
 彼女の声は、懇願しているような感じだった。 情報を心から望んでやまない声だった。 あたかも、一筋の蜘蛛の糸に縋るかのように。 母親の顔をよく見てみると、くまや泣き跡があるのがよく分かった。 きっと、今まで幾度もなくその糸を切られてしまっているのだろう。 そして、こちらもまたそれをぱちんと切らなければならない。 容赦があろうとなかろうと、切ってしまうのは、彼女を突き落とすのは同じなのだ。 彼はそれが心苦しくてならなかった。
 
 「......ごめんなさい。 ビラを見返したりして、その子のような女の子を探してはいるんだけれど」
 
 きっと、落胆されていることだろうとマサルは思った。 見つかるといいですねと言っておきながら、何もできない自分に腹も立ってしまっていた。
 でも、返ってきた声のトーンは、先程より少し上がっていた。
 
 「いいえ。 探してくれているだけでもありがたいわ。 ビラをまだ大事に持ってくれているんだもの。 彼女のことを諦めずに探してくれている人がいるっていう事実が嬉しいのよ」
 
 ありがとうという言葉は、世間体を鑑みた結果自分がそう思ってないとしても条件反射で出てしまうこともある。 だが、彼女のはそれとは違うようだった。 心からの感謝だった。
 でも、どうしてなのだろう。だって何もしていないのだ。 成果をあげた訳でもないのだ。 探してくれているだけでありがたいとはどういうことなのか。
 
 そうマサルが疑問に思っていると、テレパシーでも使えるのか母親はすぐその疑問に答えてくれた。

 
 
 「......実はね、警察はもうとっくに諦めているの」
 「えっ」
 「どうしても手がかりがないの。 ワイルドエリア中を捜索してもらったのに。バッジが無いと行けないはずの北のエリアもよ。 自転車が無いと渡ることもできないげきりんの湖もよ。 考えたく無いけど、ミロカロ湖の中とかも探してもらったわ。 なのに何も分からないの。 髪の毛一本すら見つからないわ。
 だからこの前、見つけるのは絶望的だって、言われてしまってね」
 「......まさか!!」
 
 母親は、1つ頷いた。
 
 「そう遠くないうちに、娘の捜索は打ち切られるでしょう。 1つでも手がかりがあれば原動力になるけれど、それすらもないから」
 
 
 
 
 
 
 
 
 ......マサルは、何を言っていいのか分からなかった。 どんな言葉をかけていいものかと考えるけれど、需要にピッタリとはまるものは何一つとして出てこない。 ご愁傷です? 違う。 どうして諦めるんだ? ......これは絶対違う。
 あくまで警察が諦めるのであって、両親側が諦めるというのを宣言した訳ではないのだ。 彼らは、変わらず自分の娘を探し続けるかもしれない。 受け入れてしまえば、残るのは嘆きだけだから。 ほんの少しの可能性の可能性を求めて、草の根を掻き分けて探していくのだろう。
 でもマサルは、それが完全に正しいとも思えなかった。 警察というあまりに大きいアシストがなくなるのだ。 だから、元々低かった「娘が見つかる可能性」というのは更に低くなってしまう。 ゼロとは言わないけれど、限りなくゼロには近づいていく。 見る者によっては、それでも探し続ける姿を意地汚いと言うかもしれない。 当然マサルはそんな非道なことは言わないけれど、両親の身が保つのかという点では心配だった。 探して見つからないというのをずっと繰り返していけば、当然彼らは疲弊していくだろう。 そうなってしまったらどうなる? 彼らの人生は永遠に闇の中を泳ぐというものになるのか? それはあまりに残酷だ。
 受け入れるか、諦めないか。 どちらも本当に正しいとは言えない。 でも、選ばないといけなくて......。

 「マサルさん」

 母親の声が、マサルの思考を現実へと連れ戻した。 顔を見てみると、心配そうな様子だった。 娘のことだけで手一杯なのに自分にも心配をかけてしまったというのが、彼はどうしようもなく急に申し訳なくなった。
 
 「ご、ごめんなさい!」
 「いいえ。 無理もないわ。 これからジムだっていうのに、湿っぽい話を聞かせてしまったわね。 ごめんなさい......あなたにも助けてもらったのに。
 流石に毎週キルクスからエンジンシティまで行くのは家計が厳しいの。 今までは警察の方に助けてもらっていたけれど......。 そろそろ、彼女は帰ってこないんだと受け入れないといけないのかもしれない」

 母親は俯いていた。 手が強く握り締められているのが、手袋越しでもよく分かった。 身体が際限なく震え始めて、石畳に水滴が1つ落ちた。 また1つ、そしてまた1つ。 雪の中にの雨が混じり出し、だんだんとそれは大粒になっていく。

 「でも......やっぱり夢見てしまうの。 ひょっこり、ただいまって帰ってこないかなって。 それをずっと待ってるの。 でも、帰ってくるはずはない。 ......それが、凄く凄く、悲しい......。
 ポピーの手を離さなければよかった。 まずワイルドエリアに行ってみようなんて言わなければよかった!」

 ほろりほろりと零れていく母親の心の声。 きっと、夫の前では気丈にならざるを得なかったのかもしれない。 互いに娘は絶対見つかると励まし合って、弱音を殺し続けてきた。 でも、今隣にいるのは本来出会うはずのないトレーナーだ。 だからこそ、自分の中の悲しみを吐けたのかもしれない。 マサルはただ、それに寄り添っていた。

 「ボク」
 
 その時だった。泣き続ける母親の頭をボクレーが撫でていたのだ。 彼女自身も母から嘆きを感じ取ったのか悲しげな顔をしている。 ......もちろん、母親はこのボクレーが自分の娘だなんて、知るよしはないのだけれど。

 「......ふふ、人懐っこいボクレーね......ありがとう」

 母親はボクレーのことを撫で返すが、すぐにボクレーの胸元にきらりと光るものに気づいた。

 「あら、アクアマリン......」

 美しい宝石に目を奪われて、彼女はそこを凝視していた。 どこか、愛おしさも籠った瞳で。 涙で目を潤ませながらも、その顔は優しく微笑んでいた。

 「通りすがりの人に貰ったんです。 ボクレー、この指輪が凄い気に入ったみたいで」
 「懐かしいわ。 娘も......ポピーも好きだったのよ。 アクアマリン。 私のピアスがキラキラ揺れてるのがほんとに好きでね。 大人になったら頂戴って言ってきかなかったわ」
 「ポピーちゃんっていうんですね......そう思うと、ボクレーとポピーちゃんって、似てるのかも」
 「ふふ、確かにそうね......不思議なものだわ。 とても優しい気持ちになる」
 
 またまた彼女はボクレーを撫でた。 撫でられる感触が気持ちいいのか、先程までの人見知りっぷりは完全に影を潜めてその手の温かさに身を委ねていた。

 「......マサルくん。私、 一つお礼をしたいわ」
 「え?」
 「ジムチャレンジをしているということだけど、ボクレーは進化は嫌な子なの?」
 「あっいえ、単純に僕が知らなくて......ボクレーはやる気満々なんですけど。 ほらこの通り」

 ボクレーは気合を示すべく、マッチョなポーズをとっている。 それは、この子の進化したいという現れでもあった。 ......ポケモンとして生きていくということの、意思表示とも取れるかもしれない。
 
 「それなら」

 母親は、そんな事は知ることはなく、1つの提案を持ちかけてきた。

 「ボクレーは、一度他の誰かの手に渡ることで進化します。
もしあなたが、そしてこの子が望むのなら──」










 ......私が、そのよすがになりましょう。

















 「さぁーーマサル選手!!4連敗から怒涛の快進撃! 手持ちを十分に残した状況で、切り札のラプラスを引き摺り出したー!!」

 再びジムスタジアム。 観客の歓声によるプレッシャーや、残り1匹で勝利という事実が生む緊張が、彼の鼓動を速める。 そしてそこから生まれる底知れぬ高揚感。 ボールを握る手の体温が上がる!

 「ラプラス、キョダイマックスだよ!!」

 轟音を立てて、氷の楽譜を纏うような姿になったキョダイマックスラプラスが降臨する。 マサルの方も負けてはいられないと、ボールを構える。
 
 「ラプラス......氷抜群は怖いけど、有効打はこれしか......やるっきゃない」
 
 マサルは、モンスターボールを強く握りしめた。 姿を変えた元マスコット枠はその中で、ひたすらに時を待っていた。
 
 「いけ、ボクレー.......いや、オーロット!!」
 「オロッ!!」

 森の木々を自在に操る力を持つというポケモン、オーロット。 可愛らしげだったボクレーとは打って変わって、その不気味さと恐ろしさが目立つようになっている。 でも、変わらないものもある。 ......あのペンダントは、ずっと身につけたままだ。
 
 
 「オーロット......ダイマックスっ!!!」
 

 勢いよく投げられた巨大なモンスターボール。 赤い光が炸裂し、キョダイな老木ポケモンがその姿を現す!
 
 
 「おーーろっっっっと!!!」
 

 大きな叫びが、雪の振り込むスタジアムに、キルクスタウンの街中にこだまする。
 



 マサルの再挑戦を見届けてやろうとスタジアムにいポピーの両親。 彼らはダイマックスの光を直に見て、どこか思うところがあったようだった。 母親の嗚咽が、夫である父親にだけ届く。

 「......大丈夫かい」
 「私、どうしたのかしら」
 「あの、オーロットのことかい」

 父親は優しく背中を撫でる。 母親は分からないと首を振った。

 「なぜかしら......どうして私は、泣いてるのかしら......なんで、こんなに懐かしいのかしら......?」
 
 母親の涙は、止まらなかった。 そこにいるのはオーロットだ。 自分が進化の手助けをした子だ。 でも、それだけで涙なんて出るだろうか。
 不思議なことに、彼女の脳裏には、1人の少女の姿があった。
 暖かい上着と手袋を着て、顔を真っ赤っかにして、雪降る中へと、まばゆい笑顔で飛び込んでくる少女の姿が。
 
 

 ──おとうさん、おかあさん! ゆきふってるよ! おそとであそぼ!!
 
 
 
 
 


 
 
 
 オーロットの声は、ポケモンとしての単なる雄叫びだったのだろうか。 それとも、ポピーの故郷を懐かしむ叫びだったのだろうか。
 それも分からぬままに、少女が突然消えたという大きな事件は、真相を知られることもなくそっと蔵に閉ざされることになる。
 警察が、少女の捜索の打ち切りを決めた時に。
 マサルが、「手持ちのオーロット」とともにこの町を去る時に。
 真実を、町中を舞い続ける雪片に隠されて。

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